彼女は私を知らない。
それで良い。それで良かった。
後悔はいつも後からやって来る。
本当は、彼女がいるだけで良かったかつてを、失いたくなかったのに。
どこで私は間違えたのだろう。……いや、分かっている。きっと私は、初めから道を踏み外していた。
ひと握りの勇気があれば、きっと彼女は微笑んでくれたはずなのに。
にんにくの臭いも桃の香りも無い、白に統一された病室で目覚めた私が、1番最初に感じたのは喉の渇きだった。重くて仕方が無い身体は動かせず、視線を左右に降って周囲を観察していると、ちょうど回診に来た癒者が驚いて走り寄って来た。
そこからは問診やら触診やら検査やらで大変慌ただしかった。
全てが終わった後に、ようやく癒者から説明があった。
ここは聖マンゴで、その中でも特別な病室であること。全身至る所にある火傷の具合は酷く、身体の負担を考慮して少しずつ治していくこと。しばらくは病室から出られないこと。今はダンブルドアが身元引受人になっていて、杖も彼が預かっていること。……後日、裁判にかけられること。
「以上、何か質問は?」
「……いいえ、ありません」
私をここに入院させたのはダンブルドアだろう。彼がどこまで癒者に話しているか分からない。ハリーやメリルの容態など聞けなかった。
癒者は「結構」と頷いた。
「申し遅れました、私は貴方の担当のウィル・ロンドといいます。よろしく」
「よろしくお願いします、Mr.ロンド」
「ウィルでいいですよ。しばらく顔を合わすことになりますし」
私のことは危険人物──そう説明しないとこんな軟禁状態での入院にはならないだろう──とは聞いているだろうに、癒者の彼はサバサバとした態度だ。恐怖心などは無いのだろうか?
不思議に思っている間に、Mr.ロンドもといウィルはカルテに何やら書き付けて病室を出て行った。
目覚めてから数日、軟禁状態での入院生活は案外悪くなかった。食事はまともな物が出るし、ウィルが事ある毎に顔を出してくれるからだ。日刊預言者新聞付きで。どうやら息抜きに来ているらしいのだが、本当にどういう神経をしているのか謎でならない。
そんな彼がこの日は日刊預言者新聞だけではなく、ある伝言も持って来た。
「……はい?今、何と言いました?」
私が思わず聞き返してしまったのも無理はない。それくらい驚きの言葉だったのだ。
ウィルは驚愕している私に「あれ?聞こえませんでした?」と不思議そうに微笑んだ。
「ダンブルドア先生が来るんですって、明日」
「あ、明日、ですか……」
「ええ、楽しみですね」
聞けばハッフルパフ出身だと言う彼は、元所属寮の気質に似た性格をしているのだろう、のんびりと笑っていた。
ウィルが病室を去って1人になると、私の全身からドッと冷や汗が吹き出した。日刊預言者新聞によれば、私はヴォルデモートに利用された哀れな被害者ということになっているらしいが、ダンブルドアは元々私が進んで身体を提供したことを分かっているだろう。おそらくウィゼンガモット大法廷で開かれるであろう裁判より、ダンブルドアから裁かれる方が恐ろしい。でも、それよりも何よりも恐ろしいのは──。
ああ……彼女も、私の罪を知っているのだろうか……?
