百合の影から覗いて   作:細雨

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村雨が連れて来るもの〜アズカバンの囚人篇〜

相変わらず明るい男がホグワーツに舞い戻ってきたのは、夏休みもその終盤に突入する少し前の事だった。

「何故貴様がここにいる」

底辺を這うような不機嫌丸出しの声でセブルスがそう問い詰めた。その眉は限界まで寄っており、目付きは今まで見た中でも最上級に凶悪だ。

それを真正面から受け止めて尚、男──ギルデロイ・ロックハートはニッコリと微笑んだ。

「魔法省から子供達のカウンセラー役として出向を命じられましてね。それも何とホグワーツに!ダンブルドアは乗り気で了承したそうですよ」

「ほう?」

昼食前の大広間の穏やかな空気を冷たくしつつ、セブルスはギラッと横目でダンブルドア先生を睨んだ。先生は余裕の貫禄でニコニコと楽しそうに笑っているだけだったが。

兎にも角にも、昼食の時間だ。いつまでも言い合いをしている訳にはいかないだろう。

私はセブルスの隣でコホン、わざとらしく咳払いをした。

「アー、セブルス?そろそろ昼食の時間じゃないかしら?屋敷しもべ妖精たちも合図を待っているでしょうし、先生方もお待たせしてしまうわ」

「………………チッ」

「セブルス?」

今舌打ちしたわね……。

ニッコリと微笑むと、セブルスはフン、と鼻息を吐き出して何事も無かったかの様にさっさと自分の席へと歩いて行ってしまった。やれやれだ。

その後、昼食自体は恙無く終了した。

「メリル」

大広間を去ろうと立ち上がった所へ、ギルデロイがやって来た。隣の黒衣の男の纏う気配が一気に氷点下にまで冷える。それに気付いているだろうに、ギルデロイはニコニコと笑ったままだ。

「何か用かしら?」

「貴女に渡したい物がありましてね。いやはや私くらいになりますとやはり見ただけで分かりますし、分かったならそう、こうすべきでしょう!」

そう言うなり、ギルデロイはさあっと杖を振った。途端に、天井付近から柔らかく降り注ぐ花々に、思わず私は目を見開いた。周囲の先生方も突然の出来事に驚きの声をあげている。

そんな中、ギルデロイはもう1振りした杖から出したカノコソウの花束を私に差し出した。

「メリル、おめでとうございます!貴女が幸せなら私も嬉しく思いますよ。私が貴女の最上の幸福でない事は残念ですがね」

パチンッとウィンクしたギルデロイは言葉では残念がっていたが、その目に惜しむ感情は一欠片も見当たらない。ただ喜色が浮かんているだけだ。中々どうして、彼はしっかりと良い方向に変化しているらしい。派手好きな所は相変わらずの様だが。

「ありがとう、ギルデロイ。少し派手なお祝いだけれど、その気持ちは嬉しいわ」

花束をそっと受け取ると、ギルデロイはパッとその顔を更に嬉しそうに輝かせた。ずる賢い所もあるが、素直な部分は元々の彼の長所なのだろう。

「派手過ぎるなんて!貴女にはこれでもまだ足りないくらいですよ!それにほら、カノコソウなら飾るだけでなく調合にも使えるでしょう?」

「ええ、そうね」

「すごいでしょう」とばかりにニコニコしているギルデロイが何となく人懐っこい犬の様に見えて、思わず吹き出してしまった。きっと色々とねじ曲がってしまう前はこんな風な子供だったのだろう。このカノコソウだって、彼なりに花を贈りたい気持ちと実用的な方が良いだろうという配慮をブレンドした結果だと思う。

