百合の影から覗いて   作:細雨

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「幸福」〜後編〜

学期の最終日であり夏季休暇の初日でもある今日、生徒たちに今年の試験結果が発表された。毎年悲喜こもごもの反応を見せる彼らに、そんなに嘆くならもっと勉学に励めばいいものを、と思うのもまたいつものことだ。

朝食前にダンブルドアを捕まえて聖マンゴへの同行を申し出ると、予想通り物凄くニヤニヤしながらも許可が出た。日程は追って伝えると言う。

メリルとは朝から会話が無い。元々私から話すことは少ないため、彼女から喋りかけられなければ私たちの間の会話はこれ程無くなってしまうのかと少し驚いた。

生徒たちが駅へ向かうのを見送るために玄関ホールへ向かうと、聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。

「ええ。私は薬草学と魔法生物飼育学の教授補佐をしているけれど、学生時代に一番の得意科目は別の教科だったのよ」

「意外!どちらも一番成績良かったから先生になったんじゃないんですか?」

「じゃあ一番得意なのは何だったんですか?」

「魔法薬学よ」
「「えー!?」」

今年も酷く手を焼かされた赤毛の双子とメリルだ。

確かに彼女は魔法薬学が1番得意ではあったが、首席でさえ無かっただけで他の教科も非常に成績が良かった筈だ。彼女自身はそれを誇りも自慢もしないため、あまり目立ってはいなかったが。
「でも魔法薬学には私より断然適任の方がいらっしゃるから、私は今の教科の補佐になったの」
「僕たちはヴァレー先生が良かったなぁ」
「あ、おい、フレッド!」
「何だよ相棒……って、げ!」

双子はこちらを振り返って揃って顔を顰めた。「しまった」とありありと書いてあるその表情に、思わず口の端を歪める。
「Mr.ウィーズリーは最終日ギリギリまで減点をご所望と見える」
「まっさかぁ!じゃあ僕らはこれで!」
「ヴァレー先生、また新学期に!」
にっこり笑った2人は、嵐のように駅の方へ去って行った。それへ「フン」と鼻を鳴らした後は、私たちの間に沈黙が落ちた。

生徒たちがメリルへと挨拶をしているため気まずさは無いが、何とも座りの悪さを味わっていると、不意に現れたドラコがメリルをホールの端へと連れて行った。お供のビンセントとグレゴリーを置いてそのままそこにいたグレンジャーと3人で何やら話しているのをなんとはなしに眺めていると、ポッターとウィーズリーがバタバタと騒がしく合流していた。二言三言交わした集団が解散したと思ったら、ドラコがスタスタとこちらに歩いて来た。そして「先生、すみません、ちょっと」と囁いてきたため、聞き取りやすいように少し屈んで耳を近付けるとドラコも口元を寄せて来た。

「……父がヴァレー先生を家に招待するつもりのようです。それまでに仲直りしていてください」

「お願いします」と付け加えたドラコは、さっと私の側を離れてお供の2人と合流した。

ルシウスは一体何を考えているのだ……。できれば興味を持たないで欲しかった、というのが本音だ。ドラコが私にあのように伝えてきたということは、メリルを招く時には私も共に招待するつもりなのだろう。それにしても「仲直り」とは……。喧嘩をしているつもりは無かったのだが、微妙な空気を感じ取ったのだろうか。

「さようなら」と告げたドラコ一行は、パンジーにじゃれつかれながら駅へと去って行った。

全ての生徒たちを送り出し、ようやく今年度が終了したことを実感できた。

静かな風が吹くホールには、私とメリルの2人きり。

「……体調が悪くなければ、良ければお茶でもどうかね」
「!ええ、ええ、もちろん喜んで!」

彼女が弾けるような笑顔を向けてくれたことにホッとしながら、私は黒衣を翻して歩き出した。

 

夏季休暇が始まって数日経った頃、私は校長室へと呼び出された。仄かに嫌な予感がしたため、強めにノックをして来訪を告げると、
「もう来たのか。惜しかったのう、これからが核心じゃったのに」
と入室を促しながらダンブルドアが残念そうにため息を吐かれた。大方碌でもないことを喋ろうとしていたのだろう。私が苦虫を噛み潰したような表情になるような、そんな話を。

室内に入ると、さっと立ち上がったメリルが心底驚いたような顔で「どうして……?」と呟いた。

どうしても何も、全ては君が理由だというのに。

そんな素振りなどおくびにも出さず、私はフンと鼻息を吐くことで答えたのだった。

結論から言うと、クィレルとの面会は穏やかに終了した。途中、メリルが奴の裁判の証人になるという寝耳に水な出来事を聞く羽目にはなったが、概ね問題は無かった。クィレルはメリルが見舞いに来たことにいたく感動していたようだから、もう裏切ることは無いだろう。

問題はその後だ。メリルがウエストポーチから取り出して奴に手渡した物があった。枝で出来た小さなテント型の置物とロウソク。それらから微かに感じた覚えのある魔力。

真意を問い質すため、聖マンゴから戻って早々に校長室を辞した後、ガーゴイルの階段の下でメリルへ告げた。

「さて、詳しくお聞かせ願おうか」

眼前の女は心底意味が分からないという風にキョトンとして首を傾げた。

それへ長めのため息を吐き、私は「付いて来い」と先立って歩き出した。慌ててメリルが付いてくるのを背後に感じる。

「セブルス?ねえ、どういう意味なの?」

「後で話す」

早足で辿り着いたのは魔法薬学の教室。その奥にある私室にさっさと入って茶の準備をしていると、おずおずとメリルも室内に入ってきた。リビングにあたる空間でソファを勧めてからキッチンで紅茶を淹れて戻ると、ちょこんとソファに浅く腰掛けたメリルが、何故か少しホッとした表情になった。

「怒っている訳ではないのね」

「今はな。我輩が怒るようなことでもしたのかね?」

「いえ、そういう訳ではないけれど、何だかこう、圧が……」

そう言いつつ苦笑する彼女の前に紅茶をサーブすると、礼を言いながらカップに口をつけた。

「我輩が聞きたいのは、先程クィレルに渡していた物についてだ」

「あれがどうかしたの?」

「あれらは君が作った物だな?」

「ええ、そうよ。あのテントの置物の中に、火を付けたロウソクを設置すれば良いの」

軽く頷く彼女に、本当はどこまで分かっていたのかを問い詰めたくなる。それをグッと堪え、私は「あれはどういう意図で作った物だ?」と問うた。

「意図って……そんな大層な物じゃないわ。前に貴方と『クィリナスは何らかの呪いを受けているんじゃないか』って話をしたでしょう?だから魔除けできないかと思って。あとはリラックス効果も狙ってはいたわね」

「何回かロウソクを渡したから、香りは気にいってくれたのかも」と嬉しそうに笑うメリルに、「本当にそれだけか?」と鋭い目を向ける。すると、彼女はその笑みを少し困ったようなそれに変えた。

「本当よ。ちょっとケルトと東洋魔術の相乗効果を期待しただけ。まさか『例のあの人』相手だと思わなかったから、気休め程度にしかならなかったでしょうね」

肩を竦める彼女の言葉に疑問が湧き、眉を顰める。

「ケルトは分かるが、東洋魔術?君はアジアには行ったことは無かったと思っていたが」

そう言うと、メリルの笑みがピシリと固まり、そっと目線を逸らされた。「……アー……独学、というか、さらっと調べて……」とボソボソ言い訳めいた呟きが聞こえる。自分の眉が更に寄るのが分かる。テーブルに置いたカップがガチャリと音を立て、彼女の肩がビクッと揺れた。

