百合の影から覗いて   作:細雨

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始まりは一粒の種〜賢者の石篇〜

新年度はいつもそわそわしてしまう。教員になって何年経っても、それは変わらない。でも、今年はまた違う緊張感が私の胸中を掻き乱していた。

ついに明日、『生き残った男の子』が、ハリー・ポッターが入学してくる。マグルの元で育てられていたらしく、どんな子なのか想像がつかない。直接的に知り合いではなかったけれど色々と噂を聞いていたジェームズ・ポッターに似ていないといいな、と何となく思った。彼はセブルスに対して大層酷いことをしていたらしいし。

学生時代、セブルスと過ごしていた時は人目をなるべく避けていたから、悪戯仕掛人の4人のことには詳しくない。リリーに関しても数度喋ったことがあるくらいだ。

つらつらとそんなことを考えながら、私は禁じられた森を歩く。昼間の森は夜とは雰囲気が全然違っていて、これはこれで楽しい散策となっている。ちゃんと目的はあるのだけれど、居場所が分からないから半分散歩のようなものだ。

──あの日以来、セブルスは『あの子』の話を一切しない。刹那覗いた彼の心は、その黒衣に包まれたかのようにまた見えなくなってしまった。

私からあえて話題にするようなことはしない。怖くてできない。リリーが、よりにもよってジェームズ・ポッターと結婚し、あまつさえ子供までいるという事実に対するセブルスの心情は察して余りある。

これ以上彼が傷つくのは嫌だ。だから私は、薄氷を踏むかのような心地で彼の内側に入らないように立ち回っている。……結局は、ただただ自分が嫌われたくないだけなのだ。

「……なんて臆病なのかしら」

ポツリと零れた言葉は、木々の間に溶けて消えた。

しばらく森の中を歩いていると、視界に特徴的な白い幹が映った。目的の木だ。駆け寄ると、太い幹の立派な白樺がただ1本、そこに鎮座していた。

年が明けて数日経ったある日、朝の日課であるふくろう小屋の掃除をしていた際、たまたま見つけたのだ。周囲には同じような木は無い。もしかしたら、私と同じ目的で昔誰かが植えたのかもしれない。

木を前に、姿勢を正して祈りの形に手を組んで目を閉じる。

「私に恵みをお与えください」

口上が正しいかは分からない。私の父方のルーツであるケルトの魔術は、口伝ゆえに失われた部分が余りにも多いからだ。

ひたすら無心で祈る。そうしたまま、何分が経っただろうか。不意にパサリと乾いた音がした。

目を開けて見れば、白樺の枝が1本私の足元に落ちていた。

「良かった、ありがとうございます」

ありがたくその枝を拾い上げ、私はその場を後にした。

その日の夜、私はセブルスの元を訪ねた。地下牢教室の扉をノックすると、少しの間を置いて部屋の主が顔を覗かせた。

「こんな時間に何の用かね?」

「ちょっと渡したい物があって。良かったら入れてくれない?長居はしないわ」

「……分かった」

セブルスが身を引いたため、私はするりと室内に入った。見れば、いつも着ているローブを脱いで黒のシャツとスラックス姿になっている。もう寝るところだったのかもしれない。

「ごめんなさい、寝る前だったのね。悪いことしたわ」

「いや、構わない。……ハーブティーで良いか」

「ええ、ありがとう」

なんとセブルスは私室まで招いてくれた上、ハーブティーまで淹れてくれた。見えにくいけれど、本当に優しい人。

セブルスが持って来てくれたカップを少しどきどきしながら受け取り、念の為防音呪文を部屋全体にかける。そのせいで彼が訝しげな顔になるのを置いて、私はハーブティーを口に含んだ。

「美味しい。セブルスはお茶を淹れるのが上手ね」

「フン、褒めても何も出ないぞ。……それで、何の用かね?わざわざ防音呪文までかけるのだ、余程のことだろう?」

「防音呪文は念の為よ。これを渡したくて来たの」

私はローブの内ポケットから今日作ったサシェを取り出してセブルスに手渡した。彼は袋状のそれをまじまじと観察して、「サシェのようだが……どういう意味だ?」と私に問うた。

「私の父方の家系がケルトの流れを汲んでいるの。その魔術を私も少しだけ使えるから、それで作ったのよ。それだけだと不安だから、独自にルーンを組み合わせてみたの。何の意味も為さないかもしれないけれど、少しでも助けになればと思って……」

喋っている間に、自分がしたことはお節介だったのではないかという気がしてきた。セブルスは無言でサシェを見つめたまま。

「あの、一応貴方の守護樹木である白樺を頂いてきてそこに入れてあるのよ。他人が採った物じゃなくて自分で生木を貰ったから、効果は大きいはず、です。他にもちょっと色々入れたけれど。…………ごめんなさい、大きなお世話だったわよね。貴方はこんな物無くてもだいじょう、」

