らんま1/2 ~男溺泉の最強師匠、手違いで乱馬の「公認彼氏」になり、天道家公認で夜の営み(武術)に励んでます~ 作:この俗物怪物くん
今回の舞台はファミレス「うさぎ屋」
全身ピンク、店員さんはうさ耳、
メニューは甘味、
そして席に座るのは──
美少女と美少年(ただし中身らんま)
本編では、
・ジャンボパフェを狩る武闘派美少女
・理論武闘家の美少年(正体:お前だったのか七瀬)
・クラス情報網の鬼拡散スピード
・あかねの嫉妬MAXパンチ
・そして九能帯刀は今日も地獄
など、安定の混沌と騒動をお楽しみいただけます。
では、パフェの甘さと修羅場の苦みをご堪能ください。
ファミレス「うさぎ屋」の店内は、見渡すかぎりピンク色だ。
壁もテーブルもやたらと可愛らしい柄で、ハートやうさぎのイラストがそこら中に散らばっている。制服を着た店員が、これでもかというくらいの笑顔で「いらっしゃいませ〜」と声を張り上げている。
窓際の席では、美少女と美少年が向かい合って座っていた。窓の外では土砂降りの雨がガラスを叩き、店内の照明が二人の輪郭をやわらかく浮かび上がらせる。
美少女の方は、赤毛のおさげを揺らしながら、メニューを食い入るように眺めていた。ページの「デザート」の部分だけ、穴が開く寸前だ。
「うおお……限定ジャンボイチゴパフェ……写真からしてもう旨そう……」
らんまは喉を鳴らしながら、メニューを握る手に力を込める。対面の美少年はそんな様子を、どこかおかしそうに見ていた。
「そこまで真剣に見るとは、なかなかの覚悟だ」
遥はメニューを軽く閉じて、窓の外に視線を投げる。ガラスには、うっすらと自分とらんまの姿が映っている。はたから見れば、完全にデート中の高校生カップルだ。
「覚悟も何も、パフェは戦場なんだよ。注文のタイミング一つで生死が決まる」
「表現が物騒だな」
そこへ、店員がパタパタと近づいてきた。ウサギの耳を模したカチューシャをつけた若い女性で、笑顔だけはプロ級だ。
「ご注文はお決まりですか〜」
「決まってる」
らんまは、即答でメニューを指さした。
「ジャンボイチゴパフェとラーメンと餃子とチャーハン」
「はい……はい? ジャンボイチゴパフェと、ラーメンと、餃子と、チャーハンでよろしいでしょうか」
「そうそう。それ全部」
店員の笑顔が一瞬固まる。視線がちらりとらんまの顔から、細い腕、華奢な体つきへと移動し、もう一度メニューへ戻った。
「すごい食欲だ」
遥は苦笑しながら、自分の注文を告げる。
「僕はホットコーヒーとサンドイッチを」
「かしこまりました〜」
店員は営業スマイルに戻りながらも、心の中では別のことを考えていた。
(この美少女、めちゃくちゃ食うな。隣のイケメンとシェアするのかしら。それとも全部一人でいくのかしら)
そんな心の声を誰も知らないまま、注文は受理された。
窓際の席には、キラキラした空気が漂っていた。外側から見れば、ピンクの内装に囲まれた美男美女のツーショット。雑誌の表紙でもおかしくない構図だ。
中身さえ聞かなければ。
「パフェ来るまでの時間が一番つらいな」
らんまは、フォークとスプーンを両手に持ってカチカチ鳴らしている。
「そこは心を落ち着かせる修行と考えるといい。焦りは視野を狭くする」
遥はコーヒーカップの取っ手を指でなぞりながら答えた。
「視野ねえ」
「君、最近誰かに負けたな」
突然の指摘に、らんまの手が止まる。
「うぐ」
「表情に書いてある」
遥は、からかうように目を細めた。
「『悔しい』『負けた理由が分からなくてイライラする』『でも相手の技は少しうらやましい』」
