SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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10.空しく冷えて魂は

 遺体と機体の回収はスムーズに行われた。シェーフォンとエミが駆け付けてくれたからだ。エレベーターへ向かっていたヒルデのシグナルが反転したので、様子を見に来たのである。

 

 帰還後、報告を受けたアルマン監督官は、すぐさま然るべき部署の職員を呼び出した。ガレージの隅で遺体は死体袋へ収められ、回収された協会員証やドッグタグが調査される。囚人ドリフターとそのメイガスたちは、黙ってそれを見守っていた。

 ヒルデも、ただ静かに。

 

「エミリア・リンツ。A級ドリフターライセンス所持。昨年メイガスのみが回収され、本人は殉職と判定されています」

 

 派遣された鑑識官の1人が、うんざりした表情で報告する。他に3人の鑑識と、武装した護衛10人が同行しており、わざわざ対物ライフルまで持ってきていた。受刑者がクレイドルで暴れ出したとき、もしくは対人用の火器では死なないであろうジンへの対策だろう。

 

「火葬にした後、遺骨は遺族へと届けられます。……まったく」

 

 鑑識官は面倒臭そうに受刑者たちを睨んだ。

 

「仕事を増やしやがって。AO結晶だけ採ってくればいいだろうに、余計なことをするな」

「は?」

 

 露骨に不快感を表して前に出たのは、ジンではなくシェーフォンだった。タンヤンが袖を掴んで止めたが、鑑識官は明らかに怯えて後退りし、護衛はシェーフォンに銃口を向けていた。彼は素手で人を殺しているのだ。

 

《……鑑識官。君は誰に向かって物を言っている?》

 

 相変わらずモニター越しに見ていたアルマンが割って入る。相変わらず傲岸な眼差しだったが、今回は社会不適合者たちでなく鑑識官へ向けられていた。

 

「誰にって……こいつらは……」

《如何にも、こいつらは社会のゴミだ。ただし、地上でエンダーズを蹴散らし、AO結晶を採掘し持ち帰って来れる社会のゴミだ。君は地上での活動時間はどのくらいだ?》

「い、いえ、私の職務は……」

 

 有無を言わせぬ口調に、鑑識官は言い淀む。アルマンはさらに続けた。

 

《地上では状況が刻一刻と変化し、臨機応変な判断が求められる。こいつらが囚人であれど、地上を知らぬ人間がドリフターの判断を偉そうに批評する資格など無い。何よりこいつらは今日も採掘ノルマを果たした。君もとっとと自分の仕事を終わらせたまえ》

「……承知しました」

 

 憮然とする鑑識官たちは、遺体とその所持品を運び退室する。エミが「いつも仕事してるフリお疲れ様」と嫌味を投げかけた。

 次いで、アルマンは社会のゴミたちへ目を向け、告げた。

 

《ご苦労だった。休んで良し》

「……了解」

 

 ジンはモニターに映るアルマンへ敬礼を送った。ほんの一瞬敬礼の姿勢を取っただけだが、彼の言葉に対する感謝の意だったのかもしれない。その後、踵を返し独房へ向かう。

 

 ヒルデはしばらくの間立ち尽くしていたが、やがてガレージの冷蔵庫から何かを取り出し、足早に彼の後を追った。

 

 

 追いついたのは、独房の前だった。

 

「ユナイター。2人で話せないか?」

 

 その問いに、ジンは言葉ではなく行動で応じた。独房のドアを開け、入るよう促したのだ。自動で施錠されるまではまだ時間があるし、時間になっても監視役であるヒルデだけなら出入りできる。

 

 身の丈2メートルはあるジンには、かなり狭い独房だった。彼は椅子をヒルデに譲り、自分はベッドを軋ませながら座る。

 

「……ユナイター。良かったら、これを食べて欲しい」

 

 彼女が差し出したのは、パック入りの液体量食。受け取ってみると、正式に支給されている物ではなかった。

 

「今朝、レビンとタンヤンが料理を作る相談をしていただろう。実は私も、昨日作っていたんだ。君向けにと思って」

「……中身は?」

「液体だが、ショートケーキだ」

 

 それを聞くなり、ジンはパックの封を開け、首元の摂取口へ中身を搾り出した。

 

「……メチャクチャ美味い」

「ふふ、良かった」

 

 笑顔を浮かべるヒルデだが、その眼差しは何処か切な気だった。

 

