セブルス作の特製回復薬を飲んで夕方までぐっすり眠った私は、自室に一旦帰ってシャワーを浴びて身支度を整えた上で大広間に向かった。
ハリーも今日まで医務室にいたらしいのだが、私が退院する前に医務室を出たらしく結局会えず仕舞いだ。マダム・ポンフリーがパーティーへの参加を許したのだから身体に問題は無いことは分かっているが、やはりちゃんとこの目で無事を確認したい。
気になって無意識に早足になっていたらしい。眠っている間に体力が落ちていたようで、息が少し上がってしまっていた。そろそろパーティーが始まってしまう。大広間の扉の前で息を整え、そっと扉を押し開けた。
「「ヴァレー先生!」」
ウィーズリーの双子の声が聞こえたと思った瞬間、右側からドシンと衝撃が来た。少々筋力の落ちた足では踏ん張りが効かずたたらを踏むと、「わー!先生ごめんなさい!大丈夫!?」と慌てたように引き戻された。
「思い切りタックルし過ぎだぞ、フレッド!」
「そっちこそだろ、ジョージ!」
私の腕にしがみつきながらも喧嘩し始めた双子に思わず吹き出すと、彼らはキョトンとした顔を揃えた後破顔した。
「何故か分からないが、笑ってもらえたぞ、相棒」
「これは儲けたな、相棒」
「相変わらずね、2人とも」
くすくす笑っていると、グリフィンドールの仲良しトリオもバタバタと近付いてきた。
「先生、目が覚めたんですね!もう大丈夫なんですか?」
「ええ、特製の回復薬を飲んだからもう元気よ。ハリーこそ、無事で本当に良かった」
ハリーはにっこりと嬉しそうに笑った。
その時点で、私はようやく大広間がシーンと静まり返っているのに気付いた。あれ、と室内を見渡した瞬間、生徒全員がワッと大声で話し出した。色んな方向から話し掛けられて混乱していると、左手をそっと握られた。
「フリットウィック先生……」
いつの間にか教員席から移動して来ていた先生が、今にも涙を零しそうな、いや、ほとんど泣いている。物音を立てないようにそっと右腕を離してくれた双子に感謝しつつ、器用に片手で取り出したハンカチで目を拭っている先生の肩を摩った。空気を読んで周りの生徒たちも静かになった。
「先生」
「貴女が倒れたと聞いて、どれ程心配したか……本当に、無事で良かったです……!」
「ええ、ええ、心配かけてごめんなさい、先生」
フリットウィック先生が落ち着いていくに連れ、生徒たちの話し声も大きくなってきた。どうしようかと思っていた時、丁度ダンブルドア校長が現れた。
「フィリウス、メリルをエスコートしてくれるかの」
「ええ、もちろんです」
フリットウィック先生は何度も頷き、わらわらと寄って来ていた生徒たちを掻き分けて教員席までゆっくり連れて行ってくれた。私たちが離れたことで、生徒たちはようやく静かに席についていく。ハリーたちや双子も私に手を振った後グリフィンドールのテーブルに戻って行った。
私を優しくエスコートしてくれたフリットウィック先生が自分の席へと戻って行くのを何とはなしに見ていると、隣からぼそりと声がした。
「……出歩いて問題無いのか」
横を見ると、セブルスは前を向いたまま。いつも通りに見えるが、声には僅かにこちらを案じる色が滲んでいる。
それが心底嬉しくて、じわじわと胸が温かくなる。
「ええ、貴方のお陰よ。ありがとう」
お礼を伝えてセブルスがフンと鼻息を吐き出したところで、ダンブルドア校長が「また1年が過ぎた!」と朗らかに話し出した。
「一同、ごちそうにかぶりつく前に、老いぼれのたわごとをお聞き願おう。何という1年だったろう。君たちの頭も以前に比べて少し何かが詰まっていればいいのじゃが……新学年を迎える前に君たちの頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやってくる」
ダンブルドア校長は1度言葉を切り、大広間をぐるりと見渡してからまた話を再開した。
「それではここで寮対抗杯の表彰を行うことになっとる。点数は次の通りじゃ。4位、グリフィンドール、312点。3位、ハッフルパフ、352点。レイブンクローは426点。そしてスリザリン、472点」
スリザリンのテーブルから嵐のような歓声と足を踏み鳴らす音が上がった。
「よし、よし、スリザリン。良くやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」
ダンブルドア校長がそう言うと、部屋全体かまシーンと静まり返った。スリザリンの寮生たちの顔から笑みが少し消えた。
初めての展開に、教員たちの視線もダンブルドア校長に釘付けになっている。もちろん私も。
つい最近の出来事って、もしかして……?
