裁判の翌朝、大広間で私はシリウスからの速達を受け取っていた。内容はバックビークの様子を見に来ないかという物だ。何も速達にする程の用事でないのに、なんて思いながら、急いで飛んで来てくれたふくろうにベーコンを与えていると、横からセブルスが、
「緊急の用件かね」
と声を掛けてきた。どうやら心配してくれた様なのだが、差出人が差出人のため言わないでおくのが吉かと「ちょっとした野暮用よ」と返しておいた。
「こちらの方が重要ね」
そう言いつつセブルスに示したのは、明らかに高品質な封筒だった。差出人はルシウス。
「内容は?」
「お茶のお誘いよ。個人的な、ね」
セブルスの眉が訝しげに寄った。それからジッと封筒を見詰めながら、「いつだ」と低く呟いた。
「明日よ」
「我輩も同行しよう」
「良いけれど……ルシウスに何か用事が?」
「……そんな所だ」
セブルスのお茶を濁す様な返答に首を傾げながらも、私は彼との外出に高鳴る胸を抑える事はできなかった。
翌日、いつもより念入りに肌の手入れを行い、普段よりしっかりと化粧を施した。初夏ということもあり、若葉色のワンピースを選び、アイボリー色の上着を着た。片側の髪に以前貰った銀のバレッタを留めたら支度は完成だ。
セブルスとはホグワーツの玄関ホールで待ち合わせている。約束の時間まで残り少ない。私は薄茶のショートブーツに足を入れて部屋を出た。
「セブルス、ごめんなさい、お待たせしてしまったかしら?」
既に玄関で待っていたセブルスに小走りで近付きながらそう声を掛けると、「いいや」と首を緩く横に振った彼は柔らかな陽の光を浴びながら目を細めた。
「どうかした?何か変かしら?」
「まさか」
何か薬草の葉でも付いていたかとスカートをパタパタとはたくが、何も落ちてこない。セブルスは下を向いた拍子に流れ落ちた私の髪を片手で掬い上げた。釣られて顔を上げた私の目の前で、彼は私の髪先に唇を寄せた。
「似合っている、とても」
ボン、と音が鳴る程顔が赤くなったのが自分でも分かった。
──急にそんな事するなんて、ずるい……!
私の顔を見てフ、と口角を上げたセブルスは、何事も無かったかの様に私の髪を離した手の平をこちらに向けた。
「お手をどうぞ」
「っ、あ、ありがとう」
照れのせいで上擦った声はわざとらしく格好を付けたセブルスにしっかりと届いた様で、目元がちょっぴり柔らかく下がったのがはっきりと分かった。
マルフォイ家に到着したのはちょうど昼下がり。約束の時間ぴったりだ。
天気は薄曇りでお茶にはまずまずの空模様だ。
来訪を告げると、屋敷しもべ妖精に出迎えられた。以前来た時とは違う子の様で、恭しく頭を下げられた後応接室まで案内された。
「やあ、良く来たね」
立ち上がって私達を出迎えたルシウスは妙に上機嫌だった。ニコニコと笑むその顔に作り物めいた色は無い。
「お招きいただき、ありがとうございます」
礼儀なのでカーテシーを披露すると、ルシウスも胸に手を当ててお辞儀を返してくれた。
「初夏の爽やかな風の様な貴婦人をお招きできて光栄だよ。そのバレッタも良く似合っている」
「ありがとうございます」
「さて、堅苦しいのはここまでだ。ナルシッサが美味しいお菓子を用意したと自慢していてね。私はまだ食べていないから楽しみにしていたんだ」
「それ程甘い物は好まないのではなかったか?」
「シシーが用意した物だぞ?どんな物でも嬉しいとも」
──惚気かしら?
