百合の影から覗いて   作:細雨

18 / 51
キンギョソウは程々に〜秘密の部屋篇〜

私の生家はロンドン郊外にあるのだが、私自身はほとんど最低限しかそこに帰る事は無い。正確に言うと、帰れないのだ。色んな思い出が詰まった家で過ごす時間は、私に否が応でも両親の名残を感じさせるから。

それでも、家を維持するためには完全に放っておく訳にはいかない。簡単にでも掃除が必要だ。

この家に人が住まなくなって随分経つが、手紙もごく僅かだが届く事がある。普段はホグワーツにいるため、その時にはふくろうたちには悪いが、手紙だけ置いて帰ってもらうようにしている。念の為ポストには仕掛けを施していて、手紙が届けば私にも分かるようになっている。そしてその仕掛けが、私に配達された郵便がある事を知らせた。

この夏休みはまだ帰っていなかったため、ちょうど良いかと思って生家に姿現しした。手紙を回収して、先に家の中の掃除だけスコージファイで済ましていった。それからやっと手紙を開いて、私は驚愕した。

──ハリーが……出て行った!?

同封されていた振込先を書いたメモと領収書の束を慎重にポーチに仕舞い、私は急いでプリベット通り4番地に姿現しした。

「Mr.ダーズリー!」

「ああ、先生!」

「突然すみません、詳しくお話を聞いても?」

「もちろんですとも。さあ、どうぞ中へ」

急な訪問にも関わらず、ダーズリー夫妻は私をリビングに通してくれた。その目の中には隠し切れない怒りが見える。

Mr.ダーズリーの話によると、数日前にハリーがダドリーを偽の魔法で怖がらせたあげく、客人の頭に魔法でケーキをぶつけた上、本当は校外で魔法の使用が禁じられている事を黙っていたため、罰として部屋に閉じ込めていたところ、夜に突然フォード・アングリアが飛んで来て窓格子を破壊してハリーを連れて去って行ったらしい。

「空飛ぶフォード・アングリア?」

「そうだ!しかも子供が運転しておったんです!ま、ま、魔法使いは子供にも車の運転を許しておるんですか!?」

「車という物自体が無いので、そもそも運転許可に関する制度が存在しませんね……」

Mr.ダーズリーは「ウゥ〜!」と唸りながら髪をガシガシ掻き回した。文化が違うので、私も何とも言えない。法律が無いので車の運転について咎める事はできないが、大胆にも誰にでも見える状態で車を飛ばすなんて国際魔法機密保持法にギリギリ反しているのではないだろうか……?

「ちなみに、どんな子供が運転しているか見ましたか?」

「赤毛だったのは確かです!それも3人共!」

赤毛と言われて思い浮かぶのはウィーズリー家だ。確かに、ロンはハリーと仲が良いし、双子もハリーを可愛がっている。可能性はゼロでは無い。

窓の補修費についても領収書を送付するようお願いして、私はダーズリー夫妻にハリーの安否の報告をする事を約束してからその場を後にした。

そのままホグワーツに急行し、校長室へ一目散に走った。

合言葉を叫ぶ様に言って、ガーゴイルの階段が降り切るのを待たずに駆け上がった。辛うじてノックをしてから室内に走り込むと、ダンブルドア先生がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。

「おやおや、どうかしたかね?」

「先生!ハリーが、ダーズリー家からいなくなったって……!」

「落ち着きなさい、メリル。大丈夫じゃ、ハリーの居場所はちゃんと把握しておる」

「一体どこに……ウィーズリー家ですか?」

ダンブルドア先生は無言で頷いた。

さすが先生。私なんかが報告しなくても、全て知っていたのだ。

安心から全身が脱力して、思わず先生の執務机に手をついてしまった。

「大丈夫かね?」

「え、ええ、少し気が抜けてしまって……」

ふぅ、と一息入れてから姿勢を正した。ついでに乱れた髪もささっと手櫛で整えておく。

「お見苦しい所をお見せしてしまってすみません」

「いやいや、構わんよ」

優しく微笑むダンブルドア先生に、「申し訳ありませんでした、失礼します」と言いながら背を向けて、気付いた。

「あ、あー、えっと、その、こ、こんにちは、メリル」

ソファの前でクィリナスが所在無さげに立ち尽くしていた。私は今度こそ完全に脱力して、顔を両手で覆いながらその場に蹲ってしまった。クィリナスが焦る気配が伝わってくるが、恥ずかしさに顔が上げられない。

