SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド- 作:空き缶号
「
エミが拳を掲げ勝ち鬨を上げた。本当にネストが丸ごと吹き飛んだ。AO結晶化された住民たちも、サンジョベーゼの構成員も、ついでに集まったエンダーズも、何もかもあのキノコ雲の下に消えた。
「……トラ・トラ・トラ」
隣でレビンが小さく呟いた。赤い瞳は瞬きもせず、闇の中に立ち昇ったグロテスクな雲をじっと見つめている。
相棒の姿を見て、エミはそっとその肩に手を回した。
「成功よ、ユナイター」
ジュリーが笑顔を見せた。アルマンは大きく息を吐き、帰還経路へ機首を向ける。後は適当な場所で輸送機を自爆させて証拠を隠滅し、クレイドルで帰還するのだ。
「あのサイズの核で、あの規模の爆発……オッサン、種明かししてよ」
「監督官だ。結論から言うとな、ネスト内のAO結晶が一斉に爆発したのだ」
シェーフォンの問いに答えるアルマンは、何処か肩の荷が降りたような顔をしていた。もう本音を隠す必要が無くなったせいか。
一方のシェーフォンは上半身裸のままだ。隣の席で腕に抱きついているタンヤンが、未だにジャケットを返してくれないからである。
「AO結晶って爆発するもんだっけ?」
「普通のはしない。人体を変異させたAO結晶は、削っても微弱なエネルギーを与えると再成長する。だからいくつかの貧困ネストをあのような『畑』にすれば、半永久的にエネルギー問題を解決できる……というのが奴らの考えらしい」
「そしてそのエネルギーをネスト中に送るのが、あの施設にあった動力炉というわけ。要はあの動力炉がネスト中の結晶と繋がっていた、と考えてくれればいいわ」
核のエネルギーによって大量の結晶が連鎖爆発を起こしたのである。それなら尚更、助かった者はいないだろう。ネスト全域が爆心地なのだから。
「今更ッスけど、放射能で激ヤバエンダーズが生まれたりとかしないんスか?」
「あまり知られてはいないが、ブルーシストは放射能を消滅させるという研究結果があってな。一雨降れば勝手に除染される」
「で、この後オレらどうすんの? 8人でどっか逃げちゃった方が良さそうな気もするけど」
「そうしたい所だが、他の協力者と連携するためにもまだ協会の内側にいなくてはならん。我々の出撃記録はジュリーが徹底的に改竄してくれた。バレる心配はない」
アルマンは社会不適合者らにも胸襟を開くことにしたようだ。エミとシェーフォンの質問にも可能な限り丁寧に答える。
「奪ったデータは暗号化されている。まずは解読して、計画の関係者全員を明確にし、事実を公開した上で全員粛正する」
「できることなら、貴方たちにも手を貸して欲しい。けど、一先ずは帰って休息を取って、それからまた話しましょう」
話を聞いていた全員がジュリーに賛成だった。夜間にあれだけの大立ち回りを演じたのだから。
ジンは半分だけ残った脳を休ませるためすでに眠っており、ヒルデは静かにその顔を見守っていた。
超人的な体を持つシェーフォンでさえ疲れないわけではなく、むしろ夜戦のトラウマとの闘いでもあり、疲弊は免れなかった。割れた腹筋を指先でなぞるタンヤンを愛おしげに撫でながら、束の間の休息を取っていた。
《じゃあ、あたしはこの辺で失礼するね。氷風呂が温まってきちゃったから》
そしてこの場にいない協力者も同じだ。
「ああ。全員で生きて帰れるのは君の助力のおかげだ。心から感謝する」
「本当にありがとう、ハレルヤ。いつかリアルで会いましょう」
《うん、約束だよ? お姉ちゃんもおじさまも気をつけてね。エミちん、またね》
「またね。トシロウやみんなに宜しく」
………………
…………
……
