百合の影から覗いて   作:細雨

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ベゴニアの贈り物〜秘密の部屋篇〜

城中がパニックになった。

生徒を庇った結果とはいえ教員が、成人した魔法使いが石になったのだから致し方ない事ではあるが。

その日、中々合流して来ないハーマイオニーを観客席の下で待っていたロンの元に、パーシーが号泣するペネロピーと酷い顔色のハーマイオニーを全速力で引っ張って来た。

「ハーマイオニー!?何で、」

「ロン!」

「はい!」

2人から離した手を膝について、荒い息を吐きながらパーシーは「だ、ダンブルドア先生は!?」と苦しそうに叫んだ。

「か、観客席に……」

「どうしたんだ?」

騒ぎを聞きつけて、ドラコが観客席から降りて来た。その後ろにはビンセント、グレゴリー、それにパンジーもいる。

「とにかくっ、僕は、はあっ、ダンブルドア先生の所に行くからっ」

「何なの?どういう事?」

「ヴァレー先生が……!私たち、逃がしてもらったの!」

「何だって!?」

ロンの腕に抱き止められたハーマイオニーの叫びに、ドラコが血相を変えた。同時に、息の整わないパーシーが、泣き続けるペネロピーを連れて教員用の観客席へ走る。ドラコはサッと自分の背後を振り向いた。

「お前たち、僕と手分けして他寮を回って知らせるぞ。4人いれば何とかなる」

「あ、僕も……」

「ロンはハーマイオニーの側にいてやれ」

「……分かった」

スリザリンの4人が各々頷く中ロンが声を上げたが、ドラコがそれを押し留めた。ロンはようやく腕の中のハーマイオニーがブルブル震えている事に気付いて、ドラコへ頷いた。

ドラコたちが去ってすぐに、ダンブルドアが試合の中止を宣言した。各寮の生徒たちは寮ごとに固まって城へと移動した。

マクゴナガルとスネイプを伴って図書館前の廊下まで急いだダンブルドアは、その光景に一瞬立ち止まった。

向こう側が見えない程の分厚い氷の壁が立ち塞がり、その下からは廊下を覆いつかさんとばかりに氷の膜が這い出ている。

寒々しい空気にひとつ白い息を吐き出し、ダンブルドアは杖を氷の壁へ向けた。途端に彼の目の前の壁は人1人入れるくらいにくり抜かれ、脆くもガシャリと崩れた。

素早く穴から壁の内部へ入った彼らが見たのは、氷の床に目を見開いて横たわるメリルの姿だった。その両手には彼女の杖がしっかりと握られている。青い顔をしたマクゴナガルがメリルに駆け寄る中、スネイプが氷を踏み締めるジャリ、という音を、ダンブルドアの耳は確かに拾った。

「これまでの被害者と同じ状態です、アルバス」

メリルの全身を検分して厳しい表情になったミネルバが報告した。

「やはりそうか」

ダンブルドアは嘆息しながら応じた。

「……今回もマグル生まれを狙ってでしょうか」

ようやく口を開いたスネイプは、地を這う様な低音で言った。それへ頷きつつ、

「しかし、今回はパーシー・ウィーズリーも巻き込まれておる。狙いがマグル生まれとは限らん」

と応じた。

「この度巻き込まれた生徒たちは医務室じゃな?」

「ええ、そうです。心のケアもしなければなりませんから」

マクゴナガルの返答に、ダンブルドアは「分かった」と頷いた。

「メリルを運ばなければ。ミネルバ、頼めるかのう」

「もちろんです」

石になったメリルをミネルバが浮遊呪文で浮かせ、医務室へと連れて行った。残ったダンブルドアは、メリルの身体から離れた場所に残された跡に近付いた。

何かが這いずった様にも引き摺られた様にも見えるそれをジッとしばらく見つめ、ダンブルドアは無言で踵を返した。

「正体に、何か心当たりが?」

「ううむ……わしからはまだ話す事はできん」

その返答に、スネイプは目付きを険しくした。

少しでも判明している事があるなら共有して欲しいというのが、彼の表に出さない本音であった。他の人間ならいざ知らず、今回被害にあったのはメリルなのだ。

ダンブルドアはそのまま氷の壁の穴から外に出て行ってしまったため、スネイプも渋々それに続いた。そうして氷の内側に誰もいなくなってから、ダンブルドアは杖を向けて氷を溶かし、その後消し去ってしまった。

医務室の方向へ向かうダンブルドアの後ろを歩きながら、スネイプは拳を爪が食い込む程握り締めていた。

医務室では、パーシー、ペネロピー、それにハーマイオニーが並んだベッドに寝かされていた。彼らは何度もマダム・ポンフリーにどこも怪我していないと訴えたが、彼女は頑として聞き入れなかった。

「貴方たちには静かな休息が必要です」

そう言って。

メリルの身体が運ばれて来た時には、彼らのベッド周りにはカーテンが引かれた。石になったメリルを見てショックを受けないように、というマダムの判断だった。もちろん3人は物音で気付いたが、歳上のパーシーを中心に固まって息を潜めていた。

メリルの身体は、医務室の1番奥のベッドに安置された。もちろんその周りにはカーテンが引かれている。

ホグワーツは夕方6時以降談話室から出る事が禁止になった。また、授業に行く時もトイレに行く時も誰か教師が付き添うと決まった。クディッチの練習、試合並びにクラブ活動も禁止となった。

生徒たちは異を唱えなかった。少なくとも、表向きには。何せメリルを慕っていた子供たちは多く、彼ら彼女らは一様に意気消沈していたのだ。

同日の夜、ハグリッドが連れて行かれ──誰も理由を聞かされなかったが彼が犯人だからではないかという噂はすぐに広まった──、何とダンブルドアまでいなくなる事態となり、城内の空気は更に重くなった。

翌朝、無言のまま早めの朝食を医務室で食べた3人は、迎えに来たクィレルと共にそれぞれの寮へと戻った。レイブンクローに行った後にグリフィンドールへ向かったのだが、寮に入るなり質問しようと待ち受けていた生徒たちは何も言えなくなった。それ程、パーシーとハーマイオニーが酷い顔色をしていたのだ。静かに授業の準備をしに行く2人を見送った談話室は、重たい空気が充満していた。

