SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

31 / 31
30.フクロウの眼

 

 ドリフターは危険な職業であり、振興協会は自前の病院も保有している。規模、医療機器、技術、いずれも旧アメイジアから受け継いだ一級品である。が、全て協会員がここで高度な医療を受けられるわけではない。

 

 現在集中治療室のベッドで生命維持装置に繋がれているのは、特殊作戦室のライフォン・ウーだ。複数箇所の骨折に加え内臓も損傷しているが、生きて逃げ帰れたのは当人のフィジカルと部下の応急処置、弟2人の犠牲のおかげだ。

 

「……父上」

 

 病室へやってきた父に、ライフォンは掠れた声を上げた。次男として父親の偉大さ、恐ろしさをよく知っているが、今のグアンロンは彼ですら見たことのない様子だった。小刻みに震えていたのだ。

 

「……リンファは助かったが、子供を産めなくなった。最新の再生医療でも完治の見込みは低いそうだ」

 

 いつもよりゆっくりとした口調で、父は言葉を紡ぐ。

 脳裏に兄の姿が過ぎる。恐ろしいほどに冷め切った口調で妹を「蝿から蝶は産まれない」「お前もどうせ売女を産む」と罵りながら、子宮の位置を執拗に刺していた。

 止めるべく挑んだ弟達は腑を引き摺り出され、それでも自分たちを逃すべく戦い続けた。

 

「……デュカスは……?」

「収容所を自爆させて逃げた。わざわざフェイフォンとユンフォンの死体を外へ放り出してからな。奪ったメイガスも奪還され、ラボを警備していた部隊も大損害を受けた」

 

 化け物どもめ……グアンロンは小さく悪態を吐く。同時に生まれて初めて、自分の決断を後悔し始めていた。

 

 娘は子宮に甚大なダメージを負わされていたが、殺された三男・四男の死体も酷かった。男性器と睾丸をむしり取られ、それを口へ詰め込まれていたのだ。間違いなく、父親である自分へ向けたシェーフォンからのメッセージである。

 

あのメイガス(シィユェ)を破壊したのは失敗だった。シェーフォンがドリフターを続けるよう誘導するつもりが、それによって奴は手のつけられぬ怪物と化してしまった。奴がメイガスごときにそこまで耽溺していたと見抜けなかった」

「……兄さんは何処へ?」

「恐らくはアトランティス」

 

 推測ではあった。しかしサンジョベーゼへ亡命するとは考えにくく、アトランティス出身者が同じ小隊にいたとなれば、その伝手を頼るのが自然だろう。しかも戦死した部下たちの遺したログで、収容所にアトランティス製の兵器が秘匿されていたことも判明した。さらに放射線測定器も……ネスト77への核攻撃は彼らの仕業と見て間違いない。

 

「かくなる上はこの父自ら、奴に引導を渡す」

「父上!」

 

 チューブで生命維持装置と繋がれた体を、ライフォンは無理矢理起こそうとした。看護師が慌てて止めさせる。

 

「もう一度、機会をください! 兄さん……シェーフォン・ウーを殺し、弟達の仇を討つ機会を!」

「落ち着け。お前もその体では最早……」

「『サーペンタイン』を使います!」

 

 息子の悲痛とも言える叫びに、グアンロンは目を見開く。

 

「あれは欠陥兵器だ。精神への影響も未知数なのだぞ」

「手段を選べる状況ではありません。このままでは死なせた部下たちに合わせる顔も無い。僕たちの悲願、アメイジア復興ため捨て石となります!」

 

 親子はしばらく、じっと見つめ合った。

 

 旧アメイジア時代から汚れ仕事を請け負ってきた一族として、亡国の復興は至上命題だ。グアンロンの父はそれを否定したが、息子たちはまだ諦めていない。

 それを幻想と嘲笑い叛逆した長男を除いて。

 

「……まずは体を治せ。話はそれからだ」

 

 息子の手を握って言い聞かせ、グアンロンは踵を返した。

 

 

「やあ、ウー室長」

 