接続を切り、ハレルヤは浴槽から出た。氷はほとんど溶けていたが、体温は異常が出るほどには上昇していない。
スレンダーな裸体をバスタオルで拭いて、その格好のまま冷蔵庫からサイダーの瓶を取り出す。プシュッと気持ちの良い音を立てて開栓し、ぐっと一口飲む。
「ぷはーっ……」
「先に服着んかい、破廉恥メイガスがよ」
本来この部屋にはハレルヤ1人しかいない。サイバー空間にいる間の不法侵入者対策として、入口には小型のタレットまで設置されている。
よって今文句を言った男は彼女が招いた客人だ。
「総長さん、ちゃんと見てた?」
「ああ。こんな時間に呼び出された割には、しっかり見届けたで」
男は眼前の端末を操作し、観ていた映像を巻き戻した。立ち上るキノコ雲、エミの叫ぶ「トラ・トラ・トラ!」の声。
「ほんま、派手好きやわ」
「エミちんが元気そうで何よりだね」
「殺しても死なんやっちゃ、アイツは。で……」
自分の分のサイダーの残りを飲み干し、男は立ち上がった。
「お前が言う通りこの件、わいらに取っても他人事ちゃうな」
「夜中に見に来た甲斐があったでしょ?」
「せやな。はよ服着んかいアホ」
ツッコミを入れつつも傍に立てかけてあった日本刀を手に取り、腰に帯びる。時代錯誤な武器だが、伝統技術だけでなく最新技術も取り込まれている品だ。
「明日、アトランティス中に非常召集をかけなアカン」
「戦争になると思う?」
「まだ戦争になってない思うとるんか? ……何かあったらすぐ知らせるんやで。夜中でも怒らへんから」
男は靴を履いて出て行った。ハレルヤは畳の上にどかっと腰を降ろす。
「お姉ちゃん……手抜かりは無いって言ってたけど、一応後で様子見とくか……」
これからが大変だ……そう思いながら、1人サイダーで祝杯を上げる。何があろうと退く気は無い、不退転の決意と共に。
………………
…………
……
結果から言うと、アルマンと社会不適合者、及びそのメイガス、計8名は無事に帰還した。受刑者らは何食わぬ顔で入湯し独房へ戻る。脚に負傷したタンヤンは修復ポッドに入り、ジンは資材の提供を受けて自分で体の応急修理を行った。
翌日はメイガスのメンテナンスを理由に出撃停止となっていた。不具合を抱えたメイガスを寄越した点をアルマンがつついたようで、上層部も許可せざるを得なかったらしい。そもそも上層部も犯罪者更生プログラムについては、『社会貢献をしているアピールをしつつ、社会のゴミと
そのため一先ずは休養を取りつつ、今後のことを話し合う。そんな予定に決まった。
そしてエミはシャワーを浴びた後、部屋で固いベッドへ身を横たえたのだが……。
「ユナイター、レビンです。入って良いですか?」
「いいよ、入りな」
訪ねてきた相棒の声に、再び体を起こした。
レビンは相変わらずインナー姿で、エミが少し羨ましくなるくらいのボディラインがくっきりと出ている。
「こんな時間に、すみません」
「いいって。あーしもまだ興奮が冷めなくてさ。あんたと話したい気分だわ」
ベッドを叩いて促すと、「失礼します」と言って隣に座った。エミとしては何となく、かつての愛犬を思い出す仕草だ。
「とにかくお疲れ様。無事に帰れたのはあんたのおかげだよ、ありがとね」
「……私の方こそ、ありがとうございます」
相棒はニコリと微笑んだ。しかし何処か、今までと雰囲気が変わっているように思えた。
「貴女がいなければ、私はユナイターを……彼をもう一度死なせるところでした」
「え?」
「この前、言っていましたよね。『忘れられるまでは死んでいない、いなくなっただけ』と……私は彼のことを、全部忘れた方が良いだなんて……」
「あんたのせいじゃないよ。協会への忠誠心をプログラムされてたから。ジュリーさんがそれを削除してくれたんだよ」
