「ああ、メリル、こんな所にいたんですね」
「あら、クィリナス?どうしたの?」
クリスマスの数日後。温室にヒョコリと顔を出したクィリナスが、パッと嬉しそうに顔を綻ばせた。
「何か用事?」
耳当てと手袋を外して近寄ると、クィリナスは「もう作業は終わりましたか?」と聞いてきた。それへ首肯すると、「よ、良かったら見て欲しい物があって……」と言った。
「何かしら、楽しみね」
手袋も耳当てもスコージファイで清めてからポーチへ収納し、私はクィリナスと一緒に温室を出た。キチンと鍵をかけてから彼と共に城へ向かうと、玄関前の広場に案内された。そしてそこにあった物に、私は寒さも吹っ飛ぶ程驚いた。
「すごい!ダンブルドア先生ね!?とっても似てる!」
本人の2倍程の高さのダンブルドア先生の雪像が、玄関脇に鎮座していた。顔から服の模様までそっくりで、本当に良くできている。
「これはクィリナスが?」
「いえ、私だけではなく……」
「「僕たちも作りましたよ、先生!」」
雪像の影から双子がピョンッと飛び出してきて、満面の笑みでこちらに駆け寄ってきた。
「先生、どうですか?会心の出来です」
「何なら髭も動きます。そーれ!」
フレッドが──Fと書かれたセーターを交換して着てなければフレッドの筈──杖を振ると、雪像のダンブルドア先生の髭が左右にユラユラと時計の振り子の様に揺れた。思わず吹き出してしまった私は悪くない。
「良くできてるわね!変身術の授業なら、加点して貰えていたかもしれないわ」
「「本当ですか!?」」
双子の顔が更に輝いた。彼らは成績にはあまり興味が無いと思っていたけれど、そうでもないのかしら?
「貴方たち、そんなに点数に興味あったの?」
「いやぁ、そういう訳じゃないんですけど」
「あ、もちろん、どうでも良い訳じゃないですよ」
「でも、点貰えるくらいの出来って事は皆をびっくりさせられるくらいって事でしょ?」
「「そりゃあ嬉しいですよ!」」
「「なー!」」と仲良く顔を見合せた双子に、微笑ましい気持ちになった。人を楽しませる事に、彼らが全力投球してるのがよく分かる。しかも前とは違う、誰も悲しまないイタズラだ。
正直疲れもあったけれど、こんな楽しそうな事、参加した方が絶対に面白い。ニヤリと笑った私は、ニコニコと微笑ましそうに笑っているクィリナスを手招きした。
「どうしました?」
「校長がいるなら、副校長も必要だと思わない?」
「ああ、確かに」
愉快そうに笑ったクィリナスと視線を合わせ、同時に杖を振った。
「「うわー!マクゴナガル先生だ!」」
玄関の扉を挟んでダンブルドア先生雪像の反対側に、瞬く間にミネルバの雪像が作り上げられた。ついでにその足元には、彼女の動物もどきである猫もつけておいた。一応尻尾が動く様にしてある。
双子が手を叩いてはしゃいでいて、そんなに喜んでもらると製作者冥利に尽きるというものだ。
「さっすが先生!」
「本当にそっくり!尻尾も動いてる!」
「「すごーい!!」」
「そんなに喜んでもらえて嬉しいわ」
「作った甲斐がありますね」
クィリナスと2人でニコニコ笑い合っていると、双子がまた杖を振って更に雪像を作った。今度はセブルスの姿をしている。
「絶妙な仏頂面ね」
クスクスと笑うと、クィリナスも控え目に笑っていた。
ここまで来たら寮監全員を作らないとという雰囲気になり、フレッドとクィリナス、ジョージと私でフリットウィック先生とポモーナの雪像を作っていると、賑やかさに惹かれたのかハリーやロンをはじめとする子供たち全員が玄関からワラワラと出てきた。
そのまま動物の雪像を魔法で作ったり、マグル式で雪だるまを作ったりして、冬を大いに楽しんだ。途中からは、何とダンブルドア先生やポモーナ、フリットウィック先生も参加して、何ともクオリティの高い雪像がたくさん出現した。
ちなみにミネルバは、ちょうど皆が休憩を取る雰囲気になったところで熱いココアを持って来てくれた。
「「わーい!先生ありがとうございます!」」
「あちっ!」
「もう、ロンったら!大丈夫?」
「雪でも食べておけば良い。すぐ冷たくなるぞ」
「うるさいぞ、ドラコ。またさっきみたいに雪まみれになりたいのか?」
「それはロンもだろう」