 集中治療室を出た先で、思わぬ人物が待ち構えていた。協会のトップ、ツールック会長だ。

 

「孫娘が出産を終えたという話をしただろう。そろそろ退院できるそうだ」

 

 冷めた目でグアンロンを見ながら、淡々と自分の状況を語る。最新のアンチエイジング処置を受けられる富裕層の寿命はかなり長く、ツールックもグアンロンも実年齢はかなり高い。

 

「おめでとうございます」

「ありがとうと言いたい所だが、あまりめでたくはないな。このタイミングで特殊作戦室開設以来の大敗とは」

 

 横目でちらりと集中治療室のドアを見やる。ライフォンの容体についてはもう知っているのだろう。

 

「まあ私も人の親だ。今の君に追い打ちをかけるほど私も鬼ではない……と言いたい所だが、君の次男坊は失敗してはならない作戦で失敗した」

「分かっております。アトランティス・ネスト以外に奴らが身を隠す場所はありますまい。至急捜索を……」

「それが容易でないことは分かっているだろう。チェンバレン部長はもういないのだからな」

 

 故人の名を出して皮肉めいたため息を吐くツールック。盗賊征討作戦の指揮、及びアトランティスへの調略を担当していたチェンバレンという男はもうこの世にいない。彼こそシェーフォンによって惨殺された幹部だからだ。

 

「君の長男は本来極刑に処すべきだった。君の頼みだから生かしておいたらこのザマだ」

「……申し訳ありません。事が済めば如何様にも責任をとります」

「まあ今回の責任は社会福祉課にもある。彼らの予算を大幅にカットして君へ回す。部隊の再編に使いたまえ」

「感謝いたします。責任を持って、シェーフォンは必ずや私が始末いたします。当然他の者も」

 

 グアンロンは本気だった。かつては確かに長男を愛していた。しかし彼は実母や祖父、そしてメイガスからの影響を受けすぎた……最早殺すしかない。

 それに対し、ツールックは再び溜め息を吐いた。

 

「そうしたまえ。だが敵ながら少なからず彼に同情するね」

「……何ですと?」

「そもそも彼が君に反抗するようになったのは、君の不倫が原因だったそうじゃないか。その挙句、全ての元凶である父親に殺されるとは」

「……会長、いくら貴方でも家庭の事情に口を出す権利は無いはずです」

「ウー室長。それを言う資格があるのは、家庭の事情が職務に悪影響を与えていない者だけだ」

 

 ツールックの苛立ちは次第に露骨なものになっていった。

 

「チェンバレンが殺された時点で、計画に大幅な修正が必要になったのは覚えているだろう。彼の死も、君の三男、四男の戦死も、元はと言えば君の下半身が無節操だったせいだ。違うかね? 若気の至りでは済まんぞ」

 

 侮辱。されど真実。言い返せず拳を握りしめるグアンロンに、ツールックは鼻を鳴らして背を向けた。

 

「不快なら家伝の殺人拳で私を殺すのも良いだろう。余計に面倒なことになっても構わないなら、だが。とにかくこれ以上の失敗は許されない」

 

 去っていく上司の背を見送り、グアンロンは素数を数えながら大きく深呼吸した。

 

 かつてのアメイジアの栄光を、子々孫々まで雨に怯えず暮らせる時代を取り戻す。自分の父はそれを否定したが、グアンロンは諦めていない。そのためにはエネルギー問題の解決は必須。ライフォンの言う通り、すでに手段を選べるフェーズは過ぎた。

 信念は揺るがない。例え父親のみならず、我が子を手にかけることになろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 個人の好き嫌いはあれど、甘い物は人を癒す。茶やコーヒーといった嗜好品の香りもだ。

 アトランティス人は過酷な環境の中で生き抜いてきたからこそ、それらの重要性を分かっているらしい。

 

「お待ちどうさま」

 

 カウンターに置かれた「パフェ」なるものを見て、レビンは思わず息を呑んだ。

 色鮮やかなシロップ、フレーク、クリームの織りなす層はあたかもステンドグラスのような美しさだ。その頂点には赤いシロップをかけたアイスクリーム、さらにイチゴが飾られている。