「うるせえな。心を読むな」
「顔がうるさい」
「どんな評価だよ」
軽口を叩き合っているうちに、ジャンボイチゴパフェが運ばれてきた。グラスから溢れそうなほどのホイップクリームとイチゴ、アイスにスポンジケーキ。旗まで立っている。
「きたあああ」
らんまの目が、星マークになりそうな勢いで輝いた。
「こちらジャンボイチゴパフェと、ラーメン、餃子、チャーハンです」
テーブルの上が一気に賑やかになる。甘い香りと、ラーメンの湯気と、餃子のニンニク臭が混ざり合ったカオスな空間だ。
店員は、もう一度だけらんまを見た。
(やっぱり全部一人で食べるつもりなんだ。この子、細いのにどこに入るの)
「ありがと」
らんまはちょこんと頭を下げると、さっそくパフェへスプーンを突き立てた。
「んぐ、んぐ……うめええ」
一口でイチゴとクリームとアイスをまとめてかき込む。その顔は、戦いのときとはまた違う意味で真剣だ。
遥はサンドイッチに手を伸ばしながら、その様子を眺めた。
「よく入るな」
「お前も食えよ。甘いの嫌いか」
「嫌いではない。だが、まずはコーヒーだ」
遥はゆっくりとカップを持ち上げ、香りを楽しむ余裕を見せた。見た目だけなら優雅なティータイムだ。
「でさ」
らんまが、パフェを半分ほどやっつけたところで、ようやく本題に入り始めた。
「最近どうしても勝てねー女がいてさ」
「ほう」
「転校してきたばっかのヤツなんだけどよ。とにかくムカつく」
「理由は」
「こっちの攻撃が全然当たらねー」
ラーメンを一気にすすりながら、らんまは眉を寄せた。
「拳も蹴りも、すり抜けちまうんだよ。たしかに速いんだけどさ。あいつの動き、なんか変なんだ。こっちが本気で殴りにいくほど、手応えが消える」
「相手の重心が消えていく感じか」
「そう。それ。すかされるっていうか」
「すかされる、か」
遥はスプーンをつまんだまま、少し考え込んだ。
「君の攻撃は分かりやすい」
「はあ」
「殺気と闘気が、そのまま軌道を教えてくれる」
「文句か」
「褒めている。パワーのある武術家は、そのくらい素直な方が爆発力を出しやすい」
コーヒーを一口飲んでから、遥は続けた。
「ただし、その分読まれやすい。話を聞く限り、その女は合気道系か、闘気の流れを読むタイプだな」
「闘気の流れ」
らんまは、チャーハンを口に放り込みながら首をかしげた。
「そんなもん見えるのか」
「見えるやつもいる」
遥はさらっと言った。
「自分の視線、相手の呼吸、重心の移動。そういったものを全部まとめて感じ取っている。闘気の流れというのは、そういう情報の束だ」
「なるほど」
「君の場合、攻撃に入る瞬間、全部が一斉に『今から殴るぞ』と叫んでいる」
「ひどい言い方だな」
「事実だ」
遥は淡々と告げる。
「だからまず、攻撃の気を消す訓練が必要だな」
「攻撃の気を消す」
「心を無にする」
「無」
らんまは、ラーメンの器を持ち上げながら、遠い目をした。
「俺に一番似合わなそうな言葉だな」
「自覚があるのはいいことだ」
遥は思わず吹き出しそうになりながらも、真面目な顔を保った。
「だが、やらなければ勝てない。殺気を抑えて、ただ『そこにいる』だけの状態から動き出す練習をする」
「どうやって」
「例えば」
遥は指でテーブルを軽く叩いた。
「腕立て伏せをするとする。普段の君なら、最初の一回目から全力で床を殴る勢いだろう」
「まあ、そうだな」
「そこを、最初の十回はあくびをしながらやる」
「はあ」
「身体を動かしているのに、心はぼんやりさせる。『今から鍛える』『追い込む』という気持ちを一度切る」
