百合の影から覗いて   作:細雨

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月時雨に祈りを込めて〜アズカバンの囚人篇〜

クリスマスはあっという間にやって来た。

事情聴取のための準備は少しずつ進行している、と信じたい。やはり中々使える裁判記録は少なく、どれも魔法生物側が悪いという判決が出ている物が圧倒的に多いのだ。法律も、魔法生物に適用する物は成立してから年月が浅く、また想定範囲も狭いため、解釈は過去の判例を参考にしている物ばかりだ。ただ、事情聴取自体は4月にあるため、それ程焦って探さなくても良いのは救いといえる。子供達だって休暇を満喫したいだろう。

ロンはすっかりクィリナスの評価を見直したのか、チェスに誘う場面もあった。クィリナスはかなり手強いと思うけれど、ロンなら善戦できるだろう。

ハーマイオニーもロンと同じく熱心にクィリナスと話していて、ハリーは「休暇なのにまだ勉強するの……?」とその熱量に少し引いていた。

「ハリーは今年は家に帰らなくて良いの?」

私が聞いてみると、ハリーは少し気まずそうに頭を搔いた。

「あー……休暇中、旅行に行くらしくて……来ても良いって言われたんですけど、バックビークの弁護の準備もしたいし、その、家族水入らずの方が良いかなって思って断ったんです」

「そうなのね。でもね、ハリー、間違えちゃいけないわ。貴方の事も、Mr.ダーズリー達は家族と思っていると思うわよ」

ハリーから時折聞く手紙の内容は、彼の体調を気遣ったり勉強に遅れていないか心配していたりする物がほとんどだ。それはハリーに対して情が無いと気に掛けないだろう。

私の言葉に、ハリーは照れた様にはにかみながら微笑んだ。

クリスマスの朝はキンと凍る様な空気だった。まだ空も暗い内に起き出して、温かな誘惑を振り切ってベッドから出る。

毎年の事ながら、クリスマスプレゼントには心が踊る。ルンルンと鼻歌を歌いながら開封していくこの時間は、何度経験しても新鮮で嬉しい物だ。

ポモーナからは今年はモフモフの耳当てを貰い、ミネルバからは猫のシルエット柄のセーターを貰った。フリットウィック先生からのプレゼントはショールの様だ。全て身に付けると身体がポカポカになりそうな品々である。……寒い場所に行くって言ったかしら……?

ルシウスからは今年も紅茶の茶葉が届いた。高級品だと一目で分かる物だから、これも昨年と同じく大事に楽しまなくては。

ウィリアムからもプレゼントが届いていた。しかもスキャマンダー夫妻と連名になっている。中身は向こうの地元で有名なお菓子の様だ。同封されていた手紙には、私が送ったモリフクロウが風邪を引いてしまった事と魔法生物の繁殖期が重なって、返事が遅れてしまって申し訳ないという旨が書かれていた。プレゼントの発送より少し前のタイミングでモリフクロウは旅立ったとも。

「雨続きだったから体調を崩してしまったのね……」

それは返事が来ない筈だ。無事に帰って来たらベーコンを進呈しなくては。

11月は雨ばかりで飛びにくくてストレスが溜まっていたふくろうも少なからずいた。あの子もそうだったのかもしれない。

それからいくつかプレゼントを開けて、最後にセブルスからのプレゼントをドキドキしながらゆっくりと開封した。

「…………私、そんなに寒そうに見えているのかしら?」

包みの中から出てきたのは、中心から端に向かって黒色から紺色へグラデーションになっているマフラーだった。

──ああ、でも。

「初めて、残る物を貰ったわ……」

いつもお菓子を贈ってくれていたから、物を貰ったのは初めてだ。それがジワジワと嬉しくて、緩む頬を抑える事はできなかった。

私はミネルバから貰ったセーターを着て、ポモーナからの耳当てを身に付けてふくろう小屋へ向かった。どちらもとても温かくて、2人の人柄の様だった。

餌やりと掃除を終えてからサッとふくろうの姿に変身して、私は出入り口の階段の淵から飛び立った。

毎日の小屋掃除の後、私はいつも小屋がある塔の下まで飛ぶ練習をしている。早朝はやっぱり風が冷たいけれど、その分空気が澄んでいるし、何より本物のふくろう達から飛ぶアドバイスを貰えるのだ。動物もどきが動物の言葉が分かるなんて初めて知った。同じ種類の動物だけかもしれないけれど。

彼らのアドバイスのお陰で、随分と飛行も様になってきた様に思う。最初なんて、翼の動かし方を学ぶ所からだったから。手と翼では使い方にかなりの違いがあったから、感覚を掴んでしまえば後は何とか軌道に乗った。

最初に自分の翼で大空に舞い上がった時の、あの爽快感と空の青さを、私は一生忘れない。

長雨の後の抜ける様な青さの中を小さな身体で泳ぐ私は、頼りなく見えたかもしれない。実際見守ってくれていたふくろう達は、後から「とてもヒヤヒヤした」と言っていたくらいだ。けれど、私自身は自分が飛んでいる事と空の楽しさに夢中で、恐怖なんて微塵も感じていなかった。箒とはまた違った浮遊感は、空の新しい一面を見せてくれた心地だった。