「ハリー、ロン、ちょっと」

本日最初の授業である魔法史が始まる前、ビンズが来るまでの少しの間にハーマイオニーがハリーとロンの腕を小突いて囁いた。

「どうしたの?」

「何だよ」

「『秘密の部屋』の化け物の正体、私、分かったの」

「え!?」

思わず立ち上がったロンを、慌ててハーマイオニーがその腕を掴んで座らせた。その横でハリーは目を白黒させている。

「これを見て」

と、小声でハーマイオニーはちぎり取った古い本のページを2人に見せた。「バジリスク」と書かれたそれに、ロンが頬を引き攣らせる。続いて中身を読んだハリーも青い顔になった。

「『毒蛇の王』って書いてあるんだけど……」

「そうよ。だから、ハリーにしか声が聞こえなかった。それに蜘蛛よ、宿命の天敵だから蜘蛛が逃げて行ったんだわ」

「そういえばハグリッドも『蜘蛛を追え』って言ってた……」

「ハグリッド?貴方たち、まさか昨日……」

ハーマイオニーの眉がググッと寄ったのを見て、失言したロンをハリーが小突いた。

「そ、そんな事より、バジリスクは視線で人を殺すんだろ?でも、誰も死んでない」

ロンの言葉に、ハリーがハッとした顔になった。

「──誰も直接目を見ていないからだ。コリンはカメラを通して見た。バジリスクが中のフィルムを焼き切ったけど、コリンは石になっただけだ。ジャスティン──ジャスティンは『ほとんど首無しニック』を通して見たに違いない。ニックはまともに光線を浴びたけど、2回は死ねない……。ヴァレー先生は、先生は──」

「氷よ……先生は、氷を廊下中に張ったの。先生も化け物の正体が分かったんだわ。私たちを守るために氷の壁も……」

ハーマイオニーが辛そうに顔を歪めた。

「えっと、そ、それじゃ、ミセス・ノリスは?」

ロンがハーマイオニーの気を逸らすために急いで聞いた。「廊下の水だと思う」とハーマイオニーは呟いた。

「『嘆きのマートル』から水が溢れていたでしょう?ミセス・ノリスはそれに映った姿を見ただけ」

「そして」と彼女は続けた。

「バジリスクはパイプを使ってると思う。そうじゃなきゃ、大きな蛇が誰にも見つからずに移動できる筈が無いわ」

「『秘密の部屋』への入り口だ」

ロンの声が掠れている。

「もしトイレの中だったら?もし、あの──」

「──『嘆きのマートル』のトイレだったら……!」

ハリーが続け、ハーマイオニーも頷いた。

「これからどうする?」

「私としては先生に相談したいわ。できればマクゴナガル先生に──」

そうロンが目を輝かせて聞いてハーマイオニーが答えかけた時、折悪しくビンズが壁を通り抜けてやって来て授業が始まってしまった。

その後も上手く抜け出せる隙が無く──何せ常に誰かしら教師が付き添っているから──、午前中の授業が半ば終わった頃、ようやく機会がやって来た。次の呪文学への引率がロックハートだったのだ。

彼はこれまで何度も「危険は去った」と宣言してはたちまちそれが間違いだと証明されてきたのだが、今回は自信満々で、わざわざ生徒を引率するのは無駄だと思っているようだった。今日の朝こそいつもより静かだったが、今は普段通りに戻っている。

「私の言う事を良く聞いておきなさい」

生徒たちを曲がり角まで引率してきたロックハートが言った。その髪は昨晩の見回りのせいでいつもの様な輝きは無い。

「哀れにも石にされた人たちが最初に口にする言葉は『ハグリッドだった』です。ヴァレー先生もそう証言するでしょう。まったく、マクゴナガル先生が、まだこんな警戒措置が必要だと考えていらっしゃるのには驚きますね」

「その通りです、先生」

ハリーがそう言ったので、ロンは驚いて教科書を取り落としたし、ハーマイオニーも目を見開いてハリーの顔を凝視した。

「どうも、ハリー。つまり、私たち、先生というものは、色々やらなければならない事がありましてね。生徒を送ってクラスに連れて行ったり、一晩中見張りに立ったりしなくたって手一杯ですよ」

「その通りです」

ハーマイオニーがピンと来て上手く繋いだ。ハリーの狙いに気付いたロンも、同意する様に何度も頷いて言った。

「先生、引率はここまでにしてはいかがですか?あと1つだけ廊下を渡れば良いんですから」

「実は、ウィーズリー君、私もそうしようかと思う。戻って次の授業の準備をしないといけないんでね」

そう言い残して、ロックハートは足早に行ってしまった。

「授業の準備が聞いて呆れる。髪をカールしに、どうせそんなとこだろ」

「でも、あっちは闇の魔術に対する防衛術の教室じゃないよ」

他のグリフィンドール生を先に行かせながらロンが呟いたところへ、ハリーが不思議そうにロックハートが去った方向を見つめて首を傾げた。ハーマイオニーが階段を駆け下り始めながら溜息を吐いた。

「あっちは医務室があるわ。ヴァレー先生のお見舞いにでも行ったんじゃないかしら」

「何で先生のお見舞いに?」

ハーマイオニーに続いて階段を走るハリーとロンが訝しげに首を捻った。ハーマイオニーは走りながら肩を竦めるという器用な事をしてのけた。

「ロックハート先生ったら、4つお話をしたらその内の1つには必ずヴァレー先生が出てくるもの。このホグワーツの彼のファンの子で知らない人はいないわ」

「へぇーっ!」

ロンが感心した様な呆れた様な声を上げた。

「でも面会謝絶だよね?」

今までの被害者は全て面会謝絶になっている。メリルとて例外では無いだろう。「もちろんよ」とハーマイオニーは頷いた。

「マダム・ポンフリーに追い返されるだろうさ」

ロンが愉快そうにニヤリと笑った。その後は計画が上手く行った事を互いに称え合いながら走り、3人は職員室に辿り着いた。

入ると室内は無人で、黒っぽい多くの椅子が彼らを出迎えた。もうすぐ休憩時間だと彼らはベルが鳴るのを待っていたのだが、一向にそのベルが鳴らない。代わりに、マクゴナガルの声が魔法で拡声されて城中に響いた。