鼻を真っ赤にした子供たちがわちゃわちゃとじゃれ合っている隣で、大人同士もほのぼのとしたおしゃべりに興じている。
「ココアはマシュマロを入れても美味しいですよ」
「おお、良いのう。どれだけ入れても良いんじゃろうか?」
「2、3個にしておいた方が良いですよ、アルバス」
あればあるだけココアに入れてしまいそうなダンブルドア先生に、ミネルバがしっかり釘を刺していて、何だか笑ってしまった。
こんな時間が続けば良いと思った。それぞれに笑い合えるような、穏やかな時が。
暗くなる前に城に入り、ダンブルドア先生が風邪を引かない様に魔法で皆の服を素早く乾かしてくれた。あの真面目なパーシーでさえ、途中行われた魔法無しの雪合戦で頭の先から爪先までビチャビチャになっていたのだ。他の人たちは言わずもがなである。
その日の夕食は、皆いつもより良く食べていた。
ちなみに、たくさんの雪像たちは休暇明けに戻ってきた生徒たちの目を大いに楽しませた。
年が明けてクリスマス休暇が終わっても、私の温室通いは続いた。逆転時計の使用で頭も身体も例年より疲れているけれど、それでも私がやれる事があるのならやりたい。襲われるのがマグル生まれだけでなかったとしたら、生徒だけでなかったとしたら、ホグワーツのほとんどの人間が──セブルスが、危険だ。
耳当てをしっかり装着して、作業台にズラリと並べられたマンドラゴラたちに慎重に触れていく。防寒具をつけているから動きは鈍いとはいえ、素手を噛まれたら跡がしばらく残るだろう。気を付けなければ。
少しずつ、少しずつ魔力を流していく。マンドラゴラの成長を促すように、自分が倒れないギリギリを狙って。後は夕食を食べて寝るだけだ。そんなに体力も気力も魔力も残しておく必要は無い。
焦らず集中して作業を行い、ようやく全てのマンドラゴラに今日の分を流して終えて視線を上げ。
「っ!?クィリナス!?いつからそこに!」
温室のドアのすぐ側に、いつの間にか居心地悪そうにクィリナスが立っていた。集中していた上に耳当てを付けていた事もあって、全く気付かなかった。
「気付かなくてごめんなさいね。寒かったでしょう」
慌てて耳当てを外してクィリナスに走り寄った。彼はとても申し訳なさそうに「せ、急かした様ですみません」と謝った。
「でも、も、もう少しで夕食の時間なのに温室に明かりが灯っていたものですから……」
「様子を見に来てくれたのね、ありがとう」
クィリナスは、恐縮した様に首を何度も横に振った。
温室の外に出ると、もう日が落ちかけていて随分長くマンドラゴラと向き合っていたのだなと思う。そういえば、少し前もクィリナスが夕食に呼びに来てくれたっけ。観察力がずば抜けているから、細かい所にも気が回るのだろう。
クィリナスと雑談しながら大広間に入って席に着くと、セブルスがジロリとクィリナスを横目で睨んだ。
「何とも仲のよろしい事で。教師が遅刻など、生徒に笑われますぞ」
「は、はい、すみません……」
「ちょっとセブルス、夕食には間に合ってるわ。それにクィリナスを責めるのはお門違いよ。彼は私を呼びに来てくれたんだから」
「……最近何やらコソコソと行っている様だが、倒れでもしたらそれこそ笑われるどころではないのでは?」
「平気よ。気を付けているもの」
「気を付けていれば何とでもなるなら、元気爆発薬はその内調合せずに済みそうだな」
セブルスが皮肉たっぷりにそう言ったところで、夕食が始まった。
最近はちっとも口をきかないくせに、ちょっと話したと思ったらこれだもの!本当に、どうしたっていうのかしら。
そんな風に年明けを過ごして2月になって、ようやくマンドレイクが情緒不安定になって隠し事をするようになった。ニキビも無事にできてきて、これが綺麗に無くなったらすぐ2度目の植え替えに移れるのだ。その後は刈り取って魔法薬の調合の材料にできる。想定よりも早く育ってくれているようだ。このまま順調にいけば、夏になる前にマンドレイクを収穫できるだろう。
「ああ!メリル!探しましたよ!私に探させるなんて、小悪魔なティンカーベルですね」
放課後、廊下で唐突にギルデロイに呼び止められた。その手には、派手なピンクのカードが握られている。
「何か用かしら?」