「作っている最中、思い出したんだ。前にも誰かのために、ケーキを作ったことがあると。その時は固形だったと思うが」

「彼女に、か?」

 

 多分、と頷くヒルデ。

 

「それから、大事な人のことを忘れているような気がしてな。そうしている内にまた今日、エラーを起こしてしまった」

 

 すまない、と謝るヒルデ。定期的な調整とデバッグを受けていても、特定の行動がトリガーになるということか……ジンは後で、これを他の2人にも伝えることにした。

 

「彼女はお前の、前の契約者なんだな」

「ああ。だが、ほとんど覚えていないんだ。どんな人だったのかも……何故彼女が死んで、私だけ生き残ったのかも」

「初期化されたんだろ。覚えていないのはお前のせいじゃねーよ」

 

 話しながら残りを搾り出し、パックをゴミ箱へ捨てるジン。ご馳走様、とちゃんと言った。

 

「君は知っていたのか? 私に何があったのかを」

「シェーフォンとエミちゃんが推測してただけだ。多分、前のユナイターが死んで、初期化に失敗してバグってるんだろうってな。お前も、他の2人も」

「……では、その推測だけで彼女を探してくれたのか?」

 

 ヒルデの疑問はもっともだった。あの時、残弾はそこまで余裕がなく、加えて高純度のAO結晶を積んでいた。賞金首にでも出くわせば喜んで襲ってきただろう。

 それでもジンは、彼女のうわ言のためにリスクを冒すことを選んだ。

 

「それが名誉ある行いだと思ったからな」

 

 相変わらずぶっきらぼうな物言いだった。その価値観をヒルデは理解できなかったが、犯罪者とユナイター契約を結ぶに当たり、事前に学習したことがある。反社会的な行動を取る者は法や実利より、独自の基準に基づいた名誉を重んじる場合がある、と。

 ジンの場合も恐らくそうなのだろう。そもそもヴァイク教の教義が、『名誉の戦死』を理想としている。

 

「そしてお前は実際に、あのクソエンダーズから相棒を取り返せただろ。誇れよ」

「……ああ。君のおかげでな。例えるなら、知らない内に大きな枷を着けられていて、それが外れたような気分だ。本当にありがとう」

 

 ヒルデは再び微笑んだ。

 

「それと、もう1つ謝りたいことがある」

「あ?」

「我々メイガスは人間の良き隣人となるべく作られた。だから私は、ユナイターである君を『人間』と見做して接することが、君を尊重することになると考えていた。たとえ体が機械であっても」

 

 ジンは静かに話を聞いていた。本来は思慮深い男なのかもしれない。

 

「だが色々と考えてみた。結局、その体になった君が、一般的に言う『人間らしい人生』を送るのは……現実的ではないだろう」

「……ああ」

「そんな君を一方的に人間扱いするのは、むしろ残酷なことだったかもしれない。申し訳ない」

 

 頭を下げるヒルデの前で、ジンは首に提げた顎の骨をちらりと見た。この骨と脳の半分だけが、人間だった頃の名残だ。その歯並びの良さは、彼が比較的裕福な市民の出身であることを示していた。本来、こんな生き方をせずに済んでいたかもしれない。

 

「……俺がこの体になった理由は、どこまで知ってる?」

 

 開く口すら無いジンは、機械仕掛けの声帯で問いかけた。

 

「私が知り得たのは概要だけだ。旧アメイジア軍から……少なくとも表向きは『志願者』を募って行われた、サイボーグ兵計画。目的は地上探索と開拓のためで、エンダーズとの戦闘や雨に耐えられるよう、体の大半を機械化することを目指した。しかし被験者11人の内、君を除く10人が死亡したため、計画は凍結された、と」

「その俺以外の10人が死んだって件、具体的に何があったかは知ってるか?」

 

 その質問に、ヒルデは怪訝な表情をした。

 

「君以外は改造手術に失敗して死亡した、と解釈していたが……」

 

 被験者の死が原因で計画が凍結されたのなら、そう考えるのが妥当だろう。しかしジンは首を横に振った。

 

「手術は全員成功した。体に不具合も起きなかった」

「何だと?」

「まあ、幻肢痛みたいなのはあったがな。俺も体のあっちこっちが痒くなったが、何日かしたら何ともなくなった。機能テストでも全員予想以上の結果を出して、研究主任は大喜びだった」