「生徒全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」

3人はサッと顔を見合わせた。

「また襲われたのか?今になって?」

「どうしよう?寮に戻ろうか?」

ハリーとロンが口々に言ったが、ハーマイオニーは職員室に鎮座しているクローゼットを指差した。

「あれよ。中に隠れましょう」

「うん、一体何が起こったのか聞こう。それから僕たちが発見した事を話そう」

3人が隠れてしばらくすると、職員室の扉がバタンと開いた。中に掛けられているマントたちの間から覗くと、教員たちが次々と部屋に入って来るのが見えた。やがて、マクゴナガルがやって来た。

「とうとう起こりました」

これ以上無い程厳しい顔でマクゴナガルが話し出した。

「生徒が1人、怪物に連れ去られました。『秘密の部屋』その物の中へです」

フリットウィックが思わず悲鳴を上げた。スプラウトは涙目になって口を手で覆った。

スネイプは椅子の背をギュッと握り締め、「何故そんなにはっきり言えるのかな?」と低く聞いた。

「『スリザリンの継承者』がまた伝言を書き残しました。最初に残された文字のすぐ下にです。『彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう』」

両手を前で白くなる程握り締めたマクゴナガルは、蒼白な顔で答えた。フリットウィックはついにワッと泣き出した。そうでなくとも、生徒たちが石になり、娘の様に可愛がってメリルまで被害にあって相当なショックを受けていたのだ。生徒が怪物に連れ去られたと聞いて、優しい彼が受けた衝撃は計り知れない。

「誰ですか?」

腰が抜けた様に椅子にへたり込んだマダム・フーチが聞いた。

「どの子ですか?」

「ジニー・ウィーズリー」

「あぁ……」とスプラウトが嘆いた。

ハリーは隣でロンが声も無くヘナヘナと崩れ落ちるのを感じた。反対側のハーマイオニーの震えも伝わってくる。

「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません。ホグワーツはこれでお終いです。ダンブルドアはいつも仰っていた……」

マクゴナガルが言い掛けた時、職員室の扉が再度バタンと開いた。3人がドキリとして出入口を見たが、現れたのはロックハートだった。しかもニッコリ微笑んでいる。

「大変失礼しました──ついウトウトと──何か聞き逃してしまいましたか?」

教員全員が、凄まじく刺々しい目付きでロックハートを見ている事にも気付いていないらしい。険しい雰囲気の中、スネイプが1歩進み出た。

「何と、適任者が」

これでもかと眉間に皺を寄せたスネイプが、意地悪く口の端を仄かに吊り上げた。

「まさに適任だ。ロックハート、女子学生が怪物に拉致された。『秘密の部屋』その物に連れ去られた。いよいよ貴方の出番が来ましたぞ」

ロックハートの顔から見る間に血の気が引いた。

「その通りだわ、ギルデロイ。今朝でしたね、確か、『秘密の部屋』への入り口かどこにあるか、とっくに知っていると仰ったのは?」

スプラウトが固い表情で口を挟んだ。

「私は──その、私は──」

ロックハートは何とか言葉を発しようとしていたが、意味の分かる文にはならなかった。

「そうですとも。『部屋』の中に何がいるか知っていると、自信たっぷりに私に話しませんでしたか?」

鼻をかんで涙を拭いたフリットウィックが追撃した。

「い、言いましたか?覚えていませんが……」

「我輩は確かに覚えておりますぞ。ハグリッドが捕まる前に、自分が怪物と対決するチャンスが無かったのは残念だとか仰いましたな。それにそう、自分がいればメリルは無事だったと」

これ以上無い程凍てついた声音でスネイプが続けた。

「何もかも不手際だった、最初から、自分の好きな様にやらせてもらうべきだったとか?」

ロックハートは石の様に冷たい先生方の顔をオロオロと見渡した。

「私は……何もそんな……貴方の誤解では……」

「それでは、ギルデロイ、貴方にお任せしましょう」

マクゴナガルがキッパリ言った。

「今夜こそ絶好のチャンスでしょう。誰にも貴方の邪魔はさせはしませんとも。おひとりで怪物と取り組む事ができますよ。お望み通りお好きなように」

ロックハートは絶望的な目で室内を見渡したが、誰も助け舟を出そうとしなかった。クィレルでさえも、困った顔をしながらも何も言わなかった。

「よ、よろしい。へ、部屋に戻って、し──支度をします」

唇をワナワナ震わせてそう言って、ロックハートは出て行った。

「さてと」とマクゴナガルが鼻を膨らませて言った。

「これで厄介払いができました。寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったかを知らせてください。明日一番のホグワーツ特急で生徒を帰宅させる、と仰ってください。他の先生方は、生徒が1人たりとも寮の外に残っていないよう見回ってください」

教員は1人、また1人と立ち上がり、静かに職員室を出て行った。

ハリーたち3人は黙ったまま寮の談話室に戻った。誰も何も言えなかった。途中すれ違ったドラコが「無事で良かった」とハーマイオニーに言って、彼女が「ありがとう」と返しただけだった。

ロン、フレッド、ジョージと共にハリーとハーマイオニーは談話室の片隅に腰掛け、互いに押し黙っていた。パーシーは自分たちの両親にふくろう便を飛ばしに行った後、自分の部屋に閉じこもってしまった。

沈み込むウィーズリー兄弟にグリフィンドール生は何も声を掛けられなくて、混み合っているのに恐ろしい程静かだった。

日没近くになって、じっとしている事ができなくなった双子が自分たちの部屋へ上がって行った。

「……ジニーは何か知っていたんだよ」

3人になって、ようやくロンが職員室から戻って来て初めて口を開いた。

「だから連れて行かれたんだ。大広間で言ってた様な、パーシーの馬鹿馬鹿しい何かの話じゃなかったんだ。何か『秘密の部屋』に関する事を見つけたんだ。きっとそのせいでジニーは──」

呟いたロンは激しく目を擦った。ハーマイオニーがハンカチを差し出し、それを受け取ったロンはそのハンカチでもう一度目を擦った。

「だって、ジニーは純血だ。他に理由がある筈無い」

また沈黙が降りた。誰もそれが間違いだとも正解だとも言えなかった。

「ハリー、ハーマイオニー」

ロンがボソボソと2人の名前を呼んだ。

「ほんの僅かでも可能性があるだろうか。つまり──ジニーがまだ──」

ロンの言葉は、尻すぼみに消えて行った。ハーマイオニーでさえ、何と答えて良いか分からなかった。何と言えば、ロンがショックを受けないか到底思い付かなかったのだ。

「そうだ!ロックハートに会いに行くべきじゃないかな?僕たちの知っている事を教えてやるんだ。ロックハートは何とかして『秘密の部屋』に入ろうとしているんだ。それがどこにあるか、僕たちの考えを話して、バジリスクがそこにいるって、教えてあげよう」

