らんま1/2 ~男溺泉の最強師匠、手違いで乱馬の「公認彼氏」になり、天道家公認で夜の営み(武術)に励んでます~ 作:この俗物怪物くん
今回の主役は——
方向音痴界の魔王・響良牙 と
勘違い界の守護神・七瀬遥(男態)
です。
乱馬は登場しません。
しかし、被害総量は過去最高です。
「好きとか言われてないのに既成事実を作る男」
「右と言われて左にダッシュする男」
「それを現金化する女」
この三者が揃った結果、
天道道場前が混沌の三叉路(トライアングル・オブ・カオス)
と化しました。
今回も読む準備はしっかりしてからどうぞ。
心の準備と、できれば心電図も用意しておくと安全です。
夕暮れ時の町。空は茜色と群青色が混ざり合い、カラスがアホのような声で鳴きながら家路を急いでいる。
その美しい夕景の中を、一人の男が歩いている。
七瀬遥(男性バージョン)だ。
彼は今、猛烈に満足している。タンクトップから覗く上腕二頭筋はパンプアップし、血管が地図のように浮き出ている。汗が肌を伝う感覚すら愛おしい。彼は自分の大胸筋に問いかける。「おい、俺の筋肉。今日の調子はどうだ?」と。もちろん筋肉は答えないが、遥には聞こえる気がする。
遥はスポーツバッグを肩にかけ直し、独りごちる。
(ふぅ、いい汗をかいた。女の体は『外気』との同調に優れている。風の流れや気の流れを肌で感じるセンサーとしては優秀だ。だが、男の体は違う。筋肉と『内気』の密着度が異常に高い。内側から湧き上がるパワーを、物理的な質量で閉じ込め、圧縮し、爆発させる感覚。肉体を極限まで追い込みたい時は、やはり男に限るな)
完全に筋肉脳の思考だ。彼はショーウィンドウに映る自分の姿を一瞥し、上腕三頭筋のキレ具合を確認してニヤリと笑う。ナルシストではない。純粋な「肉体賛歌」だ。
そんな遥が、電柱の陰に奇妙な物体を発見する。
それはゴミ袋ではない。人間だ。
巨大な黄色いリュックを背負い、ボロボロの道着を着て、頭にはバンダナを巻いた男が、電柱にもたれかかるようにして力尽きている。その姿は、まるで砂漠を三ヶ月彷徨った遭難者のようだ。しかし、ここは日本の住宅街である。自販機まで徒歩十秒の場所だ。
男の名前は響良牙。
彼は地面に這いつくばりながら、うわ言のように呟いている。
「ここは……どこだ……?俺はただ、隣町のパン屋に……カレーパンを買いに行こうとしただけなのに……なぜ……北海道の『熊出没注意』の看板が見える……?」
良牙の手には、確かに北海道土産の「木彫りの熊」が握られている。なぜ隣町に行くつもりが、津軽海峡を越えてしまったのか。その移動距離と移動手段は、現代科学の謎である。
遥は足を止める。
「おい、君。どうしたんだ?行き倒れか?」
遥の声は野太く、腹の底から響く。
その声に反応し、良牙がガバッと顔を上げる。彼の目にはクマができ、頬はこけているが、眼光だけは鋭い。
「ぬっ!?……い、いや!何でもない!俺はただ、瞑想していただけだ!大地と対話していたんだ!」
良牙は慌てて立ち上がるが、足が震えて生まれたての子鹿のようになっている。プライドが高い。明らかに遭難していたのに、「瞑想」と言い張るその根性は賞賛に値するが、場所が悪い。ここは犬の散歩コースだ。
遥は眉をひそめる。
「(瞑想……?道路で……?しかも電柱の根元で……?)そうか。ならいいが、顔色が悪いぞ。土気色を通り越して、腐りかけたナスのような色だ」
「……すまん。実は、少し腹が減っているのと、道に迷ってな。天道道場に行きたいのだが、道が少し複雑でな」
良牙は腹の虫を盛大に鳴らしながら告白する。
「天道道場?なんだ、そこならすぐ其処だぞ」
遥は拍子抜けする。天道道場はこの角を曲がってすぐの場所だ。迷う要素など皆無に等しい。一本道だ。
遥は親切心を発揮し、指を差して説明する。
「いいか、よく聞け。ここを『右』に行って、まっすぐ行けばコンビニがある。そこを『左』に曲がるだけだ。歩いて3分だ。這っていっても10分だ」
シンプル極まりない説明だ。幼稚園児でもたどり着ける。
良牙の顔がパァッと輝く。
「おお!そうだったのか!すぐ近くまで来ていたのか!ありがとう、恩に着る!この借りはいつか返す!」
良牙はリュックのベルトを締め直し、気合を入れる。
「よし!天道道場!待ってろよ!」
「右だな!」
良牙が叫ぶ。
そして、彼は地面を蹴る。爆発的な加速だ。その脚力は凄まじい。アスファルトが削れる音がする。
遥は見守る。
しかし。
良牙が猛ダッシュしたのは、遥が指差した「右」とは正反対の、「左」にある路地だった。しかも、その路地は行き止まりであり、その先にはドブ川が流れている。
「……ん?」
遥の動体視力が、良牙の不可解な動きを捉える。
「右」と言われて「左」に行く。聞き間違いではない。「右だな!」と叫びながら左に行っているのだ。これは脳の配線が物理的に逆転しているとしか思えない。
ガシッ!!
