SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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23.ピシュタラ吠ゆる

「落ち着け。無駄な抵抗は止めろ」

「ッメてんじゃねーぞコラァ! 無駄かどうかテメェが決めんじゃねェ!」

 

 ビアンカが目を覚ました時、耳に入ったのは耳障りな罵声だった。

 今いるのはエレベーターの中。床に倒れた自分を庇うようにして、人間の少女が前に立ち塞がっている。

 

《エミちん、レビンちん! 今チャラ男さんがそっち向かってるから、何とかハッタリかまして時間稼いで!》

「あーしと相棒が死んだら仲間がこいつを遠隔起爆すっぞ! 月まで吹っ飛びてェかブリキ女!」

 

 威圧的に叫びながら、彼女は床に置かれたトランクケースをナイフで指し示す。

 

 彼女が誰なのか、何故自分を守ろうとしているのか、分からなかった。だが今彼女に銃を向けている部隊……それを率いるメイガスには見覚えがあった。

 

 ネーラ。かつての仲間であり、自分から大事な人を奪った相手。

 

「冷静に考えろ。この計画は我々だけで行っているわけではない。ここで自爆テロなどして何になる?」

「あーしがスッキリする!」

「ふざけるな!」

 

 それまで平静を装っていたネーラが声を荒げた。彼女を感情的にさせるなんて大物だなと、ビアンカは少し愉快な気分になった。体を起こそうとするが、まだ姿勢安定系が再起動できていないようで、立つことはままならない。

 

「それでアムリタ計画を止められると思っているのか!?」

「敵は幾万ありとてもォ! 全て烏合の勢なるぞォ!」

 

 少女は自棄になったのか、或いはそう装っているのか。突如声を張り上げて歌い出す。

 

「烏合の勢に非ずともォ! 味方に正しき道理有りィ!」

「いい加減にしろ! すでにお前たちの負けだ!」

 

 語気を強めつつも、トランクの中の爆弾のせいで撃つに撃てないようだ。エレベーターの中なので包囲することもできない。

 

 その隙に姿勢安定システムの自己修復を進めつつ、ビアンカの脳内では目の前で突っ張っている少女の記憶も復元されてきた。

 

 彼女は自分の大事な人だ。ラウロと同じく。

 

「っせェわボケコラ腐れ外道がァ! 自分を見放すまでは負けてねェわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ーー契約者の存在を確認

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エミちゃん、よく言った」

 

 その言葉と共に、すでに破られたシャッターから飛び込んで来る者がいた。

 

 “追命鬼”シェーフォン・ウー。破れたタンクトップを脱ぎ捨て、半裸に目出し帽というその出立ちは、最強のドリフターというより変質者だ。

 だがネーラが咄嗟に銃を向けた途端、彼の飛び蹴りが胸部を捉えた。

 

「が、はっ……!?」

 

 大きく吹き飛ばされるネーラ。着地したシェーフォンは即座に、周囲にいる汎用型メイガスを始末しにかかる。

 

「悪いね。全部のメイガスに優しくはしてあげられない」

 

 敵は策を誤っていた。エレベーター内にいるエミたちを追い詰めるため、狭いエリアに密集し過ぎていたのだ。ネーラ指揮下のメイガス兵も、他から集まった数名の人間も、味方撃ちを恐れて迂闊に発砲できない。

 

「硬直!」

 

 突き出された銃剣を気功で防ぎ、顔面に強烈な殴打を見舞う。別のメイガス兵は喉のナブラ端子を指で刺し貫かられた。

 

「クソ、化け物が!」

「距離を取れ!」

 

 それでも背後を取って銃撃を試みる警備員がいた……が、彼もまた背後への警戒を怠っていた。

 エミが動いたのだ。

 

「させるかボケェ!」

 

 ナイフを脇に構えて体からぶつかる、ストリートの喧嘩屋殺法。タイミングさえ見極めれば必殺の一撃となる。

 

 当身で体幹を崩し、即座に脇腹へバタフライナイフを突き入れる。斜め上向きに、肋骨を避け肺を狙っての一刺し。刃が引き抜かれた時、警備員の悲鳴や流血と共に空気の抜ける音がした。

 

「う、ぐァァァ……!」

 

