百合の影から覗いて   作:細雨

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外持雨は誰が為に〜アズカバンの囚人篇〜

授業の準備や手伝いをこなして、時折ハグリッドの元へ行ってバックビークの様子を聞いたり、図書館に通ったりしていると、あっという間に1月が過ぎた。その頃には、森番小屋でハーマイオニーと良く行き合うようになった。だから、いつも前向きで気丈な彼女が段々と元気が無くなっていっているのも気が付いていた。

そこである朝、私は朝食後にミネルバに声を掛けた。

「ミネルバ、少し良いでしょうか?」

「何でしょう?」

「今夜、ハーマイオニーを少しの時間お預かりしても良いですか?もちろん消灯時間までには寮に送り届けます。本人にはこれからお話する予定ですけれど」

「ええ、構いません。寒いので気を付けて」

「ありがとうございます。そういえば、あの箒はどうですか?もう調査は終わりました?」

ミネルバは「いいえ」と首を横に振った。

「呪いと一口に言っても種類が多いですからね。今フィリウスと手分けして調べている最中です。ポッターに聞かれたのですか?」

「いえ、個人的に気になっただけですよ」

「そうですか」

小さく微笑んで頷いたミネルバは、そのまま授業の準備へと去って行った。

昼食の後、大広間から出てきたハーマイオニーに声を掛けると、彼女はピャッと小さく飛び上がった。

「ごめんなさい、びっくりさせてしまったわね」

「い、いえ、大丈夫です!」

「そう?なら良かったわ。ところで、今日の夕食後に少し時間を貰っていいかしら?」

「はい、先生。あの、何故ですか?」

ハーマイオニーは「ま、まさか」と顔を青くした。

「……私、宿題で何か重大な間違いを?それで補習、とか……」

真っ青になって肩を震わせるハーマイオニーに「落ち着いて、そうではないわ」と優しく語り掛ける。

「貴女のレポートは素晴らしかったわ。スプラウト先生も褒めていらしたもの」

「あ、ありがとうございます」

ハーマイオニーの頬にちょっと血色が戻った事に胸を撫で下ろす。文字通り時間に追われている彼女にとって、それぞれの授業で何かしら間違いを犯していないかは常に心配なのだろう。

「声を掛けたのはちょっとおしゃべりをしたくなったからなの。宿題が大変なのはよく分かっているのだけれど、どうかしら?」

本来こういった生徒のフォローは今はギルデロイの職分ではあるのだが、同性同士の方が話しやすい事も確かにある。この意気消沈ぶりでも彼の所に相談に行っていないのだから、少しばかりお節介を焼いてもギルデロイは怒るまい。情報の共有はしなければならないけれど。