肩に手を回して抱き寄せ、エミはゆっくりと言い聞かせた。「なるほど、どうりで……」と呟くレビン。自分の感じていた葛藤に納得がいったようだ。
「それでもやっぱり、思い出すことに恐怖を感じたのは事実ですし、勇気を持てたのは貴女のお陰です。契約者に寄り添って支えるのがメイガスの使命なのに、逆に支えられてしまいましたね」
「気にすんなし、人間同士でもよくあることだから。嫌じゃなけりゃ、前の相棒のこととか教えてよ」
「はい。私も聞いていただきたいです。全てを思い出せたわけではないですが……」
……レビンは少しずつ語り始めた。
以前の自分の名はビアンカ。イタリア語で白を意味する言葉。
契約者はサンジョベーゼ・ファミリー最年少幹部のラウロ・ベットーニ。ネスト77を仕切っていたリカルドと親しく、計画に加担させられることになった。そして脱走を試みて、EECで追ってきたネーラに殺された。
「ラウロは物語に出てくる義賊に憧れていました。富める者から奪い、貧しき者に与える。フィクションの中だけの存在だと言うなら、自分が現実にしてみせる……そんな人でした。綺麗事だと思うかもしれませんが」
「あんたにとってはそれが真実なんでしょ」
「……はい。アムリタ計画へ参加して以来、彼は次第に壊れていきました。アルコールに溺れて、どんどん自堕落になって」
「良心が痛んだから?」
「その通りです。泥酔している時、セラピーを受けるよう勧めたら、逆上して殴られたこともありました。気にしていませんが、その後泣きながら私に謝る彼は……見ていられなくて」
「……故郷で見たことあるよ、そういうの」
エミはふと遠い目をしたが、その過去に見たものは詳しく語らなかった。
「自分を制御できなくなっちゃうんだ。その人の場合セラピーを受けた所で、セラピストもそっち側だろうし」
「そうなんです。だから私は……彼に、一緒に抜け出そうと進言しました」
「サンジョベーゼに歯向かったの? あんたの意思で?」
「……ええ」
どこか切なげに頷くレビン。故郷がサンジョベーゼと敵対関係にあるため、奴らの組織の強力さはよく知っている。レビンの行為はエミからすれば誇り高い反逆だが、当人にとっては契約者を失うきっかけでもあったのだ。
「彼は喜んでくれて。私と、本当に信頼できる部下を連れて逃げ出して……でも」
「……辛かっただろうね」
手を握ってやると、レビンも握り返す。タンヤンのような甘え症ではないが、レビンにもそうしたくなる時はあるのかもしれない。
赤い瞳がじっとエミを見た。
「ユナイター。私の判断は正しかったのでしょうか? 私が背中を押さなければ、彼は生きて……」
「あのさぁ、レビンちゃん……いや、本当の名前はビアンカだっけ」
「レビンだって本当の名前ですよ。貴女がくれたのですから」
「OK、レビンちゃん。そのラウロさんは後悔してたと思う?」
返答まで少し間が空いた。ラウロの最期の記録、笑顔で息を引き取る彼の表情を量子脳内で再生し、レビンは結論を出した。最後だけではない、彼は一貫して後悔という言葉が似合わない男だった。唯一、アムリタ計画に加担したことを除いて。
「いいえ。彼は笑っていました」
「なら、それが全てだと思うよ。そのままサンジョベーゼにいてどんどん壊れていったら、それこそ悔やみ切れないことになったんじゃない? 当人も、あんたも」
「……そうですね」
「それにどの道、あのネストは吹っ飛んでたっしょ。あんたの相棒はシェーフォンさんに捻り殺されて、あんたは……あーしにドタマぶち抜かれてたかも」
レビンの額をつつくエミ。実際、そうなっていたかもしれない。自分が引導を渡したメイガス、ネーラがラウロの仇だった。もしかしたら今日、レビンが彼女の立場になっていたかもしれない。
「そう簡単にやられませんよ……と言いたいですけど、ユナイターは窮地に陥るとエンダーズよりタチ悪いですからね」
