SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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13.泥濘と陰謀

 アメイジア東地方中央部の堡塁は、かつて動力炉やターミナル等の重要施設を、エンダーズから守るため築かれたとされている。しかしアメイジア崩壊事故以降、守備隊のいなくなった砦や塹壕はエンダーズの巣窟となっていた。

 それによって、ここより南を根城とするマフィア勢力の侵攻がある程度妨げられているのは、歴史の皮肉と言うべきか。

 

「インキュベーターが出現!」

 

 ムカデのような姿のエンダーズが、泥を巻き上げながら奇声を発した。高い攻撃性と硬い甲殻、さらに見た目に対する生理的嫌悪感も相まって、新人ドリフターにとっては最初の壁となることもある。

 

「排除する」

 

 シェーフォンの態度はあくまでも淡々としていた。インキュベーターは鎌首をもたげ、やはりムカデに似た顎を最大まで開き、眼前のトムガーディアンへ食らいつこうとする。

 その動きは十分に素早かった。加えてクレイドルの装甲を食い破るに足る咬合力を持っている……が。

 

「……ふっ」

 

 その刹那、シェーフォンはインキュベーターの頭を踏みつけて突進を止めた。クレイドルの重みに苦しみ暴れるその頭部に、今度はヘビーショットガンを押し付ける。

 トリガーを引いたままスライド部を前後させ、スラムファイアでの3連射。黒い分泌液が飛散した。

 

「撃破、確認!」

 

 タンヤンは最低限の報告しかしない。その腕前をいくら褒めてもシェーフォンは喜ばないと、もう分かっている。彼にとっては無意味な時間なのだ。

 

 綺麗に頭部を吹き飛ばされたエンダーズを尻目に、シェーフォンは僚機を顧みる。丁度、ジンがゲイザーが撃ち落とす所だった。

 エミの方も、自爆型エンダーズのクロウラーを的確に処理している。やはり成長が早い。

 

「大体のエンダーズは掃討できたみたいだね。例のコンテナを探さないと」

 

 これで邪魔が入らずに捜索できる。が、シェーフォンの返答はタンヤンの予想と少し違った。

 

「ああ、多分向こうにある」

 

 そう言うなり仲間たちにサインを出し、さっさと移動を始めたのだ。手分けして探す気は無いらしい。廃墟と化した防衛設備の合間を、躊躇ない足取りで前進する。

 

「何で分かるの?」

「風水的にこっちだから」

「……えー」

 

 まとまって行動した方が伏撃に対処しやすいし、再招集をかける手間も省ける。

 しかし根拠が風水だと真顔で言い切ったユナイターに、メイガスと言えど流石に呆れた様子だ。他の社会不適合者2人も聞いていたらどう思うだろうか。

 

 だがいくらか進んだ所で、ある物が視界に入った。

 

「ユナイター、あれ!」

 

 タンヤンが指差したのはトーチカの陰。クレイドルの残骸がいくつか転がっている中に、よく見ると偽装網を被せた何かが置かれていた。見るからにボロボロだが、指示されたコンテナと大体同じ大きさである。

 

「よし、多分あれだ。調べよう」

 

 残骸に石を投げつけたり小突いたりして、寄生型エンダーズがいないことを確認した上で、物体から偽装網を引き剥がしにかかる。

 現れたのは所々に錆の浮いたコンテナ。付着した泥をクレイドルの手で払うと、そこに例のマーク……白地に赤丸、旧時代の日本国旗を発見できた。

 

「ほら、あった。風水はデタラメじゃないんだよ」

「えーと、ノーコメントで」

 

 メイガスとて理解できないことはある。例え愛するユナイターの言葉でも。

 

 ともあれ、一行は予定通り回収作業に入った。2番、3番機が機体をコンテナへ横付けし、レビンとヒルデがコフィンから降りる。そしてジャックボックスに積んできた給油ユニットからホースを出し、コンテナのホバーユニットへ燃料を注ぎ込んだ。

 

「今どき液体燃料なんて。入れるの手間じゃん」

 

 面倒な作業にかかる仲間たちを見て、タンヤンは気の毒そうにぼやく。2番機と3番機は動けない以上、不意の敵襲にはシェーフォンらが警戒しなければならない。

 

「何か敵が来るとしたら、向こうからだね」

「……根拠は?」

「風水的に凶方位だがら」

 

 シェーフォンとしては本気だったが、同時にタンヤンのツッコミを楽しみにしていた。

 ……が、返ってきた言葉は期待していたものと違った。

 

