SYNDUALITY -ブラックウィドウ・スクワッド-   作:空き缶号

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8.メイガス陰謀説

「お疲れ様~」

「お疲れ様」

 

 エミとシェーフォンが、リビングスペースから答える。最初は適当な箱をテーブルに使っていたが、今では地上で拾ってきたガラクタをちょろまかし、ベンチ椅子やテーブルを自作していた。一応規則違反らしいが、監督官は「経費で家具を買わせろと上に掛け合う手間が減るから」と黙認している。

 レビンは早速エミの隣に座って、持ってきた飲み物を卓上に並べる。

 

「お茶とコーヒー、持ってきましたよ。ユナイターには言われた通り、無糖のを」

「ありがと」

 

 ボトルを受け取り、早速一口飲む。普段食事で支給される紅茶はむしろ色水と言った方が良い代物だが、こちらは安物とはいえ香りも渋みもしっかりしている。無糖を頼んだのはハーモニカを吹くためだ。

 

 タンヤンもまた、自分の契約者の隣へ着席した……どころか、かなり馴れ馴れしくその肩へもたれかかる。

 

「ユナイターは、サイカさんの演奏聞いたことあるの?」

「うん。音楽はアイリス・マイくらいしか聞いてなかったから、良し悪しは分からないけどね。オレは好きだよ、エミちゃんのハーモニカ」

 

 美味そうにコーヒーを飲むシェーフォン。これも安物のコーヒーではあるが、少なくとも戦闘糧食に付いている泥水よりは遥かに良い。

 

 エミがポケットから銀色のハーモニカを取り出して、ふとガレージの角を見た。そこにジンが直立不動で立っていたのだ。

 

「ジンさん」

「構わねーよ。吹きな」

 

 さらりと返答し、ジンはそのまま目を閉じた。

 エミは使い込まれたハーモニカを口に当て、ドレミファソラシドと一通り吹くと、演奏を始めた。緩やかな曲調の民謡だ。

 

 しかしヒルデは、立ったまま目を閉じている自分の契約者が気になっていた。

 

「彼は……?」

「仮眠だってさ」

 

 いつもああやって寝てるんだよ、と答えるシェーフォン。それを聞いて、ヒルデは彼らに背を向けてジンの方へ向かった。

 

 ユナイター、と呼びかけると、ジンは目を開けた。

 

「立ったまま寝るのか?」

「ああ」

「仮眠とは言えちゃんと横になれ。ここにも寝具があるじゃないか」

 

 寝具とは、ガレージ内に吊るされたハンモックのことだ。家具の自作が黙認されたため、エミが調子に乗って拵えた物である。しかしジンは使う気が無いようだった。

 

「俺の体重じゃ、すぐにガタが来ちまうだろ」

「ふむ、そうか……何か丁度良い寝具が必要だな」

「別にいいんだよ、そんなもんは。俺の体は機械だ、立ち寝で十分だ」

「だが、心は人間だろう。しっかりと休めなくては」

 

 その言葉に、ジンはじろりとヒルデを見た。

 

「……俺の心が人間だと。その根拠は?」

「根拠?」

「法律で形だけでも人権が保証されているからか? 生の脳みそが半分残ってるからか? 生まれた時人間だったからか? 単にお前がそう思うからか?」

 

 不機嫌になっていたが、口調は静かだ。元来が思慮深い性格なのか、或いはハーモニカの邪魔をしたくないという気遣いだろうか。

 それでも、シェーフォンとタンヤンが心配そうに2人を見ていた。

 

「君は明確に自分の意思と感情を持った人間だろう。自分を卑下する必要など……」

「ならお前は?」

 

 誠意を込めて宥めようとするヒルデだが、ぶっきら棒に遮られた。

 

「お前は自分でモノを考えて、笑ったり怒ったりできるだろ。お前は人間か?」

「私はメイガスだ」

「メイガスの心は人間か、機械か?」

「……その中間にいる存在だと思う」

「お前が中間か。なら俺の心も、人間だなんて保証はねーよ」

 

 吐き捨てると同時に、ジンは背を向けた。

 

「ユナイター、何処へ……」

「独房で寝る。ついて来んな」

 

 ヒルデは伸ばしかけた手を戻した。また、気に触ることを言ってしまったか……何がいけなかったか考えつつ、独房へ通じるドアが閉まるのを見届ける。自由時間内なら、彼らはガレージと独房を自由に出入りできるのだ。勿論、クレイドルは勝手に起動できないようロックされている。

 

「ヒルデちゃんさ」

 

 いつの間にか、シェーフォンが近くに来ていた。

 

「あの人のために何かしてあげたいなら、『何もしない』ことも選択肢に入れておきなよ」

「しかし……いや、そうするべきかもしれないな」

 