「分かってるじゃん。ラウロさんとやらも、あーしくらい図々しければ違う結果になってたかもね。会ってみたかったよ」
「ええ。彼は優しすぎるというか、甘さを捨てられない部分があって。リスクを負ってでも敵を殺さず無力化しようとする人でした」
「……アウトロー向きじゃないね」
「そうなんです。もっと他に向いている、幸せになれる生き方を提案できていれば、と悔やんだ記憶もあります。……だから、貴女にも悪事を辞めて欲しいのかもしれませんね」
「あ、そう来る? 卑怯だわソレ……」
その時、エミは大きな欠伸をした。話をしているうちに、死線を潜り核爆発のキノコ雲を見届けた興奮が落ち着いてきたようだ。エミの精神的な頑強さはレビンも驚くほどで、支給される精神安定剤を一切服用していない。
飲んだふりをして溜め込み、何処かへ横流しするつもりだったとバレた時はレビンに散々叱られた。
「こんな時間にごめんなさい。聞いてくれてありがとうございます。そろそろ……」
ベッドから立ちあがろうとするレビンだが、エミはその手を掴んで引き留めた。それどころか、彼女を思い切りベッドへ押し倒した。
「あの、ユナイター?」
「静かに」
戸惑う相棒を抱きしめたまま、毛布を引っ掴んで頭まで被るエミ。その表情からいかがわしい目的ではないと判断したレビンは、大人しく一緒に毛布の下へ隠れた。
「レビンちゃん。あんたに仕込まれた監視とか脱走防止とかのプログラムって、もう削除されてんの?」
エミは小声で尋ねた。そもそもエミは最初から協会を信用していない。毎日部屋に盗聴器が仕掛けられていないかチェックしているが、念のためだ
「はい、私もさっき気になって自己スキャンしてみたら、いつの間にかダミープログラムとすり替えられていました。気づかなかったですが、ジュリーさんの仕業ですね」
恐らくタンヤンとヒルデはもそうだろうと、レビンは付け足した。
協会にもアムリタ計画とやらに関わっている者がいるなら、作戦がバレないよう事前に削除しておくのは当然だ。しかし当人にも分からない内に頭の中を弄るとは、自分がメイガスだったらさぞ恐ろしいだろうな、とエミは思った。
ともあれ、それなら本音を話せる。
「念のため確認するけど、レビンちゃんはもう協会の手先じゃない?」
「そうですね。むしろ私を捕らえ、ラウロとの思い出を奪ったことに怒りを感じています」
「よし。実はあーし、オッサンと取引してたんだ。アトランティスの武器を買うの仲介すれば、作戦の後にあんたと一緒に逃してくれるって」
「……私と一緒に?」
「そう。正直ね、最初は頃合いを見てあんたを張っ倒して、脱獄するつもりだったんだけど」
「張っ倒すって……またそんな、心にも無いことを」
「いや、初陣の前はマジでそのつもりだったよ。一度一緒に修羅場潜ったら、あんたを置いて行く気になれなくてさ。あーしもラウロさんほどじゃないにせよ甘かったわ」
自嘲気味に笑うエミに、レビンも微笑んだ。
「彼は貴女と気が合ったと思います」
「ホント、会ってみたかったよ」
「でも、私を連れて行って良いのですか? 悪事から足を洗うよう、ガミガミ言い続けますよ?」
「足を洗うかは別として……クレイドルで地上歩くのはもう飽きたけど、あんたと一緒に過ごす時間は何つーか、結構面白かったよ。行ったこと無いけど、『学校』ってヤツみたいで」
頬を指先でプニプニとつつかれ、レビンはハッとした。記憶がまた1つ戻ったのだ。
「……そう言えばラウロも、同じことを言っていました」
「つくづく気が合うね。……ただ、ちょっと考えたんだけど」
エミは相棒の頭を抱きしめ、互いに耳元で囁く姿勢になる。
