らんま1/2 ~男溺泉の最強師匠、手違いで乱馬の「公認彼氏」になり、天道家公認で夜の営み(武術)に励んでます~ 作:この俗物怪物くん
ひとつは、
九能帯刀、人生最大の覚醒。
そしてもうひとつは、
九能帯刀、人生最大の羞恥。
師匠の必殺の木刀を受け止め、壁を粉砕するほどの突きを放つ九能帯刀は──
湯船に沈められ、桶で殴られ、
「平ら」発言で死にかける。
これが風林館高校の武人である。
あなたは今から、
「強さ」と「情けなさ」が同居する九能帯刀史上最も濃密な一日
を目撃することになる。
木刀が折れ、壁が割れ、誇りも砕ける。
だが、雷は確かに覚醒する。
湯けむりの向こうで何が起きたのか──
覚悟して読み進めよ!
風林館高校から少し離れた住宅街の一角に、九能家の広い屋敷がある。夕暮れの光が庭の松と石灯籠を赤く染め、その奥にある道場の障子越しには、激しい動きの影がちらついていた。
道場の床には、汗と埃が入り交じった匂いが薄く漂う。板張りの床はあちこちに細かなひびが走り、柱には新しく付いた打ち傷が並んでいる。その真ん中で、九能帯刀が片膝をつき、肩で息をしていた。
道着はあちこち裂け、帯はほとんど形を留めていない。額から顎先にかけて汗が滴り落ち、髪の毛は顔にへばりついている。それでも、その瞳だけは不思議なほど静かで澄んでいる。いつもの濁った妄想も、あかねへの暴走も、今だけは影を潜めていた。
はるかは木刀を肩に担ぎながら、その顔を覗き込んだ。白い頬に汗が一筋流れているが、呼吸は落ち着いている。九能を追い詰めているはずなのに、自分の心拍はほとんど乱れていない。
「……いい目をするようになったわね」
軽く笑う声に、九能の背筋がピンと伸びた。
「師匠」
九能は膝をついた姿勢のまま顔を上げ、真っ直ぐにはるかを見る。そこには、今までのような甘えた色はない。悔しさと感謝と、そしてまだ少し残る恐怖が混ざった視線だ。
はるかは木刀を下げ、少し顎に手を当てながら九能を見下ろす。
「帯刀。ようやく中学二年生の頃のお前に戻ったな」
その一言で、九能の目に光が宿った。
「あの頃……」
九能の脳裏に、まだ素直だった自分と、細い少年の師匠の姿が浮かぶ。無駄な妄想をする暇もなく、ただ技と向き合っていた日々。あの頃の自分を、ようやく取り戻した感覚があった。
「はい! 師匠! 長い、長い道のりでございました!」
九能は両手を畳につき、深々と頭を下げる。道着の裂け目から覗く腕の筋肉は、以前より締まって逞しくなっている。稽古の成果が、皮肉なほど分かりやすい形で現れていた。
はるかは満足そうに頷き、木刀を握り直す。
「よろしい。では」
一歩下がって、打ち込みの間合いを取る。
「ここからは高校二年生のお前に進化するまで、私が鍛えてやろう。死ぬ気で構えなさい」
九能の喉が、ごくりと鳴る。けれど、逃げ出したいという弱さは不思議なほど湧いてこない。
「承知!」
すっと立ち上がり、腰を落とす。足の裏と床の感触を確かめる。膝の角度、骨盤の位置、肩の高さ。師匠から百回以上矯正され続けた基本中の基本を、一つひとつ確認していく。
はるかは、その様子を一瞬だけ眺めると、口元にうっすら笑みを浮かべた。
「——行くよ」
その声が届くか届かないうちに、はるかの姿が視界から消える。風がひと筋走った感覚だけが残り、次の瞬間には、九能の頭上から凄まじい圧が降りかかっていた。
「天墜」
上段から振り下ろされる木刀は、当然のように目で追えない。反射ではどうにもならない速度だ。けれど、九能の体はすでに動き始めていた。
「ぬううううっ! 天翔!」