あんなに避けていたのに、それでも私のことを気にかけてくれていた彼女。私なんかでは到底手の届かない場所でひとり咲く彼女。金に輝く彼女を見るだけで、同じ寮であることが誇らしかった。
そんな彼女が、寮内ではひとりでいることは知っていた。彼女はよくいじめられっ子を助けていたが、助けられた側が彼女の側にいることは無かった。それはそうだ。彼女の味方であることを理由に、またいじめられたら堪らない。だから、彼女を煙たがる人間はもとより、誰も彼女の側にいなかった。それでも、背筋をピンと伸ばしてまっすぐ前を見据えて寮内を歩く彼女は、どんな宝石よりも眩しかった。
スリザリン寮に1人、友人がいることも知っていた。黒髪の、あまり顔色の良くない人だ。彼と話している時の彼女は、楽しそうに笑っていて、いつものキリッと引き締まった表情より余程歳相応の少女の顔をしていた。
彼女に、憧れを抱くのは早かった。何度彼女が助けてくれないかと思ったことか。そんな都合の良い展開は私には訪れず、ひたすら2階の女子トイレ──嘆きのマートルのいるトイレに逃げ込んだ。そこにいれば、いじめっ子はマートルが撃退してくれる。私とマートルが顔馴染みになるのに時間はかからなかった。
そんな風に逃げ隠れしながら過ごした学生時代を経て、私は卒業と同時にホグワーツに教員として就職した。ヴォルデモートが活躍していた暗黒時代である当時、マグル学を進んで教えたい人間はいなかったため、たまたまそこそこマグル学の成績の良かった私に白羽の矢が立ったのだ。就職先の無かった私にとっては、まさに渡りに船だった。しかし、自分なりに頑張って教えてはいたのだが、時代風潮的にも中々生徒からの評価は良くなかった。
そんな中、彼女がホグワーツに戻って来たのだ。その時の私の衝撃といったら、言葉にはできない程だった。
あの憧れの彼女が、同じ教員としてホグワーツにいる。教授補佐として仕事をし始めた彼女は、それはもう有能だった。その明るく、寮で判断しない公平な態度から、生徒からの人気も高く、もちろん質問にも丁寧に答えてくれるとあらば、どの寮の生徒からも挨拶されるのも無理はない。
私と彼女には、雲泥の差があった。教員歴は自分の方がほんの少し長いのに、この人気の差。惨めに感じるのは早かった。
何とか彼女に追い付きたかった。自分に自信が持てるように、胸を張って彼女と相対せるようになりたかった。毎日毎日考え続け、どうしたら良いか模索し続けていた。
そんなタイミングだったのだ。「闇の魔術に対する防衛術を教えてみないか」と声を掛けられたのは。
即答はできなかった。とにかく自分に自信が無くて、1年の猶予と休暇を貰った。私はすぐにホグワーツを出て、アルバニアに渡った。
私の予想通り、ヴォルデモートは酷い状態でアルバニアの森にいた。あわよくば利用できると思っていた私は、すぐに彼の虜になった。愚かで浅はかだった。ヴォルデモートは本当に人心掌握術に長けていた。夢中になった私は、少々悩んだ後自身の身体に彼の魂を同居させることに同意した。むしろ、進んで自身の身体を差し出したと言っても過言ではない。
ホグワーツに戻ってきて、ヴォルデモートに命じられるがままに色々と暗躍した。セブルスにはすぐに怪しまれてしまっていたから、殊更慎重に、いかにも無害な風を装った。
転機は多分、あの雪が積もった日、彼女に朝食に誘われた日だ。その日、ウィーズリーの双子の悪戯にあっていた私の前に、彼女が乗り込んで来た。酷く酷く怒っているように見えた。学生時代、どんな理不尽な暴言を吐かれても見たことの無い顔だった。
彼女との朝食は夢のような時間だった。憧れの人が目の前にいるのだ。何度頬をつねろうとしたか知れない。
彼女が実際に目の前にいて、私を認識して、あまつさえおしゃべりまでしてくれている!
天にも昇るような心地だった。授業のベルが鳴って本当に良かった。
その後のことだ。彼女が手製のロウソクを持って来てくれたのは。
ウィーズリーの双子から真摯に謝罪され、「嫌われている訳でなくて良かった」と返したら、あの2人はキョトンとした顔をして、それから「「嫌いなわけないです!」」とユニゾンで返してくれたっけ。その必死な様子に、思わず笑ってしまったことを覚えている。そんな彼らに良く声をかけてもらえるようになった後のクリスマス休暇初日に、彼女は私の部屋もある闇の魔術に対する防衛術の教室にやって来た。
「クィリナス、貴方気付いてる?最近顔色が悪いわ。だからこれがあれば少しはマシになるかと思って」
そう言って彼女がくれたのは、木の枝でできた小さなテント型の置物とその中に入れて使うロウソクだった。仄かに甘いフルーツの匂いのするそれをその日の夜から使い始めると、それまではヴォルデモートに私の手際の悪さを叱責され侵食されていたせいか、碌に寝付けなかったのが嘘かのように熟睡できるようになった。反対に、ロウソクを使い続ければ続ける程、ヴォルデモートの魂の力が削がれていたように今になって思う。当時は深く考える気力を奪われていたから分からなかったが。
そのままセブルスに疑われつつ、ウィーズリーの双子に悪戯のアイディア出しを頼まれたりと何だか日々が少しずつ変わって行ったが、ヴォルデモートからついにこう命じられてしまった。「ユニコーンの血を取り込め」と。身体を共有しているとはいえ、ほぼ魂だけの存在に近いため、この先も身体を得るまで生き長らえるために必要なのだそうだ。
その頃には、私の心に迷いが生まれていた。ヴォルデモートの人心掌握という名の洗脳から脱しつつあったと言っても良いかもしれない。彼女のくれたロウソクが、私に思考する余裕を与えてくれたのだ。それが無ければ、私はいつまでも、最後の最後までヴォルデモートの言いなりで良いように利用されきっていた可能性が高い。
ユニコーンの件だって、本当はやりたくなかった。しかしそんな気持ちをヴォルデモートに察されれば、どんなことをされるか分からない。魂だけの存在と言えども、操ろうとすれば私の身体なんて簡単に操れるだろう。その上、その時の私は迷いがあるとはいえ、まだヴォルデモートに心酔していた。難しい命令だと分かってはいたが、私は実行しようと努力した。実際、ユニコーンは非常に手強い魔法生物だった。何日も箒で追い掛け、相手の体力を削りに削ってようやく傷を与えられた程だ。しかもその攻撃1発では仕留められず、手負いの獣独特の暴れ具合で森を駆け回ったため、やむなく追跡を翌日以降に回さざるを得なかったのだ。
ユニコーンに致命傷を与えた2日後に森に入ると、何と倒れ伏したユニコーンの側で彼女と遭遇してしまった。その瞬間私を襲った動揺といったら。
どうしてここに……!?こんな、こんなタイミングでまさか!
