SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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22.Morto per la libertà

 

 ーー再起動処理、開始

 

 

 

 

 

 

 ーー破損したメモリーを修復中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユナイター、目標を確認!」

 

 接近するクレイドルの隊列を確認し、ビアンカは報告した。同時にスキャンを開始し、相手の機種、所属、積荷情報等を表示する。

 円筒型のボディが特徴のクレイドル・バードウォッチャー。積載量を重視し、物資の改修運搬に特化した機種だ。現に今隊列を組んで近づいて来る5機は、いずれもAO結晶を満載している。

 

「協会員に偽装していますが、メイガスの識別コードからして、旧アメイジア暫定政府の直属部隊です」

「協会サマの目を盗んで金持ちネストへ優先供給か。もしくは協会もグルか」

 

 吐き捨てるラウロ。長めの黒髪がよく似合う美青年だが、線の細い顔立ちとは裏腹に、クレイドルの操縦装置に乗せる手は鍛え抜かれた格闘家のそれだった。首には髑髏の掘られたカメオのペンダント、腰には大口径のリボルバーとナイフ。如何にも武闘派と言った風態だ。

 

「いずれにせよ、本来受け取るはずだった人たちに返してもらう」

「はい。やりましょう。キルゾーンまでおよそ1分」

 

 ビアンカは力強く頷いた。乗っているクレイドルはボウイラビットと呼ばれる、比較的スタイリッシュな機種だ。高性能機だが値段相応かは意見の分かれるところで、ラウロが愛用しているのは高級車愛好家のような感覚に近い。

 

「心拍数上昇。ユナイター、落ち着いて」

「じゃ、ほっぺにチューでもしてくれ。落ち着くから」

「帰ったら痕が残るくらいしてあげます」

 

 足元を通る敵をスコープで監視する。こちらは高台、そして偽装網で機体を隠蔽してある。ラビットの名の由来である2つのプレートアンテナはネットに引っかからないよう折り畳んでいた。見つかる可能性は低い。

 

「5、4、3……」

 

 ビアンカの秒読みを聞きながら深呼吸。クレイドルの指を狙撃銃のトリガーにかける。

 

 優先して狙うのはマークスマンライフルを持っている機体だ。この距離ではカウンタースナイプを狙ってくるだろう。

 ラウロは最初、敵のコフィンを照準器で追っていた。が、ふと脚部に狙いを移した。

 

「2、1……!」

 

 刹那、下方で爆発が起きた。予め仕掛けた地雷が作動したのである。先頭の1機が吹き飛んで倒れ、残りは一斉に円陣を組もうとした。

 

 しかしその前にラウロが撃った。ビアンカが風向・風速を計算して照準をアシストし、重力による弾の落下も計算に入れて、大口径の実体弾が射出される。

 狙い違わず敵の下半身へ、吸い込まれるように命中した。

 

「命中! 目標、膝を着きました!」

 

 相棒の報告を聞きながら、ラウルはライフルの槓桿(ボルトハンドル)を引いて空薬莢を弾き出し、次弾を薬室へ送り込んだ。

 股関節を破壊されたバードウォッチャーは擱座したが、それでも自分のライフルをこちらへ向けてきた。今の一撃で位置を見抜いたか。

 

「武器を破壊する」

 

 ラウロは再び撃つ。その途端にバードウォッチャーの持つライフルは引き裂かれ、まるで花が咲いたような形になった。銃口を正確に狙われたのだ。

 

 敵は浮き足立った。凄腕のスナイパーがいると分かったのだろう。

 

 そこへ今まで潜んでいた仲間たちが襲いかかる。勝利を確信しつつも油断することなく、ラウロは次の敵に照準を合わせた。

 

 

 

 

 結果、ものの数分で敵輸送隊は壊滅した。

 幸い雨は降りそうになかった。ラウロと仲間たちは動けなくなった敵機からドリフターとメイガスを降ろし、地面に跪かせた。積み込まれていたAO結晶は奪い取り、味方機……やはり積載量に優れたジュリエッタオーガへ移す。

 