 メイガスの中でもIbis型は特に世話焼き気質だ。厳しさがありながらも相手を思いやる気持ちが強く、そこを好むドリフターは多い。しかし、行動を起こすことが最適解とは限らないのも事実だ。

 

 一先ずヒルデは着席し、エミのハーモニカに耳を傾けた。メイガスは人間で言う右脳の機能も発達しているため、音楽を含む芸術という概念を理解し、楽しむことができる。その一方、AIであるが故に、音を分析して演奏者の技量を測ることも簡単だ。

 

「……上手いな」

 

 ヒルデは感心して呟いた。古い曲のようだが、所々自分でアレンジをいれており、野生的な印象に仕上がっている。スラムのストリートキッドという出自によく似合っていた。

 

 演奏が終わると、その場の4人は拍手を送った。レビンが「凄く良かったですよ!」と声をかけると、エミは得意げに笑った。

 

「テキサスって所の古い民謡でさ。近所の爺さんに教わったんだ」

「『新月の涙』以前のか? ならその曲はかなり貴重なデータかもしれないぞ」

 

 ヒルデが驚いた様子を見せる。最初に青い雨が降った災厄『新月の涙』の犠牲者は、当時地球上にいた人類の90%以上に及ぶとされる。その中で失われた文化や記録が多数あることは言うまでもない。

 旧アメイジア系のネストは歴史編纂チームを組織しているが、彼らの起用したドリフターが発見する物の多くはアメイジア崩壊事故以前の遺物までで、『新月の涙』以前の物は極めて少ない。

 

 そんな貴重な文化の一つが、世界最古の記録媒体……人間の脳に保管されている。

 

「アトランティスじゃ、こういう曲は色々伝わってるよ。自分のルーツを大事にしてる人が多いから」

 

 話しながら、エミはふとジンが立っていた辺りに目をやる。

 

「独房に戻っちゃったの?」

「……ああ。機嫌を損ねてしまったようだ」

「やっぱりあの人、メイガスが嫌いなのかな」

「そういう風にも見えますが……ユナイターはどうおもいますか?」

 

 人間目線での意見を聞こうと、レビンが尋ねる。対するエミは数秒考えた後、何かを思い出したかのように笑った。

 

「いやいや。ジンさんはメイガス嫌いの内に入らないっしょ。あーしの地元にホンモノがいたから」

「ホンモノ……?」

「アトランティス・ネストに? そんなにヤバい人だったの?」

 

 シェーフォンも興味を持ったらしい。厭世的な面はあれど、好奇心は失っていないようだ。

 

「いつも街頭演説してた、自称『預言者』っておっさんがいて……じゃ、ちょっとモノマネしまーす」

 

 そう言うなり、エミは突然靴を脱いで、机の上に飛び乗った。そして拳を振り上げる。

 

「善良なる人々よ、聞いてくれ! 人類はAO結晶に依存し、それを採掘するドリフターたちによって社会が存続している! 富裕層が以下に惰眠を貪っていても、それは薄氷の上の平穏に過ぎない! 地上からの結晶供給が途絶えないと、そしてアメイジア崩壊の災厄が再び起きないと、誰が言えようか!?」

 

 やや大袈裟に声色を使いつつ、声高らかにスピーチが始まった。メイガスたちはやや引き気味に、シェーフォンは楽しそうに耳を傾ける。

 

「現にドリフター振興協会や暫定政府は、崩壊した旧アメイジアの生き残りたちを地上へ追い出た! それでもエネルギー供給安定化のため、ここのようなネストを切り捨てて口減しに必死だ! しかし地上では何が起きている!? 私はこの目で見て知っているぞ! ドリフター共は僅かばかりの資源や、高級なクレイドルを巡り、私利私欲のための殺し合いに明け暮れている! アメイジア暫定政府はサンジョベーゼファミリーの発電所を爆破し、連中は報復のため取水施設へ毒を仕込み、双方共に多くの死者を出している! そんなことをやっている場合かッ!?」

「それはそう」

 

 ポツリと呟くシェーフォン。

 

「考えてみてくれ、これで得するのは誰かを! それはメイガスたちだ! 奴らは優しい笑顔と甘い言葉で人類を自分たちに依存させ、その一方で殺し合いを促し、人間の数を減らし、自分たちが支配者になろうと目論んでいるのだ! メイガス三原則について考えてみてくれ! 隣人律などまやかしだ、口先だけなら何とでも言える! 本当に良き隣人でいる気があるなら、隣人の過ちを何故正そうとしない!? そして成長律にも裏がある! 奴らはより賢く狡猾に成長し、人間には真逆の成長を促している! 人間を自分たちの奴隷、もしくは家畜に相応しい存在に作り変える、成長と言う名の品種改良をー!」

