SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド- 作:空き缶号
廃墟に駆け込んだエミは、見つけた資材を前にひたすら工作を続けていた。ジャックボックスのマニュピレーターにもある程度器用さがあったことに感謝すべきだろう。
雨が止みかけ、雲間から微かな日差しが都市遺跡を照らした頃、それらは完成した。そしてコフィンに収まっているレビンの再起動処置も終わっていた。
「さて、と」
エミが完了ボタンを押す。眼前に再び、レビンの立体映像が浮かび上がる。銀の髪、赤い目、白い肌、黒い制服。全身の姿が正常に投影されている。
コクピットの表示も、メイガスの機能が正常に戻ったことを示していた。しかしレビンは、どこか虚ろな表情で、譫言のように呟いた。
「……私はまた、守れないの……?」
切なげに発せられた言葉に、一瞬息を飲むエミ。しかし次の瞬間には、大きく息を吸い込んだ。
「おはようございまァァァッす!!」
「は、はいっ! おはようございます!」
寝坊して飛び起きた子供のような反応を見せるレビンだが、すぐに状況を思い出したようだ。
「申し訳ありません、ユナイター! 原因は分かりませんが、エラーを起こしてしまったようです!」
「っぽいね。とにかく雨止んだから。で、盗賊が来たら迎え撃つからサポートして」
頭を下げるレビンに、今からやることを端的に伝える。彼女の意味深な言葉については言及しない。万一またエラーを起こされては困る。
「……何ですか、これ」
そしてレビンの方は、自分たちのジャックボックスの右手に気づいた。そこに握られていたのはサブマシンガンLEではない。もっと洗練されていない、原始的で野蛮な武器だった。
「あんたが寝てる間に作ったの。そこの人に感謝だね」
大破したジュリエッタオーガを指差すエミ。次いで、ジャックボックスの左手でハンドグレネードを掴む。
「サポートしてくれるでしょ? 一緒に帰るために」
「……はい! 全力を尽くします!」
エミがその気なら、メイガスたるレビンはそれを支えるのが務め。無謀とも言える抵抗が始まった。
雨が上がったのを確認し、盗賊団また雨宿りしていた廃墟から姿を現した。仲間たちが合流して来ないことを少し気にしていたものの、おそらく自分たちと同様に活性化したエンダーズを警戒し、雨宿りでもしているのだろうと考えた。まさかジャックボックス相手に3対1で負けたなどとは想像もしない。
「いいか、ドリフターもメイガスも生け捕りにするんだぞ」
外部スピーカーで子分たちに指示し、緑に塗られた指揮官機が先頭で歩き出す。
熟練ドリフターでも時にジャックボックスに乗るが、今回の相手はルーキーで間違いないと彼は見ていた。片や考え無しにシェイドフィールドを張る奴、片やトリガーコントロールができず全弾撃ち尽くす奴。
しかしそんな素人でも、もし自分たちを待ち伏せしていたのだとしたら、情報を吐かせたい。
相手は高所の建物に隠れているだろうが、技量と火力を見る限り脅威ではない。警戒すべきはエンダーズの方だ。むしろあのジャックボックスも、何とか逃げようとして餌食になったかもしれないが……その時はその時だ。
「おいでなすった!」
早速、不気味な飛行音と共にゲイザーが飛来した。2体もだ。
リーダー機は気づかれる前にアサルトライフルを発砲。彼の射撃の腕は優秀な部類で、弱点の中心部へ着弾した。子分たちも続いて集中砲火を浴びせ、コアが粉砕されたゲイザーは落下していく。
もう1体が攻撃体制に入った。エンダーズに仲間意識があるかは不明だが、仇を討つとばかりに花弁状の体を回転させる。エネルギー弾を放つ際の予備動作だ。
近くに隠れられる瓦礫や廃墟もあったが、盗賊たちは攻撃を選択した。3機で集中砲火を浴びせれば発射までに撃墜できると踏んだのだ。
それは上手く行くはずだった。突然、見慣れぬ物体が飛んで来るまでは。
「ん?」
なんだ今のは、と思いながらも、トリガーを引こうとした瞬間。すぐ近くで爆発が起きた。
「うおっ!?」
反射的にサイドステップを踏んだが、彼の機体には辛うじて損害が無かった。しかし子分の1人……昔から頼りにしている仲間が、愛機の足下で起きた爆発で転倒していた。
脚部を損傷しながらも、何とか立ち上がろうとした瞬間。人間の都合など考える義理もないゲイザーは、体内で生成したエネルギーを放った。
悍ましい青色をしたエネルギー球が、立て続けに降り注ぐ。起きあがろうとしていたトムガーディアンのコフィンに直撃する。
「ジョイスーッ!」
大破炎上する戦友の機体に、彼は絶叫した。だが即座にマガジンに残った弾全てを、飛び去ろうとするゲイザーへ見舞った。
体が千切れかけながら落ちていくエンダーズの姿を見届けたが、仲間の死を悼む暇はない。高台の上、苔生したビルの陰からジャックボックスが姿を現したのだ。
次の瞬間、目の前に何かが迫るのを感じた。長年この稼業で生きてきた彼は、それが何か認識する前に体が動いた。それは身をかわしたトムガーディアンのすぐ横を通過して、やがて背後で爆発した。
「くそっ、グレネードランチャーか!?」
ルーキーのくせに何故そんな武器を?