「ぼんやり腕立て伏せ」
「そう」
「退屈そうだな」
「退屈な時間を平然と過ごせる武術家は強い」
その言葉に、らんまは少しだけ真顔になった。
「なるほどな」
「君の弱点は、全部が全力すぎることだ。喜怒哀楽も、戦うことも」
「全部褒めてる気がしない」
「半分は褒めている」
遥はくすっと笑った。
「無になるって、そんな感じか」
「もっと方法はあるが、入口としては悪くない」
パフェをスプーンで崩しながら、らんまはしきりにうなずく。
「お前、すごいな」
「そうか」
「いや、説明が分かりやすい。まるで師匠みたいだ」
「師匠」
遥は、その単語にだけ少し苦い表情を浮かべた。
「弟のような存在には言われたくない言葉だ」
「弟」
「手のかかるやつがいる」
遥は視線を窓の外に向けた。雨粒がガラスを流れ落ち、その向こうに九能邸の屋根が頭に浮かぶ。
「油断するとすぐサボる。才能だけなら、日本一を狙える素質がある。剣の才能だ」
「日本一」
らんまの目が輝いた。餃子を口に放り込みながらテーブルに身を乗り出す。
「そいつ、俺とも戦ってくんねーかな」
「やめておけ」
「なんでだよ」
「頭が残念すぎる。変なものをうつされる」
はっきり言い切られ、九能帯刀に対する評価が地の底まで落ちた。
「そんなにひでえのか」
「半日一緒にいると頭痛がする」
「そりゃひでえな」
「だが、一つだけ褒めるところがある」
遥の口調が少しだけ柔らかくなる。
「一度決めたことは、泣きながらでもやり遂げる」
「ふうん」
「ああ見えて、そういうところだけは嫌いじゃない」
「そんな顔で言われても、想像つかねえな」
らんまはチャーハンの皿をきれいに平らげながら苦笑した。
「君は無手が得意だったな」
「だな」
「武器は」
「棒くらいだな。一応使える」
「君の手足の長さなら、三節棍もありだな」
遥は、らんまの腕をじっと見つめる。
「三節棍」
「慣れれば、無手と同じ感覚で扱える。リーチも伸びる」
「面白そうだな」
「今度教えてやろうか」
「マジで」
らんまの顔がパッと明るくなった。
「おう、頼む。新しい技は大歓迎だ」
「条件がある」
「なんだ」
「宿題を出したら、きちんとやること」
「う」
「さっきの『無』の話もだ」
「耳が痛い」
そんなやり取りをしている二人を、店の外から見ればどう映るか。窓越しに見えるのは、美少女と美少年が身を乗り出し、真剣なまなざしで見つめ合いながら語り合う姿だ。手元にはパフェとコーヒー。背景にはピンクのハート柄。
通行人の女子高生二人が、その光景に気づいた。
「あれ見て」
女子Aが友達の袖を引っ張る。
「うさぎ屋の窓際。あの赤毛、おさげ」
「……あれ、早乙女くんじゃない」
女子Bが目を丸くする。
「女子バージョンの方」
「隣の男の人、すっごいイケメンだね。映画の撮影かな」
「カメラ見えないよ」
「ということは」
二人は顔を寄せ合い、こそこそ相談する。
「あの二人、めっちゃ見つめ合ってるよ」
「手も近い。なんか距離感近い」
「乱馬くん、あかねちゃんっていう許嫁いるよね」
「いる」
「じゃあ、あれは」
「浮気」
「しかも」
女子Bが、声を潜めながらも全力でささやいた。
「女になった時は、男が好きなのかな」
「そういうこと」
二人の脳内で、禁断という単語が鮮やかに点灯した。
「禁断の愛だ」
「すごいもの見た気がする」
「撮る」
「やめなさい」
ひとしきり盛り上がった後、二人はすぐさまスマホを取り出した。メッセージアプリの一番上には「風林館一年F組情報網」というグループが表示されている。
