クィリナスの裁判は無事に終了した。彼はダンブルドア先生預かりの身となり、傷の治療や後遺症の有無の経過観察が終わり次第ホグワーツに戻って来る事になった。
ダンブルドア先生もいる上に当事者であるハリーもいるこちら側が有利だとは思っていたが、実際にクィリナスのアズカバン行きを阻止できてホッとした。
でも、今日の仕事はまだ終わっていない。セブルスやハリーと昼食を取った私は、改めて気を引き締め直した。
2度目のプリベット通り4番地は、まだどことなく私達を拒絶しているかの様な雰囲気を醸し出していた。その主夫妻も、また。
予想外だったのは、案外すんなりと会話してくれたことだった。もっと頑なな態度というか、排他的な振る舞いをされる可能性も考慮していたから少し拍子抜けしたが、出来うる限りの礼を尽くしておいて良かったと実感した。
ハリーの様子から、彼のダーズリー家での待遇は良くないことは分かってはいた。しかし、魔法界についての説明が全く無かったことや、ポッター家からの養育費が支払われていなかったこと等魔法界側の落ち度が判明して、ダーズリー夫妻がハリーの育児にかなり苦労しただろうことは簡単に予想できた。彼らを責めるばかりはできない。
私ができることは少ないけれど、とりあえずルシウスからマルフォイ家の弁護士さんを紹介してもらって、ポッター家の弁護士さんを探してもらおうかしら。ポッター家程の名家なら顧問弁護士がいる筈だし。それにしても、連絡すら無いなんて……そんなことあるのかしら?
泣き出してしまったダーズリー夫人の気持ちは痛い程分かる。家族が急にいなくなる心情は、私も味わっているから。
「私も学生時代に両親が。ですから、立場としてはハリーと似た様な物です。でも、ハリーは幸運です。きちんと育ててくれる親戚がいたんですもの」
私の場合はすでに成人していたから苦労はほぼ無かったが、子供、それも赤ちゃんだったらどうなっていたか分からない。母方に親戚はいないし、父方も勘当されているからその子である私は引き取らなかっただろう。
夫人の手をそっと握りながら言うと、彼女は再度突っ伏してしまった。嗚咽の合間から、「きちんとなんて」「養い親失格」「あの子の忘れ形見なのに」「怖くて」といった言葉が切れ切れに聞こえる。
「何もご存知無かったんですね……。それでも、貴女方はハリーを育ててくれた。同じ親を失った子供として、感謝します」
心からのお礼は、彼らに伝わるだろうか。
ダーズリー夫人が落ち着いてからは、ハリーの成績について質問されたため、包み隠さず「可も不可もなく」という答えを返した。マグル界で暮らしていて魔法に触れたことが無かった上まだホグワーツに入学したばかりだし、余程のことが無ければ優秀な成績を収めることは難しいだろう。ハーマイオニーが例外中の例外なだけだ。あんな子は滅多に現れない。
魔法薬学についてはセブルスの担当だからと話を振ってみたのだけれど、「何故こっちに振る」と言いたげに片眉を上げられてしまった。ちゃんと答えてはくれたけれど。
ハリーの学校生活について一通り聞いたダーズリー夫人は、今度はセブルスの方をチラリと見た。
「……セブルス、貴方、先生になっていたのね」
その声は固く、蟠りがある事をありありと示している。
セブルスと彼女の間には、やっぱり何かあったのだろう。ハリーを迎えに来た時も、セブルスを見た時だけより固い表情になっていたから。
リリー・エバンズと姉妹であろうダーズリー夫人が、セブルスと交流があってもおかしくはない。おそらくリリー・エバンズと絶交した際に、その交流も無くなったのだろうけれど。
失礼にならないようにそっと様子を窺っていると、セブルスはいつもの無愛想な顔のまま口を開いた。
「不本意ながら。……リリーとは、会うことは無かったのか」
「1度だけ、訪ねて来たわ。結婚した、赤ちゃんができたって。だから、ハリーのことも一応知っていたの。……まさか、それが最後になるなんて思わなかった」
「随分失礼な奴を連れて来ていたがな」
思わず、という風にMr.ダーズリーが口を挟んだ。
ジェームズ・ポッターは確か生粋の魔法界育ちの筈だ。マグルのしきたりやマナーなど全く知らないだろう。魔法界とマグル界の常識に差があることも。
私がそれらを知っているのはその差に苦労した母のお陰だが、ジェームズ・ポッターも自分の妻がマグル生まれであることは分かっていたのだから、失礼の無いようにマグル界でのマナーについて知ろうと努めようとは思わなかったのだろうか……?