塔の周りを旋回した後、バサリと翼をはためかせて着地しながら人の姿に戻る。これももう慣れたものだ。

耳当てと着ていたコートを部屋に置いて、早足で大広間へ向かう。飛ぶ練習に時間を使っている分、厨房でココアを楽しむ時間が無いのは少し残念だが仕方ない。

大広間はかなり閑散としていて、グリフィンドールのテーブルにしか生徒が座っていない。スリザリンでも残っている子がいた筈だけれど、まだ寝ているのかしら。

ホリデー仕様になって豪華な朝食を取りながら、無言で考え事をしながら食べているセブルスへと話し掛けた。

「メリークリスマス、セブルス。今日の調合について考えているの?」

「メリークリスマス。……いや、もう配分は決まっているから問題は無い」

「じゃあ、何を?」

「……いや、些末な事だ。それより、夕方頃に迎えに行く。部屋で待っていたまえ」

「ええ、分かったわ。どこかに行くの?」

「ああ」

言葉少なに頷いて、セブルスはまた黙々とチキンを食べる作業に戻ってしまった。

──クリスマスに誘われたから、否が応でも期待してしまうのだけれど、これはデート、という事で良いのかしら?いやいや、セブルスの事だから、何か手伝って欲しい事があるのかも。そうよ、変に期待してプレッシャーを掛けてもいけないわ。彼からのお願いには全力で応えたいし、ポーチに余分に魔法薬の材料を入れておこうかしら。

つらつらと実験室で採取しておく材料を考えながら食事を終えて大広間を出ようとすると、ギルデロイから呼び止められた。その顔はウキウキと喜びに輝いている。

「メリークリスマス、メリル!」

「メリークリスマス、ギルデロイ。何だかとても嬉しそうね。良いプレゼントでも貰ったのかしら?」

「貴女からのプレゼントは常に最上ですよ!心を穏やかにするキャンドルセットをありがとうございます。すぐに部屋で使いますね」

「ええ、ぜひ。貴方の所に相談に来る子は思い悩んでいる子が多いから、その子達のためにもなるかと思って」

直接キャンドルをカウンセリングで使っている部屋で灯さなくとも、ギルデロイ自身が部屋で使いさえすれば香りが服に移る。それを嗅ぐ事でも、子供達の心が安らかになればと思ったのだ。

「ああ!さすがメリルです。貴女は本当に優しくて思慮深い」

「ありがとう。ギルデロイから貰った羽ペンも使いやすそうで嬉しかったわ。ところで、呼び止めたのは何か用があるからではないの?プレゼントの話?」

「おっと、そうでした。今日クィリナスにマグルの文房具店を案内してもらう予定なのですが、メリルは欲しい物はありませんか?ボールペンをたくさん見たいと言ったら連れて行ってもらえる事になったのですがね」

「あら、それは良かったわね。うーん、そうね、インクの詰まりにくい、長く使える物があれば欲しいかもしれないわ」

「分かりました、探してみますね!」

ニコニコと笑顔でギルデロイが頷いたところで、食事を終えたクィリナスが合流してきた。

「メリークリスマス、メリル。温かそうな靴下をありがとうございました。とても助かります」

「フレッドとジョージと一緒に港に行くのをよく見かけたものだから。水際は冷えるから体調を崩さない様に気を付けてね」

「ええ、ありがとうございます」

「クィリナスも、スパイス入りのココアをありがとう。とても温まれそうよ」

「お口に合えば良いのですが……」

「きっと美味しいわ。ありがとう」

「あ、クィリナス、いけません、汽車の時間が迫っていますよ!行きましょう!」

懐中時計をふと見たギルデロイが声を上げて、「では、これで!」と言いながらクィリナスを引っ張って行ってしまった。

「いってらっしゃい、気を付けてね」

手を振りながら見送ると、クィリナスが苦笑しながら小さく振り返してくれた。何だかお出かけに大興奮の弟と引率の兄の様な、心が和む風景だ。

私は小さく笑って、自分も大広間を出た。

厨房に寄って禁じられた森の端に向かう──「ぜひココアを飲んで行ってください、お嬢様!」「外は寒いので、ぜひ!」と屋敷しもべ妖精にこぞって勧められ、マシュマロ入り美味しいココアを存分に味わってからである──と、いつもの場所には既にニクスがいた。

「お待たせ、ニクス。寒かったでしょう」

「わふっ」

いつもより多めのチキンが入ったバスケットを地面に置くと、ニクスの尻尾が勢い良く左右に揺れる。その横に深皿を置いて、一緒に厨房で貰ってきたホットミルクを注ぐと、彼はキョトンとして首を傾げた。本当に、所々の仕草が妙に人間臭い子だ。ずっとホグワーツにいるが、やはり飼い犬なのでは……?

