SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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21.神功護體

 

「これはあんたが持って」

 

 エミは支給されたアサルトライフルをレビンへ差し出した。というより、押し付けた。ここまでコフィンに入って来た都合で、レビンらメイガスの武器はサプレッサー付きの拳銃のみだったのだ。

 

「しかし、それではユナイターが……」

「こういう長物とかフルオートの武器は苦手だから」

「まあ、分かりますけど」

「それに、一番得意な武器はこれだし」

 

 得意げにジャケットの内ポケットからバタフライナイフを取り出すエミ。軽く振って閃かせ、遠心力をつかって鮮やかに刃を出し、同じようにして収納した。ジンからもらった品だが、バタフライナイフ自体は以前から使い慣れている武器だった。

 

 ライフルはレビンに任せ、自分は核爆弾はトランクに着いているハーネスで背中に背負い、準備を完了する。

 

「っしゃおら。あーしの側を離れないでよ!」

 

 レビンに向けてそう言ったのは、EECに乗っていたメイガスの死に様を見たからだ。万一レビンが裏切ったと見なされれば同じことになる。ジュリーは心優しいメイガスだが、今はそれ以上に大事な目的のために動いている。

 

「勿論です! 今度こそお守りします!」

 

 初陣の時にも聞いた言葉だった。どの程度記憶が戻ったのか、今は確かめている暇が無い。

 

《エミちんとレビンちゃんは直進ね。非常階段のシャッターを開けるから、そこを降りて》

 

 目出し帽の通信機からハレルヤの声が聞こえる。

 

《20階は研究員の居住フロアで、非戦闘員は自室へ篭ってる。警備部隊はいるから気をつけて》

「タレットとか動かせる?」

《それが丁度、20階のタレットは電気工事中だったらしくてさぁ。他の手を考えとくから》

「了解、っと……」

 

 外の異様な光景と違い、中枢施設内は清潔感に溢れていた。内装はシンプルながら金がかかっており、所々に絵画まで掛けられている。少しくらい盗んで行きたいくらいだ。

 

 しかし道中、エミは凄惨な光景を目にした。オーバーライドしたタレットに射殺された警備隊の死体が多数転がっていたのだ。

 通路の隔壁やシャッターを閉じ、逃げられないようにしてからやったようだ。しかし多くの者は、味方のはずのタレットから突然撃たれて、何が起きたかさえ分からなかっただろう。

 

 全身に銃弾の雨を浴びた死体。人間の赤い血とメイガスの白い血が混在している。

 

「小さい頃に見たなー、こういうの」

 

 呟きながらも屍を踏み越えて非常階段へ入り、20階を目指して駆け降りて行く。

 

 アトランティスが本当の無法地帯だった頃、あのような出来事は日常茶飯事だった。アメイジアが崩壊してから大多数のギャング団は和解に向かい、毎日行われていた死亡者数クイズも無くなった。

 

「ユナイター、大丈夫ですか?」

 

 エミは目出し帽、レビンはヘルメットマスクで顔が見えないまでも、互いの様子をよく見て気遣っている。

 

「平気平気。できれば二度と見たくなかったけど、しゃーないべ」

《エミちん。できれば、あたしやお姉ちゃんのことを怖がらないでね……?》

 

 惨状を生み出した当人たるハレルヤとて、友人は大事だ。そしてエミの方も、これが自分を援護するための行動だと分かっている。

 

「ハレルヤ、ソレはこっちが頼むことっしょ。あーしは今からもっとヤバいことをするんだから。しかも日系人なのにね」

「……日系なのって、関係あるんですか?」

 

 スピリチュアルな物をあまり信じないエミだが、日系人の自分が核などを使ったら、ご先祖様に怒られるだろうな、程度のことは考えていた。アトランティスに学校など無かったが、同じギャングの年長者から、ルーツである日本の歴史はある程度学んでいる。

 トラ・トラ・トラの由来が伝わっていないように、失われた歴史も多いのだが、アメイジアではそもそも顧みられることすら無い歴史だった。だからレビンにはエミの葛藤が理解できない。

 

「無事に吹っ飛ばせたら教えてあげるよ。あんたが興味あるならね」

 