「……そうね」

他に良い考えも思い付かなかったし、とにかく何かしたい思いで2人はロンの考えに賛成した。談話室にいる寮生誰もがすっかり落ち込み、3人が立ち上がっても止める人はいなかったし、3人が談話室を横切って肖像画の出入口から出て行くのを、誰も止めはしなかった。

ロックハートの部屋に向かって早足で歩く内に、辺りが闇に包まれ始めた。彼の部屋の中は取り込み中らしく、様々な音に加えて慌ただしい足音が扉から漏れ出ていた。

ハリーがノックすると、室内は急に静かになった。それから扉がほんの少しだけ開き、ロックハートの目が覗いたり

「あぁ……ポッター君……ウィーズリー君……それにMiss.グレンジャー……」

扉はまたほんの僅か開いた。

「私は今、少々取り込み中なので、急いでくれると……」

「先生、僕たち、お知らせしたい事があるんです。先生のお役に立つと思うんです」

ハリーが言った。しかし、ロックハートは喜ぶどころか、逆に非常に迷惑そうだった。

「あー──いや──今はあまり都合が──つまり──いや──良いでしょう」

一瞬忙しなく眼球を左右に動かしたロックハートは、結局扉を開けて3人を中へ通した。

部屋の中はほとんど全て片付けられていて、3人は驚いた。

「どこかへいらっしゃるのですか?」

ハリーが聞いた。

「うー、あー、そう」

ロックハートは扉の裏側から等身大の自分のポスターを剥ぎ取り、それを丸めながら喋った。

「緊急に呼び出されて……仕方無く……行かなければ……」

「僕の妹はどうなるんですか?」

ロンが愕然として言った。

「そう、その事だが──全く気の毒な事だ」

「先生は見捨てるって言うんですか?まさか」

ハーマイオニーが信じられないとばかりに悲痛な声で言った。

「誰よりも私が一番残念に思っている──」

「『闇の魔術に対する防衛術』の先生じゃありませんか!」

ついに我慢ならなくなったハリーが声を荒らげた。

「こんな時にここから出て行けないでしょう!これだけ闇の魔術がここで起こっているというのに!」

「いや、しかしですね……私がこの仕事を引き受けた時は……」

ロックハートは今度は靴下をトランクに入った煌びやかなローブの上に積み上げながら、モソモソ言った。

「職務内容には何も……こんな事は予想だに……」

「先生、ヴァレー先生も置いて行くんですか?石になってしまったのに?」

ハーマイオニーの言葉に、ロックハートはビクリと肩を震わせたが、「私とて……ええ、置いて行きたい訳では……」と口の中でモゴモゴと言った。

「先生、逃げ出すって仰ってるんですか?本に書いてあるように、あんなに色々な事をなさった先生が?」

「本は誤解を招く」

ロックハートは顔を背けて微妙な言い方をした。

「ご自分で書かれたのに!」

ハリーが叫んだ。

「まあまあ坊や」

ロックハートは背筋を伸ばし、顔を顰めてハリーを見た。

「ちょっと考えれば分かる事だ。私の本があんなに売れるのは、中に書かれている事を全部私がやったと思うからでね。もしアルメニアの醜い魔法戦士の話だったら、例え狼男から村を救ったのがその人でも、本は半分も売れなかった筈です。本人が表紙を飾ったら、とても見られた物じゃない。ファッション感覚ゼロだ。要するに、そんな物ですよ……」

「それじゃ、先生は、他の沢山の人たちがやった仕事を、自分の手柄になさったんですか?」

ハリーは愕然として言った。あまりの事に、ハーマイオニーもロンも絶句していた。

「ハリーよ、ハリー。そんなに単純な物ではない。仕事はしましたよ。まずそういう人たちを探し出す。どうやって仕事をやり遂げたのかを聞き出す。それから『忘却術』をかける。すると、その人たちは自分がやった仕事の事を忘れる。私が自慢できる物があるとすれば、『忘却術』ですね。ハリー、大変な仕事ですよ。本にサインしたり、広告写真を撮ったりすれば済む訳ではないんですよ。有名になりたければ、倦まず弛まず、長く辛い道のりを歩む覚悟かま要る」

焦れったそうに首を横に振ったロックハートはそう言って、トランクを全部バチンと締めて鍵を掛けた。

「さてと。これで全部でしょう。いや、1つだけ残っている」

ロックハートは杖を取り出し、呆然としている3人に向けた。

「皆さんには気の毒ですがね、『忘却術』をかけさせてもらいますよ。私の秘密をペラペラそこら中で喋ったりされたら、もう本が1冊も売れなくなりますからね……」

ハリーは急いで自分の杖に手を掛けた。ロックハートの杖が振り上げられる直前、間一髪大声で呪文が唱えられた。

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

ロックハートは後ろに吹っ飛んで、床のトランクに足を掬われてその上に倒れた。彼の杖は空中をくるくると舞い、それをロンがキャッチして素早く窓から外に放り投げた。

「信じられない!私ったら、何て見る目が無いの!」

「いや、君はサイコーだよ、ハーマイオニー……」

武装解除の呪文を唱えた張本人であるハーマイオニーは、ロックハートに杖を突き付けたまま思いっきり顔を顰めていた。ロンは控え目に彼女を褒めたが、ハーマイオニーはフンッと拗ねた様に鼻息を吐いただけだった。

