SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド- 作:空き缶号
翌日、地上探索出発前。
「この人工鶏肉とかどうですか? 『本物の肉の含有量60%でこのお値段!』ですって」
「わあ、お得だね。……けどちょっと怪しくない? 本物の肉って言っても、本物の鶏とは書いてないし」
「ああ、確かに……植物性タンパク質じゃないってだけの可能性もありますね」
「うん、ワームとかも動物性タンパク質だからね」
ガレージの隅で携帯式の端末を手に、レビンとタンヤンが額を寄せ合っている。すでに出撃前の最終確認は完了しており、空いた時間でのことだ。
「何してんの?」
そう声をかけたシェーフォンの方は、ダンスとも体操とも違う、ゆったりとした不思議な動きを繰り返していた。出撃前のルーティンで行っている気功だ。隣ではエミも見様見真似でやっている。
「次の休養日に、皆さんに美味しい料理を作ろうかと思って」
「ゲロの味がしない物を食べれば、ユナイターもちょっとは前向きになれるんじゃないかな、ってね」
「おー、それは普通に楽しみだな」
談笑する彼らから数メートル離れた場所で、ジンは床に胡座をかき、目を瞑っていた。所謂、瞑想というものだろうか。すでに仲間たちが見慣れてしまったため、スカーフを外し、顎無しの素顔を晒している。そして首に提げた顎の骨に、片手を添えていた。
ヒルデはそれを見守りつつ、右へ左へとうろついていた。彼女にしてはどことなく落ち着きが無く見え、ジンも片目を開けてチラリと様子を見る。
が、やがて定刻を告げるアラームが鳴った。
《時間だ! 小隊出撃!》
アルマンの号令が響く。囚人たちはすっかり慣れた動きで愛機……と呼ぶほど愛してはいないクレイドルへ乗り込み、コフィンのハッチを開いた。そこへメイガスが収まって、各機は続々と起動する。
「……この機体はそろそろ、修理限界が近いな」
ジンがHMDを装着したとき、ヒルデが言った。彼は戦果を上げている一方、操縦が荒っぽいのも事実で、エミのジャックボックスより劣化が早い。
「いい加減にバードウォッチャーかスパイダーくらいは使わせて欲しいが……それに武器も更新して欲しいところだな。エンダーズの討伐数は我々がトップなのだから、もう少し強力な物を支給するよう申請してみよう……他に、何かできることは……」
「おい」
ジンは1番機……シェーフォンのトムガーディアンに追従しつつ、言葉を遮った。
「お前、なんかソワソワしてねーか?」
「あ、そうだろうか……うむ、何か漠然とした不安があるのかもしれない」
すまない、と謝るヒルデ。ジンは視線を正面に戻した。
「普通にしてりゃいいだろ。肝心な時にエラーさえ吐かなきゃ、文句は無ぇ」
「ああ。初陣での件は本当に申し訳ない」
「……いいよ。お前自身にはどうにもできなかっただろ」
ぶっきらぼうに答え、ジンは機体を発進させた。
重苦しい機械音を立て、角ばったボディのジャックボックスは歩き出す。クレイドルの操縦装置は手を乗せるだけで、機体の指先までドリフターの意のままに動かせる画期的なものであり、ジンの機械仕掛けの手でも反応する。しかし彼はこれにも文句をつけていた。被弾したときの衝撃で手が離れる、と。
それでも、作業用メックとしての優秀さは彼も認めている。ただ戦闘用途に特化していないのが気に食わないらしい。
「……結晶掘ったら、ついでにまた盗賊の機体を鹵獲するか」
「それは……メイガスの立場として、君が無茶な真似をするなら止めなくてはならないが」
ジンは時折、冗談か本気か分からないことを言う。やろうと思えば実際にできてしまうのが、ある意味タチが悪い。
ともあれ、いつも通りクレイドルをガレージから出し、トランスポーターへ乗せる。エレベーターまでの移動中、ヒルデは再び口を開いた。
「ユナイター。任務とは関係ないことだが、君が甘党というのは本当か?」
