百合の影から覗いて   作:細雨

36 / 51
注ぐ甘雨で満たして欲しい〜アズカバンの囚人篇〜

クリスマスの翌日は、いつも通りに訪れた。冬特有の澄んだ空気は、室内が冷たくなくとも損なわれる事は無い。それを楽しむ余裕があれば、の話だが。

「……び、っくり、した……」

──起きて目の前に恋人の寝顔があるという事は、こんなにも目に良く心臓に悪い物なのね……。

瞼が閉ざされても尚寄る眉間に、彼を起こしてしまってはないかと心配になったが、何とかそれは免れた様だった。

顔にかかっていたパサつくセブルスの前髪をそっと避けてやる。彼は少しもぞりと動いたが、私から離れる事無くシーツを掴んで丸まった。

つまりは私とセブルスは今、私の寝室のベッドの上にいる訳だが、昨夜はとっても健全に眠りに就いた。本当に、何も無かった。

遡る事数時間前。城に戻って来た私は、鼻も耳も真っ赤になっていた。部屋まで送ってくれたセブルスも同じくだったため、

「お茶を飲んで温まっていって」

と引き留めた。セブルスは逡巡していたが、さすがにそのまま帰すのは気が引けた私は半ば無理矢理部屋に引き入れた。誓って言うが、他に思惑は無い。

「 今年も良い茶葉をいただいたの。そちらで良い?」

「ああ」

手早く紅茶を入れて、煌々と火の灯る暖炉前のソファまで戻る。隣に腰掛けながらカップを渡す。ちなみに今回の紅茶は早く温まれるようにとブランデー入りだ。香りが深くて、飲まなくても美味しいと分かる。

「どう?美味しいでしょう?」

セブルスが紅茶を1口含んだのを見計らって聞いてみると、彼は小さく頷いた。

「良い茶葉だな」

「そうよね。ルシウスから今朝届いたのよ」

「またあの男は……」

はあ、と溜息を吐いたセブルスは、お茶の美味しさには抗えないのかもう1度カップを傾けた。

「ねえ、セブルス。明日の朝、良かったら一緒にふくろう小屋に行かない?」

「構わないが、何かあるのか」

「うん、見せたい物があるの」

セブルスは小さく首を傾げたが、答えは明日のお楽しみとして言わないでおいた。

気になるのかこちらを見てくるのを誤魔化す様にキュッと手を握ると、すぐに握り返してくれた。

「どうした、まだ寒いのか。火を強くするかね?」

「ううん、大丈夫。ねえ、もうちょっとだけ寄っても良い?」

「君の好きにしたまえ」

「ありがとう」

拳1個分空いていた距離をえいやっと詰めると、互いの足が触れ合うくらいになった。握り合った手2つは、私の膝に乗せておけば冷えない筈だ。冬は部屋全体に保温魔法を掛けているから、元々それ程寒くはないのだけれど。

パチパチと爆ぜる炎の音を聞きながら、私達は他愛の無い話をポツリポツリと話した。城の中で好きな場所、好きな季節、好きな食べ物、嫌いな食べ物、苦手な場所、好きな色。そんな、互いが生きるのに差程重要ではない、でも互いを知るのに大切な事を。

いつの間にかポットの中身もカップの中も空になっていた。身体はポカポカと温かく、セブルスと過ごしている幸せと相まって少しずつ眠くなってきた。

パキッと一際太い薪に亀裂が入り、炎が回ったのと同時にカップをテーブルに置く。

「セブルス」

ゆっくり名前を呼ぶと、彼は「何かね」とこちらを見詰めた。その黒の瞳に炎の揺らぎが映えていて、とても美しい。

「貴方に、触れても良い?」

セブルスの肩が揺れた。彼は大きく息を吐いて、何事かボソボソと呟いた。「まったく」とか「不用心」とか聞こえた気がするけれど、まるっと聞こえなかった事としよう。だって今、貴方を抱き締めたい。クリスマスだもの、少しは甘えても良いでしょう?

私がジッと見て待っていると、セブルスはもう1度大きく長い溜息を吐いて自分のカップをテーブルに置いた。それから上半身ごと私の方を向いて緩く腕を広げるものだから、私はときめきながらもその中に飛び込んだ。

ギュッと抱き締めると、セブルスも同じくらいの力で返してくれた。温かさに包まれて、慣れた匂いを嗅いで、酷く安心した。

「……君はいつも良い香りがするな」

セブルスが鼻筋を私の首元に寄せながら言った。かかる息の擽ったさに吹き出しながら「セブルスも薬草の良い匂いがするわ」と返すと、

「それは……良い匂いというのかね?」

と心底不思議そうな声音で言われてしまった。

フラッフィーに噛まれた際に強く「清潔にするように」と言ってから、セブルスは随分と身綺麗にしてくれるようになった。城に戻ってから言い続けてはいたけれどそれまでほとんど改善が見られなかったから、正直とても嬉しかった。清潔でいた方が病気になりにくいし、怪我をした時も早く安全に治りやすいのだ。不衛生な空間で消毒もせず安易に治療魔法を使った結果、内部から腐ったなんて話もあるくらいなのだから。

