百合の影から覗いて   作:細雨

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空に到達した葉先は陽の目を見るか〜賢者の石篇〜

私の部屋──昔教室だった部分だ──にクィリナスを招き入れると、相変わらずオドオドとした様子だった彼は目を瞬いた。

無理もない。室内は、半分をニーズルの髭やワンガンオオカミの毛などの魔法生物から取れる材料を所狭しと並べた高い棚が占拠し、もう半分は萎び無花果やニガヨモギなどが植わったプランターと魔法薬の調合台、それに大鍋が鎮座している状態なのだ。

私はいつもは隅の方に追いやっているテーブルと椅子を呼び寄せ、部屋の中央あたりの空いているスペースに配置した。

「散らかってて驚いたでしょう?ごめんなさいね」

「い、いえ、そんな……。と、とても興味深いです」

「ありがとう。どうぞ座って。朝ごはんにしましょ。私、おなかぺこぺこだわ」

おどけて言うと、クィリナスはようやく少し笑ってくれた。

バスケットを開けて、中の物を取り出して行く。ベーコンにサンドウィッチ、白パンにバター、ジャム、サラダ、糖蜜パイ、それにクロックムッシュ。……多すぎたかしら?クィリナスも大食漢には見えないし、余ったらおやつとして食べるとしよう。

ちょうど持って来た朝食をテーブルに並べ終えた所で、熱々の紅茶がポットと共に現れ、いつの間にかバスケットは消えていた。屋敷しもべ妖精の仕業だろう。さすが、タイミングはばっちりだ。

「どれもできたてね。美味しそう。クィリナスはどれが好き?」

「え、えっと、わ、私はサンドウィッチが……」

「良いわね!今日のは卵とハムみたい、はい、どうぞ」

そう言いながらサンドウィッチ1つをクィリナスの前へ移動させると、彼は慎重に包みを開けて食べ始めた。

続いて私もクロックムッシュを口にする。相変わらず美味しくて、また今度お礼を言いに行こうと決意した。

「あ、あの……」

「どうしたの?」

しばらく双方黙々と朝食を取っていると、クィリナスが先に口火を切った。しかし、その後は何か言いかけたと思ったら口を噤み、を繰り返している。それをベーコンをつまんだり紅茶を飲んだりしながら待っていると、意を決したような様子でクィリナスは再び口を開いた。その手は緊張からか少し震えている。

「ど、どうして私なんかを、朝食に、誘ってくれたのですか?」

「あの状況で大広間にいるのは居辛いかと思って」

「……あ、貴女は、と、とても正直な人ですね……」

私がざっくり答えると、クィリナスは控え目に苦笑した。その言葉が皮肉なのか素直な感想なのかはさえ置くとして。

「もちろん、貴方と話したい気持ちもあったわよ。だってクィリナスったら、ホグワーツに赴任してからずーっと私のこと避けてるでしょ?」

「うっ……そ、それは……」

クィリナスの目がまた泳ぐ。私はその慌て顔に「責めてるわけじゃないわ」とクスクスと笑ってしまった。クィリナスは私が怒ってないことが伝わったのか、ホッとしたように息を吐いた。

「でも理由は知りたいわね」

「……そ、その、ずっと避けていたのは、申し訳なく思っています。でも、あ、あの、貴女が在学中、寮内で何と呼ばれていたか、ご、ご存知ですか?」

「え?いえ、知らないわ。『変わり者』とか『変人』とか?」

「いいえ、違います。──『孤高の金鈴』です」

クィリナスは、どこか懐かしむ様な仄かな笑みを浮かべながら、真っ直ぐに私を見つめていた。彼を正面から見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。

「わ、私の──私達のような、い、所謂『いじめられっ子』はどの学年にも、いました。レイブンクローの、あ、悪しき伝統とでも言うのでしょうか。あ、貴女のことを教えてくれた先輩も、私と同じく成績があまり、よ、良くなく、ひ、標的にされました。──で、でも、同じ学年で最初にターゲットにされたのは、メリル、貴女だったのです」

「……ええ、知ってたわ」

「やはりそうでしたか……」

何年も前に過ぎ去った学生時代が胸中に去来する。それがもたらしたチリリとした痛みに、カップをソーサーに置いて目を伏せた。つられるように、クィリナスも少し痛そうな顔をした。

