私がその話を知ったのは、新学期が始まる前日の事だった。
「聞いていないわ」
「……そうだな」
「セブルス?私、『聞いていない』と言ったのよ」
「……ああ」
「何か言う事があるんじゃない?」
「…………すまなかった」
顔を明後日の方向に向けながら、セブルスは拗ねた様に小さく呟いた。
その隣では、微かに昔の面影が残った数少ない同世代の男、リーマス・ルーピンが困った様に苦笑して立っていた。
明日から新学期なのだから、今日は念の為取り扱う教材のおさらいをしておこうかな、なんてのんびり考えながら朝食の席に着いた私に、ダンブルドア先生は2つの爆弾を投下した。
まず1つ目は吸魂鬼がホグワーツの警護につく事。正直吸魂鬼が犯罪人の追跡や警護なんてできるとは思えない。彼らにそこまでの知能は無いと思われるが、あの男を捕まえるために魔法省の、というか魔法大臣のゴリ押しによる物なので覆すのは難しいだろう。守護霊の呪文を使えはするが、確か私の場合は靄の様な物しか出なかった筈だ。念の為練習しておかなければ。
そして2つ目が問題だった。
「おや、メリルは知らなかったのかのう?セブルスに伝える様頼んだのじゃが」
バッと隣の黒衣の男を見遣るとサッと逸らされる視線。それだけで凡そを察して、私は溜息を吐いた。
「少し情報の行き違いがあったみたいですね。後程セブルスから詳しく伺います」
「うむうむ」
ダンブルドア先生はにこやかに頷き、朝食が開始された。私の隣席の茶髪の男が困った様にこちらをチラチラと窺ってくるのは、気付かないフリをした。
そして食後さっさと大広間を出て行こうとするセブルスの前に立ち塞がって詰問すると、返ってきたのは拗ねた子供の様な謝罪だった。謝るだけ、悪い事をしたのを自覚しているという証だからマシだけれど。
「あー……すまない、口を挟んでいいかな」
「……何かしら」
「まずは久しぶり。私の事を覚えてくれているんだね」
「……リーマス・ルーピン。グリフィンドールの元監督生。マローダーズの1人。消極的いじめっ子でしょ」
「これは……手厳しいね」
「そして今学期、我輩の手を煩わせる事が決定している愚か者だ」
「セブルス、それは……」
リーマス・ルーピンが動揺する様子を見せた。魔法薬絡みで何かあるって事?持病でもあるのだろうか?
思案を巡らせていると、セブルスは開き直った様にフン、と鼻息を吐いた。
「大体、君とてこの間我輩に行先も告げずに出かけていただろう」
「それとこれとは話が別でしょう」
そんな彼の態度に、何だか無性にカチンときた。その隣のリーマス・ルーピンの存在のせいもあるかもしれない。セブルスを傷付けた、あの4人組の一角。その存在は私の無力感を思い出させて、モヤモヤを掻き立てる。
「黙っていたという点では同一だ。それに我輩が伝えなくとも、新学期になれば自ずと分かる事だ」
「そういう問題じゃないわ。私の役職は知っていて?何かあれば補助に回るのは私なのよ。それが薬草学や魔法生物飼育学以外でもね。それに、さっき貴方の手を煩わせると言ったわね?という事は魔法薬関係でしょう?そうなれば私にも関係があるわ。ホグワーツの薬草や飼育している魔法生物から採れる材料を管理しているのは誰だと思っているの?」
「……ポモーナも管理している」
「薬草学の教授なんだから当たり前でしょう。ハグリッドにもこれから管理方法を学んでもらう予定だわ」
突然名前を出されたポモーナが苦笑し、ハグリッドは目を白黒させていた。
「そもそも、貴方、何故黙っていたの?リーマス・ルーピンが赴任してくる事くらい、雑談のついでに教えてくれたって良いでしょう?この夏休み中、何回おしゃべりしたと思っているの」
「それは──」
「ゴホンッ、そこまでですよ」
唐突にパンパンと手が打ち鳴らされる音がしてセブルスの言葉を遮った。音のした方向に顔を向けると、ミネルバが若干呆れた風にこちらを見ていた。そこでようやく、先生方が固唾を飲んで、いや、ほとんど微笑ましく先程までのやり取りを見守っていた事に気が付いた。あんな子供じみたやり取りを聞かれていたなんて、と恥ずかしさに顔が熱くなる。
