SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド- 作:空き缶号
「停止!」
ジンの号令に素早く反応し、エミが急ブレーキをかけた。約44tの戦車は『殺人ブレーキ』とさえ称される制動力で急停止する。
その直後、エミの視界のすぐ先にEECが着地した。
未来位置を予測しての攻撃。ブレーキが一瞬でも遅れていれば、自分の体ごと高周波ブレードで引き裂かれていただろう。
「全速後退! 戦車砲撃て!」
10式戦車の後退速度は70km/hに達する。別目標を狙うため、すでに120mm砲は装填済みだった。
しかし派手な発砲炎が上がった時、EECは既に横へ飛び退いていた。一撃離脱が基本戦術のようだ。
「クソ、今更出てきやがって」
ラボの反対側を守っていた戦力も投入してきたのだろうか。流石にこの機動力を真っ向から相手にするのは不味い。
「どうします!?」
「そのまま後退、残骸の陰に入れ!」
10式の砲塔には発煙弾発射機が備わっているものの、こいつ相手に自分の視界も塞ぐのは避けたい。
ガトリング砲の猛射を浴びせられたが、モジュール装甲を貫通した弾は1つも無かった。
それでもクレイドル同士の戦いなら充分だが、マッハ5の徹甲弾での撃ち合いを想定した第3世代MBTなら耐えられる……当たりどころが悪くなければ。
だが大型の高周波ブレードには耐えられない。
「……迎えが間に合っても、コイツがいたんじゃ撤退できねぇ」
《サイボーグさん! お姉ちゃんがそっち行くまで耐えて! 後はハッキングで何とかなるから!》
ハレルヤの言う通り耐えるしか無い。昨晩のようにパイロットメイガスを焼き殺してもらうのが一番だ。
自分の体さえ万全なら……ジンはそれが何とも歯痒い。
敵の機動力は圧倒的。果たして持ち堪えられるのか?
脳裏に疑問が浮かぶ。
「右へ転回! 急げ!」
指示を飛ばしながら、ふと別の考えも浮かんだ。
かつてこの10式戦車に乗っていた連中ならどうしただろうか?
相手は手強いが、決して人智を超えた存在ではないはず。宇宙人の侵略兵器でもなければ、放射線流を吐く全長100m超の怪物でもないのだ。
戦車のエンジン音が言っていた。
倒してしまえ、と。
10式が残骸の陰に入った途端、EECが4つの脚を収縮させた。推力偏向スラスターから青い排気炎が帯を引き、一際大きく跳躍した。
相手からしてもAPFSDS弾の火力は脅威。死角たる頭上からの攻撃で決着をつけたいのか。
ジンは以下のことを瞬時に思考した。
近接攻撃であれば寸前に回避することもできる。
しかし、ガトリング砲で脆弱な上面装甲を抜かれたら?
「残骸に乗り上げろ!」
ジンの下した決断と命令は突拍子もないものだった。にもかかわらず、他2人は以心伝心の動きを見せた。
エミはクレイドルの残骸へ車体を乗り上げさせ、斜め上を向いた状態でピタリと止める。そしてレビンは砲の仰角を取り、敵機が射線に入った途端に撃った。
こんな射撃で空中の、しかも動く標的に当てるなど常識的には不可能。しかしこの3人は非常識だ。ガトリング砲の回転を始めたEECにダーツ型の徹甲弾が突き刺さり、装甲から動力部へ抜ける。
そしてコフィン内のエンダーズ・コアまでを撃ち抜いた。
「……撃破!」
戦車のすぐ横にEECが落下。ジンはコフィン内の熱源が消えて行くのを確認する。
相手は空中でも推力偏向スラスターで姿勢制御ができる。撃たれる寸前にかわすことも可能だったはずだ。しかし非常識な反撃をしてきた10式戦車に、パイロットメイガスが咄嗟に対応できなかったのである。
同じメイガスであるレビンがジンの意図を察して攻撃できたのは、非常識な社会不適合者たちを見守ってきた経験があるからだった。1ヶ月強という期間だったが、その経験は彼女というAIを大きく成長させていた。
だが側面に2機のジェスターが迫り、アサルトライフルの射撃を浴びせてきた。ジンは後退を指示したが、戦車は突如不安定な挙動をした。真っ直ぐバックせず、スピンし始めたのだ。
「あ、あれ!?」
「クソ、履帯が切れたか」
キャタピラに被弾していたのかもしれない。無理をしたのもあるだろう。
レビンは次弾の装填が完了すると、敵の1体に素早く照準を合わせた。しかし敵も馬鹿ではない、左右へ跳躍しながら接近してくる。