「そんなこともあったし、ハリーが泣く度に何かが壊れることが怖かった。訳が分からないことがたくさん起きて、理解できなかった。あの子が泣く度に怒るようになった。その内、あの子自体が怖くて、虐げるようになった。……私、親として失格なのよ」
辛そうな顔で項垂れるダーズリー夫人に、親になったことのない私が言えるのは私の考えだけだ。それでも、少しでもその辛さが和らぐように、祈るように、慎重に言葉を選んだ。
「理解できないものが怖いのは自然の摂理で、当然のことです。それでも、育児放棄をなさらず育て上げた貴女方は立派だと思います」
知らないものを理解しようとするには、相応の余裕が必要だ。精神的にも身体的にも、そしてこの場合は金銭的にも。魔法使いならレパロで修理すれば良い物も、マグルではそうもいかないから。
「気休め程度にしかなりませんが、金銭面での補填はできる筈です。ただ、貴女方とハリーの間にできた溝は、皆さんで埋めるしかありません。もちろん、そのための手助けは惜しみません」
家族間の問題は、下手に他人が介入したら更にややこしいことになりかねない。もちろんその逆もあるが。少しでも助けになれればとは思うが、その匙加減は本当に難しいのだ。
「……これから、どうすれば良いでしょうか」
そう途方に暮れたように呟くダーズリー夫人に、必死に頭を回転させる。
何が彼らに足りないのか。どうしたら両者が歩み寄れるのか。私から見たそれらが正解とは限らないけれど、第三者視点の意見を言うことは私にしかできないことだ。
「それぞれに合ったやり方があると思いますので、私からは提案しかできませんが……対話が、必要かと」
「対話……」
「ええ。難しいと思われるかもしれませんが、簡単な挨拶からで良いのです。『おはよう』『おやすみ』など、そういう日常の挨拶が少しずつでもできるようになれば、もっと多くの事を話し合えるようになると思います。学期中は手紙のやり取りをすれば、距離がある分落ち着いて話し合えるかもしれません」
「そうですね……ええ、やってみます」
落ち着いてきたらしいダーズリー夫人が頷く。Mr.ダーズリーも同じく。
それを確認して、私は続けた。
「息子さんとの関係もあるでしょうし、皆さんのやり方で、そしてペースで進んでいけば良いと思いますよ。……差し出がましいようですが、よろしければハリーに私から少し話をしましょうか?」
「他人から話した方が聞きやすいかもしれませんし」と言うと、「申し訳ないですけど、お願いしても……?」と答えが返ってきた。快くひとつ頷いて案内をお願いすると、
「私が案内しよう」
Mr.ダーズリーが買って出てくれたため、セブルスに目配せしてすぐに2階へと向かった。
少しでもセブルスの心の蟠りを解くことができたら、とダーズリー夫人と話す時間が取れるようにMr.ダーズリーの目を見てお願いしてみたのだが、目論見通りに2人にはできそうだ。
あとは、セブルスが意図に気付いてくれるといいのだけれど。
リビングを出た瞬間に聞こえた2階からのバタン!という扉を閉める音2つに笑いを噛み殺しながら、苦い顔をしているMr.ダーズリーの後をついて階段を登る。案内された部屋の前で、手振りでMr.ダーズリーには扉の脇に隠れているようお願いする。彼の姿が見えていると、ハリーは大人しく話を聞いてくれないだろう。それは仕方ない事だ。お互いに色んな感情が絡まっているだろうから。
深呼吸ひとつして、意識して軽くノックする。
「ハリー?少しお話しても良い?」
「ど、どうぞ」
ハリーは少し焦ったように扉を開けて、私を招き入れた。盗み聞きがバレていないか心配しているのかしら?まあ、あまり良い趣味とは言えないわね。自分に関係ある話と分かっていると聞きたくなるのは良く理解できるけれど、見逃す訳にはいかない。一応教員席の末席に座っているのだし。
ハリーをベッドに座らせ、私は椅子を彼の前に引っ張って来てそこに座った。ハリーは落ち着きなく視線を左右に振ってソワソワしている。とりあえず、ダメな所は先に指摘しておこうかしら。
「ハリー」
「はいっ」
「自分に関係あろうと無かろうと、勝手に人の話を聞くのはあまり良くはないわ。分かっていると思うけれど」
「……はい、ごめんなさい、先生」
素直に謝罪した少年は、しかし完全には納得していない目をしていた。意固地な所はどっちに似たのだろう。
私はハリーと改めて視線を合わせて、ゆっくりと口を開いた。
