SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド- 作:空き缶号
……同日AM6:00(ドリフター振興協会 社会福祉部犯罪者更生課第3小隊 出撃3時間前)
《……危険を冒して地上を探索するドリフターたちによって、地下で暮らす人類はエネルギー源たるAO結晶を手に入れたのです》
《ありがとう! ドリフター!》
《しかしそれにより、AO結晶の闇取引が……》
錆びた鉄の匂い漂うガレージ。3機並んで鎮座しているのは、二足歩行型機動兵器『クレイドル・コフィン』だ。壁にかけられたモニターとスピーカーは、協会のプロパガンダを垂れ流している。寝ぼけ眼を擦りながらガレージに入って来た3人は、その映像を見ても「ダセェ」以外の感想を持たなかった。
1人は、10代後半を迎えた少女だ。東アジア系の顔立ちで、カーゴパンツとタンクトップ、その上にパッチワークのジャケットという服装。ボーイッシュなショートボブに引き締まった体つきから、普段は活発なタイプだと想像できる。今はひたすら眠そうだが。
2人目は同じく東アジア系の、20代半ば頃の男。うっすらと無精髭を生やし、服装はこちらもTシャツにジーンズという軽装だ。腕は筋骨隆々としており、細かな傷跡も確認できる。
3人目は最も奇怪な風体だった。身の丈2mはあるだろうか。フード付きのコートを羽織り、口元にはスカーフを巻き、顔はギラついた目のみが露出している。
《それを防ぎ、AO結晶の採掘・流通の管理を担うべく結成されたのが、ドリフター振興協会です》
《ありがとう! ドリフター振興協会!》
東アジア系の男が、プロパガンダ映像の映るモニターに向けて唾を吐きかけた。するとそれを見て、少女も同じように唾を吐いた。男の方は親指を立てて笑った。
「オレはシェーフォン。よろしく」
「あーしはエミ。エミ・サイカ」
少女……エミは微笑みながらも淡々と返答した。シェーフォンと名乗った男は細面で細目の、狐のような面構えだ。気さくな印象だが、この場にいる3人は全員逮捕された犯罪者である。逆に言えば、同類だと分かっているからこそ気さくに振る舞えるのかもしれない。
残る1人……フード姿の男は、首から下げたペンダントを手で弄んでいた。グローブを嵌めた掌から少しはみ出す大きさの、U字形の物体。黒くツヤのある塗料でコーティングされているが、その形状は明らかに人間の下顎の骨だ。本物どうか定かではないが、エミもシェーフォンも、わざわざそれを尋ねる気は無いようだ。
「まったく。こんなプロパガンダより、いっそのことアイリス・マイの曲でも流してくれりゃいいのに」
「アイドルメイガスの? そういや、いつの間にか聞かなくなったんスよね」
「うん、急に引退しちゃったみたいでね。俺も結構好きだったんだけど……」
友好的に雑談する2人。お互いに油断してはいないが、今日から毎日顔を合わせることになるのだから、良い関係を築く必要はある。2人ともそう判断したのだ。
《……よし、3人揃っているな》
不意に、モニターの映像が切り替わった。協会員の制服・制帽を完璧に着こなした、恰幅の良い中年の男が、鋭い目つきで3人を見据える。ここの監督官だ。
その姿を見て、エミとシェーフォンは思わず吹き出した。先ほどモニターに吐きかけた唾が、丁度監督官の両目の位置に付着していたのだ。
《何を笑っている? 整列! 整列だ、とっとと並べ!》
ドスの効いた声が、スピーカーから流れる。3人は顔を見合わせた後、エミがズイッと前に出て、両手を腰に当てた。
するとシェーフォンがその真後ろに並んで、両手を出して「前へならえ」の姿勢を取る。最後に、意外とノリが良いらしいフードの男が並んで、同じく前へならえのポーズをした。
《……ここは小学校ではない。横に並べ》
イラついた様子の監督官を見て、3人はすぐに並び直した。その隊列で90度旋回し、モニターに対して横向きに並んだのだ。
《いい加減にせんか! 刑期を伸ばすぞ貴様ら!》
「へいへい」
