らんま1/2 ~男溺泉の最強師匠、手違いで乱馬の「公認彼氏」になり、天道家公認で夜の営み(武術)に励んでます~ 作:この俗物怪物くん
本日は九能邸からお届けしております。はい、庭がクレーター化してます。
さて今回のお話ですが、
・九能帯刀の魂が完全に折れる音
・師匠はるかの鬼畜すぎる愛のムチ
・乱馬のパフェ脳
・遥の胃袋アラーム
など、皆さまに軽いカロリー過多を起こしていただける構成でお届けしております。
では、あなたの今日の摂取カロリーが甘味でありますように。
本編、どうぞ!
九能家の庭には朝から生々しい戦いの跡が残っていた。松の木の下には折れた木刀が山のように積まれ、地面には小さな隕石でも降ったかと言いたくなる穴が無数に開いている。
砂利はえぐれ、芝生は剥げ、石灯籠は斜め四十五度に傾き、庭師が見たらその場で泣いて帰りそうな惨状だ。そんな戦場のど真ん中で、九能帯刀が正座していた。袴は泥と汗でぐしゃぐしゃになり、肩は小刻みに震えている。手に握られているのは木刀ではなく筆だ。目の下には濃いクマ、頬にはげっそりとした影、口元には諦めの笑みが浮かぶ。
「……辞世……僕はもうダメだ……せめてこの句だけでも、あかね君とおさげの女に遺さねば……」
九能は震える手で短冊を持ち上げる。墨壺に筆を入れようとして、腕がぷるぷる震えすぎて墨が地面にぼたぼた落ちた。
「うっ……腕が……いや、心が震えているだけだ……そう、これはロマンだ……」
自分に言い聞かせながら、どうにか筆先を短冊へ運ぶ。
「あかね君……僕の麗しきヒロイン……」
筆が走る。
「あかね君 あああかね君 あかね君……」
書いている内容は俳句でも短歌でもなく、ただの執着の羅列だ。しかも途中で字がぐにゃぐにゃになり、最後の君は紙から半分はみ出している。
「……うっ……お、おお……オロロロロ……」
込み上げる感情と疲労と胃液が一気に逆流し、口元にキラキラしたものがこみ上げた。
「帯刀、甘ったれるな」
静かな声が頭上から降ってくる。次の瞬間、庭に乾いた音が響いた。
「ぐえっ」
九能の尻に冷酷な蹴りが突き刺さり、その身体が松の木の根元から芝生の方へすっ飛ぶ。短冊は空中でひらりと舞い、途中で松の枝に刺さった。
蹴りを放ったのは、紺色の道着姿の七瀬はるかだ。顔にはうっすらと笑みが浮かんでいるが、目だけは凍てつくように冷たい。
「女の事を口にできるうちは、まだまだ余裕が残っている。そんな泣き言しか書けない腕なら、小学六年生の頃のお前に瞬殺される」
芝生に顔面から突っ伏していた九能が、びくりと跳ねた。
「し、小六……? 中二からさらに下がったのか……」
「当然だ。筋肉は鍛えなければ落ちる。技も同じ。懐かしむ暇があったら腕を振れ」
はるかは腕を組み、折れた木刀の山を顎で示す。
「それにしても、よくここまで折った。屋敷の倉庫から木刀が消えていく音が夜中に聞こえた」
「し、師匠が折ったんですよね……」
「指導の一環だ」
「一環でこの本数なんですか」
九能の膝が笑う。笑っているのは膝だけではなく、魂のどこかも乾いた笑いを漏らしている。
「帯刀、立て」
はるかの一言で、九能の身体が反射で動いた。条件反射だけは鍛えられている。よろよろしながらも、どうにか気を付けの姿勢を作った。
「罰を言い渡す」
「ま、まだ何かあるのですか」
「当たり前だ。さっきの辞世の句が致命的にひどかった。剣士なら、もっと締まりのある一句をひねり出せ」
「内容まで怒られるのですか。心からの叫びなのに」
「心からの叫びが全部恋愛一色なのが問題だ。そこに修行の反省が一文字も入っていない。お前の脳の中にはあかねちゃんとおさげの女しかいないのか」