「どの結晶もかなりの純度です。みんな喜びますよ」

「そうだな」

 

 ビアンカもラウロも満足げだ。

 

 撤収の号令をかけようとした、その時。不意に、跪かせた敵兵達の方から騒ぎが聞こえた。

 

 見ると彼らを徒歩で見張っていた手下の1人が、敵兵のメイガスを連れ去ろうとしていた。スタンガンか何かで意識を失わせたらしく、その女性型メイガスは全く抵抗できない。

 近くでは縛り上げられた敵兵……恐らくそのメイガスの契約者が必死で叫んでいた。見張りはもう1人いたが、その敵兵に銃を向けながらも、仲間の暴挙を懸命に制止している。

 

 ラウロはそちらへ機体を振り向かせた。

 

「おい、何をしている!?」

 

 クレイドルの外部スピーカーで怒声を響かせる。止めようとしていた手下はラウロの性格をよく知っていたため、頭を抱えた。

 しかしメイガスを抱え上げた男はヘラヘラと笑う。

 

「上玉ですよ、ボ、ボス。高く売れる」

「結晶を持ち帰るのが目的だと説明した」

「ぶっはは、ネストの報酬なんてタカが知れてるじゃないですか。こ、このくらいの役得はあってもいいでしょーよ」

 

 笑いながら片手で何かを取り出し、自分の口に当てた。薬の吸引器、しかし中身は恐らく喘息の薬などではない。ならず者のドリフターにはよくあることだ。

 

「ハァ、何なら売る前に、ボスも一晩使ってみたらどうっすかぁ?」

「……なるほど」

 

 ラウロはクレイドルの手を差し出した。男は相変わらずヘラヘラした様子で、メイガスをそこへ乗せる。髪をツインテールに結った、可愛らしい顔立ちだ。

 

 ビアンカの方は何も言わない。ラウロが何をするか、もう分かっているからだ。彼はそのメイガスをゆっくりと、拘束された契約者の隣へ降ろしてやった。

 

「あァ? ちょっと、ボス。なーに聖人ぶって……」

 

 手下の言葉はそこで止まった。薬物のせいで恐怖心が欠落していたからこそ、ここまで怖いもの知らずだったのだろう。だがクレイドルの手で掴み上げられれば流石に恐怖を感じたようだ。

 

「……お前ら、よく聞け」

 

 必死で暴れ、マニュピレーターから抜け出そうとする男を高らかに掲げて、ラウロは他の手下たちを見やる。指で十字を切る者もいた。

 

「血の色が赤か白かは関係ない、女性には敬意を払え。できない奴は俺の部下に不要だ」

「クソが! 離しやがれ、このーー」

 

 彼がどんな暴言を吐こうとしたのか、それは永遠に分からなくなった。ラウロはすぐに彼を地面に叩きつけ、クレイドルの脚で踏み潰したからだ。

 そのまま足を元の位置まで引きずって戻し、血と脳漿が地面に刷り込まれる。

 

「おい」

 

 見守っている部下の1機を指差すラウロ。その部下は即座にコクピットのハッチを開け、シートの上に起立した。

 

「いくら数合わせだからって、もっとマシな奴を選べ。殺すぞ」

「申し訳ありません、アニキ!」

「こいつのクレイドルはお前のメイガスに操縦させろ。ケツは守ってやるから安心しな」

「承知しました!」

 

 彼はすぐに自機のコフィンを開けた。今しがた処刑された男のメイガスは汎用型で、それも自立心をかなり低く設定されたタイプだ。主人の仇を討とうなどと考えることは無い。

 

「ユナイター。早く引き上げましょう」

「ああ、ここは敵地だからな。帰るぞ!」

 

 スナイパーライフルをサブマシンガンに持ち替え、ラウロは撤収にかかった。意気揚々と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、帰還したラウロ一行を出迎えた地上ネストは喜びに満ちた。「横取りされたAO結晶をサンジョベーゼが取り戻してくれた」「これで冬を越せる」と。

 