九能の木刀が、下から斜めに跳ね上がる。足腰から突き上げた力を背骨に通し、肩を経由して刃の先へ流し込む。何百回も失敗してきた受け上げの応用が、ようやく意識と一致した瞬間だ。
ガァン、と木と木がぶつかる重い音が道場に響く。衝撃が床を走り、板がミシミシと悲鳴を上げる。壁に掛けられた木札がカタカタ揺れ、柱に立て掛けられていた竹刀の束がカランと倒れた。
九能は足を踏ん張り、歯を食いしばって耐える。腕が軋み、肩が裂けそうな痛みを訴える。それでも、今度は全身が支えてくれる。前までなら、ここで膝から崩れ落ちていた。
「……ほう」
はるかの口から、小さく感心したような声がこぼれた。木刀を押し込む力を一瞬だけ強めてから、ふっと引く。
「今の一合、合格ね」
木刀が離れた途端、九能の膝がガクンと揺れる。そのまま崩れ落ちそうになりながら、どうにか踏みとどまった。
「はぁ、はぁ……」
呼吸が乱れ、視界が揺れる。それでも、胸の奥で灯が強く燃えている。
はるかは木刀を肩に担ぎ直し、少し距離を取る。
「帯刀。今の一撃で、やっとスタートラインに立った。ここからが本番」
九能は湿った息を吐きながらも、目だけは笑った。
「はい……! お願いします、師匠!」
二人の間の空気が、再び張り詰める。道場の外では、庭の木々の間を夕風が走り抜け、かすかな蝉の声が聞こえていた。
はるかは、今度は構えたまま口を開く。
「いい? 剣で一番大事なものは何か」
突然の問いに、九能が瞬きをする。
「ひ、必殺の技……」
「違う」
間髪入れず、はるかの木刀が九能の額を軽く小突く。コツンと鈍い音がして、九能の頭がわずかに揺れた。
「ぐっ」
「派手な技より先に覚えることがある。敵の攻撃に対応する判断力。それが一つ」
木刀の切っ先が、するりと九能の喉元に向けられる。少し動くだけで皮膚を裂きそうな距離だ。
「そして——」
はるかの瞳が鋭く細まる。
「絶対に敵を倒す、必殺の意思」
九能は、その視線に飲み込まれそうになる。ふざけた言葉を挟む余裕など一ミリも浮かばない。
「必殺……」
乾いた声が喉から漏れた。
「そう。『当たればいいな』では駄目。この一撃で仕留めると決めて打つ。突きがそうなるのも、私の流派の特徴よ」
はるかは軽く木刀を傾ける。
「新選組の沖田総司が使った三段突きも同じ。何十本も振り回すより、一瞬で致命傷を奪うための動き。——で、貴様は乱馬に対して、数を打てばいつか当たると勘違いして、突きを乱れ打ちしていただろう」
九能は肩を跳ねさせた。
「は、はい。奴はあまりに軽やかに動くので、つい手数で勝負すればと……」
「愚か者」
はるかの一言が、ずしりと重く落ちる。
「動き回る相手なら、その動きの先を一点で突き刺せばいい。逃げても逃げても必ず辿り着く場所に針を置く。そのつもりで突け」
九能は息を呑み、無意識に喉を鳴らした。
「一刀で仕留める気概を持って打ち込め。それが本当の意味での必殺」
その言葉は、九能の胸の奥に深く突き刺さる。憧れや見栄や妄想で膨らみ続けていた心の中から、余計なものが一つずつ削ぎ落とされていく感覚があった。
「一刀で……仕留める……」
九能は目を閉じる。闇の中で、自分の中の雑音が一つずつ浮かんでは消えていく。
乱馬の姿。軽口を飛ばしながら跳び回る背中。
あかねの笑顔。怒鳴り声。振り下ろされる鉄拳。
おさげの女——女の姿の乱馬が、楽しそうに笑いながら飛び込んでくる光景。
それらがごちゃごちゃに絡まり合っていた。嫉妬と羨望と劣等感と、よく分からない感情で濁っていた視界が、少しずつ澄んでいく。
(違う)
九能は、心の底で呟く。
(今、突くべき相手は師匠だけ。比較とか、見栄とか、下心とか、全部どうでもいい。目の前の一つを貫けるかどうか)
