SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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25.死地に入るのもキミがため

 

 朝のガレージは不気味なほどにいつも通りだった。作戦に使ったトムガーディアンはアルマンの個人ガレージへ引っ込め、普段使いのジャックボックスが並んでいる。

 モニターに映るニュース番組では、一般メディアが昨日の核爆発を報じていた。夜間活動中のドリフターが遠くから目撃したこともあり、情報統制は無駄だと判断されたのだろう。旧アメイジア時代にテロリストが秘匿していた兵器ではないか、などという推測が述べられていた。

 

 そして受刑者たちはまだ独房におり、ガレージにいるのはメイガスの内3人のみだ。

 

「……ドエライことになってるね」

 

 麻雀牌を拭きながら、他人事のようにぼやくタンヤン。修復ポッドで脚の怪我は概ね治ったようだが、一方でまだインナーの上にシェーフォンの上着を羽織っていた。

 

「タンヤン。ウー殿が来たらちゃんと返せよ、そのジャケット」

 

 手持ち無沙汰に床を掃除するヒルデは、ジンが「ダサい」と評した制服をちゃんと着ていた。最早袖を通す意味があるのかは分からないが。

 

「分かってるよ。でも今は着ていたいの」

 

 ふと、上着の袖を顔へ持っていき、くんくんと嗅ぐタンヤン。

 

「はあ~、ユナイターのニオイ……」

「……ジュリー殿、こいつだけは本当に精密検査をすべきでは?」

 

 恍惚とするタンヤンに、何か不気味なものを感じるヒルデ。元々シェーフォンとの距離が近すぎるタンヤンには苦言を呈してきたが、最早一線を超えかけているように見える。

 

 話を振られたジュリーは「まあまあ」と苦笑した。彼女は愛用の端末を使い、収容所の守りを確認していた。昨晩奪取したデータはすでに解読し、自身のデータバンクに保管してある。

 

「ところで、レビンは?」

「昨晩、とうしてもサイカ殿と話したいと独房へ向かったが」

「きっと一緒に寝たんだよ。いいなー、ボクも怪我さえしてなければなー」

「そこまで契約者にベタベタくっつきたいものか?」

「ま、ヒルデには分からないよねー。カフカさんとじゃ添い寝してもあったかく無さそうだし」

「……貴様こそ一度分からせてやろうか? 拳で」

「ナニ? やる気?」

「こらこら、ケンカしないの」

 

 小学校の教師のように2人を宥めるジュリー。彼女とアルマンの本心としては元々、社会不適合者3名の更生などどうでも良い。ただブラックウィドウ作戦を成功させるため、命知らずで腕の立つ人材として利用しただけだ。

 

 だから契約者に危ういほど入れ込むタンヤンについても、作戦に支障がなければ咎めない方向でいた。

 むしろシェーフォンの戦意が上がるなら好都合とさえ考えている。憎んでいる父親がアムリタ計画に加担しているとあっては、シェーフォンは今後も協力してくれるだろう。

 

 ともあれ、もうすぐ人間どもが起きて来るはずだ。解読したデータを見せて作戦会議を行うべく、彼らを待つメイガスたちだったが。

 

「……え?」

 

 端末に現れた警告表示に、ジュリーは目を見開いた。

 

「……侵入されている!?」

「えっ!?」

「そんな! 私が組んだ防壁プログラムが!?」

 

 珍しく戸惑うジュリー。しかし彼女は人間的でありながら、AIとしても優秀だった。即座にアルマンへ通信を入れたのだ。

 

「ユナイター! 緊急事態よ! すぐに収容所を……!」

 

 

 刹那、破裂音と共にガレージのシャッターが破られた。同時に投げ込まれる、掌サイズの球体。

 

「! 伏せろ!」

 

 ヒルデがそう叫んだのは間違った判断ではない。手榴弾の爆風は上へ広がり、数メートル離れて伏せれば破片も避けられる確率が高い。

 

 しかし投げ込まれたのはただの手榴弾ではなかった。一瞬小さなプラズマが弾けたのみで、爆発も炎上もしない。

 だが目に見えない電磁波の爆風が、メイガスたちを捉えた。

 

「……!」

 