外では冷たい顔しかしないルシウスの、こんな一面を見られるとは思わなかった。
勧められるままに席に座ると、音も無くお茶とお菓子が現れた。ナルシッサが用意したというお菓子はどれも美味しそうで、ジャムが載っている物や花の形をした物、ピンクや茶色の色がついている物と種類様々だ。
ルシウスが食べ始めたのを見て、私も1つ食べてみた。サクサクの食感にバターのしつこくない濃厚な甘さが舌で感じられ、その美味しさに思わず顔が綻ぶ。
「それで、一体何の用かね?」
まったりしたお菓子満喫タイムを気にも掛けず聞いたセブルスに、ルシウスは「まったく」と苦笑した。
「クッキーの1つくらい堪能させてはくれないのか?」
「放っておくとずっとそうしているだろう。用件を話したまえ」
「やれやれ、拙速は過ぎると損をするぞ」
わざとらしく溜息を吐いたルシウスは、どこからか書類の束を呼び寄せた。
「以前から話している契約の件でね、そろそろ返事が欲しいんだ」
──そういう事か。
確かに返事を保留し続けているのはこちらの方だ。しかし、私にも譲れない一線がある。
私は姿勢を正してルシウスを真っ直ぐに見据えた。
「そのお話をする前に、ルシウスに確認しなければならない事があります」
「何なりと」
苦笑を引っ込めて緩く口角を上げたルシウスは、もう既にビジネスの相手の顔をしていた。
「バックビーク──ヒッポグリフを『危険生物処理委員会』へ訴えている件についてです」
「ああ、それならもう訴えは取り下げたよ」
「な──何ですって?」
しれっと言われた内容がすぐに飲み込めず、思わず聞き返してしまった。
「おや、聞いていないのかい?」
そう言ったルシウスの目が左右に一瞬揺れた。誰もいないのに、誰か聞いてやしないかと確認する仕草の様だ。
「……この前の、ブラック家の裁判があっただろう?あの日に、ヒッポグリフをかの家が保護していると聞いてね。いや、私もドラコから切々と訴えを取り下げる様にお願いされていた身だったから、息子の願いは叶えてやりたいと思ってね」
──あら、ドラコが?
ニッコリ笑ってそう言うルシウスの面前で、セブルスがフン、と鼻息を吐いた。
「よくもまあ、思ってもいない事をつらつらと語れる物だ。大方ブラック家に表立って逆らう様な動きはしたくないのが理由だろう」
「何て事を言うんだい、セブルス」
ニッコリした顔を崩さないルシウス。セブルスの言葉は、おそらく大枠では間違ってはいないのだろう。
ルシウスが訴えを取り下げたのは、結果的に助かった。バックビークを訴えたままでいるのなら、契約を断る気でいたから。
お金を稼ぎたい訳ではないが、自分が扱える資金が増えるのは歓迎だ。手間や肥料のかかる薬草も多いから。ホグワーツの給料が安い訳では決してないけれど、もしもの時用にもあればある程良い。実家の維持管理も無料ではないのだ。
「魔法生物に関して理不尽な事があった場合、即刻契約は見直させていただきます。それで良ければ、今一度契約書を見せていただいても?」
「もちろんだとも」
ルシウスは紙束をそのまま私に手渡した。契約内容がビッシリと書き込まれたそれを、1枚1枚読み込んでいく。
その間にもルシウスとセブルスとはお喋りをしていた──ほとんどルシウスが話していたが──けれど、私はそこに加わらずにしっかりと契約書の隅から隅まで確認した。
事前に、以前ポッター家の財産の関係で知り合ったMr.トーマスにこういった契約関係の相場や注意点を聞いていたのが役に立った。彼は「専門外ですが」と謙遜しながらも親切に詳しく教えてくれたのだ。
結論から言って、契約書の中身はある程度妥当な物だった。というか、私の様な素人相手に結ぶ物としては破格の物とも言えるかもしれない。私の取り分は相場に更に少し上乗せした分となっており、魔法生物の飼育場にいつでも視察でき、かつ意見があれば優先される契約となっている。飼育場は契約書上ではマルフォイ家と共同所有となる様だ。ただ1つ異議があるとすれば。
「ルシウス、お話中ごめんなさいね、良いかしら?」