「落ち着いたら、お茶にお誘いしてもよろしいですか?」

幻の花が床に触れる前にふわりふわりと消えていく中、ギルデロイはそう言ってきた。以前の彼相手ならすげなく断っていただろうが、今の彼にはその理由は無い。

「いいわよ。新学期前にでもクィリナスを誘って──」

「メリル」

発しかけた言葉を遮る様に、セブルスが私の名前を呼んだ。その声音は若干の苛立ちを含んでいて、視線を向けるとその眉間にも皺が寄っている。

「何かしら?」

「今日は午後から出かける予定があると言っていただろう。さっさと準備をしたらどうかね?」

「それ程急ぐ用事でもないわ。アフタヌーンティーの約束を取り付ける時間くらいあるわよ」

「メリル」

「一体どうしたの?」

不可思議なセブルスの言い分に首を傾げていると、ギルデロイが思わずという風に笑い声を漏らした。

「いいんですよ、メリル。クィリナスと一緒にまた別の機会にお声掛けします」

「そう?ありがとう。また今度ね」

フン、と鼻を鳴らして身を翻したセブルスを追って、ギルデロイに手を振ってから私はその場を後にした。

日課のように私の部屋の前まで送ってくれたセブルスと別れて室内に入った私は、呼び寄せ呪文で花瓶を呼び寄せ、ギルデロイからもらったカノコソウの花束をそこに生けた。派手好きの彼にしてはシンプルな花束は、きっと私の性格を考えて選んでくれたのだろう。何歳でもひとは変われる物なんだわ、なんて教師らしい事を考えながら私は漏れ鍋へ向かった。

漏れ鍋の店主・トムはいつも通り私をカウンターで出迎えてくれた。カウンター席に座ってハーブティーを注文すると、オーダー通りの物はすぐに提供された。温かなそれを1口含み、耳塞ぎ呪文を自分の周囲にかけると心得たトムも細々とした作業をしているフリを始めてくれた。

「この前の話なのだけれど」

「ちょっと前に小耳に挟んでね。……デミガイズだそうだよ」

「まさか、彼らが?逃げる事は特に上手いのに」

「事情までは知らないが何匹か連れ回してるらしい」

デミガイズの毛は、透明マント──もちろん本家本元の物とはまるで性能が落ちるが──の材料になる貴重な物だ。材料としても商品としても高価格で、毛をそのまま売るにしても、特性の危険度から製造が制限されている透明マントを作成するにしても、その暴利をむさぼる気であろう事は想像にかたくない。もしくは、その未来予知を自らの逃亡に利用しているか。どちらにせよ、デミガイズを自分勝手に利用しているのには変わりない。そしてそういう奴らが彼らをどのように扱うかもまた、推測するだに気分が悪い。

「またノクターンね?」

「ご明察。煙突飛行ネットワークに引っかからないようマグルの方法でこっちに来たらしくてな、格好もマグルみたいな服らしい」

「そこまで分かっていれば十分だわ、ありがとう」

チップ含めた多めの代金をカウンターに置くと、ハーブティーを飲み干して私は耳塞ぎ呪文を解除した。席を立つと、トムが律儀に「気を付けて」と声を掛けてくれた。それへ「ありがとう」と返し、私は店を後にした。

ダイアゴン横丁と同じく、ノクターン横丁も魔法使いのための街だ。つまり、マグルの格好は非常に目立つ。

クラシックな帽子を被って髪色を変えてちょっと聞き込みするだけで、奴らがノクターンのどこら辺に出没をするのかすぐに分かった。

昼でも薄暗いノクターン横丁の、更にもう一段暗い路地裏。件の奴らの出没証言が多い場所だ。目くらまし術と閉心術、消音術を併用して路地の端に立つ。少し待っていると、明らかに浮いた格好──もちろん魔法使い基準で──の男たちが3人現れた。1人の手には古びた旅行鞄が握られている。他に荷物が無い所を見るに、恐らくあそこにデミガイズ達がいるのだろう。できれば確証が欲しいところだ。見る事さえできれば、自分の記憶を証拠として魔法省に提出できるから。

男達の会話の端々に混じる訛りから彼らがアメリカから来た事を察しながら、ジリジリと後を追っていると不意に通りの向こうの物陰から何かが飛び出してきた。

「!?」

「何だ!?」

「返せ!彼らはお前達の道具じゃない!」

「コイツ!」

3人組の鞄を体当たり気味に奪ったのは、焦げ茶の髪に頬に浮いたそばかすの、どこにでもいそうな青年だった。彼は鞄を片手でギュッと握り締め、もう片手で杖を構えている。しかし、3人組も素早く杖を構え、その距離をジワジワと詰めていく。

