SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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9.友は野末の石の下

 翌日、地上探索出発前。

 

「この人工鶏肉とかどうですか? 『本物の肉の含有量60%でこのお値段!』ですって」

「わあ、お得だね。……けどちょっと怪しくない? 本物の肉って言っても、本物の鶏とは書いてないし」

「ああ、確かに……植物性タンパク質じゃないってだけの可能性もありますね」

「うん、ワームとかも動物性タンパク質だからね」

 

 ガレージの隅で携帯式の端末を手に、レビンとタンヤンが額を寄せ合っている。すでに出撃前の最終確認は完了しており、空いた時間でのことだ。

 

「何してんの?」

 

 そう声をかけたシェーフォンの方は、ダンスとも体操とも違う、ゆったりとした不思議な動きを繰り返していた。出撃前のルーティンで行っている気功だ。隣ではエミも見様見真似でやっている。

 

「次の休養日に、皆さんに美味しい料理を作ろうかと思って」

「ゲロの味がしない物を食べれば、ユナイターもちょっとは前向きになれるんじゃないかな、ってね」

「おー、それは普通に楽しみだな」

 

 談笑する彼らから数メートル離れた場所で、ジンは床に胡座をかき、目を瞑っていた。所謂、瞑想というものだろうか。すでに仲間たちが見慣れてしまったため、スカーフを外し、顎無しの素顔を晒している。そして首に提げた顎の骨に、片手を添えていた。

 

 ヒルデはそれを見守りつつ、右へ左へとうろついていた。彼女にしてはどことなく落ち着きが無く見え、ジンも片目を開けてチラリと様子を見る。

 

 が、やがて定刻を告げるアラームが鳴った。

 

《時間だ! 小隊出撃!》

 

 アルマンの号令が響く。囚人たちはすっかり慣れた動きで愛機……と呼ぶほど愛してはいないクレイドルへ乗り込み、コフィンのハッチを開いた。そこへメイガスが収まって、各機は続々と起動する。

 

「……この機体はそろそろ、修理限界が近いな」

 

 ジンがHMDを装着したとき、ヒルデが言った。彼は戦果を上げている一方、操縦が荒っぽいのも事実で、エミのジャックボックスより劣化が早い。

 

「いい加減にバードウォッチャーかスパイダーくらいは使わせて欲しいが……それに武器も更新して欲しいところだな。エンダーズの討伐数は我々がトップなのだから、もう少し強力な物を支給するよう申請してみよう……他に、何かできることは……」

「おい」

 

 ジンは1番機……シェーフォンのトムガーディアンに追従しつつ、言葉を遮った。

 

「お前、なんかソワソワしてねーか?」

「あ、そうだろうか……うむ、何か漠然とした不安があるのかもしれない」

 

 すまない、と謝るヒルデ。ジンは視線を正面に戻した。

 

「普通にしてりゃいいだろ。肝心な時にエラーさえ吐かなきゃ、文句は無ぇ」

「ああ。初陣での件は本当に申し訳ない」

「……いいよ。お前自身にはどうにもできなかっただろ」

 

 ぶっきらぼうに答え、ジンは機体を発進させた。

 

 重苦しい機械音を立て、角ばったボディのジャックボックスは歩き出す。クレイドルの操縦装置は手を乗せるだけで、機体の指先までドリフターの意のままに動かせる画期的なものであり、ジンの機械仕掛けの手でも反応する。しかし彼はこれにも文句をつけていた。被弾したときの衝撃で手が離れる、と。

 それでも、作業用メックとしての優秀さは彼も認めている。ただ戦闘用途に特化していないのが気に食わないらしい。

 

「……結晶掘ったら、ついでにまた盗賊の機体を鹵獲するか」

「それは……メイガスの立場として、君が無茶な真似をするなら止めなくてはならないが」

 

 ジンは時折、冗談か本気か分からないことを言う。やろうと思えば実際にできてしまうのが、ある意味タチが悪い。

 

 ともあれ、いつも通りクレイドルをガレージから出し、トランスポーターへ乗せる。エレベーターまでの移動中、ヒルデは再び口を開いた。

 

「ユナイター。任務とは関係ないことだが、君が甘党というのは本当か?」

「んだよ、エミちゃんから聞いたのか?」

 

 呆れたように訊き返すジン。顔の鼻より下が無いため、普通の人間ほど表情は読めないが、そこまで不機嫌では無さそうだ。

 