『緊急 乱馬くんが駅前ファミレスで謎イケメンとデート 超楽しそう』
『女子姿で 笑顔多め 雰囲気完全にカップル』
メッセージは数分で拡散を始めた。
すでに天道家では、何も知らないあかねが、まだ平和な空気の中で帰宅途中だ。
夕方、天道家の居間では、なびきがソファに寝転がりながら雑誌をぱらぱらめくっていた。ちゃぶ台の上には、お菓子の袋と計算機。
玄関が開く音がして、あかねが「ただいま」と声をかける。
「おかえり」
なびきは、にやにやしながらソファから顔だけ上げた。
「ねえあかねちゃん。今日も平和な一日だった」
「あんまり平和でもなかったけど」
あかねは鞄を置きながらため息をついた。
「乱馬が朝から騒いでさ。七瀬さんにまたケンカ売って」
「なるほどね」
なびきの笑いが深くなる。
「じゃあ、ちょうどいいわ」
「何が」
「乱馬くんの浮気現場」
「ああ?」
あかねの足が止まった。
「なにそれ。乱馬ならシャンプーたちに追い回されてただけでしょ」
「今日のターゲットは女の子じゃないのよ」
なびきは雑誌を閉じ、手元のスマホをひょいと持ち上げた。
「駅前のファミレスでね。モデル級のイケメンと、窓際で向かい合って、いい雰囲気でデートしてたらしいわよ」
「だれが」
「あの子が」
なびきはスマホの画面をあかねに見せつつ、さらっと言った。
「らんまちゃんモードで」
一瞬で、居間の空気が変わった。
「…………」
あかねの脳内で、いくつもの映像が一斉に再生される。
乱馬が、見知らぬイケメンに微笑んでいる姿。テーブルを挟んで向かい合い、楽しそうに話している姿。手をつないで歩いている姿。
「び、美男子と」
ようやく出てきた声は、か細い。
「乱馬が」
「目撃者の証言によるとね」
なびきは指で画面をスクロールしながら、情報を読み上げる。
「『あんなに楽しそうな乱馬くんは初めて見た』『二人の世界に入り込んでいた』『店員もカップル扱いしていた』……などなど」
「二人の世界」
「ねえあかねちゃん。乱馬くんって、両方いけるのかな」
なびきの一言が、最後の導火線に火をつけた。
「りょ、りょうほう」
あかねの中で何かが爆発した。
「何それええええ」
叫びと同時に、周囲の空気がびりっと震える。ちゃぶ台の上の茶碗がかたかた揺れ、湯気がぶわっとなびいた。
「浮気は許さないって前に言ったのに」
「言ったね」
「女の子相手でも腹立つのに」
「そうね」
「男の人まで対象にするなんて、どこまで節操ないのよあのバカ」
部屋の隅にいたパンダが、そっと柱の影に隠れた。安全な場所を本能で探している。
なびきは、そんな様子をおもしろがりながら見ていた。
「あかねちゃん」
「何」
「顔が、すごく分かりやすい」
「うるさい」
あかねは頬を真っ赤にしながら、拳をぎゅっと握った。
「とにかく、帰ってきたら聞くから」
「何を」
「全部」
その頃、乱馬本人は。
うさぎ屋の前を出る頃には、雨はすっかり上がっていた。アスファルトにはまだ水たまりが残り、街灯の光を映している。
「いやあ、食った食った」
らんまはお腹をさすりながら、満足げに伸びをした。
「よく入るな」
遥は呆れたように笑いながらも、どこか嬉しそうだ。
「ジャンボパフェにラーメンに餃子にチャーハン。完食だ」
「甘いもんの後にラーメン入れると、幸せ倍増なんだよ」
「新しい理論だ」
二人は店の前で足を止めた。空には薄く雲が残っているが、さっきまでの土砂降りは嘘のようだ。
「今日は有意義な時間だった」
遥が素直に口にする。
「闘気の話、かなり参考になったぜ」
らんまは拳を握ってみせた。
「攻撃の気を消す。心を無にする。難しそうだけど、おもしろそうだ」