青年は明らかに戦闘に慣れている様には見えない。そう言う私も対人経験はほぼ無いに等しいが、野生動物相手なら何度かある。ともかく、彼を見捨てる訳にはいかない。デミガイズを助けたい気持ちは一緒なのだから。

つまり、やる事は1つ。注意すべきは、ここがノクターン横丁という事。事を大きくするのは避けたい。

「っ、ペトリフィカス・トタルス!」

「ぐっ!?」

「インカーセラス!」

「仲間か!?」

最初に1人を固めて無力化、2人目を縛るのも上手くいった。目くらまし術は切れてしまったが、あと1人!

「ボンバータ!」

「うっ!」

しまった!

残った1人に近くの木箱を爆破され、土煙と散らばった木片で視界が塞がれた。これでは反撃されてしまう!

「ディフィン──」

「ステューピファイ!」

「ぎゃっ!」

聞き覚えのない声が失神呪文を唱えた。それっきり静かになった路地裏で、晴れた土煙の向こうで見たのは困った様に立ち竦む青年と倒れ伏す男達の姿だった。

「えっと、お姉さんは敵?じゃないっぽいけど……」

「アー、そうね、多分最終の目的は同じだと思うわ。とりあえずこの人達を魔法省まで突き出しに行きましょうか。手伝ってくれるわね?」

「もちろん。あ、でもちょっと待って!」

男達と同じ訛りの青年は慎重に鞄を地面に置いて膝をつき、その口をそっと開いた。途端に飛び出してきた白銀の頭。やっぱりデミガイズがいたのだ。

「良かった……生きてる……」

ほう、と深く安堵の息を吐いた青年は、優しくデミガイズの頭を撫でた後そっと鞄の中に押し戻した。

「彼らを飼育していたの?」

パチリと鞄の口が閉まったのを確認した後、私は刺激しないように気を付けながら問い掛けた。デミガイズ達が彼の管理下から拐われたのなら、海を越えてここまで追ってきたのも理解できる。

「いや、僕が飼っていた訳じゃない」

青年は立ち上がって柔和な笑みを浮かべて手を差し出した。

「彼らの住処の近くに住まわせてもらってたんだ。僕はウィリアム。ウィリアム・シード。助けてくれてありがとう」

「メリル・ヴァレーよ。こちらこそ、援護をありがとう」

柔らかく握られた手は青年──ウィリアムの性格をよく表していた。

その場で魔法省に通報し、駆け付けた職員に3人組を突き出した上で自分の記憶と鞄の記憶を証拠として提出した。男達は十中八九罰を受ける事になるだろう。

魔法省で担当の職員と共にデミガイズ達の健康状態を確認し、大きな怪我が無い事は確認できた。所々短くなった毛が男達の目的を如実に表していたが、デミガイズ達にとって毛の短さはそれ程気にする物ではないようだったのが幸いだ。

「助かりました、Miss.ヴァレー。幾度のご協力、感謝します」

「どういたしまして」

念の為1日預かるという担当職員にデミガイズ達を託し、私はウィリアムを漏れ鍋に誘った。店主のトムに解決した事を知らせたかったのもあるし、魔法省の建物から出る頃にはとっぷり暮れていた空に空腹である事に気が付いたからだ。