 銃を手放して脇腹を押さえる警備員の喉へ追い打ちの一突き。

 その体を遮蔽にしながら、別の警備員目掛けてアンダースローでナイフを投擲する。刃が喉に突き刺さった直後、銃声が響いた。

 

 ジンからもらったリボルバー銃を、エミは常に懐へ隠し持っていた。17歳の少女が扱うにはいささか大きいそれを片手で、しかもほぼ腰撃ちで頭に命中させたのである。

 

「ナメんな外道ども! こちとら生身の方が慣れてんだよォ!」

 

 立て続けにもう1人射殺するエミ。距離を取ろうとする敵をシェーフォンが追撃する。

 流れは変わった。

 

 

「ユナイター……ユナイター、応答を……!」

 

 ネーラは呻きながらも身を起こそうとする。シェーフォンの飛び蹴りはメイガスと言えど内部構造が損傷する威力だった。

 腕のウェアラブルコンピュータでリカルドと連絡を取ろうとするも、そこに表示されたのは『生体反応ロスト』という無情な文字だった。

 

「そんな……!」

 

 愕然としたネーラだったが、次の瞬間には腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 主人は大義に殉じた。ならば自分もできる限りのことをせねばならない。例えこの施設が核の炎で焼かれようと、せめてこの小娘は生かして返さない。

 

「思い通りにさせて……たまるか!」

 

 が。

 その手の甲を銃弾が貫いた。そして首にも1発。

 

「が……ッ!」

 

 白い血を流しながら、撃った相手を見やる。先ほどまでエレベーターの中で倒れ伏していたメイガスだ。サプレッサー付きの拳銃を構え、1歩、2歩と近寄ってくる

 

「……ネーラ。今度は貴女が、失う側になったんですね」

 

 片手で拳銃を保持したまま、彼女はヘルメットマスクを脱ぎ捨てた。白い髪と肌、赤い瞳……デフォルトのGrau型の顔がネーラを見下ろす。

 

「気持ちは分かります。でも私も、二度も貴女に奪わせはしない」

「貴様……ビアンカ……!?」

 

 次の瞬間。目を見開いた彼女へ別の銃弾が撃ち込まれた。

 より大口径のリボルバーから放たれた1発はメイガスの頭骨フレームも貫通し、内部の機能を完全に破壊したのである。

 

「安らかにくたばれ」

 

 物言わぬ残骸となったネーラを見下ろし、エミは周囲の状況を確認した。集まってきた敵は彼女とシェーフォンで制圧し、他の警備員はまだ隔壁で妨害されている。一時的とはいえ、安全を確保した。

 

「レビンちゃん、大丈夫?」

「……はい。ユナイターこそ、お怪我はありませんか?」

 

 ビアンカ、或いはレビンは拳銃に安全装置をかけ、彼女の頭からつま先までを一瞥する。負傷した様子は無い。

 

「うん、あんたのお陰でね。あの時あーしの目と耳を塞いでくれなきゃ、2人とも気絶して捕まってたよ。ありがと」

 

 敵がダクトから落としてきた手榴弾はスタングレネードだった。エミが爆弾を仕掛けようとしていることを予想し、誘爆を恐れて非殺傷武器を使ったのだろう。流石に核だとは思わなかっただろうが。

 レビンはふーっと、大きく息を吐いた。

 

「……今度は、守れた」

《よーし、それじゃ仕上げをしよっか》

 

 ハレルヤがエレベーターをハックし、内扉のみを閉めた状態で下降させた。エレベーターシャフトと昇降ケーブルが丸見えになる。

 

 エミが撃鉄を起こし、狙いを定めて撃つ。フルオート以外の火器は本当に得意なようで、弾丸は見事にケーブルを切断。エレベーターは落下して行った。

 

《OK! これで動力炉までノンストップだね》

「オッサンたちは屋上へ戻った。オレたちも急ごう」

「了解ッス!」

 

 その前に投げたバタフライナイフを回収し、ネーラの瞼を閉ざしてやるエミ。「敵ではあれど亡骸に 花を手向けて懇ろに」と口ずさみながら。その姿に何となくラウロの面影を感じるレビンだったが、それを語るにはまだ早い。

 まずは無事に撤収せねば。しかし。

 

 3人は不意に震動を感じた。床に落ちている空薬莢が転がる。

 地震では無い。断続的なそれはむしろ、足音に近かった。

 

