SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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29.魔境の因果

 ベルが鳴り響き、モノレールは駅のホームに到着した。駅が設けられているビルもあちこち補修されていたが、整然とした設計で作られた旧アメイジア時代の建築物だった。

 このアトランティス・ネストとて、作ったのはアメイジアだ。地下農場・養殖場、そして国民の不満を解消するための巨大リゾート地となるはずだったという。結果的にその都市計画は頓挫して放棄され、アメイジアに反発したイタリア系住民の入植を皮切りに、今の混沌の坩堝へと変わっていった。

 

 一行の到着した駅に掲げられているのは白地に赤丸の日本国旗だ。ウォールアートも日の丸に三本足の烏や、『旭日衆』の文字が鮮やかに描かれている。出迎えた者たちの羽織る『特攻服』にも。

 

「トシロウ! みんな!」

 

 ドアが開いた直後、エミが真っ先にホームへ飛び降りた。先頭に立つスーツ姿の男がフッと笑う。

 

「よう帰ってきたな」

「ただいま!」

 

 拳をぶつけ合わせ再会を喜び合う。年の差はあれど気心知れた仲のようだ。

 続いて、エミより歳下と思しき少年が2人進み出て、勢いよく頭を下げた。

 

「エミさん! オレたちのドジでエミさんが捕まって、本当に申し訳ありませんでした!」

「申し訳ありませんッした!」

「気にすんなって、先輩の役目だよ。あんたらも無事で良かった」

 

 笑顔で彼らの肩を叩くエミは、いつもより5倍くらい器が大きく見えた……というのがレビンの感想だった。

 そしてアルマンの後に続いて降りて来たジュリーに、着物姿のハレルヤが勢いよく飛びついた。

 

「お姉ちゃん!」

「ハレルヤ!」

 

 知り合ってからさほど日は経っておらず、現実では初めて出会ったことになる2人。しかし抱き合って再会を喜ぶ姿は、人間の姉妹とさほど変わらないように見えた。

 

「あー、無事で良かった~」

「貴女のおかげよ。本当にありがとう」

 

 そんな2人を尻目に、トシロウと呼ばれた男は一行を一瞥した。年は20代半ばと言った所か。黒いスーツに日本刀、整った髪型……スラムのギャングのリーダーにしては以外にも綺麗な身なりをしている。

 

「エミのことやから、どーせ飽きたら勝手に逃げ出すやろと思っとったが……他の囚人はともかく、監視と役人も一緒に逃げて来よるとは」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、アルマンへ手を差し出す。後ろで見ていたシェーフォンはその所作の隙の無さに舌を巻いた。自分とは違うにせよ相当に武芸を修めている。

 

「あんたが指揮官やろ。ワイはトシロウ・ネゴロ、ライジングサンズっちゅうグループの総長や。日系人地区はワイらが仕切ってる」

「アルマン・デュカスだ。急なことにもかかわらず受け入れてくれたこと、感謝する」

 

 握手を交わした2人は、手を通じて互いの握力のみならず、体幹までもを感じ取った。アルマンとて生身での格闘術は心得ているが、このトシロウという男はさらに上を行く。シェーフォンにも並ぶのでは無いかとさえ感じた。

 

「エミの友達なら歓迎やで。人間でも……メイガスでもな」

 

 ふと、エミに寄り添う白髪のメイガスへ目を向ける。視線を受けて姿勢を正すレビン。

 

「コイツか、お前の監視役にされたツイてないメイガスは?」

「レビンと申します。お会いできて光栄です」

 

 礼儀正しく頭を下げるレビンだが、その名を聞いてトシロウはまたフッと笑った。

 

「犬の名前付けたんかい?」

「何となく似てるから」

 

 エミは畏まっているいる相棒の耳元に口を寄せた。

 

「この人ね、メイガス嫌いなくせにメイガスからモテることで有名なんだよ」

「アホなこと教えんなや」

 

 ギャングたちに笑いが起こった。トシロウは溜息混じりに、一行を先導し歩き出した。一先ず落ち着いて今後のことを話し合わなくてはならない。

 

 駅を出ると建物の密集した狭い路地へ出た。壁には弾痕やギャングのウォールアートの他、『覚醒剤を持ち込んだ者は斬首』だの『家電大売り出し』だのと言ったポスターも見受けられる。

 道脇の水道で洗髪したり、タンクに水を汲みながら談笑する人々もいた。

 