「こんにちは、トム。もうこんばんはかしら?」

「おや、お早いお帰りだな。今回も情報提供で終わったのか?」

「成行きで捕まえたわ、彼と一緒に」

カウンターに座りながら隣のウィリアムを示すと、トムは「おや」という風に片眉を上げた。

「見ない顔だな。最近魔法省に入ったのか?」

「いや、僕はアメリカから来たんだ。デミ、あー、彼らを返してもらいにね」

「へぇ?」

「つまりは彼と協力して万事解決したって事。さ、座って」

食事を摂りながら互いに自己紹介すると、私がホグワーツに勤めていると知ったウィリアムはかなり驚いていた。

「僕と同じくらいの年齢に見えるのにすごい。あ、ごめん、年齢の事って触れたら失礼?」

「大丈夫よ。でも多分、貴方より歳上だと思う」

ウィリアムの年齢を聞くと23歳との事で、私も自身の歳を告げると彼はまたも驚いていた。

「信じられない、本当にそんな風には見えないよ。今日はびっくりする事が多いね」

「褒め言葉として受け取っておこうかしら。ウィリアムはこれからアメリカに帰るの?」

「そうだね。ただ、彼らと一緒に戻りたいから宿を探さなきゃ」

「それならここは宿屋も兼ねているから空室があるか聞いてみたらどう?」

「そうなの?親切にありがとう」

トムに確認を取ると部屋はまだ空いているとの事だったため、ウィリアムはその場で宿泊を申し込んでいた。時期があと少し後ろだったら新学期の準備で横丁に泊まる人で埋まっていただろうから、ある意味タイミングが良かったのかもしれない。

「実は僕、今後ある人に魔法生物について教えてもらう予定なんだ。ニュート・スキャマンダー、知ってる?」

「もちろん!彼の弟子になるって事?1度お会いした事があるけれど、知識量も現場経験も素晴らしいわよね。羨ましいわ」

「独力では限界を感じていたし、彼はとても有名だから僕もとても楽しみにしているんだ。それで、またイギリスに来るから、良かったらふくろうを送ってもいいかな?」

「ええ、良いわよ。将来はスキャマンダーさんみたいに魔法生物達を保護したり本を書くつもりなの?」

「そこまではまだ考えてないけど……」

ウィリアムはそばかすをほんのり朱に染めた。

「でも、スキャマンダーさんみたいになりたいとは思ってる。助けが必要な子達に手を差し伸べられたらって」

「そう、素敵ね」

「ありがとう」

ウィリアムがデミガイズ達の住処の近くに住んでいたのも、彼らをよく知るためだったのかもしれない。確かスキャマンダーさんも、たくさんの魔法生物達と暮らしていた筈だから。必要なのは、実際の彼らを知る事。そのためには近くで暮らす事が一番の近道なのだ。

雑談しながら楽しい夕食を終え、またの再会を約束してから私はホグワーツに戻った。

のだけれど。

「……夜になるとは聞いていない」

……どうして腕組みして眉間に何本も皺を刻んだセブルスに出迎えられているのかしら。

しかも自室の前で。

声のトーンも底辺を這っているかの様で、機嫌がよろしくない事はひしひしと伝わってくる。

「えっと、怒っているの?」

「……そう見えるならそうだろう」

「どうして?」

返ってきたのは沈黙。冷え冷えとした圧が暗い廊下を静かに侵食していた。

少しの間待ってみたけれど、セブルスは押し黙ったまま口を開く気配が無い。

「アー、良かったらお茶でも飲んでいく?」

「……いただこう」

ボソリと呟かれた肯定に苦笑して、私は部屋の扉を開けた。

一言断った上でシャワーをさっと浴びて、私はあえて魔法を使わずにハーブティーを淹れた。何かしらモヤモヤと負の感情を抱いているらしいセブルスが、その間に落ち着かないかと思っての事だ。

その目論見とも言えない希望はちょっぴり叶った様で、先程よりは若干柔らかくなった雰囲気を纏った男が2人掛けソファの片側に収まっていた。

「待たせて申し訳なかったわ」

そう言いながらセブルスの隣に腰を下ろすと、「……いや、構わない」と低い呟きが返ってきた。その前にハーブティーの入ったカップを置くと、彼はそれを一口飲んでほう、と息を吐いた。

「少しは落ち着いた?」

「……さあな。何せどなたかが夜遅くに帰って来たと思ったら怪我までこしらえているものですからな。まさかと思うが、戦闘でもした訳ではあるまい?」

「あら、そのまさかよ。良く分かったわね」

「……何?」

ガチャ、とセブルスの置いたカップとソーサーの音が響く。

せっかく軟化したセブルスの雰囲気が刺々しい物に戻ってしまった。余計な事を言ってしまったかしら。

「どういう事だ」

キリキリと吊り上がった眉と眉間の皺もそのままにこちらを睨めつけるセブルスは、やはりどこか怒っている様に見える。というか、ハリーはこんな眼光をほぼ毎日受けているのね……。よく怯えたり怒ったりしないわね、あの子。その鈍さというべきか、強さはどちらに似たのかしら?