ハーマイオニーは少し考え込んだ後、コクリと頷いた。

「多分、大丈夫です」

「良かったわ。夕食後、少ししてから寮まで迎えに行くから談話室で待っていてくれる?」

「分かりました」

私が安心させる様に微笑むと、少女もようやく顔を綻ばせた。

夕食を楽しんだ後紅茶のカップを傾けていると、セブルスが「メリル」と小さく私の名を呼んだ。

「今夜、時間はあるかね」

「ごめんなさい、セブルス。今夜は可愛らしいお客様をお招きする予定なの」

セブルスの眉が訝しげに寄った。その顔には「どういう意味だ」と大きく書いてある。私は面白くてつい吹き出してしまった。

「何て顔をしているの。ちょっとハーマイオニーとお話するだけよ」

「Miss.グレンジャーと?カウンセリングならロックハートの仕事だろう」

返ってきた正論に、私は「そうなのだけれどね」と肩を竦めた。

「同性同士の方が話しやすい事もあるでしょう?最近特に元気が無いから心配なのよ」

「……そういうものかね」

「そういうものよ」

私が微笑むと、セブルスは仕方ないという風に鼻息を吐いた。まだちょっぴり不満気ではあったけれど、その顔もまた可愛いから言わないでおこう。

夜、実験室にテーブルと椅子をセッティングしてから私はグリフィンドール塔に向かった。

塔の下で運良くパーシーに出会った。おそらくペネロピーとのデートの帰りだろう。2人でよく図書館や大広間で勉強するのを見かけるのだ。

「パーシー、こんばんは」

「あ、ヴァレー先生、こんばんは。グリフィンドールに御用ですか?」

「ええ。一緒に行きましょう」

「はい」

パーシーは今日も複数の教科書や羊皮紙を抱えていて、勉強した帰りだというのが見て取れた。

彼は長男のビルや次男のチャーリー、下のフレッド、ジョージとはまた違う成績優秀者である。ビルは成績優秀であるのはもちろんの事、魔力も多く、難易度の高い魔法も扱えて応用も効くタイプだった。グリンゴッツに就職したのは驚いたが、彼の実力を考えれば頷ける。次男のチャーリーは好きな事に一直線で、そこは双子に似ている。彼も成績は全体に優秀だった。双子は、本当に興味のある分野に特化している。今年度は昨年度より宿題のクオリティは上がっている様だけれど、何か心境的な変化でもあったのだろうか?

彼らに比べ、パーシーは勤勉という言葉が似合う子で、少し杓子定規な見方をするところがあり、そこが短所でもあるだろう。ハーマイオニーも似た部分があるが、彼女は毎年巻き込まれている騒動のお陰か、グリフィンドールで揉まれているのか、徐々に応用が効く様になってきている様だ。パーシーにもう少し柔軟さが加われば、更に素晴らしい魔法使いとなると思うのだけれど……。

「先生?」

「あ、っと、ごめんなさいね、何かしら?」

少しボーッとしてしまったみたいだ。パーシーが心配そうな顔でこちらを見下ろしている。いつの間にか身長が抜かれていたのだな、とこの時初めて気が付いた。

「いえ、大した事ではないのですが、グリフィンドールには何のご用かと思いまして……まさか、双子がまた何か……」

「違うわよ、大丈夫」

パーシーがあからさまにホッとした顔になった。今でも双子は彼の手を焼かせている様だ。

「今日はハーマイオニーに用があるの。少しお話を、と思って」

「そうなんですね」

「パーシーは今まで勉強を?」

「ええ、はい」

「ペネロピーとかしら?」

パーシーの頬にパッと朱が散った。背は高くなっても、こういう所はまだまだお年頃の様だ。初々しさに思わず和んでしまう。仲良き事は美しきかな。

「よく2人で勉強しているものね」

「ええ、まあ……N.E.W.T.試験も控えているので……」

「もうあと半年程ね。成績的には、貴方やペネロピーはあまり心配ないんじゃないかしら?」

パーシーはそこで少し顔を曇らせた。どうやら心配事がありそうだ。

「何かあったの?」

「……成績は、確かに問題無いとは思うのですが──あ、もちろん勉強しないという訳じゃないです──、フリットウィック先生やマクゴナガル先生から時折、もう少し応用ができれば更に上を目指せると言われる事があって……どうすれば良いかと……」

──うーん、さすが先生方。私みたいな若輩者が考える事なんてお見通しでいらっしゃる。

パーシーの弱点はこの教科書通りという所だろう。それが良く生きる時もあるが、現実は教科書通りには進んでくれない。本人にも意欲はある様だし、私が与えられるのはヒントくらいだけれど、それくらいは不公平にはならないわよね。

「先生方が仰っている事について、正解は無いわ。最終的に貴方が考えて理解しなければならない事ではある。貴方と私の理解の仕方は違うから。けれど、足掛かりをあげる事はできるわ。どうする?」

「ぜひお願いします!」

パーシーの瞳にはどこか、縋る様な必死さが見えた。明らかに天才的な上と下の兄弟に挟まれて、秀才である彼は色々と悩む事も多かっただろう。少しでも彼の助けになれれば良いのだけれど。

