ハロウィンの飾り付けは、クリスマスとは別の意味で毎年気合いが入っている。1年間で2番目に豪華なイベントと言っても良い。
食事も豪勢だし、教員側もいつもと違ってちょっとした飾りをローブに付けていたりする。
私も普段は被らない帽子を被っている。帽子のサイドには、小さなコウモリのバッジを付けてある。他の先生は、カボチャやロウソクのバッジが多い。
昨年と違ってハロウィンのパーティーは中断される事なく終了し、キラキラとした笑顔の生徒たちが大広間からワッと飛び出した。
私もスリザリンの集団の後ろを、迷子が出ない様に着いて歩いていた。異変が起きたのは大広間を出てすぐの事だった。
生徒たちが歩くのを止め、おしゃべりも止まった。妙な沈黙が廊下を支配した。
そしてその静けさを破って、私の眼前の集団の先頭方向で誰かが叫んだ。
「秘密の部屋は開かれたり!継承者の敵よ、気を付けよ!次はお前たちの番だぞ、『穢れた血』め!」
今年度だけで2度もこの言葉を聞く事になるなんて。
私は生徒たちの波を掻き分けて、先頭へと急いだ。幸い、私の姿に気付いた子たちが避けてくれるようになったため、予想より素早く騒動の中心に辿り着いた。
「何が、起きたの……」
人垣を抜けた先には、ハリーとロン、ハーマイオニーが立ち尽くしていた。彼らの前の壁には先程誰かが叫んだ言葉がテラテラと鈍く輝いており、そのすぐ側の松明の下に硬直したミセス・ノリスが尻尾を絡ませてぶら下がっていた。
「何だ、何だ?何事だ?」
Mr.フィルチが人混みを押し分けてやってきた。私が声を掛ける前にミセス・ノリスを見てしまったのだろう、彼は恐怖の余り手で顔を覆い、フラフラと後退りした。
「私の猫だ!私の猫だ!ミセス・ノリスに何が起こったというんだ?」
Mr.フィルチは上擦った声で叫んだ。そして彼の目は私を素通りして、呆然としているハリーたちを捉えた。
「お前だな!」
「ミスター、ちょっと……」
ミセス・ノリスを松明から解放しかけた手を止めて制止しようと声を掛けたが、Mr.フィルチは最早ハリーしか見ていなかった。
「お前だ!お前が私の猫を殺したんだ!あの子を殺したのはお前だ!俺がお前を殺してやる!俺が……」
「アーガス」
金切り声を遮って、ダンブルドア先生が教員数人を従えて現場に到着した。Mr.フィルチが止まった事に安堵しながら、私は素早くミセス・ノリスを松明の腕木から外して両腕に抱えた。それを確認したダンブルドア先生は、グリフィンドールの3人組とMr.フィルチ、私に共に来るよう呼び掛けた。
「校長先生、私の部屋が1番近いです──すぐ上です──どうぞご自由に──」
いそいそと進み出たギルデロイの言葉に、ダンブルドア先生は「ありがとう、ギルデロイ」と礼を言った。
子供たちの人垣が無言のままパッと左右に割れて、一行を通した。ギルデロイは得意気に、興奮した様子でセカセカとダンブルドア先生の後に従った。ミネルバとセブルスもそれに続き、子供たちとMr.フィルチを挟んで最後方を私は歩いた。
ギルデロイの部屋に入り、ロウソクの灯された机に冷たいミセス・ノリスをそっと置いた。
すぐにダンブルドア先生とミネルバがミセス・ノリスを慎重に調べ始めた。
私は邪魔にならない様に後ろに下がり、セブルスの横で調査の様子を凝視していた。お茶会をする事も、サシェの香りの更新を頼む事も無くなった隣の男は、影の中で私に目をやる事も無くただ立っていた。以前は何となくその考えを察する所もあったが、今はもう何を考えているのか全く分からない。隣にいる筈なのに、セブルスが遠くにいるような感じがした。
ハリーたちは壁際に置いてある椅子に座って、青い顔で目の前の光景を見詰めている。
ギルデロイがあれやこれやと意見を述べているが、誰も取り合わなかった。Mr.フィルチの激しくしゃくり上げる声だけが合いの手の様に室内に響いていた。
しばらくの後、ダンブルドア先生はようやく身体を起こして優しく言った。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
喋り続けていたギルデロイは慌てて口を噤み、Mr.フィルチは顔を覆っていた指の隙間からようやくミセス・ノリスを覗き見て「死んでない?」と声を詰まらせた。
「それじゃ、どうしてこんなに──こんなに固まって、冷たくなって?」
「石になっただけじゃ」
ダンブルドア先生が答えた。「やっぱり!私もそう思いました!」とギルデロイが乗っかったが、皆無かった事にした。
「ただし、どうしてそうなったのか、わしには答えられん……」
「あいつに聞いてくれ!」
Mr.フィルチはまた声を上擦らせながらハリーの方を見て怒鳴った。しかし、ダンブルドア先生はキッパリとそれを否定した。
「2年生がこんな事をできる筈がない。最も高度な闇の魔術をもってして初めて……」
「あいつがやったんだ。あいつだ!」
ダンブルドア先生の声が耳に入っていないかの様に、Mr.フィルチは顔を真っ赤にして叫んだ。
「あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう!あいつは見たんだ──私の事務室で──あいつは知ってるんだ。私が……私が……」
Mr.フィルチの顔が苦しげに歪んだ。
「私が出来損ないの『スクイブ』だって知ってるんだ!」
──ああ、やっぱりそうなのね。