髪は未だに傷んでギシギシしたりパサついたりしているが、服や身体の方は変な臭いは無くなった。セブルスに染み付いた薬草や魔法薬の匂いは私にとっても馴染み深い。学生時代は互いに似た様な匂いを纏っていたものだった。

アルコールのせいかフワフワした気分のまま額をセブルスの胸元にグリグリと押し付けると、ぎこちなく頭を撫でられた。明らかに慣れていないと分かるその動きに、歓喜とちょっぴりの安堵を抱いていると、ふと顎を取られて上を向かされた。

「セブルス?」

「メイ」

静かに優しく名を呼ばれたと思ったら、次の瞬間には口付けが降ってきた。触れるだけのそれは次第に舌を伴う物になり、遂には私の口内は思う様セブルスに味わい尽くされていた。その上、いつの間にか私はソファの上に仰向けに押し倒されていた。それに気付いて一気に体温が上がる。

「せ、セブルス、あの……っ」

「メイ、メイ……」

髪、額、瞼、頬、耳、首とあらゆる所に降りてくる唇に翻弄される。セブルスの触れた所が熱くて熱くて、身体が溶けてしまいそう。

「ん、セブ、その、セブルス……ッ」

「──静かに」

「なっ、んんっ!」

先程とは違い、今度は激しいキスが私を襲う。恥ずかしいのと気持ち良いのと嬉しいのでごちゃ混ぜになる。

セブルスを押し退けようとした両腕は、彼のそれに阻まれて満足に動かせない。下半身はいつの間にかのしかかられていて身動ぎすら難しい。

私の上顎を擽り、歯列をなぞり、舌を吸い、追いかけ回し、思うがまま振る舞ったセブルスの舌が退いたのは、上手く息の吸えなかった私が疲れて脱力してからだった。肩で呼吸する私を意地悪に笑ってみるセブルスの憎たらしさったらない。本当に、ずるい!

「ちょっとは、はあ、手加減してくれるかしら……」

「君が悪い」

「はい?」

私は何もしていないのに、どういう事だろう。

キョトンとした顔を晒した私を、セブルスは今度は困った様に微笑んで見詰めた。その目の奥には未だギラギラした光が輝いていて、それに射抜かれた私は目を逸らす事ができなくなってしまった。

再び近付いて来たセブルスの顔に、すわまたキスかと息を吸ったが、彼はそのまま私の肩口に顔を埋めた。私の手首から離れた両腕はそのまま私を強く抱きすくめる腕に変わった。

「……メイ。君はいつも私を喜ばせ、惑わせる。大事にしたいのに、いっそのこと君の全てを暴いてしまいたいと思う事もある。君は魅力的だから、たくさんの人間が君を慕う。そんな君が誇らしく、同時に私は恐れているのだ」

「どうして……?」

「君が、万が一にも他の男に目を向ける様になれば……私は暗い過去を持っている……君を手放したくない……離したくない、隣にいてくれ……」

「セブルス……」

懇願の言葉は湿り気を帯びて私の耳に到達した。そんなセブルスの悲痛な願いは、私を切ない気分にさせた。万が一にも、彼以外を見る日は来ないというのに。

と同時に、セブルスの声が段々とフワフワした物になってきた事にも気が付いた。もしかして眠いのだろうか?

「セブルス?眠いの?」

「……まだ、起きていられる……」

絶対に眠いだろう、これは。子供が駄々を捏ねるかの様にギュッと腕の力を強くするセブルスの頭を優しく撫でて、私はもう1度声を掛けた。

「セブルス、今日は一緒に寝ましょう?朝まで一緒にいれば何も怖くないわ。そうでしょう?」

小さく頷いたセブルスは、スリ、と頬を私のそれに擦り寄せてからようやく身体を起こした。続いて私も起き上がる。杖を振って紅茶セットの洗浄と片付けを命じてから、私は目をシパシパと瞬かせるセブルスの手を引いて寝室へと向かった。

