クリスマス休暇の朝は、冷たく、しかし雪が煌めく始まりとなった。
生徒達は朝食の席からより一層賑やかにお喋りを楽しみ、友人達とのしばしの別れを惜しんだ。
グリフィンドールのテーブルにハリーがいない事が少し気に掛かったけれど、もう休暇に入っているのだから多少遅くまで寝ていても咎める人はいない。現に、セブルスや私だって席に着いていない時もある。
駅でハグリッドと共に子供達を見送る。多くの生徒が、鼻を真っ赤にしながらも窓から身を乗り出してこちらに手を振ってくれた。こういう時、教師になって良かったと強く感じる。頑張って関係性を築いた証が目に見えて分かるから。
小屋に戻るハグリッドとは城の手前で別れ、私はニクスにチキンを届けて飼育場の魔法生物達に餌やりしてから地下牢教室に足を運んだ。
ノックすると中からすぐに「入れ」と声がした。
「こんにちは、セブルス。間に合ったかしら?」
「問題無い。そもそも君無しで始める気もない」
「そ、れは、えっと、ありがとう」
予想だにしなかった事を言われた私が言葉を詰まらせた事に不思議そうに片眉を上げたセブルスは、すぐに興味が魔法薬の調合に移ったのか、今までの脱狼薬の実験をざっと見返した。
「匂いに変化はあっても味に変化無し、か」
「先月はそうだったわね。効能については少し落ちたと言っていたわ」
彼の側に近寄って、実験結果を記した羊皮紙を覗き込みながら私が言うと、セブルスは考え込む様に顎に手をあてた。
「効能を維持したまま匂いと味を変えるなら、やはり全体的な材料自体を見直さねばならないかもしれん。もしくは1つ1つの材料の質を上げるか」
「質を上げるとなると更に高額な薬になるから最終手段としたいわ」
「君が反対するならこの案は無しだな。そうなると、材料の見直しか。……何か、アイディアはあるかね?」
「肝要なのはウルフスベーンでしょうね。これは一般に猛毒として用いられるから、効能が強い代わりに味や匂いも強いわ」
「しかし、それの代わりもしくはウルフスベーンの割合を減らすとなると、材料の種類を増やす事になる」
「1度試してみましょう。考えられる事はやってみる価値はあるわ」
セブルスは無言で頷いた。
2人で材料庫を実際に見ながら話し合い、ウルフスベーンより安価で、かつ調合しやすい材料をピックアップしていく。その中から全体のバランスを考え、数種類の試験的な薬を順に調合してみる事となった。
「どうせなら、狼化を防ぐ所まで到達してみたいけれど、さすがに高望みに過ぎるかしら」
「『考えられる事はやってみる価値はある』ではないのかね?」
セブルスはニヤリと口角を上げた。
「それはそうね」
思わず笑いが漏れて、彼と2人、久しぶりに見つめ合って小さく笑った。
試験的な脱狼薬を調合し終えると、とうに昼食の時間が過ぎていた。2人で厨房の屋敷しもべ妖精に軽食を作ってもらい、それを食べた。
その後、叫びの屋敷に行くためにセブルスと歩いていると、通り過ぎた背後の廊下の角向こうから名前を呼ばれた。
「メリル、すみません……あ」
足を止めて振り返れば、「しまった」という表情のクィリナスが廊下の角を早足で曲がって来たところだった。
「す、すみません、お邪魔してしまって……!あの、今でなくても良いので……後にしますね!」
「クィリナス、落ち着いて、誰も何も言っていないわ」
慌てて喋るクィリナスに声を掛けつつ、セブルスの方をチラリと見ると、
「……私が持って行こう」
と若干不本意な顔をしながらもそう言ってくれた。
「ありがとう」
セブルスは顎を引く様に小さく頷いて歩みを再開して去って行った。
「クィリナス、どうしたの?貴方が慌てるなんて余程の事でしょう」
「いえ、あの、すみません、本当に、邪魔する気は無くて……」
「邪魔されたとは思っていないわ、大丈夫。何があったの?」
心底申し訳なさそうに謝罪を続けるクィリナスを制し、事情を尋ねた。動揺している彼は、しかし端的に焦りの理由を口にした。曰く。