「メリル?答えたまえ」

「戦闘になったのは本当に偶然よ。この前、漏れ鍋に行った際にトムと話していた事があったでしょう?その件で私は魔法省に情報提供だけをしようと思って行動していたのだけれど、ちょっと無謀にも実力行使に出た人がいてね。その人助けをしただけよ」

「その説明で納得すると思っているのか?詳しく述べたまえ」

「ええ?うーん、そうね、デミガイズがアメリカから拐われて来ていたのだけれど、彼らと顔見知りの人間が助けに来ていてね。犯人達が人通りの無い路地裏に入るのを待っていたみたいで、そこで真正面から取り返しに来たのよ。でも犯人達は3人組で、その助けに来た人もデミガイズ達の入った鞄を庇いながらになるから多勢に無勢でしょう?さすがに見捨てられないから援護したの」

「ほら、偶然の戦闘でしょう?」と締め括ると、セブルスは深い深い溜息を吐いた。そのまま眉間の皺を親指の腹で揉み込むのを見ながら、私は内心首を傾げながらハーブティーを飲んでいた。

「……メリル」

「なあに?」

私の返事に再度大きな溜息を吐いたセブルスは、やおらに私の手をギュッと握った。未だに慣れない突然の接触に、心臓がドキッと軽く跳ねた。

「頼むから、あまり無茶をしてくれるな」

私の手の甲に付いた小さな擦り傷を親指でそっと撫でながら、セブルスが低く哀願する響きを伴ってそう言った。

多分、心配させてしまったのだと思う。逆の立場になって考えて、ようやくセブルスの態度の理由を理解した。

出かけた恋人が怪我──今回はとても軽い物だけれど──をして帰ってきて、しかも戦ったなんて聞いたら、私でも気が気でいられない。身体も心も、大事な人には傷付いて欲しくない。そしてそれはセブルスも、きっと同じで。

「……ごめんなさい」

「それは何に対する謝罪かね?」

「心配かけてしまったから、それに対する物よ。今後は怪我をしない様に最大限気を付けるわ」

「……それだけではないのだが……今日の様な活動をしない事はできないのか?」

「それはできない相談よ。魔法省の手が足りない以上、私は可哀想な魔法生物達が少しでも早く救われる様にしたいの。もちろん魔法省のためじゃないわ。魔法生物達のためでもあるし、自分のためよ」

「君に利益があると思えないが」

セブルスが器用に片眉を上げた。私はそれへ緩く首を振った。

これは単純な損得の話ではないのだ。

「利益の有無ではないわ。事実として密輸や今日の様な誘拐があるから、見過ごせないの。そんな事したら、私は私を許せないわ。知った以上行動しなければ、魔法生物が好きだと胸を張れなくなってしまう」

「それに、犯罪を見過ごしたら教師失格でしょう?」とおどけた風を装って付け足したけれど、セブルスの雰囲気はちっとも軽くならなかった。そればかりか眉間の皺が深まるばかりで、今度はこちらが少しばかり心配になってしまう。

「セブルス?」

そっと名前を呼んでも返事は無い。

1度ギュッと強く目を瞑った彼は、何度か口を開け閉めしてから「……君が」と絞り出す様に声を発した。

「傷付くのは見たくない。怪我や戦いから無縁の所にいて欲しい。しかし……君の信念を、曲げる権利は、私には無い」

血を吐く様な、独白の様な言葉だった。それをどれ程の思いで言っているのか。遥か昔に見た赤い髪が、私の脳裏でひらめいた。

「君が、君のままだから私は好ましいと思うし、そのままの君でいて欲しいのも本音だ。悩ましい事にな」

「セブルス……」

こちらを見る黒曜石の瞳が揺れている。

セブルスにも彼の持論や信念があるからこそ、私の考えを曲げる事を良しとしていないのだろう。しかし一方で、その言葉通り荒事から遠のいて欲しいと思っているのも事実。その両方を取る事も、どちらかを取る事も難しい。でも、私達は大人だから、そのどちらでも無い選択肢を作る事ができる。

