SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド- 作:空き缶号
ドリフター振興協会 特殊作戦室。
協会所属の一般ドリフターは、一部を除いてこの部署に関わることは無い。黒い噂は多々あるが、全て「事実だとしても必要悪」ということにして、そ知らぬ顔で仕事に励むのが良き協会員だ。
そんな陰の部署の室長を務めるのが、グアンロン・ウー。ドリフター以外の協会員で、最も自分の手を汚している男……彼をよく知るものからはそう呼ばれている。長男が起こした事件で多少は立場がぐらついたものの、代わりが務まる者がいないため、それは一時的なもので済んだ。
その立場上、より上の立場の者たちに対しても弱みを握っているということもあるが。
「では、不穏分子は片付いたのだね?」
柔和な笑みを湛え、来客者に尋ねるグアンロン。最新のアンチエイジング技術により、その外見は実年齢より遥かに若々しい。視界を遮らないオールバックの髪、そして黒いスーツの下に隠れた屈強な肉体が、武闘派のキャリアの証明だ。
それでも高級な絨毯の上で、地上で採取された天然木材製のテーブルを囲んでいるときは、ひたすら紳士的になれる。
「ええ。ツェッペリーニ様とご子息の手で」
そう答える白衣の男は奇妙な風体だった。白衣は一般的な研究者の物だが、顔はフルフェイスの、例えるなら宇宙服のようなヘルメットで隠されていた。バイザー部分は外部の光を反射しており、素顔は一切窺い知ることができない。声は男のものだが、それも人工声帯から発せられていた。
背後には同じく白衣を着た、女性型のメイガスが立っている。助手兼護衛だろうか。アクセサリーとしてメガネをかけた、これと言って特徴の無い容姿だ。
一方、グアンロンの背後に控える護衛は人間で、それも彼の次男たるライフォンだった。一見優男だが、格闘にせよガンファイトにせよ、教官が務まるレベルまで修めている。
グアンロンは基本的にメイガスをあまり信用していない。しかし必要があれば、メイガスを相手に媚態を尽くして取り入ることもする……そんな狡猾さを持つ男だ。
「……ツェッペリーニ殿の長男は親に忠実だ。本来それは、我ら中華系の美徳のはずなのに……」
「父上、僕がいます」
ライフォンが口を挟んだ。顔は取り繕っているが、拳は強く握りしめられている。腹違いの兄に母親を侮辱された怒りは、未だに肚に渦巻いているようだ。
グアンロンは彼に笑いかけた。
「そうだな。シェーフォンは……ショックでおかしくなっているだけだと思いたいが、こうなってしまっては最早、跡取りとしては信用できん。ウー家はお前が背負って立つつもりでいておくれ」
「はい!」
力強く返事をするライフォンだが、その胸中には1つの不安があった。
「しかし、兄上は僕のしたことに気づいているかもしれません」
「奴のためにしたことだ。胸を張っていれば良い。奴がそれさえ解さぬ恩知らずなら、この父が鉄槌を下す」
それだけ言うと白衣の男へ向き直り、気恥ずかしげに笑う。
「すまないね、ヒュウガ博士。当家の話など君に聞かせるようなことでも無いのだが。この歳になると、どうにもね」
「いえ。お察しいたします。ライフォン殿が大義に尽くせる若者だと、よく分かりますよ」
ヒュウガと呼ばれた研究者は淡々と社交辞令を述べる。
「しかしどうやら、室長のお力を借りる必要がありそうです」
「ああ、遠慮なく言いたまえ」
「では……おい」
傲岸にヒュウガが呼びかけると、付き添いのメイガスが鞄から資料を取り出し、手渡した。
「今回裏切りの発覚したリッツォは『畑』の肥やしになりましたが、奴は協会内の何者かとコンタクトを取ろうとしていた模様です」
テーブルの上で資料をグアンロンに見せ、淡々と報告する。
笑みを崩さず、グアンロンは己が息子を顧みた。
「調べてくれ」
「お任せを」
恭しく一礼するライフォン。父親からの信頼は確かなようだ。