「これは、何を入れている?」

セブルスの手からサシェを取り戻そうした瞬間彼が口を開いたため、私は慌てて自分の手を引っ込めた。

「え?あ、ああ、えっと、ハナミズキの枝とラベンダーを少し」

「それも何か意味が?」

「ええ。ハナミズキには守護、ラベンダーは安眠を助けるように、そして白樺は貴方の守護樹木であると同時に守護と魔除けを意図している。それに、白樺にはハガルのルーンを刻んであるわ」

「魔除けと守護を盛りに盛ったのだな」

セブルスが小さく苦笑した。

いいじゃない、やれることはやっておいた方がいいのよ。

「ありがたく受け取っておこう。これは身に付けた方がいいのかね?」

「部屋の、できれば寝室に置いておくだけでいいわよ。香りが薄くなったら言ってくれれば交換するし。……その、本当に良いの?」

「何がだ」

「私から押し付けておいて何だけれど、お節介だったんじゃないかって……」

「君のお節介は昔からだ」

何て捻くれた言い方なんだろう。とても彼らしい「気にするな」に、私は安堵した。

学生時代に色々食べさせてたの、やっぱりお節介だと思っていたのね。

それでも、受け取ってくれたのが嬉しかった。

「ありがとう、セブルス。お茶も。これ以上夜更かしさせるのも悪いし、もう失礼するわ」

ハーブティーを飲み干し、防音呪文を解除した私はセブルスに礼を言って席を立った。部屋の扉の方へ歩く私の後ろを、彼も無言で付いて来る。

「ここまででいいわよ、教室の施錠はしておく、か、ら──」

ドアノブに手をかけて振り向くと、存外近くにセブルスの顔にあって驚いた。お互いの鼻先が、もうすぐ触れてしまいそうな距離にある。固まってしまった私を、彼はただじっと見つめている。

セブルスの身体でできた影が私をすっぽりと包んでしまっていて、彼しか見えない。仄かに煌めく、彼の黒曜石の瞳しか。

吸い寄せられるような引力を内心で自分を叱咤することで振り切って、恐る恐る彼の名を呼ぶと、セブルスは瞬きひとつしてようやく口を開いた。

「ヴァレー、君は……」

「な、何?」

「…………いや。君の部屋にもあるのか?」

「何が?」

「先程くれたようなサシェだ」

「ええ、寝室にあるわ。香りは違うけれど。それに、ほら、私は身に付けてもいるわ」

ひらりと自身のローブを捲って腰元を見せる。私はサシェをポーチと一緒に付けているのだ。

それをちらりと見て、セブルスは「そうか」と頷いた。

「気を付けて帰りたまえ」

「ええ、そうするわ。おやすみ、セブルス」

挨拶を返す代わりに頷いた彼へ微笑み、私は静かに部屋を後にした。

教室の扉も外からきちんと施錠し、地下牢教室を出て階段を登る。歩く足がどんどん早く、駆け足になっていく。「走るな」と注意する人のいない廊下を、走って走って走って。ついにはふくろう小屋まで辿り着いてしまった。

息が切れて、喉が焼けるように熱い。鼓動が苦しい程早いのは、全力疾走したせいだけではない。

ふくろう達が、突然の訪問者にバサバサと翼を降って抗議してきた。

「あ、ごめんなさい、外出るわね」

謝りながら小屋の外に出て、扉のすぐ側の階段に腰掛ける。

まだ動悸がする。頬が熱い。冷やすために手を当てても、手の平の方が温かくなっていく程に。

セブルスの、少しだけ香った薬草の匂いが、まだ鼻に残っているような気がする。

少しかさついた唇が目に焼き付いている。不思議な引力を感じる黒の瞳も。

頭の中では沸騰しそうなくらいの勢いで、先程のことがぐるぐると回っている。

サシェは本当に嫌ではなかったかしら?でも渡せて嬉しい。それに、薬草の匂いは嫌いじゃない。きらきらと輝く黒色も。

とっちらかった思考に自分で辟易して、私は座り込んだまま壁にもたれかかった。上を見ると、雲ひとつ無く星が綺麗に見えている。

夜の星空は、私の頭を徐々に冷やしてくれた。どこかでふくろうがホーゥと鳴いた。

──ああ、「何か」が始まる予感がする。

魔女の勘は良く当たるのだ。

私は私ができることをしなければ。

 

新学期が始まる日の私の仕事のひとつに、ホグワーツ特急内の見回りがある。と言っても、キングズ・クロス駅から乗り込む訳ではなく、ホグズミード駅で停車した列車内に人や物、動物が残っていないかのチェックをするのだ。たまに、眠り込んでいる生徒や脱走したペットが残っていることがあるから。

今年も同じように、降りてくる生徒たちの流れに逆らって挨拶を返しながら列車内に入り、1番後ろの車両から順番に点検して行く。

「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」

外ではハグリッドが新入生を集めている。彼らの中に『あの子』がいるのだろう。入学式で見られるんだから、と見てみたい気持ちをぐっとこらえ、私は順々にコンパートメントの扉を開けて誰もいないことを確認し続ける。