 

「本物のイチゴとか久しぶりに食べたよ」

「ボク多分初めてだ」

 

 すでに食べ終わっているシェーフォン、タンヤン組が感想を漏らした。本物の野菜や果物は高級品だが、元々アトランティスが作られた目的には食糧生産もある。アメイジアが遺したプラントを再稼働させ、ある程度の安定生産ができているようだ。

 

「通称アトランティスのルビー。流石に高いから、しょっちゅうは食べられないけどね」

「また食えて嬉しいわー、コレ」

 

 舌鼓を打つハレルヤとエミ。レビンもそのパフェの造形美を惜しみつつ、スプーンでアイスをすくい、イチゴと共に口へ運ぶ。噛み締めると甘酸っぱい果汁が溢れ、冷たく甘いアイスと混ざり合った。

 

「美味しい……!」

「紅茶もどうぞ。アールグレイ風です」

 

 青年姿のメイガスが柔和な態度で給仕をしてくれる。この店は彼が1人で、単純作業用ロボットの手を借りながら切り盛りしているようだ。古びた店内は可能な限り掃除され、コンクリートの壁に似つかわしくない繊細な茶器を使っている。窓がほとんど無いため閉塞感はあるが、所々に置かれた装飾品で明るい雰囲気が作られていた。

 

「ありがとうございます。……あの、ところで」

 

 レビンは入店時から気になっていたことを訊いてみることにした。『メイガスお断り』の貼り紙をしているくせに、店を営んでいるのがメイガスである件だ。

 店主はそれを予測していたようで、苦笑いを浮かべる。

 

「表の貼り紙でしょ? すみません、前の店主がメイガス嫌いで。でも行き場の無い僕を店に置いてくれたんです」

 

 話しながら、カウンターの裏で食器を洗浄機へセットする。水を使わないタイプだ。

 

「遺言で店は僕の好きにしろと言われたので、アレは剥いじゃってもいいんですけど」

「……けど?」

「剥いじゃうと、あの人は本当にもういないんだな、ってなるから」

「……なるほど」

 

 レビンは話してくれたことに礼を言って、食事を続けた。何となく彼の感情は理解できたのだ。あまりAIらしくない考え方だが、一度契約者を失ったレビンには分かる。

 

「このネストにも格差っちゅうもんはあってな。生野菜なんてなかなか食えん人もおる」

 

 アルマンの対面でコーヒーを味わっていたトシロウが、ふと口を開いた。

 

「アンタ、ワイらの武器買うて昨晩使ったやろ? なかなかええ品やと思うが」

「ああ、このネストの技術力には驚いた。あれが無くては昨晩の作戦は上手くいかなかったかもしれない」

「せやろ、統合造兵廠にはめっさ金注ぎ込んだんやで。その割にはあんま儲からへんねん、兵器っちゅうのは」

 

 トシロウの話を聴きながら、アルマンとジュリーは紅茶を飲む。なかなか悪くない味と香りだ。

 

「ホンマは兵器より、もっと農業プラントと養殖場に金かけたいって、みんな言うとるねん。生産数増えれば食える人も増えるし、地区ごとの分配で揉めんでようなるし」

「しかし防衛を疎かにしては、今の生活さえ守れないかもしれない」

「そういうこっちゃ。サンジョベーゼがワイらのプラントを狙っとる、ヤクの原料を作るためにな。兵器輸出は地上で奴らに反発する勢力との、パイプを作るためにも必要や」

「地上への進出がお望みですか?」

 

 ジュリーが尋ねると、トシロウはフッと笑った。

 

「アトランティスはまだまだ人口増えよる。ネストを自力で拡張もしとるが、住居だのエネルギー問題だの解決するには地上への勢力拡大しかあらへんやろ。サンジョベーゼと協会の馬鹿どもが、小競り合いで地上資源を浪費しとる辺りが……欲しいところやな」

「要するに、とにかくサンジョベーゼが邪魔ということか」

「せや。そこへアンタらが今回の件を教えてくれた、と……」

「トシロウ、パフェおかわりしていい?」

 