「スネイプ先生にこの術を教えさせたのが、間違いでしたね」

一方、ハリーも激しい口調で杖を突き付けたまま吐き捨てた。ロックハートはまた弱々しい表情に戻って、子供たちを見上げていた。

「私に何をしろと言うのかね?」

トランクに尻もちをつきながら、ロックハートが力無く言った。

「『秘密の部屋』がどこにあるかも知らない。私には何もできない。愛する女性1人守れないんだからね」

「先生が見捨てたんでしょう」

ハーマイオニーの追撃に、ロックハートは少し傷ついた様に瞳を揺らした。それを気に掛けず、ハリーは彼に杖を突き付けて立たせた。

「運の良い人だ。僕たちはそのありかを知っていると思う。中に何がいるかも。さあ、行こう」

ロックハートを追い立てる様に部屋を出て、一行は「嘆きのマートル」の女子トイレに辿り着いた。まずロックハートを先に中に入らせ、3人はその後に続いた。

「嘆きのマートル」は一番奥の個室の水槽に座っていた。

「アラ、あんただったの」

ハリーを見るなりマートルが言った。

「今度は何の用?」

「君が死んだ時の様子を聞きたいんだ」

刺激しない様に遠慮がちにハリーが聞くと、マートルはたちまち誇らしげな顔になった。

彼女は愉快そうに自分の最期を語って聞かせた。それを聞かれるのが嬉しくて堪らない、といった風だった。

マートルがどこで黄色い目玉を見たのかハリーが問い掛けると、「あの辺り」と彼女は手洗い台の付近を漠然と指差した。

その場所にハリーとロンは急いで駆け寄った。ロックハートは顔中に恐怖の色を浮かべて、ハーマイオニーに杖を突き付けられながら後ろの方に下がっていた。

2人は普通の手洗い台に見えるそれを隅々まで調べた。そうして発見した。銅製の蛇口の脇の所に、引っ掻いた様な小さな蛇の形が彫ってあるのを。

「その蛇口、壊れっぱなしよ」

ハリーが蛇口を捻ろうとすると、マートルが機嫌良く言った。

「ハリー、蛇語よ、何か言ってみて」

ハーマイオニーの提案に、ハリーはコクリと頷いてじっと小さな彫物を見つめてから口を開いた。

「開け」

「ダメだ、普通の言葉だよ」

ロンが首を横に振り、ハリーはもう一度小さな蛇を見つめた。

その後少年の口から出てきたのは奇妙なシューシューという音だった。

「やった!」

ロンがパッと顔を明るくさせると、蛇口が眩しい程の白い光を放ち、回り始めた。手洗い台が沈み込み、見る見る内に消え去った後に、太いパイプが剥き出しになった。

その場にいる全員が固唾を飲んで、手洗い台の変化を見守っていた。それが何なのか、言わずとも皆が分かっていた。

「僕はここを降りて行く」

ハリーが決意を込めて力強く言った。

「僕も行く」

「私も」

ロンとハーマイオニーがすぐに続いた。

一瞬の空白があり、「さて、私はほとんど必要無いようですね」とロックハートがほぼ失敗している、引き攣った笑いを浮かべた。

「私はこれで──」

「そうはさせないわ」

そそくさと身を翻そうとしたロックハートに、今度は3人全員が上を向けた。

「先に降りるんだ」

ロンが凄んだ。その迫力と杖に怖気づき、ロックハートは顔面蒼白でパイプの入り口に近付いた。

「君たち、ねえ、君たち、それが何の役に立つというんだね?」

ジワジワとしか足を進めないロックハートに焦れたハリーが、彼の背中を杖で小突いた。それでようやく、ロックハートは足をパイプに滑り込ませた。

「本当に何の役にも、」

痺れを切らしたロンが思いっきりロックハートを押したので、彼は言葉の途中で滑り落ちて行った。

「信じられない!何十年も掃除されていなさそうですね」

底についたらしいロックハートの嘆きが聞こえてきてから、3人はパイプを滑り落ちた。

ハリーたちが順番に底に着陸した時には、全身ベトベトのロックハートが少し離れた場所でゴーストの様な白い顔で立っていた。

「ルーモス 光よ!」

ハリーが杖先に明かりを灯し、彼を先頭にしてハーマイオニー、ロックハート、ロンの順で真っ暗闇のトンネルを歩き出した。

じきに、4人は巨大な蛇の抜け殻を発見した。ハリーとハーマイオニーがジリジリと近寄ってそれを見た。毒々しい鮮やかな緑色の皮が、トンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。抜け殻から推測される蛇の大きさは、ゆうに6メートル以上あるだろう。

「なんてこった」

思わずという風に、ロンが力無く呟いた。ビシャッと水音が大きく鳴った。ロックハートが腰を抜かしていた。

「立て」

ロンがロックハートに杖を向け、きつい口調で言った。ロックハートはヨロヨロとたちあがり、ロンに跳び掛かって床に押し倒した。

「「ロン!」」

ロックハートが肩で息をしながら立ち上がった。その手には何とか補強されたのロンの杖が握られている。

「皆さん、お遊びはこれでお終いだ!私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅過ぎたと皆に言おう。君たちはズタズタになった無惨な死体を見て、哀れにも気が狂ったと言おう。さあ、記憶に別れを告げるがいい!」

輝く様な歪な笑みでそう言ったロックハートは、ロンの杖を頭上にかざした。その瞬間。

「エクスペリアームズ 武器よ去れ!」

一瞬早くハーマイオニーの武装解除呪文が炸裂し、ロックハートはいつかの決闘クラブと同じ様に真後ろに吹っ飛んだ。その手から離れた杖を、何とかロンがキャッチした。

「インカーセラス 縛れ!」

ハーマイオニーが容赦無く魔法でロックハートを縛り上げている間に、トンネルの天井から大きな岩の塊が轟音を上げて崩れ落ちてきた。ハリーは何とか頭を覆って逃げたが、ロンやハーマイオニーとは分断されてしまった。

「ロン!ハーマイオニー!大丈夫!?」

ハリーは慌てて岩石に張り付いて声を張り上げた。

「ここだよ!僕たちは無事だ!」

岩の壁の向こうから、ロンが叫び返した。

「ロックハートもハーマイオニーが縛った。でも、どうする?こっちからは行けないよ。2人でやっても時間が掛かっちゃう」

ロンの必死な声に、ハリーはもう迷わなかった。道は1つしか残されていないのだ。

「そこで待ってて」

ハリーはロンとハーマイオニーに呼び掛けた。

「ロックハートと一緒に待っていて。僕が先に進む。1時間経って戻らなかったら……」

物言いたげな沈黙が落ちた。

「僕たちは少しでもここの岩石を崩してみるよ。そうすれば君が──君たちが帰りにここを通れるだろ。だから、ハリー──」

ロンが懸命に落ち着いた声を出そうとしているのが、ヒシヒシとハリーには伝わってきた。

「それじゃ、また後でね」

ハリーは声が震えないように必死に言った。そうしてハリーは、ひとりで向こう側へ行ってしまった。

ハーマイオニーとロンが岩石の壁を手で切り崩し始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。最初は何とか逃れようと猫撫で声で宥めてきたロックハートも、大人しく床に転がっている。何とかロンの身長の半分程の大きさの穴は開けられたが、さすがに疲弊しきった2人は岩に腰掛けて休んでいた。