「バックビークを隔離、ですって……!?」
クィリナスがホグワーツの玄関ホールを通りがかった時、ちょうどハリー、ロン、ハーマイオニーのグリフィドール3人組が入って来たらしい。その顔が酷く暗くて動揺していたため、事情を聞いたところ、ハグリッドの元に魔法省から危険生物処理委員会による事情聴取が実施されるという通知が届いたのだと言う。弁護の準備を手伝って欲しいと訴える子供達と明日図書館で待ち合わせして、彼自身は急いで私を探しに来てくれたらしい。
クィリナスを伴って、私は急いでハグリッドの小屋に向かった。
森番の小屋の扉をノックすると、出てきたのは顔中グショグショのビチョビチョになったハグリッドだった。豊かな髭まで濡れてボリュームが少なくなっている。
「おう、ヴァレー先生にクィレル先生、どうなっすった?もうすぐ夕食だってえのに」
鼻をグスグス鳴らしながらも何でもない風に言うハグリッドの赤くなった目と目を合わせながら、私は単刀直入に聞いた。
「ハグリッド、魔法省からの通達を見せてちょうだい」
ハグリッドは目をまん丸に見開いて、
「何でその事を……、いや、ハリー達から?」
とバツが悪そうに首を竦めた。
「そうよ。といっても、聞いたのはクィリナスだけれど」
「あまりにも悲しそうな顔をしていたので理由を訊ねたら教えてくれました。あの子達は、貴方とバックビークのために裁判記録を探すそうですよ」
「何ちゅう良い子に育って……!」
ハグリッドがおいおいと泣き始めてしまったので、私は苦心しながらクィリナスと協力して何とか小屋の中に3人で入らなければならなかった。
少し経ってからようやっと落ち着いたハグリッドは、盛大に鼻をかみながら魔法省からの通知文書を見せてくれた。
「待って、ハグリッド。私、バックビークがちょっと暴れてしまった件で調査されていたなんて知らないわ」
「ダンブルドア先生が、ヴァレー先生には知らせんでいいって仰ってたんで……てっきり知ってるもんかと」
「いいえ、初耳よ。ハグリッドに責が無いのは分かりきっていたからかもしれないけれど……。いえ、問題はその後ね」
「『我々はルシウス・マルフォイ氏の正式な訴えを受け入れる事を決定しました。従いまして、この件は、『危険生物処理委員会』に付託される事になります』……『危険生物処理委員会』とは、また大事になってきましたね……」
「しかも、事情聴取までバックビークを繋いでおかないとならないなんて!あの子を5ヶ月も不自由にするなんて、そんな理不尽で可哀想な事は無いわ」
「そうだろうそうだろう……あんな怪物連中にヒッポグリフの魅力なんて分かる筈ねえ!」
ヒッポグリフの魅力が理解される事とバックビークを隔離する事は別問題ではあるが、何にせよハグリッドの元気が復活したのは良い事だ。彼には自分達もできうる限りの事をすると約束して、私達は小屋を出た。
「クィリナス、私も明日、図書館に行くわ」
「しかし、メリル、貴女はクリスマスの飾り付けがあるのでは?」
コツコツと廊下を歩きながら、クィリナスが気遣わしげな表情をした。それに微笑み、
「問題無いわ。元々数日かけて飾る予定だったもの。メインのツリーは明日の午後、大広間に運ぶ事になっているから、午後からは協力できないけれどね」
と返した。
「十分です、ありがとうございます」
クィリナスは安心した様に小さく笑った。それから大広間に入る前に少し話をして、私達は扉を潜った。
正直クィリナス1人いれば十分以上の力になると思うのだけれど。もう少し自分に自信を持っても良いのに、なんて思いながら私は夕食の席に着いた。
「……何かあったのかね」
食後、紅茶の入ったカップ片手にセブルスがチラリとこちらを見た。
「魔法省から、ヒッポグリフのバックビークについて少し理不尽な通達がハグリッドの所に来たの。正直困ったわ」
「君には関係無いのではないかね?」
「いいえ、ヒッポグリフの処遇についてだから、私にも関係のある事だわ。もし私が魔法生物飼育学の教授補佐でなくても、バックビークを助けるために手を尽くすでしょうね」