「メリル?だ、大丈夫ですか、メリル?どこか怪我でも?」

「いいえ……私は大丈夫です……」

オロオロとしつつも声を掛けてくれるクィリナスには悪いが、彼がいたから味わっている羞恥でもあるので何とも言えない。クィリナスは一切悪くないのだけれど。

後輩の、しかも私に憧れてくれているらしい後輩の前で、取り乱した姿を見せてしまった事が恥ずかしい。しかも、ダンブルドア先生が既に対処済だった事を慌てて報告しに来たのだから、赤っ恥状態だ。

「メ、メリル……?私がいてはいけませんでしたか?」

申し訳なさそうに言うクィリナスに、私はサッと顔を上げて立ち上がった。

「そんな事無いわ。おかえりなさい、クィリナス。ホグワーツに戻れて良かった」

私がそう言うと、クィリナスはホッとしたような顔になった。

いけないいけない、クィリナスに責任は一切無いのに、こんな悲しい事言わせちゃいけないわ。

「ちょうどクィリナスに新しい部屋の案内をするところでな、メリル、お主に頼んでも良いかの?」

「もちろんです、先生」

事前にクィリナスの居室の場所は聞いている。私と同じく空き教室を部屋とする予定だ。

「さあ、行きましょうか」

「ええ、分かりました。ほ、本当にありがとうございます、ダンブルドア」

「いやいや、良いのじゃよ。これからもよろしく頼んだぞ」

「はい、頑張ります」

クィリナスは嬉しそうに頷いた。

校長室を辞して、クィリナスの部屋へと歩く。

「クィリナスは次は何の役職に就くの?闇の魔術に対する防衛術もマグル学も既に席は埋まっているけれど」

「私は1年間闇の魔術に対する防衛術の教授補佐になります。そ、その後は、マグル学の教授に復帰する予定です」

「あら、じゃあケビンはお辞めになるのね」

「ええ、マグル界をもっと見たいとの事で……」

確かにマグルに対して積極的なタイプだった。むしろ3年も城に籠っていた事が奇跡なくらい、マグルに対する好奇心が強い人だ。私はあまりホグワーツから離れたいと思った事が無い──卒業時くらいだろうか──けれど、ケビンの様にそれ程長く勤務していなくても躊躇無く辞めていく人も一定数いる。

「ここが新しい部屋よ。荷物はもう搬入されていると思うけれど、念の為確認してね」

「ええ、分かりました」

「あと、これ、貴方に。ホグワーツに戻ってこられたお祝いよ」

色々目移りしたが、最終的に杖のお手入れセットをプレゼントにした。魔法使いは杖が命と言っても過言では無い。例え一時「例のあの人」に利用されても所有者に忠実なままの杖を、クィリナスなら更に大切に扱うだろうと考えたからだ。