そう言えば、と思い出すのは夏期休暇中──教員にとってはほぼ休みではないが──にダンブルドア校長から通達された物についてだ。まさかグリンゴッツからホグワーツに賢者の石を移すなんて。いくらホグワーツが安全な場所だとしても、非常に大胆な策と言わざるを得ない。

その上、三頭犬のフラッフィーを番犬にすると来た。もし万が一生徒が迷い込んだらどうするのだろう?4階の廊下は立ち入り禁止にするとは言っていたけれど、あの年頃の子供はダメと言われればやりたくなる年頃だ。

念の為傷薬を作っておいた方がいいだろうか?

そんなことをつらつら考えていると、先頭車両まで全て点検し終わっていた。今年は残っている人もペットもいなかったわね、よしよし。

私は組み分けに間に合うように急いでホグワーツへ向かった。

 

教員席のセブルスの隣の席に滑り込んだ時、ちょうど組み分け帽子が登場するところだった。

「ふぅ、間に合って良かったわ」

「毎回ご苦労なことだな」

「今回は誰も残ってなかったわよ。1年生もみんな無事に城に辿り着けたようで良かったわ」

「余程ボートで暴れない限り、城には来られますからな」

「ふふ、そうね」

自分が初めてホグワーツ城を見た時が懐かしい。暗い中ボートに乗っていると、荘厳な城がぐわりと現れるのだ。実に素晴らしい、記憶に残る登場の仕方だと思う。

私とセブルスがひそひそ話している間に、組み分け帽子はいつもの歌を歌い終わっていた。ついに組み分けが始まるのだ。

次々と新入生が呼ばれて組み分けされていく。どの子も、怖々と、もしくは目を輝かせて組み分け帽子を被っていく。私自身も昔体験した、感慨深い光景だ。

「グレンジャー・ハーマイオニー!」

癖毛の可愛らしい女の子だ。興奮に目をキラキラさせた、理知的な顔をしている。レイブンクローかと思ったが、グリフィンドールに組み分けられていた。

「マルフォイ・ドラコ!」

「……あら?」

聞き覚えのあるファミリーネームに首を傾げる。前に進み出てくるのは、確かに見覚えのあるプラチナブロンドを持つ男の子。

「ねえ、セブルス」

こっそりとセブルスに声をかけると、何の用だと言わんばかりに横目で見られた。

「今組み分けしている子って、もしかしてMr.マルフォイ……ルシウス・マルフォイのご親戚かしら?」

「彼の息子だ。……君はルシウスと知り合いなのか?」

「いえ、知り合いという程でもないわ。1度声を掛けられただけだもの」

「何?」

セブルスの顔がこちらを向いた。その少し緊張が走った表情を不思議に感じながらも、あの時のことを思い出しながら口を開く。

「確か……そう、セブルス、貴方のことで立ち話をしたわ。『交流があるそうだが何の話を?』って聞かれたから、『魔法薬の材料である薬草の扱い方についてです』って答えたの。少し詳しく尋ねられたけれど、薬草についてはあまり興味無さそうだったわね。貴方との付き合いは続けて欲しいって言われて会話は終わったわ」

「……そうか」

浅く頷き、セブルスは目線を組み分けに戻した。ちょうどドラコ・マルフォイがスリザリンに組み分けされ、嬉しさに頬を紅潮させながらも必死に澄ました顔を取り繕っている少年がスリザリン寮の席へ歩いて行く。感情が素直に表に出る、まだまだ可愛らしい子だと思った。将来は父親のような、常に澄ました顔をしている人になるかもしれないけれど。

おそらくMr.マルフォイは、寮外の知り合いがリリーくらいしかいなかったはずのセブルスの交友関係が気になったのだろう。セブルスは以前Mr.マルフォイからは評価を受けていたと話していたし、Mr.マルフォイ側も目を掛けている人間の周囲に新しく登場した人物──つまり私だ──を確認しておきたくても不思議じゃない。セブルスの交友関係は寮内であっても酷く狭かったみたいだから余計に。

「ポッター・ハリー!」

大広間中の注目が、その少年に集まった。緊張か居心地の悪さかその両方かで強張った顔の、くしゃくしゃの黒髪を持つ少年が進み出てくる。

──あの子が、『生き残った男の子』ハリー・ポッター……リリーの子供なのね。

随分と痩せている、というのが第一印象だ。リリーの面影は無いな、とも。

ちらりと横を見てみると、黒衣の彼の眉間に深い皺が1本増えていた。ということは、あの子は父親似ということだ。しかもそっくりなのだろう。お気の毒に……。

あの子が組み分け帽子を被って時間が経つにつれて、大広間のざわつきが広がっていく。組み分け困難者だ。極たまにあることだが、今回はあの『生き残った男の子』が対象だからか、特にざわめきが大きいようだ。

「グリフィンドール!」

わぁっとグリフィンドールの席から大歓声が上がった。あの子も嬉しそうに笑って駆けて行き、もみくちゃにされながら歓迎されていた。他寮の席ではがっかりした雰囲気が漂っていて、特にまだ何かといがみ合いの多いスリザリンでは特に落胆している様子が良く見て取れる。

──私は寮監ではないから分からないけれど、ミネルバはあの子が入ってきて嬉しく思ったりするのかしら?