《すみません、案外好みが可愛いなー、と思って喋っちゃったんスよ》

「別にいいけどよ。隠してねーし。……この体、一応味覚はあるんだが、甘い物しか美味く感じねーんだよ」

「何だと?」

 

 ヒルデが微かに目を見開いた。

 

「生身の頃は辛い物が好きだったが、今じゃ食ってもぼんやりした味で刺激が無ぇ。ハッキリ分かるのは甘味だけだ。作った連中からすれば、味覚なんて二の次だったんだろ」

「そうか……答えてくれたことに感謝する」

 

 そう言ったきり、ヒルデはしばらく何かを考え込んだ。そうしている間にトランスポーターはエレベーターに到着し、一行は降車する。社会不適合者たちとワケ有りのメイガスたちは、今日も地上へと赴いた。

 

 

 

 

 

 ……結論から言うと、この日は運が良かった。

 ジンとヒルデの駆る2番機はエンダーズを蹴散らしつつ、早々に純度の高いAO結晶にあり付けた。対エンダーズ型であるヒルデはAO結晶の大きさや純度まではサーチできないため、高純度の結晶を見つけられるかは運に左右される。今回はかなり早くノルマを達成できた。

 

「1番機と3番機は合流し、エレベーターへ向かっている。我々も行くか?」

「ああ。長居は無用だ」

 

 囚人である彼らは一般のドリフターと違い、余分な物を持ち帰るメリットは無い。全て協会に無償で差し出すからだ。

 

 ジャックボックスは踵のローラーを展開し、スラスターを噴射して地上を駆ける。やがて差し掛かったのは都市遺跡だった。

 初陣の後も何度か来ているが、あれ以来ここで盗賊団と遭遇したことは無い。あの時は3人とも、殺した盗賊の死体を弔う余裕も無ければ、そうしてやる義理も無く、物資だけ剥ぎ取って後は野晒しにしていた。ジンらは知らなかったが、実はそれが丁度良い見せしめになっていたのである。

 

 しかしヒルデは耳を澄ませ、周囲の警戒を怠らなかった。クレイドルは何かと騒音が酷く、停止しなくては周囲の音が聞こえない。だがメイガスの聴覚は自分で可聴域を調整できるため、自機の駆動音に邪魔されず、遠方から迫る音を聴き分けられる。

 

 苔と蔦にまみれたビル群を、ジャックボックスはクリアリングしつつ進んでいく。

 

 その時。

 

 

《……こっち……》

 

 風の音と鳥の囀りに混じって、その声はヒルデの耳に届いた。

 金色の目が見開かれ、声のした方向を見やる。

 

「……何か聞こえた」

「了解、停止する」

 

 ジンは素早く、近くの建物にジャックボックスを寄せ、その障害物を背にして停止した。弱点であるコフィンを極力隠す体勢だ。

 

「クレイドルの駆動音か?」

「いや、何か……」

 

 

《……私は、ここに……》

 

 

「誰かの……声が……」

 

 ヒルデの瞳は、遥か遠くを見つめているように見えた。その横顔に、ジンは既視感があった。半分が電子化された彼の脳は、初陣でエラーを起こした時のヒルデをよく記憶していた。

 

 

《……お願い……一緒に……帰ろ……?》

 

 

 ジンが「まずい」と思った瞬間、警報が鳴った。同時に表示された、『Magus error』の文字。

 

「彼女が……ユナイターが呼んでいる!」

 

 ヒルデが錯乱しだした。思わずその肩を掴もうとするジンだが、今目の前にいるのがホログラムであることを思い出す。

 

「ここから出してくれ! 彼女を迎えに行かなくては!」

 

 あの時と同じだ。しかし今回は切羽詰まった状況ではない。

 だからジンはヒルデの様子を、じっと見ることができた。初陣の後、万一再びエラーが起きた時のため、メイガスには緊急再起動コードが仕込まれていたが、彼はそれを使わなかった。

 

「早く! 出してくれ! 私は置いて行ってしまったんだ! 自分だけ助かる気など無かったのに!」

 

 必死で訴えるヒルデ。対するジンは、いつも通りの冷めた目つきに見えた……が、取った行動は違った。

 ハッチを開けたのだ。コフィンと操縦席、両方の。

 

「ユナイター、今……! 今、私が迎えに……!」

 