「ありがとう、ごめんなさい、セブルス。心配をかけたし、悩ませてしまって」

「いいや、私が勝手にそうしているだけだ」

「でも、心配をかけたのは事実だわ、悩ませているのも。だから、そうね、私、防御力を上げる事にするわ」

「……今、何と言った?」

珍しくも、セブルスが鳩が豆鉄砲を食らった様な顔を晒している。思わずといった風に眉間の皺が消えた顔は、いつもより年相応に見えた。

「だから、防御力よ。まずは怪我をしなければいいのでしょう?物理的にはプロテゴの展開速度を上げる事と、プロテゴで防げない魔法には機動力を上げて避けられるようにしたらいいと思うのよ。あとは閉心術かしら。それ程得意ではないからこれも訓練が必要よね。対策としてはこういった所だと思うのだけれど……あら、どうしたの?」

考えながらツラツラと述べていると、いつの間にかセブルスがガックリと項垂れていた。そんなに的外れな事を言ったつもりはないのだけれど。

「私、変な事を言ったかしら?」

「…………いや、君の意見ももっともだ。現時点では最良の対応だと思う」

「ありがとう」

嬉しさに頬を緩ませながら礼を伝えると、セブルスは項垂れたまま深い溜息を吐いた。そしてガバリと顔を上げたと思ったら、何か決意した表情でこちらを見て、

「閉心術は、君さえ良ければ私が訓練相手になる。私は閉心術は君より一日の長があるし、開心術も心得ている。君と時間を合わせるのも容易だし、君の頭の中の事を決して口外しないと誓える。破れぬ誓いや誓約書を結んでも良い。条件としては良いだろう?」

と捲し立てた。その勢いに気圧されたのはこちらの方だ。

「え、えっと、ありがとう。協力的で嬉しいわ」

「なら、決まりだな。日程についてはメリルの都合を優先する。またその内教えてくれたまえ」

「分かったわ。あ、でも破れぬ誓いや誓約書は要らないから。貴方の事、信頼しているもの」

「そうか」

ほんのりとセブルスの口角が上がった気がする。すぐ元の顔に戻ったから見間違えかもしれないけれど。

「メイ」

「なあに、セブルス」

「君に、触れてもいいか」

いつも、彼はこうやって許可を取ってくる。許しを得なければ自分には触れる権利が無いとでも言うかのように、毎回律儀に。

──私、貴方になら何をされたって良いのに。

その言葉は、何となくまだ言えずにいる。セブルスが極たまに遠くを見る事を知っているからだろうか。

今日も今日とて私は彼の願いを許して、そうして温かな熱に包まれるのだ。

 

「彼」に出会ったのは、新学期も間近に迫った昼下がりの事だった。

禁じられた森の境界を散歩していると、フラフラと茂みから出てきた黒い何かがドウ、とその場に倒れ伏した。

慌てて駆け付けると、それが黒い犬で、しかもガリガリに痩せている事が分かった。

「大変……!」

ウェストポーチの中から野宿用の薄めの毛布を引っ張り出し、犬の体を覆う様にかけた。同時に出した深めの皿に魔法で水を入れ、犬の口元に置いた。それに気付いた犬はヨロヨロと顔を上げて、何とか少しずつ水を飲んでくれた。一先ずは安心だ。

「ペットの指定に犬が無いからドッグフードなんて無いでしょうし……ふやかしたお肉で良いかしら……?」

「ワフ……ッ」

犬は返事をする様に鳴いた。お肉という言葉に反応したのかもしれない。

とりあえず、と私は急いでホグワーツの厨房へ行き、屋敷しもべ妖精に頼んで柔らかくササミを茹でてもらった。森の淵にとんぼ返りしてそれらを皿に入れて差し出すと、犬は我を忘れた様にガツガツと食べ尽くしてしまった。

思ったより元気、なのかしら……?