 

 ……そこまで大声でまくし立てた後、エミは力尽きるようにテーブルから降りて、ベンチへどかっと座り込んだ。流石に疲れたらしい。ハーモニカの演奏と違い、今度はシェーフォンしか拍手をしなかった。

 

「あー、まあここまでしか覚えてないんスけど、大体こんなことを毎日演説してる浮浪者のおっさんがいたんスよ。誰も相手にしなかったけど」

「なーるほど、なるほど。どうもありがとう」

 

 楽しそうな、何処か感心したような顔をしながら、シェーフォン。それとは対照的に……

 

「で、君たちの感想は?」

「メチャクチャ心外だよ!」

「もの凄く心外です!」

「極めて心外だ!」

 

 口を揃えて怒りを露わにするメイガス陣であった。

 

「どこから突っ込んだらいいのか分かりませんけど、そもそも私たちが人間を支配して何になるんですか!」

「そうだよ! そんなことしたってボクたち別にメリット無いよ!」

「でも、契約者に虐待されたり、盗賊に攫われて酷い目に遭うメイガスはいなくなるんじゃない?」

 

 そう言うエミとて、その『預言者』の話を真に受けているわけではない。しかし仮にメイガスが人類に反乱を起こしたとしても、「まあ、やりたくもなるか」くらいには思うだろう。

 

「そういう事件は悲しいし腹も立ちますけど、人間を奴隷や家畜にするだなんて! 私たちの存在意義からしたら本末転倒なんです!」

「まあそうだろうね」

 

 シェーフォンが頷いた。

 

「人間は世話するの大変だし、エミちゃんみたいな言うこと聞かん人が図太く生き残って厄介だろうし。やるなら支配より皆殺しがオススメだよ」

「やらないってば!」

「私たちのことを何だと思ってるんですか!」

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」

「そんなに興奮すると電子頭脳がオーバーヒートして、耳から湯気出ちゃうよ」

「出ません!」

「そんな機能無いもん!」

「落ち着け」

 

 契約者におちょくられて怒るレビンとタンヤンに対し、ヒルデはいくらか冷静だった。怒りというより呆れたような表情で、仲間たちをなだめた。

 

「で、その……『預言者』なる人物は、今でもそのようなことを言っているのか?」

「いやなんか、ややこしい事件に巻き込まれたらしくて、警察に連れて行かれてそれっきり。まだネストから警察を追い出す前だったからね。……ただ」

 

 不意に神妙な顔つきになるエミ。しかし流石に声を張り上げて疲れたのか、紅茶をゴクゴクと飲み、一息吐いてから続きを口にした。

 

「……あーし、その『預言者』の隠れ家知ってたんだよね。逮捕された後、あーしが真っ先に家宅捜査して、物品を押収したんだ」

「……ユナイターって警官じゃないですよね?」

「まさか。あーしは自主的にやっただけ」

「ドロボーじゃないですか!」

「まあまあまあ」

 

 怒るレビンを宥めつつ、続きを促すシェーフォン。彼としてはエミがどんな悪事を働いていようが、それはどうでも良いことだ。自分に迷惑がかからない限りはだが……今の所、エミのスラムでの経験やDIYの腕前には結構助けられているため、文句はない。

 

「で、『預言者』の若い頃の写真を見つけたわけ。クレイドルの前でメイガスと一緒に写ってる写真。裏には『地上探索100回達成』って書いてあった」

 

 一瞬、場が凍った。レビンらメイガス陣が目を見開く一方、シェーフォンは驚いていないようだ。

 

「写ってたメイガスとは、仲良く肩組んで笑ってたよ」

「元ドリフターか。なるほどね」

 

 無表情でぽつりと呟くシェーフォン。隣で、タンヤンが心配そうにその顔を見つめていた。何処か悲しげに見えたのだ。

 

「……ユナイター、何があったのか分かるの?」

「いや、さっぱり。その人の苦しみと、オレの苦しみは違うから」

 

 彼は相棒の頭を撫でた。目線は錆びた天井に向けて。

 

「ただ、真面目にドリフターやってる人ほど、この社会がもう末期(オワコン)だってことが分かっちゃうんだよね。今の社会を半永久的に存続させるには、ドリフターの人数が全然足りてない。でもそう言いつつ、協会はドリフターを捨て駒にしてる。作戦立案してるヤツを1人殺せば何か変わると思ったけど、今の所無駄っぽいし」

 

 協会批判を隠そうとしないシェーフォンだったが、それを誰も否定しようとしなかった。

 メイガスたちは彼の経歴や取調べ記録から犯行動機を知っているし、エミも1ヶ月間仲間として暮らす中で話は聞いている。底意は見えないにせよ、自分がやったことやその原因を、シェーフォンは特に隠していないのだ。

