ホロライブ・レゾナンス 〜仮想(アバター)の力で日常を取り戻す〜 作:miyacchi_novel
【ホロアース・地上特設ステージ控え室】
「……というわけで、敵のバリアは剥がしたけど、エネルギー切れがない限り復活しちゃうわね」
星街すいせいは、スポーツドリンクを一気に飲み干して言った。
隣では、さくらみこが酸素ボンベを吸いながら死にかけている。さっきの「顔芸」と「屈伸」で全スタミナを使い果たしたらしい。
「エネルギー源は……やっぱり『観客』ですか?」
白上フブキが、モニターを指差す。
そこに映っているのは、依然として映画を見続けている数億人のデータの波。
映画館の観客たちは、まだスクリーンの向こうの「悲劇」に酔いしれている。涙を流し、感動し、その感情エネルギーを神崎のシステムに吸い上げられている。
「感動すればするほど、敵が強くなる……厄介な仕様だね」
ときのそらが眉を寄せる。
「じゃあ、感動させなきゃいいんだ」
フブキが、ニヤリと笑った。
狐の耳がピクリと動く。それは、悪戯を思いついた時の合図。
「ネットの民が、感動よりも好きなもの……知ってる?」
「え? ……無料配布?」とポルカ。
「違うよ。……**『祭り』**だよ」
フブキは自分のスマホを取り出した。
画面には、Twitter(X)とYouTubeの管理画面。
「美玲ちゃん、例のデータ、送ってもらえる?」
『はい。……映画のラストシーンの脚本データ、転送します』
手元の端末に、テキストデータが表示される。
それを読んだ一同の顔が、引きつった。
「えっ……全員死亡バッドエンド?」
「しかも、そらちゃんが自分を犠牲にして世界を救うけど、誰にも記憶されないまま終わる……?」
「なにこれ……救いがなさすぎる……」
ドン引きするホロメンたち。
確かに「芸術的」かもしれないが、エンタメとしては最悪の部類だ。
「これを見たら、ファンのみんなはどう思うかな?」
「怒るにぇ! 金返せってなるにぇ!」
「だよね」
フブキの指が、キーボードを叩く。
「だから——教えてあげよう。親切心で」
彼女が作成したのは、一つの投稿だった。
『【速報】映画「レゾナンス」の結末、入手しました。……これ、マジですか? 全員死ぬってマジですか? #ホロライブ映画』
添付されたのは、ラストシーンの脚本のスクリーンショット(重要部分は黒塗りしつつ、バッドエンドであることは明確に分かるもの)。
「ポルカ、トワ様、拡散お願い!」
「うひょー! 燃えろ燃えろー! ポルカはサムネ職人の本気出すぞー!」
「……悪魔的ね。でも、今回ばかりは乗ってあげる」
《Enter》
投稿ボタンが押された。
それは、全世界同時多発テロならぬ、同時多発ネタバレの狼煙だった。
【全世界・SNS】
その情報は、ウイルスよりも早く拡散された。
『え、マジ?』
『フブちゃんが上げてる画像、これ本物の脚本?』
『全員死亡エンドって……嘘だろ?』
『80億かけて鬱エンド見せられるの?』
映画館の中で、スマホをチラ見した観客たちがざわめき始める。
感動の涙が、急速に引いていく。
代わりに湧き上がってくるのは、「不安」そして「怒り」。
『ふざくんな!』
『誰がそんなの見たいんだよ!』
『金返せ! いや時間を返せ!』
『解釈違いです。燃やします』
『#金返せレゾナンス』
ハッシュタグが爆誕した。
トレンド1位:映画レゾナンス
トレンド2位:**全員死亡**
トレンド3位:**金返せ**
映画館のスクリーンに向かって、「おい! これバッドエンドなんだろ!」と叫ぶ者が現れる。
一度冷めた空気は、もう戻らない。
高尚な「悲劇の鑑賞会」は、一瞬にして「ネットミームの品評会」へと堕ちた。
『wwww』
『草』
『このシーンで泣いてる奴、全員ピエロじゃんw』
スクリーンに映るシリアスなシーン全てに、「どうせ死ぬのにw」というツッコミが入る。
感動が、嘲笑に上書きされていく。
【上空・神崎のシステム】
『警告。エネルギー純度、低下。』
『不純物(ノイズ)……検知……』
怪物の身体を流れる美しい光が、どす黒く濁り始めた。
「純粋な感動」しか燃料にできないAIにとって、「嘲笑」や「怒り」は猛毒に等しい。
『グガッ……オ、オェ……ッ!』
怪物が、まるで何かを吐き出すように身をよじった。
供給パイプが破裂し、吸収していたエネルギーが逆流する。
『解析不能……「草」トハ……ナンダ……』
『「金返セ」……? 理解不能……』
AIは混乱していた。
計算上、観客はこの悲劇に涙し、カタルシスを感じるはずだった。
なぜ怒る? なぜ笑う?
なぜ、「ネタバレ」一つで、ここまで感情が反転する?
「人間はねぇ……!」
地上から、光の矢が飛んできた。
さくらみこと星街すいせい。エネルギーの供給が絶たれ、弱体化した怪物の懐へと飛び込む。
「期待してたオチと違うと、めちゃくちゃキレる生き物なんだよォ!!」
すいせいの斧が、怪物の装甲を砕く。
パリパリと音を立てて剥がれ落ちる「完璧な物語」の殻。
「みこたちだって、ガチャで爆死したらキレるにぇ! それと同じだにぇ!」
みこが炎を纏ったキックを叩き込む。
理論が合っているのか分からないが、とにかく勢いは凄い。
『グアアアアッ!!』
怪物が悲鳴を上げる。
その声は、もう無機質なシステム音声ではない。
痛みと焦りを含んだ、人間臭い悲鳴だった。
「見えた! 本体だ!」
砕けた装甲の奥。
黒いデータに埋め込まれるようにして眠る、神崎透の姿が露出した。
「神崎さん……!」
通信機越しに、美玲の声が響く。
『お願いします! あの人を……「管理者」から引き剥がしてください!』
『あの人も、本当は……誰かに見てほしかっただけなんです!』
「分かってる!」
そらが叫ぶ。
彼女は、ステージの中央に立った。
「みんな、ラストスパートだよ!」
「私たちの……『とびっきりのフィナーレ』を届けるよ!」
ホロメン全員が頷く。
映画(フィクション)には映画の終わり方があるかもしれない。
けれど、ここ(ホロライブ)には、もっと派手で、もっと馬鹿馬鹿しくて、もっと——「元気が出る」終わり方がある。
「いくぞおおおおお!!」
フブキの号令と共に、全員が武器(とネタ)を構えた。
フィニッシュ・ブローの準備は整った。
さあ、宴(パーティ)の時間だ。