らんま1/2 ~男溺泉の最強師匠、手違いで乱馬の「公認彼氏」になり、天道家公認で夜の営み(武術)に励んでます~ 作:この俗物怪物くん
「武術バカが甘味の店で誤解を量産する物語」です。
うさぎ屋のピンク色の空間に、
らんまと遥が入った瞬間から運命は決まっていました。
・ほっぺのクリームを拭く
・ソースを舐める
・連絡先を交換する
・視線を合わせて語り合う
世間の目にはすべて「恋」なのですが、
本人たちは全部「武術」です。
さらに今回はなんと、
遥の婿養子問題という深刻な家事情も混ざり、
最終的にらんまが「覚悟」を語るという、
内容だけ見れば完全に告白回となっております。
誤解、誤解、そして誤解。
あなたの腹筋が無事でありますように。
ファミレス「うさぎ屋」の店内は、相変わらずピンクとウサギとハートでできていた。壁には期間限定パフェのポスター、テーブルにはうさぎ柄の紙ナプキン、どこを見ても甘ったるい雰囲気が漂っている。
そんな窓際の一番目立つ席で、らんまと遥が向かい合っていた。テーブルの中央には、ジャンボイチゴパフェ。横にはサンドイッチの皿。見た目だけなら、完璧にラブラブデートである。残念ながら中身は武術バカ二人だ。
らんまはスプーンを握り、パフェの山に全力で突撃していた。上の生クリームの層があっという間に崩壊し、イチゴが雪崩のようにグラスの中へ沈んでいく。
「それでよ、みんなひどいんだぜ」
らんまは口いっぱいにパフェを詰め込みながら文句を言う。言葉になっていない部分はイチゴの香りで補完される。
「俺が遥と浮気してるって、言いふらしてんだ。ありえねーだろ。俺は普通に女が好きだっての!」
向かいの遥は、そんならんまを落ち着いた目で見ながら、サンドイッチをつまんでいた。動きには無駄がなく、姿勢もきれいで、見た目だけなら上品なイケメンである。
「浮気ねえ」
遥はパンを一口かじりながら、軽く首を傾げた。
「誰が言い出したんだ?」
「なびきと、そのへんのクラスの女共だよ」
らんまは机を小突きながら続ける。
「駅前のファミレスでパフェ食ってただけで、なんで『禁断の愛』とか言われなきゃなんねーんだ。おかしいだろ」
「ふむ」
遥は心の中でメモを取る。
(駅前のファミレス……昨日の天道家での話とタイミングが合うな。あかね君のあの反応を見るに、情報網はかなり早い)
そして、さっきの発言を整理する。
(このらんま君は女が好き、か。つまり同性を好むタイプなんだな。本人の恋愛のベクトルは、どうやら別の方を向いているらしい)
勝手に分析した結果、遥は妙に納得した顔になった。
「まあ、恋愛観は人それぞれだからな」
遥はコーヒーを一口飲んでから、頷いた。
「誤解されるのは面倒だが、自分の気持ちを否定されるのはつらいよなあ」
「そうそう!」
らんまは勢いよく同意した。
「俺はただ、武道家として遥のことをだな、えーと……尊敬してるだけなんだよ。尊敬っていうか、その、お前のこと考えると胸が熱くなるというか……いや違うな、なんかワクワクするっていうか……」
自分で言いながら顔が赤くなり、言葉がごちゃごちゃになっていく。
「武道のこと考えると、ワクワクするだろ?そういう意味だぞ?」
遥は、スプーンを持つ手を止め、少し笑った。
(女のくせに、口説き文句が完全に男目線だな)
そう思いつつも、顔に出すのはやめておく。
「そこまで言われると、少しくすぐったいな」
遥は肩をすくめて返した。
「まあ、今日はまずしっかり食べよう。修行も大事だが、エネルギー補給も訓練のうちだ」
「おう!!」
らんまは元気に返事をし、再びパフェにスプーンを突き刺す。上から下まで一気にすくい取る豪快なスタイルで、グラスの中のイチゴとアイスが次々消えていく。遥の方はというと、サンドイッチをほどよくかじり、パフェは横から少しずつ分けてもらっていた。
「それにしてもさ」
らんまは、イチゴをもぐもぐしながら続ける。
「『浮気』って言われた時に、なんでよりによって『男』限定なんだよ。シャンプーとか右京なら、まだ分かるだろ? なんで知らねー男と勝手にくっつけられなきゃなんねーんだ」
「昨日の話の流れからすると、あかね君たちにとっては、君と僕の距離感が、相当衝撃的だったんだろうな」