無言のトンネルに、不意に不思議な旋律が響き始めた。ハッとした顔になった2人は立ち上がり、音楽が聞こえてきた方向をジッと見つめた。その音はどんどんと近付いて来て、ついには目の前に迫った。

「ダンブルドア先生の不死鳥だわ!」

「やった!」

ハーマイオニーの歓声に、ロンも喜びの声を上げた。そんな2人を一瞬見て、不死鳥はそのまま彼らの空けた穴に飛び込んだ。

急いでハーマイオニーとロンはその後を追って穴を覗いた。不死鳥は深紅の翼を羽ばたかせながら、一直線にどこかへと飛び去った。

「きっとダンブルドア先生が寄越してくれたんだよ!ハリーを助けに行くんだ!」

「もう大丈夫ね!」

思わず2人抱き合って喜び、ハッとなってオズオズと身体を離した。そしてこの騒ぎでも一言も発しないロックハートがさすがに心配になって様子を見に行った──彼は縛り上げられたままトンネルの隅に転がされていた──のだが、その心配は杞憂だった。ロックハートは呑気にも寝息を立てていたのだ。

これには、ロンもハーマイオニーも心底呆れた。

「信じられない。こんな状況で寝るなんて」

「度胸だけは本の通りだな」

ロンの言い草に、思わずハーマイオニーは吹き出した。やっと張り詰めた空気が緩んだ瞬間だった。

しばらく2人で岩石を動かしながら待っていると、遠くの方から声が聞こえた。ハリーだ。

「ロン!ジニーは無事だ!ここにいるよ!」

ロンは、思いの丈を込めて叫んだ。安堵と、歓喜と、それから色々な感情が、彼の中で爆発した。ハーマイオニーもすでに泣きそうになっている。

大きく開けた隙間から初めに引っ張り込んだジニーを、ロンは思い切り抱き締めた。温かい。普段は素っ気なくしているが、大事なたった1人の妹なのだ。ジニーはしゃくりを上げながらロンの腕に収まっていた。

ジニーが少し落ち着くのを待って、ハリーの肩に止まっていた不死鳥に促されて、ハリーがその尾羽を、その後ろにジニー、ロン、ロックハート、ハーマイオニーの順に捕まって飛行した。ロックハートは縛られた状態のため、かれの腕を両側からロンとハーマイオニーが掴んでいた。

素晴らしい飛行体験は呆気なく終わり、5人は「嘆きのマートル」のトイレに着地した。皆が土埃やら汚れやらを叩き落としている間に、パイプがスルスルと元の位置に戻っていった。

マートルがジロジロと5人を見た。

「生きてるの」

彼女はポカンとしてハリーに言った。

「そんなにガッカリした声を出さなくても良いじゃないか」

ハリーは、眼鏡に着いた血やベトベトを拭いながら真顔で言った。

「あぁ……私、ちょうど考えてたの。もしあんたか死んだら、私のトイレに一緒に住んでもらったら嬉しいって」

マートルは青白い頬をポッと銀色に染めた。

トイレから出て真っ暗な廊下に出た時、ロンが「ウヘー!」と顔を顰めて舌を出した。

「ハリー、マートルは君に熱を上げてるぜ!ジニー、ライバルだ!」

しかし、ジニーは声を立てずに、まだボロボロと涙を流していた。

「さあ、どこへ行く?」

そんな妹を心配そうに見ながら、ロンが言った。ハリーは指で示した。

不死鳥が金色の光を放って、廊下を先導していた。皆急ぎ足でそれに従った。あのロックハートでさえ無言だった。間もなく、マクゴナガルの部屋の前に出た。

一行を代表して、ハリーがノックして、重い扉を押し開いた。

泥だらけの子供たちが──特にハリーは血みどろだった──扉の向こうから現れた事で、室内は時が止まった様になってしまった。

「ジニー!」

モリー・ウィーズリーの叫びで、室内にいた人間が皆我に返った。暖炉の前で泣き続けていた彼女は、一目散にジニーに駆け寄った。アーサー・ウィーズリーもすぐさま続き、2人はジニーを思い切り抱き締めた。

ハリー、ロン、そしてハーマイオニーは、その向こうのマクゴナガルと、その横にニッコリ微笑んで立つダンブルドアを見ていた。マクゴナガルが深呼吸をして落ち着こうとしている間に、不死鳥はスイッと飛んでダンブルドアの肩に止まった。それと同時に、ハリーたち3人はモリーにきつく抱き締められた。

「貴方たちがあの子を助けてくれた!あの子の命を!どうやって助けたの?」

「私たち全員がそれを知りたいと思っていますよ」

何とか呼吸を整えたマクゴナガルがポツリと呟いた。もう一度大きく息を吸った彼女は「その前に」と続けた。

「念の為、監視の目がある所で大人しくしておいてもらいましょう」

マクゴナガルが子供たちの後ろまで歩いて行って、できるだけ小さく縮こまっていたロックハートの腕を掴んで暖炉の側まで連れて行った。モリーの息を呑む音が室内に響いた。

モリーの抱擁から開放されたハリーは、不死鳥が持って来た「組み分け帽子」とそこから現れたルビーのちりばめられた剣、それにトム・リドルの日記の残骸をデスクの上に置いた。それから彼は、事の一部始終を語り始めた。時に、ハーマイオニーやロンがその補足をした。

「そうでしたか」

マクゴナガルが、話の切れ目で静かに相槌を打った。

「3人で入り口を見つけた訳ですね──その間、約100の校則を粉々に破ったと言っておきましょう──でもポッター、一体全体どうやって、全員生きてその部屋を出られたというのですか?」

ハリーは話を続けた。しかししばらく喋って、不意に彼は言葉を途切れさせた。未だボロボロと涙を流し続けるジニーを見て、ハリーは次にダンブルドアを見た。ジニーがどうなるのか、彼女がトム・リドルに操られたとどう証明したら良いのか不安になったのだ。