「えへん」
ダンブルドア校長が咳払いをした。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう。えーと、そうそう……まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君」
名前を呼ばれ、ロンの顔がその髪に負けない程赤くなった。
「この何年間か、ホグワーツで見ることができなかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに50点与える」
凄まじい歓声が、今度は反対側のグリフィンドールのテーブルから上がった。その勢いはダンブルドア校長が「次に」と話し出してようやく静かになった程だった。
「ハーマイオニー・グレンジャー嬢に……火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点を与える」
ハーマイオニーが腕に顔を埋めたのが見えた。余程嬉しかったのだろう。幼児のように足をバタバタさせていた。
「3番目はハリー・ポッター君」
ざわついていた大広間が一気に静まって、その場にいる全員が続く言葉を待った。
「その完璧な精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」
耳をつんざくような大歓声が沸き起こった。まさかの大躍進で、グリフィンドールのテーブル中が狂喜乱舞している。
ダンブルドア校長が手を上げた。室内が少しずつ静かになり、まだ続きがあるのかとそわそわとした雰囲気になる。
「勇気にも色々ある」
と、ダンブルドア校長は微笑んだ。
「敵に立ち向かって行くのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かって行くのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトム君に10点を与えたい」
今度こそ爆発したかのような大喝采が起こった。グリフィンドールの寮生たちはお祭り騒ぎで、皆が皆点数を獲得した4人に抱きつきに行って、こちらからは4人の姿が見えなくなってしまった。
一転、スリザリンのテーブルの空気は凍りつき、皆暗い顔をして席に着いている。中には涙ぐむ子までいた。瞬く間に1位から転がり落ちてしまったのだ、無理も無い。
「飾り付けをちょいと変えねばならんのう」
ダンブルドア校長が手を叩くと、スリザリンカラーで飾られていた室内がガラリとグリフィンドールカラーに様変わりした。
こちらに歩いて来たミネルバと席を立ったセブルスが握手をする。輝かんばかりの笑顔のミネルバと対照的に、セブルスの顔は悔しげに歪みながらも何とか笑みを保っていた。
「おめでとう、ミネルバ」
「ありがとうございます、メリル。ああ、本当に驚きです!」
私とも握手を交わし、ミネルバは自分の席へと戻って行った。
ダンブルドア校長の合図でパーティーが始まる。スリザリン以外のテーブルは、賑やかな雰囲気で料理に手を付け始めた。
即刻作り笑いを消して隣に戻って来たセブルスに、悲愴感漂うスリザリンの寮生たちに視線を向けてからにやりと笑って私はそっと囁いた。
「……ここでちょっとしたお遊びをしたら、先生に怒られると思う?」
私の意図を理解したのだろう、セブルスは苦々しい表情から一転、愉快そうに口の端を歪めた。
「さて。我輩が推測するところによると、ほとんどの者が首謀者には気付かないのではないかね。もちろん気付いたとて、我輩のように察しの良い者であれば見過ごすだろうとも」
「ええ、ええ、そうね!」
くふりと悪戯っぽくと笑い、私はテーブルの下でこっそり杖を取り出して周りから見えないようにサッと振った。