「君が手を尽くさねばならない程厄介なのかね、その『危険生物処理委員会』というのは」
私は思わずカップをソーサーに戻して溜息を吐いてしまった。
「……厄介というか、こちら側の弁護を聞き入れてくれるか分からないのよ。特に今回、何故かルシウスが訴えている様だから……」
「……そうか」
ちょっと言葉に困った様に間が空いた返答に、
「アー、リーマスの様子はどうだった?味に変化はあったのかしら?」
と話題を変えた。セブルスはフン、と鼻息を吐き出した。
「多少はマシとは言っていたが。ああ、あとは、気分が少し良い気がする、とも」
「あら、じゃあ材料の方向性は合っているのかしら。問題は効能ね」
「詳細にレポートを書かせれば良いだろう」
「そうね。効能も問題無さそうなら後は量の調整かしら」
セブルスは小さく頷いた。
脱狼薬成立までの時間の長さを考えるとそう簡単にはいかないだろうが、取っ掛りがあるか無いかは大きく違う。リーマスには悪いがしっかり協力してもらわねば。
食後、明日の調合は昼食を食べながらにしようと提案すると、セブルスは訝しみつつも了承してくれた。元々は午前中に調合してしまう予定にしていたから、何か予定が入った事は察してくれたのだろう。その予定がハリー絡みだと分かったら、多少なりとも不機嫌になりそうだけれど。
仕方のない人、と内心苦笑しながら、私は城の廊下の飾り付けに向かった。
翌朝、朝食後にやるべき事を全て終わらせて私は図書館に向かった。
「皆、おはよう」
図書館前には、既にグリフィンドールの3人組とクィリナスが集まっていた。私が声を掛けると全員パッと振り向いてそれぞれ笑顔で挨拶してくれた。
「ウワー、クィレル先生にヴァレー先生まで手伝ってくれるなんてもう絶対大丈夫じゃん!」
諸手をあげるロンを「その事なのだけれどね」と制す。キョトンとした子供達に、私は苦笑して告げた。
「今回、私達は貴方達を手伝いはするけれど、貴方達に主体となって動いて欲しいと考えているの。どういう方向性で動くのか、どういう弁護を打ち出すのか、貴方達が考えるのよ」
「エーッ!」
ロンが絶望の表情を浮かべて両手で頬を覆った。
これは昨夜クィリナスと相談して決めた事だった。学生の内に弁護を準備する機会なんて早々無い──ハリーが裁判で証言したのは例外中の例外だ──し、いざとなれば訴えているのはルシウスだから必死に交渉すれば落とし所を見付けられるという目算もあった。
動物に関する裁判記録自体はある筈だから、利用できるのが見つかるかどうかの勝負になるだろう。そもそも事情聴取と書いていたから、裁判が開かれるか決まってはいないけれど、事情聴取でもバックビークが安全だと証明せねばならないから、裁判と変わりは無い。
「さて、どうしますか?」
クィリナスが優しく笑って促した。グリフィンドールの3人組は少し黙ってしまってから、ハーマイオニーが口を開いた。
「動物が人を傷付けた裁判の記録を見つけたいと思います。ヒッポグリフの記録があれば1番ですけど、他の動物でも似たような事件が見つかれば良いと考えています」
「なるほどね。それで?」
「まず、動物の裁判記録が纏めてある本を全部借りて、どこかおしゃべりできる場所で確認したいです」
「良いでしょう。場所はマグル学の教室を提供しましょう。図書館からそれ程離れていませんから」
「加えて、念の為法律の本も借りておきましょうか」
私が言い添えると、子供達はキョトンとした顔をした。だが、すぐにハーマイオニーがハッとした表情になった。
「裁判結果の理由が分かるからですね!?」
「正解。裁判という物は元になる法律と過去の判例を参考にして判決が下るわ。だから、判例だけでなく法律を知る事も大切という訳よ。すごいわね、授業なら加点していたわ」
「惜しい事したな、ハーマイオニー」
「良いのよ、ヴァレー先生に褒められるだけで十分だわ」