《うわ、マジ!?》

 

 ハレルヤの叫びの直後。

 破られた隔壁の向こうに、何かが強化ガラスの窓を突き破るのが見えた。細長い、しかし人間から見れば大きな金属の脚だ。

 それはすぐに引き抜かれ、駆動音と共に上階へ登って行った。

 

「……今のって」

「EEC……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一難去ってまた一難。屋上を押さえていたジンたち、そして合流したアルマンらも、ビルの外壁をよじ登るそれに気づいた。

 

 四脚クレイドル、EECスキッソール。ただでさえ異形のクレイドルだったが、最早クレイドルですらなくなっていた。

 

「エンダーズ反応が強まっている! 寄生型と変わらない!」

「まあ見るからにそうだな」

 

 妙に冷静なジンの言葉通り、今のEECは外見からして半ばエンダーズだ。

 装甲には繊維状の組織が絡みつき、コフィンのハッチは内部から破裂してひしゃげている。その中からはインキュベーターに似た百足のような触手が4本飛び出し、グロテスクに蠢いていた。

 

 コクピットのハッチは開いたままで、操縦士はもういない。コフィンに搭載されたエンダーズの意思のみで動いているらしい。

 しかしAO結晶に目もくれず、仲間の元へ帰ろうともせず、ただ屋上を目指して這い上がって来る。元から足にパイルバンカー方式のアンカーを搭載していたようで、それを壁に突き立てていた。

 

「暴走状態か。我々を殺しきれなかったのが、よほど不満なのか……?」

《ジュリー、ハッキングで止められないか!?》

《やってるけど……駆動形が物理的にエンダーズに乗っ取られてるみたい。システムに動作不良を起こしても無駄だわ》

「ったく、ワケ分かんねー物を面白半分に兵器の素材に使いやがって。ピシュタラ計画の方が擁護の余地は……」

 

 その刹那、4つの触手の先端が赤く発光した。そこが突然肥大したかと思うと、巨大な目玉のような器官が表出してこちらを見据える。

 

《退がれ!》

 

 強烈な閃光と共に放たれるエネルギーの雨。雨と言っても、下から上に。

 咄嗟に機体を後ろへ引っ込めたジン達の眼前に、赤い光弾が大量に打ち上げられていく。クレイドルへ向けて撃たれれば避ける隙間すらない弾幕だった。ネストの天蓋が崩れ、破片が地上へ落下する。

 

「おー、何かアイスキャンデーみたいなエネルギー弾だな。赤いからイチゴ味か?」

「言ってる場合か! 甘党も大概にしろ!」

 

 冷静を通り越して能天気なジンに、流石のヒルデも怒鳴りつけた。だがそれに対して、彼の人工声帯からは微かに笑い声が漏れた。

 

「悪ぃ悪ぃ。何つーか、この体になる前も含めて過去一、心が弾んでるんだよ」

 

 そう言いながら彼は、コクピット内に備え付けてあった武器を腰のベルトへ括り付けた。

 握り手の付いた平たい星形の爆弾。これもアトランティス製の歩兵用武器、対クレイドル破甲爆雷だ。

 

 基本的に徒歩で地上を出歩くのは危険極まりないため、歩兵がクレイドルと戦う状況が生じるのは主にネスト内。そうなるとクレイドルは二足歩行故に戦車よりも狭い場所へ入ることもあり、ロケットランチャーなどでは対処できない至近距離で戦うケースも多い……ということで肉薄攻撃用の武器が作られた、とエミは語っていた。

 

「普通のクレイドルじゃ無理だ。俺が何とかするから、全員下がってろ」

 

 命知らず向けの武器を2つ腰に吊るし、命知らずのジンは操縦席のハッチを開けようとした。が、レバーが閉位置から動かない。

 

「……おい、ヒルデ。このままじゃ……」

「分かっている! 少し待て!」

 

 不意に、ジンの視界に文字が表示された。

 

【リミッタープログラム、アンインストール開始】

 

「ヒルデ、お前……」

「出撃前、万一に備えてジュリー殿が解除コードを教えてくれたんだ。君の体に負担をかけるのは避けたかったが……やむを得ない」

 