果たして彼は表情をとても明るくさせた。

「わ、私に!?本当に良いのですか!?」

「もちろん」

「ああ!ありがとうございます!杖の手入れ道具のようですね、大切にします!」

「喜んでもらえて嬉しいわ」

少し早いが、もうすぐ夕食の時間のため一緒に大広間に行こうと誘うと、クィリナスは一も二もなく頷いた。

大まかに荷物の確認をして私からの贈り物を部屋に置いたクィリナスは、扉の外で待っていた私にしきりに恐縮していた。

「そんなに気にしないで。夕食までまだ時間があるし」

「いえ、でも、メリルをお待たせするなんて……」

2人、西日の差す廊下をゆったりと歩く。何となく凝っていた心が、久しぶりに柔らかく感じた。

「良いのよ。私もぼうっとできる時間を作れて良かったから」

「いや、でも……あ、せ、セブルス」

「えっ」

近くの角を曲がってきた黒衣を認めたクィリナスが、彼の名を呼んだ。振り向いたセブルスは相変わらず無愛想な顔をしていて、そうしてやっぱり私の方は見なかった。

嬉しそうに小さく微笑んだクィリナスにフン、と鼻息を吐き、セブルスはそのまま再び歩き出してしまった。

「あ、待ってくださいよ、セブルス」

クィリナスが小走りに追い掛けるから、私も続いかざるを得なかった。

セブルスに追いついても、その隣に並ぶ事はできなかった。数歩分後ろを歩く私をチラチラと気遣わしげに窺ってきたクィリナスが、遠慮がちにそっと囁いた。

「……何か、あったのですか……?」

それへの答えを私は持たなかったから、曖昧に苦笑した。

むしろ私が教えて欲しいくらいなのだ。本当に。

結局3人共無言のまま、大広間へと歩いたのだった。

 

「え?先生、今、何と?」

「来年でホグワーツを辞めて余生を過ごす、とそう言ったのじゃ」

突然の宣言だった。ホグワーツを辞める人は今まで多くても同年で1人だった。誰も辞めない年もある程だ。それが、今年というか来年は2人も辞めるという。とても珍しい。私は初めて体験する。

魔法生物飼育場の中は、生物たちの色々な音がする。それでも、ケトルバーン先生の声は不思議と通る。

「まだ元気な内に、この目でもっと多くの生物たちを見たいのじゃ。もちろんドラゴンも」

キラキラと子供の様に目を輝かせる先生にが眩しく感じる。本当にこの人は、好きな事をとことん突き詰めるタイプなのだと感じる。

ごほん、と咳払いをして真面目な顔になったケトルバーン先生は、

「後任はメリル、君を推しておいた。だが、最後はアルバスが決定するからどうなるかは分からんがな」

と言った。「セブルスもクィリナスも教授になっておる。君がなってもおかしくはない」と自信満々に胸を張る先生には悪いが、私なんかでは務まらないように思う。任されたらもちろん全力で頑張るけれど、生徒たちの将来にも関わるから正直自信は無い。

「何があっても大丈夫なように、今年度は全ての授業を見学させていただいても良いでしょうか?」

「ああ、もちろんじゃとも。君との授業を楽しみにしている」

今まではケトルバーン先生は1人で全てこなすから、先生から要請があった時のみ手伝っていたが、後学のためにできるだけ吸収しておきたい。今年は例年より忙しくなる事が確定したが、勉強のためなら苦にならない。

学ぶ事が多いと分かるのは、やっぱりありがたくて嬉しい事だと感じた、新学期の数日前だった。

 

新学期初日の入学式では、ギルデロイは黄色い歓声を浴びに浴びていた。彼がそんなに人気とは知らなかった。

一方で、クィリナスは赤毛の双子の歓声を戸惑い気味に受けていた。

「「先生ー!戻ってきたんですね!!」」

「嬉しいよ!」

「またこれでアドバイスが貰える!」

「まだ食べてないお菓子もあるし!」

「「楽しみですねー!」」

「あ、あの、ありがとう、ございます……?」

照れながら小さく微笑むクィリナスは、教員席までやってきた双子にさっそく圧倒されているようだ。

本当はここまで生徒が来るのは暗黙のルールで禁じられている──その証拠に、ギルテロイのファンらしき女子生徒たちは誰も近寄って来ない──のだが、クィリナスが「例のあの人」のせいで大火傷を負った事は公然の秘密となっているため、他の教授陣も見て見ぬフリをしてくれているらしい。

どうやら、色々とクィリナスからイタズラについてアドバイスを貰っていたみたいね。お菓子はどちらが持ち込んだのだろうか。というか、どこで食べているのかしら……?