「そうね、例えば水を作り出す時、貴方ならどうする?」

「アグアメンティを唱えます」

予想通りの解答に私は頷いた。

「そうね、それも正解。けれど、今の時期なら外でインセンディオを唱えるだけで大量の水ができるわ。それに水辺ならアクシオを唱えるのも一手ね」

「で、でも、アグアメンティの方が早いのでは……」

「その場合もあるでしょうね。でも例えば野生動物や悪意ある人に襲われた場合、驚かせた方が隙をつける。それに雪にインセンディオを唱えると、威力を調節すれば霧状にもできて目隠しになるわ。こんな風に、1つの結果を導き出すにも複数の手段がある。どれも正解なのよ」

「他には」と続けるとパーシーの顔が若干引き攣ったが、伝えられる時には伝えておかないといけない。せっかく聞く気になってくれているし、中々1生徒と時間を作るのは難しいからだ。

「ある生徒が消灯時刻より後に談話室にいました。貴方ならどうする?」

「もちろん寝室へ行かせます。規則なので」

「そうね、規則上はね。でも、その子が起きている理由は分からないわね?」

「そ、そうですけど、規則で消灯時刻以後は寝室にいるようにとなっています」

「じゃあ、その子のお母様が重篤な病気で、いつ速達ふくろう便が来るかも分からない状況ならどうかしら?しかも1年生で周りは知り合って数日の子達ばかり」

「それは……」

パーシーはすっかり俯いてしまった。少し意地悪だったかしら?

彼が下の弟妹達を気に掛けているのも分かっている。長兄達が卒業して、自分がホグワーツでは1番上なのだからと気負っていたのも。

でも、彼はもう少し肩の力を抜いても良いだろう。

今でこそ彼らの家は本家から勘当されている──正確にはウィーズリー兄弟の父親が母親と結婚するに当たって勘当されている──ものの、マグルと古くから関わっているだけあって元来柔軟な思考の持ち主が多い。過去在学していた他のウィーズリーの子達もそうだった。そう考えると、中々に杓子定規なパーシーはウィーズリーとしては少し変わった思考の持ち主なのかもしれない。

「正論は持っておくべきよ。けれど、それを振り翳すのは少し違うと、私は考えているの。貴方の芯が何か、考えてみると良いかもしれないわね」

パーシーは真剣な顔をして頷いた。丁度良く寮の前に到着したため、彼にハーマイオニーを呼んで来てもらった。

「先生、ありがとうございます」

「どういたしまして」

神妙な顔をして礼を言うパーシーを、ハーマイオニーが不思議そうな表情をして見ていた。

実験室に招待した少女は、室内に1歩足を踏み入れた瞬間驚きにポカーンと口を開け、1拍置いて目を輝かせた。

「すごい!どれも魔法薬の材料ですよね!これ、あの、これ、とっても貴重な薬草では!?」

「さすが、よく分かったわね」

「はい!もちろんです!」

あれもこれもと興奮気味に指差す姿はとても可愛らしく年相応に見える。

さり気なく彼女をテーブルまで誘って着席してもらう。ハーマイオニーは気が昂っていても変わらず彼女らしく、出てきたお茶へのお礼を伝えてくれた。

お茶を飲みながら交わした会話は、授業のことから寮での出来事まで幅広い内容だった。授業全てを取り続ける事について、無理をしないようにと伝えると、ハーマイオニーは「できるだけ頑張りたいんです」と口の端を引き結んでいた。そしてふとお喋りが途切れると、ハーマイオニーはちびちびと紅茶を飲んだ後、何かを決心したようにカップを置いて顎を引いた。

「ヴァレー先生」

「何かしら?」

「あの……猫って絶対ネズミを食べますか……?」

十中八九クルックシャンクスとスキャバーズの事だろう。彼らの関係について、飼い主であるハーマイオニーとロンの間がぎこちなくなっているのは分かっていた。しかもハリーに贈られた箒がミネルバとフィリウスの元にあるのも、ハーマイオニーがきっかけだ。それにハーマイオニーは今学期全ての授業を受けているために心の余裕が無い。そんな風に少しずつ色んな事が積み重なって、仲良し3人組の間に軋轢が生まれているのだろう。

教師である私はどちらにも肩入れできないけれど、知識を伝える事はできる。

「猫という生物は基本的に肉食だわ。だから、ネズミに限らず他の小動物を食べるものよ。ただ、個体によって好みはあるから絶対ネズミを食べるかというとそうとは言いきれないけれど」