ふとした疑問だったが、気にはなったので後で時間がある時にでも聞いてみようと心にメモをした。

「ウィーズリー・ロナウド!」

真っ赤な赤毛が特徴の少年は、組み分け帽子を被せられてすぐに「グリフィンドール!」と叫ばれていた。これで兄弟全員がグリフィンドールな訳だ。性格はそれぞれ全員違うけれど。特に今3年生のウィーズリーの双子は、中々に強烈で個性的で、そして面白い魔法をたくさん使っている。私はいたずらの対象にはなったことはないが、セブルスやミネルバが随分手を焼いているらしい。どちらからも愚痴を聞くから。上3人はもっと穏やかというか静かな方だったから、余計にそう感じるのかもしれない。

今年も無事に組み分けは終わり、注意事項がダンブルドア校長から説明された後宴が始まった。

それにしても、わざわざ「4階は立ち入り禁止」って言ったら、逆に興味を持ってしまわないかしら?これくらいの年頃ってダメと言われたことこそしたくなるものなのだし。

一応気に留めておこう、と思いつつ、私も夕食を開始した。後にこの懸念が当たることになるとは露知らず。

 

魔法界の英雄が入学したからと言って、私の仕事には何の影響も無い。ダンブルドア校長からあの子を──ハリーを見守るようお願いはされているが、四六時中見張っているわけにもいかないからだ。せいぜい、同じ空間にいる時にさり気なく注視する程度が関の山。その上、ケトルバーン先生はあまり私に授業中の手伝いを頼まないため、接点は薬草学くらいしか無い。

「「ヴァレー先生、こんにちは」」

「こんにちは。今のはセーフだったけれど、廊下は走っちゃダメよ?」

「「はい、先生」」

いつの間にか2人でずっといるようになっていたハリーとロンは、良いお返事をして駆け足ギリギリで去って行った。

薬草学の授業中に何度か話したことしかないけれど、こちらが思ったより親しみを持ってくれているようだ。他の子たちもそうだが、何故かそこまで接点が多くない生徒でもすれ違いざまに挨拶してくれるくらいは親しんでくれている。教授たちと違って、宿題を出したり叱ったりすることが無いからかしら?

1度セブルスに雑談のついでに聞いてみたのだが、「知らん」とにべも無かった。心底興味が無さそうだったし、私もそこまで強い興味がある訳でも無かったので、それで話は終わった。

 

新学期前に感じた「何か」は、全くその片鱗を見せない。せいぜいハリーが入学したことくらいだけれど、魔法界の英雄と言えども、今までマグルの所で養育されていたためだろう、成績も中間くらいのようし、特別な力を持っているとは今のところ聞いていない。ああ、そういえば、史上最年少のシーカーになったとミネルバがはしゃいでいた。少女のように目を輝かせた彼女は、本当にクディッチが好きなんだなぁと感じられた。だからといって特例で1年生をシーカーに任命するのは私情が入り過ぎだとは思うが、彼女の熱狂度合いを考えると仕方がないことかもしれない。

私はと言えば、見るのは好きだがそこまで熱狂的な訳では無い。所謂ライト層というやつだ。

何かしらあるのは年明けかもしれないなぁ、と考えていた矢先の出来事だった。

ハロウィンの今日、生徒たちはもちろん教員である私たちも浮き足立っていた。豪華な飾りを楽しみ、様々な料理に舌鼓を打っていた、その時。

「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って……」

大広間の扉から転がり込んできたクィリナスがそう叫んでその場にばったりと倒れた。と同時に、子どもたちが一気にパニックになり、大広間は阿鼻叫喚状態になってしまった。

ダンブルドア校長が生徒たちを何とか静かにさせた後、各寮の監督生たちに指示を送るのを聞きながら、私は急いでクィリナスの元へ駆け寄った。一瞬彼の身体がビクリと震えた気がするが、とりあえず首元に手をやって脈を取る。……生きている。気絶しただけのようだ。

胸を撫で下ろし、私は1度ダンブルドア校長の所へ戻った。

「ダンブルドア先生、クィリナスは気絶しているだけのようです。医務室に運んで来ます」

「うむ、頼んだ。しかし、くれぐれも気をつけるように」

ダンブルドア校長の言葉に、私も頷きで返した。その際、教員席の後ろの扉からするりと出ていくセブルスと視線が合った。4階に行くのだろう。気を付けて、という気持ちを込めて見つめると、彼は頷いて扉を閉めた。

周りでは監督生が生徒たち、特に低学年の子たちを宥めながら学年ごとに分かれて移動し始めている。教授たちも、生徒たちの警護に当たる人、地下へ向かう人と分担して対処している。

それぞれがそれぞれの役割を全うしている中、私も倒れたクィリナスを運ぼうと大広間の出入口に目を向け──いない!