「ああ、もちろん。何かな?」
「この、飼育場管理と魔法生物飼育のために人を雇う所です。ホグワーツや他の魔法学校卒業生とは言わないけれど、少なくとも魔法界生まれを雇った方が良いでしょう」
「それは何故?」
「ヤマアラシならまだしも、ムーンカーフの様な魔法を使う生物を世話するためや何か問題が起きた時に対処するためには、魔法界での彼らへの知識が必要です。それに何人かは魔法使いを雇う方がより安全でしょうね。まさか従業員全員マグルを雇うつもりだったとは思いませんが」
「流石にそれは考えてはいないよ。しかしそうか、君はホグワーツに入れない程の魔力の持ち主やスクイブを雇うべきだという意見なんだね?」
「魔法生物に耐性の無いマグルを雇うよりは、魔法の秘匿という点では安全かと。雇用契約書に業務上知り得た事を他に言い触らさないという条項を入れておけば更に確実でしょう。それに貴方には、雇用できそうな魔力の少ない、もしくは持たない魔法界生まれの人間の心当たりがあるかと思いますが?」
「ふむ、なるほど」
以前ノルウェー・リッジバック種のぬいぐるみを贈ってくれたサディナが聖28一族ではないものの貴族の端くれ──本人談である。貴族とは名ばかりらしい──で、彼女の妹が魔力無しなのだ。そんな妹をサディナはそれはそれは大事にしていて、休暇の度に大量のお土産を持ち帰り、学期中も手紙のやり取りを頻繁に行っていた。ある時、彼女がポツリと零したのだ。
「妹は、ずっと家にいなきゃいけないの」
切なそうに微笑んで言われたその意味を、私は何となく察した。
貴族であるから、家族が気にしなくとも働きに出れば外聞が悪くなる。しかし魔力が無いため貴族としての結婚や家業を手伝うのも難しい。結果として、生家で養われるしかないのだろう。
そして、ブラック家を始めとする貴族の家から魔力無しの人間の話はほとんど出て来ない。生まれる確率はゼロでない筈だから、つまりは隠されているのだろう。そしてそれはマルフォイ家も例外ではない筈だ。本家にいなくとも分家にいる可能性は高い。その事を、目の前のこの男が知らぬ筈がないのだ。
「とても興味深い意見だ。取り入れても問題無いだろう」
「どうも」
「他に質問が無ければ末尾にサインを。それで契約完了だ」
「紙には何の細工もありませんね?」
「家紋に誓って無いとも」
マルフォイ家を誇りにしておりこの家の存続を第1に考えているルシウスだ。その言葉に嘘は無いだろう。
「分かりました」
「私にもその契約書を見せたまえ。構わないな、ルシウス?」
「もちろん」
サインをしようとルシウスが呼び寄せた羽ペンを手に取ったところで、肝心の契約書がセブルスに掻っ攫われてしまった。
私の倍の速度でそれを読んだ彼は、フン、と鼻息を吐いて「変な事は書いていないな」と低く言った。
「聞こえが悪い事を言うものだね、セブルス。私がそんな条項を盛り込むとでも?」
「自分やマルフォイ家が有利になるためならやりかねん」
「やれやれ、酷い言い草だ」
苦笑するルシウスを尻目に、セブルスは私に契約書を返した。どうやら私が変な揉め事に巻き込まれない様にチェックしてくれたらしい。
もしかして今日付いて来てくれたのも、心配してくれたのかしら。
「ありがとう、セブルス」
セブルスは小さく頷いた。その様子をルシウスが微笑ましそうに見ていたが、気にしないフリをして私は契約書にサインした。
「確認を」
「ああ、確かに。写しを作ろう、少し待っていたまえ」
ルシウスは自分もサインをしてから、杖を降って双子呪文で契約書の写しを作成した。その写しの方を私に手渡し、
「よくよく保管を頼むよ」
とニッコリ笑った。
「飼育場が完成したら連絡しよう。その時従業員に会える様手配もしておくよ」
「よろしくお願いします」
ビジネスの話が終われば、後はお喋りの時間だ。お菓子とお茶を堪能しながらのそれは、中々に面白かった。
しばらくして、ルシウスがふと
「そうだ、庭でも見ていかないかな?ちょうど綺麗に整えた所でね」