「そう、ですか……」

安心した様な、納得した様な、複雑な顔になったハーマイオニーは、小さく息を吐いて紅茶を1口飲んだ。

「一般的に言えば、ペットとして飼われている子はそれ程狩りをしない傾向にあるわね。空腹な訳でも、いつ何時ご飯が貰えるか分からない訳でもないから」

「え?じゃあ……」

「ただ、自身の実力の証明や飼い主へのプレゼントととして狩りを行う子もいるから、一概には言えないわね」

「そうですか……」

1度表情を明るくしたハーマイオニーは、すぐにガックリと肩を落とした。

申し訳なさはあるけれど、生物に関わる身分として偏った知識を伝える訳にはいかないのだ。

私は苦笑して、中身の少なくなったカップにお代わりを注いだ。

「あ、ありがとうございます……」

「さっきの話はクルックシャンクスとスキャバーズの事ね?」

「はい。クルックシャンクスがスキャバーズを追い回していて……食べたりなんかしないって、私があの子の飼い主だから信じたいんですけど……」

「気持ちは分かるわ」

私は頷いた。

クルックシャンクスは見た目で分かる通り、ニーズルの血を濃く引いている。そんな子が単なる興味や本能でスキャバーズを追い回すだろうか?しかも飼い主に叱られて尚も?

ふと湧いた疑問は私の心の中に引っ掛かって離れない。ニーズルの賢さは私も実感として分かっているから余計なのかもしれない。

クルックシャンクスも気にしておこう、なんて私がぼんやり思っていると、小さく礼を告げた後のハーマイオニーがまたもおずおずと「聞きたいことがあります」と呟いた。

他にもグリフィンドールで何か起こっているのかと「どうぞ、私の答えられる範囲なら」と答えた私に、少女は先程とは別の決意を秘めた目で向き直った。

「教えてください──」

ハーマイオニーはゴクリと唾を飲み込んで、私としっかりと視線を合わせた。

「可愛げってどうやったら手に入れられますか?」

「…………えっ?」

完全に予想外の質問だった。もっと学問的な、というか授業やそれに纏わる事だと思っていたから、不意打ちも不意打ちだ。しかもその言葉から察するに恋愛関係のかなり繊細な話題で、そういう事の経験の少ない私が上手く話せるか分からない。

必死な顔でこちらを見るハーマイオニーへと、不用意な発言をしない様に気を引き締め直してから私は恐る恐る口を開いた。

「アー……答えたくないなら答えなくても良いのだけれどね」

「はい」

「ハーマイオニーは気になる人がいるのね?」

少女はサッと頬を赤らめさせて小さく頷いた。

その仕草自体が既に可愛らしいけれど、彼女が言っているのはそういう事ではないのかしら……。

「うーん、難しい話だけれど、ハーマイオニーはそれを手に入れてどうしたいのかしら?」

「どう、したいですか?それは、その、女の子として見てもらいたいです」

「それは可愛げが無いとできないこと?」

「でもっ……」

動揺したハーマイオニーの手の中でカップがガチャリとソーサーと不協和音を奏でた。ハッとした顔になった彼女は、そっとカップから手を離して膝の上で拳を握り締めた。

「……心配で色々動いても空回ってしまって、ギスギスしちゃうなら、いっそ気付かない振りをしていた方が、良いのかと思って……」

その言葉の語尾は弱々しく、常のハーマイオニーからは考えられない程揺らいでいるようだった。

でも、と思う。そんな風に振る舞う事は、彼女の良さを殺してしまう事になる。それは彼女自身も理解していて、だからこそ思い悩んでいるのだろう。

「ねえ、ハーマイオニー」

「……はい」

「賢い貴女の事だから、分かっているんでしょう?そんな風に振る舞っても、自分が納得できない事を。そして一時的にそう振る舞えたとしても、それを続けられない事を」

ハーマイオニーは少しの間を置いた後に小さく頷いた。そんな彼女へ柔らかく微笑んで、私は言葉を続けた。

「そのままの貴女が良いと思うわよ。悪い所があるなら直した方が良いけれど、そうでないのなら貴女は貴女のままでいれば良いわ。少なくとも、私は今のハーマイオニーはもう既に可愛らしくて魅力的に感じているもの」