「アムリタ計画とかいうの、いらないネストをAO結晶の『畑』にしようってんでしょ。狙いは地上ネストだけじゃないと思う」
「……確かにそうですね。協会やアメイジア暫定政府も関わっているのなら、安全な地下で結晶が採れるのが理想でしょう」
協会や暫定政府は地上ネストを「薄汚い」という前置詞を付けて呼び、あたかも地下ネストが貴族階級であるかのように振る舞う。アムリタ計画が口減しを兼ねているなら、先に狙われるのは地上ネストだろう。
しかし、地下ネストにも例外はある。
「地下にあり、かつ体制側にとって邪魔なネスト……アトランティスですか」
「そう。だからハレルヤも、あそこまで協力してくれたんだと思うのよ」
「道理ですね」
一朝一夕でネスト住民を結晶化できるわけでは無いだろう。ネスト77を爆破したことで今後の計画に遅れも生じるはずだ。
だが、あれで諦めるとは思えない。
「郷土愛ってヤツ、あんたには分かるかな? 自分が生まれた工場のベルトコンベアに郷愁抱いたりすんの?」
「イヤミですねー。確かに概念として理解しているだけですけど、ユナイターが生まれ故郷を愛しているのは重々承知していますよ」
皮肉屋な契約者に口を尖らせつつも、レビンは彼女の言わんとすることを推察した。
「監督官はアムリタ計画自体を阻止しようとしています。ウーさんとカフカさんも、彼らの行動原理からして協力するでしょう。そしてユナイター、貴女も……」
「うん、逃げずに戦う。またはアトランティスへ戻ってダチに協力を頼むか……そこはオッサンと話し合ってみるけど」
「なら、一緒にやらせてください」
レビンはエミの手をそっと握った。ナイフを使い込んでタコのできた指は、過酷な環境で生き抜いてきた証だ。そんな故郷を彼女はずっと愛し続けている。
その気持ちを理解できるわけではない。だが分からないものは理解しに行きたい。自分はそれができる機械なのだから。
「ユナイターが望んでくれる限りお供します。監視役ではなく、貴女のレビンとして」
「そんなこと言っていいの? ラウロさんは自分より良い契約者を探せって言ったんでしょ。あーしは合格なわけ?」
「安心してください。彼も貴女を気に入ったでしょうし、私としても百歩譲ってギリギリ妥協できるラインですから」
「……言うようになったね〜、あんた」
体を少し離し、2人は真っ直ぐに見つめ合った。互いの口の端を引っ張り合いながら。
そんなじゃれ合いを数秒続けた後、エミは改めて相棒の目を見る。
「んじゃ、あーしのレビンちゃん。今から言う命令は今後絶対厳守で」
「厳守するかは内容を聞いてから検討します。どうぞ、ユナイター」
事が終わったら一緒にアルコールを売ろう、などと言うことはまず無いだろうが、エミなら万が一ということもある。
だがエミはそんな相棒を見てニヤリと笑った。
「あーしのことはユナイターじゃなくて、エミって呼んで。できる?」
「……慎重に検討した結果、そのご命令は私たちの関係性をより親密にする、有益なものと判断しました」
真面目くさった口調で告げた後、レビンは笑顔を返す。
「今後もよろしくお願い致します、エミさん」
「ん、よろしく……」
再び相棒を抱きしめるエミ。レビンとしては嫌では無いが、手の位置に問題があった。
「エミさん。お尻触らないでください」
抗議はしたが、結局諦めることにした。エミがすでに寝息を立てていたからだ。最早苦笑するしかない。
「……ホント、自由すぎますよ……おやすみなさい」
彼女の体を抱き返し、レビンもまた休眠モードへ入る。束の間の平穏だった。
………………
…………
……
ドリフター振興協会本部は立派な作りだった。中庭には地上から持ち帰った植物、地上探索に身を捧げたドリフターたちの慰霊碑が並び、隅の別棟は特殊作戦室の本部となっている。