 ジュリー、タンヤン、ヒルデ、全員が目を見開いたまま意識を失った。そこへ突入してきた兵士たちがガレージ内を制圧していく。

 プロテクトスーツにヘルメット、顔を隠す目出し帽。協会特殊作戦室の執行部隊だ。

 

「クリア!」

「よし。3班はメイガスを車へ積み、先に撤収」

 

 部下の報告に、ライフォンは淡々と答えた。手にしたサブマシンガン、腰に帯びた拳銃共に特別仕様の物だ。

 

 今度は自分の後ろにいるメイガスへ目をやった。対EMP用の赤い防護服に身を包んでおり、顔すら露出していない。

 

「セキュリティの突破、ご苦労だった。3班と一緒に帰っていい」

「承知しました」

 

 無骨な防護服姿で恭しく一礼する彼女は、ヒュウガに付き添っているメイガスだった。回れ右して立ち去る彼女の背に、ライフォンは何処となく面妖な物を見るような目を向けた。

 

「まだいてもらった方が……」

「ヒュウガ博士からの借り物だ。傷物にしたら申し訳ない」

 

 サイバー戦型メイガス。今捕えたジュリーという個体が最後の生き残りと思われたが、実際にはもう1人いた。ライフォンにとって好都合なことに、それは味方であるヒュウガのものだった。

 

 お陰で容易く収容所へ突入できたが、まごついている暇は無い。部下の一隊をアルマン・デュカスの捕縛へ向かわせる。

 

 そして自分の元に残したのは、弟と妹を含む精鋭。最も恐ろしい敵に当たるのだ。

 

 

「兄上……残念だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一方、エミは腹部に蹴りを喰らって目を覚ました。

 

「ぐほぁ!?」

 

 痛みに声を上げた時、添い寝していたレビンがベッドから転げ落ちていくのが見えた。アンドロイドのクセに寝相悪いのか……文句を言おうと思ったが、すぐにそれどころではないと気づいた。

 レビンが床を這い、独房の隅にある便器へ辿り着くと、激しく嘔吐し始めたのだ。

 

「レビンちゃん!? ちょっと、大丈夫!?」

「……いー、えむ、ぴぃ……」

 

 痛みを堪えて駆け寄ったエミに、レビンは辛うじて言葉を紡ぐ。

 

「エミ、さん……非常、事態……」

 

 再び嘔吐するレビン。エミは大急ぎでジャケットを羽織ると、独房のドアへ向かった。すでに開錠される時間のはずだが、開かない。

 

「誰か! 誰かいないの!?」

 

 エミはドアを叩きながら叫んだ。特殊合金の頑丈なドアだが、保安上の理由で防音ではないはずだ。

 

「おい看守ロボ! いるんでしょ! 非常事態だっつーの、早く開けろ!」

 

 すると、看守ロボとは違う声が返ってきた。

 

「エミちゃん、ドアから離れろ!」

 

 ジンだ。エミが素早く後ろへ跳ぶと、すぐにドアが吹き飛んだ。

 そこにいたのは機械の体を晒したジンと、寝間着姿のシェーフォン。

 

「敵襲だ! 急げ!」

「え、でも、レビンちゃんが……」

「とりあえず隠れさせろ! お前は武器持って一緒に来い!」

 

 レビンは便器から顔を上げ、掠れた声で「行ってください」と告げた。

 

「……すぐ戻るから!」

 

 意を決して独房から飛び出すと、看守ロボが全て倒れている。そしてジンの独房は内側からドアが破られ、シェーフォンの方は外側から破られていた。

 

 要はジンが非常事態に気づいて独房から脱出し、エミとシェーフォンも助け出したようだ。

 

「ガレージへ行くぞ!」

「何が起きたんスか!?」

「オレもまだ聞いてないんだけど!」

「EMP兵器を感知したんだよ! 多分アメイジアで開発されてた、対メイガス用のヤツだ!」

 

 それを聞いてシェーフォンがハッとした。

 

「タンヤンたちが危ない!」

 

 

 ガレージへ飛び出した時、爆発音が響いた。並んでいる3機のジャックボックス、そのコクピットが爆破されたのだ。

 そしてその場にいた急襲部隊の面々は、予想に反して早くやってきた受刑者らに驚きながらも銃を構える。

 