「協会から通達! 盗賊団幹部が出現、近いよ!」

 

 言葉で伝えると同時に、モニターにマップを表示した。赤いマークが堡塁部、こちらの現在地から約500メートルほど先にいる。ついでにシェーフォンの言う凶方位だ。

 

姦ッ!(ファック) 何でこう何処からともなく湧いてくるんだよ」

「駆動音が聞こえ始めた! こっちへ向かってるよ!」

 

 給油作業にはまだ少しかかる。協会が警告を出すレベルの盗賊なら高性能機に乗っているはずだし、大抵は手下も連れている。

 

 となれば、接近させるわけにはいかない。

 

「しょうがない、オレらで迎撃する。僚機に伝えて」

「分かった!」

 

 凶方位へ向かってブースト移動を開始。時間が経てばまたエンダーズがやってくるかも知れないが、奴らは盗賊と違い、コンテナになど興味は示さないだろうし、いざとなればジンが頑張るだろう。

 

「さっきの連絡によると、相手はメイガスハンター。協会とダークマーケット、両方から賞金をかけられてるって!」

「ロックな生き方だね、そこだけは羨ましいよ」

 

 減らず口を叩くシェーフォンに、タンヤンはやや安堵の表情を浮かべた。

 

「……ユナイター。このまま2人だけで逃げちゃおっか?」

 

 ふいに、口から出た言葉。思わず振り向いたシェーフォンに、タンヤンは慌てて悪戯っぽい笑顔を作った。

 

「アハハ、ごめんごめん。今の無し」

「……大丈夫だよ、タンヤン。今逃げなくなって、オレは死なない」

 

 シェーフォンもまた笑顔を見せて、前方へ向き直る。赤い塗装のトムガーディアンが見えた。

 

「そして君も、死なせない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 社会のゴミたちが出撃した後、監督官アルマン・デュカスは落ち着かなかった。最低限のデスクと棚が用意された執務室を、右へ左へとうろついている。

 

 時折ダンベルを手にしてトレーニングを行うが、長続きしない。結局着席すると、一度深呼吸をして、ポケットから出したイヤホンを耳にはめた。

 

《……本当は私、分からないの。この選択は間違っているのかもしれない。彼らが正しいのかもしれない》

 

 静かに流れる、透き通った女性の声。

 

《もしそうなら、私は人類を滅ぼそうとしている。でも……でもね。アルマン、フィベリオ、あなた達が教えてくれたこと……》

 

 アルマンは拳を握りしめ、ゆっくりと目を閉じる。

 

《人間でも、メイガスでも、後悔の無いように生きるのが大事だって。そう教えてくれたよね。だから、お願い。私の……》

 

 ふいに戸を叩く音が聞こえ、アルマンは素早くイヤホンを外し、「入って良い」と告げる。

 来訪者はジュリーだった。相変わらず優雅な足取りだが、手には大きめのトランクケースを持っており、それを机の上に置く。アルマンはハッと立ち上がった。

 

「届いたのか?」

「ええ。見てちょうだい」

 

 笑顔でトランクを開けるジュリー。中に入っていたのは金属製のカプセル。40センチほどの大きさで銀色に輝き、電子機器が付属している。しかし重要なのは、そこに貼られた黄色と黒のマークである。

 

 放射性物質のハザードシンボルだ。

 

 じっとそれを見つめ、頷いて、閉める。

 

「これで計画のピースが1つ手に入った。保管は厳重にな」

 

 そう頼むユナイターの顔を、ジュリーはじっと見つめた。

 

「どうした?」

「その前に、お茶でも淹れましょうか? 落ち着かない様子だから」

「……お見通しか」

 

 頼む、と告げてため息を吐くアルマン。ジュリーは彼が現役ドリフターだった頃からの付き合いで、その感情の動きや嗜好などを長く学習している。人間的に言うなら気心知れた仲、ということだ。

 

「今日はどんなのにする? キームン風? ダージリン風? ちょっと癖のあるのが良ければ、ウバ風とか」

「君が飲みたい配合にしてくれ。茶を飲みながら君の顔でも見ていれば、少しは落ち着くだろう」

「ふふっ、良い考えね。それじゃ、今日は……」

 

 中国、インド、スリランカといった土地で茶葉が採れたのは遥か過去の話だが、今でもそれらを模した茶が作られている。ジュリーは部屋の隅にある紅茶用の食品プリンターを操作し、茶の成分配合を始めた。同時にペアカップをチャンバーに入れて温める。