「近い内に、皆の気分を盛り上げるイベントを開催する予定でしてね。女性の皆さんには特に参加していただきたいのです!これはそのためのカードですよ」
差し出されたカードを受け取ると、デカデカと「ハッピー・バレンタイン!」と書かれている。
「バレンタイン・カード?」
「ええ、そうです!送りたい方に送れば、特別な配達員がお届けします。私に届くのでしょうが、送り先は今は聞かないでおきましょう。当日のお楽しみということですね、ええ!」
一方的に捲し立てたギルデロイは、私に口を挟ませずにそのまま風の様に去って行った。手の中のけばけばしいカードが、自身の存在を強烈にアピールしてくる。
──送りたい方って……セブルスしか……いや、彼はこんな物送られても嬉しくないと思う。トロールの鼻くその方が断然マシだろう。魔法薬に使えるから。
はぁ、と溜息を吐いて、ピンクのカードをローブのポケットに仕舞った。
2月14日。朝から大広間は大荒れだった。主に装飾が。
「アー……クィリナス?私、まだ眠っているのかしら?」
「それなら、わ、私もまだ夢の中という事になりますね……」
たまたま大広間前で出会ったクィリナスと、つい呆然と室内を見てしまった。壁という壁がけばけばしいピンクの花で覆われ、淡いブルーの天井からはハートの紙吹雪が舞い降りている。ほとんど乱舞していると言っていい。
ダンブルドア先生はよくこの騒ぎを許したなとは思うが、とりあえずは朝食だ。お互い席に着いて──先に着席していたセブルスは苦虫をこれてもかと噛み潰した様な顔をしていた──食事の始まりを待っていたのだが、始まる前にギルデロイが「バレンタインおめでとう!」と叫んだ。
「今までの所46人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう!そうです。皆さんをちょっと驚かせようと、私がこの様にさせていただきました──しかも、これが全てではありませんよ!」
ギルデロイが手を叩いて合図すると、玄関ホールに続くドアかは、無愛想そうな顔をした小人が12人ゾロゾロと入って来た。それもただの小人ではない。ギルデロイがその全員に金色の翼をつけ、ハープを持たせていた。
「私の愛すべき配達キューピッドです!」
ギルデロイはニッコリと笑った。
「今日は学校中を巡回して、皆さんのバレンタイン・カードを配達します。そしてお楽しみはまだまだこれからですよ!先生方もこのお祝いのムードにはまりたいと思っていらっしゃる筈です!さあ、スネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を見せてもらってはどうです!ついでに、フリットウィック先生ですが、『魅惑の呪文』について、私が知っているどの魔法使いよりも良くご存知です。素知らぬ顔して憎いですね!」
フリットウィック先生が「信じられない」とばかりに両手で顔を覆ったのが、視界の隅に映った。
仏頂面の小人はその日、授業という授業に乱入した。彼らが運ぶピンク色のカードには、大変見覚えがある。何せ私のローブに同じ物が入っているから。結局誰にも差し出される事の無かったそれを、私は完全に持て余していた。
放課後、私はギルデロイに呼び出されて闇の魔術に対する防衛術の教室に来ていた。部屋に入ると、授業の片付けと明日の準備をしていたクィリナスがキョトリと首を傾げた。
「メリル?どうかしたのですか?」
「ギルデロイから、渡したい物があるから来て欲しいって言われてね。彼は?」
「先程奥の部屋に入って行きましたよ」
「ありがとう」
ギルデロイの私室へと続く階段下から彼の名前を呼ぶと、扉の向こうから「少々お待ちを!」と元気よく返事が来た。
「ああ、私のティンカーベル!お待たせしてしまって申し訳ない。やはり準備という物は入念にしなくてはならなくてね」
「アー……ギルデロイ、よね?」
扉から勢い良く出てきたのは、どう見ても真っ赤なバラの塊だった。よくよく見ると、下の方から派手なピンクのローブの端と足が見える。
「ええ、ええ、もちろん私ですとも。あまりに輝き過ぎて分かりませんでしたかな?」
そういう意味では全く無いけれど。