 目出し帽をしていても、シェーフォンにはその中に自分の弟たちがいると気づいた。

 

「テメェら! ぶっ殺す!」

 

 いつもの飄々とした様子とは打って変わり、憎悪の声を上げるシェーフォン。だが彼より先にジンが飛び出した。

 銃弾が集中するが、特殊鉄鋼の腕と胸甲が全て弾き返し、敵の1人が跳弾で倒れる。かと思えばスラスターで一気に間合いを詰め、高周波ブレードで1人、2人と叩き斬る。

 

 だがライフォンが手を掲げた直後、ジンの脇腹を強烈な一撃が襲った。

 

「が……!」

 

 倒れ伏すジン。ガレージ上部のキャットウォークに陣取った狙撃手が、対物ライフルの一撃を見舞ったのだ。

 

 しかしその直後、ジンの背後から接近していたシェーフォンが弟へ襲いかかる。

 

(シャ)!」

 

 繰り出された回し蹴りをライフォンは受け止めた……が、手にしたサブマシンガンを弾き飛ばされる。

 即座に4人がかりで包囲した。いずれもシェーフォンの弟と妹だ……ただし、不倫相手の胎から生まれた。

 

 床に倒れて地功拳の動きで戦うシェーフォン。

 その一方で。

 

「“ピシュタラ”を……舐めんなァ!」

 

 ジンが起き上がった。トドメを刺そうと近付いていた兵士が怯んだ途端、その体を両断する。

 

 キャットウォーク上のスナイパーは驚愕した。

 

「50口径喰らってまだ立つか……!?」

「早くもう1発……!」

 

 その瞬間、近くで護衛していた兵士は頸動脈を切り裂かれた。スナイパーがハッと振り返った瞬間、バタフライナイフが首に突き立てられる。

 彼らはジンとシェーフォンのみを警戒し過ぎていた。背後を取ることにかけては彼らにも勝る、ストリートキッドの喧嘩屋エミを失念していたのだ。

 

 残りはシェーフォンの兄弟4人だけ。

 

「……オレたちのメイガスはどうした?」

「無駄だ、兄上。すでに部下が運び出した」

 

 構えを取りながら対峙するライフォン。緊張はあっても、確固たる信念で兄と向き合う。

 

「僕の勁力は兄上の気功でも防げない、知っているはずだ。降伏すればメイガスたちの処分だけは……」

 

 ライフォンの言葉は途中で止まった。シェーフォンの繰り出した一撃は予備動作のほとんどない刹那の早業だった。弟の体は大きく吹き飛び、コンクリートの壁に叩きつけられる。

 

「信用するわけないだろ。馬鹿にしてんのか」

「兄上!」

「シェーフォン兄様! やめてください! もう一度お父様と話し合いを……!」

 

 必死で訴える妹に、情け容赦の無い蹴りを見舞う。妹とてウー家の武術を修めており、初撃は受け止めた。だが続いて繰り出された大力金剛指が腹部を貫く。

 

「ァ……ッ!」

「リンファ!」

 

 弟2人が銃剣を手に襲いかかる。妹を巻き込まないよう発砲を避けたのだろう。が、シェーフォンはそれらを回し蹴りで文字通り一蹴した。

 ライフォンは愕然としていた。兄が強いのは分かっていた。しかし同じ修行を積んだ4人掛かりでなら、倒せない相手ではないはずだった。

 

 大切な相棒を二度も奪われた怒り、憎しみ。ライフォンは考慮していなかったのはその点だ。

 

 ウォーミングアップは終わりだとばかりに寝間着を脱ぎ捨て、筋骨隆々とした上半身を晒すシェーフォン。同時にジンへ目配せした。

 

「ここはオレ1人で十分だ」

「そうっぽいな」

 

 ジンも流石に50口径の直撃は痛手だったようだが、よろめきながらもスラスターを起動してキャットウォークの上、エミの元まで飛び上がる。今しがた自分を撃った対物ライフルをひょいと片手で持ち、エミに「着いてこい」と視線で促した。

 