 

 やがて香り高い紅茶を注がれたカップがソーサーに乗せられ、デスクの上に置かれた。

 

「タンニン少なめ、テアニン多めにしたから、砂糖無しでも甘みがあるわ。冷めないうちにどうぞ」

「ありがとう」

 

 一口啜ると、仄かな甘みが口に広がった。紅茶は筋トレと並ぶアルマンの趣味であり、同時にジュリーと共通の趣味であった。若かりし頃には、もう1つ趣味があったのだが。

 

「ああ、そうだ。今日の第3小隊の任務、当人たちにはとりあえずアメ調からの依頼と言ったら納得したが、協会への偽装は大丈夫だな?」

「抜かりないわ」

 

 自分も紅茶を一口飲み、ジュリーはまた微笑む。

 

「彼らは今日もいつも通り、AO結晶を採掘中ということにしてある。帰還したらノルマ通りの結晶が納品されたことにする」

「上手く誤魔化せるな?」

「ええ。その辺りのチェックがほとんどがAI任せだもの。私も同じAI、かつサイバー戦型メイガスだから、騙し方は何百通りも考えつくわ」

「流石だ。後は無事に回収が済めば良いが……さもないと、フィベリオの覚悟も、苦労して手に入れたこの核爆弾も無駄になる」

 

 トランクに手を置くアルマン。20世紀に発明されたこの爆弾は、『新月の涙』を経て今なお、人類史上最悪の兵器の座を譲っていない。そんな代物を目の前にして、2人はティータイムを楽しんでいる。

 

「落ち着かないのはそのせい?」

「ああ。堡塁の近くで盗賊団の幹部が確認されたらしい。あの連中……特にシェーフォン・ウーなら、勝てん相手ではないだろうが」

 

 話しながら、ふとデスクの引き出しからクッキーの缶を取り出した。秘匿物資だ、と冗談を言いながら。

 ジュリーも喜んでクッキーを摘み、口の中で香ばしさを楽しみ、紅茶で流し込む。そして、考えていたことを口にした。

 

「ねえ、ユナイター」

「何だ?」

「サイカさん、ウーさん、カフカさん。及びそのメイガスたちには、何処まで打ち明けるつもり?」

「……先に打ち明けた所で、こんな突飛な話を信じる奴はいまい」

 

 狂人と思われるのが関の山だ……アルマンは苦笑した。もっとも受刑者3名も、一般的なドリフターから見れば狂人以外の何者でもないのだが。

 

「それにメイガスたちが、上層部へ告げ口する危険もある。先に監視プログラムを削除しても、自分の意思で報告する可能性はあるだろう?」

「そうね。タンヤンはともかく、他の2人は真面目だから」

 

 美しい所作で、ジュリーは紅茶を一口飲む。

 

「けれど、あの人たちは私たちの同志になってくれるかも知れない」

「同志、か。協会と旧アメイジア暫定政府、さらにダークマーケット、全てに中指を立てるなど……」

 

 半分ほどになった紅茶の水面を見つめ、アルマンはふと言葉を切った。受刑者3名の顔と経歴が頭を過ぎる。

 

 エミ・サイカ……アメイジアでさえ秩序をもたらすことを半ば諦め、ダークマーケットとも抗争を続ける魔境、アトランティスの出身。

 シェーフォン・ウー……協会の幹部を素手で惨殺、それ以前には協会員としてサンジョベーゼの構成員も多数殺害。

 ジン・カフカ……自分の考える『名誉』のためなら、誰であろうと敵に回す殺人サイボーグ。

 

「……あの連中なら乗ってくるか」

「でしょ。貴方の味方が私しか残っていないなんて、悲観しないでね」

「そうだな。いずれにせよ奴らに協力させねば、作戦は成り立たん」

「それと、もう1つ。使えそうな武器を色々見つけたわ」

 

 ジュリーがデスク上のコンピューターを指さす。途端にデータが送信され、モニターにカタログが表示された。載っているのは歩兵用からクレイドル用まで、多種多様な武器類。それも旧アメイジア圏では出回っていない、かなり珍しい品々だ。

 そのメーカーは……

 

「アトランティス統合造兵廠だと……?」

「あのネストのギャング団が共同で立ち上げた兵器メーカーよ。想像以上の技術を持ってるみたい。作戦に役立ちそうじゃない?」

 