遥の右手が伸びる。
良牙の巨大なリュックの取っ手を、遥は瞬時に掴む。
良牙の身体が空中で静止する。まるで漫画のように、足だけが空回りを続ける。キュルキュルキュルと音がする。
「ぬおおっ!?な、何をする!放せ!俺は急いでいるんだ!」
良牙が空中で暴れる。
遥は冷静に彼を引き戻し、地面に下ろす。
「待て。君、僕の話を聞いていたか?『右』と言っただろう!なぜ全力で『左』へ行く?」
「え?」
良牙はキョトンとする。
「こっちが右じゃないのか?」
良牙は自信満々に、再び左(ドブ川の方角)を指差す。その指先には一点の曇りもない。彼は本気だ。本気でそこが右だと信じている。あるいは、彼にとっての世界は、我々とは違う座標軸で構成されているのかもしれません。
遥は額を押さえる。
「君の脳内コンパスはどうなっているんだ……?驚くべき空間認識能力の欠如だな。君にかかれば、北極点を目指して南極点に到達することも可能だろう」
「何を言っている!俺は方向音痴じゃない!ただ、道が勝手に動くんだ!」
良牙は真顔で反論する。道が動く。新しい物理法則の提唱だ。
遥は、この男を放っておくと、3分で着くはずの道のりが、3年かかる世界旅行に変わってしまうことを直感する。そして、その旅の果てに、彼は再び北海道か、あるいは南米アマゾンの奥地で発見されることになるだろう。
世話焼きの血が騒ぐ。あるいは、目の前の「生きたミステリー」への興味が勝ったのか。
「はぁ……。放っておけないな。僕も用事はないし、案内してやろう」
遥は溜息交じりに提案する。
良牙は目を丸くする。
「い、いいのか!?すまない!あんた、見た目は怖いが親切だな!」
「ついて来い。……いや、ついて来るだけじゃダメだ。逸れる」
遥は確信する。この男は、ただ後ろを歩かせるだけでは、マンホールの穴に落ちるか、突然現れた異次元の扉に吸い込まれるかして消える。
「袖を掴んでいろ」
「俺は子供じゃないぞ!」
良牙が顔を赤くして怒る。武道家としてのプライドが許さないらしい。
「子供以下の迷い方だったぞ。右と言われて左に行くのは、右左の概念を習う前の幼児レベルだ。文句があるなら一人で行け。そしてブラジルでコーヒー豆でも収穫してこい」
遥の正論パンチに、良牙はぐうの音も出ない。
「うぐっ……わ、分かった……」
良牙は渋々、遥のジャージの袖を摘む。
二人は並んで歩き出す。
しかし、その歩行は困難を極める。
遥がまっすぐ歩こうとすると、良牙の身体が、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、ふらふらと脇道へ逸れようとするのだ。
「おっと」
遥が良牙の首根っこを掴んで、軌道を修正する。
「なぜ今、電柱と塀の隙間に入り込もうとした?」
「分からない……あそこに『道』が見えたんだ……」
「それは隙間だ。猫しか通れない」
数メートル進むごとに、このやり取りが繰り返される。良牙には「正規ルート」以外のあらゆる空間が「道」に見える病気にかかっているらしい。民家の庭、地下鉄の入り口、マンホールの穴、それらすべてが彼を誘惑する。
遥は、良牙のリュックを掴んだまま、強制連行の形を取ることにする。
「君、名前は?」
間を持たせるために、遥は尋ねる。
「響……良牙だ」
「僕は遥だ。良牙、君は武道家だな?そのリュックの重さ、並大抵の足腰じゃない。中身は何だ?岩でも入っているのか?」
遥は、先ほどリュックを掴んだ時の感触を思い出す。あれは数十キロのレベルではない。小型車一台分くらいの質量があった。