それでも放った一撃は敵機の右腕をもぎ取ったが、ジンは最早これまでと判断した。このまま距離を詰められては逃げようがない。
即座に煙幕を展開。10式戦車の発煙弾発射機は装甲内に半ば埋め込まれているので、ここまでの戦闘で破壊されずに済んでいた。広範囲に白い煙が広がり、戦車の姿を完全に覆い隠す。
「脱出だ! 急げ!」
煙に紛れ、3人は戦車から降りた。ジンは腰に対クレイドル破甲爆雷をぶら下げ、ある物を手にした。
「おい、エミちゃん!」
操縦席から抜け出したエミにそれを放り投げる。エミは多少お手玉しながらも受け止めた。
いつもジンが首に下げている顎の骨……彼が人間だった頃の残骸だ。死体に触れることも特に厭わないエミだが、そんなものをいきなり渡されて少し戸惑った。
「ヒルデに渡してくれ。俺は敵を何とかするから、何とか隠れてオッサンたちと合流しろ」
「ちょっ、いくらジンさんでもそれは!」
「今の体では無理ですよ!」
「無理でもやる。その価値はあるさ」
乗り捨てた10式戦車に短い敬礼を送り、ジンは駆け出した。エミたちを納得させてる暇など無い。
故郷であるアメイジアが滅び、両親を含めた大勢が死んだ時、ジンは何の感情も湧かなかった。ただ脱走兵である自分への追求が緩んだことを喜んだ程度だ。だがエミには帰りたいと思える故郷がある。ならこの場で生き残るべきは自分より彼女だし、アルマンらが生きていればアムリタ計画も阻止できるだろう。
それに、ヒルデも生き残れる。彼女は本意では無いだろうが仕方ない。
煙幕を突破し、敵の前へ出る。ジェスター2機……万全の状態なら“ピシュタラ”の敵ではないが、今のジンでは五分以下だろう。
それでも、やる。
「隻眼の神よ、ご照覧……!」
痙攣する腕で破甲爆雷を掴んだ、その時。
クレイドルとも戦車とも違うエンジン音が迫った。敵の増援か……そう思ったジンだが、施設のゲートを抜けて突入してきたのは兵員輸送車などではなかった。
2台の黒いリムジン。富裕層の足か、高級なタクシー会社で使われる、何とも場違いな車両だ。しかも非常識なことに、その後部トランクが開いて中からランチャーがせり出していたのだ。
特殊作戦室のジェスターがそちらを振り向いた瞬間、弧を描いて飛来したそれが直撃した。
「……間に合った!」
「何ですかアレ!?」
追ってきたエミとレビンがそれぞれ歓喜と驚きの声を上げる。成形炸薬弾が装甲を穿ち、ジェスターは2機とも炎上する。
このリムジンこそエミが手配した迎えだった。
「タクシー・アツタ。アトランティスで一番マトモなタクシー会社だよ!」
「
「それで
崩れ落ちるジェスターの脇を抜け、タクシーはドリフトしつつ3人の前で急停止する。右ハンドル、自動で開くドア……日本式タクシーだ。
「サイカ様、お迎えに上がりました」
ハンドルを握る女性型メイガスが淡々と告げた。
「お早めのご乗車をお勧めします」
「ああそうだね! ほら2人とも、乗って!」
エミは助手席に飛び込み、ジンとレビンは後部へ乗車する。助かっちまったか、とジンが呟いた。
「ご利用ありがとうございます。1に安全、2にサービスの……」
「口上はいいから飛ばして飛ばして!」
「承知しました」
髪をポニーテールに結った運転手メイガスは無表情のまま車を反転させる。新たな敵影は近くに無いが、増援は向かって来ているかもしれない。
「残りのお客様を回収次第、脱出します」
「あっ、あそこだ!」
エミが指差す先、APFSDSで撃破したクレイドルの陰にアルマンら5人が隠れていた。シェーフォン、ジュリー、ヒルデ、タンヤン、全員無事だ。
「ユナイター!」
「ヒルデ! 早く乗れ!」
急停止したタクシーにヒルデが素早く乗り込み、他4人はもう1台へ乗った。即座に撤退だ。
「ユナイター、弾を受けたと……」
「ヒルデ、怪我は無いか?」
「私は平気だが、ユナイター、君は……」
「なら良し!」
ゴリ押しで質問を止めるジン。2台のタクシーはゲートを出るとラボの裏手へ向かってスピードを上げる。
「ハレルヤ様。サイカ様ら8名を収容しました。周囲の状況をお報せください」
《予定通り裏手側へ。暫定政府軍の対テロ部隊が道路を封鎖してるけど、そっち側はいくらか手薄だから強行突破して!》
