SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド- 作:空き缶号
エミの駆る3番機は、全力で1番機の援護に向かっていた。ゲリラ豪雨の中でブースターを吹かし、斜面を下っていく。雨で足下は悪くなっているが、コフィンに接続したレビンが的確に各部位の動きをサポートしていた。
「いいですか!? 少し攻撃して注意を引いて、即時撤退ですよ!」
「分かってる!」
シェーフォンからは自分の命を最優先にしろと言われたし、そうするつもりだった。だがこの状況で仲間が欠けては、任務達成は不可能だ。そして正規の協会員と違い、エミたちは自分の意思で進退を決められない囚人ドリフターなのだ。
仮に帰還を認められたとしても、訓練帰還僅か3日のエミが、単独でエレベーターに辿り着けるかという問題もある。だからレビンも、この危険な行為を止めなかった。
「シェーフォンさん、囲まれそうになってる!」
「あそこの瓦礫を遮蔽にして、私の合図で撃ってください!」
1番機は滑落自体のダメージは少ないようで、何とか立ち上がっていた。それを嬲り殺しにしようと、盗賊団のトムガーディアンが迫っていく。
とはいえ盗賊とて馬鹿ではない、6機中3機は周囲に銃口を向けて警戒していた。彼らがエミの3番機に気づくのと、エミがレビンの示した遮蔽物の陰へ飛び込んだのはほぼ同時だった。
「撃ち方始め!」
トリガーが引かれ、サブマシンガンLEが軽快にエネルギー弾を吐き出した。1番機に流れ弾が当たらないよう、離れた敵を狙って。
しかしやはりエミは実践経験が足りない。トリガーコントロールができていなかったのだ。
「撃ち方止め! 撃ち方止めです、ユナイター! 撃ち方止め!」
レビンの再三の制止にもかかわらず、マガジンが空になった。エネルギー弾は低反動だが、今撃った弾の半分は空へ飛んで行っただろう。
そして、エミに盗賊団からの猛射が浴びせられていた。咄嗟に瓦礫の後ろに隠れたが、盗賊団の6機中3機はエミの方へ向かって来た。
「EQS発動!」
レビンが告げた直後、周囲の地面に赤、黄、青のマーカーが表示される。敵の射線が通るかを可視化する機能だ。
「撤退です! できる限り、青く表示されている場所を通ってください!」
「わ、分かった!」
空からは青い雨、後ろからは弾の雨。メイガスのナビゲート、そして自分の勘……違法な運び屋業や窃盗、そしてカチコミで培った感覚を頼りに、決死の逃走を図る。
指揮官機を含む3機のトムガーディアンがそれを追跡し、残りは1番機へ迫った。
「……無茶するなぁ、あの子」
未だに危機的な状況下で、シェーフォンは呟いた。ジャックボックスの右手に握るハイレートサブマシンガンは、滑落時にどこかへぶつけたのか弾倉が脱落していた。チャフグレネードも、左手に握っていた1個とラックに装着していた分が、全て外れて散乱している。
そして盗賊団は、アサルトライフル、ショットガン、グレネードランチャーの、三つの銃口を向けていた。
「……ユナイター、ごめんなさい……ボク……」
不具合から回復したタンヤンだが、自分が原因で起きたことに慄いていた。シェーフォンはそんな相棒を尻目に、敵機の方を見ていた。シェイドフィールドはまだ展開されたままで、機体を豪雨から守っている。すでに敵は眼前、今さら解除して逃げ隠れできる距離ではない。
《き、聞ぃこえるかー? ヒヒヒ、新米協会員さぁん》
1機が、外部スピーカーで呼びかけてくる。妙なアクセントとテンション……何らかの薬物でハイになっているのかもしれない。クレイドルで長く活動していると、ストレスに耐えかねてこうなる人間はままいる。
《メイガスと積荷ぃ、置いて降伏、降伏しろよぉ。こここ、殺さないでやるからぁさぁ》
シェーフォンは無表情で盗賊の言葉を聞いている。いや、聞いていないかもしれない。
目線は3機のトムガーディアン足下へ向いていた。雨でぬかるんだ地面に、取り落としたチャフグレネードがめり込んでいたのだ。
「……降伏しよう、ユナイター」