「メリークリスマス、ニクス。ケーキは食べさせられないけれど、今日は特別だからミルクをあげるわ」

「ワンッ!」

ニクスは嬉しそうにミルクを飲み、チキンにかぶりついた。それを確認して、私は彼を撫でてから前日のバスケットを回収してその場を去った。

脱狼薬の調合と温室の薬草達の世話──ポモーナが今日から城を離れているためだ──を終わらせて昼食のために大広間に行くと、既に各寮のテーブルは壁に立て掛けられ、室内の中央に大きなテーブルが1つ、その上に食器が12人分用意されていた。

ダンブルドア先生を中心にミネルバ、セブルス、フリットウィック先生が先に左右の席に着いており、その端に腰を下ろそうとした私を「まあまあ、貴女はここでしょう」とフリットウィック先生がセブルスの隣に私を座らせた。

「アー、お邪魔するわね」

返事はフン、と吐かれた鼻息だったが、嫌ではなさそうだったし、ミネルバとフリットウィック先生がとてもニコニコとした笑みでこちらを見ていた。何だか気恥ずかしい。

妙にソワソワしながら座っているとすぐにグリフィンドールの1年生、デレクとアントニ、スリザリンの5年生、ウィレムが現れて、それぞれ戸惑った後に教員達から少し距離を取った好きな席に腰を下ろした。Mr.フィルチも年代物の燕尾服姿で現れて末席に座った後少しして、グリフィンドールの3人組が現れた。

「メリークリスマス!」

にこやかな笑みを浮かべたダンブルドア先生がテーブルに近付いて来た彼らに挨拶した。

「これしかいないのだから、寮のテーブルを使うのはいかにも愚かに見えたのでのう……さあ、お座り!お座り!」

ハリー、ロン、ハーマイオニーは並んでテーブルの空いている席に座った。

「クラッカーを!」

ダンブルドア先生がはしゃいで、銀色のクラッカーの紐の端の方をセブルスに差し出した。セブルスはそれを渋々──実に嫌そうな眉間の皺付きだ──受け取って引っ張った。バーン!という大砲の様な音がしてクラッカーは弾け、ハゲタカの剥製をてっぺんに乗せた、大きな魔女の三角帽子が現れた。

ハリーとロンがニヤリと笑い合っているのが見えて、そういえば闇の魔術に対する防衛術の授業で扱ったまね妖怪が珍妙な姿のセブルスに変化させられたと話題になっていた事を思い出した。こんな感じの帽子を被っていたのかしら?ぜひ見てみたかったわ。

余程嫌だったのか、セブルスは唇をギュッと引き結んで帽子をダンブルドア先生の方へグイッと押しやった。先生はすぐに自分の三角帽子を脱いでそれを被った。

「どんどん食べましょうぞ!」

ダンブルドア先生はニッコリと笑いながら皆に促した。

フリットウィック先生からのショールを先生から似合っていると言ってもらったり、豪勢な料理に舌鼓を打っていると、不意に大広間の扉が開かれた。

「シビル、これはお珍しい!」

スパンコール姿の緑のドレスを身に纏ったシビルを、ダンブルドア先生が立ち上がって驚きと共に歓迎した。彼女が塔から降りてくる事は滅多に無い。私も含めて、皆驚いてシビルに注目した。そんな皆の注意の真ん中にいる彼女は、気にした風も無くスーッとテーブルに近付いて来た。

「校長先生、あたくし水晶玉を見ておりまして」

シビルが、いつもの様にか細い声で答えた。

「あたくしも驚きましたわ。1人で昼食を取るという、いつものあたくしを棄て、皆様とご一緒する姿が見えましたの。運命があたくしを促しているのを拒む事ができまして?あたくし、取り急ぎ塔を離れましたのでございますが、遅れまして、ごめんあそばせ……」

「それはそれは。椅子をご用意いたさねばのう──」

ダンブルドア先生は目をキラキラさせながら、杖を振って空中に椅子を出現させた。その椅子は数秒間クルクルと回転してから、ミネルバとフリットウィック先生の間にストンと落ちた。ダンブルドア先生は促す様に目配せしたが、シビルは座ろうとしなかった。その大きな目でテーブルをズイッと見渡し、小さく「あっ」と悲鳴の様な声を漏らした。

「校長先生、あたくし、とても座れませんわ!あたくしがテーブルに着けば、13人になってしまいます!こんな不吉な数はありませんわ!お忘れになってはいけません。13人が食事を共にする時、最初に席を立つ者が最初に死ぬのですわ!」

──それはマグルで言うところのキリスト教を元にした考え方ではないかしら?過去の魔女狩りなんていうふざけた事件のせいで魔法界とキリスト教なんて一生相容れないのだから、大丈夫なんじゃないかしら……。

私が何とも言えない心地でいると、ミネルバも同様だった様で、「シビル、その危険を冒しましょう」とイライラした口調で言った。

「構わずお座りなさい。七面鳥が冷え切ってしまいますよ」

シビルはしばしの逡巡の末、覚悟を決めた様に空いている席に腰を下ろした。目を硬く閉じ、口をキッと結んで、まるで今にもテーブルに雷が落ちるのを予想しているかの様だ。そんな彼女に構わず、ミネルバは手近のスープ鍋に匙を突っ込んだ。

「シビル、臓物スープはいかが?」

それへシビルは返事をせず、代わりに閉じていた目を開けてもう1度周りを見回して尋ねた。

「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」

「気の毒に、先生はまたご病気での。クリスマスにこんな事が起こるとは、まったく不幸な事じゃ」

ダンブルドア先生は皆に食事をする様促しながら言った。一応子供達はスプーンやフォークの動きを再開したが、その耳と関心は未だ教員同士のやり取りに向いているのがありありと分かる。

