SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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S4:正位置『塔』
28.アトランティスへようこそ


 長いドライブが続いた。時に公道を経由したが、基本的には一般人の知り得ない隠し通路のような道を進んだ。

 常に快適という訳でもなかったが、タンヤンはシェーフォンに密着できて嬉しそうだった。結局ジャケットを返す気は無いらしい。

 

 ジンが目を覚ましたのはサーチライトの光を感知した時だった。敵襲か、と身構えたが、どうやら検問所のようだ。薄暗い道に関門があり、その上には武装した連中、前にはクレイドルが立っていた。周囲に機関銃陣地やコンクリートバンカーも見える。なかなかの重武装だ。

 

「サイカ様、着きました」

 

 運転手がエミを起こした。どんな環境でもすぐ熟睡し、すぐに起きるのが彼女の得意技だ。

 ジンはヒルデがおずおずと腕から離れるのをチラリと見て、再び検問所……と言うより砦へ目を向けた。

 

 大した武装だが、協会や暫定政府の兵士でない事は分かった。派手なウォールアートが描かれていたのだ。色とりどりのローブを着て鎌を持った骸骨……確か、エミがサンタ・ムエルテと呼んでいたヤツだ。

 

「ここがアトランティスか?」

「連絡拠点ッス。でもここまで来れば着いたも同然スよ」

 

 エミは嬉しそうに座席を戻し、窓を開けた。目出し帽姿の男が1人、駆け寄って来る。レビンは少し心配そうだが、エミが身を乗り出して声をかけた。

 

「オッラ、ヴァリエンテ!」

「エミ!」

 

 銃口を下げ、エミと拳をぶつけ合わせる兵士。次いで彼は砦の仲間たちへ向けて大声で叫んだ。

 

「エミが戻ったぞ!」

 

 直後、辺りは歓声に包まれた。同時にゲートが開き、タクシーは先へ進んだ。2台とも兵士に誘導され、路傍にある小さな施設の前へ駐車する。

 

「代金はトシロウ・ネゴロ様からお支払い済みです。ご乗車ありがとうございました」

「こっちこそありがとう。マジ助かったわ」

 

 運転手とも握手を交わし、エミは仲間たちを促して降車した。2号車に乗っていた面々も怪我は無いようで、肩を回したり足腰の曲げ伸ばしなどをしている。アルマンがエミの側まで来た。

 

「ここの連中はアトランティスのギャングか?」

「そうッスよ、メキシコ系グループッス。後はコイツらが送ってくれますから」

「信用できるのか?」

「大丈夫ッス」

 

 タクシーは再びゲートを出て走り去り、代わりにギャングたちが寄ってきた。目出し帽以外の装備はバラバラだが、服には髑髏の意匠が多く描かれていた。

 

「エミ! よく帰ってきたね!」

「いろいろ派手にやったらしいじゃねーか!」

「ただいま、みんな。そっちこそ元気そうで良かったよ」

 

 何人かと抱擁し合うエミ。顔を隠しているが、彼らは日系人には見えない。施設に掛けられている旗はイタリアの三色旗に似ていたが、中央部に猛禽らしき紋章が描かれていた。彼らのルーツたる国の国旗だ。

 

「ゆっくり話したい所だけど、モノレール出してもらえる?」

「ああ、急ぐのは分かってる。けど朝飯まだなんでしょ? ハレルヤから聞いたよ」

 

 ハレルヤは行き先にもあれこれ連絡してくれていたらしい。確かに朝食を摂る余裕などなかった。

 

「チラキレス煮といたから、パパッと食ってきな」

「おおっ、ありがてぇ~。あ、固形物食べられない人いるんだけど、液食ある?」

「あるよ。ほら、来な!」

 

 

 一行は施設の中へ通された。途端に香ばしい匂いが鼻をくすぐり、食欲を刺激する。中は駅の待合室のような場所で、改札らしき物もある。匂いはその隅の机に用意された鍋からだった。

 エミの隣にいるレビンは興味津々なようだ。

 

「チラキレス、って何ですか?」

「使い残したトルティーヤをサルサとかモーレとかで煮込んだやつ。メキシコ料理だよ」

 

 ギャングが器に盛ってくれた料理とスプーンを受け取り、エミは早速がっつき始める。他の面々はトルティーヤもサルサもモーレも何のことか分からなかったが、空腹を思い出さない者はいなかった。