 アルマンはカタログに一通り目を通した。クレイドル用ナイトビジョンや消音銃、歩兵用の対クレイドル兵器。さらにはドローン兵器やサイバー兵器まで。魔境の隠れた技術力の一旦だった。

 

「武器類もだけど、コンピューターウィルスの類があれば私の能力もさらに上がるわ」

「確かにな……額面通りの性能なら」

「その辺りも色々調べてみたけど、信頼性は十分そうよ。むしろアメイジアや地上ネスト製の武器より品質が安定してて、いきなり性能が悪くなったり良くなったりが無いんだって」

「ふむ」

 

 アルマンは数回頷いた。クレイドル用のボルトアクションスナイパーライフルの初期ロットは今やオーパーツ扱いである。

 

「値段は大丈夫だが、ここで入手可能か?」

「原則、協会には売らない。ちなみにサンジョベーゼにもね。けど、こっちには顔の効く人がいる」

「エミ・サイカだな。確かに故郷での人望はありそうだ」

 

 送られて来たプレゼントの山を思い出し、苦笑するアルマン。当然協会が検閲を行ったが、担当者からは意味不明な物がゴロゴロ出てきて困ったと苦情を言われた。

 

「加えてレビンからの報告によると、サイカさんの協会への不信感……というより憎悪はかなりの物だから、上に密告される心配も少ない。見返りさえ約束すれば協力してくれるわ」

「よし。作戦を詰めた上で、必要な物を調達しよう。全てはフィベリオの遺した情報が届いてからだ」

「ええ。『畑』へ至る道が分かれば」

 

 2人は冷め始めた紅茶の残りを飲み干した。カップを片付けるジュリーの背中を見て、ふと昔を懐かしむ。

 

 共にクレイドルに乗って地上を駆けた日々。ドリフター一攫千金時代などただのプロパガンダに過ぎなかったし、嫌な思い出の方が多い。それなのに、今となっては無性に懐かしい。それも生き残った者の特権か。

 

 協会からジュリーを買い取って穏便に退職する道もあったはずだ。だが、アルマンはさらに過酷な道を選び、自分のエゴに彼女を付き合わせている。

 

「……初めて会った日が、まるで昨日のことみたいね」

 

 背中を向けたまま、ジュリーが口を開いた。彼女はたまにこうして、こちらの心を呼んだようなことを言う。

 

「あの頃のユナイターは、私相手にもドキドキして、敬語で……」

「お、おい」

「最初、何だか他人行儀に思えたわ。だから、私は『貴方のメイガス』なんだから遠慮はいらない、って言ったら余計にドキドキしちゃって」

「……純情だったのだ、若い頃は」

「しかもユナイターったら、私をアイリス・マイそっくりの顔で発注して。後で恥ずかしくなって、必死にお金稼いでリメイクして……」

「その話だけは勘弁してくれ……」

 

 頭を抱えて机に突っ伏すアルマン。その頭の隣にある核爆弾のケースを手に取り、ジュリーは彼の肩を軽く叩いた。

 

「メイガスから契約を破棄することはできないけど、だからって私は嫌々従ってるわけじゃない。貴方の格好いい所も、情けない所も見てきた上で、これからも一緒に闘いたい。だから気に病むことは無いわ」

「……つくづく敵わんな、君には。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 また後で、と微笑みジュリーは退室した。美しい腕に、最悪の兵器を抱えて。

 

 口の中に残った紅茶の残り香を味わいながら、アルマンは机上の端末へ目をやった。地上から送られてくる監視ログで、シェーフォン・ウーが盗賊団と交戦中だと示されている。

 

 そして、次々に「敵クレイドル撃破」の文字が流れていった。

 

「……心配するだけ無駄だったか」

 

 苦笑しつつ、シェーフォンと弟の会話を思い出した。受刑者と外部との会話は全て録音され、監督官として当然ながら確認している。

 もし直に顔を突き合わせたら殺し合いになりそうな様子だったが、アルマンとしてはウー家の兄弟仲など、どうでもいい。本音を言えば、シェーフォンの更生もどうでもいい。

 

「メイガスであろうと、自分の女が殺された。仇を討てないなら男を辞める……か。私でもそう言うかもな。いや……」

 

 或いは、もう彼と同類になっているかもしれない。自嘲気味に笑いながら、アルマンは監視ログを見守った。

 





お読みいただきありがとうございます。
ストックが減ってきたので、次回以降少し間が空くかもしれません。
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