「後は任せてくれ。久しぶりに地上から帰って来れたのだ、羽を伸ばすと良い」
「ありがとうございます、室長。私が『畑』に常駐せずともよくなったのが幸いですよ」
ヘルメットのバイザーで表情は窺い知れないが、声からして彼は笑ったように見えた。
そのまま席を立ち、挨拶をして退出する。メイガスも恭しくお辞儀をして続いた。
「……人類の未来のために」
その背中に向けて呟き、グアンロンもまた立ち上がった。
「さて、仕事へ戻ろう」
「僕が不在の間、父上の護衛は……」
「心配は要らん、まだ若い者には負けんよ」
鍛え抜かれた拳を見せ、老獪な狼はニヤリと笑う。
「お前とシェーフォンが結託して私を殺そうとでもすれば、別だが」
「まさか! 僕が父上に……」
「はは、冗談さ」
底意の見えぬ笑顔と共に、親子は客間を後にした。
その日も、犯罪者更生課第3小隊は出撃する。しかし与えられた任務がいつもと違った。
《アメイジア東地方中央、堡塁地帯へ向かってもらう。任務は
ドリフターへの依頼としてはさほど珍しくない。そして各ネストの歴史編纂チームが、経歴や前科も問わず人員を募集していることを考えれば、この社会不適合者トリオに依頼が来るのも不自然ではない。
しかしその後のアルマン・デュカス監督官の指示は、なかなか不自然なものだった。
《対象物はコンテナに入っている。全長10m、幅4m、全高3メートル。重量は恐らく50t弱。場所はこの辺り。コンテナの隅にマークが描かれているそうだ》
画面が切り替わり、コンテナのおおよその位置と、そのマークが表示される。反応したのはレビンだ。
「日本国旗……?」
それは日の丸そのものだった。先日、エミの背中に彫られているのを見たばかりのマークだ。
「あのー、オッサン」
《監督官だ!》
「そのデカさと重さじゃ、クレイドル2機で丸ごと運ぶの難しくないっスか?」
持ち前の図太さで怒鳴り声をスルーして質問するエミ。2機と言ったのは、1機は護衛役にせねばならないと判断してのことである。
《コンテナには重量物運搬補助用のホバーユニットが装着されている。駆動させるための液体燃料をクレイドルに積んでいけ。後は押すなり引くなりしてエレベーターまで持ってこい。以上、他に質問は?》
「あのさあ、オッサン」
《監督官だ!》
挙手するシェーフォンと、再び怒鳴りつけるアルマン。エミに負けず劣らず図太いシェーフォンもやはりスルーした。
「オレも協会員だった頃、遺物捜索とか、よく分からない所で荷物をピックアップしてよく分からない所へ運んだりとか、したことあるけどさ。ホバーユニット付きのコンテナに入ってるとか、色々不自然じゃない?」
《この遺物は博物館から盗まれた物で、それが堡塁に隠されているのだ。それを奪還して持ち帰ってくればいい》
「盗んだ連中が近くにいる可能性は?」
《いる時はいるだろう》
投げ槍が過ぎる返答だ。だが結局のところ、地上の盗賊団は何処からともなく湧いてくるのが日常茶飯事なので、そう言うしか無い……かもしれない。
「これ何処からの依頼なの? ヒストリーラボ?」
《アメイジア事故調査委員会だ》
「ああ」
シェーフォンは納得した。通称アメ調はアメイジア崩壊事故の真相を探っている組織だが、ドリフターへの報酬を出し惜しみしているせいで、調査は遅々として進んでいない。報酬が必要無い囚人ドリフターを頼るのも、あのドケチ集団ならあり得る。
続いて挙がった手は、ジンの機械の手だった。
「オッサン」
《監督官だ!》
「アレは何だ?」
問いかけと共に指差されたのは、部屋の隅に積み上げられた大量の段ボール箱だった。アルマンは頭を搔きむしり「ああ、そうだった」と呟く。
《エミ・サイカ。アレは全部貴様宛ての差し入れだ。帰ってきたら邪魔にならないよう処理しておくように》
「え!?」
《以上だ、出撃準備にかかれ! それとこれは極めて重要な任務だということを言っておく! 失敗は許さん!》
強制的に説明を打ち切り、アルマンはモニターから姿を消した。一同の目は段ボールの山へ向く。