良牙はニヤリと笑う。
「分かるか?……中身はキャンプ道具と、土産物と、俺の『業』だ」
「業?」
「俺は、ある男を倒すために修行の旅をしているんだ。この重さは、俺の執念の重さだ」
良牙の目が遠くを見る。かっこいいことを言っているが、要するに旅が長引きすぎて荷物が増えただけだ。北海道の木彫りの熊もその一部だろう。
「ほう、復讐か?それとも挑戦か?」
遥は興味を持つ。武道家としての血が騒ぐ。
「ライバル……だ。早乙女乱馬。あいつを倒すまでは、俺の旅は終わらん!」
良牙が拳を握りしめる。その目には炎が宿っている。復讐の炎であり、嫉妬の炎であり、そして歪んだ友情のような何かが混ざった複雑な色だ。
「早乙女乱馬……」
遥はその名を噛み締める。なるほど、と合点がいく。
(乱馬君は強い。天賦の才がある。その彼に挑み続けるとは、この男もまた骨のある武道家らしい。方向感覚は死んでいるが、闘争心は死んでいない)
遥は素直に感心する。方向音痴という致命的な欠陥(バグ)を抱えながらも、強者を追い求めるその姿勢。「愚直」という言葉が服を着て歩いているようだ。
「なるほど!見上げた志だ!一度や二度負けても挑み続ける気概!見事だよ」
遥は良牙の背中(リュックの上から)をバシンと叩く。
「ぶへっ!」
良牙がのめりそうになる。
「い、いや!俺は負けてねえ!勝負はいつも引き分け……いや、俺の優勢で……!あいつが卑怯な手を使うから!」
良牙は必死に弁解する。彼の記憶の中では、敗北は常に「不運」や「卑怯な手」によるものとして処理されている。ポジティブな記憶改竄能力だ。
遥はフッと笑う。
「(負けず嫌いなところもいいな。武道家はそうでなくては)ああ、そうだな。次は勝てるといいな」
遥の言葉には、皮肉ではなく、純粋な応援が含まれている。
良牙は、遥の顔を見る。夕日に照らされた遥の横顔は、男らしく、頼りがいがある。
「……あんた、いい奴だな。俺の話を笑わずに聞いてくれるなんて」
良牙は感動する。普段、彼の話を聞く人間は少ない。大抵は変質者扱いされるか、話を理解されずに終わる。
◇◇
天道道場の門前。
歴史を感じさせる重厚な木造の門が、夕闇の中にどっしりと鎮座している。表札には「天道」の二文字。
遥は、巨大なリュックを背負った良牙の首根っこを、親猫が子猫を運ぶような手つきで掴んだまま、その前に立つ。
「着いたぞ。ここが天道道場だ」
遥が告げる。その声には、エベレスト登頂を成功させたシェルパのような達成感が滲んでいる。たかだか数百メートルの移動に、これほど神経をすり減らすことになるとは、彼も予想していなかった。
良牙が顔を上げる。彼の目は潤み、唇はわなわなと震えている。
「おおっ!本当に着いた!天道道場だ!夢じゃない!蜃気楼じゃない!」
良牙は門柱に抱きつき、頬ずりをする。
「奇跡だ!神は俺を見捨てていなかった!」
遥は冷ややかな視線を送る。
(徒歩3分の距離で奇跡とは……。君の人生のハードルは随分と低い位置に設定されているな)
遥にとっては散歩レベルの距離だが、良牙にとってはシルクロード横断に匹敵する大冒険だったのだ。
その時、玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開く。
中から現れたのは、ショートカットの少女、あかねだ。彼女は竹箒を手にしている。どうやら道場前の掃除をしようとしていたらしい。
「あれ?誰かいる……?」