寝室の出入口で一悶着あった。いくら許可を出してもセブルスが室内へ入ろうとしないのだ。

「私はソファで寝る」

「もう、ここまで来て何を言っているの?気になるなら私がソファで寝るわ」

「それは駄目だ」

「なら素直に入って来て。ほら」

再三の促しに、セブルスはようやく渋々といった体で室内へ足を踏み入れた。その顔は眠たいという睡眠欲と理性の狭間で葛藤しているのか険しくなってしまっている。

私だって緊張していない訳ではない。むしろ心臓がうるさいくらいドキドキと高鳴っているが、さっきみたいな事を言われてハイおやすみなさいと返せる訳がないのだ。

何とかシーツの中にセブルスを入れて、自分もその横に滑り込む。今度は私の方から身体ごと擦り寄ると、セブルスはビクッと身動ぎして恐る恐る抱き寄せてくれた。

「おやすみなさい、セブルス」

「ああ……おやすみ、メイ」

緊張で寝られるのかなんて不安は、すぐさまやってきた眠りの帳に閉ざされて消えてしまった。

そうして今だ。セブルスの寝顔というウルフスベーンよりも貴重な物を記憶に焼き付けようとジーッと見ていると、見詰め過ぎたのか軽く唸りながらセブルスが目を開けた。バチッと視線があった、その瞬間。

「っ!?!?」

バッと起き上がったと思ったらズザザッと後ずさったセブルスは、物の見事にベッドから転げ落ちた。次の瞬間には頭を打ってそうな鈍い音が聞こえた。とっても痛そう。

「アー、セブルス?大丈夫?」

ベッドの上からヒョイッと見下ろすと、案の定彼は後頭部を押さえて蹲っていた。

「……これが大丈夫に見えるかね……」

唸る様に言われて苦笑してしまう。

「治療しましょうか?」

「そちらではない」

セブルスはガシガシと頭を搔いてから、ハッとした様にこちらを勢い良く振り仰いだ。私が意表を突かれた瞬間に、彼は勢い良く立ち上がって私の両肩をガッと掴んだ。

「体調に異変は無いかね?怪我は?私は君を、乱暴に扱わなかったかね?」

「ちょ、ちょっと、セブルス、落ち着いて」

「もしも怪我をしているのなら隠すのは悪手だぞ。私はすぐに気付く──」

「セブルス、本当に何も無かったわ。だから落ち着いて」

「……は?」

ビシッと固まったセブルスは、数秒後に長い長い溜息を吐きながら脱力した。そのまま凭れ掛かる形で私の肩に額を寄せた。

「……本当だな?」

「誓って」

「……良かった……」

心の底からの安堵がその声に溢れていた。私だってマグルではないのだし、本当に嫌だったのなら自衛手段くらい持っている。そもそもここは私の部屋であり、つまりは私のテリトリーなのだから、何かあったとしても私の独壇場になるのだ。

「目が覚めた?」

「過剰な目覚ましだ」

「貴方が勝手に動揺したのよ」

クスクスと笑いながら言うと、セブルスは顔を埋めたままフン、と鼻息を吐いた。強かに打った部分を触らないようにしながら頭を撫でてやると、彼はグリグリと額を私の肩に押し付けた。まるで猫みたい。可愛い。

この時間をずっと堪能していたいのは山々だが、そうも言ってられない。

「さ、身支度してふくろう小屋へ行きましょう?見せたい物があるの」

「そういえば昨夜そんな事を言っていたな」

名残惜しくもセブルスから離れてベッドから降りると、彼も同様の表情のまま床に降り立った。もちろん今度は足から。

気を遣ったセブルスが先に部屋を出たため、その厚意に甘えて着替えを済ませて髪を整えて軽く顔を洗ってから私も外に出た。

朝日の昇り始めたばかりの空は、まだ暗く、遠くから薄らと明るくなってきていた。

ふくろう小屋のある塔の下に着いた時には、2人共鼻が赤くなってしまっていた。こればかりは服に保温魔法を施してもどうしようもない部分だ。

「ここで待っていてくれる?すぐに掃除と餌やりを終わらせてくるわ」

「手伝うが」

「今日は良いの。ここにいて欲しいのよ」

以前何度か一緒にふくろう小屋に来た事のあるセブルスは手伝いを申し出てくれたが、私は驚かせたくてそれを断った。彼は訝しげにしながらも素直に頷いてくれた。

私は足早に塔を登って小屋に入り、手早く掃除を終わらせた。それぞれのふくろうの様子を見ながら餌やりを終わらせると、次が今日のこの時間のメインだ。

「セブルス!」

落ちないように念の為小屋の扉に掴まりながら下に向けて声を掛けると、セブルスはこちらを向いた。彼へヒラリと手を振ってから、私は振り返って扉が閉まっている事を確認した。それから、思い切り塔を下りる階段から飛び降りた。