「あの、ミネルバ、ごめんなさい、冷静ではなかったわ……」
「仲が良いのは結構ですが、痴話喧嘩はどちらかの自室でなさい」
「「痴話喧嘩ではない(です)」」
物の見事にセブルスと声が被ってしまい、大広間中から微笑ましい笑みと生暖かい視線をいただいてしまった。
「もうお互い子供ではないのですからね。分かりましたね?」
「はい……」
ガックリと項垂れる私の前で、セブルスは不満気な表情をしている。その横顔は納得いっていないと大きく書かれているのが見える様だ。
そそくさと逃げる様に大広間を出て、セブルスと私、リーマス・ルーピンは魔法薬学の教室にやって来た。何でもセブルスには調合しないといけない薬があるらしい。
大釜の前でセブルスが次々と呼び寄せる材料を見ていると、ある薬の材料と一致している事にふと気付いた。そういえば、この夏休みの間、ここを訪れると時折特徴的な匂いが仄かに室内に漂っていた。
──これは、まさか。
先程までのイラつきなど、どこかに吹き飛んでしまった。それ以上の興奮が込み上げてきたから。
「セブルス、ああ、まさか、脱狼薬を?」
「その通り」
「Miss.ヴァレー、つまり、ええっと……」
「この夏、何度かこの調合をしたわね?」
「さすがだな」
「もちろんよ。匂いで今気付いたわ。何で声を掛けてくれなかったの?私も調合したかったわ!」
脱狼薬なんて、材料も高価な上調合する機会自体が滅多に無い。ホグワーツの授業においてさえ何度も扱う事はできない。費用が嵩むのもあるが、調合したとしても使用する事が無いためだ。
そんな貴重なチャンスを何度も逃してきたなんて!セブルスも声を掛けてくれれば良かったのに!
私の勢いに驚いたのか、途中で慌てた様に口を挟みかけたリーマス・ルーピンが呆然と何度か口を開け閉めして、「……他に、何とも思わないのかい?」と間抜けな声で呟いた。
「ああ、貴方が人狼って事?それが何か?」
「何かって……ほら、その、恐ろしくはない?」
「何を言っているの?理性を失う満月の夜に気を付ければ良いだけでしょう。脱狼薬を飲んでいる相手なら理性を失う事は無いから更に問題無いわ。それに、そもそも貴方、望んで人狼になったの?」
「そんな事は無い!」
食い気味に否定してきた男に、私は呆れた様に息を吐いた。
「でしょうね。なら、強いて怖がる必要はないわ。それより、こんな貴重な調合に呼んでくれないなんて、ちょっと冷たくないかしら?」
くるりとセブルスへ視線を向けて、少し非難の意を込めて言うと、彼は調合の準備を進めながら肩を竦める事で応えた。
「今回から参加したら良い」
「そういう事じゃ……、いえ、まあ、いいわ。手分けしてやりましょう。いいでしょう?」
「構わないとも」
「あ、あー、少し良いだろうか、Miss.ヴァレー」
作業に取り掛かろうとしたところで、何故か言葉を失っていたリーマス・ルーピンが割り込んで来た。
「何かしら?」
彼へ顔を向けると、「その、話をしても?」と申し出てきた。その目の真剣さに、今回の調合には参加できそうにないな、と諦めた私は、セブルスへ「やっぱり次回からの参加になりそうだわ」と告げた。
「ここで話せばいいだろう。終わり次第こちらに合流したまえ」
こちらを見ずに言ったセブルスに、「なら端を借りるわね」と言い置き、私はリーマス・ルーピンを伴って教室の端のテーブルへ移動した。
「それで、話って?」
椅子に腰を降ろすと同時に水を向けると、相手は少し迷った様な仕草を見せた後ようやく口を開いた。
「何から話せば良いか……、その、明日から闇の魔術に対する防衛術を受け持つから、要は同僚になる訳だろう?良ければリーマスと呼んでくれるだろうか?」
「別に構わないわ。教員同士は基本的にファーストネームで呼び合うから。貴方も私の事はメリルと呼んだら良いと思うわよ」
「ああ、ありがとう」
緊張の色が濃いリーマスの表情が少し和らいだ。私相手に何故そんなに固くなるのかは分からない。
薬草を刻む音や大釜が茹だる音が心地好い。そちらに飛んで行きたい気持ちをぐっと堪えて、私はリーマスの目を覗き込む様に相対した。