遥は淡々と分析する。
「武術談義をしているつもりでも、第三者にはそう見えないことはよくある」
「なあ」
らんまはスプーンをくるくる回した。
「俺とあかねは許嫁なんだよな、一応」
「一応、とは」
「ケンカばっかしてるし、向こうも全然素直じゃねーし、こっちも……まあ、その……」
らんまはグラスの中をじっと見つめる。
「でも、あいつに『浮気』とか言われると腹立つんだよな。だったらもっと、ちゃんと……」
そこまで言って、口をつぐむ。自分で何を言いかけたのか、脳が先に察してしまったらしい。顔がじわじわ赤くなる。
遥は、それを見て心の中で「ふむ」ともう一つメモを増やす。
(あかね君への感情は本物。そこに、僕の存在が妙な形で混ざっているわけか)
(これは……なるほど、複雑だ)
店内のカップル席の中で、一番派手に動いているのはこの二人だが、本人たちは全く自覚がない。
らんまが乱暴にパフェを掘り進めていたその時、スプーンがグラスの縁にガツンと当たり、生クリームが勢いよく飛び出した。
「うおっ」
白いクリームが、らんまの頬にべちゃっとつく。
「ほれ」
遥は自然な動きで身を乗り出した。
「クリームがほっぺについているぞ」
「ん? あ、ホントだ。手がベタベタで拭けねーんだ。取ってくれよ」
らんまは悪びれもせず、頬を突き出す。完全に道場のノリだ。
遥は、ほんの一瞬だけ周りの視線を感じたが、すぐに「まあいいか」と割り切った。
「はいはい」
親指の腹で、そっとらんまの頬のクリームを拭き取る。
その様子を見ていた隣のテーブルの女子高生たちから、かすかな悲鳴が漏れた。
「今、イケメンがほっぺ触った……」
「近い近い近い……!」
当人たちは、そんなこととはつゆ知らず。
遥は指先についたクリームをティッシュで拭おうとしたが、その前にらんまの目に別のものが入った。
「おい遥」
らんまがニヤッと笑う。
「今度はお前の方だぞ」
「ん?」
遥の口元には、サンドイッチのソースが少しだけついていた。
らんまは、ためらいゼロで指を伸ばす。
「ほら、じっとしてろ」
指でソースをすくい、そのままペロッと舐めた。
「よし、取れた」
「……」
遥は一瞬固まった。脳内で「今の行動」をスローモーション再生し、客観的に見てみる。
(これは、完全に恋人同士のスキンシップに分類されるやつではないか?)
だが、目の前のらんまは、いつも通りのけろっとした顔である。
「どうだ? ちゃんと取れただろ?」
「……ああ。ありがとう」
遥は咳払いをして、表情を整えた。
「君は、本当に遠慮がないな」
「そりゃそうだろ。強くなるのに遠慮はいらねーさ」
会話の方向性はすぐに武術に戻る。店内の他の客には、その切り替えの早さなど分からない。
窓際から少し離れた席では、女子高生二人組がスマホを構えていた。
「今の見た?」
「見た見た! ソース舐めた! あれは完全にアウト!」
「写真撮れた?」
「バッチリ」
カシャ、カシャ、と小さなシャッター音が何度も響く。さらに、離れた席に座っていた主婦グループも反応した。
「最近の子は進んでるわねえ」
「ほら、あの子たち。さっきからずっと見つめ合ってるのよ」
「いいじゃないの、若いうちはあれくらい燃えてないと」
燃えているのは闘志だけである。ファミレスの外に出た瞬間、この画像と勝手な解説は、風林館高校情報網へとばらまかれる運命にあった。
パフェとサンドイッチが半分ほど片付いた頃、遥がふと思い出したように言った。
「そうだ」
「ん?」
「こうして会うのも、毎回偶然に頼るのは効率が悪いな」
遥はポケットからメモ用紙とボールペンを取り出した。
「連絡先を知らないと、鍛錬の予定も立てづらいだろう?」
さらさらさら、と流れるような筆跡で、電話番号とメールアドレスを書いていく。
「これが僕の番号とアドレスだ」
紙を差し出す手も、所作がきれいだ。
「おー」
らんまは感心して紙を受け取り、腰のポーチから自分の携帯を取り出した。
「じゃあ、これ俺の番号な」
携帯の画面を見せながら、メモに数字を書き込む。
「何かあったら、ここにかけろよ。修行の相談でも、喧嘩の相手でも、いつでも受けて立つぜ」
「頼もしいな」