「全てを聞いていたの?」
「……多分、全部じゃないと思います。切れ切れに聞こえていたし……。でも、おばさんが泣いてたのは分かりました」
「そう。……貴方は、この家が嫌い?」
「えっ」
私の問いに、ハリーは驚いた様に目を見開いて、それからおずおずと頷いた。即答ではなかったのは、先程聞いた内容の影響かと思うのは希望的観測が過ぎるかしら。
「それは何故?」
「……だって、おじさんもおばさんもすぐに怒鳴るし、ダドリーも僕を虐めるし……僕の両親の事を悪く言うから。2人が交通事故で死んだって嘘ついてたし」
ふいっと目を逸らして俯きながらそう言うハリーは、かなり不満が溜まっているようだった。その全てを聞いている時間は無いが、根本的な凝りを解く手伝いくらいはできるかもしれない。
「例えばの話なんだけれどね、ハリー」
「……はい」
「貴方が寮の部屋に戻る度に物の配置が変わってたら、どう思う?」
「えっと……何でだろうって思う。ロンが触ったのかなって」
「その動いている物がベッドとか窓だったら?」
「え!?うーん……ちょっと怖いかもしれないです」
例えが極端だっただろうか?ハリーは戸惑いながらも考えて答えてくれた。それへひとつ頷き、
「そうよね、基本的に動く筈が無い物が動くのは怖いわよね。……それと同じ事が、ハリーが赤ちゃんの時に何度も起こったって言ったら、分かるかしら?」
「あ……」
今気が付いた、という風にハリーがぽかりと口を開けた。赤ちゃんの時の事なんて誰も覚えていないのだから、仕方の無い事だけれど。
私も色々と壊していたと母が笑っていたのを、不意に思い出した。うっかり開きかけた記憶の扉に、一度ぎゅっと瞼を閉じる事で閂をかけた。今感傷に溺れる訳にはいかない。
「私達魔法使いは、魔法を使えば大抵の物は修理できるから何も問題無いわ。でも、貴方の叔父さんや叔母さんは違う。その度に買い直さなければならないわ。しかも壊れた原因は分からない。分かるのは、貴方が泣いたり怒った時に理解不能な現象が起きるという事だけ。恐怖は簡単に怒りに変わるわ。例え家族であっても」
ダーズリー夫妻にとっては、ハリーが物を壊していると考えてしまうのは自然な事だ。それは間違いではないが、ハリーが意図して壊している訳ではない。決して彼のせいではないのだ。
「僕……」
ハリーは何かを言おうとして、結局は口を閉ざした。その表情からは、困惑がありありと見て取れた。
私は殊更にゆっくりと穏やかに語り掛けた。
「聞いていたなら分かったでしょうけれど、貴方の叔母さんは心底貴方を嫌っている訳ではないわ。もちろん叔父さんも。それは、分かる?」
ハリーはコクリと頷いた。
ハリーは勘違いしているかもしれないが、彼は家族と見なされていない訳ではない。その証拠に、テーブルにはハリーの席もあるし、食器もある。家族でなければ、わざわざそんな物は用意しない。
「誰が悪いというものではないわ。皆それぞれに理由があるから」
「……でも、僕、このままは嫌です」
それもそうだ。誰しも、虐められたり怒鳴られたくはないだろう。しかし、すぐに何とかする事はできない。魔法が使えようと使えなかろうと、それは同じだ。人間関係とは、そういうものなのだ。
「そうね……もしも、ハリーにやる気があるのなら、なのだけれど」
「はい」
「もちろんこれは私の考える方法だから、合わないと思ったら実行しなくても良いわ。……私が思うに、会話をね、した方が良いと思う」
「会話?」
「ええ。貴方の叔母さんにも伝えたのだけれど、貴方たちはお互いが感じている事、考えている事を知らないと思うから、知るために話をするの。もちろん『おはよう』とか『おやすみ』とか、挨拶からで構わないのよ。挨拶ができれば少しずつ話をするようになっていくから」
「で、でも、ホグワーツにいる時は?」
「手紙を書きましょう。長くなくて良いのよ。『こういう授業をした』、『こんな物を見た』、そんな事を書いて送るの。返事は来ないかもしれない。それでも、歩み寄る事が大事なの。貴方が現状を変えたいのなら」
「やってみる?」とハリーの顔を覗き込めば、いくばくか考えた後、ゆっくりと頷いた。
ハリーはまだホグズミードには行けなくて切手は用意できないでしょうから、ダーズリー夫妻にはふくろう便で我慢してもらいましょう。お互い頑張る所が出てくるのは仕方ないわよね。