納得した、という言い方が正しいか分からないが、学生時代からの彼の態度の理由に得心がいった。いつも憎々しげに生徒たちを見て目の敵にしていたのは、魔法使いに対するコンプレックスがあったから。
ダンブルドア先生がマグルを雇うとは考えにくいから、もしかしたらという思いはあったけれど、こんな形で答え合わせをする事になるなんて。
「僕、ミセス・ノリスに指1本触れていません!それに、僕、スクイブが何なのかも知りません」
ハリーは大声で主張した。彼はマグルの世界で育ったのだから、「スクイブ」という言葉を知らなくてもおかしくはない。
「馬鹿な!」とMr.フィルチが歯噛みをした。
「あいつはクイックスペルから来た手紙を見やがった!」
「校長、一言よろしいですかな」
唐突に、セブルスが1歩前に出て口を挟んだ。
「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな。とはいえ、一連の疑わしい状況が存在します。大体連中は何故3階の廊下にいたのか?何故3人はハロウィーンのパーティーにいなかったのか?」
こちらからはセブルスの表情は伺い知れず、ただ冷たい色の声だけが私の耳朶を打った。
グリフィンドールの3人組は一斉に「絶命日パーティー」の説明を始めた。曰く、「ほとんど首無しニック」から招待された、ゴーストによるゴーストのためのパーティーで、何百人ものゴーストがその場にいたらしい。
「それでは、その後パーティーに来なかったのは何故かね?何故あそこの廊下に行ったのかね?」
セブルスが追及すると、ロンとハーマイオニーがハリーの顔を見た。注目を集めた少年は「それは──つまり──」と緊張からか言葉につかえながら答えた。
「僕たち疲れたので、ベッドに行きたかったものですから」
「夕食も食べずにか?ゴーストのパーティーで、生きた人間にふさわしい食べ物が出るとは思えんがね」
「僕たち、空腹ではありませんでした」
ロンが大声で主張した途端、子供たちのおなかが盛大に音を立てたため、私は込み上げる笑いを耐えなければならなかった。タイミングが良過ぎて、コメディの様だ。本人たちはそれどころではないでしょうけれど。
セブルスは、ハリーたちに向けていた顔を改めてダンブルドア先生に向けた。
「校長、ポッターが真っ正直に話しているとは言えないですな。全てを正直に話してくれる気になるまで、彼の権利を一部取り上げるのがよろしいかと存じます。我輩としては、彼が告白するまでグリフィンドールのクディッチ・チームから外すのが適当かと思いますが」
「そうお思いですか、セブルス」
さすがにミネルバが鋭く切り込んだ。
「私には、この子がクディッチをするのを止める理由が見当たりませんね。この猫は箒の柄で頭を打たれた訳でもありません。ポッターが悪い事をしたという証拠は何一つ無いのですよ」
「僭越ながら、私もミネルバに同意します。ミセス・ノリスが石にされた事と、ハリーがクディッチ・チームから外される事は結び付きません」
セブルスが苛ついた様な表情で私を睨み付けてきたが、真っ向から睨み返してあげた。
「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」
奇妙な睨み合いは、ダンブルドア先生の一言で終了した。セブルスはフンと鼻息を吐いて私から視線を逸らした。
「私の猫が石にされたんだ!刑罰を受けさせなけりゃ収まらん!」
Mr.フィルチはまだ怒りが収まらないらしく、金切り声で怒鳴った。
「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ」
ダンブルドア先生は、憤慨している彼を落ち着かせるために殊更穏やかに告げた。
「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」
「私がそれをお作りしましょう」
それまで静かにしていたギルデロイが、突然口を挟んだ。
「私は何百回作ったか分からないぐらいですよ。『マンドレイク回復薬』なんて、眠ってたって作れます」
「お伺いしますがね」
セブルスが冷たく口を挟み返した。
「この学校では、我輩が魔法薬の先生の筈だが」
非常に気まずい沈黙がその場に流れた。
まったく、本当に後先を考えない人!セブルス程のポーションマスターはいないし、魔法薬の調合は常に繊細さと正確さを要求されるのに。
「帰ってよろしい」
ダンブルドア先生が子供たちに言った。
私はぎこちなく頷いた3人の背を優しく押して廊下に出た。
「ロン」
「あ、はいっ」
何か言われると思ったのか、ロンの顔に緊張が走る。それに苦笑して、私はポーチに入れてあったクッキーを包みごと渡した。
「えっと、これは?」
「たまたま持っていたから、あげるわ。3人で分けて食べなさい。空腹では眠りにくいでしょう?」
3人の顔がパッと明るくなり、口々にお礼を言ってからグリフィンドール寮へ向けて歩き出した。
さっそくクッキーを食べ始めたその背が廊下の角を曲がるまで見送り、私は室内に引き返した。
「おお、メリル、子供たちは寮に帰ったかの?」
「ええ、先生。良く眠れるように軽食も持たせました」
「うむ、ご苦労じゃった」
「ありがとうございます」
ミセス・ノリスの乗せられた机の側に寄ると、この猫をどこに置いておくかという話をしていたようで、続きが始まった。
「マンドレイクが成熟次第すぐに魔法薬を処方できるよう、魔法薬学教室に置いておいては?」