「やる気になっているなら十分」
遥は頷いた。
「君の名前をまだ聞いてなかったな」
「あ」
らんまは、そういえばと今さら気づく。
「俺はらんま。早乙女らんま」
「らんま」
遥はその名を一度口の中で転がした。
「いい名前だ」
「だろ」
「僕は遥」
「はるか」
らんまは、そこで一瞬だけ眉をひそめた。
「なんか聞き覚えあるような」
「そうか」
「気のせいか」
数秒だけ危険な考えが頭をよぎりかけたが、らんまの脳は甘味の満足感でだいぶ緩んでいた。
「ま、いっか」
「また会おう」
遥はすっと片手を上げた。
「今度は稽古場で」
「おう。新しい技、楽しみにしてるからな」
らんまは笑顔で答え、手を振った。
二人はそこで別々の方向へ歩き出す。らんまは天道家へ、遥は九能邸へ。それぞれの背中が小さくなっていく。
らんまの頭の中は、もう次のことを考え始めていた。
「よーし。帰ったら早速イメトレだな」
道場での自分を想像する。
「攻撃の気を消して。心を無。心を空っぽ」
数秒後。
「腹筋の数を数えながらでも出来るかな」
「腹筋一。無」
「腹筋二。無」
「腹筋三。やっぱきつい」
「無がどっか行った」
「むずかしいなあ」
ぶつぶつ言いながら歩いているうちに、天道家の門が見えてきた。
「ただいまー」
能天気な声で玄関を開けた瞬間。
家の中から、恐ろしいほど静かな空気が流れてきた。
「おかえり」
居間の入口には、腕を組んだあかねが立っていた。背後にはなびきが椅子に座り、ポップコーンをつまんでいる。
「な、なんだよ。二人そろって」
「今日、どこ行ってたの」
「べつに。そこら辺」
「そこら辺って」
あかねの眉がじりじり上がる。
「駅前のファミレス『うさぎ屋』」
なびきがさらっと補足した。
「しかも、隣に超絶イケメン」
「お姉ちゃん」
あかねの声が低くなる。
「説明してもらえるわよね」
乱馬は、その場で固まった。
脳内で、今日の出来事が高速で再生される。角でぶつかったこと。パフェを奢ってもらったこと。武術の話で盛り上がったこと。
「あれは」
「あれは」
「修行だ」
とっさに口から出た言葉は、それだった。
「どこが」
あかねの拳が、静かに握られる。
「新しい技の話してただけだって」
「へえ」
「ほんとだって」
「楽しそうな顔してたって噂よ」
なびきが追い打ちをかける。
「二人の世界に浸ってたって」
「だれの証言だよ」
「クラスメート数名」
逃げ道がどんどん塞がれていく。
「べ、別に。男同士だろ」
「女のとき」
あかねが、そこだけはっきり指摘した。
「姿は女」
「中身は俺」
「つまり」
「あのイケメンは、女の姿の乱馬と仲良くパフェを食べてた」
「仲良くって言うほどでも」
「あたしとは一緒に行かないのに」
あかねの声がわずかに震えた。
「なんで知らない男の人とは行くのよ」
「……」
乱馬は、ようやく気づく。
自分が想像していた以上に、あかねの機嫌が悪いことに。
「べ、別に。たまたま一緒になっただけで」
「奢ってもらって」
「……それは。まあ」
「ありがとうは言ったの」
「言った」
「楽しそうだった」
「楽しくなかったって言ったら嘘になる」
「正直」
「正直」
二人の間に沈黙が落ちた。
なびきはポップコーンを一粒口に入れ、静かに見守るモードに入る。
「あのさ」
先に口を開いたのは乱馬だった。
「修行の話は、本当だ」
「ふん」
「強くなりたいから」
「ふん」
「七瀬に勝ちたいから」
その一言で、あかねの目の色が少し変わる。
「七瀬さんに」
「負けっぱなしは嫌だろ」
乱馬は、珍しく素直に吐き出した。