何故!?さっきまでそこで気絶していたはずなのに!

急いで出入口まで駆け寄り、周りを見渡すがクィリナスの影も形も見当たらない。ただただ生徒たちが急ぎ足で避難して行くだけだ。

「誰か!クィレル先生を知らない!?」

近くの子どもたちに声をかけると、ハッフルパフの子が「よたよたしながらあっちの方へ歩いて行きました」と教えてくれた。彼女が指差した方向には医務室がある。

気が付いて自力で医務室へ行ったのかしら?それなら良いんだけど……後を追うべきかしら……?

避難して行くハッフルパフの生徒たちに付き添いながら思案していると、ちょうどハリーと目が合った。彼は切羽詰まった顔でロンと共に私の元へ走って来て小声で言った。

「ヴァレー先生、ハーマイオニーがいないんです!彼女はトロールのことを知らない!」

「何ですって!?」

心臓が凍ったような心地がした。トロールが校内にいるだけでも危険なのに、それを知らない生徒がいるなんて!

私は先に走り出した2人の後を追って駆け出した。ハーマイオニーの居場所に心当たりがあるのだろうか?

とりあえず行き先を彼らに任せてみようと追いかけて行く──何故か少しコソコソしながら移動していた──と。

「何か匂わないか?」

立ち止まったロンがそう言うので、辺りを嗅いでみる。すると、汚れた靴下と、掃除をしたことがない公衆トイレの匂いを混ぜたような悪臭が私たちの鼻をついた。

3人揃って顔を思いっきり顰めていると、低い唸り声と巨大な足を引きずるように歩く音が聞こえてきた。

ロンが震えながら指を差した。その先には、廊下の向こうから近付いて来る大きな影が。

「ハリー、ロン、こっちに!」

近くの物陰に2人を引っ張りこんで息を殺していると、影の主がぬっと現れた。

──ああ、そんな……。

巨大なトロールだった。もちろんトロールは総じて巨体だが、校内にいると余計にそれが感じられた。長い手で太い棍棒を引きずって歩いている身体は、酷い悪臭を放っている。

トロールの対処が大人でも難しいのは、私も良く分かっている。彼らはとにかく魔法の効きが悪いのだ。失神呪文でさえ、何発も打たないと倒れてはくれない。

どうする……他の先生方を呼びに行きたいけれど、この子たちを置いて行く訳にはいかない……。

私が様子を窺いながら考えている間に、トロールがあるドアの前で立ち止まった。暗くて見えにくいが、そこは女子用トイレのはずだ。何故か開いている出入口からそのまま中をじっと見たと思ったら、のろのろと前屈みになりながら中に入って行った。

「鍵穴に鍵がついたままになってるわ。彼を閉じ込めてくるから2人はここで待っ、」

「僕行ってくる」

「ハリー、僕もっ」

「待ちなさいっ」

私が待機の指示を言い終わる前に、2人は隠れていた物陰から飛び出してしまった。といっても、ジリジリと開けっ放しのドアに近付いているため、進む速度は遅い。しかし中にはトロールがいるから、私も下手に動けない。

もし迂闊に動いて物音を立ててしまったら?その音がトロールを呼び寄せてしまったら?2人は確実にぺしゃんこになってしまう。

その場に縫い付けられてしまったかのように見守るしかできない私の視線の先で、2人はじわじわとドアに近付き、最後の1歩は大きくジャンプして、ハリーは鍵を掴んでドアを閉めて鍵をかけた。

「「やった!」」

「良くやったわ!早くこっちへ!」

トロールを閉じ込めた彼らは、満面の笑みを浮かべて私の元へ走り寄って来た。合流した私たちが急いで先生方を呼びに行こうと歩き出した瞬間。

「キャアアアアァッ!!!」

恐怖に染まり切った悲鳴が、今まさにハリーが鍵をかけたばかりの部屋の中から聞こえた。

「しまった!」

呻いたロンはもちろん、ハリーも私も真っ青になっている。

「今の声はまさか」

「「ハーマイオニーだ!」」

考えている暇は無い。

私たちは女子用トイレまで全力疾走した。走りながら杖を引き抜き、アロホモーラで解錠する。錠前のぶら下がるドアを思い切り開け、3人揃って室中に突入した。

中は惨状だった。棍棒を振り抜いたのか、トイレの個室の上半分が全て壊されている。

幸いなことに、ハーマイオニーはまだ生きていた。トイレの奥の壁に小さくなりながら張り付いている。

しかし猶予は無い。トロールは洗面台を次々と破壊しながら徐々に彼女に近付いて行く。

私は覚悟を決めた。

「ハリー、ロン、ハーマイオニーを!私が囮になるわ!」

「そんな、先生!」

引き留めるロンの声を聞きながら、私はトロールへ向けてイモービラスを唱えた。

動きを止める魔法のはずなのに、トロールの動きは少し鈍った程度。余りの効きの悪さに思わず舌打ちが出るが、その間にハリーとロンはトロールの横を駆け抜けてハーマイオニーの元に辿り着いていた。