「でも、シビル、貴女はとうにそれをご存知だった筈ね?」

ミネルバが眼鏡を少し持ち上げて言った。そんな彼女をシビルは冷ややかに見た。

「もちろん、存じてましたわ、ミネルバ。でも、『全てを悟れる者』である事を、ひけらかしたりはしない物ですわ。あたくし、『内なる眼』を持っていないかの様に振る舞う事が度々ありますのよ。他の方達を怖がらせてはなりませんもの」

「それで全てがよく分かりましたわ!」

ミネルバがピリッとした声音で言った。途端、シビルの声から地に足のついていないかの様なフワフワとした雰囲気が無くなり、その表情はどこか意地を張っているかの様な必死さの垣間見える物へと変わった。

「ミネルバ、どうしてもと仰るなら、あたくしの見る所、ルーピン先生はお気の毒に、もう長い事はありません。あの方自身も先が短いとお気付きの様です。あたくしが水晶玉で占って差し上げると申しましたら、まるで逃げる様になさいましたの──」

「そうでしょうとも」

ミネルバはさり気なく辛辣な返事をした。こんなに分かりやすいなんて、かなりイライラしている様だ。

「いや、まさか──」

ダンブルドア先生が朗らかに、しかしちょっぴり大きな声で割り込んだ。それがミネルバとシビルの少しヒリついた対話の終わりだった。

「──ルーピン先生はそんな危険な状態ではあるまい。セブルス、ルーピン先生にまた薬を造って差し上げたのじゃろう?」

「はい、校長。メリルも共に」

「結構。それなれば、ルーピン先生はすぐに良くなって出ていらっしゃるじゃろう……。デレク、チポラータ・ソーセージを食べてみたかね?美味しいよ」

ダンブルドア先生に直接声を掛けられたデレクはその場でピャッと飛び上がってみるみる真っ赤になり、震える手でソーセージの大皿を取った。

セブルスが溜息を吐くのが聞こえて、私もまったく同じ気持ちだと小さく苦笑した。

どうにも、シビルと現実主義のミネルバとは相性が悪い。普段はシビルが塔に籠っているから特段問題は無いのだが、たまに出会うとほとんどの場合はこんな雰囲気になってしまう。周囲がどうにかできる物でもないので、皆そっとしているけれど。

それから平穏の訪れた大広間で、私は大いにご馳走を楽しんでワインもお代わりした。

セブルスからは「飲み過ぎるな」と相変わらず釘を刺されたが、夜に予定があるのにさすがにそんな事はしない。ワインだって2杯で収めたくらいだ。その分クラッカーはたくさん破裂させたけれど。

お馴染みの三角帽子やクリスマスのお菓子やオーナメントを山盛りにしながらデザートを食べていると、クラッカーから出てきた三角帽子を被ったままのハリーとロンがまず最初に立ち上がった。その途端、それまで大人しく普通に振る舞っていたシビルが大きな悲鳴を上げた。

「貴方達!どちらが先に席を離れましたの?どちらが?」

「分かんない」

ロンが困った様にハリーを見た。ハリーも同じ様に眉が下がっている。

その様子を見て、ミネルバが冷たく言った。

「どちらでも大して変わりは無いでしょう。扉の外に斧を持った極悪人が待ち構えていて、玄関ホールに最初に足を踏み入れた者を殺すというのなら別ですが」

これにはハリーだけでなくロンまでも吹き出していた。側で聞いていたウィレムもニヤリと口角を上げ、グリフィンドールの1年生2人は笑って良いのか迷って変な顔になっている。シビルは酷く侮辱されたという顔をした。

ロンはハーマイオニーに声を掛けていたが、彼女はミネルバに用事があるようでそれを断っていた。その後、パラパラと生徒達が席を立ち、シビルもギュッと口を引き結んで大広間を出て行った。そうして教員とハーマイオニーだけになった時、ようやく彼女は立ち上がってミネルバの側に寄って来た。

「あの、マクゴナガル先生、私、ご相談したい事が……」

「何でしょう?授業の事ですか?」

「い、いいえ……その……」

余程言い難い事なのか、ハーマイオニーは下を向いたり私達やフリットウィック先生の方を見たりと落ち着かない。その表情は僅かに悲愴感さえ窺えた。

「ここでは言い辛い事なのなら、私の執務室へ行きましょうか?」

心配そうに眉をひそめたミネルバが助け舟を出したが、ハーマイオニーは意を決した様に顔を上げて話し出した。

曰く、ハリーに送り主不明プレゼントが届いた、と。中身は箒で、しかも最新のファイアボルトだと言う。彼女の推察では、シリウス・ブラックが送り主なのではないかという事らしい。

タイミングとしてもファイアボルトの値段を考えて有り得る話だ。

ついこの間箒が壊れたハリーは、新しく、しかも速い箒を送れば乗るだろう、と考えて送られた物なのではないか、ならば呪いや何か仕掛けられていてもおかしくない、というのが彼女の言だ。