 

ホグワーツにピカピカの1年生としてやってきたその年から、私はレイブンクローの中で浮いていた。新学期が始まって1ヶ月くらいはホグワーツでの授業や寮生活に慣れるのにいっぱいいっぱいで、あまり寮内の雰囲気について何か思う暇が無かった。

しかし、日々に慣れてきて精神的に余裕が出てくると、周りを見渡せるようになってくるものだ。そうして気付いた。

レイブンクローって弱い人いじめをするところなんだ、と。

もちろん全ての寮生がいじめをしているわけではないが、傍観者が多いのも事実だ。表立って加担していなくても、止めないならいじめているのと同義だと私は思う。

私は「弱いから」目を付けられたというよりは、そんな寮の雰囲気に真っ向から反抗したから、という理由が主だろう。

その日、いじめの主犯格だった生徒──後で聞くところによると貴族の次男だったらしい──が魔法薬学の授業前に別の生徒──私たちの学年のいじめられっ子だ──のレポートを奪い、自分が書いた物として提出したのだ。

その子の努力を何だと思ってるの、と憤った私は、すぐにレポートを奪われた子の手を掴んで挙手した。

「何ですか、Ms.ヴァレー」

「そのレポートはこの子が書いた物です。良く見てください、筆跡が全然違います」

当時の先生もセブルスと同様に良く生徒を見ている優秀な先生だったお陰で、すぐに誰がレポートを書いたのか判明したし、そのレポートも正当な評価を受けた。そのレポートの主は授業後に泣いてお礼を言ってくれた。どうやら魔法薬学が1番好きな教科で、成績もとても頑張って上位を維持しているらしい。思わずセブルスのことを連想したけれど、彼ならレポートを取られようものなら即座に反撃するか、取られた物以上のレポートを書き上げそうだなと思った。

そんな事件があった次の日から、私の周辺環境は激変した。具体的に言うなら、1年生の知り合いがゼロになった。数少ない友人以外は、皆が皆、私をいないものとして扱ったのだ。

当然そんなあからさまな変化に寮監が気付かないわけがない。人数が多いとは言え、フリットウィッグ先生はとても優しく、また良く生徒を見てくれている先生だ。だから私がほぼ孤立した時も、さり気なく何度か声をかけてくれた。それへ「大丈夫です」と返し続けたのは私だ。

実際、色々と思う所はあったけれど、友人以外は私にとって本当にどうでも良かったのだ。

レポートや教科書を隠されたり、羽ペンを壊されたのは困ったけれど。お陰で、持ち物全てに保護魔法をかけなければいけなくなった。魔法の腕は磨かれたし推理力も上がったが、あまり嬉しくはない。

そんな風に、目の前で虐げられている人がいれば反射的に助けるということを学年問わず何度か繰り返していると、どんどん学年内だけでなく寮内でも浮いていった。その内私自身にも、悪口や無視などのある意味レイブンクローらしい陰湿な嫌がらせを仕掛けるようになっていったが、私は全てを無視し返した。

何も感じないように、視界に入れないように、心を凍らせて。

幸いルームメイトは傍観の立場だったため、私室ではそこまで気を張る必要が無かったのは、本当に心底助かった。そうでなければ心を病んでいただろう。もしかしたら、クィリナスのような立場にいたのは私だったかもしれない。

少ないながら友人もいたが、私が心から素直に話せたのはセブルスだけだった。

セブルスと授業終わりに少しだけおしゃべりをする、あの時間。昼休みに空き教室で2人で昼食を取った、あの日々。ホグワーツでの思い出の中で燦然と輝いている、至福の時間だ。

 

「……ル、……メリル?だ、大丈夫ですか?」

「え、あ、ああ、ごめんなさい、ぼーっとしてしまっていたわ」

「い、いえ、構いません」

いけないいけない、ひとり過去に思いを馳せてしまっていた。クィリナスが声を掛けてくれて良かった。食事に誘っておいて、相手を放っておいたら失礼だもの。

私は軽く頭を振って、ちらつく過去の残滓を振り払った。

「さ、先程お話した先輩も、あ、貴女に助けて貰ったと言っていました。貴女には、か、感謝してもしきれないと。──私もです、メリル。貴女にはいくら感謝を述べても足りない。本当に、ありがとうございます」