「それで?まさか呼び方の相談をするために声を掛けてきた訳ではないでしょう?」
「ああ。……君は学生時代からセブルスと仲が良かったね?」
「ええ、そうね。それが何か?」
リーマスはグッと口の端を引き締め、何やら覚悟を決めた顔をした。そんなに重大な何かがあるのだろうか。
「……すまなかった」
「それは何に対する謝罪なの?貴方と私には、学生時代ほとんど接点は無かった筈だけれど」
「君の、友人に対して酷い事を……」
ああ、と思い至った。この男は、セブルスに対する攻撃に積極的に参加せず、かといって止める事も無かったこの男は、成長してようやくその行いの罪に気付いたのだろう。加担しなければ無罪なのではない。止めない事もまた、罪なのだ。……その点は、私もひとの事を言えたものではないけれど。
「私が直接被害を受けた訳ではないから、その謝罪は的外れだわ。それをすべきはセブルスに対してでしょう」
「もちろんセブルスには最初に謝った。許してもらえるとは思っていないけど……」
「許すか許さないかはセブルスが決める事よ」
肩を竦めてそう言うと、セブルスをチラリと見た後リーマスは肩を落として「……そうだね」と小さく頷いた。ホグワーツを卒業してからどういう人生を歩んだか知らないが、人狼という事は正規の職業には就き難かっただろう。その苦労が、目尻の皺や草臥れた服に現れている。かと言って、私がセブルスと彼の橋渡しをする義理は無い。当人同士で解決したら良い話だ。私達はもう、子供ではないのだから。
「……あー、その、君は私が嫌いかもしれないが、同僚として城にいる事は許してくれるかい?」
気まずそうに頬を掻きながらリーマスがそう言うものだから、私との認識の違いに思わずキョトンとしてしまった。
「嫌い?私が貴方を?何故?」
「え?だって、友人を害してしまったし……」
「それで長年嫌ったままの程、私はお人好しではないわ」
言外に「貴方にそこまで興味は無い」と伝えると、彼はそれが分かったのか少しショックを受けた様な、けれど何故かホッとした様な顔をした。
「そうか……嫌われていないのか……」
「念の為言っておくけれど、好きでもないわ。貴方が過去にしてきた事を忘れた訳ではないもの」
憎んでいる訳でもない。そんな強い負の感情を持つ程の何かを、彼からは受けていない。
「それじゃあ、可能性の話なんだけど、私の行動次第では多少仲良くしてもらえるかもしれないのだろうか?」
「あくまで同僚としてならね」
素っ気なく答えると、リーマスは何故かパッと顔を明るくした。人狼という性質のせいで余程苦労してきたのだろう。まだまだ彼らに対する差別は蔓延っているから。
「なら、良ければ今のホグワーツにどんな子がいるか学期始まりのバタバタが落ち着いたら教えて──」
「おしゃべりはもう良いのではないかね」
リーマスが言い差した時、するりとセブルスのバリトンボイスが割り込んで来た。彼自身は茹だる大釜の前に陣取って材料を入れるタイミングをはかっているままだ。
「これから繊細な工程に入るのだ、いい加減雑談はそのくらいにしたまえ」
低くそう言ったセブルスは、慎重に材料を釜に入れつつ混ぜ始めた。
魔法薬の調合に集中力を要する事はよくよく知っている。特に、調合が難しく材料が高価な脱狼薬で失敗はしたくないだろう。セブルスに限って失敗などありえないだろうが。
「セブルスの言う通りね。私も調合の見学をしたいから、もう行ってもいいかしら?」
「あ、ああ、もちろん。君の時間をくれてありがとう」
「どういたしまして」
戸惑いながら苦笑するリーマスに言葉を返し、私は調合台に向かった。
そして、新学期初日。土砂降りの雨がホグワーツ急行を出迎えた。防水魔法をかけたローブを羽織り、頭上に集中してプロテゴを展開して傘代わりにして──セブルスに変な目で見られたしギルデロイには「とてもユニークな使い方ですね!素晴らしい!」と絶賛された──、ホグズミード駅で汽車を迎えると、顔色の悪い子供達が次々と降車してきた。吸魂鬼がホグワーツ特急に襲来したのは聞いている。念の為リーマスが乗り込んでいたからこれくらいの被害で住んだのかもしれない。トラウマにならないと良いけれど……。ギルデロイの腕が試されるわね。