 時に壁に設けられた穴からビルに入り、中の階段を降ってからまた外へ……はぐれたらエミ以外は確実に遭難するだろう。

 

「ほな何かい、夜には核爆弾でクズ共の拠点花火にして、朝にはアンティークもんの戦車で大暴れしたっちゅうんか。末代まで語り草にできるやん」

「クレイドルより楽しかったよ。何かこう、ハンドルとかペダルとか、ガチャガチャやる感じが」

「お前らしい話や。しっかし自衛隊の戦車か、置き去りは勿体無い……」

 

 武勇伝を語って聞かせるエミの後ろで、レビンらは興味深げに周囲を見回していた。

 

 跳ね橋へ差し掛かり眼下を覗くと、いくらか広い通路に人々がひしめいていた。露天が軒を連ね、合間を縫うようにしてバイク、時にはクレイドルも通っていく。

 

 

「棟梁、下から行った方が近いですよ!」

「あんなメイガスだらけの通りを歩けるか!」

 

 伊勢の良い声が聞こえた。見るとビルの階段を登りながら、壮年の男性と青年姿のメイガスが言い合っていた。

 

「あのねぇ棟梁、僕だってメイガスなんですからね!」

「おめェは特別だよ、おめェは!」

「いや何度も言ってるけど、ただのメイガスですよ僕も! ただ棟梁と巡り合わせがあっただけで!」

「巡り合わせがあったから特別だってんだよ! 他のメイガスだって俺以外の誰かにとっちゃ特別だろうよ! だから気に食わなくても、ぶっ壊しちまえとまでは言わねェんだ!」

 

 最下層まで届くのではないかという大声で怒鳴り合いながら、彼らは大工道具を手に階段を登って行った。

 レビンは唖然とした様子でその背を見送っていたが、その隣でエミが笑い声を上げた。

 

「いやー、帰ってきたって実感するなー」

「ホンマ元気なジジイやで」

「ここにいるメイガス嫌いの人って大抵はあんな感じだから。あんま怖がらなくていいよ」

 

 地元民たちの説明を聞きながら、シェーフォンはふと相棒を見た。タンヤンも初めて見る光景に圧倒されているようだ。

 

「君らはどう思う? このネスト」

「情報量が凄くてクラクラしてくる」

「はは、なるほど。オレは何だか、初めて来たのに不思議と懐かしく思えるよ」」

 

 辺りをぐるりと見回すシェーフォン。他のネスト同様、街を照らす日光は人工の物だ。光量は他の地下ネストに比べれば低く、ビルが密集しているせいで日当たりが不十分な場所も多い。加えて建物の壁に残った弾痕や刀傷らしきものが、かつて激しい抗争があったことを物語っている。

 狭く劣悪な環境に見えるが、子供達が笑いながら走り回り、先ほどの大工たちも活力に満ちていた。

 

 好奇心旺盛に景色を見つめるタンヤンやレビンに対し、ヒルデは自分の契約者の方を気にしていた。ジンの足取りが少し乱れ始めたのである。

 

「……アクチュエーターの調子が悪い」

 

 彼女の視線に気づき、ジンが正直に告げた。

 

「サイカ殿、私のユナイターが辛そうだ。先ほど言っていた医者は近くにいるのか?」

「ああ、そんなに遠く無いよ」

 

 エミはトシロウへ向き直った。

 

「ジンさんをエリシュカ先生の所へ連れて行かないと。体にガタが来てるっぽい」

「ああ、ほなお前案内したれ。お前ん家の向かいの喫茶店で待ち合わせや」

「了解」

「……エリシュカ……?」

 

 医者らしき人物の名前をふいに反芻するジン。

 丁度その時、下方から声が聞こえた。

 

 

「エリシュカせんせー! この前はありがとー!」

 

 子供の声だった。エミが跳ね橋の欄干から下方を確認すると、ビル沿い通路で手を振る少年が見えた。その目線の先にはブロンド髪の、白衣を着たメイガスがいた。

 

「またケガしたら行くねー!」

「来ないのが一番です! 二度と怪我しないように!」

 

「……噂をすれば」

「あのメイガスですか?」

「うん。ジンさんを診てくれそうなの、あの人くらいだから」

 

 エミは欄干から身を乗り出し、息を大きく吸って叫んだ。

 

「エリシュカ先生ーッ!」

「……ああ、エミさん!」

 

 橋を見上げ、エリシュカというメイガスは笑顔を見せた。

 