「……仮にも教授補佐をしている人間が、理論を学んでいない魔法体系に安易に手を出す危険性が分かっていないのかね?奴のことなどどうでもいいが、何かあった時に1番に被害に遭うのは君自身である自覚が無いようだな」

「うっ……いや、その、危険性は理解してたのよ?でも、組み合わせの自然さとか渡し方を考えた時にあれが1番良いと思ったのよ……」

「理解していないようだから再度言うが、君自身が最も危険な綱渡りをしているような物だ。わざわざ奴にそんなことをしてやる義理など無いだろう」

「義理は無いけれど、でも、目の前に助けが必要な人かいて、私にできることがあったのにそれをしない、なんてことはできなかったのよ」

「我輩の記憶違いでなければ、君はグリフィンドールではなくレイブンクロー出身だった筈だがな……」

深く深くため息を吐く。

発言が完全に無謀なグリフィンドールの典型だ。そんな無鉄砲な人間ではなかった筈なのだが。

私のそんな思いが伝わったのか、メリルは慌てたように「私だって、全ての人を助ける訳じゃないわよ」と言った。

「クィリナスは同じ寮出身だし、私に憧れてくれていたみたいだから、できることがあるならしてあげたいじゃない?」

そう言い募るメリルに、私は再度小さく息を吐いた。

彼女らしいと言えば彼女らしくはある。だがしかし。

「その『できること』の範囲に、未知の魔法体系に手を出すことを含んでも良いと思っているということかね?」

メリルがあからさまに「しまった」という顔をする。

基本的に、魔法とはイマジネーションではあるが、理論が存在する物だ。魔法使いは、この理論を学んでから魔法を行使するのが一般的である。何故なら、理論を理解しないまま呪文を唱えれば、思いもよらない影響を及ぼすことがあるからだ。例えば、動物を召喚しようとしたら欠けていたり、逆に必要以上の数が喚ばれてしまったり、とその内容は様々だ。特に体系の全く違う東洋魔術など、その最たる物である。もちろん成功することもあるが、一種の賭けでもあるのだ。その辺りは必ず呪文学で習う筈だが。その上、他の魔法と組み合わせるなど、無謀なのか好奇心が強過ぎるのか……。メリルのことだから、手段を思い付いたからやってみた、という可能性もある。

「ええと……」としばらく目をウロウロさせた彼女は、観念したようにガックリと肩を落とした。

「……私が軽率だったわ。反省します」

「よろしい」

私はようやく紅茶に口を付けた。

 

メリルの論文をようやく学会誌に寄稿──もちろん先方から指摘された箇所を何度も修正した上で──して少し経った頃、血相を変えたメリルが魔法薬学の教室に飛び込んで来た。

「セブルス!」

「朝から騒がしいぞ。生徒なら減点ものだ」

私室から出た私が胡乱げな目を向けると、彼女はバツが悪そうに「ごめんなさい」と謝罪を口にした。

「ちょっと驚いた、というか、困ったことがあったものだから……」

「何があった?」

そう聞くと、私が歩み寄るより先に、メリルが早足で私の元にやってきた。その手には一目で上質な物と分かる紙が握られている。チラリと見えた封蝋はマルフォイ家の物。……嫌な予感がする。

「Mr.マルフォイからお茶にご招待されてしまったの!」

ついに来たか。

思わず頭を抱えそうになる衝動を、何とか耐える。眼前ではそんな私に気付かず、メリルが心底困った顔で「どうしよう……」とウロウロと歩き回っていた。

「貴族のお茶会なんて行ったこと無いし、作法も分からないわ……そもそも、生徒の家に招かれたとはいえ行っても良いのかしら……?贔屓と思われない……?」

ブツブツと呟きながら思案する彼女の様子に軽く息を吐き、私は杖を振って紅茶を淹れた。

「とりあえず入りたまえ。中で話を聞く」

メリルが部屋に入れるように身体をズラすと、ビクッとして彷徨うのを止めた彼女は相変わらず遠慮がちに室内に入った。すれ違いざまにふわりと漂った甘い香りに少しだけ鼓動を跳ねさせながら、私は部屋の扉を閉めた。

向かい合ったソファに2人揃って座り、紅茶に口を付ける。

ようやく落ち着いたのか、ほぅ、と息を吐いたメリルが改めて口を開いた。

「今朝のふくろう便でMr.マルフォイから手紙が届いたの。貴方から前に指摘された、ドラコとハーマイオニーのことかしらと思ったのだけれど、それについては何も書いていなくて、お茶会へ招待したいと……。それで、あの……」

若干言い辛そうにメリルが言葉を切る。そんなに変なことが書いてあったのだろうか?場合によっては、ナルシッサに手紙を書かねばならないかもしれない。

「それで、何だ」

「アー……セブルスと一緒に来るように、って……」

は?

片眉を上げて驚きを示すと、何故かメリルは申し訳なさそうに肩を縮こませた。

いや、元より何があっても付いて行く心積もりではあったが、メリルを招待するなら私宛に書くのが普通なのではないか?ほぼ交流の無かった人物を、突然家に誘うようなことをルシウスがするとは意外だ。クリスマスに手紙を送ったとはいえ、彼女の何がルシウスの興味を引いたのだろうか?

「その、とっても申し訳ないんだけれど、良かったら一緒に行ってくれないかしら?」

「構わない。君さえ宜しければ、貴族の家へ訪問した際のマナー等簡単に説明するが?」

「ありがとう!本当に助かるわ」

メリルの顔がパッと明るくなる。今だけは何故か作法を教えてきた──叩き込んできたとも言う──ルシウスに感謝しても良い。彼女に与えられる物があることが、こんなにも私に喜びを齎すのだから。

そして、マルフォイ家への訪問当日。朝から服装やら髪型やらは変ではないかとしきりに気にしていたメリルに、何度「問題無い」と答えたか知れない。いつもよりクラシカルな深緑色のロングワンピースに、きっちりと纏めたシニヨンの髪型が良く似合っている。もちろん、普段の三つ編みも彼女の雰囲気に合っているが。