色々と話ができるようになれば、両親の、リリーの話を聞く事もできるだろう。ハリーにとっては、きっと大切な事だ。
ハリーと少しだけ雑談をした後、私は部屋を出た。外にいたMr.ダーズリーの顔も、ハリーと同じく、どことなくスッキリした物になっていた。
「先生、ありがとうございます」
階段を降りた所で、Mr.ダーズリーが唐突にお礼を伝えてきた。それへ緩く首を横に振る。
「私は私の考えを話しただけで、何もしていませんよ」
「いいえ、いいえ。……おそらくそれが、必要だった」
静かにそう言われ、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
私がした事といえば、私自身が感じた事や考えた事を勝手に喋っていただけだ。本当に、それだけ。それなのにお礼を言われてしまって、何だかむず痒い気分だ。
「あの、少しでもお役に立てたのなら良かったです。戻りましょう、2人が待っているでしょう」
「本当に、何と言えば良いか……。ああ、客人をいつまでもこんな所に立たせていてはいけませんな」
Mr.ダーズリーが言い足り無さそうにしつつも、またリビングまで先導してくれた。常識や礼儀を重んじる人だから、もしかしたら今までの自分たちの行動と常識とのギャップにジレンマを感じていたのかもしれない。
思いがけず長居してしまったダーズリー家を辞して、夕食を済ませた私たちはホグワーツに戻って来ていた。
そのまま就寝準備をしても良い時間だったが、どうにも1人になりたくなかった。
ダーズリー家を出てからずっと頭の中に蘇る記憶たちのせいだった。
父が時折リビングに直接姿現しをして母を驚かせたり、母がその仕返しにマグル式の懐中電灯で急に父を照らしてびっくりさせたり、そんな他愛ない日常の記憶。他愛ないままである筈だった、思い出たち。今はもう増えることの無い優しいそれらを、私は未だに完全に受け止められずにいる。
「……大丈夫か」
ホグワーツに到着して思わず息を吐くと、セブルスに心配されてしまった。顔に出ていたのだろうか。いけないいけない。情けない姿なんて見せたくはないのだ。
「大丈夫よ。少し疲れたのかも」
肩を竦めながら言うと、セブルスは納得してくれたようだった。実際、少し疲労を感じているから嘘ではない。でも、今部屋に戻ってもきっと眠れないだろう。
隙間風がずっと、心の端を吹き抜けている。
「……良かったら、なんだけれど」
おずおずと切り出すと、セブルスは片眉を上げて続きを促してきた。
「その……お茶しない?あ、もちろんセブルスが疲れているなら断ってくれて構わないわ」
「問題無い」
「そ、そう?じゃあ、私の部屋に行きましょうか」
正直少し意外だった。夜だし、今日は朝からずっと動いていたから断られるかと思っていた。
まだセブルスといられる嬉しさにスキップしそうになる足を、さっさと動かす事で誤魔化して私室に向かう。
ソファに座るようセブルスに促し、魔法で紅茶を淹れた。
「……ハーブティーでなくて良かったのか」
どうやら、夜はいつもハーブティーを淹れていたのを覚えていてくれていたらしい。そんなちょっとした事でも、嬉しい。セブルスは、どうでも良い事は本当に覚えていないから。
運んで来たカップをそれぞれの前に置いている間にニヤつきを噛み殺して、澄ました顔を取り繕った。
「そちらの方が良かった?」
「いや、そういう訳ではないが……夜はいつもハーブティーだっただろう」
「そうだったわね。でも、今日は何となく紅茶が飲みたくなったの」
「そうか」
本当に何となく紅茶を選んだのが、今思えば紅茶特有の甘さを求めていたのかもしれない。爽やかに過ぎ去ってしまうハーブティーとは違う、舌に残る甘さを。
室内に落ちた静けさの中、今日1日の事を思い返ししてみる。
クィリナスの裁判は首尾良く閉廷したし、彼と話す事はできなかったが見た限りでは健康状態は良さそうだった。それに、そう、ハリーのご家族と話ができた。
「これで、少しでもハリーの生活が改善されると良いわね」
セブルスにそう言うと、彼はフン、と鼻息を吐き出して、
「特に何とも思わんな」
とぼそりと言うものだから、「またそんな事言って」と思わず苦笑してしまった。
「貴方がハリーの事を気に掛けている事は分かっているのよ?それがどんな形であれ、ね」