「メイ!」

セブルスの顔が青くなるのを見ながら、私は動物もどきの魔法を発動させた。

最早慣れた変身と共にあらゆる感覚、特に視覚と聴覚が変化すると同時に、フワリと翼が風を捕らえた。そのまま塔を旋回し、驚愕の表情を浮かべるセブルスの方へ高度を下げて行った。徐々に近付く彼は未だに驚いていてしてやったりだ。私が驚かされる事の方が多いのだから、たまには意趣返しをしないとね。

セブルスの少し上まで速いスピードで降りてきて、私はほーう、と鳴いてから変身を解いてそのまま彼の胸元に飛び込んだ。

「なっ、!」

ボフッと降りたての雪が私達を受け止めたが、2人共雪まみれになってしまった。でも、私はそんな事気になんてしていなかった。

「セブルス!どうだった?びっくりした?」

ガバッと起き上がって笑顔で聞くと、セブルスは顔を片手で覆って深い溜息を吐いた。

「肝が冷えた……」

「あら、どうして?」

「君が塔から飛び降りたからに決まっているだろう……」

それもそうか。セブルスは私がコキンメフクロウに変身できると知らないのだから、思ったより驚かせてしまった。

「この間、ついに動物もどきを成功させたのよ。ミネルバにも褒めてもらえたの。上手く変身できていたでしょう?」

「そうだな」

セブルスが柔らかい笑みを浮かべてそっと頭を撫でてくれた。それが堪らなく嬉しくて、私は頬に熱が集まるのを感じた。きっとニヤついてしまっているだろう。

「それはそれとして」

「え?」

セブルスの笑みがいつの間にか意地の悪いそれに変わっている。嫌な予感。

「無闇に心配させたからには罰則が必要だな」

「罰則って……ひゃっ!冷たい!」

セブルスは素早く雪を握って、私の頭の上にそれを落とした。頭や首、耳に当たった雪の冷たさに私が悲鳴をあげるのを彼は愉快そうに見ていた。

「せいぜい頭を冷やして反省したまえ」

「もう、身体の方が冷えちゃうじゃない」

「私も同様の状況だと早く気付きたまえ」

「あ、ご、ごめんなさいっ」

慌ててセブルスの上から飛び退くと、彼はやれやれと身を起こしてさっと雪を手で払った。それから私の頭の上に残っていた雪を手で払い始めた。

「あ、ありがとう」

「構わん。それより、いつの間に習得していた?見事な変身だったが」

滅多に素直に褒める事の無いセブルスからのストレートな賛辞に頬が緩むのを止められない。何とかだらしない顔にならない様に苦心しながら、「大体2ヶ月前くらいよ」と返した。

「ほう、短期間ながらあそこまでできる様になったのか。生徒達にも見習って欲しいものだ」

「こればっかりは経験値の差としか言えないわね」

笑って言うと、セブルスも釣られた様に微笑んだ。そのあまりに穏やかな顔に目を離せないでいると、私の頭上の雪を払い終えた彼の指が不意に私の顔に近付いた。そのまま指先でそっと睫毛についていた雪の欠片を取り除いたセブルスは、雪の反射光で煌めく瞳で私を優しく見やった。

「飛び過ぎて迷子にならない様に気を付けたまえ」

「──何度だって帰ってくるわ、貴方の隣に」

私の言葉にクッと目を見開いたセブルスは、嬉しい様な焦れったい様な複雑な表情を見せた。それから優しく私の腕を引き寄せてギュッと抱き締めた。

「せ、セブルス、ここは外──」

「君がそんな事を言うから……一層手離せなくなる」

私の言葉を遮って発された言葉に、私の動きが止まる。縋る様な響きを持ったそれに、嬉しさと愛しさとほんのちょっぴりの呆れが胸の内に沸き起こる。本当に、仕方のない人。

──まだそんな事を言っているの?

「私から離す気が無いから、心配いらないわ」

安心させる様に彼の背中に腕を回してポンポンと叩くと、セブルスは更に強く抱き締めてきた。そのまま彼が満足して離れるまで、私達は雪の中で抱き締め合っていたのだった。

着替えなければならないセブルスと一旦分かれ、雪に濡れた服や髪を魔法で乾燥させてから大広間へと向かった。

広い室内の真ん中に鎮座するテーブルに既に着席していたミネルバに挨拶しながら、その隣に滑り込む。すると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて私の耳元に顔を寄せて囁いた。

「昨夜は楽しめましたか?」

「!?な、何で知って……」

「クリスマスに恋人が出かけたなら、それはデートに決まっているでしょう」

それもそうである。私の顔が赤いのを見て何かしら察したのか、ミネルバはとても良い笑顔でうんうんと頷いていた。

「楽しめたなら結構。貴女達に限って無節操な事は無いでしょうけど、生徒のいる所では気を付けるように」

「も、もちろんですっ」

慌ててコクコクと頷くと、ミネルバはニヤッと笑っていた。どうやらからかわれたらしい。厳格な一方でこういうチャーミングな所があるのは彼女の美点である。

それからおしゃべりを楽しんでいる間に数少ない城に残っている人々が集まり、朝食が始まった。食事が一段落した頃、見計らった様にふくろう達がそれぞれ郵便や新聞を持って飛んで来た。その中に、一直線に私の元へやって来た1羽のふくろうがいた。