「……ヴァレー先生……」

ハーマイオニーの目が揺れる。

きっと彼女の思い人は、交友関係から見てもロンかハリーのどちらかだろう。図書館での様子からしてロンかもしれない。彼は少し言葉がストレート過ぎるきらいがあるから、何かしら言われた可能性はある。繊細な話題な上にプライベートに関わる事だから、そこまで深くは聞けないけれど。

「……先生」

「?」

「そのままのヴァレー先生がスネイプ先生は好きなんですか?」

「んぐっ!?」

咳き込んでしまった私は悪くないと思う。紅茶が驚きのあまり肺に入りそうになったんだもの、仕方無いわよね。……という現実逃避は置いておいて。

「な、何故そう思ったの?」

「先生と話している時だけスネイプ先生の雰囲気が明らかに違うので……。すみません、違いましたか?」

「流石の観察眼ね、とだけ言っておくわね」

この年齢で恐るべき観察力である。その知識量も然ることながら、向上心と知識欲の塊でもあるハーマイオニーの真価は歳を経るごとに増していくことは間違いない。逸材も逸材だ。彼女ならどんな職業にも就けるだろう。望めば闇祓いや呪い破り、果ては魔法省のトップまで登り詰める事すら夢ではない。子供は可能性の塊とも言うけれど、本当に真の原石に出会う事ができるとは。

私は感嘆の息を吐いた。

「貴女の将来が楽しみだわ」

「ええっと、ありがとうございます」

戸惑いながらも、ハーマイオニーはそう言ったのだった。

少しだけ明るい表情になったハーマイオニーをグリフィンドールまで送った後、私室に戻る途中の廊下でギルデロイと出会った。どうやら夜食を貰いに厨房を訪ねていたらしく、手に持っている小さなバスケットからはクッキーの良い香りが漂っている。

「メリルは見回りですか?」

「いいえ、ハーマイオニーを寮まで送った帰りよ。少しお喋りをしていたの」

「そうだったのですね。ああ、そういえばこの後お時間はありますか?」

「ええ。どうかしたかしら?」

ギルデロイは「いえね」とニッコリ笑った。

「ほら、もうすぐバレンタインデーでしょう?昨年程ではないにしろ、何かしらイベントを企画できないかと思いましてね」

「なるほどね」

ふむ、と私は思案を巡らせた。さすがに昨年の様な派手なピンクは御免こうむるが、ある程度可愛らしさは必要だろう。バレンタインデーは男性から女性にプレゼントを贈るのがセオリーではあるが、せっかくギルデロイが女性から男性へプレゼントする風習を持ち込んだのだからそれは利用した方がイベントとして楽しいだろう。

「今年は吸魂鬼がいてピリピリしているから、昨年の様に小人は呼べませんからね。その代わりにロマンチックな物を考えているのですよ」

「ロマンチック、ね」

ロマンチックなプレゼントといえば、定番だが花束だろうか。できれば一捻りしたいところだ。

「昨年は小人に手紙と歌を運ばせたのよね?」

「ええ、場合によってはプレゼントも」

「それだわ」

私がニコッと笑うと、ギルデロイはキョトンと目を丸くした。

いくつか言葉を交わして、私はギルデロイと別れて今度こそ私室に戻った。後は彼のセンスに任せる事になるが、酷い事にはならないだろう。

そして2月14日。心配で早めに大広間にやって来た私は、思わず「あら」と明るい息を零した。

「おや、おはようございます、メリル!今日は早いですね」

くるりとこちらを振り向いたギルデロイの輝く笑顔の向こう、大広間の窓の上部には金の縁取りがされた桃色のリボンが結ばれている。その垂れたリボンの両端にはチョコレート色の線で薔薇の花が描かれており、天井からは同じ模様の垂れ幕が下がっている。昨年とはまるで違って、シックながらも可愛らしい雰囲気だ。