ホグワーツでは姿現しは使えないため、1度煙突飛行で漏れ鍋へ移動し、そこから付き添い姿現しでマルフォイ家へと向かった。

「良く来てくれた、Miss.ヴァレー。セブルス、久しぶりだな」

マルフォイ夫妻は、貴族然とした鷹揚さで私たちを出迎えた。私は慣れているから何とも思わないが、メリルが緊張してしまわないかということだけが気掛かりだ。

「この度はお招きいただき、ありがとうございます」

……ふむ、無用な心配だったようだ。さすがと言うべきか、臆せず堂々と挨拶するメリルの横顔に、緊張の色は見られない。私は密かに胸を撫で下ろした。

「Missヴァレー、妻のナルシッサだ」

「初めまして、ナルシッサ・マルフォイです」

「初めまして、Mrs.マルフォイ。ホグワーツで薬草学及び魔法生物飼育学の教授補佐を務めているメリル・ヴァレーです」

「貴女のことはかねがねドラコから聞いておりますわ。良ければナルシッサと」

「私もルシウスと呼んでくれ」

「ありがとうございます。私のこともメリルと呼んでください」

握手を交わす両者の顔には笑みが浮かんでいる。どうやらファーストコンタクトは成功のようだ。

邸宅内の部屋に通されると、すぐにお茶会の用意一式がテーブル上に出現した。マルフォイ家の屋敷しもべ妖精の仕事だろう。

しばらく他愛無い雑談を話していると、ルシウスが「時に」とおもむろに言い出した。

「メリルは魔法使い同士の繋がりについて非常に興味深い視点をお持ちのようだね。特に、子供の交友関係について」

十中八九ドラコとMiss.グレンジャーのことだろう。メリルもそれが分かったのか、口元には笑みをたたえたまま、目元にはうっすらと緊張の気配を漂わせた。

口元だけに笑みを浮かべたルシウスは続ける。

「我が愚息も、貴女のお陰で珍しい相手と交流をしているようだ」

「本人としてはこっそり手紙を送っているようですけれどね」

ふふっと小さくナルシッサが微笑む。2人の雰囲気からして、悪く捉えている訳では無さそうだ。

「クリスマス休暇に帰ってきた時とは大違いで、分かりやすくソワソワしていましたのよ。すぐ何かあったと分かりました」

「まだまだ子供だと実感したよ」

「ドラコはまだ子供だ、ルシウス」

「分かっているとも」

私が口を挟んでも、ルシウスは口元だけの笑みを愉快そうなそれに変えただけだった。どうやら、グレンジャーとの交流を本当に良い方向に捉えているらしい。あの純血主義が何を考えているのやら。

「お2人は、ドラコとハーマイオニー──Miss.グレンジャーの友人関係を認めているということでよろしいのでしょうか?」

メリルが、未だ少し残る緊張を声に滲ませながら問うた。

「もちろん。結婚となると話は別だが、良い友人であるのならば交流を続ければ良いと思っているよ」

「そうですか」

ほぅっと、メリルが安堵したように小さく息を吐く。

安心しているところ悪いのだが、私はまだルシウスの言葉を全面的に信じていない。貴族というものは表も裏もあるもので、特にルシウスはマルフォイ家らしく内面を全く見せてこないからだ。

「……何を企んでいる」

「おや、企んでいるとは人聞きの悪い。私は息子の新たな友人関係を歓迎しているだけだよ、セブルス」

「そういう建前は充分だ。何を目論んでいるのかと聞いている」

眉を寄せながらルシウスを見遣ると、彼はやれやれと首を横に振りながら苦笑した。

「セブルス、貴方、相変わらずなのね」

と、ナルシッサも小さく苦笑していた。

どういう意味かは分からないが、皮肉られていることは理解できた。

「目論んでも企んでもいないさ、本当に。……ただ、メリル、君は先日論文を発表をしていただろう?」

「え、ええ」

不意に話題を振られたメリルが、戸惑いながら頷く。それを横目で確認し、ルシウスは続けた。

「あれは非常に興味深い内容だった。マルフォイ家としても私個人としてもね。その論文の執筆者が、優秀ならばマグル生まれとでも交流するという新たな視点を息子に教えたのだ。それがマイナスになる事は無いと思ってね。それに論文の内容が他の魔法生物にも当て嵌るなら、新たに事業を始めても良いと考えてもいるのだよ」

「要は、ドラコの、ひいてはマルフォイ家の益になると判断したということだな」

「全く、直截な物言いは変わっていないようだ。貴族の前ではその様な言い方はあまりよろしくないと、何度も伝えた筈だが」

「そうでしたかな」と鼻を鳴らすと、ルシウスは愉快そうに口の端を上げた。

隣では、話についていけていないメリルが目を白黒させている。賢い彼女のことだ、その内理解が追い付くだろう。

私は笑いながらカップを傾けているルシウスに向けてため息を吐いた。

「なるほど、マルフォイ家当主として自分の子供に、これまで教えてきた事とは違う考え方を吹き込んだ人間を見極めたかった、と、そういうことだな?」

「人聞きの悪い。私は君と未だに交流を続けてくれている奇特で慈悲溢れる女性にぜひとも挨拶と感謝を伝えたかっただけだよ」

「もちろん、あんな興味深い論文を書いた本人と話したかったのも本音だが」とルシウスは続けた。

「あの、私の方こそ、セブルスに遊びのような研究に付き合ってもらっているだけで、むしろありがたいと思っているんです」

「だそうだよ」

「良い友人を持ったみたいで良かったわ、セブルス」

メリルの言葉に、マルフォイ夫妻が揃って愉快そうにそう言った。ナルシッサは優しさの滲む柔らかい声音ではあったが。

その後のお茶会は終始穏やかに進んだ。途中から呼ばれたドラコも、多少緊張はしていたが貴族の子息らしく行儀良くお茶を楽しんでいた。

帰り際に「また来てくださいますか」とおずおずとドラコに聞かれ、メリルの顔が微笑ましさに溶けていたのはまた別の話だ。

マルフォイ家からホグワーツに戻ると、メリルが大きく息を吐いた。

「ふう、さすがに緊張するわね」

「そうは見えなかったが」

「セブルスにそう言ってもらえたなら、上手く猫を被れていたみたいね」

「良かったわ」と安心したように緩く微笑む彼女に、思わず「寄っていかないか」と口に出していた。

キョトンとした顔になるメリルに、「しまった」と心中で舌打ちする。つい今しがたお茶会から帰ってきたところではないか。自分は何を言っているのかと御しきれなかった自身の衝動に苦い思いを味わっていると、彼女は「セブルスからのお茶のお誘いなら、いつでも大歓迎よ」とにこりと笑った。

「でも、もうすぐ夕食の時間だからその後でも良いかしら?おなかを空かせていかないと、腕を奮ってくれている屋敷しもべ妖精達に申し訳ないわ」

「構わない」

夕食後も彼女と時間を共にできると決まり、私の心は年甲斐も無く浮き足立った。最近自覚した感情に、折に触れて振り回されてしまう。分かってはいたが、到底止められるものでもなかった。プライドをかけて表には出さなかったが。

結局、その約束は果たされる事は無かった。2人揃ってダンブルドアに呼び出されてしまったからだ。

夕食も終わり数少ないホグワーツ残留組が引き上げていった後の暗い廊下を、確かな落胆を感じながら校長室へ向かう。隣ではメリルもいる。大広間からそのまま足を運んでいるのだ。

「タイミングが悪かったわね」

「何の話だ」

「お茶をする約束だったけれど、ダンブルドア先生に呼ばれたらそっちを優先せざるを得ないものね」

「そうだな」

「残念ね」

しっかりと纏めた金髪を解いていつも通りの三つ編みにしているメリルは、そう言って苦笑した。

──君も、そう思ってくれるのか。残念だと。

「……そうだな」

驚きと嬉しさに絞まった喉から、何とかそれだけ絞り出した。

それから校長室までは沈黙が降りたが、私は自身の心の波を鎮めるのに忙しく気にもならなかった。

結論から言うと、ダンブルドアの用事はクィレルの裁判についてだった。

明後日に迫った裁判に出席するために、マグルの世界で生活しているポッターめをメリルと私で迎えに行くようにとのお達しだった。

正直、気が重いことは否定できない。リリーと断絶する以前から、ペチュニアとは没交渉状態だった。元々親しくしていた訳ではないが、私達がホグワーツに入学したのをきっかけに、ペチュニアは完全に魔法やそれに連なる事柄を遠ざけた。家の内外問わず魔法を使うことに頓着しなかったリリー──ホグワーツに入学するまでは杖無しで花を出していたらしい、元々は溢れた魔力が花となって出現したことで魔女だと判明したとか──と、外で魔法を使うことに反対していたペチュニア。どちらかと言うとリリーと親しくしていた私だが、魔法の使用に関してはペチュニアに賛成だった。