すぐにスリザリンのテーブルからわぁっと控え目な歓声が上がる。彼ら彼女らの目の前では光でできた妖精──決してピクシーではない可愛らしいものだ──がくるりと踊ったり、小さな銀色の半透明の子蛇たちがとぐろを巻いたかと思うと花火に変化したりして、子供たちの目を楽しませていた。さっきまで泣いていた子も、今は笑顔を見せてくれている。
生徒たちの悲しみを和らげるこどができて、私はホッと安堵の息を吐いた。
「……すまないな」
ボソリとセブルスが呟いた。
「いいのよ。こんな形で逆転されたら、さすがにショックだものね」
私が夕食を再開させながら答えると、セブルスは同意するかのように深く頷いた。
学年末パーティーの後、校長室へ向かうダンブルドア校長を捕まえてある約束を取り付け、私は自室に戻って来た。
思ったより疲労が溜まっていて足が重い。1度ソファに座るとお尻に根がはって立ち上がれなくなる予感がして、私はさっさとシャワーを浴びた。杖を振って髪を乾かしながら4日も放置してしまった薬草たちの世話をしていると、ふいに出入口の扉がノックされた。
誰だろうと思いながら、乾いた髪を手櫛で整えてから扉を開けて外に顔を出した。
「あら、こんばんは、セブルス」
「ああ」
「お茶でも淹れるわ、入って」
声を掛けてからケトルを火にかける。お湯を沸かしている間に魔法でソファとテーブルをセッティングしていると、セブルスが未だに扉の外に立ち尽くしているのに気付いた。
「セブルス、そんな所に立ってないで入ったらどう?」
そう再度促すと、彼は長い溜息を吐いてからようやく室内に入って扉を閉めた。静かにこちらに歩み寄って来てドサリとソファに腰を降ろしたセブルスは、もう一度深く溜息を吐いた。
「……夜に突然訪ねて来た男を、簡単に部屋に招き入れるとは。警戒心が足りないのではないかね」
「プライベートな部分では無いわ。それに、セブルスなら構わないもの」
珍しくセブルスが目を思い切り見開いてこちらを凝視してきた。
そんなに驚くことかしら?嘘偽り無い本心なのだけれど。
「そ、れは、どういうーー」
セブルスが何か言い掛けた時、ピーッとお湯が沸いた音がした。一言断ってからキッチンに移動し、火を消してお茶を淹れる。お茶請けのクッキーを数枚お皿にセットし、セブルスのいる場所まで戻った。
「お待たせしてごめんね。さっき何か言いかけてなかった?」
お茶のセットをテーブルに置いて自分もセブルスの対面に設置したソファに腰掛けながら聞くが、すっかりいつもの仏頂面に戻った彼は「何でもない」と唸るように答えた。
「それより、身体の調子はどうだ」
「貴方のお陰で動けるくらいには回復したわ。どうしても体力は落ちてるけれど、4日も寝てならしょうがないわよね」
苦笑して肩を竦めてみせると、セブルスも僅かに口の端を上げた。
「ダンブルドアとは何を話していたのだ?」
「あら、見てたのね。ちょっとしたお願いをしてたの。クィリナスのお見舞いに連れて行ってくださいって」
「何だと?」
セブルスが片眉を吊り上げる。
「わざわざ聖マンゴまで、奴に何の用だ」
「純粋にお見舞いの為よ。私があの日何を見たか話すのと引き換えに、ダンブルドア先生が案内してくれるらしいの」
今クィリナスは、聖マンゴの中でも限られた人間にしか入れない病室で入院しているらしいのだ。死んだと思われていた「例のあの人」を見つけ出し、あまつさえホグワーツに引き入れることさえやってのけた彼は、「例のあの人」復活を願う熱狂的な死喰い人に狙われる可能性が高いためだ。
それにクィリナス自身も「例のあの人」に協力していたため、魔法省から危険視されている。そんな人物の見舞いに行くなど、セブルスにとってはとても考えられないのかもしれない。
私の答えが納得いかないのか、セブルスは渋い顔になって押し黙った。
そのまましばらく無言の時間が続き、お茶をもう一度淹れた方が良いかしらとぼんやり思っていると、「……いつ行く予定だ」とぼそりと聞いてきた。