 一方でラウロはビアンカを伴い、自分の借りている錆びついたガレージへ帰ってきた。愛機ラビットの清掃とメンテナンスを行い、ライフルの銃身内に洗桿を突っ込み煤を拭き取る。ライフリングを摩耗させないよう、真っ直ぐに差し込まなくてはならない。

 

「ユナイター、今日の反省点ですが」

「ああ、クレイドルで踏み潰すのは少し酷かったか?」

 

 清掃を終え、冗談めかして答えるラウロ。対するビアンカの方は真剣だ。

 

「いえ。ユナイターは最年少幹部ですから、侮られないためのパフォーマンスが必要と理解しています」

「うん」

「私が問題だと思うのは狙撃の方です」

「外さなかった」

「はい。ですが敵クレイドルのコフィン、もしくはコクピットを狙えたのに、わざわざ脚を狙いましたよね?」

「……行動力を削げるだろ。積荷に傷も付かないし」

「先制攻撃のチャンスを作ったのですから、一撃で致命傷を与えるべきです。それにコフィンを狙ったとしても積荷への被害は……」

「そんなことより、ビアンカ」

 

 話を遮ると、甘いマスクに笑顔を浮かべて彼女の肩を掴んだ。

 

「約束を守れよ。ほっぺに痕が残るくらい熱いキス、してくれるんだろ?」

「……そうでしたね」

 

 ビアンカはにっこりと笑い、彼の顔に口を寄せる。そして……。

 

「いてっ!」

 

 ラウロが声を上げて離れた。

 

「お前なあ! 契約者のほっぺに噛み付くメイガスがあるか!?」

「ユナイターが真面目に聞いてくれないからです」

「いいじゃねーか! 狙いはAO結晶で相手の(タマ)じゃねぇ!」

 

 仕返しにビアンカの頬を引っ張りながら、声を荒げるラウロ。その言葉通り、今日相手にしたアメイジア兵もそのメイガスも、恐らくは生き残っただろう。彼らのクレイドルに積まれていたサバイバルキット……水と食料、青い雨を凌ぐテントなどはそのまま残したのだ。

 ビアンカもそのことに口出しする気は無い。

 

「戦闘では可能な限り早く、敵から反撃能力を奪うべきです! 今回も最初に脚を撃った敵機はカウンタースナイプを狙ってきました!」

「対処できただろ!」

「間に合わなかったらどうするんですか!?」

「間に合うように日頃から訓練してる! 今日処刑したみたいなヤク中のクズだった殺すが、そうでなきゃわざわざ殺さなくたっていい!」

「処刑は正当でしたが、彼は一応味方でした! アメイジア軍は敵でしょう!?」

「敵だからってさぁ、お前らメイガスは『人類の良き隣人』ってコンセプトで作られたんだろ! わざわざ殺人を煽るなよ!」

「殺人を推奨しているわけではありません! ユナイターの生存率向上のため、不要な情けは……!」

「ったく、ああ言えばこう言う!」

「それはユナイターでしょ!」

 

 そんな口論の最中、ラウロはふと息を吐いてロッカーに向かった。中からギターを引っ掴んで取り出し、ソファに腰掛ける。

 

「ユナイター!」

「……俺も最初コフィンを撃とうとはしたよ。今日はな」

 

 気恥ずかしげに話しながら、使い込まれたギターの弦を調整する。音楽は仕事を終えた後の日課だった。

 

「けど、やっぱり考えちまった。あのコフィンの中にいるメイガスが、お前とそっくりな奴だったら……とか」

「……」

「契約者と仲良いのかな、とかさ。あとメイガスだけ死んで人間の方だけ生き残ったら、メチャクチャ怨まれるだろうな、とか。分かっちゃいるよ、マフィアのくせに甘いってのは」

 

 しばらく、沈黙が流れた。ビアンカの脳は量子演算をひっきりなしに続けているが、その高度な人工知能でも正しい答えを見つけられるかは分からない。

 生存性を考えるだけだなら甘さを捨てるべきだ。しかし彼の優しさや義賊気取りは長所であり、部下からの人望が厚いのもそのためだ。今日のように命令を無視した者は容赦なく罰するが、その毅然とした態度に戦闘技術、他者への思いやり、報酬分配の公正さがあるから手下がついてくる。