 エミの脳裏には、AO結晶の表面に浮き出た子供の顔が焼きついている。今の血の海よりよほどグロテスクかつ、鮮明に。

 最早自分の成すべきことは1つだと決意を固めていた。日系人らしく遺憾の意を込めて、このネストに核をぶちかますのだ。

 

 

 

 

 

 

 一方で、アルマンら3人は目的の26階へ潜入、と言うよりフロアを制圧にかかっていた。

 サーバールームがあるだけに警備は厳重だった……が、結局のところサンジョベーゼも協会同様に人手不足。警備隊の多くは汎用型メイガスが占めていた。

 

「人間3人、メイガス6人」

 

 ハックした監視カメラで部屋の中にいる敵数を確認し、ジュリーはメイガスのセキュリティ突破を開始する。ドアの前ではアルマンとシェーフォンが突入に備えていた。

 

「オッサン。降伏してきた相手はどうする?」

「監督官だ。無視して殺せ。どの道ネストごと吹き飛ばすのだし、捕虜を連れ帰る余裕も無い」

「おけ」

 

 シェーフォンもまたアサルトライフルをジュリーに譲ってしまい、帯びている武器は拳銃だけだ。が、実際の所それすら使う気が無い。

 

「ブリーチプロトコル完了。回路ショート、アップロード!」

 

 直後、「ピーッ」という電子音と共に、武装した汎用型メイガスたちの体から青白い火花が散った。武器を手放して痙攣し、次々に倒れ伏す。

 

 人間3名が異様な光景に戸惑う中、ドアが開いた。先陣を切ったのはシェーフォンだ。

 

「明けましておめでとう! 死ね!」

 

 銃を使わずに身一つでぶつかって来るなど、相手は想定外だっただろう。狙いを定めた敵の銃を握って抉り上げ、同時に右の拳で攻撃に移った。互いの息が届く至近距離で。

 

 寸勁。極度に間合いを詰めた状態から爆発的な一撃を繰り出す、中国武術の技法。

 

 その敵は派手に吹き飛んで、後ろにいた味方を巻き込んで倒れる。

 まだ立っている1人は即座に発砲するが、途端にシェーフォンの姿が視界から消えた。

 

 人の手で使う限り、あらゆる武器は使い手の身体の延長である……シェーフォンが家族の中で唯一尊敬する祖父は、そう語った。

 ならば手にした銃から撃ち出される弾丸は何の延長か。それは火薬の化学反応に託して怨敵に射出される、『殺意』である。故に銃口からは弾に先んじて殺意という気の射路が放たれ、それを感知して避ければ弾に当たらない、と。

 

 兄弟の中で、シェーフォンだけはその技を体得した。

 

()!」

 

 床に倒れて銃弾を避け、そのまま転がるように近づいてきたシェーフォンに、相手は対応できなかった。瞬時に起き上がりつつ跳躍、敵の頭目掛けて渾身の回し蹴りを放つ。

 

「ガッ……!」

 

 短い悲鳴と共に、頸骨の折れる音がした。体制を立て直そうとしていた最後の1人はその直後に首を掴まれ、そのままへし折られる。

 

「いたぞ! あそこだ!」

 

 別の通路から警備兵が叫んだ。しかしその声の主をアルマンが即座に射殺し、他の警備兵は慌てて通路の曲がり角へ隠れる。

 

「ジュリー、タレットを動かせ!」

「了解!」

 

 途端に天井から機関銃がせり出した。それは本来守るべき警備兵たちに銃口を向け、一帯を血の海へ変えていく。

 

「クリア!」

「これ、バジリスク無かったらどうする気だったの?」

「もっとコソコソ行動してバックドアを設置する予定だった。進むぞ!」

 

 内通者から事前に各階の見取り図は受け取っている。3人は目的のサーバールーム目指してひたすら敵を薙ぎ倒し、進撃した。

 

《チャラ男さん、人間離れし過ぎでしょ》

 

 シェーフォンの奮迅は、ハレルヤが思わずぼやいてしまうほどだった。発砲してくる相手に生身で吶喊し、銃撃を悉くかわして素手で殴り殺し、蹴り殺し、絞め殺す。アルマンも正確な射撃で何人か倒しているが、ほとんどはシェーフォンに恐れをなして背中を見せた敵だった。