「んだよ、エミちゃんから聞いたのか?」
呆れたように訊き返すジン。顔の鼻より下が無いため、普通の人間ほど表情は読めないが、そこまで不機嫌では無さそうだ。
《すみません、案外好みが可愛いなー、と思って喋っちゃったんスよ》
「別にいいけどよ。隠してねーし。……この体、一応味覚はあるんだが、甘い物しか美味く感じねーんだよ」
「何だと?」
ヒルデが微かに目を見開いた。
「生身の頃は辛い物が好きだったが、今じゃ食ってもぼんやりした味で刺激が無ぇ。ハッキリ分かるのは甘味だけだ。作った連中からすれば、味覚なんて二の次だったんだろ」
「そうか……答えてくれたことに感謝する」
そう言ったきり、ヒルデはしばらく何かを考え込んだ。そうしている間にトランスポーターはエレベーターに到着し、一行は降車する。社会不適合者たちとワケ有りのメイガスたちは、今日も地上へと赴いた。
……結論から言うと、この日は運が良かった。
ジンとヒルデの駆る2番機はエンダーズを蹴散らしつつ、早々に純度の高いAO結晶にあり付けた。対エンダーズ型であるヒルデはAO結晶の大きさや純度まではサーチできないため、高純度の結晶を見つけられるかは運に左右される。今回はかなり早くノルマを達成できた。
「1番機と3番機は合流し、エレベーターへ向かっている。我々も行くか?」
「ああ。長居は無用だ」
囚人である彼らは一般のドリフターと違い、余分な物を持ち帰るメリットは無い。全て協会に無償で差し出すからだ。
ジャックボックスは踵のローラーを展開し、スラスターを噴射して地上を駆ける。やがて差し掛かったのは都市遺跡だった。
初陣の後も何度か来ているが、あれ以来ここで盗賊団と遭遇したことは無い。あの時は3人とも、殺した盗賊の死体を弔う余裕も無ければ、そうしてやる義理も無く、物資だけ剥ぎ取って後は野晒しにしていた。ジンらは知らなかったが、実はそれが丁度良い見せしめになっていたのである。
しかしヒルデは耳を澄ませ、周囲の警戒を怠らなかった。クレイドルは何かと騒音が酷く、停止しなくては周囲の音が聞こえない。だがメイガスの聴覚は自分で可聴域を調整できるため、自機の駆動音に邪魔されず、遠方から迫る音を聴き分けられる。
苔と蔦にまみれたビル群を、ジャックボックスはクリアリングしつつ進んでいく。
その時。
《……こっち……》
風の音と鳥の囀りに混じって、その声はヒルデの耳に届いた。
金色の目が見開かれ、声のした方向を見やる。
「……何か聞こえた」
「了解、停止する」
ジンは素早く、近くの建物にジャックボックスを寄せ、その障害物を背にして停止した。弱点であるコフィンを極力隠す体勢だ。
「クレイドルの駆動音か?」
「いや、何か……」
《……私は、ここに……》
「誰かの……声が……」
ヒルデの瞳は、遥か遠くを見つめているように見えた。その横顔に、ジンは既視感があった。半分が電子化された彼の脳は、初陣でエラーを起こした時のヒルデをよく記憶していた。
《……お願い……一緒に……帰ろ……?》
ジンが「まずい」と思った瞬間、警報が鳴った。同時に表示された、『Magus error』の文字。
「彼女が……ユナイターが呼んでいる!」
ヒルデが錯乱しだした。思わずその肩を掴もうとするジンだが、今目の前にいるのがホログラムであることを思い出す。
「ここから出してくれ! 彼女を迎えに行かなくては!」
あの時と同じだ。しかし今回は切羽詰まった状況ではない。
だからジンはヒルデの様子を、じっと見ることができた。初陣の後、万一再びエラーが起きた時のため、メイガスには緊急再起動コードが仕込まれていたが、彼はそれを使わなかった。
「早く! 出してくれ! 私は置いて行ってしまったんだ! 自分だけ助かる気など無かったのに!」
必死で訴えるヒルデ。対するジンは、いつも通りの冷めた目つきに見えた……が、取った行動は違った。