「こっちよ!こっちに来なさい!」

念の為彼らにプロテゴをかけた上で、私は周囲のトイレの破片やら取れた蛇口やらを魔法で次々とトロール目掛けて繰り出した。攻撃魔法を使いたいのが山々だが、向こう側に生徒たちがいてはやりにくい。プロテゴも全ての呪文を防げるわけではないのだ。

さすがに鬱陶しかったのか、トロールがこちらを向いた。その鈍い目が私を捉える。一瞬迷った様子を見せたが、棍棒を振り上げながら今度はこちらに近付いて来た。

「今の内だ!」

「早く、走れ!走るんだ!」

ハリーとロンが2人がかりでハーマイオニーをトイレから連れ出そうとするが、彼女は腰が抜けてしまったのか動けない。

不運なことにその叫び声や室内に響いたこだまがトロールを刺激してしまったのか、唸り声をあげながら棍棒を思い切り振りかぶった。──私へ向けて。

──ああ、死ぬのね。

明確な死の予感。失神呪文をトロールの頭部目掛けてかけるが、やはり倒れてはくれない。スローモーションで棍棒が迫ってくる。襲い来る痛みを覚悟して身体を固くした、その時。

ハリーが突然走り出し、後ろからトロールに飛び付き、腕をトロールの首元に巻き付けた。そして渾身の力を込めて杖をトロールの鼻に突き入れた。

さすがに痛みを感じたトロールが、めちゃくちゃに棍棒を振り回す。私はその棍棒を避けることで精一杯で、トロールの首にしがみついているハリーを助けることができない。

逃げ回る視界の端で、座り込むハーマイオニーの側にいたロンが杖を抜いたのが見えた。何をする気かと思った瞬間。

「ウィンガーディアム・レビオーサ!」

呪文の当たった棍棒がトロールの手を飛び出し、空中高く高く上がり、ゆっくり一回転してから鈍い音を立てて持ち主の頭の上に落下した。トロールが目を回しながらたたらを踏む。すかさず失神呪文を唱えると、さすがにトロールはその場にうつ伏せに倒れた。棍棒はそのまま私の左側を掠めて床に落ちた。

「ハリー!」

立ち上がり、息も絶え絶えな少年に駆け寄り、抱き締めた。息は乱れ、細い身体がブルブルと震えている。無理もない。マグルの世界から魔法界へ来たばかりなのに、あんなに凶暴な生物と対峙しなければならなかったのだから。

「大丈夫?怪我は無い?」

「は、はい、大丈夫です」

プロテゴを解除した上でぱたぱたとハリーの制服についていた土埃を払いながら確認すると、彼は何とか頷いた。もう少し彼のケアをしてあげたいけれど、生徒は彼だけではない。

私は次にロンとハーマイオニーの元へ走った。

「貴方たちは?怪我は?」

「だ、大丈夫です、先生」

「私も、大丈夫、です」

念の為2人の身体も軽く触って、怪我や痛いところが無いか確認する。幸いにも、3人とも被害は汚れと疲労だけのようだ。

「これ……死んだの?」

ハーマイオニーが倒れたトロールを見ながら恐る恐る聞いた。私は首を横に振って「気絶しただけよ」と答えた。トロールを完全に倒すのは本当に難しいのだ。

「ウエー、トロールの鼻糞だ」

いつの間にかハリーがトロールの顔付近で屈みこみ、自分の杖を引っ張り出していた。その杖先にはべっとりと灰色の糊の塊のような物がついている。それをズボンで拭き取ろうとするのを制止して、トロールの鼻糞を触らないように瓶に採取して──魔法薬の貴重な材料なのだ──から、杖と3人の服にスコージファイをかけて綺麗にしてあげた。ハリーは引き攣った顔をしていたけれど。トロールの鼻糞が魔法薬の材料になるなんてまだ知らないものね。

急にバタンと音が聞こえ、複数人の足音が近寄って来た。顔を上げて音の方向を見ると、間もなくミネルバが飛び込んで来た。その後ろにセブルス、クィリナスが続く。

クィリナスはトロールを見るだにヒィッと弱い悲鳴をあげて座り込んでしまった。セブルスはくっきりと眉間に皺を寄せてトロールを覗き込んだ後、私を睨めつけた。ギラギラと光る黒い瞳は、明確に怒りを示している。