 

「貴様といいカフカといい、よくもまあ生け捕りにできたものだな」

「抵抗したら無関係の人を巻き込む状況にされたんだよ。ジンさんもね」

「なるほど、特殊作戦室らしい手だ」

 

 戦いながら、シェーフォンはやはり生身の方が自分には合っていると実感していた。やっていることが弱い者イジメであることに変わりはないが、それでも直接手を汚して相手の死を実感する分、クレイドルに身を預けて戦うより人間らしさを保っていられる。

 それに祖父の論理に則ればクレイドルは自分の全身の延長であるべきだが、そのように動いたクレイドルは1つも無い。今まで乗ったどの機種もここぞと言う所で自分の反応速度について来れなくなる。ジンがこき下ろしている通り、所詮は作業機械なのだ。

 

 ましてやコフィンという分かりやす過ぎる大きな弱点に、大事な相棒を入れて戦うなど狂気の沙汰だ。現にシェーフォンは一度失っている。唯一の理解者であり、伴侶と呼んでも良いメイガスを。

 

 

「この部屋がシステムエンジニアのオフィス。サーバーはその奥だ」

 

 再びドアの前でスタンバイし、ジュリーが内部のカメラをハックする。

 

「中の様子は? ……ジュリー?」

「……敵はいない。内部のトラップも解除したわ」

「よし、開けてくれ」

 

 すぐに返事が無いのは彼女らしからぬことだった。そして、すぐにはドアを開けなかった。

 

「ユナイター。貴方の見たくない物があると思う」

 

 その言葉だけでロックを解除したのは、時間が限られているからだった。

 

 内部は確かにオフィスだった。ただし一般の企業や役所のそれと違い、大型のコンピュータやAI機器が多数並んでいる。

 

 しかし何より異様だったのは、奥の台座に飾られたオブジェだった。

 

「フィベリオ!?」

 

 アルマンが叫び、駆け寄った。それは人間、或いは人間だったモノか。

 胸から上は辛うじて、白人男性の原型を留めている。その下の体は全て、妖しくオレンジ色に光る結晶と化していた。それがあたかも芸術作品だと言わんばかりに、装飾された金の台座の上に展示されているのだ。

 

(ファック)。悪趣味にも限度があるだろ……」

 

 “追命鬼”と呼ばれたシェーフォンでさえ、真に吐き気を催す邪悪を見たと思った。何よりもグロテスクなのは、その男の胸がまだ微かに動き、呼吸をしていることだ。

 アルマンが駆け寄り、ジュリーがその後ろで周囲を警戒する。

 

「フィベリオ! フィベリオ・リッツォ!」

「…………だれ、だ…………」

 

 男は掠れた声で返事をした。目は白一色に濁り、呼吸も弱々しいが、確かに意識を保っていた。

 

「俺だ! アルマン・デュカスだ! 聞こえるか!?」

「……来て……くれた、のか……」

 

 フィベリオと呼ばれたその男は、苦しみながらも口角を上げ、再会を喜んでいた。

 

「サーバー、は……この、奥……」

「分かっている、任せておけ。土産に核爆弾も持ってきたぞ」

「ハハ、ハ……相変わ、らず、派手好きだ、な……」

 

 頬を涙が伝う。目出し帽の下で、アルマンの頬にも。

 フィベリオは安堵したように、大きく息を吐く。

 

「……君の、手で、楽に……して……」

「……分かった。ゆっくり安め」

 

 腰から拳銃を抜くアルマン。介錯にライフルでは惨いと思ったか。

 

「……リカルドに、会った、ら、伝え、ろ……お前の、服のセンス、ダサい、と……」

「よし、伝えてやる」

「勝て、よ、アルマン……我ら、の、……女神のため、に……」

「……ああ。彼女のために」

 

 サプレッサー付きの黒い銃口を、友のこめかみに押し当てる。次いで親指で安全装置を解除し、引き金に指をかけた。

 

「そしてお前のために」

 

 

 ……減音された銃声と、空薬莢が床に転がる小さな音。それと共に、友は苦痛から解放された。結晶化された下半身が未だオレンジ色に輝いているのを、アルマンは憎々しげに見つめる。