人間は未知のものを恐れる。怖がるだけならまだ良いが、ともすれば力で排除しようとする。……父と認めたくはない、あの男のように。

リリーまでもその様な目に合って欲しくなかったのだ。幸いと言えば良いのか、リリーはホグワーツ卒業後は魔法界で過ごしたため、マグル界で迫害されることはなかった。魔法界も暗黒の時代だったため、マグル界にいた場合との比較など意味はなさないかもしれないが。

ともかく、問題はペチュニアのいる家へポッターめを迎えに行かねばいかないといけないということだ。未成年であるため姿現しはできず、煙突飛行ネットワークも繋がっていない──マグルの家なのだから当然だが──からとの事だが、我々でなくとも良かったのではないか?

「セブルスはハリーの叔母さまのことは知っているの?」

メリルの問いかけで、意識が現実に引き戻された。今我々は校長室を辞して、それぞれの私室へと無人の廊下を歩いている途中だった。

「数度顔を合わせた程度だ。知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らないな」

「そうなのね。どんな人か、少しは分かるかしら?」

ぼんやりと遠くにある、かつての記憶を辿る。数度会ったことがあると言っても、言葉を交わした時間は更に少ない。その中で読み取れるペチュニアの人物像。

「……印象としては、ルールやマナー、社会の道理を重んじていた、と思うが」

「そう。なら、予め手紙でハリーを連れ出すことをお知らせしておいた方が良いかしらね。突然お邪魔しても不審に思われるかもしれないから」

メリルの言うことも最もだ。

私が頷くと、彼女は「他に気を付けておくことはあるかしら?」と聞いてきた。そこでペチュニアが魔法と距離を置いていると伝えると、マグル方式で速達を出すことにしたようだった。

「色々と教えてくれてありがとう」と礼を告げてきたメリルに、私はマルフォイ家から戻ってきてからずっと引っかかっていたことを聞いてみた。

「ルシウスが最後に言っていた君の祖父とは、君の父方の祖父のことかね?以前にお父上は勘当されたと聞き及んでいたが」

「アー、そうね、それは間違いでは無いわ」

メリルの笑みに苦い物が混じる。聞いてはいけないことだったのだろうか。

確かルシウスは「君のお爺様も、君の論文を大層褒めて自慢しておられたよ」と何の気無しにサラッと伝えていたのだが。

「……話したくなければ、別に言わなくとも良い」

「話したくない訳じゃないのよ。んー、少し座りましょうか。立ち話には長いから」

ちょうど中庭を通りがかったところだったため、メリルと横並びにベンチに座る。夜のそこは適度に風が通り、居心地が良い。メリルの金の髪が風に柔くそよぐのを視界の端で見ていると、「さっきのことだけれど」と彼女は話し始めた。

「父が勘当されていたのは本当よ。ただ、祖父は父のことをとても可愛がっていて、勘当も本当はしたくなかったらしいの。でも純血貴族の家だから、マグルと結婚するのを許す訳にはいかなくて、泣く泣く勘当したって言っていたわ」

「君は祖父と面識が?」

「ええ。父や私の誕生日なんかにはこっそり家に来ていたわ。クリスマスにも毎年プレゼントを贈ってくれていたもの」

「今も交流があるのか?」

「父も亡くなったし、成人してからは無かったわ。でも、あの論文が学会誌に載った翌日に手紙が来たの」

メリルの顔に先程の苦みが戻る。

「今は祖父が家長になっていて、親族から私だけでも家に戻してやったらという話が上がっているみたいなのよ。祖父は乗り気ではないらしいけれど、論文については鼻高々みたい」

「祖父が父のことを溺愛していたことを知っている人からは、賞賛の言葉を貰っているみたいよ」と肩をすくめるメリル。

何だそれは。あの論文は彼女の実力であり、彼女の祖父は全く関係が無い。それに、「家に戻す」だと?彼女がそれを望んでいるならまだしも、上から目線で「戻してやる」などと、見当違いにも程があるではないか。

私が憤っているのが伝わったのか、メリルは「そちらには行かないって返事をしたから何の問題も無いわ」と笑った。

「私の家は両親と暮らした家であり、ここホグワーツだもの。それに、成人した時に財産の相続権を放棄してるから、あちらとは完全に他人なのよ」

「そうか」

「ええ。怒ってくれてありがとう」

私が勝手に苛立っただけなのに、彼女は礼を言うのだ。その笑みの煌めきが、細められた夜の瞳に映る星の輝きが、容易に私の心を絡め取る。

──君を手放したくない。

手に入れてすらなく、そもそも彼女は物ではないのに、そんな想いが身の内をジリジリと焦がしていることは分かっていた。彼女への愛を自覚したあの日から、どれ程手を伸ばしかけたか知れない。……私は未だ贖罪の身であるにも関わらず。

今だって、メリルの瞳から目が離せない。揺れる金の髪が視界の端にチラチラと映り込んで、まるでカーテンのよう。

「まさかルシウスと祖父に交流があるとは思わなかったから、今日は少しびっくりしたわ。良く考えると貴族同士だし、知り合いでも変では、」

メリルの話し声が耳元をスラリと流れて行く。それを聞きながらいつの間にか伸びた指先が、彼女の目元にそっと触れる。彼女の深く明るい声が途切れた。

驚きに見開かれた目が、私を正面から捉える。声を紡ぎかけて中途半端に開いた唇が、どれ程魅力的か彼女は知らない。

ドクリ、心臓が一際強く脈動した。

メリルは固まったまま、身動ぎ一つしない。私を、拒んでいない。その瞳に、嫌悪や恐怖は浮かんでいない。

開心術を使いたい衝動が、酷く私を襲った。彼女が一体何を考えているのか。私のことをどう思っているのか。

しかし、それを実行に移したら後悔することも理解していた。無理に覗いたところで嫌われるだけだ。

頭の中で暴れ回るその衝動を堪えるように、メリルの目元に添えていた指先をそっと頬に滑らせる。ピクリと反応した彼女の震えが手に伝わった。

戸惑っているのだろうか、揺れる彼女の瞳は星の瞬きを閉じ込めたまま私を見詰めている。

吸い込まれそうなその輝きに思わず身を預けて、より彼女へと顔を寄せた、その時。

ほーぅ。

「「!」」

聞こえたのはフクロウの声。同時に我に返り、メリルは飛びずさって「あ、あの、手紙、書かないといけないから!お、おやすみなさい!」と言い残して走り去って行った。その逃亡は目にも止まらぬ速さで、止める隙も無かった。

まだ指先に微かに残るぬくもりが、先程の情景を脳裏に呼び起こさせる。

彼女の揺れる瞳、唇から漏れる吐息、僅かに靡く金髪と滑らかな頬の感触。その全てが確かに欲しい。

──ああ、だが、しかし、私は──

頭上に広がる夜空から目を背け、私は早足で地下へと向かった。

 