ごく限られた者のみが出入りできるこの場所へ、男はメイガスを伴って足を踏み入れた。宇宙服のようなヘルメットで顔を隠し、ただ呼吸器のみを響かせながら。
マーク・ヒュウガ。人体AO結晶化技術の発案者であり、研究主任だ。
彼は警備員に案内され、メイガスを伴い会議室へ通された。
「おお、ヒュウガ博士」
グアンロン・ウー室長が出迎えた。周囲では集められた関係者がすでに、あれこれ議論を続けている。彼の次男ライフォンの他、ドリフター振興協会のトップまでいた。
しかしヒュウガは着席せず、ただ部屋の大型モニターに目をやった。
巨大なキノコ雲だ。心血を注いだ研究成果はその下で塵となった。
「……15年の、研究の成果が……一晩でこれか……?」
表情は窺い知れないが、明らかに愕然とした様子だった。メイガスは眼鏡の下からちらりと主人の様子を窺い、空いている椅子を引いて着席を促した。
「とにかく捜索隊を派遣しろ! 誰か脱出できたかもしれないだろう!」
そう怒鳴り散らすのはフィガロ・ツェッペリーニ。サンジョベーゼ側におけるこの計画のリーダーだ。しかし今は計画そのものより、ネスト77にいた息子や部下の安否が大事な様子だ。
「フィガロ。気持ちは分かるが、あの一帯は危険だ。手がかりも無しに戦力を動かすのは……」
「近くを輸送機が飛んでいたという情報があっただろう! リカルドが……息子が脱出できたのかもしれない! 協会が動けないなら、俺が手持ちの部下と……!」
「ツェッペリーニ殿、まずは落ち着いてくれ」
「そうだ、フィガロ。我々の計画には人類存亡がかかっている」
フィガロを咎めた初老の男は、ヒュウガへ目をやった。その額には脂汗が浮かんでいる。
「博士。ネスト77は失われたが、培ったノウハウがあるはずだ。計画は続行可能だろう?」
「……勿論、続行すべきですが。人体のAO結晶化自体に多量のエネルギーが必要です。ネスト77で採れた結晶を今後に充てる予定でしたので……」
「すでに77から運び出した備蓄があるだろう」
「あれでもう1カ所は同規模の『畑』を作れます。ですがその後は……」
人工声帯から淡々と声を発するヒュウガ。ちらりと、自分のメイガスを見やる。
「シャロン、どう思う?」
「新たな『畑』からAO結晶を採取できるまでの期間、加えてネスト77にいた研究員が全員亡くなったことを考慮すると……今後の計画には、最短でも5年の遅れが出るかと」
「だから、俺が生存者を探しに行くと言っているんだ! 研究員だって逃げ出せている可能性はある!」
「待てフィガロ! 君が我々と手を組んでいると世間に知れたら……」
その時。大砲のような轟音と衝撃が響いた。
参加者全員が反射的に立ち上がるも、怪我人はいない。ただ囲んでいた机が真っ二つに割れていた。
「……失礼。ツールック会長もツェッペリーニ殿も、一先ず落ち着いていただきたい」
机を叩き割った拳を引っ込め、グアンロンはゆっくりと嗜める。しかしその拳は握りしめたまま、爪が皮膚に食い込んでいた。血が滴るほどに。
「調査と生存者の捜索は特殊作戦室が引き受けましょう。確かに、リカルド君が研究員を連れて逃げ出せた可能性も無くはない。そして計画は例え遅れようとも実現させるが……」
グアンロンはモニターの爆炎に目をやった。巨大なキノコ雲の下ではネスト全域が炎に飲まれている。
「念のために訊くがヒュウガ博士、これがただの事故という可能性は?」
「あり得ません。何者かが中枢施設で爆弾……恐らくは核兵器を使ったとしか」
「うむ、ネスト周辺の観測機器も放射線を検知している。核などという時代錯誤かつ悍ましい兵器を使ってまで、アムリタ計画を阻止せんとする者がいる……早急に排除せねば、計画その物が潰れるでしょう」
「し、しかし……」