チラッと横目で隣で同じ様にプロテゴの傘を差している男を見ると、ギルデロイは華やかさに優しさを加えた笑みを浮かべていた。
「イッチ年生はこっちだ!」
ハグリッドが一際小さい子供達を呼び寄せている。彼らの中に、チラホラと小瓶に入った青い炎を後生大事に小さな手で抱えている子がいた。気になって「それはどうしたの?」と聞くと、びっくりした顔になった少女は、
「あの、さっき薄い金髪のお兄さんと茶髪のお姉さんがくれて……だ、ダメでしたか?」
とオドオドしながら教えてくれた。
髪色から考えるとドラコとハーマイオニーかしら。
「そんな事無いわよ。良かったわね、皆で順番に使いなさいね」
「はい!」
パアッと顔を輝かせた彼女に癒されつつ、私は杖を降って周囲の子供達の服から水分を飛ばした上で防水魔法をかけてやった。ぐっしょり濡れた冷たさが無くなった子達が嬉しそうに歓声を上げる中、隣のギルデロイに目配せすると、彼はすぐに心得た様に頷き、次々と同じ様に乾燥魔法と防水魔法をかけて回り始めた。城へのボートには彼も乗り込む予定だから、これで1年生の子達は大丈夫。
私は他の学年が乗り込む馬車の発着場へ急いだ。
何とか最初の馬車に間に合い、急いで下級生の子供達に乾燥魔法を掛けてあげていく。それを見ていた上級生達が、同じ様に寮関係無く周りの子供達の服を乾かしてあげ始めた。
「皆、ありがとう」
「僕達がやるので先生は休んでてください」
「先生が全員に魔法を掛けると倒れちゃいます」
「同じ馬車に乗る人同士で掛けるようにするので、上級生がいない馬車だけお願いします」
「ええ、分かったわ、ありがとう。4寮全てに5点ずつ加点するわ」
わあ、と至る所から小さく歓声が上がった。
上級生のいない馬車に乗る子供達に乾燥魔法をかけて送り出すを繰り返していると、不意に「ヴァレー先生」と声を掛けられた。
「こんばんは、ドラコ。貴方、1年生に温かい火をあげたでしょう?1年生の子が感謝してたわよ。偉いわね」
ドラコの白い頬にサッと朱が登った。両脇にいるビンセントとグレゴリーも何だかモジモジとしている。2人も同じ様に火を渡したのかもしれない。
「い、いえ、持てる者として当然の事をしたまでです。それより、ハリーが汽車で倒れたって聞いて、知っていますか?」
私は気遣わしげに眉を寄せるドラコに「ええ、聞いているわ」と頷いた。汽車での出来事はリーマスが素早くふくろう便を送ってくれたため、教員全体に周知されている。
「まだ本人には会ってないけれど、様子は見ておくわ。大丈夫よ」
「ありがとうございます」
あからさまにホッとした顔になったドラコは、ビンセントとグレゴリーを引き連れていそいそと馬車に乗り込んで行った。
ハリーが来たのはすぐ後の事だった。ロンやハーマイオニー、ネビルと互いにローブを広げて、雨から少しでも逃れようとバシャバシャと水溜まりを蹴立てて発着場にやって来た。
「ハリー、貴方、顔色が悪いわよ。体調はどう?」
乾燥魔法をかけてやりながら聞くと、ハリーは途端に顔を顰めた。その顔色は他の子よりも白い。
「えっと、さっきルーピン先生からチョコを貰ったので大丈夫です」
明らかに嘘だ。でもここで押し問答しても皆の身体が冷えるだけ。だから、私は言い方を変える事にした。
「身体が冷えている筈だから、パーティーで必ず温かい飲み物を多く飲みなさいね。風邪を引くわ」
「分かりました」
ハリー達を乗せた馬車を見送ったところで、「メリル!」と声を掛けられた。リーマスだ。
振り向くと、生徒に負けず劣らずびしょ濡れの男が数人の生徒達と共にこちらに近付いて来た。
「リーマス、貴方、雨を避ける努力くらいしたらどう?生徒達より先に風邪を引くわよ」
子供達へ掛けるのと一緒に乾燥魔法をさっと掛けてやると、「ありがとう、うっかりしていてね」とリーマスは苦笑しながら続けた。
「ハリーは?もう行ってしまった?」
「ええ、先程の馬車で」