「コレ、全部ユナイター宛てですか……」
大小多数の箱を見つめ、レビンが引き気味に呟く。エミは苦笑しながら頭を抱えていた。
「いやー、娯楽少ないからハーモニカのレパートリー増やしたくて、楽譜送ってくれって連絡したんだけどさ。みんな心配してアレコレ送ってくれたんだなぁ」
犯罪者更生課の囚人ドリフターも、検閲を通せば家族や友人と連絡を取れるし、差し入れも受け取れる。下手に音信不通にすると、心配した仲間たちが救出のため襲撃してくるかもしれないからだ。特にエミのような人間は。
エミは箱の山をざっくりと物色し、いくつか開封する。
「うーん、ライジングサンズとトリコローリだけじゃなくて、テキサスボーイズにエル・ヴァリエンテに……うわ、ほとんどアトランティスの全グループから来てるわコレ」
「エミちゃんモテモテじゃん」
「みんな心配性なんスよ。ジンさん、片付け手伝ってくれます?」
「いいけど、俺地下じゃリミッターかけられてるから、地上ほど力持ちじゃねーぞ」
あれこれ言いながら、他の面々もエミが開封した箱を覗き込む。一方でエミは欲しかった楽譜を見つけ出し、そっとポケットへしまい込んだ。
「なんか見慣れねーもんが色々あるな」
「流石、地下唯一の魔境からの贈り物だね。おっ、これは何?」
シェーフォンが尋ねたのは、折りたたまれた細い針金状の機械である。エミはそれを一つ取り出すと、メガネのように自分の顔にかけ、横の小さなスイッチを入れた。
するとエミの顔を覆うように青いホログラムが形成された。2本の角、歪んだ眼差し、むき出しの歯……東洋の伝統的な仮面である『般若面』の顔だ。
「ホログラムのお面ッス。カチコミの時とかに着けるんスよ。お2人も1つずつどうぞ」
「どれどれ」
言われるがままに、シェーフォンとジンも器具を顔に装着する。シェーフォンの顔には『狐面』、ジンの顔には『翁面』のホログラムが現れた。
「うは、ジンさんじゃなくてジイさんになってるよ!」
「そういうお前のは素顔とあんま変わんねーな」
「ボクもそう思う」
さらりと自分のユナイターに失礼なことを言うタンヤン。
「面白ぇなコレ。他には何がある?」
「こっちはなんか、不気味な置物が入ってるけど」
「あーそれ
「この目玉みたいなのは?」
「それはえーと、トルコのお守りッスね」
「こっちは机みてーなのが入ってるぞ」
「おっ、麻雀卓じゃん! え、しかも結構いいヤツだコレ!」
「まーじゃんたく、って何だ?」
「ジンさん麻雀知らないの? 中華圏発祥の4人でやるゲームだよ。後で教えてあげるよ」
「あ、じゃあいっそ、オッサンとジュリーさんも誘ってみるのはどうッスか? そうすれば全部で8人だから、あぶれずに4人ずつやれるじゃないッスか」
「そうだね、あのオッサン意外と乗ってくるかも」
旧アメイジア時代、アトランティス・ネストは『秩序の対義語』『地下唯一の魔境』『悪徳の坩堝』などと呼ばれてきた。そして人類存続のため思想統一と全体主義を旨としたアメイジアでさえ、その街へ秩序をもたらすことはできなかった。
そんなネストで保存された古の文化は、富裕ネスト出身者からすれば珍しい物だ。興味を惹かれるのも無理はない。しかし彼らは大事なことを忘れていた。
「ってワケでレビンちゃん、後でオッサンたちに伝えといて。一緒に麻雀……」
「それより出撃準備をしなさーい!」
……かくして、社会不適合者たちはメイガスらに尻を叩かれながら出撃した。乗っている機体の性能から、
シェーフォンは時折盗賊を襲い、トムガーディアンの部品を奪っていたので、機体のメンテは万全だ。僚機からの誤射を防ぐため、正面装甲とコフィンに『追命鬼 呉雪風』と名前を書いてある。
「うわ、雨降ってるしー」
エレベーターから降りた直後、タンヤンがぼやいた。小雨程度ではあったが、死の雨がクレイドルの装甲を青く濡らしている。
「この雨量なら……まあ、我慢しよ?」
「そうだね」