「そんなスペースはありませんな。医務室の片隅にでも置いておけばよろしい」
ミネルバの提案を切って捨て、セブルスは興味なさげにそう言った。医務室もそこまで広い訳ではないからミセス・ノリスの場所があるか疑問に思っていたら、それを口に出す前にMr.フィルチが叫んだ。
「私の部屋に寝かせる!どこにもやらん!」
「そうじゃな、それが良かろう」
Mr.フィルチは、今にもミセス・ノリスを抱えて出ていきそうな勢いだ。ダンブルドア先生は彼の激情の波がまた来たのを察したのだろう、優しく頷いた。
私はポーチの中からあまり使っていないショールを取り出して、ミセス・ノリスへと歩み寄った。Mr.フィルチがギョッとした様に目を見開いて静止する。
ショールでそっと冷たいミセス・ノリスの身体を包み、固まったままのMr.フィルチに差し出した。
「どうぞ。ミセス・ノリスが元に戻ったら、ショールは彼女の寝床にでもしてあげてください」
「あ、ああ……」
ようよう包まれた猫を両腕で受け取ったMr.フィルチは、呆然とした様子のまま部屋を出て行った。
「さて、明日からの事じゃが」
ダンブルドア先生の声掛けで、緩みかけた室内の空気がピンと張る。ギルデロイさえ大人しく耳を傾けている。
「おそらく好奇心旺盛な生徒たちの事じゃ、誰かしらが先生たちに『秘密の部屋』とは何なのか問うてくるじゃろう。もちろん『ホグワーツの歴史』を勧めてもらっても良いし、自分たちの知る知識を授けても良い。ただ、中途半端な気持ちで危険な事はせぬ様、それぞれ見ておいてもらいたい」
「分かりました」
ミネルバが返事をし、ギルデロイが「もちろんですとも!」と何故か自信満々な様子で答え、セブルスや私も続いて頷いた。
その場はそこで解散となり、ぞろぞろと部屋を出た。
「メリル!どうです?お茶でも飲んでいきませんか?」
「いえ、そういう気分ではないわ。それじゃあこれで」
ギルデロイの誘いをスッパリと断り、私も最後に部屋を出た。
「……セブルス」
廊下に出ると、黒い影は未だそこに立ち尽くしていた。
「驚いた、もうとっくに部屋に戻ったかと……」
「我輩がいては都合の悪い事でも?」
「まさか」
笑って否定すると、セブルスは鼻息をひとつ吐き出して歩き出した。その隣に並んで足を進める。
久しぶりに気兼ねの無い距離感だと思った。黒のローブの肩が近い。
「どうして、待っていてくれたの?」
「……君の意見を聞いてみたいと思っただけだ」
「ミセス・ノリスの状態の原因について?」
セブルスは顎を引く様に頷いた。
カツカツと小さな靴音が無人の廊下に響く。無言のまま、私は思考を巡らせた。
ダンブルドア先生は「石になった」と明言していた。となれば、石化しているのは間違いない。石化といえばペトリフィカス トタルスだが、そんな簡単な呪文をダンブルドア先生が見抜けない筈が無い。それに先生は「最も高度な闇の魔術」とも言っていた。であれば……
「……何らかの呪文が、アクシデントによって予想外の効果を発揮した、とか?」
「ふむ……可能性はある」
「セブルスの見解は?私よりも詳しいでしょう?」
私の言葉に一瞬苦い顔をしたセブルスは、すぐに元の仏頂面に戻った。
「イモビラスの可能性も考えたが、ダンブルドアが原因を答えられないと言っていた。であれば、その様に簡単なよういんではないだろうな」
「そうね」
2人でいくつか仮定を考えてみたがどれもしっくりこないまま、いつの間にか私の部屋の前に到着していた。どうやらセブルスは送ってくれるつもりだったらしい。
「ここまでありがとう、セブルス。おやすみなさい」
「ああ……」
彼は何か言いたげにその瞳を瞬きの間揺らしたが、結局何も告げずに踵を返した。
それから数日、ホグワーツ中がミセス・ノリスが襲われた話でもちきりだった。Mr.フィルチは彼女が発見された場所で衛兵かの様に見張りをしていたから、話題は薄れず子供たちの関心を引き続ける結果となってしまっていた。
そして、ダンブルドア先生の言葉通り、私も何人かの生徒に「秘密の部屋」について質問された。不必要に憶測を話す訳にもいかないため、私は「ホグワーツの歴史」を勧めた上で、そこに書かれている事を簡潔に伝えた。結局の所、「秘密の部屋」とは何なのか誰にも分かっていないのだ。
このまま何も無ければ良いと願っていたが、その希望は虚しく打ち砕かれた。
ミセス・ノリスが襲われた日から数日後の、日曜日の朝。朝食前に教員は全員職員室に集められた。嫌な予感がして、それはその通りになった。
グリフィンドールの1年生、コリン・クリービーが第2の被害者になった。ハリーのお見舞いにこっそり出掛けて襲われた哀れなる少年は、その手にカメラを持っていたがフィルムは溶けてしまっていたという。
そういえば彼はマグル生まれだった。秘密の部屋の継承者というとスリザリンの末裔やそれに関わる者を指すだろう。そしてその敵となれば、スリザリンの思想の反対──つまり、マグル生まれの事だろう。コリンはその基準に当て嵌ってしまっている。
ミセス・ノリスの事件とは意味も衝撃も違う。マグル生まれが狙われているのならば、半純血は?生徒だけなのか?教師は?そこまで含まれているのなら、対象はホグワーツの人間がほとんど含まれる。
サァッと血の気が下がる思いがした。いつも頑張ってくれている屋敷しもべ妖精たちには悪いが、朝食の味なんてほとんど感じなかった。