私が動けないでいる間に、藪からケンタウロスが強襲してきたため急いで退却した。ヴォルデモートは酷く私を叱りつけ罵ったが、無垢なる命を奪わずに済んだことにホッとしている自分もいた。その安堵は、ヴォルデモートに伝わる前にすぐさま隠したが。
次の日からまた彼女を避ける日々が始まった。試験が近くなってきたことを良いことに、私は教室に引き篭った。そんな私にも、彼女は優しかった。
毎年恒例の試験前の差し入れを、わざわざ闇の魔術に対する防衛術の教室まで持って来てくれたのだ。ナナカマドのジャムに挑戦してみたのだとはにかむ彼女に救われた気持ちになりつつ、とても遠慮しながら受け取ると、
「顔色も悪いし、ちゃんと休まないとだめよ?できたてだから、良かったらできるだけ早く食べてね」
と彼女は優しく勧めてくれた。もちろんだと頷くと、彼女は「良かった」と笑ってくれた。
ジャムをクラッカーにつけて食べると、酸味と甘みが絶妙なバランスで、本当に美味しかった。そういえば、私はまだあのジャムのお礼を彼女に伝えられていない。その後も相変わらず彼女を避けていたし、試験期間に突入すると正直目の回る忙しさだったから。
そうして、運命の日がやってきた。ヴォルデモートの命令通りダンブルドアをホグワーツの外に出し、4階のあの部屋に向かった。
事前にハグリッドから聞き出していた三頭犬の弱点を突いてあれを眠らし、その足元の扉を滑り降りると、後は自らの知識で突破できた。そもそも、トロールは自分で用意した物なのだから突破も何もないのだが。
問題は最後の部屋にあった鏡だった。入ってきた扉以外に出入口は無い。つまりこの室内に「賢者の石」はある筈なのだ。しかし、どこを探しても見つからない。魔法で見えなくしている訳でも、何かに変身させている訳でもなかった。残ったのは、部屋の中央に設置された謎の大きな鏡だけ。ダンブルドアが設置しただけあって、ただの鏡ではない。覗き込むと、命の水を飲む私の姿が見えた。後頭部にはヴォルデモートが引っ付いている。その頃にはヴォルデモートは酷くイライラしていて、ひたすら私を罵ったり急かしたりと忙しなかった。
そうこうしている間に、ハリーが来た。とても驚いた様子の彼は、どうやら私ではなくセブルスがここにいると思っていたらしい。あれ程私を疑っていた彼が、ハリーから悪者と思われていたなんて。確実に見た目で損をしている。彼がグリフィンドールに対して当たりが強いのも、誤解に拍車を掛けたのだろう。何て損な性分なのだろうか。
その後は焦れたヴォルデモートが直々に尋問し、それでも埒が明かないと脅しまでしたが、ハリーは揺らがなかった。その真っ直ぐさが、酷く眩しかった。
殺せと喚くヴォルデモートの言われるがまま、死の呪文を放たんとした、その瞬間。
「クィリナス!」
「!プロテゴ!」
バシッと攻撃呪文が盾の呪文に弾かれた大きな音がした。彼女だった。
どうして、何故、という言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回り、ハリーの上から後退った私はその場に立ち尽くしてしまった。
「メリル……ああ、どうして……どうして来てしまったのです……」
「生徒を守るためよ。私は教師だもの。貴方もそうでしょう、クィリナス」
ハリーを背に庇って私を真っ直ぐに見つめる彼女は、その深い藍の瞳を動揺からか緊張からか僅かに揺らめかせている。その顔にいつもの笑みは無い。
「……い、いいえ、いいえ私は……」
頭を振って否定しても、尚も彼女は言い募る。
「クィリナス、貴方は賢くて優しい人よ。まだ引き返せる。だって、貴方はユニコーンの命を奪わなかった、そうでしょう?」
「あれは、あれは違うのです……あれは貴女が……」
「何をぐずぐずしている!愚か者め、そんな女、さっさと小僧ごと始末してしまえ!」
「誰!?」
あまりの私の体たらくにイライラが抑えられなくなったのだろう、ついにヴォルデモートが声を上げた。突然の第三者の声に、彼女は鋭く誰何の声を投げた。それにハリーが「ヴォルデモートです、先生!クィレルの頭に引っ付いてるんだ!」と叫んだ。彼女の視線が私の頭部に投げられる。その間にも、ヴォルデモートの叫びは止まらない。
「殺せ!早くしろ!」
殺せだなんて……!彼女を!?私には無理だ!絶対に……!そんな、そんなこと……!