クィレルの裁判の日。朝食を早めに片付け、マグルの服装に着替えた私とメリルはロンドンの路地裏に姿現ししていた。

「何故ロンドンへ?」

「ちょっとした手土産を買いにね。私はハリーのご家族と初対面だし、大事な甥っ子をお預かりするのだから、少しは安心して欲しくて」

ペールブルーのロングスカートを翻す彼女は、今日も輝くように微笑んだ。頭の後ろで1つに纏められた金髪が、陽光にきらりと反射する。

メリルの気遣いは私には思い至らない物だった。それが世間の一般常識なのか、それとも彼女の優しさなのかは分からないが。

おしゃれな店でメリルはさっとクッキーの詰め合わせを買い、再び路地裏で目的地まで姿現しした。

周囲は品の良い家々が並ぶ住宅街が続いている。ぐるり見渡し、自分にはとんと縁の無い物だなと心中で独りごちている間に、メリルは1軒の家の前で立ち止まった。

「ここね。……何だか、少し緊張するわね」

くすりと笑って肩を竦めて見せた彼女はしかし、1度深呼吸をした後気負いなど無いかのようにドアをノックした。

すぐに出てきたのは壮年の男性。その後ろには十数年ぶりに見るペチュニアの姿があることから、彼女の夫だろう。更に後ろには丸々と太った少年がこっそりと顔を覗かせている。

2人共酷く険しい顔をしているが、メリルは構わず明るく微笑んだ。

「初めまして、ダーズリーさん。メリル・ヴァレーと申します。ホグワーツでは教授補佐を勤めています。こちら、宜しければ皆さんでどうぞ」

すっと店と同じくおしゃれなデザインの紙袋に入れられたクッキーの詰め合わせを渡すと、ダーズリーは怪しい物でも入っているかのように渋々受け取った。好んでいる物だったのか、ペチュニアの表情が僅かに明るくなるのが分かった。だが、その変化も私を視界に捉えたことで、元の険しい、どこか怯えた顔に戻ってしまう。

「……バーノン・ダーズリーだ。こちらは妻のペチュニア」

「どうも……」

ダーズリーの紹介に、恐る恐るペチュニアが会釈する。

「こちらは同じくホグワーツの教授であるセブルス・スネイプ。今日は私たち2人で甥御さんを引率させていただきますね」

にこりとメリルが微笑むと、ダーズリーは改めて彼女を上から下まで見て、ようやくその眉間から皺を減らした。

「……どうやら貴女は奴と違ってマトモらしい。失礼した」

ダーズリーの方から手を差し出され、信用を少しは得られたと分かったメリルは彼と嬉しそうに握手した。続いてペチュニアとも。

「さっそくで悪いのですが、ハリーを呼んでもらっても?そろそろ行かねばならないのです」

「ああ、もちろんだ。……おい、坊主!先生がお呼びだ!」

「今行きます!」

ダーズリーの呼び声に、待ち構えていたように2階からポッターが飛び出して来た。そのまま玄関まで走って来たポッターはメリルに嬉しそうに「こんにちは、先生!」と挨拶した後、私を見てあからさまに顔を顰めた。

「こんにちは、ハリー。今日は私たちが一緒に行くから、離れないでね」

「分かりました」

素直にコクリと頷くポッターを後ろの私の方へそっと押しやり、メリルは改めてダーズリーへと向き直った。

「昼過ぎにはお返しできるとは思います。それでは」

そう伝えて、メリルが私の方へと身を翻しかけた時、

「あー、その、先生」

とダーズリーが咳払いした。キョトリとしたメリルが首を傾げる。ダーズリーは何やら言いにくそうにモゴモゴと口内で言葉を転がして、意を決したように「あいつの、ハリーのことなんだが」と切り出した。

「……その、あー、いや、ゴホン、何でも、」

「あの子は、きちんとできているのでしょうか……?」

誤魔化そうとしたダーズリーを遮り、ペチュニアがおずおずとだが、意を決したようにそう言った。

「ああ、気になりますよね。よろしければ、ハリーをお返しに来た時にお話しても?」

柔らかく微笑むメリルの言葉に、ダーズリーは威厳たっぷりに見えるように頷いた。

「それでは、また後ほど」

微笑みひとつで今度こそ身を翻したメリルは、玄関先から少し離れた場所に立っていた私の元へと合流した。

「お待たせ。それじゃあ行きましょうか」

来た時と同様に人気の無い路地裏でメリルとポッターが付き添い姿現ししたのを確認した後、私もウィゼンガモットへと姿現しした。

 

大法廷は裁判内容が内容なだけに騒ついていた。室内に入れるのは限られた人間のみであるにも関わらず、預言者新聞の記者やら傍聴したい人間やらでごった返している。お陰で入廷まで待ち時間が発生する事になってしまった。

「ヴァレー先生」

待機場所となった小部屋の端で並んで座っていると、ポッターがメリルの袖を引いた。「どうしたの?」と小首を傾げながら奴に顔を向けるメリル。無意味な質問で無闇に彼女の時間を消費させるなよポッター……。

「僕、あの、こういうの初めてなんですけど、何を言えば良いんですか?」

「ダンブルドア先生からは何も聞いていないの?」

「はい」

「そう。……うーん、そうね、基本的には相手から聞かれた事に素直に答えれば良いわよ。貴方は未成年だから、変な質問も来ないでしょうし」

「そんな質問をされる時があるんですか?」

「過去の議事録では確認できたわ。まあ、今回は関係無いでしょう。何かあってもスネイプ先生か私がフォローするから大丈夫よ」

優しくそう言うメリルに、ポッターはぼそりと「……僕、助けてもらうならヴァレー先生が良いです……」と呟いた。しっかり聞こえているぞ、ポッター。

メリルは苦笑しながらも深くは言及せずに、そのまま言葉を続けた。

「ハリーはクィレル先生の事は好き?」

「えっ!?うーん……」

メリルの突然の質問に、ポッターは困ったように眉を寄せた。正直に答えるかどうか迷っているようだが、その顔が全てを物語っている。

「ふふ、困らせてごめんなさいね。でも、悪い人じゃないのは分かるでしょう?」

「それは、はい」

「それが分かっているのなら良いのよ。クィレル先生は悲観的な所があるけど、闇側に行こうとしたのではないわ。そんな彼をアズカバンなんかに送る訳にはいかないと、私は思っているの」

ポッターはこくりと頷いた。嫌に素直で反吐が出そうだ。

その後、メリルはポッターと裁判での証言についていくつか確認していた最中に、やっと入廷を促された。開廷までどれ程時間をかける気だ、まったく。

結果として、クィレルの奴は条件付きの無罪放免となった。我が君「の様な何者か」──魔法大臣であるファッジが、頑なに我が君が死んでいない事を認めなかった──に奴が洗脳され操られていた事は明白だったからだ。実際、我が君の全盛期には、話術による洗脳や懐柔、服従呪文で操られていた者達も多くいた。クィレルも、それらと同じだと判断された訳だ。

この条件というのも「ダンブルドアの監視下にいる事」という物であった。ダンブルドアも、元々クィレルをどこかにやるつもりなど毛頭無かっただろう。死んだと思われていた我が君を見つけ出し、尚且つ接触した上で生き残っているのだから。使える人材であり、これから死喰い人に狙われる確率が跳ね上がった人間を野放しにするなどありえない。こうしてクィレルは、様々な決着がつくまでホグワーツに匿われる事となったのだった。