 能天気なエミの声に、トシロウは呆れ顔を浮かべる。

 

「ええけどお前、今夜イタリア系地区で宴会やからな。お前の帰還祝いや、お前が腹壊して何も食えへんとかアカンで」

「平気平気。あーしの胃袋はクレイドルの背中みたいにヤワじゃないから」

 

 喜び勇んで、今度は抹茶パフェを注文するエミ。それを見るトシロウは呆れながらも、どこか嬉しそうだった。

 

「……アトランティス中の重鎮に召集かけたが、集まるのは明日の晩や。昨晩奪ったデータの解析っちゅうのは……」

「それまでには必ず終わらせます。ハレルヤも協力してくれるので」

 

 ジュリーがきっぱりと言い切る。アトランティス全体の協力が得られるかはそこで決まるのだ。

 トシロウは頷いた。アムリタ計画の対象にアトランティスが含まれていることは分かっているが、彼にとってはその他の情報も暴き出す必要があった。単にこの街を守るためではない、ピンチをチャンスに変えるためだ。

 

「ほな、よろしく頼むで」

 

 コーヒーを飲み干す彼の微笑みは、自分が奸雄・梟雄の類であることを隠そうともしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……喫茶店に行くことができなかったヒルデは、エリシュカと共に街中を歩いていた。ジンの体を修復するため、必要な素材を買いに行くところだ。すでにトシロウから、費用はライジングサンズが負担すること、診療所に警備を置くことを約束されている。昨夜の一部始終を見たトシロウは、ジンがどれだけの戦力になるか分かっているのだ。

 

「はぐれないように気をつけて」

「ああ」

 

 細い路地を抜け、大通りでは人混みをかき分けて歩く。時には階段やハシゴで上下にも移動した。

 アトランティスが挨拶代わりに銃を撃つネストというのは、少なくとも現在では間違いだった。しかし足を踏み入れれば二度と帰れない、という噂は真実かもしれないとヒルデは思った。単に構造が複雑すぎるからだ。

 

「貴女とカフカさんは上手くやれているのですか?」

「何と言うべきか。理解し合えたとは思えないが、私は彼を尊敬しているし、彼もメイガスは嫌いだと言いながらも、私のことは尊重してくれる」

「それは何よりです」

 

 言葉を交わしながら、エリシュカは迷う事なく歩いて行く。荷物持ちを手伝うため同行するヒルデは、今ひとつ彼女を信用して良いか分からなかった。しかし頼れるのは彼女とイェリネク博士だけだ。

 

「おっ、エリシュカ先生。この前はありがとよ」

 

 サイバネ義足を着けた老人が道端から笑いかける。エリシュカも笑顔を返した。

 

「イケダさん。その後どうですか?」

「前みたいな痛みは無いよ。次の検診はこっちから歩いて行けそうだ」

「それは何よりです。お大事に」

 

 笑顔で手を振り、そのまま歩いて行くエリシュカ。その後に追従しながら、ヒルデは疑問に思ったことを尋ねてみることにした。

 

「私のユナイターと君の契約者を一緒に残してきて、不安は無いのか?」

「元々お2人は仲良しでしたから。それと、イェリネク博士との契約は既に破棄されています」

 

 エリシュカは自嘲気味に笑った。

 

「私が独断でカフカさんを『処分』しようとしたことで不興を買いましてね」

「……何故そんなことを? 彼も他の被験者のように発狂する可能性が高かったからか?」

「ええ、あの時点では。博士は精神が衰弱して、とても決断は下せないと思ったので」

 

 以前ジンからピシュタラ計画の顛末は聞いている。殺されそうになったことについては何も言っていなかったが、イェリネク博士を気遣うエリシュカの姿にグロテスクなものを感じたと、心情を吐露していた。

 だがヒルデとしてはエリシュカを批判はできない。

 

「彼が眠っている間にテルミットで頭部を破壊しようとしましたが、気づかれて両腕を斬り落とされました。彼はそのまま脱走し、結局今でも理性を保っている。とんだ無能でしたよ、私は」