月曜日の朝には城中にコリンが襲われた話が広まっていた。1年生は団子になって城の中を移動するようになり、他の学年の子たちも1人でいるのはほとんど見掛けなくなった。
繊細な生徒の中には、昼休みや放課後に不安で泣いている子もいるらしい。見つけたらすぐに寮監やマダム・ポンフリーの所に連れて行くように教えてくれた子には伝えたが、中々全てのフォローは難しい。
しばらくすると、魔除けやお守りなど護身用グッズの取引が生徒間で爆発的に流行り出した。不安な気持ちも分かるので、察しても見ないフリはしたがあんまり悪質になるようなら止めなくてはならないだろう。
私も消灯時間ギリギリまで子供たちの話を聞く日が増えた。下級生からだけでなく、上級生からも自分や下の弟や妹を心配する相談が多かった。パーシーもその1人で、監督生な上に普段から双子に手を焼いている彼が、珍しくトボトボと歩いていたから思わず声を掛けてしまった。
「パーシー」
「あ……ヴァレー先生」
「何か悩み事?フレッドとジョージの事かしら?」
ハッとして顔を上げたパーシーは、暗い顔で曖昧に頷いた。手招きすると彼は素直に近寄ってきたので、廊下の隅に寄って燃えるような赤毛と向き合った。
「確認なのだけれど、体調が悪い訳ではないわね?」
「はい、大丈夫です」
今度はしっかり首を縦に振ったパーシーは、キョロキョロと辺りを見渡して入念に誰もいない事を確かめた。そして声を落として囁く様に聞いてきた。
「……あの、コリンが石になったって、本当ですか?」
「真実よ。本当に、ホグワーツは噂が広まるのが早いわね」
苦笑すると、パーシーも「そうですね」と同じ顔になった。双子の弟たちのイタズラがすぐに城中に広がるのを、身をもって経験しているが故の表情だろう。
「それで?本題は何?」
「えっと……あの……」
パーシーはしばらくモゴモゴと口にするのを躊躇っていたが、やがて意を決した様に問うてきた。
「……マグル生まれが、狙われているんですか……?」
「正直、まだ断定はできないわ。言っては何だけれど、あの壁の文言と、ミセス・ノリスとコリンが襲われた事しか考察要素が無いから。優秀な貴方なら分かっているでしょうけれど、純血以外が対象かもしれない。確定的な事は、何も言えないの」
「そう、ですか……」
「ペネロピーが心配?」
パーシーの肩がビクッと大仰に跳ねた。もしかして秘密にしているのかしら?教員側から見たら、2人が恋人同士である事はすぐに分かる。
「え、あの、何で……」
分かりやすく動揺するパーシーに「2人でいる所を何度か見たわ」と告げると、ガックリと項垂れた。どうやら本当に隠しているらしい。弟たちにからかわれるのが嫌なのだろうか。まあ、あの双子に知られた日には、その日中にホグワーツの全員が知る事になりそうよね。
「知られたくないのは構わないけれど、彼女の事が心配ならできるだけ一緒にいてあげたらどうかしら?対策が分かれば良いのだけれど、今はまだ調査中なの」
「……分かりました……」
パーシーはどこか残念そうに頷いた。教員である私なら、何か有効な手立てを知っていると期待したのかもしれない。そんな物、私の方が知りたいくらいだ。
パーシーとはそこで別れ、私は城の見回りのため歩き出した。
12月に入りクリスマスが近付いても、例年の様な浮ついた雰囲気は少し鳴りを潜めていた。
この頃になると、オリバーとマーカスがたまに大広間でクディッチについて熱く語り合う光景を見られるようになってきた。時には、ハッフルパフやレイブンクローのキャプテンも巻き込んで大論戦を繰り広げている。見掛ける度、すごい情熱だと感心しきりだ。その輪に混じって。しれっとグリフィンドールのテーブルにいるドラコのさり気なさもすごいけれど。ハーマイオニーと話している事が多いが、たまにハリーとも喋っているようだ。スリザリンの卓で、パンジーを始めとするドラコの友人たちが複雑そうな面持ちでその光景を見守っているのが印象的だった。
そうして12月の第3週目に、唐突にあるイベントが開催される事となった。
「何ですって?私の聞き間違いかしら?申し訳ないけれど、もう一度言ってもらえる、クィリナス?」
「『決闘クラブ』ですよ、メリル。残念ながら聞き間違いではありません」
何やら羊皮紙を持って玄関ホールを向かっていたクィリナスを呼び止め、その中身を聞いた答えが「決闘クラブ」。その名の通り、決闘をする、もしくは決闘の練習をするのだろう。問題はその主催者。
「ギルデロイが講師で、助手が……」
「セブルスです、メリル。良かったら改めて読みますか?」
クィリナスが差し出した羊皮紙を受け取り、上から下まで丹念に読んだが内容は変わらなかった。聞けば、クィリナスも助手を務めるという。
「大丈夫なのかしら……」
「ええっと……まあ、どうにかなるでしょう、多分」
不用意に「大丈夫」と言い切らない辺りが、クィリナスの良い所だ。そこはかとなく嫌な予感を覚えながら、掲示板に羊皮紙を貼り出したクィリナスと共に朝食を取りに大広間へと向かった。
その夜、ソワソワと落ち着きなく大広間へと向かう生徒たちの波の後方を、私もゆっくり歩いていた。今晩の決闘クラブがどんな形になるにせよ、確実に実力がある者が3人もいれば何か起こっても対処できるだろうと踏んだのだ。