 

 それを全否定するのは正しいことではない。ビアンカもその点で葛藤していた。

 

「……今日はもう、この話は止めましょう」

 

 契約者と共に成長する義務はあっても、ストレスを与えることが仕事ではない。ラウロも「そうだな」と笑った。

 

「何か楽しい話はあるか?」

「ツェッペリーニ様から連絡がありました。以前お話のあった、エネルギー問題解決プロジェクトに関して……」

「ああ、アレか。気にはなるけど、仕事のこと以外にしてくれ」

「……では、個人的な疑問と好奇心からの質問、よろしいですか?」

「どうぞ」

 

 ビアンカが隣に腰を下ろし、ラウロはその肩を抱き寄せる。

 

「ドリフターの大半はメイガスの発注時、容姿を自分の好みに合わせ編集しています。ユナイターは何故、私の顔をGrau型のデフォルトのままにしたのですか?」

「……あー、別の顔が良かったのか?」

「いえ。ただの好奇心です」

「……面倒だったからだよ。そのままでも可愛いし。よし、話も止めだ、歌おうぜ」

「あ、何か隠してますね?」

 

 質問を無視してピックを手に取り、ギターをかき鳴らし始めるラウロ。こうなってしまうともう話を聞かないことを、ビアンカはよく知っている。

 ガレージに歌声が響いた。

 

 

 ーUna mattina mi son svegliata(ある朝 僕は目覚めて)

 

 ーO bella, ciao! bella, ciao! bella, ciao, ciao, ciao!(さらば さらば 愛しき人)

 

 ーUna mattina mi son svegliata(ある朝 僕は目覚めて)

 

 ーE ho trovato l'invasor(侵略者を見たり)

 

 

「歌えよ、ほら!」

「ふふっ、了解です」

 

 2人は声を合わせて歌う。イタリアの民謡。恋人に別れを告げ、パルチザン(抵抗運動)へ身を投じる若者の歌。元々は短調の暗い曲だが、ラウロは元の雰囲気を保ちつつもやや陽気な曲調にアレンジしていた。

 彼は自分のルーツであるイタリアに憧れを抱いていた。祖母から教わったというこの歌をビアンカにも教え、仕事終わりにこうして歌うのが一番の楽しみだ。

 

 ビアンカはそんな彼を支え、共に歩んで行けることに喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー破損したメモリーを修復中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かなビルの中を、ビアンカは1人歩いていた。美しく清潔感のある内装で、地上ネストにしてはかなり贅沢な作りだ。壁に飾られているのは『新月の涙』による大崩壊以前のデータから復元された、絵画の数々だ。

 

 そしてふと窓の外を見れば、ネストを上から見下ろせる。この景色こそが、自分のユナイターたるラウロが掴み取った地位の証だ。彼と契約を交わしてから5年。ここまで来たことを、本来なら誇るべきだろう。

 

 しかしその夜景には電灯の明かりではなく、見渡す限りオレンジ色の輝きが満ちていた。高純度のAO結晶が発する光だ。

 

「……アムリタ計画。エネルギー問題の解決。ファミリーの掌握。協会、アメイジア暫定政府との和平締結……」

 

 AIであっても、メイガスは独り言も口にする。ある程度経験を積んで個性の育った者は、そうした『無駄』とも言える部分も人間的になっていく。

 今ビアンカの口にした計画の内容は、それだけ聞けば素晴らしいものだった。しかし。

 

 眼下に見下ろすAO結晶が、何から作られたか。

 

 

「ビアンカ。どうかしたのか?」

 

 凛とした声に振り向くと、迷彩服を着た女性型メイガスが立っていた。メイガス間の上下関係は薄いが、双方の契約者には上下がある。

 

「ネーラさん。ユナイターへ夕食をお持ちする所です」

「そうか」

 

 ビアンカの手にした糧食の袋をちらりと見て、ネーラはほんの少し考えた後、再び口を開く。

 