「おなかいっぱいになったかしら?」

「ワンッ」

「良かった。じゃあ、次はお風呂ね」

「ワ、……ッ!?」

犬がピシリと固まった気がする。どうも人間臭い仕草をする犬だな、と思いながら毛布をポーチに収納し、見事にしっぽを丸めて後ろ足の間に入れてしまった犬に杖を向けた。

「アグアメンティ」

犬の鼻に入らない様に気を付けつつ、全身に水をかけて水浴びをさせた。犬は耳もペショリと垂れて本意ではなさそうだったが、逃げ出す事なく大人しく水を浴びていた。そして水が出るのを止めた途端、私から少し距離を取ってからブルブルと全身を震わせるという気遣いまで見せた。

杖から温風を出して毛を乾かしてやると、犬はとても気持ち良さそうに目を細めていた。何となく品があって可愛い気がする。水浴びだけである程度毛並みに艶が出ているから、もしかしたら誰かのペットなのかもしれない。もしくはペットだったか。

「君は迷子かな?」

「クゥ?」

首を傾げて聞くと、犬も首を傾げて見せた。何とも器用な事だ。

本当に、どこから来たのだろう。ホグズミード辺りからという可能性が1番高いだろうか。野犬……というには毛並みが良過ぎるし、目が野生のそれではない。

迷子、もしくは逃げてきたかのどちらかかなと検討をつけた私は、次の日も茹でた肉を同じ場所に持って行ってあげたところ、犬はしっぽをブンブンと振り回して大喜びしてくれた。

「君、名前はあるの?」

「ワフ?」

「──なんて、言葉が分かる訳ないか。でもしばらくここにいるなら名前があった方が便利よね」

「ワンッ」

犬の方も名前を付けられるのに乗り気な風に見える。どうしようかな、と顎に手をやって思案に耽る。

「せっかく綺麗な黒色なんだしブラック……いや、これは止めましょう。縁起でもないわね」

「クゥン……」

「うーん……そうね……ニクスはどうかしら?ラテン語で黒色を意味するんだけれど」

直截過ぎるかしら?でも分かりやすいのが1番よね。

「ワンッ!」

悪くない反応なのかしら?しっぽは振ってるし、これで良しとしましょうか。私が飼う訳ではないのだし。

こうして私の日々の習慣にニクスへご飯を持って行くというのが加わったのだった。

新学期が始まる直前、私はギルデロイに誘われてクィリナスと3人でお茶をしていた。

朝食の席で誘いに来たギルデロイを睨み付けるセブルスの眼光の鋭さといったら!

そのまま人の身体を貫けそうな圧さえ含んでいた。しかし、さすがと言うべきか、ギルデロイはそんな冷え切った視線を意にも介さずニコニコとアフタヌーンティーの約束を取り付けて大広間から去って行ったのだった。

「メリルがお茶に来てくれて本当に嬉しいですよ!」

「こちらこそお誘いありがとう。クッキーで良ければ食べてね」

「ああ、なんとお優しい!ありがとうございます」

それぞれが持ち寄ったお茶菓子を出し合い、夏の終わりの爽やかな風に吹かれながら紅茶を楽しむ。全員がホグワーツ出身だから、懐かしい話にも花が咲いた。

「……それにしても、何とも奇妙な集まりですねぇ」

突然ポツリとクィリナスが零した。思わずといった風のそれに「そうかしら?」と首を傾げると、「あ、わ、悪い意味ではありませんよっ」と彼は慌てて言い足した。

「メリルは成績も良く、今では教授補佐になっていますし、生徒達の人気も高い。一方、私は成績は良くありませんでしたし、就ける人間が少ないから教授を任されているだけで私には過ぎた職だと……」