と言い出した。お茶もお喋りもキリの良いタイミングで、そろそろお暇しようかと考え始めた所だった。ルシウスの慣れた誘い方に、彼は本当に芯から貴族なのだとしみじみと感じる。
「それでは案内をお願いしても?」
「もちろんだとも」
ニッコリ笑ったルシウスの後に続いて、セブルスと私は陽光が仄かに差し始めた広大な庭へと出た。
マルフォイ家の庭はさすが綺麗に保たれており、最早庭園と呼べる程の規模だった。風が吹き抜ける様に設計されているのか、若葉の匂いを夏の風が運んでくれている。中でも特に驚いたのが、普通にクジャクが庭を闊歩していた事だ。しかも白いクジャク。一般的には個人宅で飼育する事はとても少ない種だが、ルシウス曰く趣味との事。ドラゴンが趣味と言っても過言でないサディナといい、貴族は変わった趣味を持っているものなのだろうか。
「向こうにはナルシッサの管理している温室もあってね、彼女がいる時にぜひ案内してもらうが良いよ。実に見事な物だから」
「今日は彼女は?」
「ドラコと共に出かけているよ。買い物と言っていたかな」
サクサクと芝生を踏む音がする。合間に挟まるルシウスの声音は、その口元に昇る笑みとは別の感情の色が滲んでいる様に感じられた。
「……何か、心配事でも?」
「何故そう思う?」
「魔女の勘ですかね」
「そうか」
クスクスと上品に笑ったルシウスは、私達の1歩前で立ち止まった。釣られてこちらも立ち止まると、彼はクルリと振り向いた。
「セブルス、彼女の勘は良く当たるのかな?」
「ああ、驚く程」
「そうかそうか。流石と言うべきか、何と言うか……」
「突拍子の無い事を言ってごめんなさい。心当たりが無いなら気にしないでください」
「いやいや、良く心に留めておくよ」
やはりルシウスには何か気掛かりな事があるらしい。それはナルシッサやドラコの事かもしれないし、マルフォイ家その物に関する事かもしれない。彼が抱えている何かを私は知りようがない上に積極的に知りにいかない方が良い予感もしている。けれど、眼前の冷たい様でいて懐入れた人間には甘い面があるらしい男に対して、何も言わずにはおれなかったのだ。
「ルシウス」
「何かな」
「これは完全に余計なお世話なので聞き流しても構わないのですけれど、何が真に1番大切なのか、今1度考えてみるのはどうでしょうか。私は喪ってから家族の存在の大きさ、大切さを痛感しました」
「君は──ああ、そうか、そうだね、何とも耳に痛いよ」
ルシウスが僅かに瞳を揺らして苦笑した。けれどその揺れが何に起因する物か、私は知る事ができない。少しでも彼や彼の家族に良い運命が訪れる事を祈るしか、私にはできないのだ。
ドラコはホグワーツに来てから大きく変わった。きっと以前なら父親と違う意見を訴えるどころか持とうともしなかっただろう。それがルシウスにとって良いか悪いかはさておいて、彼に何かしらの影響を及ぼす程の変化だった事は察するに余りある。
「君の言葉は重く受け取っておこう。優秀で賢く、勘の鋭い素晴らしい魔女の言葉だからね」
そう言ったルシウスの口元は微笑んでいたけれど、差し込んだ陽光に遮られて彼の目元は見えなかった。だから、ルシウスがどんな風に笑んでいたのか、私には窺い知る事ができなかった。
ホグワーツに帰り着いた頃には、丁度山並みの向こうに太陽が沈もうとしていた。夕食は大広間で摂る約束をしてセブルスと別れ、私は私室へと戻った。
既にふくろうが夕刊予言者新聞を運んでくれており、手紙も一緒に置かれていた。数は2通。
一方はシリウスからで、リーマスに手紙を送ろうとホグワーツにふくろうを送ったら帰って来たから居場所を知っているか、という内容だった。私は、リーマスが人狼である事がちょっとしたトラブルで生徒に知られた──ハーマイオニーが話した訳ではないと彼女の名誉のために強調しておいた──ためホグワーツを去っていて居場所は分からない、と手紙を急いでしたため、大人しく机の端で待っていた立派なワシミミズクにふくろうフーズと水を与えて手紙を渡した。
「あなたも大変ね。お待たせしてごめんね、頑張って」