 

「ほら、あんたらも食べな」

「ありがとうございます」

 

 三角形のチップスと、赤いソースが盛られた器が配られた。一行を安心させるためか、ギャングの1人が目出し帽をめくって料理を一口食べて見せる。

 ジンは代わりに液体のチョコレートを受け取り、首元の摂取口へ搾り出した。人間でもメイガスでもない彼を、ギャングたちは物珍しげに見ていた。

 

「あ、コレ美味しい!」

「うん、イケるよ。ちょっと辛いけど」

「うむ、美味い」

「香ばしいわね。辛味で頭もスッキリするわ」

 

 レビンも一口食べてみると、酸味と辛味のあるソースがチップスに絡んで確かに美味い。独特の香ばしさがあり、食べ慣れない味だが食は進む。

 

「美味しいです、これ!」

「だろ?」

 

 ギャングの1人が得意げに胸を張る。

 

「辛さ控えめに作ったけどよ、もうちょい辛くすりゃ深酒した翌朝にもいいぜ」

「ハハ、アメイジアンに酒の話したって分からねーだろ」

 

 笑い合う彼らの言葉を聞いて、レビンも他の面々もここが異邦だと実感した。アメイジア圏では禁制のリアルアルコールが、ここでは普通の嗜好品なのだ。

 

「小さい頃コレ気に入って、毎朝コイツらのシマへ行ってさぁ」

「チラキレスの食い逃げとつまみ食いで懸賞金かけられたのアンタくらいだよ」

「アレって何でチャラにしてもらえたんだっけ?」

「確か、アンタがサツの懐から作戦計画書をスリ取って来たからじゃなかった?」

「ああ、そうだった。皿洗いも手伝ったっけ。あの店、あーしがいない間に潰れてないよね?」

「ホセの所だろ。繁盛してるよ、皿洗いに人を増やそうかってくらい。行ってやったら?」

 

 思い出話に花を咲かせながらも、エミは手早く食べ終わった。他の面々もそうだ。着いたも同然とは言うが、アトランティスへの到着を急がねばならない。

 

「ご馳走様!」

「ご馳走様でした」

「思いがけない歓待、心から感謝する」

 

 アルマンがギャングらに頭を下げた。

 

「正直な所、空腹に耐え難かった」

「なぁに、エミの友達ならこのくらいするよ」

「あんたが監督官だろ? 運が良かったな、エミが助けを求めたら一個旅団があんたの収容所を襲ったぜ」

 

 陽気に冗談を飛ばし、彼らは一行を改札口の先へ案内した。

 

 印象通りここは古い駅で、アメイジア崩壊前に放棄されていたらしい。古い設備だが清掃や保守点検は行き届いており、停車している電車……懸垂式モノレールも稼働状態だった。

 

 一行はギャングらに感謝を告げて乗車し、やがてモノレールが自動運転で動き出した。暗いトンネルの中を。

 タクシー内よりは広々とした座席に腰掛け、8人全員が一息吐く。

 

「案外、って言うかかなり気の良い奴らだったね」

「……俺の姿を見ても大して驚いてなかったな」

 

 シェーフォンとジンが感想を漏らす。その外見からしてメイガス以下の扱いをされることも多かったジンにしてみれば、好奇の目で見られる程度は気にならないようだ。

 

 そんな彼らの横で、ヒルデがアルマンへ目を向けた。

 

「……監督官、1つ質問が」

「ヒルデ。このオッサンはもう監督官じゃない。当人曰く『今日からただのオッサン』だそうだ」

「ああ、そうか。では、オッサン」

「貴様らなぁ」

 

 呆れた様子のアルマンの隣で、ジュリーは楽しげに笑っていた。彼がようやく協会から解放されたことを喜んでいるのだ。

 

「アトランティスへ逃げて、その後はどうする?」

「まず昨晩奪ったデータの解読を全て完了させる。そしてサイカとハレルヤに仲介してもらい、現地勢力と協力関係を築き、アムリタ計画を阻止する」

「ハレルヤの話だと、すでに日系・イタリア系グループは協力に前向きだそうよ」

 

 ジュリーが補足した。ハレルヤは最初から、アトランティスも計画の標的にされると察していたのだ。

 ヒルデは何処となく物憂い気だった。それを見てか、アルマンは咳払いをして再び口を開いた。

 