「そうか、少し話せるかと思ったけど残念だ。生徒はこれで全部だよ。我々も馬車に乗ろう」
「分かったわ」
ホグワーツに戻って教員席に座ると、すぐに組分けが始まった。
何とか間に合って良かった。
息を整えつつ、今年の組分けを見守る。毎年様々な子供達がこのホグワーツにやって来るが、組分け帽子を被る時の緊張の面持ちは皆一緒だ。寮が決まった時の安心した様な晴れやかな顔も。
「……生徒がそれ程濡れていないのは、君の仕業かね」
組分けのざわめきの中、セブルスが前方に顔を固定したまま密やかに囁いてきた。
「ええ、半分程ね。風邪を引いてしまうから」
肯定すると、彼はチラリと横目でこちらを見て小さく息を吐いた。
「相変わらずご親切な事だ。せいぜい生徒の前で倒れない様に気を付けたまえ」
「そうね、ありがとう」
素直じゃない男の気遣いの言葉に、私は小さく笑って礼を言った。
ミネルバが今年全科目を取るハーマイオニーとドラコに逆転時計の説明を担当するため、組分け帽子を運び、子供達の名前を読み上げるのはフリットウィック先生だ。ついでにハリーもいないけれど、吸魂鬼の関係で話を聞いているのかもしれない。今年は昨年と違って、城に到着している事は確認できているから安心だ。ちなみに、組分けの儀式が終わる頃には、3人共コッソリ大広間に戻って来ていた。
「おめでとう!」
ダンブルドア先生が立ち上がってニッコリと笑った。
「新学期おめでとう!皆にいくつかお知らせがある。1つはとても深刻な問題じゃから、皆がご馳走でボーッとなる前に片付けてしまう方がよかろうの……」
真面目な顔付きになったダンブルドア先生は、咳払いをして大広間中の注意を改めて引いてから続けた。
「ホグワーツ特急での捜査があったから、皆も知っての通り、我が校はただいまアズカバンの吸魂鬼、つまりディメンター達を受け入れておる。魔法省のご用でここに来ておるのじゃ」
まさかあんなに強引に捜査するとは思っていなかったけれど。子供達と接触するなら闇祓いが直接汽車に乗り込んで欲しかったところではある。もしもの事故があってからでは遅いのだ。
「吸魂鬼達は学校への入口という入口を固めておる。あの者達がここにいる限り、はっきり言うておくが、誰も許可無しで学校を離れてはならんぞ。吸魂鬼は悪戯や変装に引っ掛かる様なシロモノではない──『透明マント』でさえムダじゃ。言い訳やお願いを聞いてもらおうとしても、吸魂鬼には生来できない相談じゃ。それじゃから、1人1人に注意しておく。あの者達が皆に危害を加える様な口実を与えるでないぞ。監督生よ、男子、女子、それぞれの新任の首席よ、頼みましたぞ。誰1人として、吸魂鬼といざこざを起こす事の無いよう気を付けるのじゃぞ」
そこでダンブルドア先生は真面目な顔を柔らかく崩し、優しい笑みを浮かべた。
「楽しい話に移ろうかの。今学期から、嬉しい事に新任の先生を3人、お迎えする事になった」
それまで静かにしていた生徒達が僅かにざわめいた。その視線は教員席の両側に大体半分ずつ向けられている。こちら側に向けられている物はクィリナス宛だろう。そして反対側は。
「まず、ルーピン先生。ありがたい事に、空席になっている『闇の魔術に対する防衛術』の担当をお引き受けくださった」
パラパラとまばらな拍手が起こった。昨年のギルデロイの人気が特殊なだけで、新任の教員への歓迎具合は毎年こんな物である。……隣の席で、私越しに酷い顔で逆隣のリーマスを睨むセブルスには触れないでおいた。積年の思いという物は簡単に消える物ではない。かと言って、それを曝け出してしまう所が、まだまだ子供っぽいと感じる所である。
「もう1人の新任の先生は」
とダンブルドア先生が話し出すとまたも大広間は静かになった。
「ケトルバーン先生は『魔法生物飼育学』の先生じゃったが、残念ながら前年度末をもって退職なさる事になった。手足が1本でも残っている内に余生を楽しまれたいとの事じゃ。そこで後任じゃが、嬉しい事に、他ならぬルビウス・ハグリッドが、現職の森番役に加えて教鞭を取ってくださる事になった」