裁判も閉廷し、昼食を摂った後メリルと私はポッターを伴ってプリベット通り4番地に舞い戻っていた。戻りたくないと先程駄々を捏ねていたポッターは、今も不細工な顔をしている。それへ苦笑し、メリルはダーズリー家の扉をノックした。

「ああ……先生、どうも」

おずおずと内側から顔を出したのはペチュニアだった。メリル、ポッター、私の順に見渡してから、気の進まない様子ながら宅内へ招き入れた。

リビングにはダーズリーが座っており、私達が室内に入ってきたのを認めて立ち上がって出迎えた。顔は顰めているが、礼儀は弁えているらしい。

「坊主、あー、ハリーは2階に行ってなさい」

「どうして?僕の話なんでしょう?」

「いいから──」

「行きなさい、ハリー。バーノンの言う通りにして」

「ペチュニアおばさん……」

声を荒らげかけたダーズリーを遮り、固い声でペチュニアはポッターを見ずに言った。その表情も声音同様固い。

さすがに何か感じ取ったのか、ポッターは渋々といった風でリビングから出ていった。

やはりいつもと様子が違うのか、己の妻を気にしつつも私達に席を薦めたダーズリーと、強張った顔のままキッチンに入ったペチュニア。両者の様子を気にしつつも、メリルは薦められた椅子に座った。私も倣って彼女の隣に腰を下ろす。

すぐにペチュニアが紅茶とお茶菓子を持って現れ、全員に配った。

「ありがとうございます。美味しいです」

1口飲んでそう微笑んだメリルに、ダーズリー夫妻は少しだけ表情を柔らかくした。

「それで、ええと、ハリーのことですね。お2人はホグワーツでの彼について何か聞いていますか?」

夫妻は揃って首を横に振った。「そもそもホグワーツという学校についてさえ説明されていない」とダーズリーは吐き捨てた。

マグル生まれの子供がホグワーツに入学する際、ホグワーツの教員の誰かが家族に説明に来るのが一般的だが……。ポッターの場合はそれが無かったということか。

ポッターを迎えに来た時の敵意ある反応も、それならばある程度納得できる。メリルも僅かに眉を顰めていた。

「それはこちら側の落ち度ですね。申し訳ありません」

メリルが謝ると、ダーズリーは少し焦った様子で、

「いや、先生が謝ることじゃない。それに貴女はマトモだ。事前に、普通の方法で説明の手紙もくれた」

と手を振った。

余程過去に何かあったのだろう。ペチュニアの方は予想がつくが。

「それでは、ホグワーツについて簡単に説明させていただきますね」

メリルが簡潔に、できるだけマグルにも分かりやすく説明すると、暗い表情をしたペチュニアは顔を俯かせた。

「……あの子は、グリフィンドールなのね……リリーと同じ」

「赤いマフラーを持って帰ってきていたもの」と呟く様に付け足したその姿は、どこか悄然として悲しげな雰囲気が漂っている。

「親御さんと同じ寮に組み分けされる子は多いです。もちろん、全く違う寮に入る場合もありますが。本人の資質を鑑みて組み分けされるんです」

ペチュニアを気遣って、メリルはそっとそう付け足した。

「あー、質問したいんだが」

「何でしょう?」

俯いたままの己の妻の手を握りなが、ダーズリーが何やら言い難そうに口を開いた。

「ハリーの様な子供は、突然生まれるのかね?あー、私達の様に、その、ま、魔法の使えない人間の間にも?」

「ええ、魔法が使えない両親の元に魔法が使える子が産まれる事もあります。そしてその逆も。全体として多くはありませんが」

「そうか。いや、あれは赤ん坊の頃泣き喚く度に何かを壊していたのだが、あー、これは仕方の無い事なのか?何度も家電を買い換えたが、その領収書をどう処理すれば良いか分からんのだが」

「魔力暴走ですね。自分でコントロールできない内は感情に引っ張られますので、良くあることだと思います。魔力の多い子だと、家の半分吹っ飛んだなんて話もあるくらいですから。……でも、ハリーはポッター家の子ですよね?ダーズリーに養子にしたのですか?」

メリルの問いに、ダーズリーは慌てた様に「いや、いや!」と手を横に振った。

「養子にはしとらん。ペチュニアが反対した」

「そうなんですね。であれば、ポッター家から養育費や補償金が出ている筈ですが、そちらはきちんとこちらの通貨で支払われていますか?」

「養育費?補償金?何の話だ?」

ダーズリーが本気で分からないという風に首を傾げた。それを見てメリルが絶句した。ハッとして我に返った彼女は、慌てた様に口を開いた。

「あの、もしかしてなんですけれど、ポッター家の弁護士さんからご連絡は……?」

「ある訳ないだろう。奴ら、11月の寒空の下、しかも夜に赤ん坊だった坊主を玄関先に置いてきぼりにしたんだぞ。それ以来、あの入学許可証が来るまで何の音沙汰も無しだ」

「あの子の、リリーの死を、私はその時おくるみに入っていた手紙で知りました……!遺品も遺言も、何も無かった!決して仲が良いとは言えませんでしたけど、こんな、こんなの、あんまりです……!」

ついにペチュニアがわっとテーブルに突っ伏して泣き出してしまった。ダーズリーは労しげにその背中を摩る。

マグル側でそんなことになっているとは思わなかった。リリーの墓はゴドリックの谷にあるから、マグルであるペチュニアでは辿り着けないだろう。リリーがホグワーツへ通うようになってから、ペチュニアは魔法その物を毛嫌いしてリリーとも断絶していたから、気にかけていたとは想像もしていなかった。

内心驚きながら様子見を決め込んでいると、メリルは労りと慈愛溢れる表情でペチュニアの手にそっと己のそれを重ねた。

「……私も、新聞で知った身なので詳しい事は分かりませんが、身内が急に亡くなる辛さは知っています。お悔やみ申し上げます」

「貴女も……?」

ペチュニアがグズグズと鼻を啜りながらも顔を上げた。メリルが優しく頷く。

そうだ、彼女も──

「私も学生時代に両親が。ですから、立場としてはハリーと似た様な物です。でも、ハリーは幸運です。きちんと育ててくれる親戚がいたんですもの」

その言葉を聞いたペチュニアが再度突っ伏してしまった。嗚咽の合間から、「きちんとなんて」「養い親失格」「あの子の忘れ形見なのに」「怖くて」といった言葉が切れ切れに聞こえる。ダーズリーもいつの間にかその顔を俯かせていた。

「何もご存知無かったんですね……。それでも、貴女方はハリーを育ててくれた。同じ親を失った子供として、感謝します」

ペチュニアが落ち着くまでの間、メリルはずっと彼女の手を握っていた。

しばらくして、ようやく涙を止めたペチュニアは恥ずかしそうに苦笑した。

「取り乱してしまって、すみません」

「構いませんよ。息子さんとハリーの2人分の育児は、私が想像できない程大変だったでしょうし」

にこりとメリルが笑うと、ペチュニアは小さく「……ありがとうございます」と呟いた。

「元の話に戻りますが、養育費や補償金については私の方から確認させていただきますね。……ふくろうより郵便で結果をお送りした方が良いですよね?」

「ああ、できれば」

「分かりました」

ダーズリーの言葉に、メリルは頷いた。

「……ハリーは、学校で上手くやっていけてるんですか?」

鼻も目も真っ赤にしながらペチュニアが聞くと、メリルは「友達もできましたし、同じ寮の先輩からも可愛がられているようですよ」と笑みを返した。

「それにクディッチ、アー、こちらで言うサッカーと同じくらいメジャーなスポーツで、チームで1人しかできないポジションを、1年生ながら任されているようです」

「そうなんですね……。あの、勉強の方は……?」

「私は2教科の教授補助をしていますが、そうですね、正直可もなく不可もなく、といったところでしょうか。飛び抜けて良い訳ではありませんが、悪い訳でもありません。こちらのスネイプ教授は魔法薬学という教科を担当していて、もちろんハリーも見ています。セブルス、ハリーはどう?」