「おはよう、ギルデロイ。随分と可愛らしい大広間ね。デザインは貴方が?」

「フリットウィック先生との合作ですよ!先生はどうも配色に一家言あるようでしてね、全面的にアドバイスいただいたのです」

ある意味納得の仕上がりである。そして気になる事がもう1つ。

「お花は上手くできたの?」

「ええ、もちろんですとも!貴女にも差し上げねばと思って持ってきたのです」

ギルデロイはサッと懐から花を取り出して掲げて見せた。美しい紙で折られた、繊細な花を。

それを私が受け取ろうとすると、ギルデロイは「おっと」と花を持った手を自分の方へ引き寄せた。その動作に思わず目を瞬かせると、「見ていてください」と彼はニヤリといたずらっ子の様な笑みでウィンクした。

それから、私が首を傾げている間にギルデロイはそっと紙の花から手を離した。すると。

「浮き上がっていくけれど、良いの?」

「ええ、もちろん」

ふわりと浮いた花は垂れ幕の下辺りまで昇ると、クルクルと回りながら私の所まで降りてきた。私の両手の中に収まったそれは、カサカサと音を立てながら封筒の形を取った。

各寮のテーブルから歓声が上がった。知らぬ間に多くの生徒が大広間にやって来ていたらしい。

「手紙は良かったら後でお読みください」

パチリともう1度ウィンクして見せたギルデロイは生徒達の方を向き直り、「皆さん!」と芝居がかった様に両手を広げた。

「バレンタインおめでとう!今年はシックでキュートなバレンタインになるでしょう!手紙は花となって贈りたい相手の元まで浮遊していきます。紙は私の部屋の前に置いておきますからね。ハッピーバレンタイン!」

あちこちから鳴る拍手に、私は今年は変な騒ぎにはならなさそうだと私は密かに胸を撫で下ろしたのだった。

その日の夕食時、隣の席に着くや否や大きく溜息を吐いたセブルスに「どうかしたの?と水を向けると、再度息を吐いた後に、

「あらゆる色の紙が所構わず舞っているのに鬱陶しく思わん者などいるのかね」

と忌々しそうに低く唸った。苦笑1つ返して「けれど」と口を開いた私に、彼は胡乱な眼差しを寄越した。

「昨年よりは随分センス良く仕上がってると思うわよ」

今年は授業中に花を飛ばす事は明確に禁止されていたから昨年の様な授業妨害は無いし、城中を飛び回っているのは絶妙な顔の小人ではなく可愛らしい色とりどりの花だ。見ている側の心地はかなり違う。先生方も笑顔がほとんどだし、彼ら彼女らの元に花が飛んで行くのも目撃した。