「やっぱり脱走して来たんですね」

「一緒に逃げ出した人がいてさぁ、先生に診て欲しくて……」

 

 その時。エリシュカは片方だけ残っている目をハッと見開いた。視線の先にいたのはエミではなく、ジン。

 途端に身を翻して走り去る彼女に、ジンも思わず欄干から身を乗り出した。

 

「やっぱりアイツか……!」

「ユナイター、まさか彼女は……!?」

 

 ただならぬ様子を見て、ヒルデは彼の心中を察した。以前聞いた彼の過去と、タクシーの中でエミが言ったことからの推察だった。

 結果的にそれは的中していた。

 

「アイツ……ピシュタラ計画の主任の助手だったメイガスだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……エリシュカが診療所へ駆け戻った時、患者の男は起きて薬品棚を眺めている所だった。血相を変えて飛び込むように帰ってきた彼女に、男は慌てて言い訳を始めた。

 

「あの、どんな薬を使っているかと思って。別に抜け出そうとしたわけじゃ……」

 

 そんな彼を他所に、エリシュカは鞄を掴んで辺りのものを詰め込み始めた。食料、金品、薬品。そして戸惑う男の手を握る。

 

「博士、逃げますよ!」

「は!?」

「急いで!」

 

 メカニカルな腕で強引に引っ張り、外へ連れ出す。他に患者がいないのが幸いだった。

 人通りの少ない通路へ進み、周囲を警戒しながら走る。少し前まで栄養失調に苦しんでいた男はあまり速く走れず、エリシュカは抱きかかえることにした。

 

「博士、私に掴まって!」

「待て待て待て! エリシュカ、一体何なんだ!?」

「ジン・カフカです! 彼がこのネストに来たんです!」

 

 男は目を見開いた。震える拳を握りしめ、「彼が……」と呟く。その表情に驚きはあったが、不思議と恐れている様子は無かった。

 

「今から行く場所に身を隠してください。私が、貴方はもう死んだと彼に言えば……」

「いや、エリシュカ。僕は逃げない」

 

 震える声で、しかし毅然と言い放つ。差し出された手をそっと振り払った。

 

「君が言った通り因果なんだろう。彼が僕を探しているなら、向き合う時だ」

「何を言っているんですか! 殺されるかもしれないのに……!」

「僕はメイガスを信用できなかった。君を道具として扱った。そのくせ起きたことの責任を自分で取れず君を責め立て、今日までのうのうと……」

「私が独断であんなことをしたから……!」

 

 説得を試みるエリシュカだが、男は首を横に振った。

 

「ピシュタラ計画そのものが僕の責任だ。カフカ伍長の件は、僕が情けなかったせいで君が決断せざるを得なかった。すまない」

「い、いけません博士! 私に謝るなんて……!」

 

 どちらかと言えば凛とした顔立ちに、まるで泣き出す寸前の子供のような表情が浮かぶ。男はゆっくりと語りかけた。

 

「君たちには《成長律》というのがあるんだろう。例え殺されることになっても、僕が成長するには過去と向き合う他無い」

「メイガス三原則なんてクソ喰らえです!」

 

 その時、足音が近くに迫った。逃げようとしていた進路を塞ぐようにエミが、そしてエリシュカは名を知らないメイガスが立ちはだかる。

 

「先生ッ! 話を聞いて!」

「エミさん……!」

 

 男の前に立って庇いつつ、エリシュカは顔見知りの少女と向き合った。彼女はアトランティスの地理を知り尽くしており、少なくとも日系人地区で追跡されれば逃げ切れない。

 

「エミさん、お願いです。彼だけは逃がしてあげてください。大粛清の時だって庇ってくれたじゃないですか」

「そう、庇ったよ。先生もハレルヤも」

 

 エミはあくまでもエリシュカを宥めようとしていた。

 

「そのあーしが、落ち着いて話を聞いてって頼んでるの。ただジンさんの体を治してほしいだけなんだよ」

 

 掌を前にかざし、間合いを取りながら説得を試みるエミ。慎重なのはエリシュカが厄介な相手だと知っているからだ。

 

 現に今、普通のメイガスとは違う機械然とした腕から、内蔵式のテーザーガンを露出させていた。レビンがエミの隣で大人しくしているのは、自分に任せておけば大丈夫だから手出しするなと言い含められているからだ。

 

「……何故貴女がカフカ伍長を……?」

「一緒に脱走して来たんだよ。この街に危機が迫ってる。ジンさんもあーしらと一緒に戦ってくれる、でも体のあっちこっちにガタが来てて……治せそうなのはエリシュカ先生くらいなの!」

