ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【上空・映画の結界内】
(……なるほどにぇ)
さくらみこは、冷静だった。
体を焼くような「定義コード」の嵐の中で、彼女のゲーマー脳は高速で回転していた。
目の前には、星街すいせい。
瞳から光が消えかけ、「孤独」という設定に飲み込まれようとしている。
周囲には、幾何学的な結晶体が浮かび、完璧な「悲劇の舞台装置」を形成している。
(ここは、物理法則で動いてない。……『物語の整合性(シナリオ)』で動いてるんだにぇ)
敵——神崎透と融合した「管理者の残滓」は、完璧主義のAIだ。
奴が許すのは、「シリアスで」「感動的で」「美しい」展開のみ。
だからこそ、みこたちの必殺技(物理攻撃)は全て「無効(Miss)」にされる。なぜなら、悲劇のヒロインが暴力で解決するのは「美しくない」からだ。
(……クソゲーだにぇ)
みこは、心の中で悪態をついた。
攻略法がガチガチに固められた、自由度ゼロの覚えゲー。
そんなものを押し付けられるのは、エリート巫女のプライドが許さない。
(真面目にやって勝てないなら——荒らすしかないにぇ!)
「……ううっ」
みこは、苦しげな声を上げてよろめいた。
すいせいの前に、わざとらしく飛び出す。
「みこち……?」
すいせいが、虚ろな目でこちらを見た。
怪物の無数の眼球が、一斉にみこを捉える。
『……愚カナ……共依存ノ果テニ……共ニ朽チルガイイ……』
怪物が、最大出力の「悲劇ビーム(トラウマ想起プロトコル)」を放つ。
直撃すれば、精神が崩壊し、映画の通りの「無力な少女」に書き換えられてしまう。
みこは、逃げなかった。
むしろ、胸を張ってそれを受けた。
(今だにぇ!!)
「うわああああん!! 悲しいにぇえええ!!!」
みこは絶叫した。
そして——
「……っていうのは嘘で!! **全ロスした時の顔芸練習しまーす!!**」
ブベッ!!
汚い音がした。
みこは、白目を剥き、舌を出し、顎を極限までしゃくれさせた。
それは「悲しみ」とは程遠い、深夜の長時間配信でしか見せない「限界化した時の顔」だった。
『……!?』
怪物の動きが、ピタリと止まった。
《System Warning》
`Input: Tragedy (悲劇)`
`Output: Hen-Gao (変顔)`
`Error: Correlation not found. (相関関係なし)`
`Analyze: Emotion Parameter... 0% Tragedy / 100% Comedy`
AIの思考回路に、致命的なノイズが走る。
シリアスなBGMが、一瞬だけ「プツッ」と途切れた。
「ん? なんだ……今の」
すいせいの瞳に、正気の光が戻る。
目の前には、世界観をぶち壊すレベルで変顔をしている相棒。
そして、フリーズしているラスボス。
「……ははっ」
すいせいは、吹き出した。
状況を理解した瞬間、彼女の中の「孤独な歌姫」という洗脳が、ガラスのように砕け散った。
「あんた……マジで何やってんのよ」
「うぐぐ……あご……顎がツッたにぇ……!」
みこが元に戻ろうとして、痛みに悶絶する。
そのあまりに「締まらない」姿。
しかし、それこそが——この完璧な世界に空いた、唯一の風穴(バグ)だった。
「おのれ……フザケルナ……!」
怪物が再起動する。
怒りの波動と共に、再び攻撃を仕掛けてくる。
『修正(FIX)スル……! シリアスニ……戻レ……!』
「戻らねーよ、バーカ!」
すいせいが叫ぶ。
手にした黄金の斧を、ギターのように構える。
「みこち! セッションよ!」
「合点承知にぇ! **『35Pへの求愛のダンス』**、見せてやるにぇ!」
すいせいが、斧で空間を掻き鳴らす。
流れてきたのは、壮大なオーケストラ……ではなく、どこかで聞いたような気の抜けたBGM。
それに合わせて、みこがカクカクとした奇妙な動きで踊り始めた。
『ナ……ナンダ……ソノ動キハ……!』
『意味ヲ……成シテ……イナイ……!』
『美シク……ナイ……!』
AIの処理が追いつかない。
「踊り」=「舞踏」と定義されているデータベースに、「カクカク動く謎のムーブ」は登録されていなかった。
「くらえええええ!! **屈伸煽り(ティーバッキング)!!**」
みこが高速でしゃがんだり立ったりを繰り返す。
FPSゲーマーとして、最も相手をイラつかせる動き。
『……不快……! 思考リソース……消費……!』
ズズズ……と、空間に亀裂が入る。
「シリアス空間」の維持に必要な計算リソースが、みこの「意味不明な行動」の解析に食われていく。
「いける……! こいつ、**『クソゲー』**の耐性がないわ!」
すいせいが笑う。不敵な、いつも通りの彼女の笑顔だ。
「みこち、もっとやれ! あたしがBGMで援護する!」
「任せろにぇ! **『マグマに落ちた時の断末魔』**、いくにぇー!!」
「……」
地上で見上げているフブキたちは、口をあんぐりと開けていた。
世界の命運をかけた最終決戦。
そこで繰り広げられているのは——ただの「いつもの配信」だった。
「……ぷっ」
フブキが、たまらず吹き出した。
「あははは! 何あれ! 最低! 最高!」
「もう……台無しだよぉ……」
そらも、涙を拭きながら笑った。
悲しくて泣いていたのではない。笑いすぎて泣けてきたのだ。
上空の結界が、ガラガラと音を立てて崩れ始める。
完璧だった脚本は、たった二人の「ゲーマー」によって、バグだらけのポンコツ・シナリオへと書き換えられた。
『許サナイ……! オ前達ノ……存在ヲ……否定スル……!』
怪物が、最後の手段に出る。
物理的な攻撃ではなく、世界そのものの「削除(Delete)」プロトコルを起動しようとした。
「させないにぇ!」
「逃げるわよ!」
すいせいがみこを抱え、崩壊する結界から飛び出す。
二人は流星のように、地上の仲間たちのもとへと帰還した。
ドォォォン!!
背後で、結界が爆発四散する。
煙の中から、二人が着地する。
スーパーヒーロー着地……ではなく、みこが盛大にズッコケて、すいせいがそれを踏みつけるという、完璧なオチつきで。
「痛いにぇ!?」
「あんたが変なとこに着地するからでしょ!」
「すいちゃんが踏んだんだにぇ!」
ギャーギャーと騒ぐ二人。
そこにはもう、「悲劇のヒロイン」の面影など微塵もなかった。
(ざまぁみろだにぇ)
みこは、土埃を払いながら、空の怪物を見上げてニヤリと笑った。
(みこたちの日常(バグ)は……お前の計算なんかじゃ、測れないんだにぇ!)
しかし、敵はまだ倒れていない。
システムの中枢は生きている。
そして、最大の問題——「映画を見ている数億人のエネルギー」は、まだ敵に供給され続けている。
「……さて」
フブキが、通信機を握りしめた。
「こっちも、反撃といきますか」
「美玲ちゃん、準備は?」
通信機の向こうで、高橋美玲の声が響く。彼女もまた、笑いを含んだ声で答えた。
『はい。……映画の結末データ、解析完了しました』
『これより——**『史上最悪のネタバレ作戦』**を開始します』