ダンブルドアは、ハリーの心中を見透かした様に微笑んだ。

「わしが1番興味があるのは」

とダンブルドアは優しく話し始めた。

「ヴォルデモート卿が、どうやってジニーに魔法をかけたかという事じゃな。わしの個人的情報によれば、ヴォルデモートは、現在アルバニアの森に隠れているらしいが」

ダンブルドアの言葉に、アーサーが素っ頓狂な声を上げた。

「な、何ですって?『例のあの人』が?ジニーに、ま、魔法をかけたと?でも、ジニーはそんな……ジニーはこれまでそんな……それとも本当に?」

「この日記だったんです」

ハリーは急いでそう言って、ダンブルドアに日記を見せた。

「リドルは16歳の時に、これを書きました」

ダンブルドアは慎重に日記を受け取り、焼け焦げ、ブヨブヨになったページを熱心に眺め回した。

「見事じゃ。確かに、彼はホグワーツ始まって以来、最高の秀才だったと言えるじゃろう」

そしてダンブルドアは、話に着いていけていないウィーズリー一家の方に向き直った。

「ヴォルデモート卿が、かつてトム・リドルと呼ばれていた事を知る者は、ほとんどいない。わし自身、50年前、ホグワーツでトムを教えた。卒業後、トムは消えてしまった……遠くへ。そしてあちこちへ旅をした……闇の魔術にどっぷりと沈み込み、魔法界で最も好ましからざる者たちと交わり、危険な変身を何度も経て、ヴォルデモート卿として再び姿を現した時には、昔の面影は全く無かった。あの聡明でハンサムな男の子、かつてここで首席だった子を、ヴォルデモート卿と結び付けて考える者は、ほとんどいなかった」

「でも、ジニーが、うちのジニーが、その──その人と──何の関係が?」

「その人の、に、日記なの!」

モリーがようよう絞り出した問いに、ジニーがしゃくり上げながら答えた。

「あたし、いつもその日記に、か、書いていたの。そしたら、その人が、あたしに今学期中ずっと、返事をくれたの──」

アーサーは目を見開いて仰天した。

「ジニー!パパはお前に、何にも教えてなかったというのかい?パパがいつも言ってただろう?脳みそがどこにあるか見えないのに、1人で勝手に考える事ができる物は信用しちゃいけないって、教えただろう?どうして日記をパパかママに見せなかったの?そんな妖しげな物は、闇の魔術が詰まっている事はハッキリしているのに!」

「あたし、し、知らなかった。ママが準備してくれた本の中にこれがあったの。あたし、誰かがそこに置いて行って、すっかり忘れてしまったんだろうって、そ、そう思った……」

ジニーはまたもしゃくり上げたが、何とか喋っていた。そんな彼女の話を、ダンブルドアはキッパリとした口調で中断した。

「Miss.ウィーズリーはすぐに医務室に行きなさい。苛酷な試練じゃったろう。処罰は無し。もっと歳上の、もっと賢い魔法使いでさえ、ヴォルデモート卿に誑かされてきたのじゃ」

ダンブルドアはツカツカと扉まで歩いて行って、それを開けた。

「安静にして、それに、熱い湯気の出る様なココアをマグカップ1杯飲むが良い。わしはいつもそれで元気が出る」

ダンブルドアは、水色のキラキラ輝く目で優しくジニーを見下ろしていた。

「マダム・ポンフリーはまだ起きておる。きっとすぐに、ココアを用意してくれることじゃろう」

モリーとアーサーはまだ動揺が収まらない様子ではあったが、ジニーを連れて出て行った。

「のう、ミネルバ」

ダンブルドアは、今度はマクゴナガルに向けて考え深げに話し掛けた。

「これは1つ、盛大に祝宴を催す価値があると思うんじゃが。もちろんバジリスクの犠牲者たちが目覚めてからじゃが、ポモーナの話じゃと標準以上にマンドレイクの成長が早く、もうすぐ収穫できるとの事じゃ。キッチンに宴の準備を知らせに行ってはくれまいか?」