 

 ジュリーがその肩に優しく手を置いた。

 

「……行きましょう、ユナイター」

「……ああ。サーバー室だ」

 

 長年連れ添った相棒に背中を押され、アルマンは友との別れを切り上げた。目標はすぐそこだ。

 しかし。

 

《お姉ちゃん、マズイことになった!》

「どうしたの、ハレルヤ?」

《ヤツら、防衛システムの電源を根本から切りやがった! タレットで足止めしてた増援がもうすぐ来ちゃう!》

 

 敵はハレルヤからのアクセスを遮断できず、最後の手段に出たのだろう。向かって来ているのは恐らく精鋭、1個小隊だと事前に聞いていた。

 

 が、それを聞いても平然としている男がいた。“追命鬼“シェーフォン・ウーだ、

 

「オレがここで相手するよ。2人はサーバー室を」

「1人で戦う気か!?」

「できないと思う?」

 

 否、平然としているわけではない。彼の内面には今、凶暴性が渦巻いている。

 

 その時、階段を駆け上がる足音が聞こえた。

 

「ほら、行けよオッサン。入ったらドアはロックしときな」

「……死ぬなよ。タンヤンに怨まれたくないからな」

 

 アルマンとジュリーは意を決し、奥のサーバールームへ向かった。

 2人の足音とドアの開閉音を背後に聞きながら、シェーフォンはふと笑い、準備運動とばかりに気功を始めた。

 

追命鬼(死神)が死ぬかよ」

 

 

 

 

 

 

 やっとのことで26階へ到達した増援部隊が目にしたのは、悉く殺し尽くされた同僚たちの惨状だった。

 

「クソッタレ! 好き放題やりやがって!」

 

 陣頭指揮を執る青年、リカルド・ツェッペリーニは吐き捨てた。事態を収拾しても、これではここを自分に託した父親に顔向けできない。

 そんな彼の傍に立つ副官メイガスは、腕のコンピュータを確認し、ある事に気づいた。

 

「ユナイター、第5エレベーターが上昇しているようです」

「何だと?」

 

 地下の動力炉フロアと通じる、唯一のエレベーター。科学者等の非戦闘員には戒厳令が出されており、今使う者がいるとは考えにくい。

 

 リカルドは足元に転がるメイガス兵の死体、もしくは残骸にも目をやった。外傷は無く回路を焼き切られている……つまり敵は防衛システムのみならず、メイガスにまでハッキングする手段がある。汎用型とゼロ型では違いがあるかもしれないが、ここからは人間だけで行った方が良いかもしれない。

 

「よし、ネーラ。お前は他のメイガスを連れて、そっちを見に行け。サーバー室は俺たちでやる」

「了解。お気をつけて」

「お前もな」

 

 汎用型メイガス8人を伴い、副官は下の階層へ戻っていく。

 リカルドは怒りを胸に前進した。

 

 

 サーバー室前のオフィスで、シェーフォンとリカルドらは対峙した。片や目出し帽にタンクトップ姿の男1人、片やボディアーマーにヘルメット、完全武装の精鋭部隊。どう見ても戦力差は明らかだ。

 

「気に入ってたオブジェを傷物にしやがって」

 

 眉間を撃ち抜かれたフィベリオの姿を見て、リカルドは舌打ちした。次いで、腰に帯びたマチェット(山刀)を引き抜く。部下たちも同様に抜刀した。

 

「しかも気やすく銃を使うんじゃねぇよ。この部屋の機材は貴重なんだ」

 

 どう見ても他勢に無勢な中で、シェーフォンは一歩も退く様子を見せない。恐らく仲間はすでにサーバー室の中だろう。

 リカルドはニヤリと笑った。

 

「俺はリカルド。いずれファミリーの首領(ドン)となるフィガロ・ツェッペリーニの息子だ。今降伏すれば命は取らないし、何なら部下として取り立ててやってもいい」

「逆だ」

 

 シェーフォンは冷めた口調で答えた。

 

「お前らが降伏しろ。ただし、どっちにせよ殺す」

「……やれ」

 