「う……反論できない……」
九能は空を見上げた。松の枝に刺さった短冊が風に揺れ、「あああかね」の部分だけがはっきり読める。
「よし、罰として剣の九つの型二千本追加」
「に……二千」
「一本五秒で振っても、だいたい三時間弱だな。まあ帯刀なら一時間半で終わらせろ」
「無茶です」
「口が動くなら腕も動く」
はるかはさらりと断言する。
「終わったら走り込み。屋敷を二十周」
「庭が広いんですよ我が家はあああ」
「誇れ。広い庭で走れる幸せを噛みしめろ。近所の子どもたちは公園をぐるぐるしている」
「比較対象が雑です」
「死ぬ気でやれ。死んだら骨は拾う」
「拾われる前に火葬場へ直行しそうです」
九能の抗議は、はるかの冷静な視線の前では砂粒のようにかき消えた。
「帯刀」
「はい」
「今の状態で本当に死ねると思うか」
「……正直、死ぬ元気すら残っていません」
「ならまだまだ余裕がある。動け」
理屈としては破綻しているが、師匠の声には妙な説得力がある。九能の足が勝手に一歩前へ出る。白目気味の瞳にだけ、うっすらと生存本能が灯った。
「承知しました……」
魂の抜けた声で答え、九能は木刀を拾い上げた。地面に無数に転がる中から、奇跡的にまだ一本物の形を保っているものを選ぶ。
「いちの型……はあっ」
振り上げるだけで視界がにじむ。肩が悲鳴を上げ、背中の筋肉が抗議している。だが、はるかの視線が背中に刺さった瞬間、腕に謎の追加燃料が注ぎ込まれた。
「にの型……さんの型……」
声がだんだん小さくなっていく。足元の砂利がすり減り、同じ場所に新たなクレーターが掘られていく。
「ふん、まったく世話が焼ける」
はるかは腕を組みながら、大きく伸びをした。汗ひとつかいていない。
「さて、私は少し買い物に行く」
手首の時計をちらりと確認する。
「二時間で戻る。それまでに終わらせておけ」
「時間の概念が壊れていますよ師匠おおお」
九能の悲鳴は、型の掛け声と同じくらい虚空に溶けた。
はるかは背を向けるふりをしながら、ふと庭の茂みに視線を投げた。さっきから、そこから生温い気配が漂っている。
「それと、帯刀」
「はい?」
「サボろうなどとは思うなよ。そこにいるサスケ」
茂みがぴくりと揺れた。葉っぱの影から、三角頭巾がひょこっと顔を出す。
「ひ、ひい。なぜバレたでござる……」
九能家専属忍者、サスケだ。木の陰に溶け込んでいるつもりだったが、師匠の目から逃れられるはずがない。
「息遣いがうるさい。あと、さっきから『今日の特訓、こっそり巻物に記録して高く売れないか』とか考えていただろう」
「心の声まで読まれているでござるうう」
サスケは地面に平伏した。背中の刀がガチャガチャ鳴る。
「お前が見張れ。帯刀が一本でもサボったら報告しろ」
「承知仕った。拙者、命に代えても厳重に監視を……」
「ただし」
はるかは振り返り、にこりと笑った。その笑顔は、九能にとってもサスケにとっても、雷鳴より恐ろしい。
「もし帯刀がサボったのを見逃したり、私をだませると勘違いしたりしたら、その首が胴から離れて、あそこの池にぽちゃんと落ちることになると思え」
庭の片隅には、九能家自慢の池がある。錦鯉が優雅に泳ぎ、石橋がかかり、近所の奥様方には評判のスポットだ。
サスケの目には、その水面に自分の頭部がぷかぷか浮かぶ光景が鮮明に映った。
「ひいいいいっ! 首ぽちゃんだけは勘弁願いたいでござる! 承知仕った!全力で見張るでござるうう!」
「よろしい」
はるかは満足げにうなずき、門の方へ歩き出した。道着の裾がひらりと揺れ、背筋はまったく疲れを感じさせない。