部屋の隅に陣取って子供たちのおしゃべりの様子を眺めていると、大広間の扉がサッと開かれ派手な深紫色のローブが現れた。その後ろには、セブルスとクィリナスが絶妙な顔をしながら続いている。
ギルデロイは軽やかに設えられていた金色の舞台に飛び上がり、観衆に手を振ってから「静粛に」と呼び掛けた。
「皆さん、集まって。さあ、集まって。皆さん、私がよく見えますか?私の声が聞こえますか?結構、結構!」
ギルデロイは輝く笑顔を子供たちに振り撒いて続けた。
「ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな決闘クラブを始めるお許しを頂きました。私自身が、数え切れない程経験してきた様に、自らを護る必要が生じた万一の場合に備えて、皆さんをしっかり鍛え上げるためにです──詳しくは、私の著書を読んでください」
息をする様に、自分の本の宣伝を入れてくる。商魂逞しいというか、何と言うか……。
心中で呆れていると、ギルデロイはニコニコしたままセブルスとクィリナスを振り返った。
「では、助手のスネイプ先生とクィレル先生をご紹介しましょう」
注目を集められたクィリナスはちょっと顔を赤くしながら軽く会釈をし、セブルスは仏頂面のまま立っているだけだった。
「お2人が仰るには、決闘についてごく僅かご存知らしい。訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに、勇敢にも、手伝ってくださるというご了承を頂きました。さてさて、お若い皆さんにご心配をおかけしたくはありん──お2人がまず手合わせをして、勝った方が私と決闘します。私がどちらと手合わせした後でも、皆さんの先生はちゃんと存在します。ご心配めさるな!」
ギルデロイはセブルスとクィリナスを向かい合わせに立たせて、礼をするよう促した。クィリナスが丁寧に礼をする前で、セブルスはグイッと頭を下げただけだった。それから2人は杖を剣の様に前に突き出して構えた。
「ご覧の様に、私たちは作法に従って杖を構えています」
静かな観衆に向けて、得意気にギルデロイは説明した。
「3つ数えて、最初の術をかけます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません」
セブルスもクィリナスも、ギルデロイの言葉など耳に入っていないかの様に微動だにしない。模範演技の筈なのに、息が詰まる様な緊張感が漂っている。
「1──2──3──」
2人共杖を肩より高く振り上げた。
決着は一瞬。クィリナスの杖が私の方に飛んで来て、セブルスもクィリナスも無言呪文で武装解除の術を唱えたと分かった。クィリナスは苦笑して「さすがですね」とセブルスを称えた。
杖を下ろしたセブルスを見てようやく決着がついたと理解したギルデロイは、「皆さん、しっかりと見ましたか?」と慌てて口を開いた。
「今のは無言呪文といって、呪文を唱えずに魔法を発動させる物です。もちろん、私もできますが、今日はこのクラブの初回ですからね!皆さんに分かるように呪文は唱えるべきでしたね」
セブルスは無言でギルデロイを睨み付けただけだった。
クィリナスの杖を拾った私は、近付いて来た彼の手の平にそっとそれを乗せた。
「素晴らしい決闘だったわ」
「ありがとうございます、メリル」
「おや!これはこれは!メリルではありませんか!」
ようやく私に気付いたらしいギルデロイが、やけに嬉しそうに大声でそう言った。
「私の勇姿を見に来てくださったんですね?ご安心ください、これからが私の見せ場ですよ!よろしければ特等席でご覧下さい」
勢い良く私を舞台に上げようと手を伸ばしてきたが、「遠慮するわ」と生徒たちの手前柔らかく伝えた。クィリナスは、私がいつもはもっとすげなく断っているのを知っているため思わず笑ってしまったのを隠すために軽く咳払いをした。
「ああ、何と奥ゆかしい!照れているのですね!そんな素敵な貴女には何かプレゼントを差し上げないと。そうですね、次の決闘で勝った方には貴女からのキスが贈られるのはどうでしょう?もちろん頬にですよ!」
「──何ですって?」
周囲の女生徒がキャアと黄色い声を上げる中、頭の中がサァッと冷たくなるのを感じた。
──誰が、誰に、何を?
私の様子に気付かないギルデロイはご機嫌なまま続けた。
「勝つのは私ですから、貴女のキスは私に贈られる事になるでしょう!この私にキスできるのですから、メリルにとっても最高のプレゼントでしょう?」
何を──何を勝手な事を。
私の事をなんだと思っているのか。
全身の血液が冷えていく様な感覚。杖も握っていないのに、パラパラと足元の地面に氷が舞った。
──ああ、駄目だ。感情が制御できていない。こんな、子供みたいな。
怒りと苛立ちと情けなさが、グルグルと心の中を渦巻く。周りの生徒がザワザワとしているのは分かっているが、落ち着くには程遠かった。
「──何をしている」
するりと耳に入ってきたバリトンボイスに、ハッと俯けていた顔を上げる。視線の先のセブルスはいつも通りの無愛想な表情のまま、ギルデロイを睨んでいた。
「まさか、私が負けるとでも?」
「──いいえ。それこそ、まさかだわ」
感情のうねりが、徐々に収まるのを感じる。
何て大人げない事をしてしまったのだろうか。
私は杖を取り出してサッと氷の粒を消した。
「メリル、大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさいね、クィリナス」