あかねが門の方を見る。
良牙の動きが止まる。彼は門柱からパッと離れ、直立不動の姿勢をとる。彼の顔が一瞬にして沸騰したやかんのように真っ赤になる。
「あ、あかねさん!い、い、いらっしゃい!……じゃなくて、俺が来ました!」
良牙の日本語が崩壊する。思考回路がショートしている。
あかねは目を丸くし、それからパッと笑顔になる。
「あら、良牙君!いらっしゃい!久しぶりね、元気だった?」
その笑顔の破壊力は凄まじい。良牙の魂が口から抜けかけ、慌てて飲み込む。
「は、はい!近くまで来たので……その、ついでに寄らせてもらいました!決して、あかねさんに会いたくて三日三晩走り回っていたわけではありません!」
聞かれてもいないアリバイを必死に主張する。彼のリュックからは、北海道の「熊出没注意」のステッカーが虚しく自己主張している。
あかねはクスクスと笑う。
「ふふ、上がって。お茶くらい出すわ」
良牙は天にも昇る気持ちだ。しかし、あかねの視線が、良牙の背後に立つ、筋肉質の男に向けられる。
「……あれ?こちらの人は……?」
あかねが首を傾げる。
遥はハッとする。
彼の心臓が、ほんの少しだけ跳ねる。
(しまった。そう言えば、あかねちゃんに『男の姿』で会うのは初めてだ)
遥の脳内で、高速のシミュレーションが走る。
今、彼の姿は、身長180センチを超える男だ。以前、あかねと会った時は、女子制服を着た「七瀬はるか(女)」だった。
(ここで『私が七瀬はるかだ』と名乗ればどうなる?なぜ男なのか説明が必要になる。呪泉郷の話をするか?いや、初対面(男としては)で『実は水をかぶると男になるんです』などと言い出せば、変質者確定だ。ただでさえ、このタンクトップ姿は暑苦しい)
遥は自分の服装を見下ろす。筋肉を強調しすぎたファッションだ。
(水をかぶるわけにもいかん。ここで変身すれば、良牙君まで巻き込んでパニックになる。……ここは他人を装うのが最善手だ)
遥は瞬時に判断を下す。彼はあくまで「親切な通りすがりの筋肉」として振る舞い、颯爽と去る。それがスマートだ。
遥は表情を引き締め、低い声を作る。
「いえ、この人が道端で迷っていたので、案内していただけですよ。……では、僕はこれで」
遥はあかねと視線を合わせないように、軽く会釈をする。
あかねは少し驚いたように、遥を見つめる。
「えっ?あ、ご親切にありがとうございます!」
あかねの直感が、何かを捉えようとする。
(すごいイケメン……。それに、どこかで見たような……?この目つき、誰かに似てる気がするけど……)
しかし、タンクトップのインパクトが強すぎて、記憶の検索がうまくヒットしない。
遥はクルリと背を向ける。
完璧だ。名も名乗らず去っていくナイスガイ。あかねの記憶には「親切なマッチョ」として残るだろう。それでいい。
遥がアスファルトを踏みしめ、一歩を踏み出した、その時だ。
運命の女神が、意地悪な笑みを浮かべてサイコロを振る。
「ただいま〜。今日の売上は上々っと……ん?」
軽快な足音と共に、天道なびきが学校から帰ってくる。彼女は電卓を叩きながら、遥と門のところですれ違う。
なびきは遥の顔を見て、ピタリと止まる。
彼女の鋭い観察眼が、遥の顔のパーツ、骨格、そして醸し出すオーラを瞬時にスキャンする。
そして、彼女の脳内のデータベースが弾き出した検索結果に、彼女の目は「¥(円マーク)」の形に変貌する。
なびきは息を飲む。
(この顔!この背格好!間違いないわ、情報屋から買った写真の男!!)