またも鼻息が返ってきたが、こちらはセブルスの事をずっと見てきているのだ。彼がハリーを気にしているのは分かっている。入学式でもずっとハリーを注視していたし、折に触れてあの子の事を気に掛けているのも知っている。「賢者の石」を守る部屋にハリー達が入ったかもしれないと判明した時の、あの焦り様が更にそれを確信付けた。
やはり、セブルスにとってリリー・エバンズは特別なのだ。その子の見た目があのジェームズ・ポッターにそっくりであっても、彼女の子供だからハリーを特別視する。全ては、リリー・エバンズのために。
「それにしても、よくあの2人と話ができたな」
セブルスに話題を振られてハッと我に返った。現実に引き戻されて、急いで頭を回転させる。
分かっていた事ではないか、セブルスの唯一は彼女で、彼の全てもまた彼女である事も。
「ああ、その事ね。うーん、第一印象って大切でしょう?ハリーの様子からあまり家では良い待遇を受けていない事は分かっていたから、そうするとマグル式に沿った挨拶の仕方をすべきかと判断したのよ。そうすれば、あちらからの印象は悪い物にはならないでしょう?」
「そうだな」
「第一印象さえ悪くなければ色々と話してもらえるから、後は双方のお話を聞いて、良い方向に行けそうなやり方を考えれば良いと思ったの。今回については、私達魔法使いに対してすごく悪感情を抱いていたけれど、ハリーを育てていたから、何かしら思う所はあっても倫理や常識はしっかり持っているのだろうと思って。でも、お互いに頑なになっていそうだったし、相互理解の基本は会話だから、まずそこを提案しただけよ」
私の感情を置いて、スラスラと口は回る。表情は固くなっていないだろうか。笑顔のままでいられているだろうか。
勝手に負った傷から逃避するかの様に、思考は続く。
両親を失ったばかりの赤ちゃんであるハリーを、詳しく事情を説明する事なく叔母一家に預けたのは何故だろう?ダンブルドア先生はダーズリー家がマグルだと分かっていた筈。どんな家族かお調べにならなかったのだろうか。「生き残った男の子」を孤児院に預ける訳にはいかないのは理解できるが、それにしたってマグルに預けても護りが不安ではないだろうか?
「……ダンブルドア先生は、何をお考えなのでしょうね」
「……さあな。親類が残っているから預けただけかもしれん」
ポロリと零れた呟きに、少しの間を置いてセブルスが答えた。さしもの彼も、ダンブルドア先生の考えは読み切れないのかもしれない。
「そうね、その可能性もあるわよね」
むしろその可能性が大きいかもしれない。他に意図があるのかもしれないが、それはダンブルドア先生だけが知っている事だろう。
そうやって色々と考え続けてしまいそうな頭に区切りをつけて、躊躇いつつもダーズリー夫人との事を聞いてみた。
セブルスの内面に関わる事柄を話題にするのは、実は怖い。彼の琴線を見誤れば嫌われてしまうかもしれないから。彼の繊細さを知っているから、尚更踏み込む事を躊躇してしまう。
「ああ。……君のお陰で」
存外に穏やかにセブルスは言った。その瞳に映る感情は見え辛いものの、確かに穏やかな色を宿している。
「私は何もしていないけれど、お話できたのなら良かったわ」
少しでも、セブルスの役に立てたのなら嬉しい。彼の気掛かりが少しでも解消できたのなら良かった。
「セブルス?どうかした?」
「……ああ、いや、何でもない」
ふと口を閉ざしてこちらを見てくるセブルスに首を傾げたが、ふいと目を逸らされてしまった。疲れているのだろうか。
その後は他愛の無い話をしておやすみの挨拶を交わしたのだが、部屋に戻って行くセブルスが妙に暗い目をしていたのが気になった。
それから、セブルスの様子が気に掛かりながらもルシウスを通じてポッター家の顧問弁護士を探してもらったり、ユニコーンのアルバをハグリッドと共に森に帰したりしている間に数日が過ぎて、ホグワーツに「嵐」がやって来た。
「これはこれは!かの有名な『レイブンクローのティンカーベル』ではないですか!」
「はい?」
我がレイブンクロー寮の後輩で、次の闇の魔術に対する防衛術の教授に就任するらしいギルデロイ・ロックハート。それが「嵐」の名前であり、長い1年を告げる幕開けだった。
シオンの花言葉「追憶」「君を忘れない」「忍耐」 16話目です。今作からタイトルの付け方を変えてみました。 やっと原作2巻目に入ります。嵐を呼ぶ男ことロックハートの登場です。2巻では意外にもミーハーな事がはっきり判明するハーマイオニーが可愛らしいですよね。