「おかえり!待っていたわ、大変だったわね」

ウィリアムの元へ送ったあのモリフクロウだ。私の前に降り立って誇らしげに胸を張るその足から手紙を受け取って労いに撫でてやると、やはり少し痩せている。気持ち良さそうに目を細めるモリフクロウにベーコンを与えると、ほう、と嬉しそうに鳴いて飛び去って行った。風邪を引いていたそうだし、しばらくの間は様子見しておかなければならないだろう。飛ぶのも速く、力も強いが年齢は他のふくろう達より上の筈だ。これ以上体調を崩さない様にしないと。老いても郵便を運ぶ情熱に燃える彼らの活躍の場があれば良いのだけれど。

そんな事をぼんやり思いながら、私はさっと手紙をローブの内側のポケットに仕舞って食事を再開した。

食後、次々とテーブルから人がいなくなる中、私は急いで封筒を開封した。

手紙は返事が遅れたお詫びから始まり、スキャマンダーさんと調べた結果として、ネズミもしくはネズミに似た身体の魔法生物の中で10年も生きる種族は存在せず、そのネズミ──スキャバーズの事だ──は新種かもしくは魔法や呪いを掛けられた人間、それか動物もどきだという結論が出た、とあった。身体の大きさやそこから計算できる心臓の大きさからして新種の可能性は低い、とも。

──そうだ、動物もどき。自分もそうなのに、どうしてその可能性に思い至らなかったんだろう!

驚きが私を襲い、それからハッとして背筋が寒くなった。

──もしも動物もどきなら、あれは「誰」?

10年以上もウィーズリー家に潜伏し、未だにその正体を現していない「誰か」。ロンは病気だと言っていたけれど、獣医に見せる相談はされていない。あの兄弟の中でも頭1つ抜けて優秀なビルが不審に思わぬ程の擬態。それをせねばならない程の事情を抱えているとしたら?

もちろん、ただの新種ならこの心配は杞憂に終わる。その方が断然良い。魔法を掛けられた、ただの可哀想な人であっても良い。でも、もしも。

「メリル」

声を掛けられてハッとして顔を上げると、いつの間にかセブルスが訝しげな表情で側に立っていた。

「いつまで座っている。既に食器は片付けられて──顔色が悪いな、どうした」

キュッと寄った眉根に、また彼を心配させてしまったと苦い思いが胸中に広がる。彼の決意を、贖罪を妨げる様な、足を引っ張る様な人間でいたくはない。もっと強くならなくちゃ。

私は手紙をローブの内側に仕舞って、何でもない風に笑って立ち上がった。

「少し食べ過ぎてしまったかもしれないの。部屋で休むわね」

「……ああ、気を付けたまえ」

セブルスの返答に僅かに間があった事には気が付かないフリをして、私は大広間を後にした。

いつも通りに厨房に寄って、ニクスの元へ行く。毎日の様にお行儀良くおすわりして出迎えてくれた彼の前にバスケットを置くと、嬉々として頭を突っ込んだ。

その様子を見るともなしに見ながら、思考はどうしても先程の手紙の内容を考えてしまう。

──まだスキャバーズの正体が人間であると決まった訳ではない。ごく僅かではあるが、ネズミに似た姿の長寿の魔法生物の可能性もある。

そもそも、魔法で生物を別の生物に変える事は可能なのだろうか?変身術の授業では無機物を生物へ、生物を無機物へは変身させていた。生物から生物へは取り扱っていなかった筈だ。私も習った覚えは無い。これについてはミネルバに聞くか、調べた方が良いかもしれない。自分で生物に変身する術は動物もどきが代表的だろう。どちらにしろ、問題は意図があるかどうか。どういう思惑でロンの、ウィーズリー家にいるのか、という事だ。もちろん食べるには困らないだろうけれど、もしも他に意図があったなら──

「わふっ」

「ニクス?」

座り込んで思考の波に沈み込んでいた私の意識を、ニクスの声が浮上させた。首を傾げながらこちらを見る彼は、どうにもひょうきんで可愛げがある。

「くぅん?」

「心配してくれたの?ありがとう」

いつもならバスケットを置いてすぐに立ち去るから、心配してくれたのかもしれない。

ニクスの頭を撫でてやると、彼は気持ち良さそうに目を細めて満足そうな顔をしてから食事を再開した。

しっぽをブンブン振りながらチキンをたべるニクスに別れを告げてから、私は温室の様子を見てから部屋に戻った。

昼食時に、ギルデロイが満面の笑みでお土産だと言って細身で上品な金の本体を持つボールペンをプレゼントしてくれた。その嬉しそうな姿に不覚にも癒されながら日中を過ごし、夜も大広間での歓談もそこそこに私は部屋に引き上げた。