なびきの脳裏に、先日入手したスクープ写真が浮かぶ。ファミレスで、妹の許嫁である早乙女乱馬(女)が、謎のイケメンとパフェを食べていた現場写真だ。
なびきにとって、これは金脈だ。乱馬の浮気疑惑。スキャンダル。波乱の予感。これらを混ぜ合わせると、写真の売値が跳ね上がる。
なびきは、逃がしてなるものかと、大きな声で叫ぶ。
「あーー!!らんまちゃんの彼氏さんだ!!」
その声は、夕暮れの住宅街に、空襲警報のように響き渡る。
時が止まる。
カラスの鳴き声も止まる。
風も止まる。
遥の足も、空中で止まる。
「…………何?」
遥が、錆びついたロボットのような動きで、ゆっくりと振り返る。
そこには、目を輝かせたなびきと、口をあんぐりと開けたあかね、そして石像のように硬直した良牙がいた。
あかねの声が裏返る。
「えっ!?彼氏!?……ああっ!!那美さんが言ってた、乱馬がファミレスで会ってたっていう、あの!?」
あかねの中で、点と点が線で繋がる。乱馬がコソコソと出かけていた理由。そして目の前の、見覚えのあるイケメン。
「う、嘘でしょ……?本当に男の人と……?」
あかねの顔から血の気が引いていく。
そして、最も激しい反応を示したのは、響良牙だ。
「な、なにぃぃぃっ!?乱馬に……彼氏だとぉぉぉっ!!?」
良牙の絶叫が、地球の裏側まで届きそうな勢いで爆発する。彼の背負ったリュックが、衝撃でガタガタと揺れる。
「ど、どういうことだ!乱馬は男だぞ!?いや、女の時もあるが……。あいつは男が好きなのか!?俺との決闘よりも、男とのデートを優先したというのか!?」
良牙の脳内はパニックだ。彼は乱馬をライバル視している。その乱馬が、他の男(しかも強そうなイケメン)のものになるというのは、彼のプライドと、歪んだ執着心が許さない。
一方、渦中の人物である遥は、冷静に思考を巡らせていた。
いや、冷静に見えるだけで、その思考回路はとんでもない方向へ暴走していた。
(彼氏……?彼女は僕のことを『らんまの彼氏』と呼んだ……)
遥は顎に手を当て、推理する。
(なびき君は、僕がらんまと会っていたことを知っている。そしてそれを『彼氏』と呼んだ……。つまり、らんまは周囲に、僕のことを既に『彼氏』だと紹介しているのか!?)
とてつもない飛躍だ。しかし、遥の中では論理的だ。
(ま、待てよ。僕はまだ『我が流派を継ぐために嫁になってくれ』とは言ったが、正式に『付き合おう』とは言っていないはず……。いや、あの時らんまは『お前だからだ』と言っていた……。あれは事実上のプロポーズ受諾だったのか?)
遥の記憶が、都合よく改竄されていく。乱馬の「強い奴と戦いたい」という純粋な武道家としての発言が、遥のフィルターを通すと「あなたとなら人生を共に歩める」という愛の告白に変換される。
(まさか、もう公認の仲という既成事実を作ってしまったのか!?仕事が早いな、らんま君!!さすが僕が見込んだ女だ。外堀から埋める作戦とは、戦術家としても優秀だ!)
遥は感心する。そして、自分の胸の奥に、悪い気はしない感情が湧き上がるのを感じる。らんまのような強い人間に、そこまで想われている(と勘違いしている)のだ。男として?これに応えないわけにはいかない。
逃げるのは卑怯だ。ここで否定すれば、らんまの顔に泥を塗ることになる。
遥は覚悟を決める。
彼は、タンクトップの襟を正し(正す襟はないが)、ニヒルな笑みを浮かべる。夕日を背負い、その姿は無駄にかっこいい。
「ふっ……。バレてしまっては仕方ないな」
遥の低音が、場を支配する。
「いかにも。僕がその『彼氏』だが?」
爆弾発言投下。
あかね、良牙、なびきの三人が、同時にのけぞる。
「「「ええええええええっ!!!??」」」
三重奏の悲鳴だ。
あかねは膝から崩れ落ちそうになる。
「ら、乱馬……あんた、本気だったの……?しかも、こんな……こんなイケメンの人と……!」
あかねのショックは大きい。「許嫁」という立場がありながら、乱馬が自分以外の誰か(しかも性別が彼氏)を選んだという事実は、彼女の乙女心を複雑に引き裂く。
なびきはカメラを取り出し、高速連写を始める。