「そうカッカしないでよ」
ヘラヘラ笑いながら、ようやく横一列に並ぶ3人。今し方出会ったばかりの割に、チームワークは良さそうだ。
《チッ……私はアルマン・デュカス。ドリフター振興協会社会福祉部犯罪者更生課所属監督官だ。本日付で貴様らの指揮を執る》
「よろしくお願いしまーす」
「肩書き長すぎて覚えらんない」
「……だりぃ」
《勝手に喋るな!》
一喝した上で、監督官は手元にタブレット端末を取り出した。エミたちの側からは見えないが、内容はどうせ名簿か何かだろうと察しはついた。
《ではまず……エミ・サイカ、17歳。罪状は無免許での民間用クレイドル操縦、リアルアルコールの密輸複数回。間違い無いな?》
「いやあのー、無免は認めますけどー。あーしただの配達屋ッスからー、荷物の中身までは知らないし責任持てないって言うかー」
《この期に及んでくだらん言い逃れはいらん! 次、シェーフォン・ウー、25歳》
ダラダラと話すエミを遮り、監督官は次へ移った。シェーフォンは「へーい」と気の抜けた返事をする。
《罪状、協会幹部への拷問・謀殺。間違い無いな?》
「いやあのー、あのクソジジイを殺したのは認めるけどー、殴ってたらたまたま死んじゃったんでー、オレ凶器とかも持って無かったしー、謀殺とは違うかなーって」
《いやお前、30箇所以上に骨折を負わせて嬲り殺しにしただろうが! しかも護衛6人も皆殺しにしておいて『素手だから殺意は無かった』なんて理屈が通るかアホ!》
眼鏡をかけた目を血走らせ、ダラダラトークを強制終了させる監督官。一方、エミの方は「この人、思ったよりヤバそう」という目でシェーフォンを見ていた。
そして監督官は息を整えながら、最後の1人へ目を向ける。
《最後、ジン・カフカ、通称“ピシュタラ”。35歳。罪状はアメイジア軍からの脱走、殺人請負、及び違法宗教の崇拝。そうだな?》
フードの男、ジンは言葉の前に態度で応じた。モニターに向けて中指を立てたのだ。
「俺は戦死すれば英霊の館へ招かれる。モニター越しにしか話せねぇ臆病者は……藁の上でくたばれ」
《……どうもありがとう。今日の報告書には、3人とも全く反省していないと書いておく》
流石に怒り散らすのがバカバカしくなったのか、監督官は次のフェーズへ進むことにした。一方、シェーフォンは「この人、オレよりヤバそう」という目でジンを見ていた。
《さて、すでにこの計画の概要は理解していると思うが、念のため今一度簡単に説明する。貴様らの身分は囚人だが、幸いなことにドリフター適正がある。よって更生プログラムとして3年の間、地上でのAO結晶採掘任務に従事してもらう。成し遂げた暁には、格別の温情を以って……》
「要は死ぬついでにAO結晶も採って来てくれたらラッキーってことでしょ?」
「地下ネストの刑務所とかキャパオーバー気味だからね」
「御託はいいから、やることを言え」
《だから勝手に喋るな! ……いいだろう。貴様らのような連中と3年も付き合わねばならん以上、こちらも無駄な時間を割きたくはない》
頭を抱えつつ、監督官は端末を操作した。何が起きるかと思えば、ガレージのドアが開き、パタパタと足音が聞こえた。駆け足で入室してきたのは3人、もしくは3体の女だった。同じ黒い制服姿で、オレンジ色の腕章に協会社会福祉部のマークが描かれている。
彼女らはエミたちの前に並ぶと、ぺこりと一礼した。首元には小さな逆三角形の部品が露出しており、人間ではないことが分かる。そうでなくとも、人間にしては肌が綺麗すぎるかもしれない。その内1人、白い髪の少女がにこやかに口を開いた。
「初めまして。私たちが、皆さんの更生プログラムをサポートします」
「へー、アメイジア規格のメイガス。てっきり、地上製の汎用型でも充てがわれるかと思ったけど」
シェーフォンが意外そうに呟いた。人類の隣人として作られたアンドロイド・メイガスは、クレイドルと並んで地上探索に不可欠な存在だ。しかし人間的情動の充実したメイガスは、旧アメイジア系の地下ネストでしか製造できない高級品である。汎用型はいわゆる「ただの人型ロボット」で、性能はやや劣るにせよ、クレイドルのナビゲートだけならそれで十分なのだ。