リーマスはそろそろ城に戻ってくる予定だし、今日取り立ててやるべき事も無い。ハリー達との約束は明日の午後からだ。

私は紅茶片手にソファに沈み込み、今朝届いた手紙を再度読み返した。何度開いても内容が変わる事はない。スキャバーズが何であるか、もしくは誰であるか、突き止めなければならない。昨日久々に姿を見かけたが、最近は滅多に見なくなってしまった。普段の様子をさり気なくロンに聞いてみるのも良いかもしれない。

燃ゆる火を見ながらつらつらと考えていると、段々と瞼が重くなってきた。残っていた紅茶を飲み干し、私は早々にベッドに潜り込んだのだった。

それから中々スキャバーズの姿を捉える事ができずに、クリスマス休暇は終わりを告げた。

ホグワーツに戻ってきた子供達の賑やかな声に、城全体が明るくなった様に感じる。早朝に玄関脇に作っておいた各寮のモチーフの動物の雪像も、低学年の子達を中心に好評のようだった。ウィーズリーの双子が、大きなダンブルドア先生の雪像を加えて作っていたのには思わず笑ってしまったけれど。髭が上下左右にランダムに動くとは、さすがの発想としか言いようがない。

魔法生物飼育学の授業では、休暇中にハグリッドに提案していた火トカゲの授業を採用してもらえて、喜ぶ子供達に釣られてハグリッドも嬉しそうだった。チョロチョロと動く火トカゲを見ているだけでも楽しいのに、その上温かいのだ。良い事しかない。私も久しぶりに明るい気持ちで授業に参加できた。

温室内の薬草達も、何とか授業できる成育具合にまで追い付いてポモーナと2人で胸を撫で下ろした。今年の冬は特に寒さが厳しいから、心配だったのだ。

そして私の悩みの種はもう1つ。年が明ければ、当然ながら1月になる。1月になればすぐにあの日がやって来る。

1月9日。セブルスの誕生日だ。恋人になって初めての誕生日、正直何をしたら良いかまったく分からない。何せ今まではお祝いの言葉をかけてお茶をするくらいだった。クリスマスだって、私からはちょっと良い茶葉とそれに合うジャムを贈ったくらいだ。セブルスの様に、残る物はまだ贈れなかった。……その勇気が出なかった。

「でも、せっかくの誕生日だし……何かしてあげたいな……」

セブルスが喜ぶ物……貴重な魔法薬の材料?それもありだけれど、恋人からのプレゼントとしてはどうなのかしら……?

でも使える物の方が嬉しいわよね……。

色々と悩み抜いた結果、ハンドクリームを調合する事にした。どうしたって気候は乾燥しているし、手触りで状態を確認する薬草もある。指先が綺麗であるのに越した事はないのだ。

そうと決まれば後は早い。できうる限り無香料で、なおかつサラッとした感触になる様に材料を決めていく。完全なる無香料は天然素材を使用するから無理だろうが、使い心地はある程度コントロールできる。ああ、でも、単に素材の香りだけだと面白くないわね。

丁寧に素早く調合し、出来上がったハンドクリームを小型の入れ物に詰めた。これでプレゼントの準備は万端。後は、誕生日といえばケーキよね。

ふと窓の外を見ると、いつの間にか日が沈んでいた。いつもの何倍も丁寧に集中して調合していたから、時間が過ぎるのが早い。

私は急いで片付けをして夕食のために大広間に向かった。

無事にケーキを取り寄せして、ついに当日。

大広間で会った時にでも誘おうかと思いながら部屋の扉を開けて、驚きの声を上げかけた。急いで口を自分の手で塞いだけれど。

「……び、びっくりしたわ、セブルス、おはよう」

扉の前で無言で立っていた男は、黙ったま

ま頷いた。

いつもは前日までに一緒に早朝にふくろう小屋に行く旨を伝えてくれるのだが、こんな急な訪問は初めてかもしれない。何せ驚きで完全に目が冴えた。

「えっと、一緒にふくろう小屋に行く、のよね?」

「ああ」

「良かった、行きましょう」

微笑んで促すと、セブルスも目元を和らげて歩き出した。

ふくろう小屋の掃除と餌やりを終わらせ、先に塔の下に降りたセブルスの元までふくろうの姿で飛んで行く。彼が差し出した腕にできるだけ爪をたてないように注意して止まると、セブルスはしっかりとした乾燥気味の指で優しく頭を撫でてくれた。そうっと頭部を往復する穏やかな熱が心地好くて、私は自然と目を細めていた。

「行くぞ」

「ほぅ?」

撫でられる満足感にホクホクしていると、セブルスが唐突に歩き出した。しかも早足で。大広間に行くのかと思ったらその足は反対方向に向いている。

──えっと、んん?え?あれ?