グリフィンドールから割れんばかりの拍手が沸き起こった。相変わらずの人気ぶりの様だ。スリザリンの子達が複雑そうな顔をしているのも相変わらず。
「そしてもう1人」
とダンブルドア先生が話し始めてようやく、拍手は収まり始める程だった。
「『マグル学』のカーリッジ先生は、もっとマグルの世界で見聞を広めたいとの事で前年度末で退職なされた。そこで、昨年『闇の魔術に対する防衛術』の教授補佐を勤め、以前『マグル学』を教えていただいていたクィレル先生に改めてお願いする事となった。ありがたい事に、先生も喜んで引き受けてくださった」
リーマスの時より多い拍手が贈られ、クィリナスが嬉しそうに顔を綻ばせた。この1年で彼が地道に生徒からの人気を勝ち取っていった証拠だ。本人だけが自覚が無さそうだけれど。この拍手の多さで少しでも分かってくれると良い。
「最後に、今年から新たに教員席に新しい1席を加える事となった。皆の不安や心の負担を軽くするためのカウンセラーとして、ロックハート先生をお迎えした。もちろん雑談でも構わないとも。先生に用がある者は休み時間や放課後に訪ねる事。おしゃべりが楽しいからといって、くれぐれも授業をほっぽりださない事じゃ」
ニヤッと茶目っ気たっぷりに笑ったダンブルドア先生に、何人かの生徒がクスクスと笑った。
「さて、これで大切な話は皆終わった。さあ、宴じゃ!」
その合図で一斉にご馳走が現れた。子供達はわぁっと大きな歓声をあげ、次々に食べ物や飲み物を手に取って食事を開始した。
宴の間中、チラチラと特徴的な赤毛がこちらを見てきていたのは気が付いていた。その目的も。
だから、ダンブルドア先生が宴の終わりを宣言した途端に彼らが突撃してきた時も驚かなかった。
「「クィレル先生!」」
「わ、み、Mr.ウィーズリー?どうしたんです?」
「どうしたじゃないって!」
「暢気なもんだよ本当に!」
「え?え?」
驚いて戸惑うクィリナスに、ウィーズリーの双子は満面の笑みを浮かべて杖を掲げた。
「「先生、教授返り咲きおめでとう!!」」
その場でパーン!と打ち上がったのは小さな打ち上げ花火。生徒達から上がる驚きと喜びの声。びっくりして何度もパチパチと目を瞬かせたクィリナスは、やっと事態を飲み込めたのか柔らかく笑み崩れた。
「ありがとうございます、私なんかに……」
「なんかじゃないですよ!」
「俺達、先生の事頼りにしてるんですよ!」
「「また新しいアイディアを期待しています!」」
賑やかな双子は、その後ハグリッドにも花火を贈り、盛大に観客を賑わせながら大広間を出ていった。
「やれやれ……相変わらず喧しい連中だ」
心底呆れた声音でセブルスがボソリと呟いた。その眉間にはいつも通り皺が居座っている。
「今日ばかりは減点は無しよ。お祝いだもの」
笑ってそう言うと、セブルスは眉を寄せたままフン、と鼻息を吐き出したのだった。
感極まって大泣きするハグリッドを、ミネルバが優しく宥めている。大広間内は既にほとんどの生徒が自寮に戻って行っていて、閑散としつつある。
私もクィリナスに「良かったわね」と伝えてから自室に戻ろうと教員席裏の扉を潜ろうとした時、背後から不意に呼び止められた。
「メリル」
「リーマス、何かしら?」
早足で近付いて来たリーマスが、少し躊躇った後口を開いた。
「この後、少し時間を貰えるかな?」
「どうして?」
「君は生徒と仲が良いと聞いたから、どんな子がいるのか聞いてみたいと思ってね。子供によっては気を付ける事柄もあるだろうし」
「ああ、そういう事ね」
確かにどの寮にも何人か、気を配った方が良い子供がいる。それに加えて、昨年までの城の様子やハリーの事──何せ学生時代べったり一緒にいた友人の子供だ──も教えて欲しいのかもしれない。今日は特に何の約束もしていないし、時間が遅くならない様に気を付ければ大丈夫だろう。
「忙しいとは分かってはいるのだが、どうだろうか?」
「別に構わな──」
「メリル」
私の了承の返事を遮ったのは、地を這うかの様な低音だった。その声音に表れている機嫌も同様に低い。