「では行ってくる。帯刀、数をごまかしたら即バレるからな」
「ごまかす余裕すらありません」
九能は遠い目をしながらも、木刀を振り続ける。サスケはその横で巻物を広げ、「剣の九つの型監視記録」と書き込み始めた。
「いちの型完了、本数一……」
「まだ一かサスケえええ」
「事実でござる」
二人の悲鳴と掛け声が、九能邸の庭に響き渡る。松の木の上では、さきほどの短冊が風に揺れ続けている。
「あかね君 あああかね君 あかね君」
◇◇
曇り空の風林館高校近くの商店街を、早乙女乱馬はぶすっとした顔で歩いていた。朝からテンションは地の底だ。
制服の上着ははだけ、手はポケットに突っ込まれ、靴先で小石をけっては前へ進む。通りすがりの主婦が「またあの子か」と視線をそらすレベルの不機嫌オーラである。
乱馬は歩きながら、さっきのホームルーム前の出来事を脳内で巻き戻していた。
「あのはるかの野郎……なんであいつに勝てねーんだよ……」
口の中でぶつぶつ言いながら、電柱を軽く蹴る。電柱はびくともしないが、乱馬の足の方がじんとしびれた。
「くそ、あの言い草思い出すだけで腹立つぜ。『愛のコミュニケーションにしか見えない』だと?」
脳内に再生される、あの涼しい顔。教室のど真ん中で、はるかはニコニコしながら平然と爆弾を投下した。
『好きなら好きと言えばいいのに、わざわざ喧嘩というコミュニケーションツールを使ってイチャついているだけ』
あの台詞を思い出した瞬間、乱馬の耳がじわっと熱くなる。
「どこが愛だ!どこが!ちょっと小突いただけだろ!」
商店街の喧騒の中で一人吠える。八百屋のオヤジが「なんだなんだ」と顔を出しかけて、「ああ、乱馬か」と理解して店に引っ込んだ。
「あー……」
乱馬は頭をがしがしかいた。指が髪の間を乱暴に通り抜ける。
「……まあでも、あかねが俺のこと好きってのは、分かったけどな」
口からぽろっと本音が転がり出た。自覚した瞬間、自分で自分にびっくりする。
「……へっ」
思わず口元が緩む。さっきまで真っ黒だった気分に、ちょっとだけ色がついた。
「へへ……」
ニヤけそうになる頬を、乱馬は両手でぺちんと叩いた。
「いやいやいや!調子に乗ってたらまたあいつに『図星だ』とか言われんだよ!ああもう、ストレスたまる!」
心の中のはるかが「図星だな」と笑う幻覚が見え、乱馬は全力で頭を振る。ぶんぶんと振りすぎて、通りすがりの犬が驚いて吠えた。
その瞬間だった。
ザァァァァァァッ、と、空からいきなりバケツをひっくり返したような雨が降り落ちた。
「うわっ!?なんだよいきなり!」
さっきまでの曇り空はどこへ行ったのか、黒い雲が一気に広がっている。雨粒が叩きつけるように降り、道行く人は悲鳴を上げながら軒先へ走った。
乱馬も慌てて近くの酒屋の軒下へ飛び込む。
「くそっ、ついてねー!」
だが、すでに全身はびしょ濡れだ。制服の袖から水が滴り、髪からもぽたぽたと雫が落ちる。
「っぷは、さみぃ!」
そこにいたのは、胸元のサイズが変わり、髪の長さも変わった女子高生モードのらんまだ。シャツが体に張り付き、ズボンが少し重たくなっている。
「ちぇっ、濡れちまった。これだから呪われ体質はよ……」
らんまはぶつぶつ言いながら、髪を後ろでかき上げる。しずくがぱらぱらと周囲に飛び、
酒屋のおばちゃんが「あらあら」とモップを取りに行った。
軒先のガラスには、らんまの姿が映っている。中華服を着た赤毛の美少女が、むくれた顔で自分を見返していた。
「……まあ、いいか」
らんまは、映った自分と目を合わせてにやっと笑った。
「せっかく女になったんだ。こういうイライラする日こそ、パフェでも食って発散するに限るね」