思わず呆れていると、バラの塊は不安定にユラユラ揺れながら階段を降りて来た。私の目の前まで来たそれはかなりの大きさだ。
「さあ、受け取ってください!私から貴女へのバレンタインです」
「あ、ありがとう……」
差し出されるまま受け取ってしまったが、これを一体どうしろと。この後温室に行く予定だというのに。
やっと見えたギルデロイは、満足そうにニッコリしている。いつもより笑みがより全開な気がする。
「じゃあ、その、私は用事があるからこれで」
「おや、もう少しゆっくりしていっては?」
「いえ、行かなければならないの」
杖を振って花束を小さくしてからポーチに仕舞い、私は気まずげに立ち尽くしていたクィリナスに目配せして一緒に部屋を出た。
「よ、良かったんですか?受け取って」
歩きながらクィリナスが遠慮がちに問い掛けてきた。それへ「良いのよ」と頷く。
「あの人の事だから、色んな人にばらまいているんでしょう。やりそうな事じゃない。私が受け取ったところで、多少喜ぶだけよ」
クィリナスは何とも言えない顔をしたが、結局は何も言えなかった。彼とは玄関ホールで別れたが、その間際にとても心配そうな顔で苦言を呈されてしまった。
「メリル、その、最近は常に目の下にクマがあります。どうか、無理をなさらないでください」
「ええ、ありがとう、クィリナス」
でも、今は多少無理をしてでもやらないといけない。
お礼を言った私を何度も振り返りながら、クィリナスは廊下を歩いて行った。
2月の末には、マンドレイクが何本か温室で乱痴気パーティーを繰り広げた。
「やったわね、メリル。もうすぐ完全に成熟よ」
「ええ、ポモーナ、あとひと息ですね」
マンドレイクがお互いの植木鉢に入り込もうとしたら完全成熟だ。
本当に、あともうひと息。もうひと踏ん張りで、ミセス・ノリスを始めとする可哀想な被害者たちを救えるのだ。
疲弊した心に、明るい希望がようやく灯った気がする。
そんな風に毎日を過ごして、イースター休暇がやってきた。
ハリーたち2年生は、この休暇の間に3年生で取る授業を選択しなければならないのだが、特にマグル育ちの子供たちは毎年この授業選択に苦労している様だ。
授業についての質問──主にどんな内容でどんな授業なのか──や相談を受ける事も多いが、毎年大半の子が似たような事を聞いてくるのが興味深い。杖で取る授業を決める子がいるのも例年の事だ。微笑ましいと思っていたら、何とハーマイオニーは全科目を取るようで、おそらく、いや確実に逆転時計を使う事になる。気に掛けておかなければならないだろう。逆転時計は、使う事に慣れるまでが大変なのだ。
休暇が明ければ、本格的なクディッチの季節がやって来る。各寮のクディッチ選手の熱気が、分かりやすく日々上昇していくのだ。
そんな中、グリフィンドールで騒ぎが起こったと双子がこっそり教えてくれた。ハリーが事を大きくしたくないと盗難届は出さないらしいが、日記が無くなっていたらしい。寮内での事件は、十中八九同じ寮生による物だ。だからこそ、大事にしたくなかったのかもしれないけれど。
「困っちゃうよ、大事な時期に」と揃って嘆息したフレッドとジョージは、遠くにクィリナスを見つけて走り去って行った。彼らが頻繁にクィリナスとイタズラグッズについて話し合っているのは薄々察していたが、店を持つ事が夢だと公言して憚らない双子にクィリナスがその内引き抜かれないかちょっぴり心配だ。彼は優しいから。
次の日には、騒ぎの事なんて無かったかの様にグリフィンドールのテーブルはざわついていた。今日はハッフルパフとの試合があるからだろう。特にオリバーの気合いの入り方は凄まじく、朝食も明らかにたくさん食べていた。
大広間を出た所で楽しそうに競技場へ移動していく生徒たちの集団を見送っていたら、グリフィンドールの仲良し3人組が後ろからバタバタと駆けて来た。ハリーはシーカーなのに、こんなギリギリの時間で試合に間に合うのだろうか。
ほぼ走った状態で去っていきかけたかけた3人だったが、私の少し先で急に立ち止まった。
「あの声だ!また聞こえた──君たちは?」
ハリーの問い掛けに、ロンとハーマイオニーは首を横に振った。
──声?「また」って事は以前にも聞いたって事よね?ハリーだけ?