「あたしからもお願い」

 

 背後へ飛び出してきたのはハレルヤだった。エリシュカは身構えたが、テーザーガンを使うことはしなかった。彼女のハッキング能力を知っているからだ。

 

「ハレルヤ、貴女まで……」

「あのサイボーグさんは診療所で待たせてる。もう歩くのも辛くなってきてるの。あの人は助けが必要な患者だよ」

 

 その言葉に反応したのは『博士』の方だった。

 

「……それは本当か? 彼は助けを求めているのか?」

「……ヴィーテク・イェリネク博士。元アメイジア先進技術研究所所属、軍での最終階級は技術大尉」

 

 脳内の情報を淡々と読み上げるハレルヤ。時々ライジングサンズから依頼を受け、気になる余所者の経歴を調べているのだ。

 

「ピシュタラ計画とかいうヤツの責任者。そうでしょ?」

「……ああ。僕が、彼をあの体にした張本人だ」

「ならジンさんを治せる?」

「診てみなくては断言できないが、今からでも果たせる責任を果たしたい」

 

 テーザーガンの露出したエリシュカの掌を、イェリネク博士がそっと押さえる。覚悟の決まった目……エミにはそう見えた。

 

「君は医師の矜持として僕を助けてくれた。今度はカフカ伍長が助けを求めている。僕は君を見習いたい」

 

 毅然として背を向け、今来た道を引き返す。エリシュカは拳を握りしめながらも、微かな金属音を立てて武器を収めた。

 そして、かつての契約者の後へ続いた。

 

「……そう。今の私は、アトランティスの町医者……」

 

 

 アトランティスには過去を捨てた者が多く集まる。ただし、過去から逃げ切れるとは限らない。

 

 

 ジンは診療所の待合室で大人しく座っていた。壁に貼られた人とメイガスの体の図解や、来院した子供が描いたらしいエリシュカの似顔絵を眺めながら。

 

 傍に付き添うヒルデは彼の様子をじっと観察していた。自分を今の体にした相手にどのような感情を抱いているのか、まだ分からない。しかし以前にピシュタラ計画の顛末を聞いた際、憎しみがあるようには感じられなかった。

 

 診療所のドアが開き、エリシュカらが帰って来た。彼女は手の形状と右目の眼帯以外は昔のままだ。

 しかし一緒に入ってきた男は、声を聞くまで誰だか分からなかった。

 

「カフカ伍長……」

「……イェリネク博士か?」

 

 ジンは目を見開く。

 

「何というか、随分老け込んだな」

「ああ、かもしれない。君と同い年のはずなんだがな」

「カフカ伍長!」

 

 体の震えを堪えて、エリシュカが口を開いた。

 

「貴方には私たちを憎む理由があります。ですが、貴方に仲間を殺させたのも、貴方を殺そうとしたのも私の判断です。だから、だから博士は……」

「俺は誰も憎んだことは無い。あともう伍長じゃない」

 

 話を遮り、ジンは上着を脱いだ。脇腹には未だに対物ライフルの弾がめり込んでいるが、彼が指差したのはその上……胸甲に書かれた、他の被験者たちの名前だった。

 

「こいつらを覚えてるか?」

「忘れた日は無い。誰1人として」

「責任を感じているなら、助けてくれ」

「私たちの頼みは1つだけだ」

 

 ヒルデも訴える。

 

「彼を治してくれ。生きられるように……いや、戦えるように」

 

 イェリネクは小刻みに頷いた。気が触れて死んでいった10人の名を凝視し、大きく深呼吸をする。

 

「僕がやる。その体を作った者として……僕には君を治す義務がある」

「……無理ですよ」

 

 金属と樹脂の手が肩へ置かれた。振り向くとかつての助手が呆れ顔で見ていた。

 

「貴方はちょっと前まで栄養失調で死にかけていて、まだ入院中じゃないですか」

「エリシュカ、僕はもう……」

「それにこのネストを全然知らない。必要な資材が何処で手に入るかも」

「……それは……君に……」

「そうです、ここは私のクリニックです。よって私が彼の主治医、貴方は私の助手です」

 

 その場にいた誰もが唖然とした。いや、外から覗いていたエミとハレルヤは笑っていた。レビンとヒルデは「こいつ本当にメイガス(同胞)か?」という目でエリシュカを見ている。