そういえば双子がここにいるという事は、ロンやウィーズリー家にいた筈のハリーもいるだろう。ハリーには後で一言言っておかなくちゃ、とグリフィンドールの卓を見渡して。

「セブルス」

私は日頃の気まずさも忘れて、思わずセブルスのローブの裾を掴んだ。ビクリと微かに彼の肩が跳ねたのが伝わったが、今はそれどころではない。

「ハリーがいない……!ロンも……」

見落としが無いか、再度グリフィンドールの生徒たちを慎重に見回しながら囁くと、セブルスが小さく息を呑む音が聞こえた。

すぐさま立ち上がり、静かに後ろの扉から出ていくセブルス。私はダンブルドア先生とミネルバに報告するため、素早く席を立った。

「メリル」

呼び止められて振り返ると、私の声が聞こえたのだろう、クィリナスが「私も行きます」と緊張の面持ちで囁いてきた。先程まで騒いでいた双子も、不穏な空気を察して何事かとこちらを窺っている。

「いいえ、クィリナスはここにいて。3人も抜けたら生徒が不安になるわ」

チラリと双子に視線を向けて言うと、クィリナスは渋々ながら納得した様だった。ホグワーツに戻ってきてから、クィリナスの言葉の端々から「役に立ちたい」という風なやる気を感じる事が多い。昨年度の事件を経て、何か触発される様な事があったのだろうか。

「何かあったら、ここを頼むわね」

「分かりました」

クィリナスが頷いたのを確認し、私はダンブルドア先生とミネルバに行方不明のハリーとロンを探す旨を報告した後にセブルスと同じ扉を潜り抜けようとして、再度クィリナスに呼び止められた。

「これを」

渡されたのは今し方届いた夕刊予言者新聞だった。このタイミングで渡してきたのは意味があるに違いないとそれを開くと、「空飛ぶフォード・アングリア、いぶかるマグル」という見出しが目に飛び込んできた。それだけで十分察する事ができた。アングリアの話題は今年だけでも既に2度目だから。

「ありがとう、クィリナス!」

コクリ、と頷いたクィリナスは、双子に席に戻る様に促し始めた。素直に着席してくれると良いのだけれど。

新聞を運んで帰りかけたふくろうに、セブルスにクィリナスから貰った新聞を届けるよう頼み──ベーコンと引き換えだ──、私は急いで扉を潜った。

一体全体、何があって空飛ぶ車に乗る事になるのかしら?

考えながら、大広間を飛び出して廊下を走る。車で飛んで来るのなら開けている所に着陸しようとするのではないかと検討をつけ、校庭に出た瞬間、金属と木のぶつかる酷い音が大きく夜闇に響き渡った。しかも悪い事に、音がした方向には暴れ柳が植わっている。

「無事でいて……!」

暴れ柳の元へ走り込んだ時には、地面に残る痕と枝がボロボロになった暴れ柳だった。思わず絶句してしまったが、まずは子供たちだ。幸い、目をこらすと地面には何かを引きずった痕が残っていた。十中八九トランクだろう。

城に続くそれを辿りながら歩くと、ついにホグワーツの正面扉前の階段下でトランクと籠に入ったシロフクロウとネズミを見付けた。このネズミ、確かパーシーも似た様な子をペットにしてなかったかしら……?ネズミはそんなに寿命は長くないから、別の子だとは思うけれど、それにしても似過ぎている気がする。

もう少しネズミを近くで見ようと1歩踏み出した瞬間、「ついてきなさい」と言う非常に低い声がすぐ近くの角を曲がった先から聞こえてきた。

あ、と思う間も無く、青い顔のハリーとロンを引き連れたセブルスと対面した。

「セブルス──」

「我輩の教室に連れて行く」

「……分かったわ」

助けを求める様に2人にチラチラと見られたが、私にできる事は何も無い。そっと首を横に振ると、子供たちは絶望した表情になった。そのまま去って行った3人に背を向け、出てきた扉から戻ってダンブルドア先生とミネルバに2人が見つかった事を報告した。

「新聞に載ってるアングリアで暴れ柳に突っ込んだようで、暴れ柳の枝が多く折れています。今2人はセブルスの教室にいます」

頷いた先生は、組み分けの儀式が終わってからミネルバを伴って大広間を出ていった。私はポモーナにも暴れ柳の状態を伝えた。

「明日の朝、折れた傷口に薬を塗りましょう。貴重な木だから、枯れないと良いのだけど」

「ええ、本当に」

クィリナスにもハリーとロンの事を伝えると、あからさまにほっとした表情になった。こんな分かりやすくて、良く昨年の1年間周囲を欺き続けられたなと思う。もしくは、昨年は特別頑張っていたのかもしれない。自分の命が懸かっていたような状態だったのだし。