「なら……何があったのだ?」

 

 すると、ジンは上着を脱ぎ捨て、その下の黒いシャツも脱いだ。黒い人工筋肉と装甲で構成された腕。胸部は遥か昔の甲冑のような、灰色の装甲で覆われて、その下は蛇腹状の稼働部となっている。

 

 その胸甲の左側にはヴァイク教のシンボルである世界樹のマーク、右側には人の名前が羅列されていた。全部で10人分。

 

「2週間経った頃だ。俺は何ともなかったが、幻覚を見る奴が出始めてな。誰もいない所へ話しかける奴もいた。で……」

 

 ジンは体に刻まれた名前を指差した。

 

「こいつと、こいつが突然自殺した」

「な……!」

「他の連中も急激に気が狂って、見境なく暴れ出した。その殺し合いで死んだ奴がさらに3人。正気を保っていたのは俺と、こいつだけだ」

 

 指差したのは、最も下に書かれた名前。ヒルデは愕然としながら話を聞いている。

 

「とりあえず俺とそいつで研究員どもを避難させた。その後、研究主任が使ってたメイガスが来て、言ったんだ。残りの気が狂った連中を楽にしてやれ、ってな」

「……やったのか?」

「やらずに済んだと思うか? ……研究主任は良心の呵責に耐えかねたんだろうよ。あのメイガスはそれを見かねて、代わりに自分が命令したんだ」

 

 ジンの推測を、ヒルデは否定しなかった。同じメイガスとして、自分でもそうしたかもしれないと思うから。

 

「手強かった。あいつら正気を失ってたくせに戦闘技術はそのままで、こっちを出し抜こうとする頭もあった。俺も死にかけたが、何とか全員殺した」

「……」

「報告しに行ったら研究員どもは頭抱えて泣き喚いて、メイガスは必死に慰めてたよ。誰も俺らを見ようともしなかった」

 

 いつも通りの眼差しで、ジンはヒルデを見つめた。

 

「俺は、どんな気分だったと思う?」

「……想像もつかないが、もし私が君の立場だったら……」

 

 そう前置きしたヒルデはしばらく考え込んだ後、口を開いた。

 

「グロテスクに、感じたかもしれない」

「ああ。気持ち悪かったよ」

 

 顎の無い顔で頷くジン。メイガスへの考えはその経験が原因だろうか。自分のユナイターへひたすら献身的に尽くす姿が、彼の目線からは人類を堕落させるものに見えたのか。ある意味、エミの語った『預言者』の言説に近いのかもしれない。

 

 その後アメイジア軍を脱走して、アメイジア崩壊事故の混乱に紛れ逃げ延びた、ということはヒルデも知っている。自分も処分されると考えてか、まともに除隊させてもらえると思えなかったからか。

 

「正気だったもう1人は?」

「その後狂い始めて、自殺したよ」

「……発狂の原因は不明のままか? 機械的なトラブルや電子頭脳の暴走では無さそうだが」

 

 ヒルデがそう考えたのは、「正気を失っても戦闘技術や戦術思考は顕在だった」という点からだ。単なる暴走ならアルコールや薬物による発狂と同様、思考力も喪失する可能性が高いだろう。

 

「ああ。死んだ奴らを研究員たちが調べてたが、実際に異常は見つからなかったらしい。俺が未だに狂ってない理由も分からず終いだ。原因が分からなきゃ改善の見込みも無ぇ。ピシュタラ計画はそれで凍結された」

「ピシュタラ計画?」

 

 ヒルデもサイボーグ兵計画の正式名称までは知らなかった。また、ジンの殺し屋としての通り名の由来がそれというのも意外だった。

 するとジンはおもむろに、部屋の箒を手にとって解説を始める。

 

「ピシュタラってのは、最初期の銃でな。引き金も弾倉も、何も無ぇ。これくらいの棒切れの先に、金属の筒っぽが付いてるだけだ。で、銃口に火薬と鉛玉を入れて、細い棒で押し込んで突き固める。筒の横に小さい穴が空いていて、そこへ火をつけた縄とか、加熱した針金とかを突っ込んで火薬に着火し、ズドン! ……っていう仕組みだ」

「それは……酷く原始的で、非効率的だな」

 

 科学技術の結晶たるメイガスは、率直な感想を述べた。そしてジンもそれを否定せずに頷いた。

 