「ビアンカ、お前の契約者だが、最近仕事中の集中力に欠けるとの報告が上がっている」

「……一時的なものと思われます」

「私のユナイターは落胆しているぞ。成果も右肩下がりで、話をしようと食事会へ誘っても断られていると」

 

 話しながら、ビアンカの隣で街……もといAO結晶の『畑』を見やるネーラ。彼女の契約者たるリカルド・ツェッペリーニとその父親がここの管理者であり、サンジョベーゼ・ファミリーにおけるこの計画の主導者だ。

 

「ここはようやく軌道に乗り始めたが、維持するにはまだ多くのエンダーズ素材が必要だ。EECの完成度を高めるためにもな。それにこの『畑』はアムリタ計画の第一段階に過ぎない」

「承知しています。ユナイターには今一度気を引き締めるよう、進言します」

「ああ、だが厳しくし過ぎるなよ。どんな人間でも心が常に強いわけではない。精神に不調があるならセラピーを利用させろ」

「はい。お気遣いに感謝します」

 

 ビアンカを一礼して話を切り上げ、契約者の元へ急いだ。本心を内に秘めて。

 

 

 

「……ユナイター。お夕飯ですよ」

 

 微笑みと共に部屋へ入り、ビアンカはため息を吐いた。本物の木材のテーブル、窓を覆い隠す刺繍入りのカーテン。踏み心地の良い絨毯。優雅な部屋の真ん中で、ラウロは大イビキをかいて眠っていた。

 近寄るとアルコール臭が鼻を突き、近くにはテーブルには空の瓶が転がっている。

 

 上司であり親友でもあったリカルドに誘われ、このネストへ来た。それから日に日に彼の生活は酷くなっている。時にはビアンカに当たり散らすなど、以前では考えられない行動も見られる。

 原因は分かっていた。彼の良心が悲鳴を上げているのだと。

 

「……んぁ……ビアンカ、か……」

 

 うっすらと目を開け、譫言のような声で相棒の名を呼ぶラウロ。顔は赤く染まり、口の端からは涎を垂らし、せっかくの美形ぶりが台無しだ。

 

「今日は……もう、寝るわ……」

「……ふふっ。分かりました、お運びしますね」

 

 顔を覗き込んで優しく微笑み、ビアンカは彼をそっと抱き上げた。

 

「んぁー、結構力持ちだよな、お前……」

「メイガスですから。このくらいの力はあります」

「ついでに、胸もそれなりに……」

「はいはい、お触りはダメですよ」

 

 まるで子供に言い聞かせるように、ゆったりとした口調で宥めながら、ラウロを連れて行く。

 

 寝室ではなく、バスルームへ。

 

「んあ? 何かベッドが硬いぞ……」

「はーい、じっとしていてくださいねー」

 

 タイルの上に寝かせた彼に満面の笑みを向け、シャワーヘッドの向きを軽く調整してコックを捻った。

 

「うごっ!?」

 

 たちまち顔面に冷水を浴びせられ暴れるラウロ。彼が身を起こした所で、ビアンカは水を止めた。

 

「おいっ! お前、何を……!?」

 

 半ば酔いが覚めて抗議する彼を抱きしめ、その耳元に口を寄せた。ビアンカの人工知能は最後にもう一度、この選択が正しいのか検討した。が、答えは変わらなかった。

 意を決し、小声で囁く。

 

「ここから抜け出しましょう。私にはアムリタ計画が正しいとは思えません」

「……お前」

 

 ラウロは目を見開いた。

 

「人類の未来のため、エネルギー問題の解決は必須です。ですが人類の存続とは、単に子孫を残すことでは無い。ユナイター、貴方からそれを学びました」

「俺、から?」

「人類を守るということは、歴史、文化、生活、様々なものを同時に守っていくこと。お祖母様から教わったイタリアの歌を受け継ぎ、私にも伝えてくれた貴方から、私が得た答えです」

 

 ずぶ濡れになったラウロと目を合わせ、ゆっくりと訴える。ラウロはじっとそれに耳を傾けた。

 