「い、いいえ、私は何も……」
「セブルス、ギルデロイ、模範演技を続けてくださって構わないわ」
その言葉にセブルスは無言で頭を下げ、続けて慌ててギルデロイも大袈裟な礼をした。それから、先程と同じ様に2人共杖を構えた。
「1──2──3──」
杖を振り上げた速度はほぼ同時。素早くセブルスが叫んだ。
「エクスペリアームズ!武器よ去れ!」
目も眩む様な紅の閃光がギルデロイを舞台から吹っ飛ばし、壁に激突させた。壁伝いにズルズルと滑り落ちたギルデロイは、床に大の字になった。
ドラコや数人のスリザリン生が歓声を上げた。セブルスはまだ足りないと言う様に、フン、と鼻息を吐いた。
ギルデロイはフラフラと立ち上がった。彼の帽子は吹っ飛び、カールした髪が逆立っていた。
壇上に戻ったギルデロイは「さあ、皆分かったでしょうね!」と言った。
「あれが『武装解除の術』です──ご覧の通り、私は杖を失った訳です──あぁ、Miss.ブラウン、ありがとう。スネイプ先生、確かに生徒なあの術を見せようとしたのは、素晴らしいお考えです。しかし、遠慮なく一言申し上げれば、先生が何をなさそうとしたかが、余りにも見え透いていましたね。それを止めようと思えば、いとも簡単だったでしょう。しかし、生徒に見せた方が、教育的に良いと思いましてね……」
セブルスから殺気が漏れている様な気がする。さすがのギルデロイも気付いたのか、素早く続けた。
「模範演技はこれで充分!メリルへ最高のプレゼントを贈れなかったのは残念ですが、決闘の結果ですからね、仕方ありません。またの機会をご期待ください!」
ギルデロイが大袈裟なウィンクをしてきたが、真顔で返してやった。何の手応えも無いのに焦ったのか、ギルデロイはセカセカと舞台を降りてセブルスと共に生徒たちを2人1組にしていった。
私は御役御免とばかりにクィリナスと壁際に下がって、ようやく一息ついた。
ギルデロイの合図と共に、そこかしこで呪文が唱えられたが案の定惨憺たる状況になった。そこら中で生徒が蹲っていたり、鼻血を出していたりしていて、クィリナスと私はそれぞれ子供たちの処置をして回った。
その間に、ギルデロイはハリーとドラコを壇上に招いて何やらよく分からない杖の動きを披露していた。ドラコの方はセブルスから何事かを囁かれ、少し緊張気味に頷いていた。
ギルデロイの合図と共に、ドラコはサッと杖を振り上げ、「サーペンソーティア!蛇出よ!」と怒鳴った。
少年の杖先から、長い黒蛇が出現した。その蛇は2人の間の床にドスンと落ち、鎌首をもたげて攻撃の態勢を取った。突然の蛇の登場に、子供たちは悲鳴を上げて後退りした。
あまりキチンと見る事はできなかったけれど、あの蛇は、もしかして……。
私が蛇をよく見ようと舞台に近付いている間にも、「我輩が追い払ってやろう……」と意地悪く言ったセブルスを遮ってギルデロイが、
「私にお任せあれ!」
と叫んで杖を振り回した。その動作に合わせて蛇の身体は宙を飛び、ビシャッと大きな音を立ててまた床に落ちて来た。そんな扱いに怒り狂った蛇は、たまたま近くにいたジャスティンめがけて滑り寄り、再び鎌首をもたげ、牙を剥き出して攻撃の構えを取った。
守らなければ、と杖を取り出したその時。
奇妙な音が、ハリーから聞こえた。
何かが擦れる様な、そう、まるで蛇の声の様な音。
──もしかして、ハリーが蛇に何か言った?
それを聞いた黒蛇は途端に大人しくなり、従順にハリーを見上げた。ホッとした様な顔になったハリーは、ニコリとジャスティンに笑い掛けたが、彼は顔を引き攣らせ恐れ慄いていた。
「一体、何を悪ふざけしてるんだ?」
ジャスティンが叫んで、そのままくるりと背を向けて大広間から出て行ってしまった。
ハリーが呆然とその背を見送っている間にセブルスが蛇に杖を向けたため、私は慌てて舞台に走り寄って「待って!」と制止した。
「……何だ」
「この蛇、とっても貴重な種類なの。できれば保護したいし、何なら脱皮した後の抜け殻も欲しいわ」
セブルスは呆れた様に溜息を吐き、「好きにすれば良かろう」と呟いた。その目はひたすらハリーに注がれている。
「ハリー」
「え、は、はいっ」
動揺したまま返事をした彼に、「貴方が大人しくさせたの?」と聞いた。ハリーは何度もコクコクと頷き、
「僕、あの、『手を出すな』って言ったんです」
「そう、この子に、私の部屋でしばらく過ごしてくれないかお願いしてくれないかしら?できれば脱皮した皮が欲しいのよ」
「わ、分かりました」
ハリーはすぐに先程の音を蛇に聞かせ、蛇も明らかに頷いた。間違いない、ハリーはパーセルマウスだ。
蛇にはポーチから取り出した袋に入ってもらい、それを腰のベルトに括り付けた。
まだヒソヒソと囁き合っている子供たちの集団を掻き分けて、慌ててロンがやって来て、ハーマイオニーと共にハリーを回収していった。
私はまだ呆然としているドラコに歩み寄り、念の為怪我は無いか問い掛けた。
「ぼ、僕は大丈夫です。でも、あの、ポッターは……」
「ハリーはパーセルマウスのようね。でも、それだけよ。何の証拠にもならないわ」
肩を竦めてみせると、ドラコはようやく少しホッとした様な顔になった。
「あー、さてさて?どうやら皆さんのやる気が削がれてしまったようですね。今回はここまでとしましょう。また次回の開催日は掲示板でお知らせします……」