ツールック……ドリフター振興協会会長は狼狽しながら、叩き割られたテーブルとグアンロンを交互に見た。
「目星はついているのかね、室長?」
「確証はありませんが、この男の可能性が高いでしょう」
手元で端末を操作し、モニターの隅に件の男の写真を表示する。犯罪者更生課第3小隊監督官アルマン・デュカス。そして彼の指揮下にある受刑者たち……自分の長男を含む、3名のマグショットも。
「裏切り者のフィベリオ・リッツォは協会員の誰かと連絡を取ろうとしていた。しかし我々がいくら探そうと手掛かりは掴めませんでした。徹底的に証拠を隠滅されていた」
父親の背後で、実際に調査に当たったライフォンは苦渋の表情をする。だが、それこそが手掛かりになった。
「アメイジア崩壊前、デュカスは地上でのネットワーク構築計画に従事していた。奴のメイガスはそのために作られた、サイバー戦型メイガスの生き残り。連絡の証拠を隠滅する程度は容易いでしょう」
「いや、しかし。それだけでは証拠には……」
「加えてこの男は、ハイスクール時代にリッツォと同期でした。すぐにでも部隊を送って捕えるべきです」
「待て室長、確証が何1つ無いではないか!」
ツールック会長の意見は至極もっともだった。確かにアルマンが怪しいが、リッツォの内通相手だった決定的な証拠は無い。それで急襲部隊を動かそうと言うのだ。
だがグアンロンは本気だった。鋭い眼光で、ツールックをじっと見据える。
「お言葉ですが会長、仮にデュカスが無実だったとして何の問題がありますか? 協会の最高権力者である貴方と私なら誤魔化しはいくらでも効く」
「し、室長……」
「貴方の仰るように、アムリタ計画は人類存続のための大事業。アメイジアの栄光を取り戻すためにも、必要な人間と不要な人間は選別せざるを得ない。そして大を生かすために小を犠牲にするなら、その犠牲も無駄なく利用しなくてはならない」
「……しかし、大衆はその大義を理解しない」
静かに口を挟んだヒュウガに、グアンロンは頷いた。
「その通り。大局を見れない者たちがこの計画を知れば、我々こそが人類の敵だと言い出すでしょう。どんな手を使ってでも、不穏分子は早急に排除せねばならない。デュカスが無実なら、それもまた必要な犠牲です」
「……君の息子も、かね?」
シェーフォン・ウーのマグショットを指差すツールック。しかしグアンロンは迷わず頷いた。
「最早、親子の情を抱いている場合ではありますまい」
「……ならば、父上」
背後でライフォンが、意を決して口を開いた。
「僕にやらせてください」
「……シェーフォンは手強いぞ。ジン・カフカもいる」
「だからこそです。それにカフカはリミッターがかけられているはず。兄弟全員で奇襲をかけます」
「……分かった。だがシェーフォンと対峙するなら情は捨てろ。お前も大義のために働いていることを忘れるな」
ライフォンは力強く頷いた。ツールックを始め、他の出席者は誰も逆らう様子を見せない。
その後、いくつか意見を交わしたのち、緊急会議は解散となった。
「……ユナイター」
自室へ戻る途中、ヒュウガの背にメイガスが声をかけた。小さくか細い声だが、ヒュウガの耳には届いているはず。しかし彼は振り向くことなく歩き続ける。
「大丈夫です。如何に邪魔されようと、必ず……貴方の望みは実現します」
メガネのずれを直しながら、メイガスは尚も続ける。
「エネルギーの心配が無い社会。その先にある平和に満ちた世界。私たちが真に、人類と良き隣人でいられる世界を」
主人は答えない。ただヘルメットのバイザーの下に素顔を隠し、足を前に運び続けるのみだ。宿舎の静かな廊下で、その足音を聞く者すら他にいない。
「そう……いっそ、順番が入れ替わっても」
お読みいただきありがとうございます。
また字数が嵩んでしまいました。