駆け出しのドリフターはちょっとした降雨で焦ることもあるが、ベテランのシェーフォンは冷静だ。しかも今回は初陣と違い、シーリングキットも充分ある。
エミも適応がかなり早く、もう普通の雨では動じないし、クレイドル無しでも雨の中で生きられるジンは言うまでもない。2機ともシェーフォンを先頭に、ジャックボックスで追従した。
「堡塁の辺りだと、盗賊とやり合うことになるかもなぁ。はぁー、めんど」
ぼやきながらも、ブルーシストの溜まった群青湖を抜け、巨大なターミナルを左手に仰ぎながら目的地を目指す。
そんな時だった。
ーあめあめ ふれふれ 母さんがー
ーじゃのめで おむかえ うれしいなー
おおよそ地上には似つかわしくない、透き通った歌声。その発生源はすぐ隣にいた。
ーピッチピッチ チャップチャップー
ーランランランー
金色の瞳で雨雲を見上げながら、タンヤンはその歌を静かに口ずさんでいた。シェーフォンは初めて聞く歌だが、曲はエミが吹いていた童謡だ。
ーかけましょ カバンを 母さんのー
ーあとから いこいこ かねがなるー
ーピッチピッチ チャップチャップー
ーランランランー
「タンヤン、それって……」
声をかけると、タンヤンはニカッと笑顔を見せた。
「歌、結構上手でしょ? アイリス・マイほどじゃないと思うけど」
「ああ、上手いよ。その歌、エミちゃんが吹いてた曲だよね?」
「うん。あの人から教わったんだ」
シェーフォンはハッとした。『あの人』というのはエミのことではないと分かったからだ。
何故ならタンヤンは、誰もいない地面を指差してそう言ったからである。あの日と同じように。
「……ユナイター、ごめん。再起動して」
そちらを見たまま、震える声で頼むタンヤン。操縦席には『Magus error』の警告が表示されており、当人も異常を自覚しているようだ。
「……分かった」
クレイドルの手で「小隊止まれ」のハンドサインを送り、停止する。そして非常用の再起動コードを読み上げると、タンヤンのホログラムが消えた。
エラーが起きたときのためジュリーが仕込んでくれた非常プログラムで、再起動までさほど時間はかからない。約1分後、メイガス再起動完了を告げる表示と共に、再び姿を現した。
「ごめん。もう大丈夫だから」
その言葉通り、『Magus error』の表示は消えている。「小隊進め」のハンドサインを出し、再び前進を始めた。2番機、3番機は何が起きたのか察しており、再起動するまで周囲を警戒してくれていた。
「……タンヤン。君が見える人って……」
「うん。ボクの、前のユナイターだ」
雨が止んでいく中、切な気に微笑むタンヤン。今詳しく訊くべきか、シェーフォンは少し逡巡した。何せここは地上、危険地帯なのである。
「……記憶が戻ったの?」
それでも尋ねることにしたのは、相棒の抱える問題について、早く解決の糸口を掴みたかったからだ。
「全部忘れてたんだけどね。サイカさんのハーモニカを聞いてから、あの人から教わった歌だ、って思い出して。それから他のことも少しずつ」
「……ヒルデちゃんは、ほとんど思い出せないようではあったけど」
「ボクは色々思い出したよ。あの人も日系人でさ、『あめふり』を歌ってると雨が怖くなくなるって言ってた。とても優しい人だったけど……」
一瞬、言葉が途切れた。シェーフォンは周囲を警戒しながらも、相棒をちらりと見た。
虚空を眺めて、タンヤンは震える声で言葉を紡いだ。
「あの人も前のメイガスを失っていた。ボクは代わりになれなかった」
「え……」
トムガーディアンの足が止まった。後続の2機が何事かと周囲を警戒する。
タンヤンがハッとして、笑顔を作って見せた。
「ユナイター、まずは任務に集中しよ? 帰ったらまた、シャワー浴びながらお話しようよ」
「……ああ。そうだね」
クレイドルは前進する。ドリフターとメイガス、両方の心の傷を振り払おうとするかのように。後で話す機会など無くなるかもしれないが、2人ともそれは口にしない。
ドリフターの前進は、常に死への前進だ。