ギルデロイの言葉に、生徒たちは一目散に大広間を出て行った。あっという間に静かになった室内で、ギルデロイもイソイソとどこかへ去って行こうとするのを誰も止めなかった。
「えっと、驚きましたね?」
クィリナスがオズオズと言った。私は「そうね」と同意したが、セブルスは黙って杖を振り、舞台を消していつもの長いテーブルを設置した。
「また噂になりそうね」
「え、ええ。ハリーが嫌な思いをしないと良いんですが……」
クィリナスの発言を最後に、大広間には沈黙が下りた。私たちはそのまま、それぞれ室内を出て各々の方向へと去ったのだった。
誰も、パーセルマウスは闇の魔法使いの印だと広く知られている事については触れなかった。
翌朝、学期最後の全ての薬草学が大吹雪で休講になった。マンドレイクが冷えない様に、靴下を履かせてマフラーを巻く作業をしないといけないからだ。これが中々厄介な作業で、人手が欲しいのは山々だが安易に人に頼めないのが辛いところだった。それでも、哀れな犠牲者を蘇生させるため、一刻も早くマンドレイクには育ってもらわなければならない。
何とか防寒具をマンドレイクたちに装備させ、ホグワーツに戻ったポモーナと私が聞かされたのは新たなる犠牲者が出たという衝撃的なニュースだった。
石になったのは、ハッフルパフのジャスティン──聞いた瞬間にポモーナが小さく悲鳴を上げた──と、ゴーストである「ほとんど首無しニック」の2人だった。またしても、マグル生まれの子が襲われてしまったのだ。
第一発見者はハリーで、そのせいでピーブスが悪ノリして大袈裟に触れ回っているらしい。
まったく、あのポルターガイストは本当に余計な事しかしない。それにしても、ハリーはタイミングが悪いというか、運が悪いというか……。昨年度に続き、今年度もその意志に関係な無く騒動の中心にいるらしい。セブルスの心労が増えていそうな話である。
特に今回はゴーストが襲われたとあって、生徒たちはホグワーツ急行の予約に殺到した。居残り組はウィーズリー兄弟とハリー、ハーマイオニー、それにドラコとビンセント、グレゴリーだった。今年のクリスマス休暇は、より人がまばらになりそうだ。
今年のクリスマスの飾り付けは、フリットウィック先生とアイディアを出し合った。忙しく動き回っている私を気遣って、先生が合作を提案してくれたのだ。初めての合同作品を見る人が少ないのは少し残念だが、城内の現状や雰囲気を考えると仕方の無い事だった。
学期が終わると、例年ならちょっと遅れ気味な子もいるのに、皆我先にとホグワーツ急行に乗り込んで行った。
パーシーはあれからペネロピーとの関係を隠さなくなった様で、駅まで2人で歩き、汽車が発車してからも窓から顔を出した彼女をずっと手を振って見送っていた。
ホグワーツ城は、降り積もった雪と同じくらい深い静寂に包まれた。
今年もハグリッドにもみの木を大広間に運んで貰い、ミネルバを含めた3人で飾り付けを施した。今年は「雪」がテーマになっており、もみの木は霜をドレスの様に纏わせ、天井からは暖かく乾いた雪が舞い降りるように魔法をかけた。
クリスマスの朝が来た。寒い寒い、真っ白な朝だった。
すぐに仕度をして、実験室の薬草たちが寒さにやられていないかの確認をする。魔法で温度も湿度も一定に保ってはいるが、それぞれの調子というものがあるからだ。プランターの端に新しく置いた丸籠の中に「おはよう」と挨拶すると、あの日決闘クラブで召喚された黒蛇が顔を出した。すぐに眠たげに引っ込んでしまったが。ある程度室内が暖かいとはいえ、本能には逆らえないらしい。乾物の餌と水差しを新しく取り替え、私はふくろう小屋に急いだ。
朝の世話を終えて一旦部屋に戻って来た私は、クリスマスのお楽しみ、プレゼントの開封に取り掛かった。ホグワーツに戻ってきてから圧倒的に増えたプレゼントは、毎年ワクワクしながら開けている。
ギルデロイからは派手なクリスマスカードと彼の顔面型のクッキー──ウィンクまでしてきた──、クィリナスからはハンドクリーム、ルシウスからはミニボトルのリキュールを貰った。何とナルシッサからも個人的にプレゼントを送ってもらっていて、中身はガラスの小瓶だった。カードの説明によると、魔法で強化された小瓶で、入り口さえ通れば見た目より多くの量を入れられるらしい。すごく便利だ。
「あら、これは珍しい人からプレゼントが来たわね」
柔らかい布でラッピングされた小包を手に取り、封を開けるとドラゴンのぬいぐるみが出てきた。ノルウェー・リッジバック種のドラゴンを大変可愛くデフォルメした形で、尻尾をパタパタと振ってくれた。贈り主はサディナ・ノーロジー。私の数少ない友人の1人だ。そういえば、ドラゴン好きが高じてルーマニアでドラゴンの保護と飼育を行っていると大分前に来た手紙に書いてあった。手紙のやり取りはごく僅かだし、クリスマスでさえ良く忘れているから、珍しくプレゼントが届いて驚いた。
セブルスからのプレゼントは今年も届いていて、心底安堵した。ハロウィン以来、また距離が空いていたから。私が忙しかったのもあるけれど、隣同士で食事していても会話は事務的な物しか交わしていないのだ。これでプレゼントが無かった日には、どう顔を合わせたら良いか分からなくなってしまうところだった。開封の儀式が終わったところで、丁度朝食の時間が近付いてきたため、私は急いで大広間に向かった。
クリスマスの飾り付けがされた大広間では、子供たちが目を輝かせて室内を見渡していた。この表情を見られるだけで、飾り付けを頑張った甲斐がある。