自分の席に戻ってしばらくすると、セブルスが、続いてダンブルドア先生とミネルバが戻ってきた。セブルスの眉間にはそれはもう深い皺ができている。おそらく、重い罰則をあの2人に与えようとしてミネルバあたりに止められたのだろう。彼らの寮監はミネルバなのだし、彼女が罰則を与えるのが普通なのだけれど。

いつもより騒ついている生徒たちの前で、ダンブルドア先生は例年通りに軽めのスピーチを行った。食事が出てくると嬉しそうな歓声が上がり、子供たちは目の前の豪華な食べ物たちに夢中になった。グリフィンドールの卓で赤毛の双子が何やらこそこそしているのが少し気に掛かるが、イタズラをしている訳ではなさそうだったのでそっとしておく事にした。

食事も終わり、寮ごとに監督生に連れられて自分たちの寮へと向かう生徒たちでごった返す中、扉の前で1年生の子たちが迷わないように見張っていた私の元へ駆けてくる影があった。

「ヴァレー先生!」

「ハーマイオニー、どうしたの?」

「あの、ハリーとロンがいなくて、どこにいるか知ってますか?」

非常に心配そうな顔の少女を安心させるため、私は「ホグワーツに到着しているわ」と答えた。分かりやすくホッとした様子のハーマイオニーの背を押して、

「あの子たちもそろそろ寮に戻るでしょうから、一緒にグリフィンドール寮の前で待っていましょうか」

「ありがとうございます」

その時、スっと横切っていったプラチナブロンドの持ち主が何気なくハーマイオニーの肩を「良かったな」という風にそっと叩いたのを私は見逃さなかった。気付いたハーマイオニーがお礼を言おうとするのを再度背を押す事で遮り、私は微笑ましさに緩む口元のまま少女とグリフィンドール棟の方へ歩き出した。決してこちらを見なかったドラコの耳の先がほんのり赤くなっていたのは、気付かなかった事にした。こんなキザな事をするなんて、ルシウスに似たのかしらね。

「太った婦人」の絵画がある廊下に辿り着くと、突然ハーマイオニーが走り出した。慌てて後を追うと、見覚えのある後ろ姿が2つ。

「やっと見付けた!一体どこに行ってたの?バカバカしい噂が流れて──誰かが言ってたけど、貴方たちが空飛ぶ車で墜落して退校処分になったって」

心配のあまり怒った様な顔で詰め寄るハーマイオニーに、ハリーは「ウン、退校処分にはならなかった」と安心させるために早口でそう言った。

ハーマイオニーが更に問い詰めようとした時、ようやく彼らに追い付いた私の姿に気付いたハリーがバツの悪そうな顔をした。続けてこちらを見たロンも似た様な表情になる。

「説教をする気は無いわ。マクゴナガル先生からもう十分叱られているでしょうし。だから、私から言う事は1つよ。──2人共無事で良かった」

少年2人はしおらしく顔を俯かせた。しかし、ハーマイオニーの眉はまだ吊り上がったままだ。それだけ心配していたという事ね。

「ハリー」

「はい……」

「貴方の叔父さんも叔母さんも、貴方が急に出て行ったから心配していたわ。友達の家に行くのは良いけれど、今後はせめて事前に言うなり後からでも手紙を書くなりした方が良いと思うわよ」