「キャー!言った!言っちゃったわよ!『僕が彼氏だ』宣言!これはスクープよ!校内新聞の号外決定ね!タイトルは『早乙女乱馬、禁断の愛!筋肉の彼方に見た真実』でどう!?」
シャッター音が鳴り響く中、良牙の怒りが頂点に達する。
「き、貴様ぁぁぁ!ふざけるな!!」
良牙が遥に詰め寄る。
「乱馬は俺の獲物だ!俺が倒すんだ!貴様のような、ポッと出の色男に、乱馬を渡せるかぁぁぁ!!」
良牙の理屈は支離滅裂だ。「倒す」と「渡さない」が混ざり合い、まるで嫉妬深い元カレのような台詞になっている。
遥は、そんな良牙を余裕の表情で見下ろす。
「おや、君もらんま狙いか?『ライバル』とはそういう意味だったのか。てっきり武術の話かと思っていたが、恋のライバルでもあったとはな」
遥は勝手に納得する。良牙の「倒す」を「落とす(恋愛的な意味で)」と解釈したのだ。
「だが悪いな、響良牙君。らんまは僕がもらう。既に話はついているんだ」
遥が堂々と宣言する。
「な、なにぃぃ!?話がついているだと!?」
良牙は顔を真っ赤にして、頭から湯気を出す。
「許さん!断じて許さんぞ!乱馬が……あいつが、こんな……こんな濃い顔の男と……!」
良牙は悔し涙を流す。なぜ自分が泣いているのか、自分でもよく分かっていない。ただ、乱馬が遠くへ行ってしまうような喪失感と、目の前の男への生理的な対抗心が爆発しているのだ。
「勝負だぁぁぁっ!!ここで俺に勝ったら、そのふざけた戯言を認めてやる!」
良牙が巨大なリュックを地面に叩きつける。地面が揺れる。中に入っていた木彫りの熊がゴロンと転がり出る。
あかねが慌てて止めに入る。
「ちょっと良牙君!道場で暴れないで!近所迷惑よ!」
「止めるな、あかねさん!これは男のプライドをかけた戦いだ!俺は……俺はあいつが不幸になるのを見過ごせない!」
「不幸って何よ!勝手に決めつけないで!」
「(パシャパシャ!)いいわよ〜!『乱馬くんの彼氏vs乱馬くんのライバル、愛の三角関係!』これ売れる〜!写真一枚500円!あかねちゃんの驚き顔もセットなら800円!」
なびきは戦場カメラマンのように動き回り、ベストアングルを探す。
遥は、騒がしい彼らを見ながら、ふぅと息を吐く。
「やれやれ。モテる男は苦労するな。これが『英雄、色を好む』の代償か」
遥は完全に悲劇のヒーロー気取りだ。自分がこの混乱の元凶であるという自覚はゼロ。むしろ、らんまを守るために矢面に立つ自分に酔い始めている。
「いいだろう。君の挑戦、受けて立つ。らんまに相応しいのは誰か、その体(筋肉)に教えてやろう」
遥が構えを取る。その構えは、隙がなく、美しい。
「望むところだぁっ!!」
あかねが頭を抱える。
「もう……誰か止めてよ〜!!お父さ〜ん!!」
しかし、天道早雲は縁側でお茶を飲みながら、「青春ですなぁ」と遠い目をしているだけであった。
天道道場の前は、今まさにカオス(混沌)の坩堝と化していた。
誤解が誤解を呼び、筋肉と純情と金欲がぶつかり合う。
そして、この騒ぎの中心人物である早乙女乱馬は、まだ何も知らず、どこかでくしゃみをしているに違いない。
「へっくしょん!……誰か噂してんのか?寒気がするぜ……」
遥の「公認彼氏」デビュー。それは、風林館高校の歴史に残る、伝説の誤報の始まりであった。
お読みいただきありがとうございます!
今回のテーマは
『勘違いは世界を救わないが、物語は加速する』
でした。
男遥は親切な通りすがりとして去る予定だったのに、
なびきの一声で 全世界に向けて彼氏認定。
良牙は恋と友情と嫉妬が全部ごちゃ混ぜになって爆発。
あかねは許嫁がまさかの彼氏持ちと誤解して魂が抜けかけ。
なびきは今日も商売繁盛。
そして乱馬はくしゃみしてるだけ。
こんな地獄みたいな誤解劇を生み出す皆さまへ、
ここで質問です。
★感想アンケート(任意回答)★
一番笑ったのはどこ?
男遥の勘違いムーブはアリ派?やりすぎ派?
良牙の迷子描写で好きな部分は?
次に誤解に巻き込まれるキャラは誰がいい?
なびきの商売魂、どこまで行くと思う?(宇宙?裏社会?)
どれか一つでも書いていただけると、
作者のテンションが筋肉くらい膨れ上がります。
次回がますます楽しそうなので、ぜひ一言でも感想くださいね!