「……君はこんなトンチキな日を楽しんでいるようだな」

「イベントは楽しんだ方が得だと思っているから。貴方はお疲れの様だけれど」

セブルスはフン、と鼻息を吐き出して食事に取り掛かった。

食後、夜のお茶の約束をセブルスに取り付けた私は、いそいそと魔法薬学教室に向かっていた。消灯時間を過ぎた廊下には、流石にもう花は飛んでいない。

重々しい扉をノックすると、その向こうから「入れ」と低く声がした。

「こんばんは、セブルス」

薄く開けた扉の隙間からするりと中に入ってそう言うと、全身真っ黒な男は顎を引く様に頷いた。

「座って待っていたまえ」

「ありがとう」

さっさとキッチンに引っ込んだ黒衣の背中を見送って、私は赤赤と燃える暖炉の前のソファに腰を下ろした。

パチパチと跳ねる火の粉をなんとはなしに見ていると、「……疲れているのかね」と低い声がした。それと同時にふわりと香る爽やかな甘い匂い。

「大丈夫よ、少しぼーっとしてただけ。……それは?」

「君にだ」

そう言いつつセブルスが私の前にサーブしたカップの中身は紅茶だった。ただし、その朱の水面には小さな青い薔薇が浮かんでいる。

「とても可愛らしいわね。食べられるお花なの?」

綻ぶ口元をそのままに問うと、セブルスは私の隣に腰を下ろしながら「いや」と小さく否定した。

「ジャムを軽く固めた物だ。その内に溶ける」

「初めて見たわ。興味深いわね、どこに売っているの?」

返ってきたのは沈黙。私が紅茶から顔を上げると、そこには若干眉を寄せたセブルスがいた。何となく気まずそうにも見える。

私が首を傾げると、セブルスは少しの間の後何事か小さくモゴモゴと呟いた。

「え?なあに?」

私が耳を寄せると、セブルスは更に眉を寄せた。

「……った」

「ごめんなさい、もう1度言ってくれる?」

「……我輩が作った、と言っている」

「──え?」

正直驚いた。こんな可愛らしい物を、魔法薬学に関係の無い物をセブルスが自作するなんて意外に過ぎたのだ。何かの試作のついでだろうか?成形が必要な調合など少ないけれど、何か試しているのかしら?

「調合の方法を変えてみているの?」

「どういう意味だ」

「そのついでに作ってみたのかと思って……」

「違う」

常より勢い良く否定され、私は思わず軽く仰け反ってしまった。

「え、えっと、何が違うの?」

「君のために作ったのだ」

「…………えっ」

セブルスの言葉の意味がゆっくりと染みて、私の顔は瞬間沸騰した様に真っ赤になった。

私の、ために?セブルスが?

嬉しくて、でも信じられない様な気持ちで固まってしまった私の手に、セブルスは薔薇の浮かぶカップを握らせた。

「君だけのためだ、メイ。君の事を想って作った物だ。受け取ってくれるかね?」

私が必死にコクコクと頷くと、セブルスは安心した様に小さく口元を緩めた。

──もしかして、気まずいのではなくて気恥しかったのかしら?

なんて、湯だった頭を冷やすために私は思考を明後日に飛ばしたのだった。

ちょっぴり輪郭が柔くなった薔薇は、嫌味の無い甘さを舌に届けてくれた。紅茶を飲み干す頃に溶け消えた花を惜しんでいると、

「いつでも作れる」

とセブルスは少しばかり得意気にそう言った。お願いしたら本当に作ってくれそうだ。私の胸の内側が嬉しさにぽかぽかと温かくなる。

「ありがとう、セブルス。本当に美味しかったわ」

「口に合ったのなら何よりだ」

「先手を打たれてしまったけれど、私もセブルスに渡したい物があるの」

「何だ」

私はローブの内側から慎重にそれを取り出して、セブルスの手の平に乗せた。カサリと鳴ったそれは紙で作られた花。ギルデロイが企画したバレンタインのイベントのために作成された紙でできた物だ。つまり、手紙の花である。

「貴方に手紙を送った事がほとんど無いと気が付いて、書いてみようと思ったの。受け取ってくれる?」

学生時代は手紙を書く必要が無く、旅をしている間は恋心を忘れようとしていたから手紙を送るなんて考えた事も無かった。ホグワーツに戻って来てからも手紙を送る必要性は無かったが、恋人同士になって初めてのバレンタインデーだ、何かしら贈りたいと思った時に思い浮かんだのが手紙だったのだ。改めて書くとなれば気恥ずかしい事この上無かったけれど。私だって浮かれる事もあるのだ。

「もちろんだとも」

「ありがとう。恥ずかしいから、私のいない時に読んでね」

「ああ」

バレンタインデーの夜を祝うかの様に、暖炉の薪がパキリと鳴った。




外持雨「局地的な範囲に降る雨。外持とは帆待ちとも書き、船頭が内密の収入を得ることで、一部だけ潤うことにも通じる」

37話目です。

隙間があれば甘さを追加していくスタイルは継続していますが、生徒とのエピソードも盛り込みたくていつも配分を葛藤しています。オリジナルの生徒がうっかり顔を出しかけて話が長くなりそうな所を抑えて纏める事もありますw

ちなみにタイトルの雨の種類は「ほまちあめ」と読みます。持つと書くのに「まつ」と読むのが面白いですね。
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