確かに、一理ある。ハーマイオニーが親友であるハリーを心配しての進言という事も分かるが、きっとこの後の流れ次第ではハリーとロンは烈火の如く怒るだろうし、寮内でハーマイオニーは孤立する可能性がある。彼女はそんな事は承知の上だろうけれど──ハーマイオニーが1年生の時も一時的に寮内で少し浮いていた経験もある──、傷付かないという訳ではない。後でギルデロイにも共有しておこう。

しかして私の予測通り、ミネルバはフリットウィック先生と共にファイアボルトを隅から隅まで調べる必要があると宣言した。ダンブルドア先生も賛成の様だ。

セブルスは不機嫌そうに眉を寄せながら「燃やせば良かろう」と言っていたが、ミネルバに「とんでもない」と一蹴されていた。

「私もお手伝いしましょうか?」

「いいえ、それには及びません、メリル。ただでさえ貴女は仕事が多いのだから、箒の調査くらい私とフィリウスで十分ですよ」

「分かりました。手伝える事があったらいつでも言ってください」

「ええ、ありがとう」

ハーマイオニーはまだ不安気な顔をしていたが、ミネルバは彼女を伴ってフリットウィック先生と一緒に大広間を出て行った。これはグリフィンドールで一波乱ありそうね。

「貸したまえ」

クラッカーから出てきたお菓子や三角帽子を持って立ち上がると、セブルスがさっと全てを持って行った。そのままさっさと歩き出したものだから、一昨年もこんな風に持ってくれたなと思いながら私は急ぎ足でその後を追った。

以前と同じく私室まで景品を運んでくれたセブルスは、たまたま目に付いたのだろう、7色のナイトキャップを珍妙な物を見る目で眺め回していた。

「セブルス?良かったらお茶を飲んで行く?」

「ああ」

声を掛けると、彼はようやくナイトキャップから目を離して頷いた。それからふと思い出した様にローブの内側からサシェを取り出して私へと差し出した。

「香りが薄くなった。また中身を入れ直してくれるか」

「もちろんよ」

私はサシェを受け取って慎重にポシェットに仕舞い、お茶の支度のためにキッチンへ向かった。

1時間程ゆっくりとおしゃべりをして過ごし、セブルスは部屋を出て行った。私はクラッカーの景品を1つ1つ眺めながら片付けていった。どれもおかしくて、面白い、クリスマスにピッタリの物ばかりだ。オーナメントは各部屋の扉に飾り付けた。

その後、セブルスからの預かったサシェとクィリナスから昨日お願いされたロウソクを作っていると、時刻はいつの間にか夕方になっていた。急いで道具や材料を片付けて、前から選んでおいたニットワンピースに着替えた。ついでに、せっかくだからとマルフォイ夫妻に貰ったバレッタで横髪を止める。セブルスからのプレゼントであるマフラーを出してきてコートの側に置いておけば準備万端である。迷ったものの、薄く化粧もしておいた。

全ての準備が終わった頃、ノックの音が部屋に響いた。

勢い込んで扉を開けた私を見てセブルスは驚いた様にちょっぴり目を見開いて「そのマフラーは……」と呟いたが、すぐに普段の表情に戻った。

「準備は良いかね」

「ええ。どう?似合うかしら?」

「ああ、君によく合っている」

「ありがとう、嬉しいわ。それで、今日はどこに行くの?」

「ダイアゴン横丁だ」

──何かプランがあるのかしら?

一先ずセブルスについて行こうと決めて、私は彼と共にホグワーツの敷地の外で姿現しをした。

クリスマスのダイアゴン横丁は家族連れで賑わっていたが、大通りから1本入ると高級レストランやハイブランドが軒を連ねる通りになっており閑静な雰囲気だ。その中の1軒のレストランにセブルスは私をエスコートした。シンプルながらそれとなく高貴さを感じさせる外観からして、高級そうである事は明白だ。セブルスったら、いつこんな場所を知ったのかしら?

物腰の柔らかい店員に個室に案内され、さり気なく上着を預かられ、椅子まで引かれてしまった。私が少し緊張しながらゆっくり座ると、店員は穏やかな笑みを浮かべたまま退室した。

不躾にならない程度にぐるりと室内を見渡すと、調度品や内装自体は華美ではないものの質の良い物を使っている事が分かった。しかもデザインも素晴らしい。

「とても雰囲気の良いレストランね。こんなお店、よく知っていたわね」

「……ああ」

妙な間があったが、セブルスは頷いて見せた。誰かに以前に連れて来てもらった事があるのだろうか?もしくは誰かと一緒来た事が?

疑問はあったが、聞いた所で薮蛇になる可能性もある。疑念を頭の隅に追いやっておしゃべりしていると、すぐに前菜が運ばれて来た。どうやらコースらしく、どう察しているかは分からないが、ちょうど食べ終わったタイミングで皿を片付けに来て次の料理を出す流れがとてもスムーズだった。店員の教育まで完璧な様だ。

「とっても美味しいわ!お肉はとてもジューシーだし、スープは澄んでいて柔らかい味でいくらでも食べられるくらいよ」

ニコニコしながら言うと、セブルスは目元を緩ませて「そうか」と柔らかい口調で返した。それが何だか擽ったくて、赤くなりかける頬を誤魔化す様に、

「セブルスも美味しい?」

と問い掛けた。すると、彼は口の端さえ緩く上げて、薄く暖かく笑んだ。

「君となら、何でも」

「!」

──それは反則!