「承知いたしました。皆様、恐れ入りますが衝撃にお備えください」
機械的な口調で告げる運転手。ハレルヤの言葉通り道路にバリケードが設置され、装甲車とクレイドルが道を塞いでいた。
だが車は突然後退して道を空け、クレイドルは突如フラついて倒れ始めた。ジュリーがハッキングを始めたのだ。どれだけ地上で苦労して高級なクレイドルを作ろうと、バジリスクの一睨みの前では水泡に帰す。
兵士たちが戸惑う中、タクシーは速度を上げて並べられたバリケードへ突っ込んだ。強烈な衝撃がエミたちを襲ったが、バリケードや警備ロボットはそれ以上の衝撃に吹き飛ばされる。
直後に銃弾の雨が降り注ぐも、装甲と防弾ガラスで弾きながら突き進む。
「お客様方、決して窓を開けないようお願い致します」
「開けられるわけ無いだろう!」
「大した防弾性だな、この車」
「1号車、プロテクションフィールド展開」
《2号車も展開します》
運転手の言葉と共に、車の周囲を半透明の防壁が囲う。防衛型のメイガススキルに似ていたが、この防壁は車の移動に連動して着いてきた。対物ライフルの狙撃も凌ぎ、ミサイルはジャマーでかわし、2台とも封鎖を突破した。
同時に、車内には音楽が流れていた。エミ以外は初めて聞く軍歌調の曲だ。
「こ、この曲は一体……?」
「お客様に少しでもドライブを楽しんで頂けるよう、BGMを流しております」
「それで選曲が『抜刀隊』ってどうなの?」
エミは慣れているのか冷静にツッコミを入れた。これがアトランティスのノリなのだ。
ドローンによる追跡もハッキングと手持ちの火器での迎撃で振り切り、タクシーは2台ともトンネルへ入った。地下ネスト間を繋ぐ経路だ。そこからさらにハレルヤが脇道へ続くゲートを開けてくれた。本来立ち入り禁止に指定されている通路へ進み、背後で再びゲートが閉鎖される。
《これでとりあえずは大丈夫。この後もあたしがナビゲートするから》
「1号車、了解」
《2号車、了解》
元々特殊作戦室が急に行った作戦のため、敵は限られた援軍しか出せなかったのだろう。協会も暫定政府も、組織全員がアムリタ計画に関与しているわけではない。事を大きくして計画が明るみに出ることを恐れたのだろうが、計画阻止のために核兵器まで使った相手を侮るべきではなかった。
レビンは安堵しつつ、助手席に座るエミを後ろから見た。
「……やっぱり、マトモなタクシーとは思えません」
「『マトモ』の定義によりますが」
感想に答えたのは運転手の方だった。彼女もレビン同様にゼロ型メイガスのようだが、口調はかなり機械的だ。その割に人を食ったような所もあるが。
「それが『旧アメイジア暫定政府から営業許可を得ている』という意味であれば、弊社は残念ながらマトモではありません。ですが行政が許可するレベルのマトモな防衛機能では、今回お客様の安全をお守りするには不十分だったと思われます。アトランティスへお越しの際は是非、次回も弊社をご検討ください」
「あー、ハイ。そうですね」
またこういう機会が無ければ良いが、エミと一緒にいる限りはまたあるだろうな……レビンにはなんとなくそんな確信があった。それでも彼女から離れる気は無いし、仮に契約破棄されても勝手に着いていくつもりでいるが。
「……マトモじゃないにせよ、地下世界で一番イカしたタクシー会社だな」
ジンの声はどこか疲れていたが、上機嫌のようだ。
「ありがとうございます。今のご感想を来月の広報に使用してもよろしいでしょうか?」
「好きにしろ」
「ちょっと待て。我々はアトランティス・ネストに向かっているのか?」
ヒルデはどうやら、運転手の言葉で初めて行き先を知ったらしい。アルマンたちは敵地で情報を話すのを避けたのだろう。
「はい。そのようにご依頼されております」
「……挨拶代わりに銃を撃つようなネストだと聞いているぞ」
「今の俺たちはアメイジア、協会、ダークマーケット、全てと敵対してる。同じような立場のアトランティスくらいしか行き先ねーだろ」
冷静に説明しつつ、ふと自分の肩の損傷を確かめるジン。応急修理は簡単だが、すぐにまたガタが来てしまうだろう。
「それにエミさんの地元ですから、伝手もあります」
「ヒルデちゃんが思ってるほど悪い所じゃないよ」