振り返れば、先程より眉間の皺が増えた黒衣の男がじっとりとこちらを睨みながらツカツカと近付いて来ていた。
「行くぞ」
「え?ちょっと……っ」
急に手首を掴んでそのままグイッと引っ張られたため、軽くたたらを踏んでしまう。それに気付いたセブルスは少し歩調を緩めてくれたけれど、その足が止まる事は無い。
「ごめんなさいね、またの機会に」
驚いて立ち尽くしてしまったリーマスに苦笑して手を振って、私は腕を引かれるまま歩いた。背後ですかさずギルデロイが「よろしければ私がお教えしましょう!」とリーマスに声を掛けているのが聞こえた。
無言で廊下を歩くセブルスの後ろで、仕方ないの人、と苦笑する。
セブルスがリーマスに対して憎悪に限りなく近い感情を抱いているのは知っていた。彼個人に、というかマローダーズに。嫌悪にも似たその感情は、本人が目の前に現れたものだから中々抑える事が難しいだろう。それにしたって露にし過ぎな所もあるけれど。
恋人と嫌いな人間が関わっていたら、私も嫌だ。それが分かるから、少々強引にあの場から連れ出されても何も言わなかったのだから。
「……考え事とは、中々余裕の様だな」
突然セブルスが立ち止まったと思ったら、目の前には見慣れた扉。いつの間にか自室に到着していた様だ。
「セブルス、送ってくれてありがとう。手を離してくれる?」
返ってきたのは沈黙。こちらを振り返った彼は、ジッと私を見つめたまま動かない。その目は暗く翳っている様にも感じられ、何かしらの負の感情がセブルスの心の中で渦巻いているのかもしれない。
「アー……良ければ寄っていく?」
少しでもかれの心が軽くなればと提案すると、セブルスは顎を引く様に頷いた。
手を繋いだまま実験室部分を通り抜けて私室に入った瞬間、セブルスに正面から抱き竦められた。
「え……!?」
カアッと全身が熱くなる。セブルスのローブから漂う薬草や魔法薬や、それからその奥の仄かなサシェの匂いが、普段は落ち着くそれが余計に心臓をドキドキとさせて私の余裕を無くしていく。
ワタワタと反射的に身動ぎすると、背に回る腕に更に力が籠って動けなくなってしまった。そろそろとセブルスの背に腕を回してきゅ、とローブを摘むと、彼はグリグリとその頭を私の肩と首筋に押し付けた。
「せ、セブルス……?あの、どうかした?」
「…………君の時間を、独占できたら良いのに」
「っ!」
顔の熱が更に上がる。きっともう首まで真っ赤だ。
それ程までに、マシュマロが溶けたココアの様な、蜂蜜を掛けた糖蜜パイの様な、そんな甘い甘い声だった。その奥にじんわりと広がる昏い執着の色すら心地好いと思える様な、様々な感情を溶かして煮詰めた声音だった。
「セブ……ンンッ!」
セブルスの名前を呼ぼうとしたその口を、彼の唇で塞がれた。性急に唇を割って押し入ってきた舌に応えるのが精一杯で、呼吸もままならない。厚くて熱い舌が、私の上顎の裏や歯列をなぞって、その奥に縮こまる私の舌を絡め取る。
いつの間にか後頭部を片手で固定されていて逃げられない。逃げる気も無いのだけれど。
「ふ、ん……ふぁ、ンッ、ん……っ」
必死に息を吸おうとして変な吐息が漏れるのが恥ずかしい。そんな声が出る度にセブルスの舌が激しく動くのも。
呼吸が中々できなくて頭がクラクラしてきた頃、私の口内を蹂躙して満足したのか、ようやくセブルスが私を解放した。すっかり息の上がった私は、そのまま彼の胸にもたれかかった。そんな私の頭を、セブルスは宥めるかの様に優しく撫でる。
「メイ……」
「せ、セブルス、あの、急にどうしたの……?」
息を整えながらそう聞くと、セブルスは少しの間沈黙した後「……急ではない」と唸る様に呟いた。
「君が周囲に親切な事は、元より分かっていた事だ。その対象が限られているとしても、君は最大限心を砕く。それが君の美点である事も理解しているつもりだ。……しかし」
セブルスはそこで1度言葉を切って大きく溜息を吐いた。抱き締めてくる腕にグッと力が入る。意外と厚い胸板の向こうで、自分の物とは違う、少し速い鼓動が聞こえる。