「ご主人様、私には……私にはできません……!ああ、メリル……!」
ヴォルデモートが私の腕を操ろうとするのに抵抗し、両手で杖を握る。右と左の腕が拮抗し。身体がブルブルと震える。
「この愚か者が!殺せ!殺すのだ!」
「お許しを……ご主人様……!できないのです……!どうしても!」
私がそう叫んだその時、ハリーが彼女の背中から飛び出した。彼女が止める間も無く、ハリーは震える私の両手を自らの両手で掴んだ。
「あああああああぁぁぁっ!!」
酷い悲鳴が室内に響き渡る。ハリーが掴んだ部分から、どんどんと凄い速さで私の皮膚が焼け爛れていく。あまりの痛みに全身全霊をかけて暴れ、ハリーを引き剥がそうともがくが、彼は力の限り強くしがみついて、決してその手を離さなかった。
酷い痛みが全身を苛む。それでも彼女を、ハリーを殺せと喚くヴォルデモート。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!私には殺すなんてできない!輝く金色を汚すなんて、したくない……!!
ぐわりと、何かが身体から抜けた感覚と共に、私は床に倒れ込んだ。
「愚か者め!わしを拒絶したな!?」
「ああ……ああ……ご主人様……!」
「貴様ああああああああ!」
渾身の力で喚くヴォルデモートの声を最後に、私は気を失った。
彼女を手に掛けなくて済んだことに、心の底から安堵したことを覚えている。
彼女は無事だろうか。
ダンブルドアが来る日、私は緊張しながら彼の訪れを待っていた。できれば彼女の安否だけでも知りたい。教えてくれるだろうか?愚かにもヴォルデモートに魅力された私に?
正直、自分の行く末よりも彼女の無事の方が気にかかる。私など、アズカバン行きが精々だろう。それで良い。浅はかで愚かな私など、アズカバンでも良い待遇な方だろう。
私がそんな風に様々考えを巡らせている間に、ついにその時がやって来た。
病室のドアが静かにノックされる。私は緊張で震える声で「どうぞ」と入室を促した。
「!?」
存外に柔らかな表情でダンブルドアは部屋に入って来た。だが問題はそこではない。
「……め、メリル……」
「少し久しぶりね、クィリナス。無事で良かったわ」
彼女が──私の憧れであり殺しかけたメリル・ヴァレーその人が、ダンブルドアに続いて入室した。その後ろにはとても物騒な顔をしたセブルスもいる。
ダンブルドアと彼女は私のベッドの脇にある椅子にそれぞれ座った。セブルスはドアの脇に立ち、こちらを睨み付けている。そのまま何とも言い難い沈黙が下りたが、ダンブルドアがそれを朗らかな声で破った。
「身体の調子はどうかの?」
「良好です。火傷は一度に治すと負担が大きいそうで、徐々に治していくようです」
「そうかそうか。……さて、まずは真面目な話からしておこうかの。クィリナス、君の裁判についてじゃ」
「はい」
私の予想通り、裁判はウィゼンガモット大法廷で行われるとダンブルドアは告げた。開廷は私の火傷の治療が終わる1週間後。そして。
「な、何ですって……?メリルが、証人……?」
「うむ。現場に居合わせた当事者としての。ハリーにも頼んでおる。彼も喜んで引き受けてくれた」
「しかし、そ、そんな、私のために、そんな……」
まさかの申し出に狼狽える私に、それまで黙っていた彼女が静かに私の名前を呼んだ。
「クィリナス。前にも言ったけれど、貴方は賢い人だわ。マグル学を教えていた時も、闇の魔術に対する防衛術を教えていた時も、それは変わらなかった。……貴方、この1年間『例のあの人』に引っ付かれながらも、危険な魔法についてはきちんと授業していたわよね?しかも禁じられた呪文では無い、使い方によってとても危険性が高くなる物を」