ニヤリと笑ったロンにさらっと返したハーマイオニーの言葉は、私をとてもむず痒い気分にさせた。
──やっぱり、かなり私を美化して捉え過ぎじゃないかしら。
「ええっと、皆で本を探しに行くんですか?」
話が脱線しかけたところで、ハリーが丁度良く声を上げてくれた。それへ乗っかって「分担しましょうか」と提案した。
「該当する法律の本は重いけれど少ない筈だから、クィリナスとロンで行ってもらえる?ハリーとハーマイオニーは私と裁判記録を探しに行きましょう」
「「「はい!」」」
それぞれに頷いた子供達を微笑ましく思いながら、私とクィリナスは図書館の扉を開けた。
1人数冊ずつ本を持ってマグル学の教室へ運ぶ。底冷えする教室を、すぐにクィリナスが暖めてくれた。
「中々の冊数になったわね。皆、大丈夫かしら?」
「結構埃っぽい以外は大丈夫です」
ロンがクシャミ1つと共に答えた。裁判記録や法律の本なんてあまり貸し出される機会は無いから、埃っぽいのは我慢してもらうしかない。
「申し訳ないけれど、私はあと2時間もすれば予定があるからここを離れないといけないの。クィレル先生がいるから十分だとはおもうのだけれどね」
「クリスマス休暇にも先生は仕事があるんですか?」
「あら、とても名誉な仕事よ、ハリー。この時期しかできないのだもの」
「え、それって……」
ハーマイオニーが、おそらく正解を口走りそうになったので、人差し指を口に当ててしーっとすると、察して口を噤んでくれた。
特段隠す事でもないけれど、何となく子供達には誰が飾ったか等を考えずに素直にクリスマスの飾り付けを楽しんで欲しいのだ。
「さて、さくさく読んでいきましょう」
「疲れたら休憩にしましょうね」
子供達は各々に頷いて、分厚い本を捲り始めた。
私達は黙々も埃っぽい本のページを1枚1枚捲って、時々、何か関係がありそうな物があると言葉を交わした。
「これなんてどうかな……1722年の事件……あ、ヒッポグリフは有罪だった──連中が何をしたか読み上げたくもない……」
「これはいけるかもしれないわ。えーっと──1296年、マンティコア、ほら頭は人間、胴はライオン、尾はサソリのあれ、これが誰かを傷付けたけど、マンティコアは放免になった──あ──ダメ。何故放たれたかというと、皆怖がって側に寄れなかったんですって──」
ハリーとハーマイオニー、私の裁判記録組が四苦八苦している一方、ロンとクィリナスの法律組は、そちらはそちらで主にロンが頭を悩ませていた。
「エー……人間がこれをしたら5年以上10年以下の杖取り上げになるけど、こっちの判決ではオカミーを瓶に5年閉じ込めるって出てる……何でだよ……」
「人間の法律をそのまま魔法生物達に当て嵌める事はできないので、似た判決を出したのでしょうね」
「どれどれ──グラップホーンの角を切り落とすってどんな判決なんだよ……」
「グラップホーン自体、ドラゴンの皮膚似た皮膚を持っていてほとんどの魔法を跳ね返します。加えて、その角は縄張り争いにも用いられるので、落とし所としてその形になったのでしょう」
「その動物が飼育されているかいないかで判決も異なっている裁判もありますね」とクィリナスが付け足すと、ロンは机に突っ伏してしまった。すかさずハーマイオニーの小言が飛びそうになるのを手で制し、彼らの様子を見守る。クィリナスがこの状態の生徒をそのままにしておく訳は無いからだ。
「これ、法律見ても無駄なんじゃないですか……」
「そんな事はありませんよ。……そうだ、Mr.ウィーズリーは確か、2年前に魔法使いのチェスを素晴らしい策で制したんでしたね?」
「は、はい、まあ……」
ロンが頭をもたげて満更でもない顔で頭を搔いた。私も、彼が兄弟の中でかなりチェスが上手いのだとは人伝に聞いた事がある。
「チェスでは戦略が大事ですよね?相手の動きや狙いを読んで、それに対処し上回る事が必要です。裁判もね、言ってしまえば同じなのですよ」
「え?でも、チェスはある程度パターンが決まってる所があるけど……」