ワシミミズクは、ほーう、と元気に鳴いて飛び去った。その姿を見送って、私はもう一方の手紙に視線を落とした。
「あら、サディナから?珍しいわね」
偶然にも今日思い出していた友人からだった。封を開けて出てきた手紙の端が焦げているのは、世話をしているドラゴンの悪戯だろうか。
微笑ましく思いながら中身を読んでいく。
「……近々こっちに来る、ですって?何かあるのかしら?」
ルーマニアからわざわざイギリスまで来る様な用事とは何だろう?クリスマスにすら、ドラゴンとの信頼関係の維持のために滅多に帰って来ていない様なのに。
でも会えるのは嬉しい。数少ない友人なのに、私が向こうに行くのもサディナがこちらに来る難しいから。
こちらに来る日程はまた教えてくれるとあったので、次の手紙が届くのを楽しみにしておこう。
私は封筒に手紙を戻して大事に机の中に仕舞った。
ちなみに、新聞はまだシリウスの冤罪について一面を割いて取り上げていた。最近時々名前を見る様になったリータ・スキーターが記事を書いているのだが、どうにも好きになれない書きぶりだ。悪口が多いのは以前からとして、今回の件で分かった事なのだが、脚色や誇張に塗れているのだ。これでは何も知らない人間からしたらどこからどこまで真実か分からず憶測を呼ぶだろう。彼女はそれが目当てなのかもしれないけれど。
やれやれと溜息を吐いて、私はバサリと新聞をテーブルに置いた。
サディナからの手紙の謎は、翌日には解ける事になった。
お昼前にマダム・ポンフリーやマダム・ピンスを含めた全教員──クィリナスやギルデロイ等 達既に帰省していた幾人かは今朝ホグワーツに戻って来た──とMr.フィルチが職員室に集まる様に通達された。そしてその場でダンブルドア先生から、次年度にこのホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う事が発表された。
「な──」
「何ですって!?」
誰もが驚きで息を呑む中、悲鳴にも似た声を上げたのはマダム・ポンフリーだった。彼女は顔を青くして捲し立てた。
「危険です!何世紀も三大魔法学校対抗試合は行われませんでした。それはその競技が非常に危険だからです!最後の競技では夥しい数の死者を出したんですよ!死者です!そんな危険の中に子供達を参加させるなんて……!」
「ポピー、落ち着くんじゃ。もちろん安全のために万全を期すとも」
ダンブルドア先生は優しく、あえて低い声でマダム・ポンフリーを制した。空色の瞳は相変わらずキラキラと輝いている。
「魔法省の『国際協力魔法部』と『魔法ゲーム・スポーツ部』から打診があったんじゃ。今こそ再開の時は熟せりとな。そして再開に当たって、最初はホグワーツを開催校とするに相応しいと判断された。ボーバトンとダームストラングの両校がその居場所を秘匿しておるのも関係しておろうが、何せ両校からの反対は無かった。そこでわしは2つの部と相談し、安全に競技を開催するために幾度か話し合ったのじゃ」
ダンブルドア先生は1度言葉を切り、その場にいる大人達全員が息を詰めて次に先生が口を開くのを待っているのを確認してから続けた。
「3校の中からそれぞれ1人ずつ、特別なゴブレットにより生徒が選ばれる。ゴブレットには生徒が自分の名を記した紙を入れる。しかし危険である事を考慮して、ゴブレットの周囲には年齢線をわしが引く。これでそもそも未成年の生徒が名前を入れられる事はないじゃろう。ゴブレットが名前が書かれた紙を吐き出した時点で魔法契約が成立し、選ばれた生徒達は3つの課題クリアのために戦う事となる」
シーンと職員室の中は水を打った様に静まり返った。
「ちなみに優勝した場合、優勝杯、学校の栄誉、選手個人には1,000ガリオンが与えられる。審査員は各校の校長じゃ」
──1,000ガリオン!成人しているとはいえ、生徒に与えるにはかなり高額だ。それくらいの危険な課題という事だ。
「……課題の内容は、もう決まっているのですか?」