「まだ決まっていないけれど、1週間以内にとは言っていたわ」
「そうか」
クィリナスのお見舞いの話の後は他愛無い世間話を楽しみ、セブルスは念の為と回復薬をいくつか渡してくれた。
「そろそろお暇しよう。邪魔したな。君は体力回復に努めたまえ」
「お言葉に甘えさせてもらうわ。心配してくれてありがとう」
フン、と鼻息を吐き出したセブルスは席を立ち、扉の方へ歩いて行った。杖を一振して食器洗いと片付けをして、私も彼の後をついて行く。
「ここまでで良い」
扉の前まで来たセブルスは、くるりと私の方を振り返った。急なストップに立ち止まるのが遅れ、歩いていた勢いそのままにぽすりと突っ込んでしまった。……セブルスのローブの胸元に。
「っ!?」
薬草の匂いが鼻腔をくすぐり、それがセブルスの服の匂いだと認識した瞬間、一気に心拍数が上がった。頭も顔も耳も、沸騰したように熱い。
「ご、ごめんなさいっ!」
急いで離れるが、そんなにすぐに落ち着ける訳は無く。真っ赤な顔を見られたくなくて、バッとセブルスに背を向けた。
「ちょっと、あの、ぼーっとしてたからっ!き、気に触ったら、ごめんなさっ、」
ビクッと身体が震える。何を思ったのか、セブルスが下ろしたままの私の髪にさらりと触れたのだ。彼の乾いた繊細な指が、微かに私の首筋を撫でた。
「せ、セブルス……?」
「…………髪を、下ろしているのだな」
「あ、うん、その、もうシャワーを済ませていたから……」
「……そうか」
静かなベルベットボイスが、上がった私の心拍数を更に引き上げる。今絶対に首まで赤くなっている。
セブルスは無言のまま、私の髪の先を撫でている。
バクバクと痛いほどの鼓動を感じていても、頭の中では先程嗅いだ薬草の匂いがクリスマスの夜の記憶を引きずり出してくる。あの日の薬草の匂いと先程の匂いは、とても良く似ていた。ということは、ということは……!?
「それでは失礼する」
唐突に私の髪を手放したセブルスは、そう言って出て行った。さらさらと流れ落ちる髪を急いで翻して投げ掛けたおやすみの挨拶は、辛うじて閉まる扉の隙間に間に合った。
「い、今のは一体……?」
未だ落ち着かない心臓を抱えながら、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
昨夜のセブルスの行動に悶々としてしまい、案の定寝不足になってしまった。
学期の最終日であり夏季休暇の初日でもある今日、生徒たちに今年の試験結果が発表された。悲喜こもごもの子供たちを懐かしく思いながら、彼らが乗るホグワーツ特急に一足先に乗り込んで車内を点検した。いつも問題は無いが、念の為という奴だ。
汽車から戻り玄関ホールで賑やかに駅へ向かって出て行く生徒たちを見送っていると、背後から「先生!」と声を掛けられた。
「あら、フレッド、ジョージ。成績はどうだった?」
「おやおや、先生知ってるでしょ?」
「僕らは自分の興味があることに一直線!」
「お陰でママのご機嫌も下降一直線!」
「『ジョージ!この点数は何なの!?』」
「『ママ!僕はフレッドだよ!』」
「『あらごめんなさい、ジョージを呼んで来て!』」
「『ママ、そっちがジョージだよ!』」
2人がポンポンと軽快に会話していくのが面白くて、思わず笑ってしまった。きっとウィーズリー家は休暇中毎日賑やかなことだろう。
「興味がある勉強が捗るのは良く分かるけど、他の教科も学んでおいて損は無いわよ。意外なところで役に立つわ」
「「先生にもそんな経験が?」」
キョトンと双子が私を見上げる。
「ええ。私は薬草学と魔法生物飼育学の教授補佐をしているけれど、学生時代に一番の得意科目は別の教科だったのよ」
「意外!どちらも一番成績良かったから先生になったんじゃないんですか?」
「じゃあ一番得意なのは何だったんですか?」
「魔法薬学よ」
双子が「「えー!?」」と大袈裟に仰け反って驚いた。そんなに意外かしら?