「貴様らには感謝している。社会のゴミとされた囚人に、粗大ゴミ扱いされたメイガス。この面子で昨晩の作戦をやり遂げ、そして今日ジュリーを失わずに済んだ。だが私はもう監督官ではないし、貴様らに命令する権限も無い」

「降りるなら降りていい、ってことッスか?」

「そうだ。とは言え、貴様は……」

 

 質問して来たエミに目を向けるアルマン。彼女には降りることができない理由がある。

 

「このままじゃアトランティスが危ないッスからね。そりゃ一緒に戦うッスよ」

「うむ。シェーフォン・ウー、貴様はどうだ? 不仲とは言え、実の父親と殺し合うことになるぞ」

「ああ、確かにグアンロン・ウーは実の父親だ。オレはアイツから愛されていた」

 

 シェーフォンは心底忌々しげに吐き捨てる。

 

「つまりオレにはアイツの寝首を掻くチャンスがあった。思い止まっていなければネスト77の人たちは助かったかもしれない」

「お前……」

「今からでも他のネストの人たちは助けられるかもしれない。グアンロンはオレが殺す、この親殺しは孔子様でさえ咎めないだろうさ」

「……分かった。共に戦おう」

 

 他人ながら改めて分かった。ウー家は最早肉親の情だの、親子中修復だの、そんな悠長なことを言える段階ではない。シェーフォンは幼少期に実の母親を奪われ、ドリフターになった後には親兄弟より大事な家族を殺されたのだ。そして今や、親殺しの理由は復讐心だけではない。

 

 そして、ジン・カフカ。

 

「……アンタは少なくとも、アメイジア軍の上官よりは敬意を払うに値する」

「貴様にそう言われるとはな」

「生まれてから今日まで、本当に友達だと思えたのはここにいるお前らだけだ。みんな国の命令でも金のためでもなく、ただ義憤のために協力して昨夜の作戦をやり遂げた。最後まで一緒にやらせてくれ」

 

 義憤。それは確かに、昨晩この8人が共通して抱いた感情だった。AO結晶に人のパーツが生えている光景は忘れそうになかった。

 

 ヒルデがジンの肩に手を触れた。

 

「ユナイター。その『お前ら』の中に私は含まれているのか?」

「ああ」

 

 顎の無い顔で頷くジン。しっかり彼女の目を見ていることが本心の証か。

 ヒルデは深く息を吐いた。

 

「分かった。私も最後までサポートする。ただし約束してくれ。犠牲になろうとはしないと」

「……いいだろう。ただし、お前もだ」

「……そうだな。約束する」

 

 思えば初陣の時、ヒルデも自分の身を犠牲にしようとした。その点ではヒルデとて、ジンの気持ちがまるで理解できない訳ではない。

 

 そしてタンヤンとレビンも同じ思いだった。

 

「ボクもユナイターと最後まで一緒だよ」

「同じく。粗大ゴミのカッコイイ所、見せちゃいますよ」

 

 全員、不退転の決意だ。ジュリーがアルマンに微笑みかける。彼女が言った通り、この社会のゴミたちは本当の同志となったのだ。つくづく彼女には敵わない。

 

「けどオッサン、これだけは教えてよ。この件、あんたは誰かの命令で動いてるわけ? それともあんたが指揮官?」

「……誰の命令でもない。指揮官、というより言い出しっぺが私とフィベリオだ」

 

 最早彼らは囚人ではないし、自分も監督官ではない。可能な限り隠し事は無しだ。

 

「ハイスクール時代の同期でな。あいつは元々イタリア系ということもあり、アメイジア崩壊後サンジョベーゼへ移ったが……それからも心の中では親友だった」

「あの人がアムリタ計画を知って、オッサンに伝えたってこと?」

「……それはな……」

 

 その時。

 ふいに車内へ眩しい光が差し込んだ。ここまで最小限の照明しかなかったため、一行は目が眩みそうになる。

 

 トンネル進路上のゲートが開いたのだ。

 

「……帰ってきた」

 

 しみじみと声を漏らし、エミが先頭へ移動する。自動運転のためモノレール先頭からの眺めは良い。レビンや他の面々もゲートの先を見るべく集まった。

 