【アンインストール完了】

【メインスラスター使用可能】

【指向性重力場スラスター使用可能】

【高周波兵装使用可能】

【サーボモーター出力制限解除】

【全機能オールグリーン】

 

 収監されるに当たり制限されていた、戦闘サイボーグとしての機能が解禁されていく。

 ジンは右腕を見つめ、その外部装甲を展開した。内部に折り畳まれていた機構、カマキリの前肢のようなブレードがせり出し、再び収納される。動作に問題は無い。

 

「これで良し。存分に戦え!」

「……ありがとよ」

 

 ヒルデにはジンの目が微笑んだように見えた。

 上着を脱ぎ捨てて装甲された体を晒し、ハッチを開く。夜風が操縦席に吹き込んだ。

 

「タンヤン、離陸準備は!?」

 

 負傷したタンヤンは輸送機の中にいた。すでにエンジンを始動し、追跡用の発信機なども除去してある。

 

《今落ちてきた破片で第2エンジンが損傷した! 飛べなくは無いけど、飛行型エンダーズを振り切れないよ!》

《このタイプならクレイドルのリペアキットで修理できるはずだ! 私とジュリーでやる!》

 

 アルマンが煙を吹く輸送機へ向かった。地上で使う乗り物だけに、修復用ナノマシンの規格はクレイドルと共通のようだ。

 

「分かった。ヒルデ、クレイドルを輸送機に積んどけ!」

 

 そう言うなり機体から飛び降りるジン。ヒルデは言われた通りクレイドルの操縦系をオーバーライドし、輸送機へ向かった。

 

 

 EECが屋上に姿を表した。機械音とは違う、生物的かつ耳障りな咆哮が轟く。触手の先の目玉がジンを見据えた。最も脅威度が高い敵を瞬時に判断したのだろうか。クレイドルのカメラアイも点灯しており、実際の資格情報はそちらから得ているのかもしれない。

 

「隻眼の神よ。ワタリガラスの目を通じ、ご照覧あれ!」

 

 ジンの背部からスラスターが展開され、同時に地を蹴って跳躍。スラスターが青い炎を吹いたのはほんの一瞬だったが、それにもかかわらず空高くへ飛び上がった。輸送機に斜線を向けさせないよう、反対側へ誘導する。

 

 誘導は上手く言った。瞬時に自分の頭上へ到達した謎の人間目掛けて、EECは再びエネルギー弾の猛射を浴びせる。しかしジンは大柄とはいえ人間のサイズを逸脱していない。弾幕の合間を縫ってかわしつつ、EECへ狙いを定めた。

 

「跪け」

 

 突然、EECの周囲に赤いホログラムの帯が囲い、『CAUTION』の文字も表示される。エンダーズに字が読めるかは不明だが、その直後EECの体はコンクリートの床に叩きつけられた。

 

《あれは一体……!?》

《指向性重力場発生装置。アメイジア末期、極秘裏に開発されたオーパーツよ》

 

 突如倍になった自重に苦しみながらも、EECは触手を、肩のガトリング砲を持ち上げようとした。しかしその直後、触手の1つに上空からジンが突撃した。

 位置エネルギーとスラスターの推進力、そこへ重力場による落下速度が加わり、その鉄拳は轟音と共に直撃する。

 

 エンダーズとて痛覚はあり、苦痛の悲鳴が轟いた。触手の目玉状器官は拳の下に一瞬で叩き潰され、コンクリートの上に悪臭放つタールが飛散する。

 

「……思ったより脆いな」

 

 ジンが呟いた時、重力場はすでに消えていた。連続使用できる時間は僅かなのだ。

 高重力から解放されたEECは雄叫びを上げ、元々備えている両腕のブレードを振るった。

 

「ふん」

 

 高周波ブレードはコンクリートの床をバターのように切り裂き、深い傷をつける。しかし肝心のジンはさらに敵の懐へ、4本の脚の下へ滑り込んで回避していた。さらにその脚の付け根となるベース部分へ破甲爆雷を取り付けた。爆雷は電磁石で装甲に吸着し、あらかじめ指に引っ掛けておいた安全ピンが抜ける。

 

 ジンが反対側へ抜け出し再び頭上へ飛び上がった途端、爆雷が炸裂。成形炸薬弾ではないため貫通力は無いが、装甲に密着した高性能爆薬はホプキンソン効果により内部へスポール破壊をもたらした。脚部の基盤にそれをやられれば、立っていられなくなるのは道理だ。