結局真っ赤になってしまった私の顔を、眩しい物でも見る様にセブルスは目を細めて見ていた。

美味しいデザートと紅茶を堪能して、私達は外に出た。お会計はいつの間にかセブルスがし終えていて、払うと申し出たのだがすげなく断られてしまった。

すっかり暗くなった外気は冷たく、吐き出した息が白く色付いた。

「これからどうする?横丁を見て回る?」

「いや、行きたい場所がある」

そう言ってから、セブルスは少し逡巡した後、

「……手を、繋いでも?」

と小さく呟いた。彼の黒い目は伏せられてはいたが、私の反応を窺っているのは感じられた。時折寂しがりの子供の様な仕草を見せるこの男の事が、どうしようもなく愛おしい。その仕草を見せる相手が限られている事を知っているからこそ、余計に。

「もちろんよ!」

だから、私は熱くなる胸の衝動のままにニッコリ笑って冷たい彼の手をギュッと握ったのだった。

手を繋いだまま付き添い姿現しをして連れて来てもらったのは、ホグワーツのすぐ側にある湖の畔だった。対岸には荘厳な雰囲気のホグワーツの姿が見える。さざ波の立つ湖は、暗いその水面にキラキラと城の明かりを反射していた。

「ここ?」

「ああ。……少し歩こう」

サク、サクとゆっくり歩き出す彼と共に湖畔を進む。しばらくそうして時間を過ごした後、セブルスはようやく口を開いた。

「……学生時代、息が詰まる感覚がしていた事があった。そんな時、ホグワーツを抜け出してこの周辺を歩いていた。良い気晴らしになった。何も無く、誰もいない。風と波の音だけを聞く時間は、存外気に入っていた」

「貴方が城を抜け出していたなんて初めて聞いたわ。後で叱られなかった?」

当時は闇の勢力が力を持っていた時だ。不要な外出は控えていた人が多い。

「ルシウスに『不用意だ』と注意されたくらいだ。そのルシウスが卒業すれば、私に何か言う者はいなかった。……メイ」

不意にセブルスが立ち止まって私を振り向いた。釣られて止まり、向かい合う格好になる。彼の黒い瞳が、覚悟を持ってこちらを見詰めていた。

「君に、聞いて欲しい。私の罪を、そして私がすべき贖罪を。……全てを」

「うん」

「君にも背負わせる事になる。それでも、私の我儘だが聞いて欲しい」

「うん。貴方の全てを知りたい」

安心して欲しくて微笑むと、セブルスはホッとした様に小さく頷いた。繋いだ手は、緊張故かまだ冷たい。私の温度を彼に分ける事ができればと切に願った。

セブルスは1度ギュッと目を閉じて、再度私と目を合わせて静かに語り出した。

「……リリーと私は、ホグワーツに来る前からの幼馴染だった。近所の公園で出会った。その頃には彼女にも魔法の力が発現しており、私も純血の魔女であった母から受け継いだ魔法の力に気付いた頃だった。マグル生まれの彼女と両親から疎まれていた私は孤独な者同士側にいた。奴らと出会ったのはホグワーツ急行での事だ。馴れ馴れしく話し掛けてくるポッターに、リリーは嫌悪感を示していた。組分け帽子は彼女をグリフィンドールへと入れた。明るく真っ直ぐな彼女には似合いの寮だと思った。リリーは『寮が分かれても仲良くしましょうね』と言っていた」

ゆらゆらと揺らぐ瞳は遠くを見ているかの様で、目が合っている筈なのに私を映してはいない。セブルスの話は続く。

「グリフィンドールの彼女とスリザリンの私が話していると、どちらの寮生からも奇異の目で見られた。特にポッターとその仲間が毎日の様に執拗に絡んでくるのが心底鬱陶しかった。言い掛かりから始まり、ついには数に任せて魔法で攻撃までしてきた。もちろん反撃したが。その内に、奴らが絡んでくる度にリリーが飛んで来る様になった。彼女に守られる自分ではなく、奴らを見返せる様に、強くなりたいと切に思う様になった。私は、彼女に相応しくなるために力が欲しいと思っていた。……君と知り合ったのはそんな頃だったな、メイ」

フ、と小さくセブルスの口角が緩む。私だって覚えている。次第に昏い目になっていくセブルスに、どう接して良いか分からなくなったのもそのすぐ後の事だったから。

「親が死喰い人だった先輩方から声を掛けられる様になったのも、その頃からだった。私はしばらく迷っていたが、強くなれると思って闇の魔術に積極的に染まりに行った。……今思えば、現実逃避に近かった。リリーは徐々にポッターらと話をする様になっていた事に加え、学年が上がるにつれ互いに忙しく、中々会う時間が無かったからだ。彼女に見合いたいと、彼女と共にいるためと自分に言い聞かせ、闇の魔術に魅入られていた。……リリーから再三注意と心配をされていたが、耳を貸さなかったのは私自身だ。その内、ついに彼女と私は決別した。当然だ、私が彼女へ最低の暴言を吐いてしまったのだから」