 ガレージから出て行く仲間たちを横目で見送り、シェーフォンは立ち上がった弟に目を向ける。

 

「あの時俺を後ろから撃ったのは……シィユェを殺したのは、お前たちだろ?」

「……やはり気づいていたのか」

 

 認めたか……シェーフォンは小さく呟いた。確証があったわけではない。だがあの時コフィンを撃たれた瞬間、背中に感じた気はライフォンのものだった。子供の頃共に武術を学んだ仲ゆえに、離れていてもはっきりと分かった。そして他の兄弟たちも一緒にいた。

 

「例え親父の不倫相手の子であっても、お前ら自身に罪は無い。お祖父様の言葉通り、長兄としてお前たちを愛した」

 

 シェーフォンの口調は淡々としていた。が、その眼差しには明確な殺意があった。

 

「自転車も勉強も教えてやったよな? 怪我をしたとき手当もしてやったよな? その兄の背に銃を向けて、あの子を……!」

「父上の命令だ。あのメイガスは兄上を誑かし、ドリフターを辞めさせようとした!」

「黙れ! 売女の胎から生まれた蛆虫の分際で、あの子を侮辱するな!」

 

 何故こいつは、こうも自分を逆上させることばかり言えるのか。以前からずっと疑問だった。

 しかし、それはライフォンだけではなかった。

 

「もうやめてくれ、兄上! ウー家の使命を思い出してくれ!」

「お願いです、兄様……!」

「父上は貴方のために……!」

 

 この期に及んで懇願する弟と妹の姿。シェーフォンの胸中からふと、憎しみが消えていった。

 

 彼らが人間に見えなくなったからだ。

 全て理解した。こいつらは本当に自分たちの行為に正当性があると信じている。たかがメイガス1体を壊した程度で、兄弟の絆が完全に失くなるわけがないと信じている。だからシィユェやタンヤンの存在が、シェーフォンの力をセーブさせる最後のリミッターだということにも考えが及ばない。

 

 旧アメイジアから何の進歩も無い、仕える組織をただ盲信し喜んで従うだけ。メイガスより遥かに機械的なロボット。それが父グアンロンの理想とする息子・娘だったというわけだ。実母を捨てられた自分だけは最初から父を憎んでいたため、洗脳されずに済んだというだけ。

 

 こいつら相手への復讐など最早馬鹿馬鹿しい。“追命鬼”の呼び名通り、淡々と処理するのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルマンはまだ生きていた。急襲部隊はアルマンの捕縛を命じられていたが、抵抗が激しいなら射殺する許可も受けていた。メイガスを連れ去ってメモリーを調べれば情報は得られるからだ。

 

 だが他勢に無勢にも関わらず、アルマンは自分の執務室で粘っていた。ジュリーが最後に伝えてくれた警告もあったし、元々こうした事態に備えてはいた。

 

 

「こんなのは聞いてないぞ!」

「手榴弾も効かない! 対物ライフルを持って来させろ!」

「通信、繋がりません!」

 

 急襲部隊は狼狽していた。殺人サイボーグのジン・カフカについては警戒していたし、シェーフォンの超人ぶりも半信半疑とはいえ、彼をよく知るライフォンらに任せることで話はついていた。

 如何にドリフター上がりとはいえ、監督官であり管理職のアルマンが、機械アシスト付きの装甲服……所謂パワードスーツを着込んで迎え撃ってくるなどと、誰が想像できようか。

 

「下がれぃ、ウー家の走狗ども!」

 

 相変わらず傲岸に吼えながら、本来銃座に固定する重機関銃を振り回し弾幕を張る。体を覆うリキッドアーマーとその重量を支える機器がギシギシと音を立てるが、銃声にかき消された。

 パワードスーツの動きは鈍重で、見た目もずんぐりとしており不恰好。あくまでも人体が芯である以上、ジンのような人間を凌駕する動きは不可能だし、クレイドルほどの馬力も無い。しかし自分の部屋で踏み止まるだけなら十分だ。

 ジンたちが独房を破ったことはすでに確認済みなのだ。

 