「でも魔法薬学には私より断然適任の方がいらっしゃるから、私は今の教科の補佐になったの」
「僕たちはヴァレー先生が良かったなぁ」
「あ、おい、フレッド!」
「何だよ相棒……って、げ!」
後ろを振り返った2人が「しまった」とばかりに口を抑えたが、声は聞こえていたのだろう、皮肉げに口の端を歪めたセブルスが歩み寄ってきた。
「Mr.ウィーズリーは最終日ギリギリまで減点をご所望と見える」
「まっさかぁ!じゃあ僕らはこれで!」
「ヴァレー先生、また新学期に!」
にっこり笑った2人は、嵐のように駅の方へ去って行った。それへ「フン」とセブルスか鼻を鳴らした後は、私たちの間に沈黙が落ちた。もちろん、「先生またね」「また新学期に!」という生徒たちからの挨拶には返している──主に私のみが──が、隣に立つ彼との会話は無い。
理由は単純。どう接したら良いか分からないからだ。もちろん私が。
昨日の行動の意味を考えようとしても、恥ずかしさが勝ってまともに頭が回らない。現に今だって、顔色を変えないことと変な挙動をしないようにするので精一杯なのだ。本当にどうしようと心底困っていた時、不意にローブの袖を控え目に引っ張られた。
「あら、ドラコじゃない。どうしたの?」
「先生、ちょっと」
ドラコはいつも一緒にいるビンセントとグレゴリーにここにいるように言うと、私を玄関ホールの端に連れて行った。
「あ、ドラコ、連れて来てくれたのね」
ホールの隅では、珍しくハーマイオニーが1人で壁を背にして私たちを待ち受けていた。
「ハーマイオニー?貴女までどうしたの?何か試験で分からない所でもあった?」
首席と2番目が揃っていてまさかとは思ったがそう聞くと、案の定2人は揃って首を横に振った。
「一体どうしたの?何かあった?」
ドラコが少し躊躇った後、言い辛そうに口を開いた。
「あの、先生、スネイプ先生と喧嘩したんですか?」
「えっ?いや、その、喧嘩はしていないけれど……、どうして?」
「だって、いつもは朝食の席で先生は楽しそうにスネイプ先生と話しているのに、今日は全然で、目も合わせていなかったから、喧嘩したのかと思って。ドラコも気にしてたので聞いてみたんです」
モジモジしているドラコの代わりに、ハーマイオニーがハッキリした口調で言った。
私は内心で顔を覆いたくなる衝動を必死で堪えた。まさか彼女たちから見て分かるほど態度に出ていたなんて。もう良い大人なのに。顔から火が出そうな程恥ずかしい。いや、でも、喧嘩している訳ではないのだから、否定しておかないと。
「アー、大丈夫よ、喧嘩はしていないわ。今朝はちょっと眠たくて、それで無愛想に見えてしまったのかもしれないわ。心配かけてごめんなさいね」
にこりと微笑むと、2人は一応納得してくれたのか、曖昧に頷いた。丁度その時、ハリーとロンがバタバタと玄関ホールに降りてきた。彼らはハーマイオニーの姿を見つけると、一直線にこちらに向かって走ってきた。
「あ、ヴァレー先生!」
間近まで来てようやく私の姿を認識したらしいハリーが叫ぶと、ロンがあからさまに「まずい!」という表情をした。その顔が双子にそっくりで、思わず笑みが零れた。
「2人とも、廊下は走ってはだめよ」
「「ごめんなさい、先生」」
「今日のところは、特別に見なかったことにしてあげるわ」
私の言葉に、2人は「やった!」と明るい笑顔で頷きあったが、ハーマイオニーの側にドラコの姿を認め、一転して怪訝な表情になった。
「またマルフォイといるのかよ」
「何で3人ともこんな隅にいるの?」
不思議そうに首を傾げるハリーとロンに、「少し質問を受けててね」とぼやかして、私は子供たちの背をそっと押した。
「ほら、そろそろ行かないと汽車が出るわよ」
「はい、先生。あ、ドラコ、休暇中に手紙を書いても良い?」
「良いけど……僕からは返せないかもしれないぞ」
「ああ……、いいのよ。送りたいから送るんだし、返事はまた新学期に聞かせてくれたら良いわ」
子供たちの純粋さが眩しい。ハーマイオニーとドラコは友達のお試しをやっていたのだが、どうやら本当に友達になっているようだ。ハリーとロンはまだ難しいかもしれないけれど、スリザリンだから、グリフィンドールだからと寮で分けるような考え方が緩和していたら良い。
「ハーマイオニー、僕は手紙を書くぞ。君も返してくれるよな?」
「もちろんよ、ロン!」
「僕も手紙書くよ」
口々に休暇中の約束を喋るグリフィンドールの仲良し3人組を送り出す。別れの挨拶をしたドラコは、ビンセントとグレゴリーと合流し、いつの間にか来ていたパンジーに何やら言われながら駅まで歩いて行った。玄関ホールを出て行く直前にセブルスに何やら耳打ちしていたが、一体何を言っていたんだろう?