思い当たるのはパーセルタング。あの子たちの中ではハリーだけの能力だから、気が触れたのでない限り、彼だけに聞こえる声というのはパーセルマウスである確率が高い。そしてそれが正しい場合、すぐ近くに蛇か、蛇語を話す何かがいる。
「ハリー──私、たった今、思い付いた事があるの!図書館に行かなくちゃ!」
ハッと何か思い付いた顔になったハーマイオニーが走り去る。それを注意する余裕は、私には無い。忙しく回る頭がそれを許さない。
──蛇。それに、最近雄鶏の鳴き声を聞かなくなった。
正解が喉元まで出ている様な、もどかしい気持ちだ。私は知っている。それを知っている、筈なのに。
気付けば、ハリーもロンもいなくなっていた。廊下には人の気配は無い。つまり、ハーマイオニーは独りだ。
「──いけない」
彼女を独りにしてはいけないと、頭の中で警鐘が鳴り響いている。私は脇目も振らず走り出した。
何度も廊下の角を曲がり階段を上がって、ようやく図書館に辿り着いた。常より体力が減っているせいで、上がった息が中々整わない。
バクバクと音を立てる鼓動を落ち着かせるため深呼吸を繰り返していると、図書館の重厚な扉が開いた。ハッとして駆け寄ると、出てきたのはハーマイオニーではなくペネロピーだった。
「ヴァレー先生?どうしたんですか?」
「ハーマイオニーを知らない?」
「あのグリフィンドールの子ですよね?もうすぐ来ますよ」
そう言って彼女が室内の方を振り向いた時、「ペネロピー!」と背後から声がした。
「パーシー!」
顔を室内からサッと廊下に向けたペネロピーの頬に朱が差した。すぐに私の傍らに足早にやって来たパーシーは、安心した様に長い息を吐いた。
「良かった……観客席にいなかったから探したよ」
パーシーが扉に添えてあったペネロピーの手を握ったため、彼女は頬を真っ赤にさせた。その変化にようやく自分のした事を自覚したのか、パーシーも首まで赤くなった。
……私、お邪魔かしら?