いや、そもそも発砲炎が見えなかった。一体どんな武器を使ったのか。
考えている場合ではない。ジャックボックスは別の建物の後ろへ移った。逃走を図っているのかもしれないし、距離を詰めて決着を着けるのが最適解だろう。
ブーストダッシュに入りつつ、ライフルのリロードを行う。
「ただ吐かせるだけじゃ済まさねぇ……ツラの皮を剥いで鞣して飾ってやる……!」
無骨なマスクの下で目を血走らせたその瞬間、3発目の飛来物があった。
今度は反応が遅れた。自分を直接狙った攻撃ではなかったからだ。
地面に着弾して破裂し、周囲に液体を撒き散らし……それが一瞬で燃え上がった。辺りが炎に包まれる中、指揮官は機体への熱ダメージを気にせず、そのまま炎の中を突っ切った。
が、残った子分は反射的に歩みを止めてしまった。ジャックボックスが武器を手に、再び照準を合わせる。
「馬鹿野郎! 止まるな!」
彼の叫びも虚しく、次の一撃は子分の機体を直撃した。高温で脆くなった装甲は爆発に耐え切れず、トムガーディアンは仰向けに倒れる。
生死を確認してやる暇はない。ひたすら接近を続け、彼は相手が持つ銃の正体に気づいた。
銃ではなく、クロスボウだったのだ。クレイドルサイズの。銃の残骸に廃材を寄せ集めて作った、弾弓タイプのクロスボウ、それでグレネードを発射していたのである。
「ふざけるなぁぁ!」
アサルトライフルを連射しつつ、怒りの声を上げる。ジャックボックスはすぐ廃墟の裏へ飛び込み、仕留め切れなかった。
「そんな原始的な……くだらねぇ武器で……俺の仲間を殺りやがったのか!」
怒りに任せて追撃しようとした瞬間。
横合いから駆動音が聞こえた。
「ッ!?」
反射的に振り向くと、近づいて来たのは黒塗りのトムガーディアンだった。不測の事態に備えて別行動を取らせていたエース機である。
ショットガンを片手に、空いた左手を上げて近づいてくる仲間に、彼の怒りは少し沈んだ。
「……脅かしやがって」
まったく、腕は立つがマイペースな野郎だ。後は残してきた奴らは大丈夫だろうか。まだ合流して来ないのは、ヤクのやり過ぎて頭がパーになっちまったか。
そんなことを考えつつ、クレイドルの手で『ついてこい』とジェスチャーを送り、再び敵の追撃に戻ろうとした。これで自分たちが狩る側だ。
しかし。背を向けた彼の機体に、エース機が発砲した。散弾が至近距離からコフィンに直撃し、さらに立て続けに着弾する。
警報が鳴り響くコクピットの中で、彼は予想外の事態に叫びすら上げられず……
最期に見たのは、コクピットのハッチを突き破って来るチェーンソーだった。
「……何が、起きたの?」
遮蔽物の陰から回り込もうとしていたエミもまた、予想外の光景に唖然としていた。敵の内ゲバか、それとも関係ないドリフターの乱入か。
しかしレビンの方は気づいたことがあった。
「このシグナルは……!」
次の瞬間、黒いトムガーディアンの傍にメイガスの立体映像が現れた。赤髪のIbis型……ヒルデだ。
《……やあ》
「ヒルデちゃん!?」
「ヒルデさん!?」
手を挙げて挨拶するヒルデ。ということは、操縦席に乗っているのはジンか。
さらにもう1機のクレイドルが近づいてきた。こちらはジャックボックスだ。
《良かった! 無事だった!》
タンヤンが安堵の笑顔を浮かべている。シェーフォンも生きていた。
「……
日系人の間に伝わる、由来不明のスラングが口から出る。次いでレビンと顔を見合わせて、小さく手を上げた。
「ハイタッチだよ、ほら」
「あ、なるほど!」
きょとんとしていたレビンも笑顔でその手を叩く。今の彼女はホログラム故に感触は無い。
しかし、窮地を脱した喜びを分かち合うには十分だった。
……1番機、3番機は無事。2番機は機体を失ったが、乗員は自力で敵機を鹵獲して生存。