レビンとエミの言葉を他所に、ヒルデはジンの肩を見つめて手を添えた。メイガスの人工皮膚とは似つかぬ、兵器そのものの冷たい装甲だ。同時に彼の、顎を欠いた横顔をキッと睨む。
「こんな状態でまだ戦うつもりか?」
「戦うさ」
「信仰と名誉のためか!? こんなにボロボロになってまで!」
突然声を荒げたヒルデ。驚いたのはエミだけだった。レビンはメイガス同士の付き合いで、ヒルデの心配事もある程度聞いていたのだ。協会の方から彼にオファーがあったことも、それを「ドリフターには敬意を払えない」として断ったことも。
「……まだ協会に降れと?」
「戦いを捨てる選択肢もあるはずだ! 身を隠して今からでも平和な生き方を……!」
「んなこと言ってるから所詮人間モドキなんだよ。AO結晶にされたガキの顔を忘れたのか?」
「君がこの件に命を捧げる道理など無い!」
「それは俺が決めることだ」
流石に疲れが出たのか、ジンの返しは淡々としていた。だがヒルデの目を見返し、真剣に向き合う。
「メイガスは嫌いだ。だが記憶を奪われても前の契約者に忠を尽くした、そんなお前に敬意を払っている。エミちゃんの郷土愛にも、シェーフォンの復讐心にもな。だから最後まで一緒に命を張る」
「……そうさ。君は私のために、彼女のために命を張ってくれた。そしてまた、私を助けるために……」
ジンの肩に額を当て、縋るように腕を掴むヒルデ。その手は小刻みに震えていた。
「なのに……このままでは君は遠からず死んでしまう、そして私は何もできないのか……!?」
「もう十分してくれてるだろ」
機械仕掛けの掌が、ヒルデの頭に乗せられる。彼女はその置かれた手の意図が分からなかった。今までジンにそうされたことが無かったからだ。少しだけ時間を置いて、シェーフォンがタンヤンによくやっている行為だと分かった。
「お前がリミッターを解除してくれたお陰で昨晩生きて帰れたし、今朝の襲撃も凌いで、こうしてみんな生きてる。感謝してるさ」
ぶっきらぼうに言い、彼は背もたれに体重を預けて目を閉じた。
「後はまたその内、ケーキでも作ってくれ。それで十分だ」
「……ユナイター」
「すまん、お前はまだ言いたいことがあるだろうが、少し寝かせてくれ」
……車内に静寂が流れた。運転手も気を利かせて日本軍歌を止める。
エミがふと息を吐き、助手席からヒルデの方を振り向いた。
「アトランティスにさ、人間もメイガスも治せる医者がいるんだ。ジンさんも診てもらおうよ」
「……ああ。そうだな」
「昔、アメイジアの先進技術研究所? だったかに居たって話だから、ワンチャン治せるかも。ああ、それと」
思い出したようにスッと差し出したのは、先ほどジンから押し付けられた顎の骨だった。
「ジンさんが、ヒルデちゃんに渡してくれって」
「……これを?」
自分の体の一部だった、常に肌身離さず持っていた物だ。それを他者へ渡すとなれば、形見以外の意味は考えられない。
「死ぬ気だったんだろうけどさ、ヒルデちゃんが悲しむことに負目があったんだと思うよ。そもそもジンさんが今まで脱獄しなかったの、ヒルデちゃんを置いて行くのは不名誉だからって言ってたし」
「エミさんと同じですね」
「ちょっと違うと思うけどね」
受け取った骨を握り締め、俯くヒルデ。当のジンは既に眠っている。
《まだ時間かかるし、みんなも寝ておいたら? 周りはあたしがちゃんと見張ってるから》
「そうするわ。ロクに寝てないし」
「私もそうします。EMPの影響でまだ少し頭痛がしますし」
「座席、ちょっとだけ倒していい?」
「どうぞ」
思えば夜間作戦帰りからの早朝襲撃、朝食もまだ摂れていない。ジンでなくとも仮眠は必要だろう。メイガスの脳もデータの整理やリフレッシュが必要なため、決して睡眠を軽視できない。
「ヒルデも寝ておきましょう? 一度眠ってスッキリしてから、またお話すればいいじゃないですか」
「……ああ。ありがとう、レビン」
同胞の言う通り、まだ話すことはできる。幸いにも自分たちは生き延びたのだから。
骨を首にかけ、ジンの腕を抱くようにして眠りに落ちた。タンヤンに見られたら大変だなと思いながらも、そうしないと無性に恐ろしかったのだ。
彼が何処かへ行ってしまうのが。
お読みいただきありがとうございます。