「言ったでしょう?裁判では法律の他に過去の判例も参考にされます。つまり、過去のパターンを踏襲するという事です。チェスも裁判も、パターンが決まっている部分があるのですよ」
「法律は?」
「それはチェスに例えるとそれぞれの駒の動ける範囲と言えるでしょう。基本のルールの様な物ですね」
「へえ、ちょっと面白いかも」
ロンの目が少し輝き出した。どうやら興味を持ってくれた様だ。こちら側でもハーマイオニーが少しソワソワしている。新しい考え方を学びたいのだろう。
「チェスでも基本のルールを覚えないといけませんね?そしてそのルールとパターンは繋がっています。その2つを備えて相手の出方を先読みするのは、貴方は得意でしょう?」
「得意かどうかは分からないけど、面白いと思います」
「なら、次は相手の出方を予想して、使えるパターンとルールを探しましょうか。その方が見つかりやすいかもしれませんね」
「はい!」
ロンは完全にやる気を取り戻した様だ。先程よりも精力的にページを捲って、気になる所があればクィリナスに質問している。さすが教師歴が長いだけあって、生徒にやる気を出させる術は心得ている。
ハーマイオニーはさっきから落ち着き無くチラチラと横目でロンを見ている。彼が気になるのか新しい考え方が気になるのかどちらだろう?
「ハーマイオニー?あっちが気になるのかしら?」
「あ!ご、ごめんなさい、大丈夫です!」
慌ててパッと顔を上げて謝る彼女に、私はクスリと微笑んだ。
「勉強が好きな貴女の事だもの、気になるのは仕方ないわ。後で存分にクィレル先生やロンに質問したら良いわ」
「そうします」
大きく頷いたハーマイオニーは、やり取りを聞いていたハリーと共にページを捲るのを再開した。
昼頃、申し訳なく思いながらも弁護の準備を4人に任せ、私はマグル学の教室を出て厨房へ向かった。
大歓迎で迎えてくれた屋敷しもべ妖精に頼んでサンドウィッチをバスケットに詰めてもらい、そのまま地下牢教室へ足を向ける。底冷えする廊下と階段を進むと、堅牢な扉が私を出迎えた。
軽くノックすると中からはすぐに声が返ってきた。扉を開けて出迎えてくれたセブルスは、私が持っていた大きめのバスケットをヒョイッと取り上げるとさっさと中に引っ込んだ。
「少し待たせてしまったかしら?」
「構わん。……サンドウィッチか、多いな」
バスケットの蓋を開いたセブルスはボソリとそう呟いた。
「それくらいは食べないとダメよ。倒れられたら困るもの」
「そんなに貧弱ではない。紅茶を淹れるから座って待っておきたまえ」
「ありがとう」
教室の椅子に腰掛けてバスケットからサンドウィッチを取り出していると、セブルスはすぐにお茶の入ったカップと共に戻って来た。
「今日の配合は決めてあるから先に煮込む所までやってしまう?」
「そうだな。材料は既に揃えてある」
「ありがとう。手分けして刻みましょうか」
セブルスはコクリと頷いた。
それから手早く材料を刻んで大鍋に順番を間違えないように慎重に入れて煮込んでいく。詳細に記録をつけながら全ての材料を入れ、後は規定時間煮込むのを待つだけとなったところで、私達はようやく椅子に腰を下ろした。
セブルスが保温魔法を掛けておいてくれたお陰で、紅茶はまだ温かいまま。テーブルの真ん中にバスケットに入っていたサンドウィッチスタンドをセットして、手早くそこにサンドウィッチを置く。確かに中々の量だ。2人分だと伝えたのだけれど、ホグワーツが休暇に入って子供達がほとんどいなくなったから屋敷しもべ妖精達が張り切ったのだろう。
これまでの脱狼薬の試験薬の結果を振り返りながら今後の見通しを議論しながら食べ進めていると、案外サンドウィッチの山は簡単に無くなった。セブルスだって男性なのだし、本来普段からもっと食べてしかるべきなのよね。
「メリルは、午後はクリスマスの飾り付けか」
「ええ、だから申し訳ないけれど、またリーマスへ脱狼薬を運んでくれる?」