「小さなネストも、飢えや寒さと戦いながら未来を信じて地上を開拓する人々も、そうした人類の営みの1つ。それをジェノサイドして『未来のため』など間違っています」

「…………ビアンカ。俺は……」

 

 ゆっくりと息を整えながら、ラウロはビアンカの肩を掴んだ。まだ酔いが覚め切っていないからか、まるで縋るように。

 

「俺は何のために、マフィアになったんだっけ……?」

「『アメイジアに虐げられ、協会に切り捨てられた人々を助けるため。弱い人々を助ける、物語の義賊を現実にするため』。お会いしたばかりの頃、そう仰っていましたよね」

 

 それを聞いて、ラウロは相棒を強く抱きしめた。メイガスの体は人間同様に柔らかく、温かい。

 

「あの頃の俺が見たら、情けないって呆れるだろうな。正しいことが何か分かっていても、背中を押してもらわなきゃ決心がつかないなんてさ」

「背中は私に預けると、そうも仰ったじゃないですか。ご自分を見放さないでください」

「……やっぱお前、最高だよ。そうだな、自分を見放した時が敗北の時だ」

 

 ビアンカの顔を正面に捉え、しばし見つめ合う。白い髪、赤い瞳、端正な顔立ち。唯一人間と違う、喉のナブラ端子。

 そしてピンク色の唇。

 

「なあ。ほっぺは噛んでも、舌は噛まないでくれよ」

「……うーん、どうしましょっか……」

 

 契約者の意図を察し、悪戯っぽく笑うビアンカ。

 

 そんな彼女の唇を、ラウロは即座に奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー破損したメモリーを修復中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土砂降りの雨の中。増水した河を見下ろす崖の上で、3機のクレイドルが逃避行を続けていた。

 

《俺たちが食い止めます! アニキは行ってください!》

《ラウロさん、手下になれて光栄でした!》

 

 外部スピーカーで別れを告げ、部下たちのクレイドルが反転していく。ラウロは目を見開いた。

 

「レオナルド! アレッシア! 止せ!」

「ユナイター! 足を止めないで!」

 

 ビアンカは後ろを振り返りながらも必死で叫んだ。追っ手はたった1機……EECスキッソール。クレイドルであってクレイドルではない、四足歩行の化け物だ。

 高出力のスラスターで迫ってくるそれに、部下たちは必死の銃撃で応戦した。

 

 しかし蛇行しながら急接近してくるスキッソールを止めるには至らず、1機がその高周波ブレードで両断される。残る1機は距離を詰められながらも、チェーンソーで果敢に応戦しようと試みた。だがその勇気も虚しく、機体は残骸へと変わる。

 

「ビアンカ、あいつらは……」

「振り向いちゃ駄目です!」

 

 オーバーヒート寸前でブースターを制御し、ラウロの駆るラビットは逃げ続ける。だが距離は徐々に詰まり、スキッソールのガトリング砲が回転を始めた。

 

「撃ってきます!」

「くそっ!」

 

 咄嗟に期待を左右へ振るラウロ。崖から転落しないよう注意しつつ、何とか射弾を回避する。

 それでも距離が詰まるにつれ、敵の射撃は正確になる。やがて強い衝撃が背部を叩いた。

 

 コフィンに被弾した。そう察した途端、ラウロは機体を反転させた。コフィンの中身……愛する女を守るために。

 

「ユナイター! 駄目!」

 

 ビアンカが叫んだ直後、弾の雨がコクピットを襲った。頭部のプレートアンテナを引き千切っただけではない。モニターにヒビが入り、弾け飛んだ内部構造の破片がラウロの腹部に突き刺さる。

 

「ぐあっ……!」

「ユナイター!」

 

 愛機は数歩下がって崖っぷちで踏み留まり、ガトリング砲の猛射は止んだ。

 

 

《ラウロ・ベットーニ殿》

 

 スキッソールの外部スピーカーから、女の声が響いた。ビアンカが目を見開き、拳を握り締める。

 