私が呆然としてる間にもセブルスの足はズンズンと進み、見慣れた扉が見えてきた。

──何で魔法薬学教室に!?ちょ、ちょっと!大広間に行くんでしょ!

バサバサと翼をはためかせるとセブルスが迷惑そうに眉を顰めたが、原因はこの男自身である。私は慌ててセブルスの腕から飛び立ち、人間の姿に戻った。

「もう!一体どうしたの?大広間に行くのかと思ったらこちらに来るから焦ったわ」

「何か問題が?」

「むしろ無いと思ったの?」

まったく悪びれない態度のセブルスに苦笑するしかない。

「本当、びっくりしたわ。貴方もふざける事がある、わっ!?」

グッと腕を引かれたと思ったら、背には教室の扉、前には間近にセブルスの顔が迫っていた。思わぬ近さに息を呑む私の耳にその唇を寄せて、彼は静かに囁いた。

「──本当に、君を閉じ込められたらどんなに良いだろう」

「せ、セブルス……?」

「君が飛んで行かぬようにできたら、と私はいつも愚考しているのだ、メイ。こんな私を、君は軽蔑するかね?」

僅かに揺れる語尾に、「そんな事無いわ」と咄嗟に返した。心臓はドキドキして顔は熱いけれど、その言葉は震え無く口から出す事ができた。

「私だって、似た様な事を考えているのよ。貴方が私以外を見ないかといつも怖がっている。……そんな私を臆病だと、軽蔑する?」

「まさか」

「そうでしょう?同じよ、同じなのよ、セブルス。実行に移されたらちょっぴり困るけれど、そう思ってくれる程貴方が私を想ってくれているのだと、喜んでいる私がいるの。きっと、貴方は私のために実行しないでしょう。そう分かっているから、余計に嬉しい。ありがとう、セブルス」

「……礼など、言われる資格は無い」

くぐもる声音は、そのまま彼の心中を表しているかの様で、私はギュッと意外とガッシリしている身体を抱き締めた。

「閉じ込められたら困るけれど、時間を共にする事はできるわ。今夜、夕食後にお茶でもどうかしら?」

「……構わない」

「良かった、嬉しいわ」

あえて明るい声を出すと、セブルスは1度強く私を抱き締めた後にゆっくりとその身体を離した。

時折見せるようになった、彼の心の昏い部分に驚く事がある。答えを間違えればどこかに行ってしまいそうな、そんな薄氷の上を歩くかの様な綱渡りな問答。それはきっと、セブルスを構成する重要な物でもあって、和らげる事はできても完全に無くすのは難しい物。そして、これから私が向き合い続けなければいけない物。今は重くのしかかる澱の様なそれが、少しでも早く和らぐ様に祈り、努力するしかない。

「大広間に行きましょう、セブルス。教員なのに遅刻しちゃうわ」

いたずらっぽくニヤッと笑うと、セブルスはフッと小さく口角を上げて歩き出した。

そうして、夜。

鳴り響く規則正しいノック音は、その主が誰かすぐに分かる。私はちょっぴり緊張しながら扉を開けた。

「こんばんは、セブルス」

「ああ」

「どうぞ、入って」

セブルスは開いた隙間からスルリと室内に入り込んだ。そのまま私室へ案内すると、彼は慣れた風にソファに腰掛けた。

私も紅茶を淹れて、それからケーキを冷蔵庫から取り出してから彼の隣に腰を下ろした。

「これは?」

普段お茶請けに出すとしてもクッキーくらいなため、セブルスの眉が訝しげに微かに寄る。私は満面の笑みを浮かべて「バースデーケーキよ」と言った。

「誕生日おめでとう、セブルス」

セブルスの両手を握って伝えると、彼は珍しくポカンとした顔を浮かべた。その表情が意外にも幼く見え、彼は実年齢以上に頼もしく見えていただけで、本来は自分と同じくまだ未熟な部分がある年齢なのだと私に痛感させた。

普段どれ程隙を見せない様に過ごしているのだろう。生きていく上で、自分を偽る事、隙の無い様に見せる事が自然になる程、彼はそれが必要だったのだ。元々自らの内面を見せるタイプではないけれど、その性質以上の必要性があったのだ。

私は堪らなくなって、もう1度、より一層の愛おしさを込めて「おめでとう」と言った。

「生まれて来てくれてありがとう、セブルス。貴方に出会えて嬉しい」

セブルスは何か喋ろうとして口を開けて、結局そこからは何の音も出ず、開閉を何度か繰り返した唇は最後にはギュッと引き結ばれてしまった。

──もしかして、誕生日を祝われるのは、嫌だったのかしら……?