 即座に地面へ飛び降り、駆け出そうとするヒルデ。しかし操縦席から身を乗り出したジンが彼女へ左手を向け、その手を『飛ばした』。

 腕から射出された機械仕掛けの手が、ヒルデの黒い制服の襟首を掴む。手と腕を繋ぐ細いケーブルが巻き取られ、彼女の体はジンの元まで引っ張り上げられた。

 

 パシン、と軽い音が響く。空いた右手で、ヒルデの頬を軽く叩いたのだ。

 金色の瞳はゆっくりとジンを見て、ハッとした表情に変わる。

 

「……ユナイター」

 

 自分がまたエラーを起こしたことを自覚したヒルデだが、彼女のユナイターは予想外のことを言った。

 

「声は何処から聞こえた?」

「え……いや、今のはエラーで……」

「答えろ! 何処から聞こえた?」

 

 襟首を掴まれ持ち上げられたまま、ヒルデはおずおずと北西を指し示した。その指先は震えている。

 

「向こうだ……向こうから、私を呼ぶ声が……」

「コフィンに戻れ。調べに行く」

「し、しかし……」

「黙れ!」

 

 ヒルデを地面まで下ろしてやり、再び機械の体をコクピットへ収めるジン。有無を言わせないその姿に、ヒルデもまたコフィンへ入ってハッチを閉めた。ジャックボックが再起動……カメラアイが緑色に光った。

 

 そのまま身を翻し、ジンはエレベーターの反対方向……北西の岩山を目指した。

 

 立体映像のヒルデは、進路と契約者の顔を交互に見ていた。彼は不確かな声の方角に、あまりにも迷いなく歩みを進めている。

 

 

《……ここよ……》

 

 

「ッ! また……!」

「聞こえたのか? 何処だ?」

 

 ヒルデがゆっくりと指差したのは、近くにある岩壁だった。いや、正確にはその一部分、落石で塞がった洞穴の入り口のようだ。

 

「あの向こうに……彼女が……私はいつ、ここに来た? 誰と……?」

「落ち着け。今に分かる」

 

 即座に、ジンは落石の撤去にかかった。ジャックボックスの無骨な手で岩をどかしては、時に掘削機で突き崩す。

 

「ワタリガラスよ、導いてくれ」

 

 祈りの言葉を口にしたとき、積み重なった石が崩れて、クレイドルが何とか出入りできる穴が空いた。

 その先、洞穴の暗闇の中にそれは鎮座していた。泥まみれのクレイドル……ジュリエッタオーガだ。機体の各部が損傷し、放棄されて久しいようだが、コクピットとコフィンのハッチは閉じている。

 

「……ユナイター」

 

 その言葉が指すのはジンか、それとも目の前にいる誰かなのか。

 

「これか?」

「ああ……この中に、彼女が……」

 

 しかし、彼らは近づくことはできなかった。 

 眼前のオーガが動き出したからだ。泥と錆の付着した脚が駆動音を立てて立ち上がり、手にしたマークスマンライフルの銃口を前へ向ける。装甲を赤い不定形の物体が這い回り、同じ色の輝きを放つ岩のような物が浮き出た。

 

「寄生型か!」

 

 ジンは反射的にバックステップを取った。ジャックボックスの体が一瞬厨に浮き、膝を曲げて着地の衝撃を和らげる。

 

 敵……寄生型エンダーズの上位個体はゆっくりと、洞穴から姿を見せた。

 放棄されたクレイドルを憑座として操る、特殊なエンダーズだ。まるで人間が乗っているかのように武器を使用し、弾が切れれば当たり前のように再装填し、ジップラインまで使う知能を持つ。

 

 その不気味さから、一部のドリフターの間ではこう噂されている。死んだドリフターの怨念だ、と。

 

「ヒルデ! マルチシュートを撃て!」

 

 命じた直後、ジンはマークスマンライフルでの一撃を間一髪で回避した。銃口が黒い点に見えたタイミングで射線を避けたのだ。そのままアサルトライフルを発砲し、的確に弱点……装甲上に3つ浮き出たコアへと命中させる。

 

「あ……あ……」

 

 コクピットには『Magus error』の警告が表示され続け、ヒルデは目を見開いて震えていた。普段の凛々しさもなく、怯えた少女のように。

 寄生型エンダーズが再び発砲。ジンはまた避けることはできたが、完全とはいかなかった。メイガスのサポートを失ったジャックボックスが、彼の反応速度に着いてこれなかったのだ。

 