遥は小さく笑い、メモを丁寧に折りたたんで財布にしまった。
窓の外では、さっきから張り込んでいた別の女子高生が、息を潜めてその様子を撮影していた。
「今、連絡先交換した……」
「しかも、あのおさげの子、自分のこと『俺』って言ってたよね」
「イケメンの前で自分を偽らないそのスタイル……尊い……」
「これはもう、究極の絆だわ……」
当の本人たちは、そんな解釈が飛び交っていることなど知らず、パフェの底に沈んでいた最後のイチゴを取り合っていた。
店を出る頃には、外の雨は止み、街路樹から水滴がぽたぽた落ちていた。アスファルトにはまだ水たまりが残っている。二人は並んで歩き出した。
「よく食べたな」
遥が満足そうに伸びをする。
「修行したあとに食べる甘いものは格別だ」
「だな!」
らんまは両手を頭の後ろで組み、上機嫌で空を見上げた。
「限定パフェも食えたし、技のヒントももらえたし、最高の一日だぜ」
「パフェと修行が同列なんだな……」
遥は苦笑しつつ、歩調を合わせる。
「この先を右に曲がると、僕の家だ」
少し歩いたところで、遥が立ち止まった。古びてはいるが、きちんと手入れされた二階建ての家が見える。
「ここか」
らんまはじろじろと眺める。
「もっと山の上の寺とかに住んでんのかと思ってたぜ。崖の上の道場とかさ」
「総本山は山奥だよ」
遥は笑った。
「でも、学校に通うには不便だからな。ここは通学用の借家だ」
「へえ」
らんまは、門柱の表札を覗き込む。
(ふつーの名字……ふつーの家……中身は全然ふつーじゃねーけどな)
「ご両親は?」
らんまが首をかしげる。
「一緒に住んでねーのか?」
「健在だよ」
遥は、少しだけ顔を曇らせた。
「本家の方で暮らしている」
「なんだ、遠いのか」
「まあね」
遥は家の門に手をかけ、そして離した。
「僕のところの流派は、もともと女が継ぐ決まりなんだ」
「女?」
「そう。代々、女性が宗家を継いできた。婿養子を取って、その婿に家を支えてもらう形だな」
遥の声は淡々としているが、どこか引っかかりがある。
「婿養子を取るのは、流派の伝統らしい。僕が継ぐとなると、誰かを婿として迎えないといけない」
らんまは、そこで一度首をひねった。
(女が継ぐってことは、本来は女じゃなきゃダメなのか。でも目の前にいるのは男の遥。
つまり、遥は本来なら継げる立場じゃないってことか?)
頭の中で、よく分かっていない家系図を適当に組み立てる。
(こんだけ強えのに、「男だから継げない」とか言われてんのか?それとも、「婿養子を連れてこられねーから継げねー」とか、しょうもねー条件つけられてんのか?)
どちらにしろ、武道家として気に入らない話である。
一方の遥は、別の意味でため息をついていた。
「僕自身は、まだ継ぐと決めたわけじゃない」
遥は空を見上げる。
「技を磨くのは好きだし、伝統を守ることにも価値は感じている。ただ……誰かを『婿養子として迎える』という条件が、どうにも引っかかる」
「ふーん」
らんまは腕を組んで聞いていたが、途中から眉間にしわを寄せ始めた。
「つまり何だ」
らんまは、ぐっと前に出る。
「こんなに強えのに、『婿養子がいないから継げません』って言われてんのか? そんなの納得いかねーぞ」
「……そこまで単純な話でもないが」
遥は苦笑した。
「でも、たしかに、そこがネックになっているのは事実だな」
らんまの中で、何かがカチッと音を立てた。
「だったら」
らんまは拳を握りしめる。
「だったら俺が何とかしてやる!」
「え?」
遥は目を瞬く。
「流派がどうとか、家の決まりがどうとか知らねーけどよ」
らんまは真剣な目で遥をにらみつけた。
「技を継ぐやつは、一番強えやつで決めりゃいいんだよ。お前は強え。俺が保証する」
「……」
遥は黙って見つめ返す。
「だからさ」
らんまは、言葉を選ばずに、そのまま口に出した。
「お前が継げねー理由が『婿養子がどうこう』だって言うなら、そんなもん、俺がぶっ壊してやる」
「…………」
遥の中で、別の誤解が爆速で育ち始めた。
(つまり……)
目の前のらんまの顔は、真剣そのものだ。ふざけた様子は一切ない。
(僕の流派を継がせるために、自分がその枠に入ると言っているのか?)