 ジンはイェリネク、相棒、エリシュカを順番に見て、自分の結論を声に出した。

 

「俺はどっちでもいい」

「……分かった。よろしく頼むよ、エリシュカ先生」

 

 苦笑するイェリネクの顔は、先ほどまでより少し明るく見えた。

 

 

 

 

 

 その後、入院することになったジンと付き添いのヒルデを残し、エミ、レビン、ハレルヤは他の面々と合流しに向かった。念のためトシロウに頼み、診療所の周囲に警備を置いてもらう予定だ。

 

「このネストじゃエリシュカやあたしみたいな、人間と契約しないで好き勝手に暮らしてるメイガスも結構いてね。『ソリスタ』って呼ばれてるの」

 

 階段を登りながら、ハレルヤがレビンに説明する。

 

「ハレルヤさんも以前は契約者がいたんですか?」

「あたしの契約者になるはずだった人はアメイジア崩壊で死んじゃった。顔も知らないままだったよ。エリシュカは契約破棄された後、自己停止を選択したっぽい」

「で、ここのドリフターがアメイジアの跡地から2人を発掘して、連れて来たんだよね」

「発掘というか盗掘だけどね。まあお陰でアトランティスに来れて良かったと思ってるよ」

 

 溌剌と笑うハレルヤ。アトランティスでは各ギャング団が自前のドリフター組合を組織している。協会からすれば違法操業だが、そもそも協会からAO結晶が供給されないのだから止むを得ない。そして時にはアメイジア跡地にまで踏み入る者もいるようだ。

 

「誰かと契約したいと思ったことは無いのですか?」

 

 常に契約者有りきで行動してきたレビンとしては、ハレルヤのようなメイガスをなかなか理解できなかった。しかしだからこそ興味がある。

 

「エミちんと契約したことあるよ」

「え!?」

 

 意外な返答だった。エミが自分以前にメイガスと契約していたという話は聞いていなかったし、自分への接し方からしても経験があるとは思わなかったのだ。

 当のエミは苦笑した。

 

「トシロウに密輸よりドリフターやったらどうや、って言われてさ。コフィン付きクレイドルの練習したんだよね。でもコンビ組んでしっくり来るメイガスがいなくて」

「で、付き合いが長いあたしと仮の契約したんだけど、大ゲンカしちゃってその日の内にご破算ってワケ」

「今考えるとアホらしいんだけど、それまで『エミちん』って呼ばれてたのが『ユナイター』って呼ばれるようになって、何か嫌で」

「あたしがクレイドルのナビゲートはヘタクソだったのもあるよ。やっぱソリスタが向いてるわ、あたし」

「あんまりケンカしたから、2人揃ってトシロウからゲンコツ食らったよね」

「そうそう。それで一緒に総長さんの悪口言いまくってる内に仲直りしたんだよねー」

「……なるほど」

 

 破茶滅茶な話であったが、レビンはその光景が想像できた。身勝手な人間と身勝手なメイガスが組めばそうもなるだろう。

 同時に、総長トシロウの苦労にも同情した。レビンからすればエミに悪事をやらせていた人物だが、悪人なりにエミのことを思いやって色々と頭を悩ませているのかもしれない。できれば彼とも話をしてみたくなった。

 

「でもさー。レビンちんとは上手くやってるんでしょ?」

「まあね」

「せっかく協会からレビンちんを『持ち逃げ』できたんだから、戦争終わったらここでドリフターやったら?」

「いやー、やっぱあーしには向いてないって。脱走するまで1ヶ月ちょっとやったけどすぐ飽きたし。楽しかったのは最初の内だけだったわ」

「あの、エミさん。お言葉ですが」

 

 レビンは口を挟むことにした。元監視役であり相棒である身として、今の発言にはツッコミを入れざるを得ない。

 

「囚人として3日の訓練期間と劣悪な装備で結晶採掘を強要されて、しかも自分で言うのも何ですが不具合を抱えたメイガスが監視役。そんな環境で『最初の内は楽しかった』と言える時点で、向いてないとは思えません」

「あー、レビンちん。エミちんの場合、向いてるとかじゃなくてね」

 

 今度はハレルヤが苦笑い。

 

「やること為すこと全部遊びの延長なわけ、エミちんにとっては。だから何やっても他の人の5倍早く上達して、10倍早く飽きるわけ」

「……なるほど」

「ハーモニカはずっと飽きないっぽいけどね」

「音楽はずっと楽しいよ、いくら上手くなっても終わりが見えないし。トシロウにとっての剣術と同じだよ」

 