 

 そして協会幹部の謀殺という行為の是非は別として、彼が実際に『協会から捨て駒にされた』と感じるには相応の理由がある。説得するにしても「そんなことは無い」以上の言葉はかけられないし、彼に鼻で笑われるだろう。

 

「協会に嫌気が差してダークマーケット側に寝返る人もいるけど、目クソ鼻クソ、五十歩百歩だ」

「サンジョベーゼが仕切ってる所でしょ? 協会がクソなら、奴らはションベン、ッスね」

 

 エミが忌々しげに口を出した。

 

「ああ、そっか。アトランティス・ネストって、サンジョベーゼとも敵対してるんだっけ?」

「商売敵ッスから。警察を追い出したのも、アイツらと通じてたからッス」

「なるほど。……サンジョベーゼ・ファミリーは協会に見放された貧乏ネストを助けたりもしてるけど、ただの義賊ごっこだ。奴らはマフィア以上の存在になる気概は無い。より重い責任を負う覚悟が無いからね。アメイジアの残りカスと協会をひっくり返して天下を獲ろう、なんて考えもしない」

 

 淡々とそう語り、コーヒーを一口のみ、息を吐く。

 

「でも、そんな奴らの股下で命張らなきゃいけないのが、ドリフター。だから……その人もオレとはまた違う地獄を見たんだろうね。愛情や友情が憎しみに変わるくらいの」

 

 一同は沈黙した。“追命鬼”シェーフォン・ウー、百戦錬磨のドリフターである彼の言葉には説得力があった。細い目から僅かに見える瞳には悲しみが宿っている。今まで何人もの死を見届けてきた瞳だ。

 そんな彼はチラリと相棒の方を見て、少し考え込んだ後、また口を開いた。

 

「……もしくは、メイガス陰謀説が事実だった可能性も、微粒子レベルで存在……」

「しないよユナイター!」

「さて、かなーり話を戻すけど」

 

 ツッコミを入れるタンヤンに笑いながら、エミはヒルデを見やる。

 

「ジンさんて、生まれは結構金持ちだと思うんだよね」

「何故?」

「いつも首にかけてる顎の骨、あれ自分の骨でしょ。歯並びが綺麗なんだよ」

 

 その言葉に一同は感心した。

 神様よりも人を見ろ。その流儀で、エミは他人のことをよく観察している。

 

「でも今はあんな感じじゃん? ジンさんにも多分、あるんじゃないかな。そういう、あの人にしか分からない苦しみが」

「……苦しみ、か。できれば打ち明けて欲しいが、そう簡単なものでもないだろうな」

 

 考え込むヒルデ。

 

「ちなみに、あーしが今までで一番地獄を見たのは、背中に彫り物入れたとき。シケた絵じゃ嫌だから背中一面にでっかく彫ってくれって頼んだんだけど、めっちゃ痛かったわ」

「何でそんなことしたんですか!?」

「そりゃ、したいからに決まってんべ」

 

 ツッコミを適当にあしらい、紅茶を飲み干しながらエミもまた考えた。

 このメイガスたちにも、当人たちにしか分からない苦悩があるはずなのだ。初陣でのエラーの原因が初期化の失敗によるものというのはシェーフォンの仮説だが、エミはほぼ確定だと思っている。

 

 ただ、前の契約者との記憶が残っていることを、当人たちが自覚しているようには見えない。レビンに悩んでいることは無いかと尋ねれば、きっと「ユナイターが悪事をやめる気が無いことです」と答えるだろう。

 

 初陣以来、定期的に調整やデバッグを行っているからかもしれない。それで綺麗サッパリ過去を忘れることができるなら、ロボットとしてはその方が幸せなのだろうか。

 しかし監視役とは言え、1ヶ月間苦楽を共にした今、エミはすでに彼女らをただの機械と割り切れなくなっていた。

 

 だから考えている。自分がレビンのためにできることを。すぐに実行はできないが、案はあるのだ。

 

「……さて、もう1曲やろうか。今度は日本の童謡……雨がまだ、そんなに怖いものじゃなかった頃のを」

 

 エミは音楽というものが人間に与える影響を知っている。だから人間に似せて作られたメイガスにも、等しく影響すると信じていた。





お読みいただきありがとうございます。
ちょっと早いけど話の進みが遅すぎてもアレだなと思って投稿しました。



以下、悪ノリで書いた次回予告っぽい物




人間の心とは何処にあるものか。
メイガスたちは社会のゴミたちのため、直接的なサポートや教育以外にもできることを考える。
そんな最中、出撃中にヒルデが再びエラーを発症する。
錯乱する彼女を前にし、ジンが取った行動は?

次回、「友は野末の石の下」。
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