ここで私に振るのか。ペチュニアがギョッとした様な目でこっちを見ているぞ。

ゴホン、と咳払いひとつして、嫌な気分になりつつも今年をさっと頭の中で振り返った。

「……手際も成績も、それ程良いとは言えん。リリーには遠く及ばない」

「だそうです。まだまだ1年生ですし、魔法に触れてからそう経っていませんから、大丈夫ですよ。本人次第ですが、成績もこれから伸びると思います」

ダーズリー夫妻は納得する様に頷いていた。

ポッターについて一通り確認して安心したのか、ペチュニアがチラリとこちらを見た。

「……セブルス、貴方、先生になっていたのね」

その声は固く、未だ蟠りがある事をありありと示している。私とて屈託が無い訳ではないため、打ち解けようとは思わないが。

メリルとダーズリーがこちらを窺う気配を感じながら、私は答えを返した。

「不本意ながら。……リリーとは、会うことは無かったのか」

「1度だけ、訪ねて来たわ。結婚した、赤ちゃんができたって。だから、ハリーのことも一応知っていたの。……まさか、それが最後になるなんて思わなかった」

「随分失礼な奴を連れて来ていたがな」

思わずといった風にダーズリーが口を挟んだ。

どうせポッターのことだ、何かしらやらかしたんだろう。魔法族とマグルの差異など考えも及ばない奴だから。

「そんなこともあったし、あの子が泣く度に何かが壊れることが怖かった。訳が分からないことがたくさん起きて、理解できなかった。あの子が泣く度に怒るようになった。その内、あの子自体が怖くて、虐げるようになった。……私、親として失格なのよ」

悄然と項垂れるペチュニアに、私は何も言えなかった。掛けられる言葉を、私は何も持たなかった。

重い空気を変えたのは、またもメリルだった。

「理解できないものが怖いのは自然の摂理で、当然のことです。それでも、育児放棄をなさらず育て上げた貴女方は立派だと思います」

柔らかく、それでいて芯の通った深い声で、彼女は言った。

「気休め程度にしかなりませんが、金銭面での補填はできる筈です。ただ、貴女方とハリーの間にできた溝は、皆さんで埋めるしかありません。もちろん、そのための手助けは惜しみません」

続けたメリルの言葉に、ダーズリー夫妻は素直にこくりと頷いた。

──君の様な人が、あの頃いてくれたなら。私の人生はもう少しマシな物になっていたかもしれない。

考えても詮無きことだとは分かっている。それでも、虐げられ、逃げられなかった過去が落とす暗い影が、私に「もしも」を想像させる。

そうしてその分だけ、彼女と自分の差を痛感する。どれ程表面を取り繕ったところで、私はあらゆる点が彼女には遠く及ばないのだ。

「……これから、どうすれば良いでしょうか」

ペチュニアが途方に暮れた様に呟いた。それも仕方の無いことだ。彼女が魔法その物を拒絶するようになってから、何年も経つのだから。それを扱うポッターを受け入れるのは、中々に労力を要するだろう。魔法に恐怖や怒りを抱いているダーズリーも、また。

「それぞれに合ったやり方があると思いますので、私からは提案しかできませんが……対話が、必要かと」

「対話……」

「ええ。難しいと思われるかもしれませんが、簡単な挨拶からで良いのです。『おはよう』『おやすみ』など、そういう日常の挨拶が少しずつでもできるようになれば、もっと多くの事を話し合えるようになると思います。学期中は手紙のやり取りをすれば、距離がある分落ち着いて話し合えるかもしれません」

「そうですね……ええ、やってみます」

先程より幾分か冷静さを取り戻した声で、ペチュニアは応じた。ダーズリーもその隣で神妙な顔をしている。

「息子さんとの関係もあるでしょうし、皆さんのやり方で、そしてペースで進んでいけば良いと思いますよ。……差し出がましいようですが、よろしければハリーに私から少し話をしましょうか?」

「他人から話した方が聞きやすいかもしれませんし」と続けるメリルに、「申し訳ないですけど、お願いしても……?」と答えるペチュニア。快くひとつ頷いた彼女は、「すみませんが、案内をお願いしても?」と明るく続けた。

「私が案内しよう」

ダーズリーがすぐに立ち上がり、リビングの扉を開けて手で外へと促した。メリルも席を立ち、ダーズリーに続いて扉を潜ろうとした時、ペチュニアをチラッと見てから私にさっと目配せをした。

──ペチュニアと話せということだろうか。

私達の間にある因縁など彼女は知らないだろうに、おそらく今日の会話や仕草等で察したのだろう。彼女は、時にこちらが意表を突かれる程の頭の回転の良さを発揮する。勘もあるかもしれないが、それも含めて彼女の賢さだろう。

メリルとダーズリーが去ったリビングには沈黙が降りた。ペチュニアは紅茶の水面をじっと見詰めたままでいる。私とて、何をどう話したら良いか、皆目検討がつかないままでいた。

しばらくして、先に口を開いたのはペチュニアの方だった。

「……貴方、いつリリーの死を知ったの」

瞬間、脳裏を凄まじい勢いであの日の光景が通り過ぎで行った。

冷え切った空気。ほぼ全壊の邸宅。濃厚に残る我が君の魔力の気配。玄関先にはポッターの死体。駆け上がった階段。荒んだ室内。そうして。

「…………直後だ。……リリーが死んだのは、我輩のせいだ」

悪夢の様な光景を目を閉じることでやり過ごし、私は何とかそう絞り出した。今も胸の内に巣食う痛みが、常に私を責め立てる。メリルへの想いを自覚した今となっては、それは更なる威力を持って私を襲うのだ。

そんな私の思考を遮る様に、「でも」とペチュニアが発した。

「貴方が直接関与した訳じゃないでしょう」

「何故」

「あんなにあの子に依存していた貴方に、そんなことできるとは思えない」

依存……。そうか、あれは依存だったのか。

他人からそう表現され、驚く程ストンと腹に落ちた。

当時、特にホグワーツに入学してメリルと知り合うまでは、私の世界にはリリーしかおらず、また、それで良いと思っていた。冷静に振り返れば、あれは確かに依存だった。唯一優しくしてくれる仲間だったから。

しかし、リリーとの断絶時、もしもメリルがいなければ?私はたやすく闇に染まり切っていただろう。何とか踏み止まれたのは、やはりメリルの存在が大きい。例え一度は彼女に裏切られたと思ったとしても。

リリーとペチュニアが絶交した時に、私とペチュニアが会うことも皆無になった。そもそもペチュニアは身形の汚い私を嫌っていた節があるから、会ったことさえ数える程だが。それでも、彼女はリリーを見限らず、私を覚えていた。ポッターを育てたのもその情の深さ故だろう。当時、魔法が使えないペチュニアを見下していた自分が恥ずかしい。