一抹の不安が旨を過ぎった瞬間、私はグイッと引き寄せられた。ボスリとセブルスの腕の中に収まったと思ったら、そのまま強く抱き締められる。正直、ちょっと苦しい。でも、彼の心臓のドクドクと速く強い鼓動が聞こえて、私はあえて何も言わずにいた。

「……メイ」

少し後、ようやくそのへの字の唇から漏れ出た音は私の名前だった。呟く様な唸る様なそれは何度か続き、ようやくそれ以外の言葉を囁いたのは、呼ばれた回数が分からなくなった頃だった。

「……誕生日など、親にも祝われた事はない。もう誰も、覚えていないと思っていた。ましてやケーキなど……」

「ごめんなさい、本当は毎年お祝いしたかったのだけれど、セブルスが喜ぶか分からなくて──いえ、これは言い訳ね。怖かったの、貴方に拒絶されるのが。鬱陶しそうに、迷惑がられるのが怖くて、祝えなかったの。こうやって恋人という大義名分を得てようやく祝えるくらい。ごめんなさい、……ごめんね、セブルス」

「君が謝る事は何も無い。その気持ちだけで十分過ぎる程だ。私にはもったいない程……」

「そんな事言わないで」

自身を卑下する言葉に、私は思わずセブルスの話を遮った。

「貴方は愛を注げるだけ注ぐ人だと感じるわ。でも注いだ後の器に、何も足していない様に見える。私の貴方を想う心を、その器に入れて欲しい。愛が返される喜びや嬉しさを、私で感じて欲しい」

セブルスから絶対的に愛されているという前提に立った発言だ、何て傲慢。でも、それくらい言わないと、彼は理解してくれない気もした。リリー・ポッターへの想い方を見るに、彼は顧みられなくとも構わないという愛し方をするタイプだ。それだけでは、片方だけが疲れてしまう。本人の自覚の有無に関わらず。お互いに想い合う事こそが大切だと思う。一方的でない愛の交換こそが。

「愛しているわ、セブルス」

「……私も、愛している、メイ」

──貴方に愛される喜びが、少しでも貴方自身に伝わったら良いのに。

抱き締め返す腕に力を込めて、嬉しさを何とか伝えたいと思った。

「セブルス、あのね、プレゼントもあるの。良かったら貰ってくれるかしら?」

「もちろんだとも」

私はそっと身体を離して、腰のポーチから包装した容器を取り出して手渡した。「開けても?」と請うセブルスへ頷くと、彼は慎重に包みを取り去って容器の蓋を開けた。

「……これは?」

「ハンドクリームよ。貴方、冬はいつも手が乾燥しているでしょう?指先の感覚は大事だから、治せたらと思って」

「使ってみても良いかね?」

「ええ、もちろん」

セブルスは白いクリームを少しだけ取って手の甲に塗り付けた。フワリと漂う香りに、

「ゲッコウヅルか」

とすぐにその正体を当ててみせた。さすがである。

「そうよ。やっぱり匂いは気になるかしら?気になるなら作り直すわ」

「君が調合したのか」

「ええ。ハンドクリームくらいなら、自分で作った方がこだわれるから」

「そうか」

何なら化粧水等の基礎化粧品も調合できる。魔女の嗜みというやつだ。

「君の、腰についているサシェからも似た様な香りがするな」

「ええ、僅かではあるけれど、こちらにも使用しているから」

私の返答に、自身の手の甲の匂いを嗅いでいたセブルスが目元をフワリと和らげた。

「君を身近に感じられるのは、良いな」

「!」

本当に、ずるいと思う。そんな事を言われてしまったら、もうサシェの中身を変えられないじゃないか。

真っ赤になった私に気付いて笑みを深くしたセブルスは、そのまま優しくそっと私にキスをした。

ちなみに、ケーキは2人できちんと完食した。何となくいつもより甘い様な、幸せの味がした気がした。




甘雨「しとしとと降って、草木を潤す雨の事。農作業を始める時期にちょうど良く降り、作物を育ててくれる雨」

36話目です。

時間が進まなーい!すみません!いやでも書きたかったんです!ふくろうの姿から人の姿に戻って飛び込むなんて書きたくなりますって!

前話に引き続き甘めのお話に仕上げてみました。隙を見てイチャつかせたいばっかりに…w

タイトルは、どっちがどっちに対しても思ってそうだなーって思って付けました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。