ハッチを開けたのだ。コフィンと操縦席、両方の。
「ユナイター、今……! 今、私が迎えに……!」
即座に地面へ飛び降り、駆け出そうとするヒルデ。しかし操縦席から身を乗り出したジンが彼女へ左手を向け、その手を『飛ばした』。
腕から射出された機械仕掛けの手が、ヒルデの黒い制服の襟首を掴む。手と腕を繋ぐ細いケーブルが巻き取られ、彼女の体はジンの元まで引っ張り上げられた。
パシン、と軽い音が響く。空いた右手で、ヒルデの頬を軽く叩いたのだ。
金色の瞳はゆっくりとジンを見て、ハッとした表情に変わる。
「……ユナイター」
自分がまたエラーを起こしたことを自覚したヒルデだが、彼女のユナイターは予想外のことを言った。
「声は何処から聞こえた?」
「え……いや、今のはエラーで……」
「答えろ! 何処から聞こえた?」
襟首を掴まれ持ち上げられたまま、ヒルデはおずおずと北西を指し示した。その指先は震えている。
「向こうだ……向こうから、私を呼ぶ声が……」
「コフィンに戻れ。調べに行く」
「し、しかし……」
「黙れ!」
ヒルデを地面まで下ろしてやり、再び機械の体をコクピットへ収めるジン。有無を言わせないその姿に、ヒルデもまたコフィンへ入ってハッチを閉めた。ジャックボックが再起動……カメラアイが緑色に光った。
そのまま身を翻し、ジンはエレベーターの反対方向……北西の岩山を目指した。
立体映像のヒルデは、進路と契約者の顔を交互に見ていた。彼は不確かな声の方角に、あまりにも迷いなく歩みを進めている。
《……ここよ……》
「ッ! また……!」
「聞こえたのか? 何処だ?」
ヒルデがゆっくりと指差したのは、近くにある岩壁だった。いや、正確にはその一部分、落石で塞がった洞穴の入り口のようだ。
「あの向こうに……彼女が……私はいつ、ここに来た? 誰と……?」
「落ち着け。今に分かる」
即座に、ジンは落石の撤去にかかった。ジャックボックスの無骨な手で岩をどかしては、時に掘削機で突き崩す。
「ワタリガラスよ、導いてくれ」
祈りの言葉を口にしたとき、積み重なった石が崩れて、クレイドルが何とか出入りできる穴が空いた。
その先、洞穴の暗闇の中にそれは鎮座していた。泥まみれのクレイドル……ジュリエッタオーガだ。機体の各部が損傷し、放棄されて久しいようだが、コクピットとコフィンのハッチは閉じている。
「……ユナイター」
その言葉が指すのはジンか、それとも目の前にいる誰かなのか。
「これか?」
「ああ……この中に、彼女が……」
しかし、彼らは近づくことはできなかった。
眼前のオーガが動き出したからだ。泥と錆の付着した脚が駆動音を立てて立ち上がり、手にしたマークスマンライフルの銃口を前へ向ける。装甲を赤い不定形の物体が這い回り、同じ色の輝きを放つ岩のような物が浮き出た。
「寄生型か!」
ジンは反射的にバックステップを取った。ジャックボックスの体が一瞬厨に浮き、膝を曲げて着地の衝撃を和らげる。
敵……寄生型エンダーズの上位個体はゆっくりと、洞穴から姿を見せた。
放棄されたクレイドルを憑座として操る、特殊なエンダーズだ。まるで人間が乗っているかのように武器を使用し、弾が切れれば当たり前のように再装填し、ジップラインまで使う知能を持つ。
その不気味さから、一部のドリフターの間ではこう噂されている。死んだドリフターの怨念だ、と。
「ヒルデ! マルチシュートを撃て!」
命じた直後、ジンはマークスマンライフルでの一撃を間一髪で回避した。銃口が黒い点に見えたタイミングで射線を避けたのだ。そのままアサルトライフルを発砲し、的確に弱点……装甲上に3つ浮き出たコアへと命中させる。
「あ……あ……」
コクピットには『Magus error』の警告が表示され続け、ヒルデは目を見開いて震えていた。普段の凛々しさもなく、怯えた少女のように。