ミネルバが恐る恐る問い掛けた。彼女も生徒に降り掛かるかもしれない危険を想像したのか、顔色が少し悪い。厳しさが前面に出やすいが情の深いひとだから余計に心配なのだろう。
「うむ、ドラゴンじゃ」
「おお……」
「何と……」
「ドラゴン……!」
様々な色を乗せたざわめきが職員室の中をうねった。ハグリッドは巨体を揺らして感動するものだから、扉の建付けが歪まないかちょっぴり心配になった。
「それは、やはり少し危険過ぎるのでは?」
「ドラゴンと直接戦うのなら危険に過ぎるじゃろう。しかしそうではない。擬似的な卵を抱かせ、それを獲得できれば良いという課題じゃ。2つ目はその卵を割り開いて水中人の歌を聞き、湖底にいる人質を救い出す事。そして最後は迷路を攻略し、ゴールにある優勝杯まで辿り着く事じゃ」
「湖底に人質を、ですか?生命の保証はあるのでしょうね?」
今度はポモーナが聞いた。それへダンブルドア先生は鷹揚に頷いた。
「もちろんじゃ。選手が危険な目にあった場合はもちろん、制限時間を過ぎれば水中人に人質を救出する様に頼んでおる」
「そう、そうですか……」
「迷路の制作は?いつから取り掛かるのですか?内容はもう決まっているので?」
フリットウィック先生が声を上げた。
「迷路はクディッチ競技場に作る予定じゃ。内容については、ポモーナ、フィリウス、そしてメリル、先生方のアイデアをいただきたいのじゃが、ご協力願えるかな?」
「「「もちろんです!」」」
私達は3人揃って返事をした。
危険な競技ではあるものの、制作側に回れるのは楽しみでしかない。大きさ、複雑さ、配置物、どれを取っても規模の大きく、稀に見る物になるだろう。それを作る手伝いができるなんて!
「そうそう、ドラゴンの管理についてはルーマニアからそれぞれのドラゴンの担当者がやって来て行うが、ハグリッドとメリルも手伝ってやって欲しいのじゃ。差し当ってはドラゴンを繋いでおける場所を確保しておいて欲しいかの」
「分かりました」
「は、はいです!」
ハグリッドは夢にまで見たドラゴンに直接会えるとあってうっとりとした顔になっている。うっかり近付き過ぎて髪や髭を燃やされないか、ちょっぴり心配ではある。
「ポピーは傷薬を始めとする薬の在庫を──もちろんいつもしっかり数えてくれていると確信しておるが──今1度確認してくれるかの。必要とあればセブルスに調合をお願いすると良い」
「はい、校長先生」
ハキハキと返事したマダム・ポンフリーとは反対に、セブルスはむっつりと黙り込んだまま頷いた。
「ダンブルドア、私も迷路の制作に加わってもよろしいでしょうか?」
クィリナスが遠慮しながらも手を挙げた。
「忙しい皆さんのために、少しはお力になれるかと……」
「もちろんじゃ、クィリナス。お願いしよう」
「ありがとうございます」
「ミネルバには全体の統括をお願いしようかの。進行や準備に遅れのないように確認してくれるかね?」
「分かりました」
「他の先生方もそれぞれできる範囲で協力をお願いしよう。主担当の先生方からの要請にはできる限り応える様に。他に質問はあるかの?」
誰も手を挙げなかった。ダンブルドア先生は満足気にうんうんと頷いてニッコリ笑った。
「ゴブレットはわしと魔法省で作成する予定じゃ。出来上がったら競技まではホグワーツに保管する予定にしておるからの」
ダンブルドア先生はそう言い置いて職員室を出て行った。そろそろ昼食の時間だからだろう。大広間で食事を摂る他の先生方も続いた。
「メリル、昼食の後に時間はある?」
「もちろんよ、ポモーナ。作戦会議ね?」
「ええ!せっかくだもの、とっても手の込んだ物にしたいわ」
ニコニコと楽しそうに笑うポモーナに「そうよね」と頷き返し、私はフリットウィック先生とクィリナスにも作戦会議の約束を取り付けた。
そして昼食後。未だどこかフワフワしているハグリッドにドラゴンを待機させる場所の選定をお願いし、私はマグル学の教室に向かった。
「こんにちは、クィリナス」
「こんにちは、メリル。早かったですね」
「貴方もね」