「君の時間を、君の心を、少しでも他人が占めている事が耐え難くなる時がある。叶うなら、君と接する人間が私だけになればいいのにと考えてしまうくらいには。そんな事は不可能なのに」
「セブルス……」
無性に彼の顔が見たいと思った。
モゾモゾと動いて上を向き、彼の頬を手の平で包み込んで目を合わせた。
黒曜石の瞳の奥はユラユラと揺れて、しかし私から目を逸らす事は無い。彼の黒色に反射する私の顔は、ちょっぴり困った風に、けれど嬉しそうに微笑んでいた。
「セブルス」
「……何だ。説教なら要らん」
「ありがとう」
礼を伝えると、セブルスは珍しく固まった。驚いたらしい。
それに構わず、私は言葉を続けた。
「貴方が私を見てくれているだけでどれ程嬉しいか、いくら言葉を尽くしても足りないわ。しかも独占したいと思ってくれるなんて。それくらい、私を想ってくれてありがとう。私、とても幸せよ」
「メイ……」
「セブルスにだけ関わる事はできないけれど、私の唯一も1番も貴方だけ。今までも、これからもずっと。それじゃあダメかしら?」
セブルスの目を見据えて真っ直ぐに伝えると、彼はその瞳の奥の激情を1度激しく揺らして、それからお互い惹き付け合う様にキスをした。
静かな部屋の中、どれ程の時間互いの熱を感じていただろう。やっぱり呼吸は上手くできなくて、変な声は出たし、頭はクラクラするけれど、絶大な幸福感が私の心を満たしていた。セブルスの心が向けられるなんて、夢にまで見て諦めた事だったから。
縋る様にセブルスのローブを掴んで、それが許されている事にポカポカと胸が温かくて、キスの最中も幸せで泣きそうになっていると、唐突にスルリと腰の辺りを撫でられた。
「……ぁっ」
ゾワッとした何かが背筋を駆け抜けて全身がビクリと震えた。変に甘い声が自分の口から飛び出た事が信じられなくて固まっていると、ハッとした顔になったセブルスがサッと距離を取った。
「セブルス、あの……」
「……すまない、明日も早いのだろう。今日は寝たまえ」
素早くそれだけ言ったセブルスが身を翻して出て行こうとしたから、つい反射的にそのローブの端を掴んでしまった。
「……何かね」
こちらに背を向けたままのセブルスへ、高鳴った心臓の衝動のまま言葉を放った。
「その、今日、良かったら泊まって行かない?朝は早起きになってしまうけれど、それでも良かったら……」
深く考えずに出た言葉を聞いて、セブルスは大きく深い溜息を吐いた。そしてバッと勢い良く振り返ってツカツカと私と拳1つ分の距離まで戻ってきたかと思うと、私の両頬をその大きな手で掴んで固定した。え、と思う間も無く唇を塞がれ、先程より執拗に丹念に口内を味わわれてしまった。
再び肩で息をする状態になった私を真正面からギッと睨み、ギラギラとした瞳のままセブルスは振り絞る様に唸った。
「私の理性が仕事をしている内に大人しくベッドに入りたまえ。もちろん1人でだ。良いか、私は君を大事にしたいと思っているのだ。それを君自身が台無しにする様な事をするな。良いかね?安易に、ひとを、煽るなと言っている」
「ひゃ、ひゃい……」
あまりの勢いに何度も頷いてローブの端を手放すと、セブルスは鼻息を1つ残して今度こそ部屋を出て行った。
ヘナヘナとその場に蹲った私は、彼の言葉の意味と先程の自分の失言の意味をようやく理解してしばらく顔を覆ったまま動く事ができなかったのだった。
鬼雨「鬼の仕業かと思う様な激しい雨」
28話目です。
夏休みがやっと終わったと思ったら新学期進んでませんね!w
急にギュンッと進むので、時間経過が分かりやすく書けるように頑張ります。
最近甘さ足りてないな…と思って糖分ぶっ込んでみました。甘くなれと念じながら書いているので多少甘くなっている、筈。
さて、ロックハートやクィレルが城にいる分、席順を原作から少々変更しています。元々の席順の法則もちゃんと理解できていないですが、最低限自分も読者の方も困らない様に表現できればと思っております。
クィレルやロックハートとルーピンへの夢主の対応の差を感じていただけていますでしょうか?感情の書き分けの参考になりますので、よろしければそこら辺も感想いただけると嬉しいです。