そう言い聞かせるたび、余計な映像が薄れていく。乱馬も、あかねも、おさげの女も遠ざかり、やがて道場に立つ一人の女性だけが残った。
白い道着。鋭い目。木刀を構え、隙を一つも見せない師匠の姿。
(この人に届くかどうか。それだけだ)
九能が目を開けた時、その瞳は迷いを捨てた色に変わっていた。
「……見えました」
短い一言に、はるかは口角を上げる。
「いい顔ね。来なさい」
九能は深く息を吸い、足を踏み出した。床板が一枚鳴る。腰が沈み、肩の力が抜け、重心が前へ滑る。
余計なことは考えない。今ここで、師匠を貫く。ただそれだけ。
「参ります——」
九能の声が、夕焼けに溶けた。
「天穿!」
突きが放たれる。
以前の乱れた連打ではない。一本だけ、しかし密度の詰まった突き。腕全体が槍に変わったように、一直線に走る。
空気が裂ける音が耳に届いた瞬間には、もう木刀の先端がはるかの木刀に触れていた。
「っ」
はるかは反射的に木刀を前へ出す。突きの軌道をずらすため、刃の側面を差し込む。理屈の上では、それで十分防げるはずだった。
バキン。
乾いた音が道場に響く。
次の瞬間、はるかの木刀が中央から割れた。九能の突きはそのまま進路を変えず、割れ目をこじ開けるように突き抜ける。
はるかは反射的に首を傾けた。頬を一枚、風がえぐる。そこに微かな熱と痛みが走る。
背後の壁が、遅れて爆ぜた。
ドォォォォン。
白木の壁が抉れ、その先の土壁に深い穴が空く。粉塵が一気に舞い上がり、道場の空気が白く濁った。床板が震え、天井から細かな埃がさらさら落ちる。
九能は腕を突き出したまま固まっていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
自分の呼吸がやけに大きく響く。指先から肩までがビリビリ痺れ、足元の感覚が薄い。それでも、木刀の先に確かな手応えが残っている。
少しでもずれていたら、師匠の顔面を吹き飛ばしていたかもしれない。それを理解した瞬間、背筋に冷たい汗が流れた。
はるかは、割れた木刀を見下ろし、頬についたわずかな切り傷に指を当てる。うっすらと血が滲む。それを見て、にやりと笑った。
「……よし」
一言だけ告げる。その声には、不満も苛立ちもない。むしろ、心底楽しそうな響きがあった。
「見事だ、帯刀」
はるかは、手の中の木刀をパキッと折り、二つに分かれた柄を床に放る。
「合格」
九能の足から、力が抜けた。その場に崩れ落ち、両手をついて苦しそうに息をする。
「し、師匠……本当に……? 今の一撃で……」
「殺せたかもしれないわね」
はるかはさらっと言う。
「だからこそ、合格。ここから先は、私と同じ舞台に立つ資格をやる」
九能はうつむいたまま震えた。全身の力が抜けたわけではない。胸の奥から、言葉にならない何かが込み上がってくる。
「ありがたき……幸せ……!」
顔を上げた時、瞳の奥で何かが弾けた。雷のように鋭い閃光が走る。もう、以前のようなふざけた色は戻ってこない。
はるかは、その目を見て満足げに頷く。
「夕飯前に、よくここまで持ってきたわね」
軽く伸びをすると、肩と首を鳴らした。
「さて、一度汗を流しましょうか」
九能の顔が、みるみる青ざめる。
「し、師匠。ま、まさか」
「何か問題でも?」
はるかは、あっさりと言い放つ。
「風呂の支度をしておきなさい。ついでに私の背中も流すように」
九能の悲鳴は、夕暮れの庭へと吸い込まれていった。
◇◇
九能家の奥にある大浴場から、白い湯気がもくもく立ち上っている。岩を組んだ露天風呂風の大きな湯船に、湯がたぷたぷと揺れていた。壁際にはシャンプーや石けんが整列し、天井には年季の入った換気扇がうなっている。