震える声で、しかし可能な限り笑顔を作って、タンヤンは意見を具申した。自分の契約者を守るために。
「ボクなら大丈夫だよ。ほら、高く売れるだろうから、乱暴には扱わないだろうし……ボクのせいなんだから……」
「ちょっと黙ってて」
気だるそうに相棒の言葉を遮り、シェーフォンは外部スピーカーのスイッチを入れた。そして、細い目を見開いて告げる。
「逆だ!」
《あァ……?》
豪雨の中、盗賊の間の抜けたような返事が聞こえた。続くシェーフォンの言葉は、その場にいる誰も予想できないものだった。
「そっちが降伏しろ。ただし、どっちにせよ殺す!」
盗賊たちは一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかったのだろう。その一瞬の隙に、シェーフォンは機体を横へジャンプさせた。
クレイドルの跳躍力など高が知れている。ジンがこき下ろした通りだ。だがそれでも敵の射線をかわしながら、シェーフォンはサブマシンガンの照準を敵機の足下……土にめり込んだチャフグレネードへ定める。
刹那、銃声。マガジンが外れていても、薬室に送り込まれていた初弾だけは発射できる。
ステップしながらの極めて不安定な射撃だったにもかかわらず、その銃弾は狙い違わずチャフグレネードを直撃した。
「ぬおぉ!?」
途端に立ち込める煙幕。視界もレーダーも遮断され、盗賊団は何が起きたか分からなかっただろう。
シェーフォンはその煙幕の中へ突っ込んだ。自分からも敵は見えないが、長く生き延びてきたドリフターの直感で多目的チェーンソーを振る。これまたジンがこき下ろした通り、クレイドルは弱点のコフィンが大きいため、ある程度大雑把な一撃でも致命傷になるケースは多いのだ。
今回もそうだった。トムガーディアンの1機、ショットガンを持った機体がコフィンを深々と切り裂かれ、続いて返す一太刀でエックス型の傷を付けられた。その傷から黒煙が噴き出したかと思えば、コフィンが轟音と共に爆発した。
「ひとつ」
シェーフォンのジャックボックスは、そのトムガーディアンを力任せに蹴飛ばした。すでに制御が効かなくなっているため、すぐ近くにいた別の1機に衝突し、巻き込むように倒れる。
《このヤローォ!》
アサルトライフルを持った機体が、やはり勘で発砲した。しかしその射線の先にシェーフォンはいない。発砲炎から敵機の姿勢を察知し、背後へ回り込む。
後は同じように、チェーンソーの餌食である。
「ふたつ」
気怠げにカウントしながら、幸い落としていなかった予備弾倉を銃に装着し、コッキングを済ませる。大破したクレイドルの爆風で煙幕が霧散し始め、最後の1機の姿が見えた。大破した仲間の下敷きになっていたそいつは、何とかその状態から脱出し、機体を立て直そうとしていた。
しかし、生還は不可能だろう。シェーフォンは素早く距離を詰め、ジャックボックスの左手で相手の銃身を掴んで他所へ向け、そのカメラアイへ銃口を押しつけたのだ。
同時に相手の膝関節を踏みつけて、起き上がるのを防いでいる。
《……ヒヒィィィ、ィィ、てめえは、い、いったい……!?》
外部スピーカー越しの問い、もしくは悲鳴。
一瞬で立場が逆転させた姿は英雄的だったが、当のシェーフォンは空虚な眼差しで相手を見ていた。
「……“追命鬼”」
ジャックボックスの無骨なマニュピレーターがトリガーを引く。降り注ぐ豪雨に負けじとばかりの勢いで放たれる弾丸。カメラアイが叩き割られ、内部の機械構造を、パイロットの体を破壊していく。
1マガジン撃ち切ったとき、立っているのは泥まみれのジャックボックス1機のみだった。
「……近くに、敵の反応無し……ユナイターが、勝った……?」
獅子奮迅の戦いぶりに、タンヤンはまたも唖然としていた。その一方で虚しそうな、冷め切った様子のシェーフォン。こんなことをして何になるんだ……タンヤンには、そう言っているようにさえ見えた。
ふと、シェーフォンは地面に目を向けた。トムガーディアンの1機から、操縦席のハッチを開けて盗賊が這い出てきた。使い捨ての防護服で雨を防ぎ、クレイドルの残骸の裏へ隠れようとしている。操縦席が雨漏りし始め、シェーフォンが立ち去るまで待っていられなくなったのだろうか。