 メイガスの目は人間より早く明るさに慣れた。そして息を呑んだ。衝突しそうなほど近くに建物があったのだ。

 モノレールの左右を挟む高層建築。地下ネストでは土地を節約するため、街を高層化するのは珍しくない。だが建物の密度が高すぎる。近くの窓へ飛び移れるほどの距離をモノレールが通って行く。

 建物は裕福なネストに比べると汚れが目立ち、飲食店や工務店、医院等の看板が無秩序に並んでいた。建物の各階の高さも不揃いで、まるで積み木のような建築に見える。

 

 線路が走っているのはネストの底からかなりの高さだが、さらに上の階層もあった。所々を跳ね橋が繋いでおり、人通りは多い。それどころか窓の庇の上を歩く子供の姿まであった。

 危ないと声をかける人はいないのか……そう心配しながら見つめるレビンの肩を、エミが叩いた。

 

「アトランティスへようこそ」

 

 混沌とした光景に唖然とする仲間たちを、満足げに眺めるエミ。スラムと聞いて連想する景色を超える規模だった。

 

「……地下にこんな面白ェ場所があったのか」

「地上ネストでも無いでしょ、ここまでゴチャゴチャした街は」

 

 ジンとシェーフォンも興味津々に街を見下ろしている。彼らも元々はアメイジア出身だ。富裕層の生活も底辺の生活も見たことはあるが、整然とした地下ネスト、見すぼらしい地上ネスト、どちらの景色とも違う場所に今はいる。

 

 メイガスたちは好奇心と不安の入り混じった表情で、その光景に見入っている。ハレルヤとの出会いで一部を覗き見ていたジュリーも興味は尽きないようだ。

 

「……『地下唯一にして最大の魔境』。実際に来るとますます情報量が多いわね」

「サイカ。ここで過ごすために、何かアドバイスはあるか?」

 

 アルマンの問いに、エミは近くの建物の壁を指差した。先ほどの駅にかけられていたのと同じメキシコ国旗、そして骸骨のウォールアートが見えた。

 

「ここは駅にいたエル・ヴァリエンテのシマッス。壁の落書きを見れば仕切ってるギャングが分かるから、ソイツらの文化、しきたりに敬意を払うこと。初っ端からバカにされて気分の良いヤツはいないッスからね」

「それはそうだ」

「あとメイガスに反感持ってる人は割といるから、承知しといてください」

 

 それを聞いて、レビンは以前聞いた話を思い出した。

 

「『預言者』のような人たちですか?」

「いや、あそこまで極端じゃないよ」

 

 苦笑するエミ。ヒルデが横目でジンをちらりと見た。

 

「ここってあーしが小さい頃はマジ酷くてさ、どのギャングも争ったり仲直りしたりの繰り返しで、毎日人が死んでた。でもアメイジアが崩壊してから少しずつ、アトランティスのためにみんなで協力できるようになった。どうしてだと思う?」

「……強大な力を持っていたアメイジアが呆気なく滅んだのを見て、危機感と連帯感が強まったのでしょうか?」

「いや、多分もっと闇深い理由でしょ」

 

 口を挟んだのはシェーフォンだった。基本的に性善説で思考するレビンに対し、彼はアメイジアや協会の闇をより詳しく知っている。

 ジンも顎の無い顔で頷いた。

 

「だな。ここはアメイジアの全体主義に反発した連中が民族ごとに集まって暮らしてるんだろ。そいつらが仲違いするようにアメイジアが裏工作してたんじゃねーの?」

「正解ッス。ちなみにあーしの両親はヤクで死んだらしいんスけど、後で調べたらここで出回ってたヤクの出処は8割がアメイジアでした」

 

 その場にいた全員が、エミのアメイジア嫌いに納得した。単に富裕層へのやっかみではなかったのだ。

 

「つまりアトランティスを酷い状況にすることで、アメイジアの正当性をアピールしてた、ってことだよね」

「では、メイガスを良く思わない人が多いのも……」

「……アメイジアの手先という印象があるから、か」

 

 メイガス陣も合点が行ったようだ。元々ゼロ型メイガスはアメイジアが独占していたテクノロジーなのだ。

 ジュリーは“妹”からそうした事情をいくらか聞いていたのか、驚く様子は無かった。

 