「私は彼のことが好きだ。だが同じメイガスとしては君の判断を悪く言えない。発狂の原因は不明なのだろう?」

「ええ、それもあの時点では」

 

 意味深な言葉に、ヒルデは足を早めて彼女の隣に並んだ。端正な顔を横から覗き込む。

 

「今では分かっているのか?」

「私の中では。憶測に過ぎませんが、もし聞きたければ……」

「聞かせてくれ」

 

 天秤棒を担いだ物売りを避けながら、ヒルデは食い気味に頼んだ。人間・メイガス問わず、今生きている者でジンのことを最もよく知っているのはエリシュカとイェリネクなのだ。

 

 エリシュカはふと足を止め、近くの壁に寄りかかった。弾痕と刀傷がかつての抗争を物語る、古い建物だ。

 

「クロト・ルミエール上等兵をご存知ですか?」

「被験者の1人か」

「そう、カフカさんを除けば最も長く正気を保っていた方です」

 

 ジンの胸甲に名前が書かれていた人物だ。友達と呼べる存在はエミやシェーフォンたちが初めてだと言っていたので、被験者仲間に友情があったわけではないのだろうが、それでも名前を忘れたくないらしい。

 

「彼はこのネストの出身でした。当時の環境に嫌気が差してアメイジア軍へ志願したそうです」

「ああ、アメイジア崩壊以降に治安が改善されたと聞いた」

「ええ。ですが当時から変わっていないこともあります」

 

 隻眼が虚空を眺めた。密集した無秩序な高層スラムで大勢の人々がひしめき、ビルの壁や天井には縦横無尽に電線が走っている。

 

「狭い住居に押し込められ、衛生面も良いとは言えない。しかし似た環境で暮らしていた旧アメイジア下級市民と違って、ここの住民は精神の安定を保つのに薬物の助けを必要としません」

「そう言えばサイカ殿も、協会から支給された精神安定剤を一切飲まなかった。ここの住民は精神的に強靭なのか?」

「強靭、とは違うと考えています。ルミエール上等兵とカフカさんの精神が、他の被験者より特別強靭とは思えませんでした」

 

 鬼ごっこをして遊ぶ子供たちが近くを走り抜けて行く。道脇のベンチでは老人が2人で『将棋』と呼ばれるボードゲームを楽しんでいた。何処からか楽器の音色も聞こえる。それらを見渡し、エリシュカはヒルデに視線を戻した。

 

「このネストで、かつて無駄だと思っていたことも色々と学びました。例えば古代中国の『三魂七魄』という言葉。人間とは肉体というハードウェアに、意思や知性を司る『魂』、感情を司る『魄』というソフトウェアを複数インストールして稼働するもの、という考えです」

「つまり人間の意思も、我々(メイガス)と同じく複数のプログラムで成り立っていると? 面白い考えだとは思うが……」

「科学的根拠はありません、それは置いといて。その言い伝えでは『魂』は死後別の場所へ行き、『魄』は消去(デリート)される。しかし偶発的・人為的トラブルで魄のみが肉体に留まった場合、その人間は知性を失い人の血肉を食らう怪物『殭屍』となる」

「……それがピシュタラ計画と何の関係が?」

「脳の構造とは別に、人の意思を人たらしめる存在があるのでは……私はそう思うのです。仮にそれを今の言い伝えに則り『魂』と呼ぶとして」

「ちょっと待て。君はそれを本気で言っているのか?」

 

 根拠の無い憶測だと言ってはいたが、もはやオカルトに片足を突っ込んでいる。メイガスでもスピリチュアルな話をすることはあるが、大抵はユーモアやフィクションとしてだ。エリシュカはそれを大真面目な顔で、実際の出来事と絡めて話している。

 破棄されたとは言えかつての契約者を助手扱いしたり、やはりまともな状態のメイガスでは無いのだろうか……ヒルデからそう思われることを、エリシュカの方は予想していたらしい。

 