 呆れ顔で命じるリカルド。部下4名がマチェットを振り翳し突貫する。

 

 が、シェーフォンは自ら床に倒れると、相手の足下に転がり込んだ。

 地面を転げ回りながら戦う武術・地功拳。相手の攻撃しづらい低位置からの攻防を行う技術を、シェーフォンは体得していた。

 

 反応の遅れた1人の股間に、全身をバネにした蹴り上げを喰らわせる。

 悶絶するそいつを尻目に、別の1人の足を掴み、起き上がりながら床へ引きずり倒した。

 

「う、うわあああ!?」

 

 倒された男は悲鳴を上げた。シェーフォンがそのまま足を掴んで、彼の体を投げ飛ばしたからだ。飛んだ先にあった大型のコンピュータに激突し、火花が散る。

 

 間髪置かず金的で悶えている男の頭を、サッカーボールの如く蹴飛ばして頸骨を折る。

 

「テメェ!」

 

 怒声と共に振り下ろされるマチェット。しかしシェーフォンは体をかわすと、相手の手を掴んだ。敵が抵抗する間もなく、その首を押さえ全握力を以て絞め上げる。

 

 だがその間に残る1人が背後へ回っていた。人骨など容易く断ち切る、特殊合金性のマチェット。仲間の首を絞める腕目掛け、渾身の力で振り下ろす。

 

 しかし。

 

「硬直!」

 

 シェーフォンの声、そして鈍い音と共に刃は止まった。リカルド含め、誰もが驚愕した。マチェットの刃は骨どころか、剥き出しの肌に傷一つ付けられなかったのだ。

 

 次の瞬間、唖然としていた敵兵は指を失った。シェーフォンが素手で刃を掴んでマチェットを奪い取り、それを一閃させたのだ。

 

 飛散する指と鮮血に続き、甲高い悲鳴が上がった。相手が女だからと言って容赦をするシェーフォンではない。ましてや人間の女なら。

 

「お前ら、下がってろ!」

 

 この男はヤバイ。そう判断したリカルドが自ら飛び出した。倒れた部下のマチェットを拾い、二刀流で挑み掛かる。まだ若いが、接近戦の力量は部下たちを超えていた。

 

「ウオォォォォ!」

 

 雄叫びと共に電光石火の連撃が襲いかかる。だが振り向いたシェーフォンは避けようともしない。

 

「神功護體! 硬直! 硬直!」

 

 マチェットの刃がタンクトップの布を引き裂く。それだけだった。その下の皮膚からは一滴の血も流れない。

 首筋を狙った一撃さえ、目出し帽に傷を付けたのみ。頸動脈どころか、皮膚さえ突き破らず止まった。

 

「気功か……!?」

「へえ、よく知ってるね」

 

 刹那、鈍い音が響いた。リカルドが激痛に目を見開く。何かがボディアーマーを貫通し、リカルドの腹部へ突き刺さったのだ。

 それはシェーフォンの右手、正確にはその人差し指と中指だった。ただの2本の指が金属のプレートを貫いたのだ。シェーフォンは指を捻り込んで内臓にダメージを与えると、引き抜きながら今度は左手の指を突き立てる。

 

「まあ、知ってても無駄だけど」

「グア、ァァッ……!」

「ツェッペリーニ様!」

 

 部下が助けに出ようとした瞬間、シェーフォンはその胸に強烈な蹴りを見舞った。勢いよく吹き飛んだリカルドは仲間を巻き込んで倒れ、床で苦痛に悶えた。

 血に濡れた手で残りの敵を指差し、手招きするシェーフォン。いくら来ようと同じだ、とその目が言っていた。

 

「クソ野郎が!」

「ぶっ殺す!」

 

 リカルドの部下たちは激昂し、罵声と共に殺到してくる。部屋の外で待機していた者たちも雪崩れ込んできた。

 しかし無駄だった。いかに大勢で斬りかかっても硬功がすべて弾き返し、密集している故に蹴りや拳の一撃で数人がまとめて吹き飛ぶ。「(ハイ)!」「()!」の掛け声の度、奪われたマチェットで手足が落ち、首が切り裂かれる。鍛え抜かれた大力金剛指がボディアーマーを貫く。

 