「でも、ハレルヤみたいなメイガスは他にもいるのよね?」

「ええ、ゼロ型メイガス自体は結構住んでるし、普通に生活してますから。最近じゃここで生まれたヤツらもいるし」

「このネストで製造しているんですか!? ゼロ型メイガスを!?」

 

 驚きの声を上げたのはレビンだったが、その場にいるほとんどの者が驚いていた。人間的情動を持ったゼロ型メイガスは極めて高度なテクノロジーで、旧アメイジアかその系列の地下ネストでしか生産されていない。アメイジア崩壊後は地上でも入手自体は可能になったが、値段は非常に高価だ。

 本来ならスラム街で作れるものではない。クレイドル兵器のみならず、ゼロ型メイガスまでも自力で作っているとはあまりにも常識はずれだ。

 

「うん、さっきのタクシーの運転手とかね」

 

 話しながらモノレールのコントロールパネルに手を置き、警笛のボタンを押す。進路上で窓から身を乗り出して向かいの家に叫んでいた女性が、慌てて顔を引っ込めた。

 

 ジュリーがふとため息を吐いた。呆れたのではなく、感心したのだ。

 

「アトランティスは混沌故に可能性が溢れている。ハレルヤの言った通りね」

「そうッスよ。兄さんはその可能性を信じられなくて協会に入ったけど……ここの住人みんなが協力すればどれだけのことができるか、もう分かってる」

 

 窓の住人に手を振り、再び警笛を鳴らすエミ。この光景がアトランティスの日常なのだ。

 

「……エネルギー源がどれだけ大事だろうと、ここのみんなを人柱にされてたまるか」

 

 街の喧騒の中、モノレールの駆動音が静かに聞こえる。

 レビンはエミの肩にそっと手を置いた。彼女の郷土愛を理解できたと思うほど自惚れてはいないが、メイガスは普通のAIにはない『共感力』を持っている。まだこのネストのことを何も知らなくても、エミにとって大事な場所なら一緒に守りたい。

 

 それに、ラウロもそう望むのではないか。そんな気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミたちがアトランティスへ入ったという知らせは同胞たちにも届いた。ビルの間を通る狭い通路を武装した集団が進む。年齢は10代から20代、東洋系の容姿だ。全部で6人ほど、彼らの文化圏で『特攻服』と呼ばれる派手なジャケットを羽織っている。

 しかし先頭に立つ男はスーツ姿で、一見するとアメイジア系ネストにいても不自然ではない見た目だ。腰に帯びた日本刀を除けば。

 

「総長さーん!」

 

 頭上から声がしたかと思えば、その声の主が窓から飛び降りて来た。着物の裾をはためかせながら着地し、鉄板の通路が鈍い音を立てる。

 

「エミちんたちをお迎えに行くんでしょ? あたしも行かせて」

「お前、危ないことすんなや。反射的に叩っ斬ってもうたらどうすんねん、クソメイガスがよ」

 

 総長と呼ばれた男は呆れた様子でハレルヤを叱る。その後身振りで「着いて来い」と伝え、そのまま歩みを進めた。

 

「お迎えの人数これだけ?」

「こんな狭い所を大勢で歩いたら近所迷惑やろ。トリコローリが宴会の準備してはるから、夜アイツらのシマへ集合や」

「えー!? 何でそれあたしに教えてくれなかったのー!?」

「今教えたやろがい」

 

 適当にあしらうリーダーに、後ろの手下たちは笑っていた。彼のメイガス嫌いは仲間全員が知っているものの、リーダーとしては人間にもメイガスにも公正だ。

 

 無秩序な迷路の如く入り組んだ通路を、淀みない足取りで進む。僅かに差し込む光の中で子供が遊んでおり、一行を見ると挨拶した。

 ふと、通り道にある一室に目をやった。診療所の看板がかかった部屋の前で、見すぼらしい身なりの男が道を掃いている。

 

「おう、アンタ。もう体はええんか?」

「ああ、トシロウさん。どうも」

 

 疲れた声で、しかし笑顔を浮かべ、男は頭を下げる。白人の男だ。老けて見えるが、外見よりは若そうな印象である。

 

「おかげ様で大分良くなりました。ありがとうございます」

「ワイやのうて、あの医者のおかげやろ。礼はあっちに言いや」

「はい、もちろん……みなさん、お出かけですか?」

「協会に捕まっとった手下が脱獄してよ。迎えに行ったろ思てな」

 