その直後、「グシャッ」という男が雨音の中に消えた。シェーフォンがその盗賊を……生身の人間を、容赦なくジャックボックスの足で踏み潰した音だ。どの道ブルーシストの付着した状態で帰還するクレイドルは必ず洗浄チャンバーに入れられるため、人間の血や肉片が付着してもシェーフォンは気にしない。
「タンヤン、2番機と3番機のシグナルどうなってる?」
淡々と言い放たれた問いに、タンヤンはハッと我に返った。
「あ、マップに表示するね!」
画面に近隣の地図が表示され、二つの赤い点が示される。ヒルデもレビンも無事、つまりクレイドルとドリフターも無事な可能性は高い。
「よし、一先ずエミちゃんの救援に……」
そう言いかけた途端、片方の点が消えた。代わりに小さく『SIGNAL LOST』と表示される。
「……レビンのシグナルが消えた。3番機は、撃破されたみたい……」
「……なら2番機と合流する。こっちがドンパチ始めても加勢に来なかったってことは、あっちも何かトラブってるだろうから」
ヒルデのシグナルはまだ近くで発せられており、こちらを見捨てたわけではないと分かる。そして項垂れるタンヤンへ目を向け、強い口調で告げる。
「まず今から何とかできることを何とかする! 自分を責めるのはその後だ! 分かったね?」
「……了解。サポートするよ!」
顔を上げたタンヤンに「良し」と呟くと、シェーフォンは機体各部の損傷チェックを命じる。移動に支障なし……報告を受け、振り続ける豪雨の中でスラスターを吹かした。
「やってられるか!
ジンは座席の下の緊急レバーを引いた。操縦席とコフィン、両方のハッチが開き、安全に地上へ降りるためのワイヤーが垂らされる。しかしジンはそれを使わず飛び出して着地した。ズシンと重い音を立てて。
ジャックボックスは膝を着いて煙を吹いて、やがて小さく爆発を起こした。クレイドルが雨を凌げる廃墟へ飛び込んだ直後、被弾した駆動系が限界を迎えたのだ。むしろここまでよく保ったと言えるが、ジンは労いの言葉をかけるほどクレイドルに愛着が無く、「役立たずが」と吐き捨てた。
そして開け放たれたコフィンから、ヒルデも脱出する。下に生えていた苔で足を滑らせたが、すぐに姿勢を立て直し……顔を上げた時に見たのは、ジンの冷めた眼差しだった。
「……申し訳ない。何らかのエラーを起こしていたようだ」
沈痛の面持ちで謝罪するメイガスに対し、ジンは無言で背を向けた。フードとスカーフでその表情は窺い知ることができず、ただ瞳の冷たさだけが際立っていた。
だが彼が背を向けたのは、近づいてくる駆動音に気づいたからだ。それでも動かず、建物の壁に空いた大穴を見つめる。
流石に振り切れてはいなかった。ショットガンを持った黒いトムガーディアンが、地響きを立てながら姿を表した。波線型のカメラアイが2人を見下ろす。
《隠れんぼは終わりだ。メイガスだけこっちに来い》
外部スピーカーから告げられる、野太い声。エースだけに冷静な口調だ。
《ドリフターは地面に伏せて両手を後頭部へやれ。そして俺がいなくなるまでじっとしていろ》
「……ユナイター、言う通りにしよう」
覚悟の表情で、ヒルデはジンの背に呼びかける。こうした盗賊団は俗に『メイガスハンター』とも呼ばれ、ドリフターから奪ったメイガスを売り捌いたり、時に身代金を取る。高級品のゼロ型メイガスは特に価値が高い。
時には強引に初期化して契約を上書きされ、抵抗できないようにして悪事に加担させられるケースもあるらしい。だがヒルデはそれでも、自分のユナイターを守ることを優先した。それがメイガスの通すべき筋であり、誇りだからだ。
「私は君を死なせかけた。せめてこの場で君を守れれば、まるっきり役立たずのメイガスでもないだろう」
《安心しろ、可愛がってくれる買い手を探してやる。ほら、早く伏せろ》
ショットガンの銃口がジンへ向く。形状や機構は人間用のポンプアクション式と変わらないが、クレイドルが扱うサイズである。人体に直撃すれば人の形など無くなるだろう。