 手榴弾の爆発で愛用の机も、コンピュータも破壊されている。アルマンはそのことにふと懐かしさを感じた。祖国アメイジアが崩壊した日だ。故郷も両親もブルーシストの濁流に飲まれて消え、後に残ったのは不思議な解放感だった。ジュリーからは喪失のショックによるものだと思われたが、自分があの祖国に縛り付けられ、日々に閉塞感を抱いていたことを自覚したのだ。

 

 今日限り協会に自分の居場所は無くなる。これが2度目の解放だ。ジュリーが気に入っていた紅茶用食品プリンターだけは勿体無いな……そんな能天気なことを考えるあたり、アルマンは部下の囚人たちと何処か似ているのかもしれない。

 

「もう撤退すべきです! 砲撃を要請して施設ごと破壊した方が……!」

「馬鹿野郎! 来る前に言われただろうが、核兵器がもう1個あったら大惨事にーー」

 

 ドアの外から聞こえる敵兵の言葉は、重い銃声と共に止まった。本来屋内で使うものではない対物ライフルの音が強烈に反響する。ついでに言えば生身の人間に直接使うべき銃ではない。悲鳴を上げながら逃げ出した敵兵が、続く射撃で体を真っ二つに引き裂かれた。

 

「……ドンシュー(Don't shoot)、ドンシュー」

 

 半笑いで入室してきた……少なくともアルマンにはそう見えたジンは、片手には奪った対物ライフル、もう片方の手には半殺しにした敵兵を引っ掴んでいた。そしてその後からエミも姿を見せる。

 

「助けは必要無かったか、監督官殿?」

「いや、そろそろスーツのバッテリーが切れるところだった。ご苦労」

 

 パワードスーツを脱ぎ捨て……というよりスーツから降りるようにして抜け出すアルマン。直後に胸の勲章を服から毟り取った。

 

「それとな、今日からはただのオッサンだ」

「オッサン何処で買ったんだ、そのアーマー?」

「休日の余暇に自作した。趣味でな」

「マジかよ」

「クレイドルに積む余裕が無く、昨晩は使わなかった」

 

 アメイジア崩壊まで、元々アルマンは技術職のドリフターだった。ハードウェア専門で、ソフトウェアがジュリーの担当だったのである。

 状況は、と尋ねようとした途端、ジンが膝を着いた。脇腹の装甲が被弾してひしゃげているのが確認できた。

 

「ジンさん!」

「やられたのか!?」

「大丈夫だ、死にはしない。ただ昨日みたいな働きはできねぇな」

 

 どこか虚しそうに呟くジン。アルマンは素早くウェアラブルコンピュータを操作し、収容所内の様子を確認した。

 

「……生きている敵はいないようだ。外にいた敵も撤退し、ウーは無事。よくやってくれた」

「そうとも言えないッスよ。レビンちゃん以外のメイガスが攫われたッス。ジュリーさんも」

「分かっている。必ず助け出すぞ」

 

 

 斯くして3人はアルマンの個人ガレージへ向かったが、昨晩使ったトムガーディアンも操縦席を爆破されていた。使えるクレイドルは無くなったのである。

 丁度、そこへシェーフォンも合流した。手を血に染めた状態で。

 

「2匹、逃げた。ライフォン・ウーとリンファ・ウーが」

「……他は?」

「殺したよ。目に入った限りは」

 

 腹違いとはいえ実弟を殺したのに、極めて冷めた態度だった。もう人間を殺したとも思っていないという目だ。

 

「ただ、死ぬ前に締め上げて白状させた。タンヤンたちはメイガスラボへ送られた。あと、オッサンがあのフィベリオって人と高校が同じだったから、とりあえずここを襲撃したんだってさ」

「え、それだけで攻めてきたんスか?」

「もし俺らが犯人じゃなかったらどうする気だったんだ?」

「昨日奪ったデータによれば、協会の会長・副会長もグルのようだからな。適当にカバーストーリーでっち上げるだろう」

 

 それにしても形振り構わないやり方だ、とアルマンは悪態を吐いた。加えてジュリーの構築したセキュリティを突破されるとは……グアンロン・ウーの異常性を侮っていたと認めざるを得ない。