提供してくれたマグル学の教室で、クィリナスはニッコリと笑って出迎えてくれた。もう既に中心の大きな机と4つの椅子以外の家具は隅に片付けられていて、サイドテーブルには紅茶のポットとカップが準備されていた。
「お茶も飲むでしょう?」
「もちろん。そうなると思ってお菓子も持ってきたわ」
「流石ですね」
私達がニコニコと笑い合っていると、フリットウィック先生とポモーナが楽しそうにお喋りしながら教室に入って来た。
「おや、遅れてしまったかな」
「大丈夫ですよ、先生。私も今来た所です」
「お茶も用意していますし、お菓子はメリルが持って来てくれましたから、早速始めませんか」
「そうしましょうか。ありがとう、クィリナス、メリル」
ポモーナが優しくお礼を言ってくれた。クィリナスと私もニッコリと笑った。
4人共が着席して、カップが全員の隣のサイドテーブルに配られてから始まった作戦会議は紛糾した。それぞれが配置物のアイデアを出し合う所から始めたのだが、何せポモーナとフリットウィック先生は知識の量が桁違いだった。時々それぞれに解説を貰わなければならない程だった。
「足元に悪魔の罠を這わせておくのはどうですか?」
ポモーナがびっくりした様にそう提案したクィリナスを見て、フリットウィック先生は手に持ったカップが引っ繰り返りそうなくらい大笑いした。私も釣られて笑いながら、
「クィリナス、貴方、中々にえげつない提案をするのね」
と言うと、彼はキョトンとした顔を見せた。
「そうですか?対処も簡単ですし、それ程危険ではないと思うのですが……」
どうやら本気の提案だったらしい。代表選手で成人しているとはいえ、子供相手には中々ハードな相手ではないだろうか。
「だって、先程まで霧で視界を遮る話をしていたでしょう?そんな中で急に足を捕まれてみなさい、皆パニックよ」
「ああ、なるほど……」
ふむふむと頷くクィリナスに、フリットウィック先生が「どうせなら霧に幻覚魔法を混ぜてみようか?」とニヤリと悪戯っ子の様に笑って言った。
「パニックになった時にどう対処するかが、その生徒の本質だと思わないかい?」
「あら、それじゃあ悪魔の罠だけでは足りないわね。メリル、それなりに危険で、成人した魔法使いにとってはそれ程脅威になり得ない魔法生物は分かるかしら?」
「そうですねぇ……」
私は顎に手を当てて思案を巡らせた。大きなテーブルの上に広げられた羊皮紙いっぱいに出されたアイデアや迷路の形を、1つ1つ改めて読んでいく。どれもが興味深く、対処方法さえ分かれば実力があれば適切に対応できる物だ。
頭の中ではいくつか候補が上がったが、決定打が無い。
「……悩み所ね……ハグリッドに相談した方がいいかもしれないわ」
「確かにそうね。いっそ迷路に設置する魔法生物はハグリッドに決めてもらいましょう」
「それはいい。では一旦休憩にしよう」
気付けばとっくにお茶の時間は過ぎており、どれ程全員が熱中していたかが知れた。
それぞれが小皿にクッキーを取り分け、のんびりとお茶を楽しむ。甘い紅茶とお菓子は疲れた頭と身体によく染みた。
「メリルはこの夏の予定は?」
フリットウィック先生がカップに紅茶のお代わりを注ぎながら聞いてきた。私は「そうですねぇ」とお茶を1口飲んだ。
「予定があるにはあるのですけれど、迷路の制作やドラゴンの対策をしなければならないから延期しようかと思って」
「まあ、それはいけないわ!」
ポモーナがびっくりした様に目を見開いた。
「どんな物を作るかさえ決まったら、競技に間に合うまでに準備したら良いのよ。あんまり早く作ると対策を練られてしまうから、どうせギリギリの作業になるわ。だから休暇は休暇で楽しまないと!」
「そうですよ、メリル。遠慮無く言ってきてください」
クィリナスにまで言い募られてしまい、確かにせっかくの休暇を迷路とドラゴンに当てるのもナンセンスかもしれないと思い始めた。ドラゴンが実際にホグワーツに来るのは競技直前だろうし。
「それにほら、せっかくだからセブルスと遠出してきなさい」
「え!?」