「無論だとも。申し訳なく思う必要も無い。戻って来たら私も手伝おう」
「ありがとう。飾り付けの計画書の渡しておくわね」
私はポーチから羊皮紙1巻を取り出して双子魔法を掛けて複製し、レプリカの方をセブルスへ手渡した。
調合の後片付けを済まし、煙を上げるゴブレットを持ったセブルスは叫びの屋敷へ、私は大広間へと向かった。
「ハグリッド!」
「ヴァレー先生!ちょうど良かった、今しがたもみの木を持ってきたところです」
「毎年ありがとう。助かるわ」
「いやいや、大した事してねえんで」
照れて鼻を搔くハグリッドに再度礼を伝えて、私は今年も立派なもみの木を杖を振って大広間に配置した。
それから次々と運び込まれるもみの木を配置しながら大広間の飾り付けを行っていく。フリットウィック先生やポモーナも一緒にやっているから作業はどんどん進んで行った。
しばらくすると、セブルスも大広間に顔を出した。
「メリル」
「セブルス!来てくれたのね。リーマスの様子はどう?」
「相変わらず酷い顔色だったな」
フン、と少し口の端を吊り上げながら意地悪くセブルスに苦笑していると、ポモーナがニコニコしながら寄って来た。
「あら、今年はセブルスも手伝ってくれるの?なら、私は荷造りをしてきても良いかしら?」
「もちろんよ。ここまでありがとう。とても助かったわ」
「お安い御用よ」
ポモーナはパチリと可愛らしくウィンクして去って行った。
「さて、ほとんど出来上がっている様に見受けられるが、私の出番はあるのかね?」
「もちろんよ!」
私がニッコリ笑うのと同時、ハグリッドが最後のもみの木を運んで来た。
「フリットウィック先生、ツリーの飾り付けを始めますね」
「頼みます」
「セブルス、こっちに来てくれる?」
私はセブルスの手を引いて大広間の中心へ向かった。フリットウィック先生はもみの木を配置した後大広間の出入り口の脇に寄っていて、どうやら最後の仕上げを見守ってくださるらしい。
「計画書を渡しておいたでしょう?ツリー部分の飾り付けは見てくれたかしら?」
「今年は全体的に金にするのだろう?華やかだな」
「ええ。暗い天気も続いたし、やっぱり怯えてる子も多かったみたいだから、より華やかでキラキラした方が皆が明るい気分になるかと思って」
「生徒はほとんど帰省したがな」
「残っている子が見てくれるから良いのよ」
「そういう物かね」
「ええ、そういう物よ」
私が笑って答えると、セブルスは肩を竦めたが何も反論も皮肉も返してこなかった。代わりに彼は計画書片手に杖を構えた。
「この通りにすれば良いのかね?」
「そうよ。範囲が広いから一緒にやりましょう?」
「構わない」
「ありがとう。行くわよ、せーのっ」
掛け声に合わせて2人で杖を振ると、キラキラとした輝きが12本のもみの木を下から包み込んで行く。光を纏ったもみの木はその枝にオーナメントを誇らしげにぶら下げて行き、最後にてっぺんに一層金色に輝く星を被った。キラキラ、キラキラと輝くツリーは確かに私の気分を明るくした。これを見た人皆がそうであって欲しいと祈るばかりである。
「協力ありがとう、セブルス。どうかしら?綺麗?」
「ああ……とても」
酷く優しく目元を緩ませてセブルスがそういうものだから、私は何だか気恥ずかしくなってしまった。
──ツリーよ!ツリーを褒めてるだけ!もう!何で恥ずかしいのかしら……!
私はパッとツリーを見上げて、それに夢中になっているフリをした。セブルスの手を引いた時からずっと彼の手を握っていた事にも、いつの間にかフリットウィック先生が大広間をそっと出て行った事にも、気付いたのは随分後になってからの事だった。
凍雨「凍りつくような冷たい雨。また、雨粒が凍って降ってくる雨のこと」
34話目です。
何とクリスマスに辿り着きませんでしたw 休暇中にクリスマスが来るので、今回のクリスマス休暇はじっくり書こうかと思っています。2人が恋人になって初めてのクリスマスですしね。ゆっくりお付き合いいただけると幸いです✨