「まさか、知っていたとは……」
「ちょっと小耳に挟んだのよ」
真面目な顔から一転、茶目っ気たっぷりに微笑む彼女。本当に、彼女はすごい。きっと色んな生徒から聞いた話を、自分の中で纏めているのだろう。彼女の持っている情報量は教員の中では随一の筈だ。
「どれ程の数の生徒がそれを理解していたかはともかく、いつかは役に立つかも知しれない知識よね。使う場面が無いに越したことはないけれど」
「……そう、ですね……」
笑いながら言う彼女の言葉に釣られて、小さく私の顔にも苦笑が浮かぶ。それを見た彼女は「という訳でね」と手を軽くパンッと合わせた。
「私としては、そんな賢く強かな先生をアズカバンなんかに幽閉するのはもったいないと思うのよ。貴方は『例のあの人』に利用されただけ。ダンブルドア先生も貴方にホグワーツに戻って欲しいとのことだから、喜んで証人を引き受けたの」
「私を、貴女やハリーを傷付けた私を、赦してくれるのですか……?」
「許すも何も、私は貴方に対して一欠片も怒ってなんかいないわ。ハリーも同じの筈。だって貴方は協力するよう洗脳されただけだもの」
「し、しかし、私は進んであの人の魂をこの身に同化させたのです!赦される筈が無い……」
思わず顔を覆う私に、今度はダンブルドアが口を開いた。
「クィリナス。ヴォルデモートにはたくさんの味方がいた。しかし、その多くは奴の甘言や脅迫により協力を余儀なくされていた人々じゃ。奴の人心掌握術は凄まじい。これに抗える人間はそうおらん。君が奴に魅力されたとて、仕方の無いことじゃ」
「ダンブルドア……ああ、でも魔法省がどう判断するか……」
「私の記憶を提出するわ。貴方が『例のあの人』に抵抗した証拠になる」
「記憶を!?でも、そうするとあの時の恐怖をまた思い出さなければならなくなります……!」
思わず顔を上げると、彼女の深い色の瞳とバチリと視線が合った。
「慕ってくれる後輩くらい、助けられなくてどうするの?もちろん私1人だと厳しいけれど、ハリーも証言してくれるし、何よりダンブルドア先生がいるのよ。仮に何かあっても大丈夫だわ」
そう力強く頷く彼女が、何よりも眩しく見えて、私は無性に泣きたくなった。
その後、少しの時間おしゃべりをした。セブルスは最初から最後まで黙ったままだったが、眼光の鋭さは来た時よりも少し和らいでいたような気がする。
「ああ、そうだ、クィリナス、これを」
帰り際に彼女が、いつもつけているウエストポーチからある物を取り出して私に渡した。
「それは……」
「勝手に部屋に入ってごめんなさいね。でも、必要だと思ったの」
クリスマス休暇に、彼女がくれた置物とロウソクだった。
「ロウソクに火をつけることはできないだろうけど、置いておくだけでも少し香るから、良かったら使って」
「もちろんです、ありがとうございます……!」
ウィルに頼んだら、もしかしたらロウソクに火をつけるくらいはしてくれるかもしれない。正直なところ、とても嬉しい。自身の迷いとヴォルデモートに挟まれて1番辛かった時期、これのお陰で良く眠れたから。
彼女にはどれ程感謝を伝えても伝えきれない。何かの形で返すことができればいいのに。
その日の夜は、じんわりと空気に溶け出した桃の香りに包まれて眠った。彼女の微笑みのような、柔らかな眠りだった。
12話目です。正真正銘クィリナス先生回となります。彼は何とも可哀想というか、もっと自信があれば良かったのに、と思わずにはいられません。トロールをコントロールできるって凄くないですか?そんな実力があるのに良いように使い倒されるなんて……。セブルスの悪人雰囲気が強過ぎたんですね……。怖いですもんね……。 次回も間章予定です、よろしくお願いします。