「分かりました」

すっかり動揺から立ち直ったマクゴナガルは、キビキビと答えてから扉の方へ向かった。

「生徒たちとギルデロイの処置は先生にお任せしてよろしいですね?」

「もちろんじゃ」

ダンブルドアが頷いたのを確認し、マクゴナガルは部屋を出た。

「処置」という単語に不安になった3人は、ソロリとダンブルドアを見上げた。

「わしの記憶では、ハリーとロンがこれ以上校則を破ったら、2人を退校処分にせざるをえないと言いましたな」

ダンブルドアの言葉に、聞いていないとハーマイオニーが抗議の目で少年2人を見た。ロンはその視線に気付く余裕など無く、恐怖で口がパクリと開いた。

「どうやら誰にでも誤ちはあるものじゃな。わしも前言撤回じゃ」

ダンブルドアはニッコリと微笑んでいる。

「3人とも『ホグワーツ功労賞』が授与される。それに──そうじゃな──ウム、1人につき200点ずつグリフィンドールに与えよう」

3人の顔がこれ以上無い程輝いた。ロンの口も閉じた。

「しかし1人だけ、この危険な冒険の自分の役割について、恐ろしく物静かな人がいるようじゃ」

傍らのロックハートの方を向き、ダンブルドアは続けた。

「ギルデロイ、随分と控え目じゃな。どうした?」

ロックハートは項垂れていた顔をようやくソロソロと上げた。そうしてキョロキョロと周りを見渡して、自分が本当に発言権を得たのか念入りに確認した。

「ええ──まあ、その──私としては──私は何と役立たずな事かと──」

何とも意味を掴みかねる言葉を重ねるロックハートに焦れたロンが、「ダンブルドア先生」と口を挟んだ。

「ロックハート先生は、自分の部屋でも『秘密の部屋』でもハーマイオニーにやられちゃって、落ち込んでるんです」

「なんと」

ダンブルドアが目を少し見開いてロックハートの全身を上から下まで見た。

「ハーマイオニーが倒した、と?」

「ちょっと杖を飛ばして縄で縛っただけです、先生」

ハーマイオニーが照れた様に付け加えるのを、ダンブルドアは感心した様に頷きながら聞いていた。

「素晴らしい勇気じゃ。念の為、ロックハート先生も医務室に連れて行ってくれんかね?わしはハリーとちょっと話したい事がある……」

ロンとハーマイオニーは素直に頷き、ロックハートに前を歩かせて部屋を出た。

暗い廊下を3人で歩いていると、ロックハートが不意に呟いた。

「……Miss.グレンジャー、私を軽蔑しましたか?」

「軽蔑というか、ガッカリしました」

ハッキリと言ったハーマイオニーに、ロンはさすがに驚いた顔をした。あんなに入れあげてたのに。

「そうですよね……私は──そう、所詮何者にもなれない……」

ロックハートのあまりの落差に、ロンは本当に同一人物かと目を何度も擦った。輝いていないだけで、一応本人の見た目だった。

「彼女は結局私を見なかった……色々手を尽くしましたが──」

トボトボと歩く少し丸まった背中を、たまらずハーマイオニーが小突いた。ロックハートはたたらを踏んで、ちょっぴり傷ついた様な顔で振り返った。

「何をするんです」

「ロックハート先生は、ヴァレー先生とちゃんと真面目に向き合った事あるんですか?ヴァレー先生は、真剣にぶつかってきた人を無碍にする人じゃないと思います」

「そう、ですか……」

ハーマイオニーの言葉に、ロックハートが何とも言えない顔になり、それから一行は黙って医務室に向かった。

医務室には、ココアの甘い良い匂いが充満していた。ジニーだけでなく、モリーやアーサーもマダム・ポンフリーからココアを貰っていた。

「あらあら、今度は貴方たちもですか?空いてるベッドに腰掛けてちょっとお待ちなさいね」

3人が何か言う前に、マダム・ポンフリーはさっさとココアを準備しに奥へ行ってしまった。

ロンとハーマイオニーは、ジニーたちが座っているベッドの向かいのベッドに座った。ロックハートはさすがに遠慮したのか、少し離れたベッドに腰掛けた。

ハリーの話の中でロックハートがこれまでしてきた事を知ったウィーズリー夫妻は、非難の目でチラリと彼を見たが、ショックを受けている娘の手前、何も言わなかった。

皆が無言でココアを飲んだ。空になったコップは、ホグワーツの屋敷しもべ妖精が魔法で回収したため自然と消えた。

マダム・ポンフリーはジニー、ロン、ハーマイオニー、ロックハートの順に診察した。誰もが医務室に来た時にすぐにマダムの魔法で泥や汚れを綺麗にしてもらっていたため、診察も擦り傷などのちょっとした処置もすぐに終わった。

「マダム・ポンフリー、少しお願いが」

打撲の手当が終わったロックハートが、ボソリと呟いた。

「何ですか?」

「……メリルの、お見舞いをしたいのですが、許可をくださいますか?」

マダムはしばし沈黙し、彼女の付き添いの上でならと許可を出した。ウィーズリー夫妻と子供たちが息を殺して見守る中、ロックハートはマダム・ポンフリーと共に1番奥のカーテンの中に入った。

石になって硬直した状態のメリルを、この時ロックハートは初めて見た。透き通る様な濃紺の瞳には光が無く、その肌は血の気が引いて真っ白だった。彼女のいつも輝いていた金の髪も力無くベッドに広がり、何より生き生きと煌めいていたメリルの表情が生気無く固まっていて、ロックハートは酷い衝撃を受けた。ベッド脇で固まった彼を、マダム・ポンフリーは同情する様な目で見た。

何とかヨロヨロとベッドの側まで近寄ったロックハートは、そこでようやくサイドテーブルに飾られたひと鉢のベゴニアに気付いた。

「これは……一体どなたが……?」

「セブルスです。朝早くにそれだけ置いて行きました」

「そうですか……」

ロックハートは観念した様にガックリと項垂れた。

結局は彼に敵わない。どれだけ目立っても、彼女は常に彼だけを見ていて、自分の事など全く顧みる事は無かった。在学中も、今も。そうしてそれは少なくとも今は、彼も。

それを見せつけられた様な気分だった。最初から、勝ち目の無い戦いをしている様な、決して壊せない壁に突撃した様な惨めな気分をロックハートは味わったのだった。

ロックハートは静かにカーテンの仕切りの中から出て来て、元のベッドに座った。誰も彼に声を掛ける事は無かった。

この日、医務室に訪れた全員がそこで1泊し、ウィーズリー夫妻は朝食前に帰って行った。子供たちは朝食の後寮に戻り、ロックハートは処遇が決まるまで自室でしばらく謹慎する事になった。見張りはクィレルを始めとする手が空いた教員が交代で引き受ける事となった。ロックハートの所業は「秘密」という事になり──もちろんホグワーツでの「秘密」は全校生徒が知っているという事だ──、授業はクィレルが内容を変更して行った。

ちなみに、ロンによって窓から放り投げられたロックハートの杖は、ホグワーツの屋敷しもべ妖精の捜索のお陰で発見され、ダンブルドア預かりとなった。

「秘密の部屋」事件から数日経たない内に、スプラウトがマンドレイクの収穫を嬉しそうに報告し、すぐにスネイプが魔法薬の調合に取り掛かった。その日、魔法薬学の授業は全て自習になったが、誰もサボる事無く──あのウィーズリーの双子でさえも!──、課題をしたり予習をしたりと何かしら勉学に励んでいた。

夕方、ようやく調合が終わったと生徒の間で急速に情報が共有された。夕食には被害者たちが戻って来るのではないか、とそれぞれの寮で密やかに歓声が上がっていた。

ロックハートはそっと胸を撫で下ろし、同じ部屋で見張りをしていたクィレルは「良かったですね」と控え目に微笑んだ。

城中が、この事件の完全な終息を待ち侘びていた。




ベゴニアの花言葉「幸福な日々」「片想い」「愛の告白」

22話目です。

初めての第三者視点でお送り致します。正直第三者視点は現在ほとんど書いていないので、皆さんが読みやすいかとても不安です。原作よりも心情描写をあえて減らして、テンポを優先して物語を進めました。読みにくくはないでしょうか?大丈夫ですか……?

ハーマイオニーを助けた意味、そしてロックハートを忘却させなかった意味がある物語になっていれば幸いです。今後も彼には登場してもらう予定です。
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