 もっとも、侮っていたのは相手側も同じだ。メイガスを捕獲した後、受刑者らは独房に閉じ込めたまま始末する予定だったのだろう。しかしジンがEMPを検知し、かつ彼には効かなかった。そして昨晩、ヒルデがジンのリミッターを解除し、非常時に備えてそのままにしてくれたため、自力で独房の扉を破壊することができた。

 

 とにかく、モタモタしてはいられない。レビンも連れてきて作戦会議を始めた。EMP兵器を使われた際、レビンは距離が離れていたため強い吐き気程度で済み、何とか回復したようだ。

 

「ジュリーさんたちがメイガスラボへ連れて行かれたということは、メモリーの抽出が目的ですね。すぐ処分されることは無いと思います」

 

 レビンの推測は正しいと、満場一致で認められた。初期化の失敗でバグを抱えた彼女たちを見れば分かる通り、メイガスの脳、特に記憶領域はデリケートだ。記憶を抜き出すとなれば、専門の技術者と専用の機材が必要になる。

 

「だからってノンビリしてるわけにはいかねーな」

「うん。目立たないように片付けたかったんだろうけど、こうなったらクレイドルを送り込んでくるだろうからね」

「その前にこっちからメイガスラボへカチコミかけるしか無いッスよね。でもクレイドルはもう無いし、ジンさんは手負いだし……」

 

 今ある乗り物と言えば、予備用のトランスポーターだけ。当然非武装である。敵はメイガスラボの警備を固めるだろうし、アルマンらの捕縛・抹殺に失敗したとなれば尚更だ。今の戦力だけで襲撃をかけるのは困難だ。

 

「アトランティスに援軍頼むとか?」

「あーしが頼めば1個連隊くらいは来るけど、時間かかるんじゃないッスかね。それでもやった方が良いか……」

「……使える兵器が1つあるぞ」

 

 そう言ってアルマンが指差したのは、隅に置かれたコンテナ。ブラックウィドウ作戦の前に堡塁から回収した、日本国旗が描かれたコンテナだった。結局アルマンとジュリー以外は中身を知らず、何なら今まで存在を忘れていた物だ。

 

「これ、アメ調の依頼で回収したんじゃ無かったの?」

「あれはお前らに秘密を知られないようにするための嘘だ。これはネスト77の情報と一緒に、フィベリオから託された物でな」

 

 耳障りな金属音を立てて、ゆっくりとコンテナのハッチを開く。その瞬間、手負いのジンがアルマンを押しのけて中を覗き込んだ。

 

「うおおお! マジかよ!?」

 

 子供のように、目を輝かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 メイガスラボはその名の通り、メイガスの研究開発を行う研究所だ。しかしメイガスを搭載するクレイドル・コフィンや、それの敵であるエンダーズの研究も行うため、敷地はかなり広い。そして地下ネストの一般居住区からは離れた場所にある。

 

 そこへ今、3体のメイガスに続いてクレイドルの部隊が搬入された。特殊作戦室だ。ラボの人員には戒厳令と箝口令が敷かれ、極秘裏に開発されたEECまでもが持ち込まれた。そのコフィンの中にメイガスではなくエンダーズが詰め込まれていると知れれば、一般人は大パニックになるだろう。

 

 その施設へ至る道を、一輌のトランスポーターが走る。荷台は緑のシートで覆われているが、何らかの機材を積んでいるように見えた。

 

 道中の検問所で停止したそのトラックは、担当のメイガスに対しラボへの機材配達だと告げた。メイガスが予定表を確認すると、確かに合致する物があった。

 

「今、メイガスラボは警戒体制が敷かれています」

「何かあったんですか?」

 

 運転席に座る東洋系の男が尋ねると、メイガスは首を横に振った。

 

「我々にも分かりませんが、一先ず施設外で待機してもらうようにとの指示です」

「仕方ないな……どうもありがとう」

「お気をつけて」

 

 愛想よく挨拶を交わし、トランスポーターは通過する。揺れる荷台のシートの裾から、鋼鉄の履帯がちらりと見えた。

 

 

 

 

《ラボの敷地まで穏便に入るのは無理そうだね》

 

 ハレルヤが残念そうに言う。以前故郷からエミに送られてきた大量のガラクタ、その部品から組み立てたのはアトランティス直通の通信装置だった。エミが連絡すると、ジュリーの様子を見ていたハレルヤが既に危機に気づいており、すぐに連携できた。