男の姿でパフェを一人で頼むと、周りの視線が気になって居心地が悪い。しかし、今はどう見ても女子だ。堂々とスイーツカウンターの主張をしていい立場だ。
「よし、決まり。うさぎ屋の限定イチゴパフェだな」
らんまはくるっと踵を返し、雨脚が少し弱まった隙を見て駆け出した。水たまりを軽々と飛び越え、商店街のアーケードの方へ一直線で走る。
「売り切れてたら暴れるからなー!」
叫びながら走っていく背中に、酒屋のおばちゃんが苦笑いで手を振った。
「元気な子ねえ……」
一方その頃。
別の通りでは、買い出しに出ていたはるかが同じ雨に襲われていた。両手にはスーパーの袋。片方には野菜、もう片方には九能邸の冷蔵庫を賑わせるための肉や卵や豆腐がぎっしり詰まっている。
「やれやれ、降り出したか」
はるかは立ち止まり、ため息をついた。その瞬間、頭の上で雨が一気に強くなり、肩口から背中まで一瞬で濡れる。
「タイミングが悪い」
そう言いながらも、表情は落ち着いている。だが、次の瞬間、体の内側からふわっと気配が変わった。
白い煙がもうもうと立ち上り、その中でシルエットが少し伸びる。腰の位置が変わり、肩幅が広がり、胸元がすとんと平たくなった。
煙が晴れると、そこにいたのは中性的な美少年、遥の姿だ。濡れた前髪が額に張り付き、シャツが体のラインに沿って貼りついている。
「ふう」
遥は、自分の胸元を確認するように手を当てた。そこには、ぴっちり巻かれたサラシの感触がある。
まあ、こうなる可能性は最初から予想していた
遥は心の中でうなずく。
だから、どちらの姿でも大丈夫な服装を選んだわけだしな
今日の服は、ゆったりとした中華風のシャツにパンツ。色も地味めで、どちらの性別でも浮かないデザインだ。インナーのサラシは、女の時には胸を押さえる役目を果たし、男の時には単に胸板を固定して動きやすくするだけの布になる。
遥は濡れたシャツの裾をつまみ、ぎゅっと絞った。水が細い滝のように地面へ流れる。
胸がないから、サラシだけで済むのは楽なんだが
自分の胸板を軽く叩いて、苦笑する。
問題は、大胸筋を鍛え過ぎたせいで、女の時より男の時の方が胸囲が大きいことだな
道場での鍛錬の成果は、男女どちらの身体にも正直に表れる。女の姿では控えめだった胸元も、男の姿だと厚い胸板として主張してくる。
武術家としては誇っていいのだろうが、サイズの感じ方がややこしくて困る
遥は首を回しながら、商店街のアーケードの方を見やった。
「とりあえず、雨宿りでもしながら時間を潰すか」
手に持った買い物袋を持ち直し、濡れた石畳を歩き出す。足取りは軽いが、その頭の中にはすでに「九能にどんなメニューを追加するか」のメモが浮かんでいる。
帰るまでに帯刀は二千本振り終えているか……サスケがサボりを見逃していないといいが
もし本当に終わらせていたら、今度はご褒美に休息日でもやろう。……その後で、別メニューの地獄を用意すればいい
自分の中でだけ完結する鬼教官スケジュールを組みながら、遥は商店街の角を曲がる。その先には、偶然にも「うさぎ屋」の看板がぶら下がっていた。
◇◇
「急げ急げ〜!限定パフェが売り切れる前にたどり着かなきゃ損だね!」
らんまは、完全に頭の中がイチゴと生クリームで埋まっていた。うさぎ屋の限定イチゴパフェ、今日はトッピングに追いイチゴが乗る日だと、なびきの財布情報から仕入れている。甘味に対する執念だけは、全国大会を狙えるレベルだ。
「濡れるのはどうせすぐ乾くし、パフェは待ってくれないし」
理屈としてはどうかと思うが、本人は真剣だ。足は商店街の角を目指し、視線は遠くの「うさぎ屋」の看板を思い描いている。前方不注意の権化である。