さあ、と吹いた風がセブルスの前髪を攫って、彼の目元が見えない。その声は苦しそうで罪悪感に溢れていて、彼がこの告白をどれ程の覚悟でしているのかを如実に示していた。

セブルスは1度大きく深呼吸をして話し続けた。

「卒業しても、リリーの事は気になっていた。自分のせいで傷付けた癖にだ。彼女が結婚した事も子供を身篭った事も知っていた。……あの頃、我が君に関する予言が出たのだが内容を知っているかね?」

私は無言で首を横に振った。

「……『闇の帝王を打ち破る力を持った者が近付いている。7つ目の月が死ぬ時、帝王に3度抗った者達に生まれる』。これが予言の前半部分だ。私はこれをシビル・トレローニーの面接時に盗み聞きした。そして死喰い人として我が君に仕えていた私はそれをそのまま我が君に伝えた。……それが致命的だった。当然ながら我が君は『7つ目の月が死ぬ時』、つまり7月生まれの子供を探した。そして辿り着いたのが、ポッターの息子だった。私がそれを知った時は既に手遅れだった。我が君がポッター家に襲撃に行ったと知った私は急いで後を追ったが、家はボロボロで、リリーは……。しかも予言には続きがあった。それを私はダンブルドアから伝えられた。内容はこうだ。『そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう。しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう……一方が他方の手に掛かって死なねばならぬ。何となれば、一方が生きうる限り、他方は生きられぬ……。闇の帝王を打ち破る力を持った者が、7つ目の月が死ぬ時に生まれるであろう』……」

「つまり、ハリーが『例のあの人』を完全に倒す力を持っている、と……?」

セブルスは重々しく頷いた。

「私が愚かだったのだ。君が心配してくれていた事も、本当は分かっていた。それに気付かぬフリをして、闇の帝王に従い続けたのは私自身だ。そのせいで、リリーは命を落とした。私はその贖罪をせねばならない。私の愚かさによる罪を贖うには、彼女の子供を生かすしか、彼女の遺志を引き継ぐ他無い。彼女を助けるよう惨めに縋り、それが叶わず打ちひしがれる私にダンブルドアもそう言っていた。それがあの時私を生かすため、私を光の陣営に引き入れるための言葉だったとしても、私はそれに縋った。そうして今、私はここにいる」

グッと、セブルスが私の手を握る手に力が籠った。深い悔恨の声は、私にその傷の深さをまざまざと感じさせる。そして彼の中のリリー・ポッターの存在の大きさも。

「君の献身には本当に感謝している。私が、贖罪のためだけではない生について考えられる様になったのは、メイ、君がいたからだ。君は城に戻って来た日、私に『生きていてくれて良かった』と言ったな。それは私が言いたかった事でもある。卒業と同時に消えた君が、ホグワーツに戻って来ると知った時、どれ程の安堵感が私を襲ったか、君は知らないだろう。卒業直前に大雨の渡り廊下で君を慰めたあの日、困惑すると同時に、確かに君の涙が美しいと思った私の内心を、君は知らないだろう。君が我が君の亡霊によって倒れた日、私がどんな気持ちで医務室まで運んだか、君は知らないだろう。君が石にされたあの日、私がどれ程の絶望と悲しみを味わったか、君は知らないだろう。……君が私の愛を受け入れてくれた日、多くの幸福と歓喜に湧いた私の心を、知っていて欲しい。その上で、罪深い私が贖罪を続ける事を赦して欲しい。予言を完遂する事であの子供が生きられるのなら、その様になるように助ける事を、そして同時に、全てを聞いても尚、君は愚かな私が君を愛する事を、赦してくれるだろうか」

風が止んだ。セブルスは私を真っ直ぐに見詰め、その瞼は不安や緊張で震えていた。

「セブルス」

静かに名前を呼ぶと、彼の肩がビクリと揺れた。

「私にとって1番大事なのは、貴方が幸せに生きる事よ。それが私の幸せでもあるわ。……ねえ、それは貴方の幸せに繋がるのかしら?貴方が生きる事を、考えに入れているの?」

「君を愛する事と君に愛される事は私の幸せだ。予言の完遂は、私にとって過去の精算でもある。それが成されないままのうのうと生きる事はできない。……死ぬと、君が悲しむから、私は生きる」

彼の言葉に、私は小さく首を横に振った。

「違うわ、セブルス。私は貴方自身が生きたいと思って欲しいのよ」

セブルスは僅かに目を見開き、ほんの一瞬ウロ、と目線をさ迷わせた後、「……努力する」と呟いた。

今はこれで良いだろう。約束はしたのだから。真面目な所のあるセブルスの事だから、忘れたり完全に反故にする事はない。

「セブルス。私、貴方に幸せになって欲しい。そのためなら、ハリーを生かす協力も喜んでするわ」

「君には危ない目にあって欲しくない」

「私だって好きでやっている訳ではないけれど、必要ならそうするわ。それは、セブルス、貴方もそうでしょう?」

セブルスは押し黙った。それが答えだ。ならば彼にも文句は言わせない。

皆が生きて幸せになるために、未来を掴むために、今後はこれまで以上に気を張らなければならないだろう。

「セブルス」

「……何だ」

「愛しているわ。これまでも、これからも、ずっと」

セブルスが今度こそ目を見開いた。その目は私を見ていて、この瞬間、私だけしか映っていない。それが堪らなく嬉しくて、私はセブルスを抱き締めた。突然の行動に僅かに揺れた彼の身体は、しかし私をしっかりと抱き留めてくれた。