「えっ……心配?あの人たちが?」

ハリーは下を向けていた顔を上げて、心底意外だという風に言った。

うーん、やっぱり1度できた溝はすぐには埋まらないわよね……。

「そうよ。ウィーズリー家にいる事を知らせた後に来た手紙には、インクの滲みがあったもの」

ダーズリー家を訪ねた時に、彼らの目に灯る怒りの中にある動揺や心配も確かに感じた。それを彼ら自身が自覚しているかはさておいて。

ハリーの心に響けば良いけれど、こればかりは本人しか分からない。親の心子知らずとは世の常だから。

「ロン」

「えっ、は、はいっ」

名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、ロンが動揺しながら返事をした。

「きちんと傷口を洗ってから寝なさいね。化膿すると、マダム・ポンフリーに治してもらう時にとっても痛いわよ」

「ちゃんと洗います……」

ロンは今更瞼の傷口を手で隠しながら言った。小さな傷だからと油断すると、酷く膿んで非常に痛い思いをするのだ。

3人と別れ、ハーマイオニーの「まさか、ほんとに空を飛んでここに来たの?」という厳しい声を背中で聞きながら自室へと歩き出した。

今年も波乱を予感させる様な、そんな新学期の始まりだった。

翌日、賑やかな朝食の時間中にちょっとした事件が起きた。ウィーズリー家から吠えメールが届いたのだ。ロンの母親であろう女性の大音声を大広間中に撒き散らした赤い封筒は、力尽きた様に燃え尽きた。

相変わらずの迫力に思わず止まっていた手を急いで動かして朝食を取り、私は暴れ柳の治療のため大広間を後にした。

ポモーナは私より随分早く来て暴れ柳の治療を開始した様だった。既にいくつかの吊り包帯で枝を吊っている。その横には見覚えのある派手なローブ。ゲンナリとして溜息を吐いてしまったが、私は悪くないと思う。今思えば、今朝は大広間にご機嫌な声が響いていなかった。

「メリル!おはようございます!」

いち早くこちらに気付いたギルデロイが手を振ってきたのに軽く振り返し、私はポモーナに走り寄った。

「おはよう、ポモーナ!遅れてごめんなさい」

「おはよう、メリル。気にしないで、貴女にはマンドレイクの準備を頼んだのだから。問題は無かった?」

「ええ、何も。包帯を巻いていけば良いかしら?」

「そうね、お願いするわ」

ポモーナの腕から大量の包帯を受け取り、私は彼女が薬を塗った箇所に魔法で包帯を巻いて吊り始めた。

フォード・アングリアに突っ込まれてボロボロになってしまった暴れ柳だったが、二手に別れて処置をすれば手当は比較的素早く終わった。その間ギルデロイがずっと暴れ柳の治療について喋りっぱなしだったが、その中身は9割が自慢で全く参考にならなかった。一体何をしにきたのかしら。

余った包帯を抱え、不機嫌な様子のポモーナの後ろを歩いていると、ギルテロイが追い付いて来て横に並んだ。

「暴れ柳の治療も終わった事ですし、今度は私の授業の助手をしませんか?貴女にふさわしい仕事です!」

「私は薬草学と魔法生物飼育学の教授補佐です。ふさわしいかどうかはダンブルドア先生が判断される事ですし、闇の魔術に対する防衛術の教授補佐はクィリナスでしょう」

「ええ、ええ、もちろん彼もそうですが、貴女の実力も存じ上げていますのでね!残念ながら私には及びませんが、仕方の無い事です、ええ」

もしかして私、軽んじられているのだろうか……?いや、さすがのギルデロイもそれは無いだろう。そう信じたいだけかもしれないけれど。

「とにかく、私は薬草学でポモーナの補佐をする事が仕事です。用が無い様なら城に戻っては?」

「もちろん用ならありますとも!」

自信満々にギルテロイは言うが、これまでの言動から考えてそれ程大した用事ではないだろう。

温室の近くまで来ると、もう生徒たちが集まっているのが見えた。

「やぁ、皆さん!」

ギルテロイがいの一番に挨拶の声を投げ掛け、満面の笑みを浮かべた。

「スプラウト先生に、『暴れ柳』の正しい治療法をお見せしていましてね。でも、私の方が先生より薬草学の知識があるなんて、誤解されては困りますよ。たまたま私、旅の途中、『暴れ柳』というエキゾチックな植物に出会った事があるだけですから……」

「皆、今日は3号温室へ!」

ギルテロイの言葉に被せて、ポモーナは声を張り上げた。明らかにムッツリとした表情は、彼女がもう既にギルテロイのおしゃべりがお腹いっぱいである事を如実に示している。

「ポモーナ、包帯を片付けてから合流するわ」

「よろしくね」

何故か生徒たちの集団と共に移動するギルデロイに気付かれぬよう、私はその場をそっと離れた。

倉庫に包帯を仕舞って温室に戻って来ると、丁度去って行くギルデロイの背中が少し遠くに見えた。授業は妨害されなさそうだとホッと安心していると、温室前でハリーが立ち尽くしているのに気付いた。