 重い銃声と共に放たれた弾丸はボディに傷こそ付けなかったが、アサルトライフルの銃身を半分捥ぎ取った。

 

「しっかりしろ、ヒルデ!」

 

 敵の動きに目を凝らしつつ、ジンは叫んだ。大口径弾を使うマークスマンライフル相手に、ジャックボックスの装甲など紙同然。避弾経始のテクニックでは防ぎ切れない。そしてこちらの銃は破壊された。肉弾戦でも出力の不利がある。

 

 頼れるのはヒルデのメイガススキルと、ジン自身なのだ。

 

「大事な人を迎えに来たんだろうが!」

 

 その言葉に、弾かれるかのように手を掲げるヒルデ。対エンダーズ型のメイガススキルが発動し、その手にエネルギーが収束される。

 

「マルチシュート!」

 

 赤い髪を靡かせ、ヒルデはそのエネルギーを放った。彼女の姿はホログラムだが、放たれたそれは本物だった。旧アメイジアの兵器技術の結晶……追尾式エネルギー弾が立て続けに発射される。ジャックボックスがどれだけ左右に回避機動を取っていても、それらは正解にターゲットへ向かった。

 

 寄生型エンダーズとて置物ではないが、クレイドルを憑座にしている以上、クレイドル以上の回避運動はできない。

 次々に着弾した青白い光球が眩しく爆ぜ、コアの1つが甲高い音を立てて打ち砕かれた。

 

 その途端、クレイドルを操るエンダーズ組織の一部が収縮する。

 

「よし!」

 

 敵が体勢を崩した隙を逃さず、ジンは破損した銃を捨て、ブースターをオーバーヒート寸前まで吹かして距離を詰めた。マークスマンライフルの長い銃身を掴んで抉り上げ、銃口を自分から逸らす。銃弾が1発、ジャックボックスの肩越しに空中へ飛んだ。

 

 組みついた所で、ジャックボックスの出力では力負けする。しかし寄生型エンダーズはコアを1つ破壊されていくらか弱っていた上、こちらはドリフターも人外だ。

 

「隻眼の神よ、ご照覧あれ!」

 

 手袋を外して短い祈りを捧げ、ハッチを開けて飛び出すジン。寄生されたオーガのボディへ飛び移ると、彼は装甲に付着した寄生型エンダーズのコアを力任せに殴りつけた。

 

 その拳はメイガスの手と違い、人口の皮膚で覆われてはいない。衝撃増幅機構を仕込まれた特殊鉄鋼製の、文字通りの鉄拳。オーガボディの角に掴まりつつ、一撃で足りぬなら百撃だとばかりに猛打を浴びせる。

 

 寄生型エンダーズは悲鳴に似た不快音を上げた。たまらず銃を手放し、自分に取り付いた「人間のような何か」を払い落とそうとする。

 

 しかしその手を、ジャックボックスの手が掴んだ。

 

「返せ……彼女を……私のユナイターを返せッ!」

 

 機体制御をオーバーライドしたヒルデが、必死の形相で相手を押さえ込む。ジャックボックスの耐久限界を超え、関節から火花とオイルが飛び散った。

 

 寄生型エンダーズの抵抗虚しく、2つ目のコアが砕け散る。

 

 すると残ったコアが、不定形の組織と共に機体から脱落した。死んだわけではない、洞穴へ逃げ帰ろうと必死で地を這い始めたのだ。寄生型エンダーズはその性質上、クレイドルという物を理解している。それ故に、そのクレイドルを乗り捨てて肉弾戦を挑んでくるドリフターなど想定外。

 

 理解できない存在は、恐怖の存在なのかもしれない。

 

「今更逃げんなクソがぁぁぁ!」

 

 そして、逃げ出した自分めがけて飛び降りてくるドリフターなど、尚更想定外だっただろう。

 全体重をかけた踏みつけと、それに続く文字通り鉄拳の猛打。

 

 やがて洞穴に響いたのは、機械音の混じったジンの声……勝利の雄叫びだった。

 

 オーガはただの抜け殻となった。ヒルデはそのハッチをこじ開けようとしたが、無理をして負荷に耐えたジャックボックスの腕は限界が近かった。

 

「下がってろ」

 

 ジンが再びオーガのボディへよじ登った。ヒルデが見守る中、ハッチに手をかけ、そのまま鈍い音を立ててゆっくりとこじあける。

 

 

 屍臭。

 

 その中に、『彼女』はいた。

 

 

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