「貴方こそ、きっと知らないわ。私がどんな思いで彼女を見る横顔を見詰めていたか。貴方を忘れたいと思って旅に出たけれど、結局忘れられなかった事を。ホグワーツで再会できてどれ程嬉しかったか。貴方と共に過ごせる時間をどれ程噛み締めていたか。それくらい、貴方を愛している事を、貴方には分かっていて欲しいの。……貴方が贖罪をすると決めているのなら、それが貴方の幸せに繋がるのなら、私はそれを赦すわ。貴方の幸せは私の幸せだもの」

抱き締める腕に力を込めると、私の背に恐る恐るセブルスの腕が回り、そうしてギュッと強い力で抱き締められた。ドクドクと動く心臓の音が耳に聞こえ、身体の温かさが頬に伝わり、薬草の匂いが鼻腔を満たす。

──ああ、生きている。貴方も、私も。

「──君はいつも、私が欲している物をくれるな」

「そうかしら」

「ああ……君は、何か欲しい物は無いのか」

耳元で囁かれた声に擽ったさを感じながら、いっぱいいっぱいの思考を何とか回す。たくさん考えて、でも出てきたのは至極単純な物だった。

「……髪が短くても、似合う……?」

「ああ、ああ、もちろんだとも。……気にしていたのか?」

「だって」と呟いた声はまるで拗ねた子供の様だった。

「だって、……セブルスだけが、褒めてくれなかったんだもの……」

駄々を捏ねるかの様な幼い言葉に、言っている自分で恥ずかしくなった。身体が熱い。

セブルスの腕に更に力が籠り、頭頂部辺りにキスを落とされた感触がした。

「……不安にさせてすまない。アー……先に他の男に言われて、言い出せなかった。君は、長い髪も似合っていたから」

苦味の滲んだ声で告げられ、その常には無い素直な吐露に驚いた。皮肉で包む物言いが多いセブルスが、その心の内を曝け出すのは本当に珍しい。過去を告白した事で、そのままの気持ちを伝えられる心境になっているのかもしれない。

「ありがとう、セブルス。私、貴方に褒められるのが1番嬉しい」

「メイ、君に喜んでもらえるのなら、いくらでも言葉を重ねるとも」

「ありがとう。たくさん、たくさんお話しましょう?私、もっとセブルスの事が知りたいの」

「ああ、私もだ」

サラリと横髪を取られ、釣られて顔を上げると真っ直ぐな黒い両目と視線がぶつかった。新月色のその奥に、柔らかく強い光があるのを確かに見た。その光は私を貫き、私の心を捕らえて離さない。

「メイ」

穏やかな笑みを浮かべるセブルスの顔が近付いてきて、私は静かに目を閉じて彼の愛を受け入れた。

サクリサクリと雪が敷き詰められた道を歩く。セブルスと繋いだ手は温かくて、彼の大きな手に包まれている事に安心する。

城が近付いてくるにつれ、ふと気になった事を思い出した。

「そういえば、今日行ったお店は誰かに連れて行ってもらったの?」

そう聞いた瞬間、セブルスは口をへの字に曲げた。

「………ルシウスが、初めてのクリスマスは完璧にエスコートした方が良いと、あの店を勧めてきた」

「彼が?恋人になったと伝えたの?」

「まさか。あの男の事だ、どこからか嗅ぎ付けたのだろう」

お世話になっている先輩への言い草とはとても思えないが、セブルスとしては不服なのだろう。

思わず笑ってしまった私に、セブルスは「あの男はいつもそうだ。勝手に色々察して口を挟んでくる」と苦々しい口調で言い募った。しかし、言葉とは裏腹に心底嫌がっている訳ではないようで、仕方がないという風にセブルスは小さく息を吐いた。

こうやって、小さな事をたくさん積み上げていけたら良い。嬉しい事も辛い事も、喜びも悲しみも、セブルスと一緒に経験したい。お互いに同じ方向を向いて、共に道を歩んで生きていきたい。

並ぶ2つの月影に、それを強く感じた夜だった。




月時雨「月明かりの中の時雨。物語や絵画の中の様な風流な景色」

35話目です。

ついにクリスマスだけで1話分の量になりました。ハロウィンとクリスマスは特に重要なイベントなので仕方ないですねw正直書いていて楽しかったです。皆のプレゼントの中身はとても悩みましたが。

甘さと苦さの割合についてビターチョコレートくらいを目指したのですが、どうでしょうかね。ちゃんと甘くなってますかねー。苦いだけの2人ではないとは思っているのですが、甘さの具合を毎回迷います。特甘になる日はいつになるやら……w
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