正直、とっても怖い。トロールとは別種の恐ろしさだ。

私がセブルスの睨みに固まっていると、ミネルバが唇を蒼白にさせてワナワナと震えながら口を開いた。

「一体全体、これはどういうことですか」

彼女の声は怒りに満ち満ちている。こっちはこっちで怖い。

「殺されなかったのは運が良かった。メリルがいたとしてもです。寮にいるべき貴方達がどうしてここにいるんですか?」

さすが副校長と言うべきか、迫力がすごい。気圧されてしまうのを自覚しながら、私は子供たちの前に立って答えた。

「ミネルバ、ハリーとロンはハーマイオニーを探しに来たんです。2人は私に助けを求めました。生徒たちに怪我はありません」

「マクゴナガル先生、2人は私を探しに来たんです」

「ミス・グレンジャー!」

ハーマイオニーが私の影から出て肩を震わせながら言った。可哀想にまだ顔色は真っ青だ。ミネルバの眉が釣り上がる。

「私がトロールを探しに来たんです。私、私1人でやっつけられると思いました……。あの、本で読んでトロールについては色んなことを知ってたので」

ミネルバの眉がますます釣り上がり、口の端が引き攣った。背後で杖を取り落とす音がした。横目で確認すると、ハリーとロンが驚愕の眼差しでハーマイオニーを見ている。

どうして驚いているのかしら?もしかして彼女は嘘をついている?規則にとても厳しく、頭でっかち気味の子だが、確かに1人でトロールを探しに行くとは考えにくいけれど……。

少年2人がしおらしい顔を何とか取り繕っている間も、必死な表情のハーマイオニーの説明は続く。

「もし先生と2人が私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。ハリーは杖をトロールの鼻に刺し込んでくれ、ロンは棍棒をトロールの頭にぶつけてくれました。しかも、ヴァレー先生はトロールを引き付けてくれて、私たち3人にプロテゴをかけてくれました。先生自身は丸腰なのに!3人とも誰かを呼びに行く時間が無かったんです。先生たちが来てくれた時は、私、もう殺される寸前で……」

「まあ、そういうことでしたら……」

ミネルバは子供たちをじっと見た。

「ミス・グレンジャー、何と愚かしいことを。たった1人で野生のトロール捕まえようなんて、そんなことをどうして考えたのですか?」

ハーマイオニーはうなだれた。彼女は多分、ハリーとロンを庇っているのだろう。自分のせいで避難できずに巻き込んでしまった彼らを。ずっと生真面目に守っていた規則を破ったふりをしてまで!

「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから5点減点です。貴女には失望しました。怪我が無いならグリフィンドール塔に帰った方が良いでしょう。生徒たちが、さっき中断したパーティの続きを寮でやっています」

「気を付けて帰るのよ。後から痛いところが出てきたらすぐ医務室に行きなさいね」

「はい、先生」

ハーマイオニーはグリフィンドール塔へ帰って行った。

ミネルバは次に、私の後ろから出てきていたハリーとロンに向き直った。

「先程も言いましたが、貴方たちは運が良かった。成人した魔法使いでも苦戦しますから。でも大人の野生のトロールと対決できる1年生はざらにはいません。1人5点ずつあげましょう。ダンブルドア先生にご報告しておきます。帰ってよろしい」

「貴方たちも後から痛みが出たらすぐ医務室に行くのよ」

「「はい、先生」」

ハリーとロンはほっとした顔をしてバタバタと急いで部屋を出て行った。

「さて」

子供たちを見送ったミネルバが、今度は私に向き直った。

「メリル、トロールと対峙することが如何に危険か、貴女は良く分かっていたはずです。しかも子供たちを連れて。今回のこと、私たちを呼ぶ時間が無かったとはいえ、どれほど危険だったか分かっていますね?」

「はい、すみません」

私はしおらしく頷いた。ミネルバは怒ってはいるが、それと同じくらい心配しているのも分かっているのだ。

口元を引き結んでいたミネルバだったが、私の様子に少しだけそれを緩めた。

「貴女にもう減点も加点もできないのが残念です。……無事で良かった。ここは良いからもう部屋に戻って休みなさい」

「ありがとうございます」

チクチクと刺さるセブルスからの視線に居心地悪い気分を味わっていたため、私はミネルバの言葉に甘えさせてもらうことにした。

頭を下げて3人の前を通り過ぎる。その時、僅かな血臭が私の鼻をついた。すぐさま周りを見渡すと、セブルスの足に酷い傷があるのを見つけた。私が気付いたことに気付いたのか、セブルスが気まずげにさっと足を隠した。

フラッフィーね!?あれほどあの子に咬まれないようにって言ったのに!