「何故です?貴方からマグル学の話を聞くのは楽しいし、とても分かりやすいですよ」

ここでフォローを入れたのは、意外な事に──そう言ったら失礼かもしれないが、昨年の学期で2人にプライベートな交流はほとんど見られなかったからそう感じてしまう──ギルデロイだった。褒められたクィリナスも少し驚いたのか、軽く目を見開いてそれから嬉しそうに小さく破顔した。

「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」

「クィリナスはもっと自信を持った方が良いと思いますよ!」

「貴方の様に?」

珍しくいたずらっ子の様にニヤッと笑んだクィリナスにギルデロイはびっくりした顔をして、しかしすぐに「その通りです!」とパッと華やかに笑った。

「貴女もそう思うでしょう、メリル?」

「ギルデロイ程とは言わないけれど、クィリナスはもう少し貴方の知識量や賢さを誇って良いと思うわ」

「そ、そうですか、ありがとうございます」

照れながらそう返したクィリナスに、ギルデロイはしみじみと、

「クィリナスは本当にメリルを尊敬しているのですね」

と呟いた。ギョッとして顔に朱を登らせたクィリナスはオロオロと私とギルデロイに交互に視線を向けながら、

「あの、これは……その……」

と分かりやすく動揺した。それへクスクスと笑い、

「あら、違うの?」

と揶揄うとクィリナスはブンブンと首を横に振った。

「う、嘘ではありません!尊敬しています心から!ずっと!」

「これはこれは、熱烈ですね」

すかさず茶々を入れるギルデロイに、クィリナスはちょっぴり涙目になってしまった。

「揶揄ってごめんなさいね、クィリナス。嬉しいわ、ありがとう」

「い、いえ……そんな……」

「私も貴女の事は素晴らしい存在だと思っていますよ、メリル!」

「ギルデロイもありがとう。私にとっても2人は大事な後輩よ」

目の前の2人がパッと顔を輝かせたから、私も釣られて笑った。少し色々あったけれど、屈託さえ無くなれば結局2人とも大事な後輩であり、気の置けない同僚である事には変わりないのだ。

「そういえばメリル、先日ハグリッドの所へ話を聞きに行ったのですが、どうも魔法生物の好きな所ばかりを熱弁されてしまいましてね。良ければ新学期に取り扱う教材について別の機会にご説明願ってもよろしいですか?」

「もちろんよ。それにしても全科目に対してそんな風に聞いて回っているの?」

私の問いに、ギルデロイは「ええ、まあ」と少し照れた様に笑って頬を掻いた。

「私は生徒達の精神面のフォローのためにホグワーツに来ましたが、子供達の悩みの幾分かは勉学に関する事になるでしょう?私もどんな勉強をしているのか知らないといけないと思いまして」

「なるほどね」

「ほとんど話を聞くだけになるかもしれませんがね。先生方がどういう思いや狙いで教えているか知っていればアドバイスできる事もあるかもしれません。それに、何のしがらみも無く勉強できるのは、とても面白いですから」

彼の瞳は好奇心にキラキラと輝いている。本心から勉強を楽しめているのだろう。

「そうね。いくつになっても学べるのはありがたいし楽しい事ね」

しみじみ言うと、クィリナスも頷いて同意してくれた。私も学生時代に取らなかった科目をもう一度勉強してみようかしら?

その後は互いに気になっている分野や興味深い教科について話しながらおしゃべりに花を咲かせていると、いつの間にか日が傾いていた。私達はお互いに苦笑しながらまたの約束をして解散したのだった。

また新しい学期が始まる。様々な人間の期待や不安や、それから色々な思いを乗せるホグワーツ特急が、今年もロンドンで煙を吐き出した。




村雨「強く降ってはすぐ止む雨」

27話目です。

今回はタイトルが難産過ぎて作者も驚きました。テーマは決めててもなかなかしっくりくる物が浮かばないのはとても困りました 

さて、嵐を呼ぶ男ことロックハート再登場です。個人的には、夢主、クィレル、ロックハートのレイブンクロー3人組がわちゃわちゃしているのを書くのがとても楽しいですw

次回からようやく新学期です。オリジナルの新キャラもでっかいワンコも登場しましたので、それぞれの動きを追っていただければと思います。まだまだ書きますよ!
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