内心首を捻りながらも、生徒たちを見送り終えた私は、今年が無事に終わったことにほぅっと息を吐いた。
夏休みの間は、また静かな城で論文を書いたり薬草や魔法生物たちの世話をして過ごそう。家にも少しだけ帰って掃除をしなければ。
そんな風にこれから始まる夏に頭を巡らせていると、ふとセブルスが口を開いた。
「……体調が悪くなければ、良ければお茶でもどうかね」
「!ええ、ええ、もちろん喜んで!」
私の喜び様が面白かったのか、セブルスは珍しく皮肉の無い仄かな笑みを口の端に登らせ、黒衣を翻して歩き出した。
お茶のお誘い1つで舞い上がる簡単な心に若干呆れながらも、勝手に感じていた気まずさが吹っ飛んだ私は去って行く彼の背中を追い掛けたのだった。
夏季休暇が始まって数日後、私はダンブルドア校長に呼び出されて校長室に来ていた。
「もう身体は大丈夫かの?」
「はい、ご心配おかけしました」
「良いんじゃ、良いんじゃ」
ダンブルドア校長が優しく微笑みながらウィンクした。相変わらずお茶目な人だ。私は出してもらった紅茶を含みながら微笑んだ。
「さて」
どこからか取り出したレモンキャンデーを舐めた先生は、表情を少し引き締めて改めて口を開いた。
「あの日の君が見たことを話してくれるかの?特に、最後の部屋でヴォルデモートと対峙した時のことを詳しく頼みたい」
「ええ。と言っても、私が見たのはおそらく最後の方だけですけれど」
「いや、いや、そこが一番肝要じゃ」
私はもう一度紅茶を飲み、あの時の記憶を思い返しながら慎重に話し出した。
「最後の部屋での出来事が重要とのことなので、その手前は手短に話しますね。──あの日、先生が魔法省へ出発した後、ハリーとロン、ハーマイオニーが話しかけてきました。『石』の件で、と。その場はミネルバが対応しましたが、彼女は念の為4階を点検すると言っていました。夜、私も気になったので寝る前に4階へ向かいました。階段ホールでミセス・ノリスに出会ったのですが、彼女の態度がいつもと違ったので嫌な予感がしました。ちょうどセブルスと行き会ったので一緒に4階に行くと、部屋の扉が開いており、フラッフィーが落ち込んでいました。私は部屋の隅にあったハープで侵入者の存在を確信しました。……その時点でセブルスが先生に守護霊を送っていましたが、届きましたでしょうか?」
「うむ。素早く知らせてくれて感謝する」
「良かったです。セブルスと私は一刻を争うと思い部屋に突入しました。チェスの部屋でハーマイオニーとロンを保護し、セブルスに託して私は先に進みました。最後の部屋に踏み込んだ時、クィリナスがハリーへ死の呪文を唱えようとしていました。急いでクィリナスへ攻撃呪文を唱えるとクィリナスは盾の呪文でそれを防ぎました。彼が後退った隙にハリーを背に庇いましたが、クィリナスはとても動揺していて、私たちを攻撃してきませんでした。『例のあの人』が私たちを殺すようクィリナスを急かしましたが、彼は拒否し続けていました。その間にハリーがクィリナスの腕へしがみ付くと、クィリナスの腕から火傷が広がりました。その火傷が首にまで達した時、突然『例のあの人』がクィリナスから黒い霧のような物となって飛び出しました。『わしを拒絶したな!?』と言っていました」
「ふむ……拒絶、か。それは確かかの?」
「ええ、力の限り叫んでいたので。その後、『例のあの人』は霧状のまま倒れ込んだクィリナスとハリー、彼らを庇う私に襲いかかってきました。おそらく、身体を通り抜けられたのでしょう、酷く体内が冷えた感覚を最後に、私は気を失いました。それ以降は先生の方がご存知でしょう?」
「そうじゃな」
うんうんと頷いたダンブルドア校長は、私の話した内容を吟味するようにしばし沈黙した。
目前の大魔法使いが黙考している間、私は紅茶を楽しみつつさり気なく出されていたお菓子を摘んでいた。相変わらず凄く甘い。とても美味しいけれど、虫歯が少し心配になる。
紅茶のお代わりを飲み始めた辺りで、ダンブルドア校長が伏せていた目を上げた。いつものキラキラした水色の瞳が、私をまっすぐに見つめる。