(本人は女性が好きなはずなのに、それでも構わない、と)
(そこまでして、僕に継いでほしい、と)
視界の端が、少しだけにじんだ気がした。
「……いや」
遥は、かろうじて理性を総動員する。
「らんまは女が好きなんだろう?」
「ん?」
「流派の問題が解決しても、君の人生の方が問題になる」
遥は真面目な口調で続ける。
「自分の望む恋愛も、結婚も、諦める覚悟がいる。それでもいいのか?」
らんまは、ぽかんとした顔になった。
(何の話だ?)
頭の中では、
「どうやったら流派のジジイどもを説得できるか」
「婿養子ルールをぶっ潰すには、どの程度の武力デモが必要か」
など、物騒なアイデアがぐるぐる回っている。
「そんなの」
らんまは、きっぱりと言い切った。
「そんなの関係ねえよ」
遥の心臓が、ドクンと跳ねた。
「お前だからだ」
らんまの目は、真っ直ぐ遥を射抜いている。
「お前だから、俺は何とかしたいんだよ。お前の技は、ちゃんと受け継がれるべきだ」
「だからさ」
らんまは胸を張った。
「俺が力貸す。ルールが邪魔なら、ぶっ壊す手伝いくらいするし、婿養子? なんだそれ、よく分かんねーけど、お前が笑っていられるなら何でもやってやる」
言葉の端々ににじむのは、武道家としての敬意と、弟子としての情のつもりだ。
遥には、別のものに聞こえた。
(自分の好みとは違うはずなのに、それでも僕を支えると言ってくれている……)
(恋愛対象としてではなくても、人生を共にする覚悟を口にしている……)
(これは……義理で済むレベルではないな)
遥は、ゆっくりと息を吐いた。
「ありがとう」
静かな声だったが、その一言にたくさんの感情が詰まっている。
「君の覚悟、受け取ったよ」
「お、おう?」
らんまは、逆に戸惑う。
(なんでこんなに真剣なお礼モードになってんだ?)
遥は、いつもの師匠の顔へと表情を切り替えた。
「では」
きゅっと背筋を伸ばし、手のひらを打ち合わせる。
「せっかく覚悟を示してもらったんだ。言葉だけで終わらせるのはもったいない。今日のところは、まず内気の練り方から始めようか」
「お、修行モードか!」
らんまの顔が一気に輝く。
「この前の『ガマク』も、まだ体に入りきってねーしな!」
「うん」
遥は満足げに頷いた。
「君の情熱なら、すぐにコツをつかめるはずだ。行くぞ、らんま」
「おう! 頼むぜ、遥!」
二人は、その場で軽く準備運動を始めた。ストレッチ、肩回し、軽い屈伸。道場でもない、ただの路地の前で、妙に本格的なウォーミングアップが展開される。
近所のおばちゃんが買い物袋を抱えて通りかかり、目を丸くした。
「またあの子たち、外で組み手の準備してるわよ」
「若いって元気ねえ」
おばちゃん同士がヒソヒソ話を交わす。
遥は、玄関先のスペースを道場代わりに使いながら、らんまの腰に手を添えた。
「いいか。内気を練るには、まず呼吸と姿勢だ」
「お、おう」
「さっき言っていた『胸が熱くなる』感じを、下腹の辺りに集めるように意識して」
「急に照れること言うな!」
「違う。比喩だ」
そんなやり取りをしながら、稽古は続いていく。
内気の流れ、体幹の連動、力を抜くタイミングと入れるタイミング。遥の説明は具体的で、らんまの飲み込みも早い。
「そう、その力の抜き方だ」
遥が褒めると、らんまは嬉しそうに笑う。
やがて、玄関前だけでは物足りなくなり、二人は近くの公園へ場所を移した。夕日が差し込む土のグラウンドに、らんまの足跡と、遥が描いた謎の足運び用のラインが増えていく。
「ここからここまで、一息で踏み込む」
遥が白線を指さす。
「途中で減速せず、でも地面を蹴りすぎないように」
「分かるような分かんねーような注文だな」
らんまは頭をかきながらも、何度も繰り返した。最初はドタドタとうるさい足音を立てていたが、回数を重ねるごとに音が軽くなる。
「お、今のいい感じだ」
遥が満足そうにうなずく。
「地面にかかっていた負担が、少しずつ体の中心に集まってきている」