 そう嘯いて『ベラ・チャオ』のリズムを鼻歌で口ずさむエミ。本来ドリフターは刺激を求める者が志願する仕事なのだが、彼女にとってはそれでも退屈らしい。

 

「でも囚人扱いでなければ、ドリフター業もまた違ってくると思いますが」

「そうだよ、アトランティスのためにやるならモチベ湧くんじゃない?」

「気は進まないね。協会は『メイガスと二人旅』とか言って萌え豚を志願させようとしてるけどさ、ただ毎日地上へ出勤するだけで旅でも何でもないじゃん。それはこっちでも変わらないでしょ」

「まあ……あたしやエミちんの基準じゃ『旅』と呼ぶに値しないよね」

 

 笑いながら溜め息を吐くハレルヤ。エミに密輸を辞めて欲しいと考えている者が地元にもいると分かり、レビンとしては少し嬉しい。ただしハレルヤの場合、単に道義によるものではなかった。

 

「けど何にしろ、今回の件が終わった後で密輸人続けられると思わない方がいいよ」

「……どういう意味?」

「これからの戦いは、サンジョベーゼとの小競り合いとはワケが違うってこと」

 

 ハレルヤの目はいつになく真剣だった。

 

「戦争だよ、コレ。しかもこれから決戦が始まる。負ければアトランティスは滅びる」

「分かってるよ、勝つしかないじゃん」

「そう。で、勝った後は?」

「え?」

「旧アメイジア暫定政府、ドリフター振興協会、ダークマーケットその他諸々。今の社会を形作ってる組織の幹部や中枢がアムリタ計画に関わってる。そいつらを倒せば情勢が一変するでしょ」

 

 エミは無言になった。富裕ネストのような高度な教育を受けたわけではないが、ハレルヤの言う『情勢の変化』というものは理解できる。まだ18年にも満たない人生の中で身を以て経験してきた。

 

「今のアメイジア圏社会を例えるなら、クソデカいボロボロの塔だよ。壁に空いた穴にゴミ袋を詰め込んで形を保ってるレベル。でもクソデカい。もし倒れれば何もかも変わるし、倒した張本人が知らん顔はできないっしょ」

「……あーしらも今までのシノギを続けてられるか分からない、か」

「そう。総長さんは今からそのことも考えてるんじゃないかな。あの人は勝者の責任ってのを分かってるから」

 

 そこまで話し、ハレルヤは言葉を切った。いつもの笑顔を見せ、エミに向かって手を合わせる。

 

「ゴメンネ。久しぶりにお姉さん面しちゃった」

「ううん、ありがと。確かに考えなきゃいけないことだわ」

 

 溜め息を吐き、ビルの隙間からネストの天蓋を見上げる。この薄汚い天蓋の遥か上で起きていることも、決してアトランティスと無関係ではない。

 次いで協会から『持ち逃げ』した相棒を顧みた。

 

「一緒に考えてくれる?」

「はい、もちろんです!」

 

 溌剌と答えるレビン。エミはギャング自体から足抜けしようとは思わないだろうが、それでも密輸人より良い生き方を目指せるかもしれない。エミがこの街の人々を思いやっているように、住民たちも彼女のためを思っているのだから。

 

「けど、まずは勝たなきゃ仕方ないからね。美味しい物食べて力つけよう」

 

 3人は足を止めた。待ち合わせ場所の店へ着いたのだ。

 地元民2名と違い、レビンは入るのを躊躇った。その店はビルの壁にずらりと並ぶドアの1つで、看板にはカフェと書いてある。そしてドアには大きく『メイガスお断り』の貼り紙があったのだ。

 

「あの、コレ……」

「あー、気にしなくていいから」

 

 苦笑しつつドアを開け、レビンに手招きするエミ。

 『地下世界唯一の魔境』『混沌の坩堝』……このネストについて理解するには時間がかかるかもしれないが、可能性に溢れた土地であることは本当なのだろう。レビンはそう察していた。

 

 或いはラウロも、このネストであれば正しく在り続け、何かを成し遂げることができたのだろうか。そんな思いが胸中に過ぎっていた。

 

 

 

 








お読みいただきありがとうございます。
しばらく戦闘シーンは少ないと思いますが、まあ元々バカ3人とメイガスの関係がメインの話ですので。
あと特に意味は無いけど各章の代を変えました。
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