「……すまない」

思わず零れた謝罪は、何に向けたものか知れず、弱々しい物だった。本当に自分の口から出た物か疑う程に。

それに対し、ペチュニアは顔を上げてキッパリと首を横に振った。

「謝らなくて良いわ。貴方がやったことじゃないもの。……でも、こんなこと、私なんかが言えた事じゃないけど、あの子は、ハリーは守ってあげて」

「もう二度と、家族がいなくなるのは見たくない」と続けたペチュニアの瞳には、かつてリリーの瞳に瞬いていた物と同じ強さの光があった。

 

2階に行っていたメリルとダーズリーが戻って来た頃には、リビングの空気は随分柔らかくなっていた。戻って来た2人の顔もどことなく明るい。ポッターとの話し合いは首尾よくいったらしい。

紅茶を飲み干したメリルと私は、別れの挨拶を交わして帰路についたのだった。

途中夕食をさっさと済ませてホグワーツに到着すると、メリルは深い安堵の溜息を吐いた。

「……大丈夫か」

どことなく疲労の影が落ちている横顔に、何故か急激に不安に襲われた。彼女がまたいなくなる様な、そんな予感。

私の胸中など知らぬメリルは、パッと笑顔になって「大丈夫よ。少し疲れたのかも」と肩を竦めた。

今日は朝から動き詰めだったから、さしもの彼女も疲労が溜まっている様だ。早く休ませた方が良いだろうと、その場で解散しようと口を開きかけると、メリルが「……良かったら、なんだけれど」とおずおずとそれを遮った。

「その……お茶しない?あ、もちろんセブルスが疲れているなら断ってくれて構わないわ」

「問題無い」

「そ、そう?じゃあ、私の部屋に行きましょうか」

私が了承したのが意外だったのか、メリルは少々動揺しながらも足早に先に立って歩き出した。

部屋に到着すると当たり前の様に私室に通され、メリルはすぐに杖を振って紅茶の用意をした。

「……ハーブティーでなくて良かったのか」

彼女が運んで来たのは紅茶。カップをそれぞれの前にサーブしたメリルに問うと、向かいのソファに座った彼女はキョトリとした顔になった。

「そちらの方が良かった?」

「いや、そういう訳ではないが……夜はいつもハーブティーだっただろう」

そう言うと、彼女は納得した様に軽く頷いた。

「そうだったわね。でも、今日は何となく紅茶が飲みたくなったの」

「そうか」

ふと降りる沈黙の中、カップをゆっくりと傾ける。舌に滲む甘さはそのまま、彼女への想いの様に感じられてしまう。室内には相変わらずほんのり薬草の匂いと、仄かに爽やかな甘やかな香りが漂っている。

不躾にならない程度に、彼女の部屋をそっと見渡す。シンプルだが品の良い調度品に、棚に収められているカップやソーサーも彼女の好みの物ばかり。扉の隙間から見えたキッチンも片付いていて、彼女の几帳面さが窺えた。……そういえば、寝室も同様に……

「これで、少しでもハリーの生活が改善されると良いわね」

不埒な思考は、メリルの発言によって遮られた。断ち切って貰えて逆に良かったのかもしれない。

「特に何とも思わんな」

ポッターの生活については真実心の底からどうでもいい。メリルの気掛かりが無くなるならその方が良い、程度の事だ。

私の返しに、「またそんな事言って」と彼女は苦笑した。

「貴方がハリーの事を気に掛けている事は分かっているのよ?それがどんな形であれ、ね」

フン、と鼻息を吐くが、メリルは仕様が無いという風に笑うだけだった。

まあしかし、ペチュニアと話したことで何かスッキリした様に感じたのは確かだ。その点については、ポッターの送迎をしてやって良かったのかもしれない。

「それにしても、よくあの2人と話ができたな」

「ああ、その事ね。うーん、第一印象って大切でしょう?ハリーの様子からあまり家では良い待遇を受けていない事は分かっていたから、そうするとマグル式に沿った挨拶の仕方をすべきかと判断したのよ。そうすれば、あちらからの印象は悪い物にはならないでしょう?」

「そうだな」

「第一印象さえ悪くなければ色々と話してもらえるから、後は双方のお話を聞いて、良い方向に行けそうなやり方を考えれば良いと思ったの。今回については、私達魔法使いに対してすごく悪感情を抱いていたけれど、ハリーを育てていたから、何かしら思う所はあっても倫理や常識はしっかり持っているのだろうと思って。でも、お互いに頑なになっていそうだったし、相互理解の基本は会話だから、まずそこを提案しただけよ」

彼女はそうサラリと言ったが、中々できることではないだろう。魔法界しか知らない魔法使いではまず無理だ。魔法界もマグル界もどちらも知っていて、かつ柔軟な対応をできる人間でないと不可能だろう。しかも今回は、魔法使いに対して悪い印象を抱いている相手だったのだ。メリルの凄さがよく分かる。

相変わらず、彼女本人だけがその価値を知らないが。

「……ダンブルドア先生は、何をお考えなのでしょうね」

メリルが、どこか遠くを見ながら呟いた。あのダンブルドアが、マグル界でのポッターの状況を知らないことは無いとは思うが、私にはあの人が何を考えているかなど皆目検討がつかない。

「……さあな。親類が残っているから預けただけかもしれん」

「そうね、その可能性もあるわよね」

自分を納得させるかの様に繰り返すメリル。引っかかっている所がありそうだが、彼女はそれを口にしなかった。その代わり、彼女は少し躊躇いながら「ダーズリー夫人と、少しはお話できた?」と聞いてきた。私の過去に踏み込んでいいものか、測りかねているのだろう。

「ああ。……君のお陰で」

「私は何もしていないけれど、お話できたのなら良かったわ」

安堵の笑みを浮かべる彼女が眩しい。暖炉に火は入れていないのに、その瞳はキラキラと火花に照らされて輝いている様に見える。その光が、私を射抜いて数瞬目が離せなくなった。

「セブルス?どうかした?」

「……ああ、いや、何でもない」

いつでも、彼女は私を惹き付ける。その夜の瞳が、その金の髪が、その柔らかな声が、私を捉えて離さない。そうしてそれは、立派な依存ではないかと、冷たく私自身が囁いてくるのだ。過去に私が依存した、関わった人間はどうなった?と。

それからどうやって自室へ戻ったのか、正直朧気だ。おそらく、何でもない風を装っておやすみの挨拶を交わした後に帰ってきたのだろうが。

途方も無い疲労感に襲われ、着替えもそこそこに私はベッドに倒れ込んだ。

母は私を顧みないまま死んだ。

リリーは憎い男の手を取ってその生命を散らした。

それならば。

──ああ、メリルも、また。

私に関わる事で彼女が永遠にいなくなってしまうのならば、いっそ。

遠ざけて嫌われてでも、彼女には生きて幸せであって欲しい。

そのためには、私の存在は邪魔になるのだ。

距離を取らねばならない。彼女のために。

ジクジクと痛む心の悲鳴を無かった事にして、私は目を閉じた。




15話目です。やっとセブルス回終了です。予想以上に長くなり、私自身もびっくりですw

次話からは原作2巻のお話になります。よろしくお願いします。
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