その湯船の縁で、九能帯刀がタオルを頭からかぶり、縮こまっていた。肩まで湯に浸かっているのに、歯がカチカチ鳴っている。
向かい側には、背中にタオル一枚を掛けたはるかが、堂々と腰を下ろしていた。濡れた髪を後ろでまとめ、ゆったりと湯に身を任せている。
「ふう。生き返るわね」
はるかはくつろいだ声を出し、肩まで湯に沈んだ。
「汗と埃をきれいに流すと、稽古の疲れも半分くらい抜けていく気がする」
九能は、タオルの陰から恐る恐る師匠をうかがう。湯気越しに見える白い肩と、すらりとした首筋に目が吸い寄せられそうになり、慌てて視線を泳がせた。
「し、師匠……」
「何?」
はるかは当然のように言う。
「おい帯刀。手が止まっている」
湯船の縁には、ボディブラシと背中用タオルが並んでいた。九能の役割は明白だ。
「さっさと背中を流しなさい。昔からそうしてきたでしょう」
「は、はい……しかし、その……」
九能は小刻みに震えながら、背中用タオルを手に取る。湯気の向こうで、はるかの背中がくっきりと見えた。肩甲骨のラインがはっきりしていて、腰のあたりまで綺麗に筋肉が走っている。
九能は顔を真っ赤にし、タオルの中で悲鳴を噛み殺す。
「しかし師匠……昔は、その……」
声が裏返る。
「昔は師匠のことを、完全に美少年だと信じ込んでおりましたので……」
はるかがぴくりと反応した。
「ほう」
九能は慌てて言葉を継ぐ。
「当時は一人称も僕で、声も今より低くて、男の上半身にしか見えず……今考えれば、とんでもない勘違いをしておりましたが……」
「つまり?」
はるかは湯船の中で、ゆっくりと立ち上がる。湯がざぶんと波打ち、九能は条件反射で目を覆った。
「まさか」
はるかの声が、少し低くなる。
「私に女らしさがない、と言いたいの?」
九能は全力で首を振った。湯しぶきが派手に飛ぶ。
「い、いえ! 滅相もございません! その、ただ……」
指の隙間から、ほんの少し見えたラインに、つい本音が滑り出る。
「昔から、たいへん整った体つきでいらっしゃいましたが、今もあの頃と同じくらい、ええと……平ら、いや、引き締まっておられ……」
ドゴン。
湯船に響き渡る衝撃音と共に、桶が一直線に飛来した。
「ぐおおおおおっ!」
九能の頭頂部に正確に命中し、そのまま脳天から首まで一直線に衝撃が走る。彼の全身が、そのまま湯の底へ沈んだ。
はるかは、桶を投げた姿勢のまま、冷たい目で呟く。
「沈め」
ぶくぶくぶく、と湯の中から泡が上がる。九能の手足がばたばたと動き、時々水面に指先が浮かんでは沈んでいく。
「まったく、デリカシーのない弟子ね」
はるかは肩をすくめながら、湯船の端に腰を下ろし直した。さっきまでの険しい稽古の空気が嘘のように、背中を湯にあずけた顔は完全にリラックスしている。
「筋肉の付き方が良すぎて、脂肪がつきにくいだけと説明したでしょう。無駄な肉がない、と言いなさい」
指で自分の胸元を少し押してみる。びくともしない。固く整った大胸筋がそこにあるだけだ。
「……まあ」
小さく笑って、天井から落ちてくる湯気を眺める。
「乱馬なら、この機能美の良さを分かってくれるはずだけど」
口に出した瞬間、自分で少し照れを感じて、湯に顔半分を沈めた。頬がほんのり熱い。湯の温度のせいだけではない。
(あいつ、力の通り方を見る目だけは一流だし)
稽古中に乱馬の蹴りを受けた時、彼の視線が、自分の肩や腰の使い方をじっと観察していたことを思い出す。
(あの目なら、私の体の作りを見て、どういう戦い方をする人間か、ちゃんと理解してくれる。余計な幻想を付けないで済む)