 

「けどおかげで、ここまで怪しまれずに済みました」

「向こうの物資搬入予定を書き換えてくれたんだよね。ジュリーさんたちが大丈夫かは分かる?」

《目を覚まさないようロックされた状態で分析室へ運ばれてる。今お姉ちゃんの意識をサイバー空間へ移してるところ。お姉ちゃんさえ目を覚ませば、ラボの内側から引っ掻き回せるから》

「そして俺たちはクレイドル相手に大暴れして注意を引き、その隙にオッサンとシェーフォンが潜入する」

 

 レビン、エミ、ジンの3名はトランスポーターではなく、その荷台に積んだ『兵器』へ搭乗していた。極めて狭苦しく、周囲を無骨な機器と多数のスイッチが囲んでいる。

 エミに至ってはリクライニングシートのような姿勢で、座ると言うより潜り込むように操縦席へ身を収めていた。目の前にあるのはクレイドルの操縦装置とは大違いの、手で左右へ操作するハンドルだ。

 

「しっかし、まるで棺桶ッスね。クレイドルの操縦席って快適だったんだなー」

「そうさ。これが本物の戦争兵器ってヤツだ」

 

 兵器マニアのジンはかなりテンションが上がっているようだ。彼からすれば古い英雄譚に搭乗する伝説の剣が目の前に現れたような、そんな感覚なのだろうか。

 

《でもソレの砲身、ライフリングすら無いじゃん。役に立つの?》

 

 トランスポーターを運転するシェーフォンが疑問を呈すると、ジンは鼻で笑った。

 

「お前、火砲には詳しく無いのか? こいつは同じような重装甲目標と戦うことを想定してる。対装甲用のAPFSDSや成形炸薬弾は回転がかかると上手く機能しないから、ライフル砲じゃなくて滑腔砲で撃つんだ。こいつならクレイドルの装甲なんてプリン同然だぞ」

「でもクレイドルが使う銃はライフル砲ッスよね?」

 

 エミも質問した。ジンは意外と、年下に対しては年長者らしく丁寧に接するタイプだ。だから今回も可能な限り丁寧に答えた。

 

「それはな、クレイドルの兵装は地上で使う前提だからだ。例えクレイドル同士でドンパチやる目的でも、地上で活動する以上エンダーズ対策は必須だ。分かってると思うが、エンダーズってのは外皮が硬いわけじゃない。かつて人類が奴らに大苦戦したのは、奴らのタフネスと再生能力が異常でいくら撃っても死なないからだ。だからまず成形炸薬弾はダメ。あれは敵に命中して爆発し、モンロー・ノイマン効果によるメタルジェット現象で敵の装甲をぶち抜く仕組みだが、硬い目標に当たらないと信管が作動しない。APFSDSは貫通力が過剰でエンダーズの体を完全に突き抜けちまう。終末弾道学的に弾が標的を突き抜けると運動エネルギーも一緒に逃げるから、肉体に及ぼす破壊力は少なくなっちまうんだ。これじゃタフネスお化けのエンダーズを殺すには効率が悪い。だから対エンダーズ用の実体弾はホローポイント弾を大型化した物を使うんだ。こいつは敵の体に侵徹すると弾頭が変形することで停止し、肉体により大きな破壊効果をもたらす。これをしこたま撃ち込んでやればエンダーズでも体内が空洞だらけになって、もがき苦しんでくたばるってワケだ。で、この対エンダーズ用の実体弾はクレイドルにもある程度効く。クレイドルの装甲はエンダーズより硬いが、二足歩行な上に元々作業用だし、AO結晶を持ち帰る積載量も確保しなきゃならん。だから装甲の制限は結構厳しいワケだ。無理に重装甲にすれば山岳地帯や入り組んだ場所を歩くのに支障が出て、二足歩行のメリットが無くなるからな。だから装甲はほどほどで、後は修復用ナノマシン……所謂リペアキットでの即時修理で補う。要は皮肉にもエンダーズと同じく、装甲よりもタフネスで保たせる方向へ舵を切ったんだ。それでも装甲目標だからAPFSDSや成形炸薬弾の方が効くんだが、地上を歩く以上対エンダーズ弾は必須で、弾の構造上そっちの方がコスパも良いから、じゃあ実体弾は対エンダーズ用のヤツだけあれば良いやって結論になるわけよ。あと滑腔砲の弾は回転がかからない代わりに安定翼で弾道を安定させてるわけだが、対エンダーズ弾の場合はライフル砲でちゃんと回転させて撃った方が良い。というのはさっき言った終末弾道学の話にその弾頭の回転も関わってくるからで、特に発射直後のライフル弾は若干だが所謂みそすり運動を……」