一方、反対側から歩いている黒髪の青年は、そこまで切羽詰まった顔ではないが、それなりに急いでいた。雨に濡れた前髪をかき上げ、スーパーの袋を片手に提げている。
「このあたりに喫茶店があったはずだな」
遥は、周囲を見渡しながら小走りになる。男の姿に変わった直後で、体の感覚がまだ微妙に落ち着かない。筋肉の感覚は同じでも、重心の位置が違う。普段なら余裕でかわす段差で、さっきから地味につまずきそうになっていた。
この状態で帯刀の動きを見るのはやめた方がいいな。
そんなことを考えつつ、遥は角の向こうに見えるうさぎ屋の看板を見つけた。雨宿りするにはちょうどいい。コーヒーでも頼んで、買い出しの荷物を整理しつつ、体を温めるのも悪くない。
それに、男の姿で一人で甘い物を頼むのは少し抵抗がある。雨で冷えた体には糖分も必要だが、視線も気になる。
そんなささやかな葛藤を胸に、遥もまた角を曲がろうとしていた。
そして、事件は起きる。
「限定パフェは俺の胃袋に一直線〜〜!」
「この店なら静かに……」
視界の中に、赤毛と黒髪が同時に飛び込んだ。だが、どちらもそれに気づくには半歩遅かった。
ドカッという鈍い音が、商店街の喧騒を一瞬だけかき消した。
「きゃっ!」
「おっとぉ……!」
二人の体が交差し、軽く弾き飛ばされる。らんまは見事に尻餅をつき、濡れた石畳にお尻を打ちつけた。遥はというと、普段なら信じられないことに、その場で素直によろけた。
「いてて……」
遥は内心で毒づきながらも、どうにか倒れずに踏みとどまった。買い物袋が一瞬宙を舞いかけたが、両腕でかろうじてキャッチする。
一方のらんまは、尻を押さえながら顔をしかめた。
「いった〜〜い!どこ見て歩いてんのよ!」
お尻にじんじんとした痛みが走る。パフェへの一直線ルートが、予想外の障害物で遮られたことで、イライラも倍増だ。
「こっちだって急いでんだからね!パフェが逃げ……」
文句を言いながら顔を上げた瞬間、言葉がそこで止まった。
目の前には、濡れた前髪を指でかき上げる青年の顔がある。シャツは雨で肌に張り付き、首筋に水滴が伝っている。整った目元と、くっきりした鼻筋。どこかで見た顔だと、脳が警報を鳴らした。
「あ……」
らんまの頭の中で、踏切の記憶が一気につながる。電車のライト、迫る轟音、自分を抱えて線路から飛び出した腕。
「お前、この前の……!」
叫ぶように言うと、青年は一瞬きょとんとした。それから、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「やあ。やっぱり君か」
遥は、目の前の少女をじっと見つめる。おさげにした赤毛、中華服、あの時と同じ顔。そして何より、危ない方向へ突っ込んでいく速度が変わっていない。
「奇遇だね、おさげの嬢ちゃん」
「お、おさげの……」
らんまは反射的に自分の髪をつかむ。がっつりおさげである。自覚した瞬間、なんだか負けた気分になった。
遥は、よろけた足元をごまかすように、すっと立て直した。内腿が軽くプルプルしているが、表情からは全力で隠している。
「さっきは失礼した。怪我はないか?」
そう言いながら、遥は片手を差し出した。動きは紳士的で、声も落ち着いている。
「可愛い顔に傷が付いたら、いろいろともったいないからね」
「なっ……」
らんまの顔が一気に赤くなる。耳まで熱が登る。
何言うんだこいつ。キザなセリフがすらすら出てくるじゃねーか
内心では全力でツッコんでいるが、差し出された手から目が離せない。指先が細く、手のひらには武道家特有の硬さがある。以前、踏切で抱き上げられた感触が、ぼんやりと蘇る。