「その通りだ。だがそんな銃でも、甲冑を着た騎士を1発で倒すことができた。使い手が貧乏な農民だろうとな」

 

 銃に見立てた箒を放り捨て、ジンは続ける。

 

「だから銃はそこから発展して、不可欠な武器になった。ピシュタラが『ピストル』の語源とも言われている。研究主任は、俺らがそういう存在になるだろうと思って、計画の名前にしたと言っていた」

「サイボーグ兵が、そのピシュタラのような存在に……?」

「クレイドル無しでエンダーズや雨に対抗できるサイボーグ。将来それがますます発達して、いずれは俺たちが『酷く原始的で、非効率的』な過去の存在になる。だが1つの歴史の始まりとして名を残す、ってよ。計画自体は胸糞悪い結果だったが、その考えは面白いと思ってな。だから今でも仕事を受けるとき、コードネームのつもりで使ってるんだ」

 

 自分の人生を変えてしまった計画の名前なのに、ジンは妙に楽しそうに(少なくとも普段の仏頂面と比べたら)語っていた。元々兵器マニアだったのだろうか。クレイドルは戦争兵器としては欠陥だと評していたあたり、それはあり得る。

 

 しかし亡き仲間たちの名を体に刻んでいることや、主任とメイガスの態度について語った様子から、計画の顛末を胸糞悪く思っているのは本当だろう。

 

 ヒルデは彼のことを理解できたと言えるのか、分からなかった。だが少なくとも、距離が縮まったことは感じた。

 

「打ち明けてくれたことに、感謝する。こうして、君と分かり合えていけたら……」

「いや。俺とお前が分かり合うのは無理だ」

「……きっぱりと言い切るか……」

 

 苦笑するヒルデに、ジンは「当たり前だろ」と言いたげな視線を送る。

 

「お前はヴァイク教信仰は違法だから辞めさせたい、というか辞めさせるのが仕事だろ。だが俺は死んでも棄教しねぇ。だから分かり合うのは無理だ」

「まあ、それを言われると……」

 

 信仰というものは簡単に変えられるものではなく、ヒルデとしては一先ずはシェーフォンの提示した『何もしない』という選択肢を選ぶしかないと考えていた。AIであるメイガスは問題を先延ばしにすることを好まないが、時に『保留』や『棚上げ』といった知恵が必要なことも理解している。

 

 だが、いつまでもそうしてはいられない。ジンを更生させることが任務である以上、衝突を避けられない部分だ。

 

「しかし、その……少しは仲良くなれたような気はしたのだが」

「お前の『仲良し』の定義なんざ知るかよ」

 

 相変わらずぶっきらぼうな口調だった。もしレビンやタンヤンだったら膨れっ面を見せただろう。しかし、ヒルデは彼の言葉の続きを黙って聞いた。

 

「だがお前は脳ミソを初期化されても、相棒のことを全部は忘れなかったし、自分の責任を果たした。敬意を払うに値する。お前は?」

「……そうだな。私も君に敬意を払う。自分のユナイターだからではない。私のためにあそこまでしてくれた、その気高さに対して」

「ほら、分かり合えなくてもリスペクトはできるだろ。それで良いじゃねーか。……ああ、だからお前を不良品呼ばわりしたことだけは謝る。すまなかった」

「いや、そんな!」

 

 ユナイターに頭を下げられ、ヒルデは慌てた。確かに思い返せば初陣でそう言われたような気もするが、エラーを起こしていた最中でよく覚えていない。何より、実際にジンを死なせかけたのである。

 

「話はもう十分だろ。俺は体のメンテをしなきゃならん」

 

 退室を促すジンだが、ヒルデは数秒考えた後、にこりと笑った。

 

「ならば、どうメンテするのか見せて欲しい」

「……は?」

「やり方を覚えたい。君に万一のことがあったら、私が救命措置を取らねばならないからな。責任を果たすため、協力してもらえるか?」

 

 ジンは答えなかった。だがもし、肺が残っていれば溜め息くらいは吐いたかもしれない。無言で、彼女の見ている前で工具を取り出し、各部の注油や清掃を始める。

 

 ヒルデは側に寄り添い、その姿を見守っていた。普通のドリフターとメイガスとは違う形であれど、2人の間には確かに絆が生まれたのだ。

 

 

 

 

 





次回は若干お色気回?
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