湯の中で足を伸ばし、小さくあくびをする。
「ふう」
その足に、沈んだままの九能の頭がコツンと当たった。
「あ、そろそろいいか」
はるかは九能の髪をつかんで、ひょいっと引き上げる。びしょ濡れの頭が水面から飛び出し、大きく息を吸い込んだ。
「ぶはぁっ! し、師匠ぉ……今、わたくし、かの世が……」
「うるさい」
はるかは、容赦なく九能の頭に手ぬぐいを叩きつける。
「勝手に死なないで。高校二年生レベルまで鍛え上げてからなら、好きに倒れてもいいけど」
九能は、半泣きになりながらタオルを握り締めた。
「師匠のためなら、たとえ百回沈められようとも……」
「百一回目が今日になるわよ?」
はるかは湯から上がり、タオルでざっと体を拭く。腰にタオルを巻き直しながら、ふと九能の方を振り返る。
「そういえば帯刀」
「は、はい」
「さっきの天穿。乱馬相手に試したくならない?」
九能の表情が一瞬で輝いた。
「なります! なりすぎます! 明日にでも校庭で——」
「やめなさい」
即座に却下される。
「学校を半壊させる気? あれは道場だからまだいいの。外でやるなら、威力を三割くらいに落としなさい」
九能は肩を落とした。
「三割……」
「その代わり」
はるかは、バスタオルを肩にかけながらニッと笑う。
「乱馬の顔色を見て、あいつが怖がらないギリギリの線を探しなさい。雷は、落としどころを間違えると自分にも返ってくるから」
九能は、その言葉を心に刻む。
自分の中で、さっきの一撃に名前がつく。
——雷。
雲のように煩悩を溜め込んでいた自分が、今ようやく一筋の稲光になれた気がしていた。
湯船の縁に寄りかかりながら、九能はぼんやりと湯気の向こうを見つめる。
(いつか、師匠みたいに……いや、あの人の横に立てるくらいに)
まだ顔は真っ赤で、頭の上には桶の衝撃で巨大なタンコブが育っている。湯けむりの中で、その姿は少し情けなくもある。
それでも、その瞳に宿った光だけは、先ほどまでよりずっと強かった。
はるかは、そんな弟子の様子を横目で確認しながら、心の中で別の計算を始めていた。
(雷が一つ覚醒。次は……)
頭の中で、風林館高校の人間関係図が広がる。乱馬、あかね、九能、そして自分。そこに、まだ誰も知らない遥としての顔が重なる。
(湯けむりの次は、学園生活で少し雷を落としてみようか)
はるかは口元にくすっと笑みを浮かべた。
九能帯刀がその笑みの意味に気づくのは、もう少し先の話になる。
その夜。九能家の廊下では、使用人たちがひそひそ声でささやき合っていた。
「坊ちゃん、今日も道場の壁を壊されたそうですよ」
「またですか。大工さん、連絡しておきますね」
「それと、大浴場から悲鳴と水しぶきの音が……」
「ああ、それはいつもの湯けむりセクハラ殺人事件ですね」
「死人は出ていないから事件ではないでしょう」
「精神は何度か昇天しているようですが」
「合掌」
誰かが廊下の隅に小さな花を供えようとして、別の誰かに止められる。
「まだ生きてますから」
「そうですね。では、明日の朝食はスタミナ増し増しメニューにしましょう」
「雷と湯けむりをくぐり抜けた者への、ささやかなご褒美です」
そんな会話が交わされているとも知らず、はるかはその夜ぐっすり眠り、九能は筋肉痛と謎の幸福感にうなされながら、夢の中でも師匠の背中を追いかけ続けた。
はい、今回もお疲れさまでした!
いや九能、成長しすぎでは???
木刀は割るわ、壁は吹き飛ばすわ、
師匠の頬にかすり傷残すわ、
「覚醒っぷり」が完全に主人公。
……と思ったら風呂場で
平ら発言 → 即桶ドゴォン → 湯へ沈め
のコンボでちゃんと九能に戻ってくれて安心した。