結局、らんまはその手を取ってしまった。
「け、怪我なんかしてないし!」
立ち上がりながら、慌てて強がる。
「どいてよ。俺、急いでるんだから」
「急ぎの用事?」
「重要な用事!」
きっぱり言い切る。その内容が「限定イチゴパフェ」だとは、口が裂けても言えない。だが、その時だった。
静かな商店街に、不釣り合いなくらい大きな音が響いた。
ぐぅ〜〜〜。
あまりに教科書通りの音で、らんまは一瞬、自分の腹かと思って身構えた。しかし、次の瞬間、遥が軽く息をついて苦笑した。
「……ああ、失礼」
自分の腹に手を当てる。そこから、さっきの音が出ていた。
らんまの口元がぴくりと動いた。
「……ぷっ」
堪えきれず、吹き出す。
「なかなかいい音出すじゃない」
「笑ってくれて構わないよ」
遥はあっさり認めた。
「雨宿りする場所も探していたけど、そろそろ腹も限界でね。ちょうどいい」
「ちょうどいいって、何が」
「君の顔」
「は?」
意味不明な言葉が投げられ、らんまの眉がぴくりと跳ねる。遥はふっと距離を詰めた。壁も何もない場所だが、ほとんど壁ドンの距離だ。らんまは思わず一歩下がりそうになったが、負けた気がして足を踏みとどまる。
「君、甘い物を探して走っていた顔をしていた」
「ど、どんな顔よ」
「パフェに一直線の顔だ」
完全に図星である。らんまの脳裏に、イチゴとホイップクリームとアイスが整列したパフェの姿が浮かぶ。
「か、顔に書いてた?」
「目にイチゴ乗っていた」
「怖いこと言うな!」
周囲の通行人が、なんとなく聞こえてきた会話に笑いをこらえて通り過ぎる。
遥は、そこで少し真面目な声になった。
「もし良ければ、一緒にパフェでもどうかな」
「……は?」
「この角を曲がった先に、甘味処がある。さっき看板が見えた」
遥は軽く顎でうさぎ屋の方角を示す。
「衝突したお詫びに、奢らせてくれないか」
「お、おごり……」
らんまの耳に、危険な単語が飛び込んだ。おごり。スイーツ界における強力な誘惑だ。
こいつ、ナンパか?相手は男だぞ。こっちも中身は男だぞ
ぐるぐると頭の中でツッコミが回る。
でも……パフェは食いたい
財布の中身を考える。なびきに巻き上げられたばかりの財布は、今朝かなりスリムになった。限定パフェは決して安くない。財布と胃袋が綱引きしている。
「なあ、おさげの嬢ちゃん」
遥は、少し柔らかい声で続けた。
「さっきの雨で冷えただろう。甘いもので温まるのは悪くない」
「……」
「それに、君のおかげで、こうして再会できた。素通りするような失礼な真似はしたくない」
最後の一言に、らんまの胸の奥がちくりとする。踏切で助けられた光景が、また鮮やかによみがえった。
男に甘い言葉を囁かれている自分が、はっきり分かる。気持ち悪い?
「……し、仕方ねえな」
らんまは腕を組み、わざと偉そうな口調で言った。
「そこまで言うなら付き合ってあげるわよ。奢りだし」
「交渉成立だ」
遥は小さく笑い、さりげなく一歩前に出る。雨を避けるように、自分の体を外側にしてらんまを店の方へ促した。
これで『女の子をエスコートして甘味処』という形になるなら、いろいろと便利だ
「ほら、転ぶなよ」
「アンタこそ、さっきの衝突で足をぐねったりしてないでしょうね」
「男に向かって心配は無用だ」
「助けてもらった借りくらいは返そうと思っただけでい」
ここまで読んでくださりありがとうございます!
読んでくださった皆さま、
「ここ好き!」
「このシーン笑った!」
「遥のキザ台詞もっと聞きたい」
などなど、あなたの感想や推しポイントをぜひ教えてください。