《初めて良い所に気づいたな》
監督官が真面目くさって頷いた。
《このプログラムは貴様らが言ったような、体の良い処刑などではない。協会は貴様らのドリフター適正を惜しみ、真に更生を望んでいる。故に正規協会員と同様のメイガスを特別仕様に改造し、支給しているのだ》
「なーるほどなーるほど。余計なお世話で謝謝你」
「……特別仕様ってどんなのだ?」
「アレじゃないッスか? 監視機能とかお説教機能とか付いてるんじゃないッスか?」
「なるほど……ウザそうだな」
《黙れ! ……メイガスたち。こいつらにお前らの能力を説明してやれ》
監督官はそろそろ頭痛薬が必要かもしれない。
「はい。私はGrau型で、システムはクレイドル整備型です。損傷時のリペア、及び他クレイドルの解析能力に長けています」
丁寧かつハキハキとして口調にそう自己紹介したのは、白髪のメイガスだった。優しげな顔立ちや赤い目は、デフォルトのGrau型のそれだ。献身的な態度と柔らかな物腰が、多くのドリフターの心の支えとなっている機種である。
「次。ボクはEine型。システムは天候適応型だよ。広範囲のAO結晶サーチと、雨の予報ができるんだ。雨を弾くシェイドフィールドも展開できるよ」
笑顔で溌剌と語るのは、少女にも少年にも見えるメイガス。透き通るような白い肌に、髪はブロンドのセミロング。体つきは他の2体と比べてスレンダーで、性別は判然としない。シェーフォンが「Eine型ねぇ……」とポツリと呟いた。
「私はIbis型、システムは対エンダーズだ。エンダーズの分析および、排除に特化している」
最後の1人は、凛々しく淡々とした声だった。『指導者タイプ』とも呼ばれるIbis型は、ドリフターの訓練教官としても使われるメイガスだ。人間が教官を務めていた頃と比べ、訓練生のドロップアウト率が激減したとされている。この個体もその例に漏れず、背が高めの凛々しい顔立ちの女性で、流れるような赤い長髪が特徴的だった。
《今ので大体分かったな? ではエミ・サイカから、自分のメイガスを選べ。容姿を自分好みに変えたいなどと贅沢をぬかすなよ》
「あ、選ばせてくれるんスか」
どうしようかな、と考えたエミに、隣にいるシェーフォンが目を向けた。
「エミちゃんドリフター経験無いでしょ? だったらそのGrau型にしときなよ。」
「……初心者向けなんスか?」
「そうだね、付き合い易いし。それに機能がクレイドル整備なら、どんな任務でも腐らないから」
気さくに教えてくれるシェーフォンのアドバイスを、エミは聞き入れることにした。かなりヤバイ人殺しとはいえ、元は熟練ドリフターだったらしいし……そもそも、バレていないだけでエミも何人か殺ったことはあるし、同じ穴のムジナだ。
「じゃあ、あんたに決めた」
エミに指さされ、Grau型は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます! では、私の名前を決めて、ナブラに触れてください。それを持って、ユナイター契約が完了します」
「名前……」
数秒考えて頭に思い浮かんだのは、幼い頃一緒に暮らしていた雌犬の名前だった。
「レビン」
その名を聞いた後、Grau型は顎を持ち上げ、喉の逆三角形型端子『ナブラ』を見せた。エミが指先でそこへ触れる。
「……ユナイターとして承認されました。メイガスはいつも、あなたの側に」
両手を胸に当て、今し方「レビン」になったメイガスは恭しくお辞儀をした。その所作の美しさに、エミは思わず見惚れてしまった。密輸で使っていたクレイドルはメイガス用のコフィンが無い安物だったが、故郷のスラムにもメイガスたちはおり、交流はあった。
だが目の前にいる、自分と同年代くらいの少女の姿をしたメイガスには、初めて見る純粋さが感じられた。
「これからよろしくお願いします、ユナイター。あなたが贖罪を全うし、立派に更生できるよう、全力でサポートしますね!」