豪華な食事に舌鼓を打ち、エッグノッグをがぶ飲みするハグリッドに感心しながら私もワイングラスを傾けた。不吉な事件が起きていても、クリスマスは楽しい物だ。
「精々飲み過ぎない事ですな」
「今年は大丈夫よ、多分」
セブルスとも会話ができたし。一瞬だったけれど。
クリスマスディナーを楽しんだ後、大広間を出て腹ごなしに少し散歩していると、ある空き教室からボソボソと声がした。音を立てない様にそっと扉の隙間から覗くと、そこにはハーマイオニーを先頭にハリーとロン、その向かいにドラコ、後ろにビンセントとグレゴリーが対峙していた。すわ喧嘩かと一瞬頭をよぎったが、最近のドラコはグリフィンドールの3人組とよく喋っている。ひとまず様子見を決め込んだところで、不思議そうな顔をしているドラコが口を開いた。
「こんな所に引っ張り込んで、一体何の用なんだ?」
「友達として、正直に貴方に聞いた方が良いと思ったの」
「何の話だ?」
首を傾げるドラコに、ハーマイオニーは1度唾を飲み込んだ後に意を決した様に問い掛けた。
「ドラコ、貴方、スリザリンの継承者が誰か、知ってる?」
「まさか、僕を疑っているのか?お前と友人の、僕を?」
「そうじゃないわ!でも、継承者なんていうから、スリザリンの誰かかと思って……」
「僕だって知りたいくらいだ。少なくとも僕の知る限り、スリザリンに継承者はいない」
ドラコは長く溜息を吐いた。彼が知らないという事は、継承者はほぼ確実にスリザリン生ではないだろう。まだ2年生ではあるが、ドラコはマルフォイ家の子なのだ。名家であればある程彼を重要視して、継承者になった際は報告している筈だ。
「マグル生まれが狙われるという事は、後ろの2人はともかく、君は確実に標的にされるんだぞ。分かっているのか?」
ハーマイオニーは「もちろんよ」と頷いた。
「だから、この休暇中に城の中を探索するつもりなの」
「何で言っちゃうんだよ、ハーマイオニー」
ロンが抗議の声を上げるが、ハーマイオニーは何処吹く風だ。ハリーは1人困った風に頬をかいている。それはビンセントとグレゴリーも同じで、居心地悪そうにソワソワしている。
「僕も行きたい」
「ほーら、こうなった!どうするんだよ、断ってスネイプにでもチクられたら、また変な因縁つけられるに決まってる!」
ロンが大袈裟に上を向いて嘆いた。言われたドラコはキュッと眉を寄せて「そんな事しない。この2人にもさせない」と後ろの2人を指した。急に話に巻き込まれたビンセントとグレゴリーは目を白黒させて慌ててコクコクと頷いていた。
「僕は、ハーマイオニーの友人として、今回の事件が早く解決する事を願っているんだ」
「でも……」
と、ビンセントが初めて発言した。当然彼に注目が集まり、その事に驚いたビンセントはしばらくマゴマゴした後改めて口を開いた。
「ドラコの父上は、今回の件に関わらないようにって仰ってたんだろ?良いのか……?」
「良いんだ。僕は決めた」
不安そうなビンセントとグレゴリーに、ドラコはそう言い切った。
「これだから坊ちゃんは……」
はぁ、とロンが大きく息を吐いて、またドラコがムッとした顔になった。
「どういう意味だ、ウィーズリー」
「頑固だって意味だよ。ま、ハリーも別の意味で頑固だけど」
「え、そうかな……」
「そうだよ、自覚無いの?あと、僕の事はロンで良い。ウィーズリーがこの城だけでも5人もいるんだぜ?同学年のウィーズリー、なんて呼ばれたくないよ」
肩を竦めてそう言うロンに、ドラコはびっくりした顔になった。それから徐々に耳を赤くして「分かったさ、……ロン」と呟いた。
「何かむず痒いな。もっとスッと呼べるようになってくれよ、ドラコ」
「うるさい、分かってる」
「あ、僕の事もハリーで良いよ」
急いで名乗り出たハリーに、ドラコは呆れ気味に笑った。
「この流れでお前だけポッターって呼ぶ訳無いだろ。そこは察しろよ、ハリー」
「う、うん」
……どうやら、青春の1ページの様な場面を見てしまったようだ。若いって良いなぁとしみじみ感じていると、ドラコは戸惑っているビンセントとグレゴリーを振り返った。
「お前たちがどうするかは、お前たちで決めたら良い。何も咎めない。誰と友達になるか、ならないかは、僕が決める事じゃないから。……でも、できれば僕はお前たちとも、友達でいたいと思っている」
「お、俺もだ!」
「俺もだよ!」
2人が次々に言うのを、ドラコは嬉しそうに聞いていた。
「ありがとう。ハーマイオニーたちと無理に友達になれとは言わない。話していると案外面白いけど。向こうとどう付き合っていくかは、自分たちで考えてくれ」
「わ、分かった」
2人は困りながらも頷いた。その場が解散になりそうな雰囲気だったので私は急いで扉から離れたが、良い物を見た気分でホクホクだった。
──ああ、でも、そうね。あんなに子供たちが成長して頑張っているのに、大人が頑張らない訳にはいかないわね。
私はひとつの決意を胸に、3号温室へと足を向けたのだった。
キンセンカの花言葉「悲嘆」「絶望」「悲哀」
20話目です。
やっと物語が本格始動しました。今回は生徒も先生も満遍なく出せたのではないかなと思っています。
原作では蛇はアッサリ消されてしまいますが、魔法生物を愛する主人公はさせないんじゃないかなと思い、引き取りました。黒い蛇ってやたら格好良く見えますよね。