寄生型エンダーズが再び発砲。ジンはまた避けることはできたが、完全とはいかなかった。メイガスのサポートを失ったジャックボックスが、彼の反応速度に着いてこれなかったのだ。
重い銃声と共に放たれた弾丸はボディに傷こそ付けなかったが、アサルトライフルの銃身を半分捥ぎ取った。
「しっかりしろ、ヒルデ!」
敵の動きに目を凝らしつつ、ジンは叫んだ。大口径弾を使うマークスマンライフル相手に、ジャックボックスの装甲など紙同然。避弾経始のテクニックでは防ぎ切れない。そしてこちらの銃は破壊された。肉弾戦でも出力の不利がある。
頼れるのはヒルデのメイガススキルと、ジン自身なのだ。
「大事な人を迎えに来たんだろうが!」
その言葉に、弾かれるかのように手を掲げるヒルデ。対エンダーズ型のメイガススキルが発動し、その手にエネルギーが収束される。
「マルチシュート!」
赤い髪を靡かせ、ヒルデはそのエネルギーを放った。彼女の姿はホログラムだが、放たれたそれは本物だった。旧アメイジアの兵器技術の結晶……追尾式エネルギー弾が立て続けに発射される。ジャックボックスがどれだけ左右に回避機動を取っていても、それらは正解にターゲットへ向かった。
寄生型エンダーズとて置物ではないが、クレイドルを憑座にしている以上、クレイドル以上の回避運動はできない。
次々に着弾した青白い光球が眩しく爆ぜ、コアの1つが甲高い音を立てて打ち砕かれた。
その途端、クレイドルを操るエンダーズ組織の一部が収縮する。
「よし!」
敵が体勢を崩した隙を逃さず、ジンは破損した銃を捨て、ブースターをオーバーヒート寸前まで吹かして距離を詰めた。マークスマンライフルの長い銃身を掴んで抉り上げ、銃口を自分から逸らす。銃弾が1発、ジャックボックスの肩越しに空中へ飛んだ。
組みついた所で、ジャックボックスの出力では力負けする。しかし寄生型エンダーズはコアを1つ破壊されていくらか弱っていた上、こちらはドリフターも人外だ。
「隻眼の神よ、ご照覧あれ!」
手袋を外して短い祈りを捧げ、ハッチを開けて飛び出すジン。寄生されたオーガのボディへ飛び移ると、彼は装甲に付着した寄生型エンダーズのコアを力任せに殴りつけた。
その拳はメイガスの手と違い、人口の皮膚で覆われてはいない。衝撃増幅機構を仕込まれた特殊鉄鋼製の、文字通りの鉄拳。オーガボディの角に掴まりつつ、一撃で足りぬなら百撃だとばかりに猛打を浴びせる。
寄生型エンダーズは悲鳴に似た不快音を上げた。たまらず銃を手放し、自分に取り付いた「人間のような何か」を払い落とそうとする。
しかしその手を、ジャックボックスの手が掴んだ。
「返せ……彼女を……私のユナイターを返せッ!」
機体制御をオーバーライドしたヒルデが、必死の形相で相手を押さえ込む。ジャックボックスの耐久限界を超え、関節から火花とオイルが飛び散った。
寄生型エンダーズの抵抗虚しく、2つ目のコアが砕け散る。
すると残ったコアが、不定形の組織と共に機体から脱落した。死んだわけではない、洞穴へ逃げ帰ろうと必死で地を這い始めたのだ。寄生型エンダーズはその性質上、クレイドルという物を理解している。それ故に、そのクレイドルを乗り捨てて肉弾戦を挑んでくるドリフターなど想定外。
理解できない存在は、恐怖の存在なのかもしれない。
「今更逃げんなクソがぁぁぁ!」
そして、逃げ出した自分めがけて飛び降りてくるドリフターなど、尚更想定外だっただろう。
全体重をかけた踏みつけと、それに続く文字通り鉄拳の猛打。
やがて洞穴に響いたのは、機械音の混じったジンの声……勝利の雄叫びだった。
オーガはただの抜け殻となった。ヒルデはそのハッチをこじ開けようとしたが、無理をして負荷に耐えたジャックボックスの腕は限界が近かった。
「下がってろ」
ジンが再びオーガのボディへよじ登った。ヒルデが見守る中、ハッチに手をかけ、そのまま鈍い音を立ててゆっくりとこじあける。
屍臭。
その中に、『彼女』はいた。