感動さえ覚えたエミだったが、贖罪だの更生だのという単語を聞いた途端に、その気持ちは消え去った。そっぽを向いて舌を出しながら「よろしく」と返す。
《よし、次はシェーフォン・ウー。好きな方を選べ》
「んー、じゃあ君で」
シェーフォンは前に進み出て、Eine型の肩をポンと叩いた。
「名前は……タンヤン」
「ユナイターとして承認されました。メイガスはいつも、あなたの側に」
同じ所作でお辞儀をするEine型メイガス、タンヤン。中性的な外見だが、仕草は何処となく女性的。しかし、その後に見せた笑顔には、無邪気な少年のような雰囲気もあった。
「よろしくね、ユナイター! キミがしっかり贖罪を成し遂げて……って」
タンヤンが顔を上げた直後、シェーフォンはその背後に回って、肩や腕をさすりながら、体の各部を観察し始めた。
「……ユナイター、何してるの?」
「君らEine型って、性別決まってないんだよね?」
「ああ、うん。そうだよ。男の子扱いでも、女の子扱いでも、ユナイターの好きなように……ひゃあっ!?」
突如甲高い声を上げて、身を震わせるタンヤン。
「ちょっと、どこ触ってるのさ⁉︎」
「お尻の形はどっちかって言うと男の子よりかな。けど全体的には丸みを帯びていて、でも色っぽ過ぎなくて、コンセプト通りの造形って感じか。本当、メイガスの技術だけは日々進歩してるんだよなー」
「ゆ、ユナイター、だめっ! せめて2人きりの時に……」
「変態だ……!」
「変態です……!」
エミとレビンの感想が偶然にもハモった。至って真剣な表情でメイガスへのセクハラ(?)行為を続けるシェーフォンと、顔を真っ赤にしながらも逃げるそぶりを見せず(メイガスとてこのような時に多少抵抗する権利はある)、それどころか何故か臀部を突き出しているタンヤン。
スピーカーから監督官の「胃薬……胃薬……」という声が漏れた。その一方、最後に残ったIbis型メイガスは、同じく最後に残った1人に対し冷静に話しかけた。
「では、私のユナイターとなるのは君だな、ジン・カフカ。名前を頂きたい」
「……ヒルデ」
フードとスカーフで表情は窺い知れないが、ジンは冷めた様子だった。面倒くさそうにナブラに手を触れる。手袋をしていたが、それでも認証はされるらしい。Ibis型……ヒルデは、やはり同じ様にお辞儀をする。
「ユナイターとして承認されました。メイガスはいつも、あなたの側に。……この縁に感謝する。君の贖罪と更生を経て、新たな人生を歩めるように……」
「綺麗事はいい。ワタリガラスは協会やアメイジアの欺瞞なんざお見通しだ」
「……そのヴァイク教信仰は違法だが、今は咎めない。君が他に心の拠り所を見つけられるよう、私が手助けを……」
「綺麗事しか言えねーなら黙ってろ」
ひたすらつっけんどんな態度を取るジン。この三人の共通点は「反省する気が無い」ことだろう。
《そこまでだ。言っておくが、メイガスを虐待などすれば罰則対象だからな。では、貴様らに今日の任務を伝える》
「AO結晶掘ればいいんでしょ?」
至極当然のことだ。現代社会における主要エネルギー源、金のなる木、ドリフターの飯の種がAO結晶である。青い雨が降り注ぐ地上で成長するこの結晶を採取するため、ドリフターたちは危険を冒して地上へ出て、ドリフター振興協会はその流通を管理している。
受刑者にドリフターをやらせるなら、当然それを掘らせるためだろう。しかし、監督官の返答は違った。
《その予定だったが、クレイドルの整備資材の到着が遅れていてな。上層部には厳重に抗議しておいたが、届くのを待っていては貴様らのノルマが果たせなくなる。そこで……》
モニターの映像が切り替わった。監督官の顔に代わって映されたのは、地上……アメイジア東地方北部の地図だ。その内二箇所、かつての農業プラントと演習場に、赤い点が表示される。
《盗賊団の輸送隊を襲撃し、必要資材を接収する。それが貴様らの最初の任務だ》
「いきなりどっちが盗賊か分からないんスけど」