「ハリー?」

ギルデロイに余計な事を言われたのだろうか。

私の声にハッと我に返ったハリーは、パチパチと瞬きして「ヴァレー先生」と私を見た。

「大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です」

「じゃあ、入りましょうか。スプラウト先生がお待ちだわ」

頷いたハリーの背を優しく押して、私たちは温室の中に入った。

私がドアのすぐ側に、ハリーがハーマイオニーとロンの間に立つと、ポモーナが授業を始めた。今日はマンドレイクの植え替えをするから、作業台上には耳当てをズラリと並べてある。私も自分の物をポーチから引っ張り出して準備をした。

それにしても、毎年ピンクのふわふわした耳当てはどうも残りがちで、生徒たちに不評なようだ。ピンクが駄目なのかしら?可愛いと思うのだけれど。

マンドレイクの植え替えは、無事に終了した。初めての植え替えに皆四苦八苦していたが、何とか気絶する生徒は出なかった。私も最初の植え替えは苦労した覚えがある。

懐かしい気分を味わいながら、子供たち同様泥まみれになった作業台を魔法で綺麗にした。新しい鉢に入ったマンドレイクたちは、既にポモーナが元の場所に戻してくれている。

「メリル、貴女、次は魔法生物飼育学じゃなかった?もう行って良いわよ」

「ありがとう、ポモーナ」

礼を言って、私は温室を飛び出して飼育場に早足で──決して走ってはいない──向かった。

昼食を食べて一息つき、私は次の魔法生物飼育学の準備のために飼育場に舞い戻っていた。

パフスケインやニーズルたちに餌をあげ、午後の授業で扱うマートラップたちを大きい籠に入れた。空き時間なのをいいことに籠の中で仲良く餌を食べる彼らに和んだ後、城の中を歩いていると微かな子供たちの悲鳴と大きな物が落ちる音がした。近くの教室だ。

嫌な予感がして音の方向に向かうと、闇の魔術に対する防衛術の教室に辿り着いた。急いで扉を開けて中に入ると、群青色の小さな生物が教室のそこら中を飛び交っている。

「ピクシー!?」

小さな彼らが逃げ出さない様に素早く扉を閉めて、室内をザッと見渡す。生徒たちは各々机の下に隠れたり教科書を振ったりして応戦しているが、肝心のギルテロイの姿は無い。それにクィリナスもいない。

どういう事!?ピクシーは小さくともM.O.M.分類XXX──「有能な魔法使いのみ対処すべし」──なのに!

教師不在の状態で野放しにするべきではない生物だ。そんな事をすればどうなるか、室内の様子が物語っている。

「ヴァレー先生!ネビルが!」

「助けるから待っていなさい」

ネビルがシャンデリアにぶら下げられているのは気付いていた。今は先にピクシーに対処しなくては。

「アクシオ 籠よ!」

勢い良く飛んできた籠の取っ手を掴むや否や、その戸を開け放って叫んだ。

「アクシオ ピクシー!」

本当はもっと丁寧に集めるべきなのだが、今はスピード重視だ。

「ワーオ……」

「先生って意外と過激……」

ロンとドラコの呟きはそれぞれ聞こえていたが、あえて聞かなかった事にした。事態の収拾が最優先だからだ。

魔法で集められたピクシーたちは、勢い良く籠の中に吸い込まれた。全て入り切ったところで、戸の鍵を魔法で閉めて近くの机にそれを置いた。

それから、浮遊呪文でネビルを浮かせてシャンデリアから救出した。床に降り立った少年は安心したのかそのまま座り込んでしまった。その後レパロで直せる物は直し、教室中の物を元の位置に戻してようやく室内は落ち着きを見せた。