 “追命鬼”の手はあっという間に血まみれになり、床には死体が積み上がっていく。それでも相手は挑んできた。

 

 床に這わされた者たちが2人、必死で両足に組み付いた。左右からも2人、決死の覚悟で腕を抑えにかかる。それでもシェーフォンの体幹は崩せない。しかし。

 血溜りと化した床から身を起こしたリカルドが、拳銃を抜いた。

 

「くたばれ! 化け物!」

 

 血走った視線と殺意。銃声と共に放たれる弾丸。立て続けに15発撃ち尽くし、拳銃のスライドが後退した状態で止まる。

 痛みに耐えながらの射撃でも、彼の狙いは正確だった。そしてシェーフォンも避けられなかった。にもかかわらず、周囲の機器が破損した。

 

 跳弾によって。

 

「……硬直、だ」

 

 避けられるからと言って、防げないわけでは無かった。傷一つ付かない肌に愕然とする両脇の戦闘員が、額を指で貫かれ倒れた。次いで足に組みついていた者たちも蹴り飛ばされる。

 

《……チャラ男さん、絶対出て来る世界を間違えてるっしょ》

「君のハッキングも大概だと思うけどね」

 

 ハレルヤの呆れ気味のツッコミに平然と返し、リカルドへ目を向けた。半ば戦意を挫かれても、痛みを堪えて立ち上がる彼に対し、シェーフォンは尋ねる。

 

「ドリフター振興協会 特殊作戦室長グアンロン・ウー。聞き覚えは?」

「……そうか……! やっぱりテメェがシェーフォンか!?」

 

 怒声と共に仲間の屍を踏み越え、マチェットを振りかぶるリカルドだが、その刀身もあえなく素手で掴み取られた。

 

「テメェどこまでクズなんだ! テメェの親父がこの計画に……どれだけ心血を注いできたか!」

「はあ。案の定関わってたか、あのクソジジイ」

 

 協会がこの計画に関与していると聞いた時から予想していたことだ。それが事実ならあの男が知らないはずが無い。

 ため息と共に吐き捨て、シェーフォンはマチェットを離した。

 しかしリカルドの体が自由になったのは一瞬だった。直後には腕で首を絞められていたのだ。必死で藻搔いても首に巻きついた腕はビクともしない。

 

 そのまま首を折ろうとして、シェーフォンはふと思い出す。

 

「ああ、フィベリオっておじさんから伝言。君の服のセンス、ダサいってさ」

 

 その一言が、リカルド・ツェッペリーニの聞いた最後の言葉になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やりやがった! マジかよあの野郎! やりやがった! シェーフォン・ウーすげぇ!」

 

 屋上ではジンが大はしゃぎしていた。周囲を見張りつつも、各自の目出し帽に付いたカメラの映像を見ていたのだ。

 コクピットモニターの端には、先ほどまでシェーフォン目線での戦いの様子が映されていた。そして今は死体の山の中、無傷で立っている彼にアルマンがドン引きする姿も映されている。

 

「ユナイター、その言い方では、何というか、ウー殿が変態のように聞こえるというか……いや、変態ではあるか……?」

 

 ヒルデが戸惑っているのは、シェーフォンの人間離れした戦いぶりにか。もしくはいつになくテンションの高いジンに対してか。

 

「刃物どころか銃弾も弾いたように見えたが……気功というのはオカルトではなかったのか?」

「少なくともあいつに限ってはオカルトじゃなかったな。流石に手品やインチキじゃ生きてねーだろコレ」

 

 以前、ジンはシェーフォンから「人類史上、最も長く使われている武器は何か?」と問題を出されたことがある。ジンは投石だろうと答えたが、シェーフォンの答えは違った。どんな武器だろうとそれを扱う人間が無くては役に立たない。つまり人体こそが最古の武器である、と。

 あの男は自ら持論を証明して見せたのだ。

 

「俺が生身だったらあいつに弟子入りしたかったぜ」

「……君も彼も、存在する世界を間違えたのではないか?」

 

 ハレルヤと同じツッコミをしつつ、ヒルデはふと同胞のことが気になった。脚を負傷したタンヤンはアルマンのクレイドルを借り、そのコフィンに収まっている。更生プログラム用の特別仕様によって、メイガスだけでもある程度クレイドルを動かせるのだ。