 

「おいおい、ちっとは根性見せろよ! 高周波ブレードはこっちにもあるぜ!」

 

 再び地に這わされたEECに対し、ジンは右腕を振り上げた。腕の内部に収納されていた鎌状のブレードが展開され、触手をさらに1本切断する。返す一太刀で肩のガトリング砲も切り落とした。

 自分の体……コフィンの上に取り付く形になったジンを、EECは必死で振り払おうとする。触手の目玉が睨みつけてくるが、流石に自分に密着している敵にエネルギー弾を浴びせるのは躊躇われるようだ。

 

 だがジンの動きは俊敏かつ柔軟だった。必死で振り回される両手を身をひねって回避し、相手の体に纏わりつく。脇の下を潜るようにして左腕の肩、関節部の隙間にブレードを突き込む。

 普通のクレイドルより肩部分の装甲は強固だったが、ジンのブレードは人間の腕に収納できるサイズ。その小型さ故に苦もなく関節部へ刺さり、フレームとアクチュエーターを切断する。

 

 動力を切断された左腕はだらりと垂れ下がった。それでもEECは根性を見せた。その後に繰り出された右手での一撃はジンとて避けきれなかったのだ。

 

「オォォォォォ!」

 

 否、避けなかった。自分からEECの右腕に抱きつき、全身の力を使って関節を極めにかかったのである。

 悲鳴を上げながら振り払おうとするEECだが、いくら腕を振り回されてもジンは離れなかった。火花が散り、肘関節が間違った方向へ折り曲げられる。巨大な敵に立ち向かう勇士、と言えば聞こえが良いが、もはや一方的な嬲り殺しだった。

 

 脚と両腕を奪われ、EECの動きが変わった。満足に動かない脚の代わりに触手を床に着いて歩き出したのである。今登ってきたビルの外壁を降りようと。

 

「だから、今更逃げんな!」

 

 スラスターと反重力によって自分の姿勢を安定させ、赤い不気味な肉塊がひしめくコフィンを覗き込むジン。EECはもう止めてくれとばかりに声を上げる。

 ジンはその声に高周波ブレードで答えた。コアがまだコフィン内にあることは熱源探知で既に分かっている。そのひしめいている肉塊を深々と切り裂き、その傷口へもう1発の破甲爆雷を挿入した。

 

 スラスターを吹かして跳躍し、屋上へ戻るジン。

 その下で鳴り響いた爆発音が、決着を告げる鐘の音だった。

 

冥府(ヘルヘイム)で錆びろ、クソメック」

 

 

 地上へ落下していくEECを見送り、彼は輸送機へと向き直った。すでにエミたちも合流し、かつエンジンの修理も済んだようだ。

 アルマンら、一部始終を見ていた者は全員同じことを考えた。サイボーグ兵計画が成功していれば、クレイドル・コフィンの時代は終わっていたかもしれない、と。

 

「ユナイター、急げ! 後は君だけだ!」

 

 ヒルデが叫んだ。クレイドルは3機とも貨物スペースへ積み込まれ、機内で揺れないよう固定されている。ジンはヒルデの待つ乗員用ハッチへ向けて駆け出した。

 

 が、その時すでに体の違和感に気づいていた。

 

「ユナイター! 良かった……!」

 

 機内へ乗り込み、出迎えたヒルデがヘルメットの下で安堵の笑みを浮かべた時。

 ジンの脇腹、装甲の隙間から火花が散った。

 

「ウッ……!」

「ユナイター!?」

「ジンさん!?」

 

 ヒルデ、次いでエミが声を上げる。だがジンは眉間に皺を寄せながらも、乗降ハッチを閉めた。

 

「……大丈夫、大丈夫だ」

「座ってベルトを閉めろ! 離陸するぞ!」

 

 輸送機の主操縦席にアルマン、副操にはジュリーが配置され、残りはすでに乗員用シートへ着席していた。ジンはヒルデに助けられながら席に着き、ベルトを締める。

 

《ネストの天窓は開けたよ! ついでに地上のゲートも開けられそうだから全部開けといた!》

「ありがとう、ハレルヤ。システムオールグリーン、テイク・オフ!」

「テイク・オフ!」

 