「まあ最後まで聞きなさい。人体の過度な機械化はその『魂』の数値を著しく損なうと、私は考えました。だから被験者たちは殭屍と化してしまった」

「……では、私のユナイターとルミエール上等兵は?」

「アトランティスの社会は、管理社会だったアメイジアとはまるで違います。他者との交流や刺激、他では失われた文化活動、民族の誇り、そしてもしかしたら飲酒も……このネストのそうした環境は『魂』の数値を大きく引き上げる。だからルミエール上等兵は長く耐えられた」

「だが私のユナイターはアメイジア出身だ」

「そう。アメイジア人は『魂』の数値が低い……カフカさんに至っては、生身の頃から一切『魂』を持っていなかったのでしょう」

「……は?」

「ゼロからいくら引いてもゼロのまま、ということです。砕けた言い方をするなら、彼は最初から狂っていたから狂わない、と」

 

 2人はしばらく沈黙した。街の喧噪が耳に響く。

 

「人の心を持たずに人に生まれ、人の社会で生きていくことを強いられた。あの人はどれだけ辛かったでしょうか」

「……失礼だが、君の妄想に過ぎないだろう」

「そう思いますか?」

 

 目を見て問われ、ヒルデはすぐに反論できなかった。

 科学的根拠の無い荒唐無稽な憶測、しかし符合する点は確かにある。彼は機械の体になる前から他の人間を理解できなかった、アメイジアにいた全ての者を軽蔑していた……そう語っていた。

 

「人になれないのに人の形をして、人らしくあることを強いられる我々メイガスも、或いは似たようなものかも知れません。ただの愚かなAIだから辛くないだけで」

「……愚かなAI、か」

「ピシュタラ計画について疑問に思いませんでしたか? 人体を機械に置き換えるより、メイガスを重装化した方が早いのでは? って」

「え? ああ、それは確かに」

 

 エリシュカは不意に苦笑した。どうも彼女は自分を含めて、メイガスそのものを軽蔑しているように見える。

 

「メイガスの役割は人類の良き隣人であるべきで、戦闘のサポートはできてもメイガス自体が兵器になるべきではない……旧アメイジアの統括AIがそう判断したそうです」

「……つまり人類の良き隣人を兵器にするのは駄目で、当の人間を兵器化するのは良いと?」

「狂ってますよね。それに疑問を抱かなかった自分の愚かさも恨めしいですが。そんな歪んだアメイジアの社会だから、ジン・カフカというバグが生まれたのかも」

 

 

 その時、向かいにある店のシャッターが耳障りな音を立てて開いた。シャッターに書かれている開店時間よりかなり遅いが、目の細い中年の男が大急ぎで店を開けている。

 

「やっとですか」

「あ、エリシュカ先生。待ってたの?」

「規則正しい生活をしてくださいと言ってるじゃないですか。どうせ意味もなく夜更かしして寝坊したんでしょう?」

「いやいや、昨夜は値打ち物が大量に入ってさ。けど偽物も混じってたから、鑑定してる内に朝に……」

「前の定期検診もすっぽかしましたね」

 

 説教しながら、ズカズカと店に踏み入るエリシュカ。ヒルデも続いたが、かなり違和感があった。その店はどう見ても機械部品ではなく、古着を商っているのだ。

 

「次来なかったら総長さんがお説教してくれるそうなので、必ず来るように」

「分かった、分かったよ。で、今日は何か探してんの?」

「ええ」

 

 エリシュカは手際良く、無造作に衣類を引っ掴んでカウンターに置いた。黒いシャツ、迷彩柄のジャケット、古びたダメージジーンズ。

 

 支払いを済ませると、今度はその衣類をヒルデに押し付けた。

 

「着替えてください」

「……これを私に?」

「そんな『協会の手先で〜す』って格好でアトランティスのストリートを歩くなんて、自殺行為ですよ」

「……なるほど。感謝する」

 

 ヒルデは素直に従い、店の奥の部屋で着替えた。今まで着ていた制服にはドリフター振興協会のマークがしっかり入っていたのだ。

 

「ほー、似合ってるじゃないか。首飾りにも合ってる」

 