自機は大破したも同然。外は豪雨。もはや逃げ道は無い。
「……古く賢き隻眼の神よ、英霊の館の主人よ」
ジンの発したその言葉は、ヒルデにしか聞こえなかった。雨音にかき消され、メイガスの鋭い聴力でしか感知できなかったのだが、聞こえても意味まで理解できるとは限らない。
「いずれ貴方の戦列へ加わる我が戦い、ワタリガラスの目を通し、ご照覧あれ」
直後、ジンは動いた。地面に伏せるのではなく、逃げるのでもなく、盗賊のトムガーディアンへと一直線に駆け出したのだ。
目を見開くヒルデ。バカが、と呟く盗賊。
向けられたショットガンは撃たれなかった。あくまでも威嚇のためで、下手に発砲してせっかくのゼロ型メイガスを傷物にはできない。人間相手など、クレイドルの巨体だけで十分だ。
持ち上げられた金属の足が、ジンを蹴殺そうとした。
「ユナイター!」
ヒルデの叫びが廃墟に響く。
しかし、トムガーディアンの足は止まった。いや、ジンが止めたのだ。盗賊は何が起きたか分からなかっただろう。何せ何トンもあるはずのその重量が、肩幅程度に開いた足と、手袋をはめた両手で受け止められたのだから。
「オオオオォォ!」
機械音の混じった雄叫びを上げ、ジンはクレイドルの重量に耐えた……どころか、押し返した。
《な、な、な、な!?》
盗賊が間抜けな声を上げるが、それを笑える者は誰もいないだろう。こんな状況は予想できまい。ただの肉片になるはずだった人間が、クレイドルの質量を押し返し、仰向けにひっくり返すなど。
そしてジンは、再び駆け出した。
《何が起きた……!?》
状況が把握できないまま、盗賊が一先ずトムガーディアンの上体を起こしたとき、ジンはそのコフィンに取り付いていた。外板の小さなメンテ用パネルを手で引き剥がし、中の配線を引き千切り、手探りでコフィンのロックを解除する。
コフィンのハッチが開くと、今度は中に搭載されている汎用型メイガス……盗賊団により手足を捥がれ、頭部も改造され、ただのクレイドルのパーツとなったそれを、力任せにコフィンから引きずり出した。
「ヒルデ! ここへ入れ!」
ヒルデは名前を呼ばれた瞬間には、彼の意図を察して駆け出していた。
強引にメイガスを切り離されたため、トムガーディアンは一時的な機能不全に陥っていた。その隙に、ヒルデがそのコフィンへ飛び込むことができた。体を機体へ接続し、制御系プログラムへ侵入する。
「セキュリティ突破……オーバーライド開始……戦闘システム、シャットダウン!」
プツリと微かな音を立て、カメラアイから光が消える。
囚人ドリフターの脱走を阻止するための機能が、思わぬ形で役に立った。トムガーディアンは沈黙し、外部スピーカーさえも電源を落とされ……コクピットハッチが強制開放される。
「クソが!」
盗賊は操縦席から立ち上がった。頭には顔全体を覆い隠す非人間的なヘルメット、手にはリボルバー拳銃。顔が隠されているとはいえ、クレイドルコフィンという硬い揺籠が使い物にならなくなり、相当動揺しているようだ。
しかし、すぐ背後で聞こえた金属音に振り向いた瞬間、彼は抵抗の術を失った。コフィン部分へよじ登っていたジンに首を掴まれ、さらに片手で軽々と持ち上げられたからだ。
「が……はっ……!」
反射的に拳銃を手放し、その手を掴み返す。そうして体重を支えなくては絞首刑と同じだ。
苦しみに耐えながら、彼はジンの素顔を見た。激しく動いたことでフードは脱げ、スカーフもずり落ちていた。鼻から上は普通の人間。短い栗色の髪をした白人の男だ。
逆に鼻から下は、あるべきはずの部位……顎が丸ごと欠けていた。その部分へ金属板や小さな機器類が蓋をするように貼られ、首はオリーブ色で塗られた金属製の頸骨と、クレイドルのそれに似たアクチュエイターで構築されている。
バケモノ。声を出せれば、盗賊はそう叫んだだろう。今自分の首を締め上げているその手も、人体の硬さではない。
不死身の傭兵“ピシュタラ”ジンの素顔だった。
「ヴァルキューレはお前の手を引いた」
頸骨をへし折る音が、雨音に掻き消された。
お読みいただきありがとうございます。
次回は0話の後の時系列です。