 

《総員、戦闘用意!》

 

 アルマンの怒鳴り声は士気を上げるためか、あるいは話を終わらせるためか。

 メイガスラボのフェンスからやや離れた場所でトランスポーターを停める。ハレルヤが彼らの顔を指名手配リストから消しているため、先ほどの検問を通れた。しかしここから先は見つけ次第撃ってくるだろう。

 

 シェーフォンが双眼鏡でざっと偵察した。広い庭をクレイドルが巡回し、その向こうに威厳ある作りの研究所が聳えている。シェーフォンは協会員時代に何度か来たことがあるが、まさかここを襲撃する日が来ようとは思わなかった。

 そしてその庭には、四足歩行のクレイドルも見えた。

 

《マジか。あの四脚野郎がいるよ》

「えっ、アレ1機だけじゃなかったの!?」

「昨晩みたいに暴走したら、どうするつもりなんでしょうか?」

「危険性を分かってないんじゃねーの、知らんけど」

 

 『兵器』という物に独自の美学があるのか、ジンは呆れた様子だ。

 

「シェーフォン、エネルギー兵装を持ってるヤツはいるか?」

《今見える限りはいないよ。実体弾の方が流れ弾の被害とか小さいし、エネルギー弾は何かに誘爆するリスクもあるからね。ここ一応民間施設だから配慮したんでしょ》

「その程度の理性はあるか。まあ助かった」

 

 こちらはエネルギー兵装が存在しなかった時代の兵器だ。エネルギー弾の直撃を受ければ、装甲は一瞬で溶けてしまう。

 

「エミちゃん、エンジン始動」

「ウッス、エンジン始動!」

 

 素早く頭に叩き込んだ手順で、化石とも言えるマシンを動かすエミ。元の持ち主であるフィベリオが念入りに手入れをしていたため、ディーゼルエンジンは快調に回り始めた。クレイドルと違い、アイドリングしているだけでも獣の咆哮のようだった。

 シェーフォンとアルマンが降り、荷台のシートを外した。緑と茶色の迷彩で塗られた装甲が、鋼鉄の無限軌道が、平たい車体の上に乗る回転砲塔が露わになる。砲手席のレビンがゆっくりと砲塔を左右に振り、砲を俯仰させ、動作を確認する。

 エミも一度深呼吸して計器類を確認し、「準備良し!」と叫ぶ。

 

 エンジン音の唸りを聞きながら、ジンは半分だけ残った生身の脳が歓喜するのを感じた。この兵器で戦い、そしてヒルデを助け出す。間違いなく名誉ある戦い。英霊の館で語るこの上ない武勇伝だ。

 

「奴らに戦争を教えてやる!」

 

 

 

 ……その戦車は極東の島国、エミのルーツたる土地で、守りの要として作られた。

 

 全ての訓練が無駄になり、その破壊力が発揮されぬまま役目を終えることこそ、この兵器にとっては理想だった。

 

 しかしアメイジア人よ、堕落した地底人よ。貴様らは知るがいい。

 三菱V型8気筒ディーゼルエンジンの咆哮を。44口径120mm滑腔砲の雄叫びを。

 

 陸上自衛隊MBT 10式戦車、時を超えてここに在り。

 

 

 

 

 

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。
仁王3が面白くてなかなか執筆が進みませんでした。

我ながらふざけた展開ですが、カウボーイビバップでスペースシャトルが出てくる回とか大好きで、ああいうのをやりたかったんです。
どうせシンデュアリティの二次なんて今時読む人少ないだろうから好き勝手にやろうと、書き始める前から決めていました。
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