「……ロックハート先生は?」

子供たちが一斉に私室に繋がる扉を指差した。丁度その時終業のベルが鳴ったため、生徒たちに教室の外に出るよう促した。皆怪我は無いようで幸いだった。

「ギルデロイ・ロックハート!」

深呼吸してから名前を呼ばうと、奥の扉からそろそろとブロンドが顔を出した。辺りを見渡してピクシーがいなくなっている事を確認すると、ギルテロイはパッと扉を開け放って芝居がかった風に登場した。

「これはこれは!メリル、私のティンカーベル!何のご用ですかな?ああ、分かっていますよ。私の助手になりに来たのですね?私には分かっていましたよ、貴女が来てくれると」

「そんな事で来たのではないわ。さっきのピクシーは何?授業で扱うにしても、教師である貴方が生徒を放り出して良い理由にならない。それにクィリナスはどこ?貴方が席を外すにしても、彼に監督役を任せたら良いでしょう?」

「クィリナスには私についてのテストの採点を頼んでいますよ!中々情熱的な生徒が多くて、解答欄以上に書いている子もいるのは嬉しい限りですね。いやはや、あれ程書き込んでいるとは思いもよりませんでしたよ」

駄目だ、問題の大きさというよりも、問題その物を分かっていない。M.O.M.分類XXのパフスケインでさえ、初めて授業で扱う際は生徒を4人1組にして授業を進めるのだ。それだけ生物を扱うというのは繊細な事なのに。

はあ、と大きく溜息を吐いて、喋り続けるギルテロイの言葉を遮る。

「この事はダンブルドア先生に報告させていただきます。では、私はこれで」

これ以上被害を増やさないようにピクシー入りの籠を回収して、私は教室を後にした。

夕食前、教員席に座る前に私は勇気を出してセブルスに近寄った。

「セブルス」

無言でこちらを見るセブルスに気圧されるが、キュッと拳を握る事で我が身を奮い立たせた。

「申し訳ないんだけれど、今日だけ席を変わってもらえる?クィリナスと話したい事があるの」

「……夕食後に話せば良かろう」

「この後は見回りをしないといけないのよ」

「話す時間くらいある筈だ」

取り付く島もないセブルスの様子に、私は早々に説得を諦めて自分の席についた。

夕食後だとゆっくり話している時間は無い。やはり、今の内に色々と確認しておきたい。

私はパンを口に運んでいるクィリナスの方へ少し身を乗り出した。

「ねえ、クィリナス。聞きたい事があるのだけれど、良いかしら?」

「え、あ、はい、な、何でしょう」

「今日の2年生の闇の魔術に対する防衛術の授業の事なんだけれど、ピクシーを扱うって知っていた?」

「は、はい。ギルテロイがピクシーを扱うのは得意だと仰って、私にはテストの採点をするようにと……」

思わず大きな溜息が漏れる。それを見たクィリナスの肩がビクッと揺れる。

「わ、私、何か不味い事を……?」

「アー、いいえ、貴方は何も悪くないわ……。でも、今後ギルテロイと別行動はしないで欲しいの。今日なんか、ピクシーを教室に解き放ったまま部屋に引っ込んでいたんだから」

「それは……」

「──いつまで我輩を挟んでおしゃべりを続ける気かね?それとも喋らなければ気が済まないのかね、あの男の様に」

ピクシー野放し事件にクィリナスが思わず絶句したタイミングで、セブルスが口を挟んだ。

「だから言ったじゃない、クィリナスと話したいから席を変わってって。貴方に迷惑をかけないようにそう提案したのに、断ったのはセブルスでしょう?」

返ってきたのは、フン、という鼻息だけだった。私がセブルスに怒られたと思ったのか、心配そうにこちらを見るクィリナスに苦笑して肩を竦めて見せ、私は夕食を再開した。

もちろん、食事の後にダンブルドア先生に今日のピクシー野放し事件については報告しておいた。

今学期が思いやられる様な1日だった。




キンギョソウの花言葉「おしゃべり」「でしゃばり」

18話目です。

やっとハリーが2年生になりました。といっても、まだ新学期2日ですけどw

今後のため色々と仕込んでいますが、広げた風呂敷を綺麗に畳める自信は正直無いです……w頑張ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。