 ストリートファッションになったヒルデを見て、店主がコメントした。首飾りとはジンの顎の骨だ。

 

「顔の割にパンクなアクセサリーだな。契約者の趣味かい?」

「あー、まあ。そんな所か。どうもありがとう」

「制服は焼却処分してくださいね」

「分かってるよ、足が付くと不味いんだろ」

 

 流石アトランティスと言うべきか、店主は訳ありの客には慣れているようだ。

 

 古着屋を出て、2人は再び歩き出す。

 

「すまないな、服代まで出してもらって」

「私がこのネストへ来た時も、色々な人に助けてもらいましたから。『恩送り』というやつです」

 

 エリシュカは微笑んだ。イカレているが、医師らしく心優しいメイガスではあるようだ。

 

「その骨を貴女が持っているあたり、カフカさんとは信頼関係を築けているのですね」

「最初は怒らせてばかりだったが。私の不具合のせいで彼を危険に晒したしな」

「不具合?」

「前の契約者が殉職して、理由は分からないが私だけ生き残ってしまった。協会は私を初期化したが失敗し、断片的に残った記憶によってバグが生じたんだ」

「……なるほど。協会はメイガスを、萌え豚を釣ってドリフターにするための餌としか思っていないようですね」

「サイカ殿と同じようなことを言うんだな」

「治るかどうか保証はできませんが、診てあげましょうか?」

 

 そう尋ねるエリシュカからは協会への憤りと、純粋に医師としての義務感が感じられた。住民たちとの交流を見ていると、医師としては誠意を持って勤め、患者からも信頼されていることが窺える。人間もメイガスも診れるとエミは言っていたが、サイボーグ兵の計画に携わっていたならそれも納得だ。

 

「いや、ユナイターを優先してくれ。前の契約者の遺体を彼が命がけで回収してくれてな、それ以来バグは起きていないんだ」

「それは興味深い話ですね。しかしカフカさんもカフカさんで、意外と熱い所があると言うか」

「ああ。メイガスは嫌いだと言っているが、私のためにそこまでしてくれた。それが名誉ある行いだから、と」

 

 顎の骨を握り、振り返るヒルデ。分かり合えなくても互いに敬意を払えればそれでいい……ジンの言った通り、その後は上手くやれてきたと思っている。彼に更生を促すという任務はほとんど果たせなかったが、今やその任からも解放された。

 今、望むことは1つ。

 

「ユナイターは死を恐れないが、私は彼に死んで欲しくない。そのためならメイガス三原則なんてどうでもいい。人類の良き隣人だの、成長するAIだの、そんなのどうせ綺麗事だ。現にドリフターたちの争いを諌めるメイガスなどおらず、地上では殺し合いが続いているじゃないか」

 

 そこまで言って、ヒルデは自嘲的に笑った。

 

「やはり、私はまだバグっているのかもしれないな。だが私も君の言う通り『愚かなAI』なら、愚者なりに筋を通したい」

「……大丈夫ですよ」

 

 不意に、エリシュカの声が優しくなった。患者たちやエミに向けるのと同じように。

 

「貴女は貴女らしくしていなさい。私と同じような過ちは犯さないでしょうから」

 

 

 

 ……2人のメイガスはビルの隙間を抜け、イタリア系住民の地区に入る。やがて目的地へ辿り着いた。

 アトランティス・スタジアム。かつてこのネストがリゾート地として作られたことを物語る、数少ない名残だ。巨大かつ美しいその建物は今でも使われているが、スポーツ大会が開かれることは無い。

 今のここは、アトランティス統合造兵廠の本部だ。

 

 

 

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

3/11追記
元々原作をゲームとしては正直あまり楽しめませんでしたが、世界観には惚れ込んだのでこうして二次創作を書いてきました。
しかし書いている内に世界観も嫌になってきた上、体調不良も重なっているので更新を休止します。
どうせコメントくれる人も1人だけだし、その人には別の所で謝罪して受け入れていただきました。
再開は未定です。
しばらくは別の所でエロ小説でも書きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。