「ネーラ……!」

《私のユナイター、リカルド・リッツォから伝言です。失望した、と》

 

「ネーラ! 待って!」

 

 ビアンカは叫んだ。

 

「脱走するように言ったのは私です! 彼の意思ではありません!」

《EECのデータまで持ち出してか? これは脱走ではなく離叛だ》

 

 冷たい声で告げ、再びガトリング砲が回転を始める。下手に接近戦でトドメを刺しては、自分も崖から転落しかねないからか。

 

《契約者に殉じて消えろ、不良品》

「……ビアンカ! 歯ァ食いしばれ!」

 

 

 ラウロが痛みを堪えて叫んだ、その刹那。

 ボウイラビットは崖から飛び降りた。

 

 一度岸壁へぶつかったのち、増水した河へ転落する。スキッソールは上から猛射を浴びせたが、激流に流されるボウイラビットはやがて見えなくなった。

 

 

 

 

 その後、ラウロは下流で倒木に機体が引っかかり、何とか岸へ上がることができた。そして運良く、近くには雨を凌ぎつつ身を隠せる洞窟があった。

 しかし。

 

「ユナイター! ユナイター、しっかりしてください!」

 

 ビアンカは必死で応急処置を続ける。ラウロの傷自体も深いが、問題はそれだけではなかった。

 銃撃で割れた装甲から、ブルーシストに汚染された河の水が流れ込んでいたのだ。触れただけで死に至る青い水は傷口にも侵入し、ラウロの体を死の毒が侵していく。クレイドル備え付けの救急キットだけではどうにもならない。

 

「……俺の、助かる確率は?」

 

 掠れた声で尋ねる契約者に対し、ビアンカは何も言えなかった。自分の頭脳が算出した確率を、何度も何度も否定しようとした。

 だが無駄だ。自分には彼を救う手立てが無い。

 

 そんなビアンカを見て、ラウロは不意に微笑んだ。

 

「……俺、さ。会う前から、お前に一目惚れしてたんだ」

「……え?」

 

 唐突な言葉に、彼の意図が理解できないビアンカ。

 

「広告に載ってたGrau型の写真を見た時に、さ……それでデフォルトのまま、お前を……」

「ユナイター! 今はそんな話をしている場合じゃ……!」

「けど……実際に一緒に過ごしてきて、お前は中身も最高で……」

 

 苦しい息の下で、それでもラウロは白い歯を見せて笑っていた。ビアンカの手をそっと握り、声を搾り出す。

 

「……アムリタ計画は誰かに阻止して欲しい……けど、それはお前じゃなくたっていい。自由に生きてくれ」

「……そんな」

「でなきゃ、俺より良い契約者を見つけてもいい……お前が幸せに生きることが、俺の、最後の……」

 

 ビアンカは力の抜けていく彼の掌を、両手でしっかりと握った。

 

「ユナイター」

「ラウロと、呼んでくれ……」

「ラウロ。お気持ちは嬉しいですが、その命令には従えません」

 

 彼は閉じかかった目を微かに開く。

 

「今まで貴方を尊敬し、愛してきました。もっと上手く支えられたかもしれません。ドリフターなんて辞めるよう、進言すべきだったかもしれません」

 

 頬を涙が伝うも、ビアンカは彼の目をしっかり見て訴えた。

 

「私はそんな不出来なメイガスでも、メイガスなりの誇りがあります。せめて、貴方のやり残したことをやらせてください」

「…………やっぱお前、最高……」

 

 ラウロはまた笑顔を浮かべる。

 

 そして、目を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……必ず、ここへ戻ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんな手を使っても、あの忌まわしい『畑』を焼き払い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方の気に入りそうな場所を見つけて、迎えに来ます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、その時まで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Bella ciao(さようなら 愛しい人)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー再起動処理、完了。

 

 

 

 

 








お読みいただき、ありがとうございます。
今更ですが、「Bella Ciao」は作者不明の民謡、サブタイトルに歌詞を使った「敵は幾万」「戦友」は著作権が失効しております(「戦友」は歌詞のみ)。
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