「おお、マジか」
言われてみれば、さっきよりも足が疲れていない気がする。
「じゃあ次は、さっきの歩法にさっきの内気を重ねる」
「いっぺんに言うなよ!」
文句を言いながらも、らんまは楽しそうだ。
何度も失敗し、何度もバランスを崩し、そのたびに地面に転がる。それでもすぐに起き上がって、また同じ動きを繰り返した。
「もう一回!」
「いいぞ、その調子だ」
遥は、らんまが転ぶ瞬間ですら、どこの筋肉がどう働いているかをチェックしている。
「今のは上体が先に行きすぎたな。腰を少し残す意識で」
「こうか?」
「そうだ。そのまま一歩」
ガッ。
短い音とともに、らんまの踏み込みが地面に食い込んだ。
「おっ」
本人も驚いた顔をする。
今の一歩は、さっきまでと重さが違う。地面に残った足跡も、さっきより深い。
「よし」
遥の目が輝いた。
「今の感覚だ。その一歩に、拳を乗せる」
「おう!」
近くの電柱を相手に見立て、らんまが拳を構える。
「いいか、全力は出すなよ。折れる」
「え、折れんのか?」
「うっかりね」
うっかりの範囲がおかしい師匠の注意に、らんまは苦笑したが、言われた通りに力加減を抑えた。
「いくぞ」
踏み込みと同時に拳を出す。
ガン、と控えめな音が鳴った。
電柱はもちろんビクともしないが、拳に響いた感触は、いつもの「ゴン」とは違う。
「どうだ?」
「なんかさっきの土管ブッ壊すときの半分くらいの感じは出せたような……」
「それなら上出来だ」
遥はうなずいた。
「いきなり真似できるものじゃない。今日一日でここまで感じ取れているなら、すぐに自分のものになる」
「マジか」
らんまの胸に、じわじわと達成感が広がる。
(すげー……本当に、話を聞いてから動くだけで、体がどんどん変わってく)
(こいつと一緒なら、俺、どこまで行けるんだろ)
そんなことを考えていると、自然と顔がにやけた。
「何をいい顔してる」
遥が笑う。
「いや、なんでもねーよ」
らんまは照れ隠しに、もう一度電柱へ拳を突き出した。
そんな師弟の横を、自転車に乗ったおじさんが通り過ぎる。
「またあの子たちか……」
「毎日元気ねえ」
通行人の間でも、すでに「公園でよく見る謎の武術カップル」として認識され始めていた。
日がすっかり沈む頃、ようやく稽古は一区切りついた。
「今日はここまでにしよう」
遥がタオルで首筋の汗を拭きながら言う。
「やりすぎると、明日の動きが鈍くなる」
「おう。いやー、楽しかった!」
らんまは両腕を大きく回して、背中を鳴らした。
「なあ遥」
「ん?」
「やっぱ俺、お前のこと好きだわ」
「急に何を告白している」
「違う違う、そういう意味じゃなくてだな」
らんまは頭をかきむしる。
「武道家として、だよ。こう……一発殴るたびに世界が広がるっていうかさ」
「それは、教える側としても嬉しい言葉だな」
遥は少しだけ照れたように笑った。
「じゃあ、その『好き』が冷めないうちに、どんどん鍛えてやろう」
「おう、望むところだ!」
二人の声が、夜の公園に響き渡る。
その頃、風林館高校界隈では、「おさげの美少女と謎のイケメンの純愛物語」という、とんでもないタイトルの噂が一人歩きし始めていた。
当事者たちが真っ向から肯定する未来は、まだ少し先の話である。
夕暮れが近づく頃、二人の影は長く伸びていた。
最強の師匠と、最強の弟子。互いの人生を、わりと本気で変えかねない約束を交わしたその日、彼らはただ、目の前の一手一手に集中していた。
その背中に、「婿養子問題」という文字が薄く浮かんでいることなど、本人たちはまだ知らない。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
・どこで笑った
・どこでキュンときた
・遥をどう見ている
・らんまの天然ぶりが何点だった
・婿養子問題がどう映ったか
一言でももらえると、
次の話を書く原動力になります。
ぜひ、あなたの感想を聞かせてください!