頭の中をそういう思いがよぎった時、ペネロピーの向こうから「あの……ごめんなさい、通してもらっても良いかしら?」という申し訳なさそうな声が聞こえた。
「あっ、ご、ごめんなさいね」
ペネロピーは慌てて外側に飛び退き、パーシーも急いで横にずれた。その隙間から顔を覗かせたのは、少し顔を赤くしたハーマイオニーだった。
とりあえずは、まだ図書館にいてくれた事にホッとした。しかし、ハーマイオニーは私の顔を見た瞬間酷く緊張した表情になった。
「その、ヴァレー先生、私、お伝えしたい事が……」
彼女がそう言い掛けたその時。
──ズズッ……
廊下を這う鈍い音──そう、まるで大きな蛇の鱗が床に擦れる様な音が辺りに響いた。咄嗟にハーマイオニーの頬を両手で包み、私の方を向かせた。視界の隅にペネロピーの目を両手で覆うパーシーを確認した。
──この子も分かったのだろう、直視が危険な事に。
さすが成績優秀者なだけある。それは、ハーマイオニーも。
「貴女も、分かったのね?」
少女の手に握られた紙片を横目に見つつ静かに問うと、ハーマイオニーは目だけで頷いた。
紙片──古い魔法生物に関する本の1ページに記された、その生物の名はバジリスク。M.O.M.分類XXXXX──「魔法使い殺し」の「毒蛇の王」である。魔法生物はそういう生態であり「悪いもの」でないから、ネックレスも反応しなかった。
ハーマイオニーはどの様にバジリスクに辿り着いたのだろう。まだ授業では取り扱っていない筈なのに……違う、今は考えるのは後だ。
「パーシー」
「は、はいっ」
「先生方がどこにいるか分かっている?」
「み、皆競技場に……」
「把握できてるわね。……ペネロピーとハーマイオニーを連れて、逃げられるわね?」
「先生っ!」
思わずこちらを向きそうになったパーシーは、必死にその頭を固定させていた。明らかに首筋が強張っている。
グリフィンドールに組み分けされる程の正義が、自分たちだけ逃げる事を許さないのだろう。その証拠に、ハーマイオニーもその目がありありと抗議の意を伝えてきている。
「言い方を変えるわ。先生方に事態をお伝えして来て。この場に生徒を残す訳にはいかないの。だから、3人で行きなさい」
「先生、先生、でも……」
ハーマイオニーが納得しきれない様に歯噛みした。彼女には悪いが、今は静かな背後の存在が痺れを切らさないとも限らない。納得できなくとも、行ってもらうしかないのだ。
「パーシー、頼むわよ」
「……はい」
絞り出す様に返事をしたパーシーの背を、優しく片手でポンと叩いた。あのウィーズリー兄弟の一員なのだ、普段は行儀良くても度胸はある筈だ。
「行きなさい!」
合図と共に、ハーマイオニーの身体を反転させて押し出した。同時に、パーシーが彼女とペネロピーの腕を掴んで走り出す。3人と少し距離ができたところで、加減せずに足元から魔力を放出した。
「先生!ヴァレー先生!」
──振り返らないで行けば良かったのに。
遠ざかるハーマイオニーの声が、壁の向こうで聞こえた。向こう側も見えない程の分厚い氷の反対側で。
「大丈夫、そう、直視しなければ死ぬ事はないわ」
自分に言い聞かせる様に呟いて、足を動かして氷の張っている床からパキリと靴を剥がした。
──雄鶏はもういない。でも、蛇なら多少なりとも寒さは堪えるでしょう。
杖を手に持ち、目を瞑ってから振り向いた。先程と同じ様な、ズズッと這いずる音が聞こえる。少しくらい動揺してるならラッキーだ。
ふぅ、と吐いた息が温かく感じる程、廊下の温度は低い。それはそうだろう。見えないが、廊下の角にいるであろうバジリスクまで届く様に辺り一帯に氷を張ったのだ。
「グレイシアス!」
凍結呪文を追撃で放ったが、外した様だ。当たったなら、氷同士が擦れる音がする筈だがそれが無い。もう魔法はほぼ打てない。広範囲に氷を張ったせいもあるが、日頃マンドレイクに魔力を流し続けているせいで回復しきれていないのだ。正直、立っているのも辛い。試合の間に少し寝て休もうと思っていたくらいなのだ。
誰かが、ダンブルドア先生たちが来るまで保てば良い。最低限、生徒たちは逃がせたのだから。
また、床を這いずる音がした。咄嗟に音の方へ杖を向ける。
「グレイシ……ッ、うっ!」
突然強烈な目眩に襲われ、バランスを崩して足を滑らせた。思わず開けてしまった視界の中で、床の氷に映る黄色い眼球を、確かに見た。
バジリスクを操って襲わせている人間が必ずいる。その犯人に杖を奪われて悪用される訳にはいかないと、咄嗟に杖を両手で握りしめた。
──セブルス。
ずっと支えにしていた彼の名前を思い浮かべて、私の意識は閉ざされた。
スノードロップの花言葉「希望」「慰め」
21話目です。
2巻は事態が動く時は一気に動くので、少し駆け足気味になっているかもしれませんがどうでしょうか。読みやすさは常に意識しているつもりですが、分かりにくい所が無かったか少々不安です……。
次作は第三者視点となります。ご理解頂けると幸いです。