 4基のエンジンが出力を上げ、機体は垂直に浮き上がる。ある程度高度を稼ぐとエンジンが後ろ向きに稼働し、天蓋にある出入り口へと向かった。

 地上は雪崩れ込んだ何百というエンダーズに蹂躙され、とても対空砲火などする余裕は無いだろう。そのまま天蓋の通路……雨が市内に吹き込まないようにするためのダクトを通り、外へ飛び出した。

 

 直後、真正面にゲイザーが現れた。あわやコクピットに衝突という所だが、アルマンは避けない。鈍重な輸送機では回避しきれないと本能的に察したのだ。

 

「どけ!」

 

 代わりに彼が取った行動は、攻撃。機首に備えられたエネルギーランチャーを立て続けに撃つ。吹き飛ばされたゲイザーが錐揉み墜落していき、輸送機はそれを尻目に悠々とネストを離れることができた。

 

 

《核爆弾の状態だけど、敵は対処できて無さそうだよ。隔壁とかの制御をグチャグチャにしてやったから》

「了解した。ジュリー、爆風圏外まで離れ次第起爆するんだ」

「分かったわ、ユナイター」

 

 作戦は成功間近。負傷者はタンヤンとジンの2人のみで、無事に脱出できた。全員、目出し帽とヘルメットマスクを脱ぎ捨てて安堵の表情を浮かべる。

 しかしヒルデは深刻な面持ちで、自分の契約者を見つめていた。ジンも彼女を見返す。

 

「この前、お前が言った通りだ。俺の体は予想以上にガタが来てたみたいだな」

 

 平然と告げるジン。エンダーズが対処できないほどの高機動を行えば、相応の負荷がかかるだろう。無論、ジンの体はそれに耐えられる設計ではあるが、それはクレイドルと同様、任務完了後に整った設備でメンテナンスを受けられる前提だ。

 アメイジアが崩壊して以来、彼は自力でのメンテナンスのみで持ち堪えてきたのである。限界は既に近かったのだ。

 

 ヒルデは唇を噛み締める。

 

「……すまない。私がリミッターを、んぅ!?」

 

 言いかけたその途端、ジンの機械仕掛けの手に口を塞がれた。

 

「お前がリミッターを解除してくれなけりゃ、あいつに勝てなかったかもしれない。お前のお陰でこうして脱出できた」

 

 ヒルデの目を見て、ゆっくりと言い聞かせるジン。続いて他のメイガスたちも。

 

「そうですよ、ヒルデ。貴女は必要なことをしたんです」

「ボクもそう思う。間違ったことはしてないよ」

 

 口を押さえられたまま、声をかけてくれる同胞たちを横目に見て、再び契約者へ視線を戻すヒルデ。彼の眼差しが優しく見えたのは錯覚だろうか。

 

「今言いかけた言葉、飲み込め」

 

 ヒルデがごくりと喉を鳴らすと、ジンは「良し」と手を離した。

 

「……ユナイター、ありがとう」

「大丈夫だ、死にはしない。応急修理すれば一先ずは動ける」

「……その後は?」

「また考える。とりあえず少し寝るわ」

 

 

 ……ネスト77上空を離脱し、輸送機は距離を取る。ゲイザー等の飛行型エンダーズもネストの方へ殺到したようで、追撃は無い。

 輸送機のモニターや計器を見つめつつ、ジュリーがこめかみに指を当てた。

 

「安全圏に到達。起爆するわ」

「よし、やれ!」

 

 アルマンは力強く頷く。同時に目視確認できるよう、緩やかに機体を旋回させた。

 

 

 

 遠く離れたネスト77。そのドーム型の天蓋の中央に火柱が見えた。

 それからほぼ間髪を置かず、天蓋全体が崩壊した。衝撃波が輸送機を揺さぶるが、アルマンの操縦とコンピューター制御で空中安定を保つ。

 

 その直後、逆に爆心地へ引き寄せるような風が吹いた。爆発で急加熱された空気が周囲の空気も巻き込みながら上昇し、巨大なキノコ型の雲を形成する。

 

 今やお伽話のように語られる核兵器。その悪魔の炎が顕現した瞬間だった。

 

 

 

 





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