その後は残ったグレネード類でエンダーズを掃討し、撃破した敵クレイドルから物資をかき集め、何とか帰還エレベーターへ乗り込むことができた。
社会不適合者たちは無謀な初陣から帰還し、予定通り多数の整備物資を持ち帰った。むしろジャックボックス1機をエース仕様のトムガーディアンに変えることができたのは、僥倖と言って良いかもしれない。
しかし帰還した後、レビンがエミのハーモニカを聴くことはできなかった。
「……ははあ、なるほど。要領を得ませんでしたが、そういうことですか」
電話機を片手に、アルマン・デュカス監督官は溜息を吐いた。筋骨隆々とした肉体の持ち主で、後方での指揮よりも前線を張る方が得意そうな風体である。
「要はご子息が、凶悪犯のジン・カフカと同じ小隊になったのが心配であると? それは私の分を超えたことなので、どうにもできませんな。先ほど初任務から帰還しましたが、凶悪犯同士で仲良くやっているようではあります。……事実を言ったまでですが、何か? ではウー室長、私は筋トレの時間なので失礼しますよ」
呆れ顔で電話を切り、「まったく、子離れできんのか」と悪態を吐くアルマン。
彼の背後には3基のポッドが並び、中にメイガスが1体ずつ収まっていた。レビン、タンヤン、ヒルデ……ガラス張りになった部分から顔だけは見え、ホログラムディスプレイで調整の進捗が表示されている。
それらを監視している女性も、またメイガスだった。スタイルの良い大人の女性という印象で、黒いボレロジャケットに白のロングスカート、足にはハイヒールという出で立ちだ。ウェーブのかかった黒い長髪が美しい。
「状態は?」
「一先ず、バグを除去できそう」
各表示をチェックし、メイガスは艶やかなアルトの声で答える。
「けどログを見る限り、かなり異常なエラーよ。定期的なデバッグが必要だし、それでもまた発生しないとは言い切れないわ」
「……上層部め、こんな状態のメイガスを寄越すとは」
ポッドの中で眠っている3体を一瞥し、アルマンは吐き捨てた。3体とも作戦中に異様な不具合を起こし、帰還後に報告を受けたアルマンは即座に3体の隔離と検査・調整を指示したのである。そして当人たちも、我先にと調整ポッドに入った。「ちゃんと直りますよね?」と不安そうに問いながら。
「自分のエラーで契約者を窮地に追い込んだ……大層辛いでしょうね」
黒髪のメイガスは同胞たちの寝顔を見つめ、気の毒そうに呟く。人間に限りなく近いメンタルを持たされている故に、自責の念を覚えることも当然ある。特にタンヤンとヒルデは自身のユナイター、延いては他の仲間たちを命の危機に晒した。
「そんな中でも、あの連中は作戦をやり遂げた。社会のゴミではあるが……否」
アルマンの手にしたタブレット端末には、クレイドルの戦闘記録が映されていた。エミが廃材からクロスボウを組み立てる様子が、具に記録されている。他の2人に比べれば、凶悪犯と呼ぶには程遠い罪(判明している限りでは)だが、こうした知恵と機転で危ない橋を渡ってきたのだろう。
「社会のゴミだからこそ、計画に使えるかもしれん。掘り出し物かもな」
端末を閉じ、自分のメイガスへと目を向ける。
「君にはますます、苦労をかけることになりそうだが」
「ふふっ。そういう所、昔から変わらないわね。ユナイター」
ニコリと笑顔を見せるメイガス。気心知れた仲、と言った空気だ。
「水臭いことは言いっこなし、よ。貴方の気が済むまで……何処へでも、望みの場所へ連れて行って?」
「……感謝している。心からな」
この施設の責任者はアルマンであり、監視カメラや録音などの記録は彼の意思でどうにでもできる。ポッドの中のメイガスたちは完全に意識がない。
よって、彼らの会話を聞く者は誰もいなかった。