「だから教えてもらったんだ。攻撃の気の消し方。無の感覚」
「どんな顔して聞いてたの」
「真剣な顔」
「それが腹立つ」
「理不尽だなおい」
「だって」
あかねは、唇を噛みしめる。
「そういう顔、あたしの前ではあんまり見せない」
「……」
「いつもバカみたいに突っかかってきて、からかって、殴って」
「殴るのはそっち」
「うるさい」
拳が一瞬光った。
「今日のは殴られて当然」
乱馬は、覚悟を決めたように目を閉じた。
ごう、という風が吹いた気がした。
数分後。
天道家の屋根の上では、星空がきれいに見えていた。そこには、今日も平和に暮らす家族の姿がある。
居間の中では、ちゃぶ台の横に乱馬の頭だけが見事に突き出ていた。床にめり込んでいる。
「言い訳は」
「ありません」
「次からは」
「ちゃんと報告します」
「誰とどこで食べるか」
「そこまで」
「そこまで」
「分かったよ」
ようやく許してもらえたのか、あかねはため息をついて座り込んだ。
なびきはポップコーンの袋を空にしながら、にやにやと兄妹げんかを眺める。
「それでさ」
乱馬は、床から頭だけ出した状態で言葉を続けた。
「今度さ」
「なに」
「うさぎ屋行くか」
一瞬で、あかねの表情が固まる。
「は」
「別に。修行の続きとかじゃなくて」
「うさぎ屋」
「パフェ奢るから」
「奢る」
「その、なんだ」
乱馬は、視線をそらした。
「お前も甘いもん好きだろ」
「……」
「一人で行くより、二人の方が」
「二人の方が」
「うまいかなって思っただけだよ」
居間に沈黙が戻る。
なびきが、にやりと笑った。
「ほう」
「ほうじゃない」
あかねは、頬を少しだけ赤くした。
「別に。暇だったら」
「暇」
「たまたま暇だったら、付き合ってあげてもいいかなって」
乱馬の口元に、ようやく笑みが戻った。
「じゃあ決まり」
「まだ決めてない」
「決まった」
「うるさい」
二人のやり取りを聞きながら、なびきはスマホを取り出した。
『至急訂正 乱馬くん 謎イケメンとの関係は修行話中心 ただし楽しそうだったのは事実 あと近々あかねちゃんとパフェデートの可能性あり』
新たな噂が、また光の速さで風林館の情報網に流れていく。
一方その頃。
九能邸の庭では、まだ帯刀が木刀を振っていた。
「ひゃくきゅうじゅうきゅう……にひゃく」
足元はふらふらだが、目だけはかろうじて開いている。
「サスケ……今、何本目」
「師匠から仰せ付かっている本数の、まだ一割でござる」
「嘘だろ」
「記録には、正確な数字しか刻まれないでござる」
帯刀の遠い目の先には、塀の外にあるファミレスの看板が小さく見えた。
「パフェ……」
「ご褒美の言葉は、まだ師匠から出ていないでござる」
「せめて。せめて僕も」
帯刀は、空を仰いで叫んだ。
「誰かと甘味を分かち合う青春を送りたかった」
「まずは腕立て伏せと素振りを分かち合うでござるな」
遥は、そんな弟子の叫びをどこかでくしゃみに変えながら、九能邸へ向かっている。
早乙女乱馬は、まだ知らない。
今日ファミレスで熱く語り合ったイケメンこそ、自分がどうしても勝てない転校生、七瀬はるか本人だということを。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
今回の話、作者的には
「糖分と修羅場と武術理論の三層構造パフェ」
のつもりで書きました。
・遥のイケメンムーブ
・らんまの食欲と素直さ
・あかねの嫉妬が可愛い
・九能の青春はどこにあるの問題
などなど、あなたの推しポイントがあればぜひ教えてほしいです。