「何度も言うが、メリル、君が無事で本当に良かった。ヴォルデモートやその協力者と対峙して生き残った者はそう多くない。例えベテランの闇祓いでさえ、じゃ」
「ええ……存じ上げています」
現に、私の父がそうだった。溢れ出そうになる記憶と感傷に、私はそっと蓋をしてもう一度心の奥底に沈めた。
「今回の君の経験は実に価値がある。そこでお願いがあるのじゃ」
「お願い、ですか?」
「うむ。クィリナスは利用されていたが、ヴォルデモートに協力しとったのも事実じゃ。彼は裁判に掛けられる。わしとしてはクィリナスにはホグワーツで教師を続けて欲しいと思っておるが、そのためには彼がアズカバンに送られることを避けねばならん。そこで、メリル、君に証言に立ってもらいたい」
ダンブルドア校長の話は分かるが、私が証人になるとはどういうことだろう?私の証言でクィリナスのアズカバン行きが回避できるのなら喜んで協力するけれど。
「もちろん君が良ければじゃが、憂いの篩であの日あの場所で何があったか、皆で見れば、最低でもアズカバン行きは避けられるはずじゃ。クィリナスは最終的にヴォルデモートを拒絶し、自らの身体から追い出してダメージを与えておるのだから」
「ええ、そうですね。クィリナスの罪を軽くするために、私、喜んで証言します」
「感謝する」
ダンブルドア校長はにっこりと嬉しそうに笑った。
私は紅茶で唇を湿らし、「ところで」と話題を変えた。
「今日私を呼んだということは、クィリナスのお見舞いに連れて行ってくださる、ということでしょうか?」
「おお、もちろんじゃ」
ダンブルドア校長は更にニコニコした顔になったが、「そうじゃ、忘れるところじゃった」とわざとらしく膝を打った。
「1つ内緒話があるんじゃが……」
「何でしょう?」
先生が身を乗り出して声を落としたため、私も釣られて顔を近付けた。好奇心が顔に出ていたのか、先生は先程の好々爺然とした表情とは違う、悪戯っ子のようなニヤリとした笑みを浮かべた。
教員になったから分かったことだが、この校長、誰もが尊敬する大魔法使いにも関わらずかなりお茶目なのだ。平気でふざけるし、ジョークも言うし、何ならおふざけが過ぎてミネルバに叱られることさえある。それもまた、この人の魅力の内なのかもしれないけれど。
さて、そんな先生が愉快そうに「内緒話」と言うからには、深刻な話ではないだろうし、単なる「秘密の話」でもないのだろう。大いに興味をそそる。
「あの日、最後の部屋でのことなんじゃが」
「はい」
「チェスの部屋で合流したわしとセブルスが最後の部屋に踏み込んでヴォルデモートを撃退した後、折り重なるように倒れ込んでいた君たちを見つけた。一目見てクィリナスが酷い火傷を負っていることはすぐに分かった。急いで君たちを運ぶ時、セブルスが君を──、おや?」
ダンブルドア校長の話の腰を折るかのように、強めのノックが部屋に響いた。先生は心底残念そうに溜息を吐き、
「もう来たのか。惜しかったのう、これからが核心じゃったのに」
と言いながら入室を促した。
ダンブルドア校長が何を話すのかドキドキして聞いていた私は、突然の横槍に呆然としながらゆっくりと開く扉を見ていた。
そして、そこから入室した見覚えがあり過ぎる黒い男を認めた瞬間、さっと立ち上がった。
「どうして……?」
黒衣の男──セブルスはただフンと鼻息を吐いてそれに応えたのみだった。
11話目です。夏休み突入回ですね。糖度も上げてみました。ちゃんと甘くなってますかね?どうでしょうか? ハリーたちが1年生の時の学年末パーティーですが、点数集計は終わっているのに駆け込みという名の特別ボーナスが後から大量に入って、しかも優勝さえかっさらわれてしまったスリザリン生たちは本当にショックだったと思います。大人になってから原作を見ると、スリザリンの不憫さに気付いて可哀想になってきます……。 原作はハリー側からの物語なので、しょうがないと言えばしょうがないのですが……。 次回は間章を挟む予定ですので、よろしくお願いします。