 そんな会話をしている時だった。診療所のドアが勢いよく開き、白衣の女性が飛び出した。

 

「博士! まだ安静にしているように言いましたよね!?」

 

 激怒するその女の喉にはナブラ端子が見えた。メイガスであるが、人間相手に一切遠慮することなく箒を取り上げ、男を羽交い締めにする。

 彼女は外見的には普通のゼロ型メイガスと違う所があった。その手が人間的な人工皮膚ではなく、金属とプラスチックが剥き出しのマニュピレーターだったのだ。加えて損傷しているのか、右目を眼帯で隠している。

 

「い、いや、もう歩けるし……」

「ダメです! 戻りなさい!」

 

 彼を絞め殺すのではないかという勢いでねじ伏せ、診療所の中へ強制連行するメイガス。トシロウの手下が気を利かせてドアを閉めてやった。

 

「……ここへ来たメイガス、どいつもこいつもキャラが濃くなりよるな」

「総長さん。子は親に、AIは人に似るものだよ」

「親殺したワイにそれ言うんかい」

「あ、ゴメンなさい。流石にデリカシー無かった」

 

 

 ……日系ギャング団が立ち去った後、診療所の中では男がベッドへ放り込まれていた。狭い空間の奥に3台のベッドがあり、小さい診療所ながら一応入院患者が生活できるようになっていた。

 メイガスが拘束ベルトを取り出すと、男は慌てて抵抗する。

 

「ちょ、ちょっと待て! 僕はただ、治療費も払えないから、せめて何か……」

「ここは私のクリニックです。人間だろうとメイガスだろうと、患者は私の指示に従っていただきます」

 

 ブロンドの髪のメイガスは毅然として言い放った。男の方は呆気にとられる。

 

「……メイガスが人間に命令するのか?」

「貴方との契約はもう破棄されていますから。貴方に従う義務はありません」

「……だったら助ける義務だって無いだろう。どうしてここまで……」

「アトランティスはみんなで助け合って生きる場所です。そして私はここで医師として活動しています。理由はそれで十分でしょう」

 

 男はふーっと溜め息を吐き、大人しくベッドに身を横たえた。それに安堵したメイガスは拘束ベルトを机に置く。

 

「……君、変わったな」

「お別れした後、色々ありましたから。『二度とその顔を見せるな』という最後のご命令を守れなかったことはお詫びします。申し訳ありません」

「偶然僕の方から転がり込んで来ただけだ」

「偶然か、それも因果というものでしょうか」

 

 会話をしながら、メイガスは時計を確認して食品棚を開ける。狭いクリニックなのでベッドから見える距離だ。

 

「僕を怨んでいないのかい?」

「……博士も変わりましたね、まるで私が人間であるみたいに接するなんて。それは私が貴方にお尋ねすることですよ、博士」

「……僕は……」

「貴方のお役に立って、認めて欲しくて、でもやること為すこと裏目に出て」

 

 昼食に適した材料が足りないことを確認し、彼女は買い物袋を手に取った。護身用に拳銃も帯びる。

 

「許して欲しいなんて虫のいいことは言いません。むしろ許さないでください。お礼も言わないで。ただ元気になってください」

 

 何処となく悲しげな笑顔を浮かべ、玄関口へ向かう。食料を買いに行くことを告げて。

 

「戸締りはしておきます。帰って来た時大人しくしていなければ、今度こそ縛りますからね。もちろんご飯は『あーん』で食べさせてあげますし、下のお世話もしてあげます」

 

 近くに置かれた尿瓶を指さされ、男は観念したようだ。

 

「分かったよ。……あー、エリシュカ」

「はい?」

「その目も誰かにやられたのか? その、ギャングの抗争に巻き込まれたとか」

「ああ、これですか。博士の好きなヤン・ジシュカみたいですよね」

 

 眼帯を指差して微笑み、質問に答えることなく出て行く。彼女の背を見送って、男は再び溜め息を吐いた。

 

「因果、か」

 

 彼女の吐いたAIらしからぬ言葉を思い出し、目を閉じる。自分が死に損なったことにも意味があるのだろうか、そう自問しながら。

 

 

 

 

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。
アトランティスの風景は謂わば「メガ九龍城塞」みたいなイメージですが、私の文章力で表現できているかどうか。
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