 

「タンヤン、大丈夫か?」

《うん、平気》

 

 返ってきた返事は明るい声だった。屋上に残された時は契約者の上着を抱きしめ、ひたすら心配そうに彼の背を見送っていた。だが今の映像を見て、タンヤンなりに気づくことがあったらしい。

 

《あの人が、ドリフター稼業が嫌になったのって……強過ぎるせいもあるのかもしれない》

「強過ぎる?」

《うん。毎日が弱い者いじめの日々みたいに感じたんじゃないかな、って》

 

 単なる想像ではない。今までシェーフォンを話をし、一緒に戦ってきた経験からの推測だ。敵がエンダーズであろうと、人間の乗ったクレイドルであろうと、撃破した時彼は全く誇ろうとしなかった。その手腕を讃えるタンヤンにも冷めた視線を向けたため、やがてタンヤンは褒めるのを止めた。

 だがそれ以外の時、シェーフォンは優しかった。前の契約者に置いていかれた反動からか、ベタベタと甘えたくなるタンヤンを邪険にせず、可愛がってくれていた。それは彼の心の安定にも、必要なことだったのかもしれない。

 

《ボク、今後どうなろうとあの人に着いていく。前のメイガスの代わりにはなれないって悩んでたけど、もう関係ない。彼が許してくれる限り、最後まで一緒にいる》

「……そうか」

 

 同胞の決心を聞き、ヒルデはちらりと自分の契約者を見た。彼のためになることをしたい。メイガスが嫌いでも、理解し合えなくても、ジンは自分に敬意を払ってくれる。だが、自分が一緒にいることを望んでくれるだろうか。

 この作戦を終えた先に何があるのか、彼女は一抹の不安を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、中枢施設20階。

 

 エミがエレベーターの前に到達すると同時に、そこへ至る道全ての隔壁が閉じられた。フロアの警備に対しては、直前にハレルヤが陽動を行っていた。研究員たちの部屋のドアをハックして施錠し、さらに中の空調機から出火させたのである。警備員は人もメイガスもそちらの対処で手一杯となり、エミは1人をナイフで殺害するだけで辿り着けた。

 

 そして予定通り、エレベーターの中に核爆弾を設置する。敵の増援が向かっているとの報せは受けていたので、大急ぎで。

 

《そっちへ向かってる敵は隔壁で足止めしてるけど、なんか監視カメラの死角に入ったタイミングで人数が1人減ってる。気をつけて》

「了解です」

 

 レビンはエレベーターの外で警戒態勢を取る。中ではエミが接着剤で爆弾をエレベーターの床に固定していた。その作業を終え、最後に安全装置を解除する。

 後はエレベーターのケーブルを切って地下まで落下させれば良い。

 

「よし、終わった!」

 

 作業を終えた時、隔壁の外が騒がしくなった。いよいよ敵が迫っている。隔壁を破られる前にエレベーターを落下させて退散せねば。

 

 しかし。

 

 

《レビンちゃん、危ない! 天井のダクト!》

 

 ハレルヤが叫ぶ。ハッと見上げると、天井にあるダクトから金網が外れて落下し、それに続けて小さな円筒型の物体が投下された。

 

 それが何か、レビンは瞬時に判断した。

 

「ユナイター!」

 

 彼女の取った行動は早かった。アサルトライフルを放り出すと、守るべき人であるエミを押し倒して覆い被さり、彼女の頭をしっかり抱きしめたのである。

 

 

 

 その刹那。空間が閃光と轟音に満ちた。

 

 

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。
……これ、ロボゲーの二次創作だったよな? と、書いていて思わなくもなかったです。
タイトルの頭に「G」とか付けるべきか?
しかも露骨に好きな映画のパロディやっちゃいましたが、まあ連載開始時の前書きで事前告知してますんで、はい。

ちなみにメイガスの血が白いというのは公式設定ではありません。
少しは人外要素が無ければつまらないという個人的な趣味による想像です。
昔開発されていた軍用人工血液が白かったことから、その頃のSFではアンドロイドの血は白いのが多かったとか。
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