突然のフリットウィック先生の言葉に、思わず赤面してしまった。そんな私の表情に、先生とポモーナがニンマリと笑う。
「あら?その様子だと予定というのはセブルスとの予定?」
「もう約束してたのかい?これは野暮だったな」
「でも言っておかないと、メリルったらこっちを優先しかねなかったわよ」
「それは確かに。恋人の期間の思い出はまた格別だよ、メリル」
「そうそう。沢山の思い出を作りなさいね」
「それに」とフリットウィック先生はクツクツと喉の奥で笑いながら続けた。
「セブルスの変化は中々に興味深いからねえ」
「え?変化、ですか?」
私が首を傾げると、フリットウィック先生だけでなくポモーナも、そしてクィリナスまでもうんうんと頷いた。
「随分と感情が分かりやすくなったよ。メリルが関係している時限定でね」
「時々チラチラと様子を見ていますし、セブルスの方から話し掛ける事が多くなりましたよ」
「それに貴女が倒れた時のセブルスったら!本当に酷い顔色だったわ。貴女が復帰してからは何でもない風を装っていたけど」
「それに声がもう違うね。メリルと話す時だけ声が柔らかくなるものだから、聞いているこっちがむず痒くなる時がある」
1人が話し始めると出るわ出るわ、私の知らないセブルスが溢れてきた。もちろん私自身も彼の変化は感じていたが、周囲にとっては大変な変わり様だったらしい。
ちなみに話の結論は、
「メリルは本当に愛されているのねぇ」
というポモーナの一言に全て集約され、私は恥ずかしさと照れでテーブルに撃沈する事となった。
迷路の制作については、明日にでも内容を纏めてミネルバに確認してもらおうという事で落ち着いた。
フリットウィック先生、ポモーナの後に付いて扉を潜ると、ポモーナが「あら」と声を上げた。
「ギルデロイ?こんな所でどうしたの?」
私もポモーナの見ている方向へ視線を向けると、ギルデロイが先程まで座っていただろう窓際からヒョイッと降り立つ所だった。
「メリルとクィリナスに少々用事がありましてね」
「あら、そうだったの」
フリットウィック先生とポモーナが脇に避けると、ギルデロイは「ありがとうございます」とニコッと笑った。
「では、メリル、クィリナス、明日また同じ時間に」
「ええ、また明日」
フリットウィック先生とポモーナを見送ってから、私は室内で片付けをしているクィリナスに向き直った。
「クィリナス、ギルデロイが私達に用があるそうよ」
「ああ、では紅茶を淹れ直しましょう」
「ありがとうございます」
クィリナスがサッと杖を振って紅茶の淹れ直しをしている間に、私も杖を取り出して適度な大きさのテーブルと椅子3脚を呼び寄せた。
「お菓子は全部食べちゃったの。だから無しでも良いかしら?」
「もちろんです。少しすれば夕食ですからね」
「それもそうね」
クィリナスが各々の前にカップを配してくれ、彼自身も席に着いてからようやくギルデロイは紅茶を口に含んだ。それからカップをソーサーに置いた彼は、今までになく真剣な顔付きになって口を開いた。
「メリル、クィリナス、お2人に相談があります。私の『忘却術』の使い方について」
不意に訪れた何がしかの予感に、私は知らずゴクリと唾を飲み込んだ。
ケープ・コッダー「始まりはここから」
48話目です。
今回はルシウスとの取引、そして三大魔法学校対抗試合の土台のお話でした。あとリータ・スキーター女史登場回(名前だけ)ですね。
三大魔法学校対抗試合の課題の大枠はダンブルドアが考えたとして、内容は先生方が考えたか作ったかだと思うんですよね。あの規模の物をダンブルドア1人で作るとは考えにくいので。
原作ではマダム・ポンフリーは課題の直前でその内容を知った可能性も示唆されているのですが、本作では秘密の部屋篇でダンブルドアの秘密主義のせいでメリルが石になっているのでその反省としてダンブルドアもある程度情報共有するようになっています。
色々な事が同時進行している夏休み、頑張って書き上げたいと思います。次回はワールドカップ直前辺りまで書けたらと思っています。