私は早足で自室に戻り、消毒液と抗生物質、それに包帯を引っ付かみ、急いで地下に向かった。

魔法薬学の教室内は無人だった。それもそうだろう。トロールの処理やダンブルドア校長への報告など、やることはたくさんあるのだ。

仕方がない、待たせてもらおう、と手近な椅子に座ると、緊張の糸が切れたのか、ずっしりとした疲労で身体が重くなった。その上左腕もジンジンと痛み出してきた。棍棒が落ちてきた時に掠ったのだろう。骨は折れていないようだし、今日ぐっすり寝れば治るはず。

ひとつ、大きく深呼吸をする。薬草や魔法薬の様々な匂いが私の鼻をくすぐる。嗅ぎ慣れた、どこか安心する匂いだ。

それにしても、あのトロールはどこから侵入したのだろう?クィリナスは地下室にいたって言っていたのにあんな所で遭遇してしまったし……ホグワーツの守りは鉄壁の筈なのに……

「……何をしている」

唐突に教室の扉が開き、部屋の主が戻って来た。私はさっと立ち上がって彼を迎えた。

「やっと戻ってきたのね。待ってたわ」

「何をしているのか聞いている。我輩の記憶が正しければ、君は休みに戻ったはずなのだが?」

「用事が終われば休むわよ。ぐっすりね。さあ、早く座って」

「何だと?」

「座って、足を見せなさいと言ったのよ、セブルス」

仁王立ちしてセブルスを睨みつけると、私の本気が伝わったのか、彼は渋々椅子に腰掛けた。すぐさまスラックスの裾をたくし上げると、セブルスから「おい!」と焦ったような抗議の声が上がった。

「何をする!」

「治療よ。……これ、応急処置は?」

「……エピスキーをかけた。問題無い」

「大ありよ!動物による咬傷は危険で、抗生物質が必須なの。動物の口内は雑菌だらけだから、それが傷から体内に入れば下手したら死ぬのよ。はい、これ飲んで」

ポーチから取り出した抗生物質が入った瓶をセブルスに押し付けるが、一向に飲んではくれない。

「何をしているの?早く飲んで」

「結構だ」

「……何ですって?」

眉がぐっと寄るのが分かった。セブルスは瓶から視線を外して床を見つめている。

「多少痛む程度だ。問題は無い、何も」

「ふざけないで!!」

バシッと音がした、と他人事のように感じた。眼前ではセブルスの顔が左に振られており、その頬は僅かに赤くなっている。右手がジンジンと痛む。きっと、彼の頬も。

瞬間的に頭が沸騰してセブルスの頬を打ってしまった。ぐぅっと込み上げてくる物を、目元に力を入れることで耐える。

「二度と、そんな自分を蔑ろにするようなことを言わないで。怪我をしたのならちゃんと治療して。……もう、大切な──友人がいなくなるのは嫌よ」

──『大切な人』とは言えなかった。こんな時でさえ。

セブルスがぐっと奥歯を噛み締めたのが分かった。リリーのことを思い出したのだろうか。

再度飲むよう促すと、彼は今度は素直に従ってくれた。それを確認し、私は屈み込んで足の傷を消毒して包帯を巻く。

「…………すまない」

「気にしないで。化膿はしてないみたいだから、何日かしたら治るわ。毎日包帯は交換して。清潔第一で、足に負担をかけないようにすること」

「努力する」

彼らしい言い方に、ふっと小さく苦笑した。

一通りの治療を終え、私は立ち上がる。身体が重い。早く休まなくては、と私は「じゃあ、これで。打ってしまってごめんなさい」と歩き出そうとした。

「待て」

「どうしたの?」

「君はどうするんだ」

「何の話?」

私が訝しみながら聞くと、セブルスは無言で私の左腕を掴んだ。

「痛っ」

「やはりな。トロールか」

「棍棒が掠っただけよ。寝れば治るし、多少酷くなっても湿布薬があるわ」

「……そうか」

セブルスの目を見詰めながら言うと、彼は渋々私の腕を離した。私は今度こそ教室を後にした。

早足で自室に戻り、シャワーを浴びる。お湯が私の顔を伝っていくのに釣られてか、さっきは我慢できた涙がじわりじわりと溢れてきた。鼻がツンとなる。

──セブルスは、自分の身体がどうなってもいいのだろうか……?命に関わるかもしれない怪我を放っておこうとするなんて……。どうして……?リリーが、もういないから……?

私では、やはりダメなのだ。側にいることしかできない私では。彼の内側に踏み込む勇気の無い、意気地無しの私では。

彼の拒絶が怖い。嫌われたくない。何もできなくても、側にいたい。

自己中心的な願いばかりで、自分で自分が嫌いになりそうだ。こんな状態でも、まだ彼を諦めるという選択肢が無いことにも苛立つ。

彼の中にはリリーしかいないのに。

どれくらいの時間、シャワーを浴びていただろうか。

何とか気持ちを落ち着かせた私は、大雑把に髪を乾かしてパジャマを羽織り、ぼふんとベッドにダイブした。すぐに瞼が降りてくる。

今日は心底クタクタだ。身体も、心も。

私は抵抗することなく眠気に身を任せた。




3話目です。ついに原作軸突入です。どこをどう改変していくかの匙加減は人それぞれだとは思うのですが、私にはそれが1番の悩みの種でした。それは今もですが。
今後もよろしくお願いします。
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