普段のオドオドした表情はどこへ行ったのか、私を真っ直ぐ見据えてクィリナスはそう言った。それに慌てたのは私の方だ。

「ま、待って、クィリナス。私が忘れてるのなら申し訳ないんだけど、貴方と接点は無かったと思うの。だから、お礼を言ってもらえる理由が無いわ」

「いいえ、そんなことはありません。貴女の存在がどれほど私の支えになったか……。寮生からのいじめを跳ね返す強さ、成績優秀ながらそれを鼻にかけることのなく更なる高みを目指す公正でひたむきな姿勢、私たちのような『いじめられっ子』を助ける優しさ、その全てが私たちを魅力しました。いじめを跳ね除けた人がいる、助けてくれる人がいる、という事実は本当に心強く感じました。そしてそんな貴女の曲がらない真っ直ぐさと素晴らしい金髪から、密かに誰かが呼び始めたのです、『孤高の金鈴』と。その呼び名は私たちだけではなく寮全体に広がっていきました。皆、どこかで憧れていたのです。誰かに阿ることなく、自分自身を貫く強さや眩しさに。だから、貴女に対するいじめや妨害はすぐに鳴りを潜めました。いじめっ子たちも、流石に多くの白い目を向けられるのは気まずかったようですね」

「ええと……そんな風に言って貰えて光栄だわ。すごく美化されていそうだけど」

初めて聞いたクィリナスの長口上に驚きながらもそう返すと、彼は「とんでもない!」と力強く首を横に振った。

「それ程の輝きが貴女にあったことは事実です。そうでないと、あのレイブンクロー寮生ほとんど全てが貴女を尊敬していたことに説明がつきません」

「そ、そう……?アー、その、ありがとう……?」

「貴女の素晴らしさと私たちの感謝が少しでも伝わったのなら嬉しいです」

彼の勢いに戸惑いながらもお礼を言うと、クィリナスは嬉しそうににっこりと笑った。

その時、本日最初の授業の予鈴がホグワーツ城内に鳴り響いた。クィリナスが慌てたように席を立つ。

「す、すみません!授業が、あ、ありますので、これで失礼します。お、お誘いくださって、本当にありがとうございました」

「こちらこそ。後は片付けておくから、どうぞ早く行ってあげて」

促すと、クィリナスは心底申し訳なさそうな顔でバタバタと足早に部屋を出て行った。

私はある懸念を胸に抱えながらもテーブルの片付けを手早く済ませ、この後にある授業の準備に向かった。

 

午後、明日の授業の段取りを考えながら人気のないホグワーツの廊下を歩いていると、急に腕を掴まれ物陰に引っ張り込まれた。

「なっ「静かにしろ、我輩だ」……セブルス?」

私を驚かせた犯人は、眉間にこれでもかと皺を寄せた我らがポーションマスター、セブルス・スネイプだった。

「何の用なの?びっくりしたじゃない」

「何の用、だと?」

地を這っているようなおどろおどろしい声をしたセブルスがグッと顔を近付けてくる。

「奴と何をしていた」

「はい?」

いきなりそんなことを言われても、言葉の意味が全く分からない。ぽかんとしてセブルスを見上げたままの私に、彼は忌々しそうに舌打ちした。

「……クィリナスだ。朝食の席に、2人揃っていなかっただろう。君はともかく、奴がいないことなどほとんど無かった。朝のウィーズリーの件は聞いている。君のことだから、どうせ朝食にでも誘ったのだろう」

「すごいわね……全部当たりよ」

思わず感心すると、当たり前だとでもいうようにセブルスはフンと鼻息を吐いた。ほんのり得意気なのが可愛いところよね、と思ったが、何だか気恥しいので彼には秘密にしておこう。

「それで、奴と何を話していた?」

「大した話じゃないわ。私が学生時代に寮内で何と呼ばれていたか、とか、そういう他愛無いことよ」

「それだけか?」

「何?私が嘘を言っているとでも?」

「違う、そうではない。ただ──」

セブルスが何か言い差したタイミングで、今日最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。ザワザワと教室から生徒たちが出てくる音が聞こえてくる。

セブルスは再度舌打ちをし、「……今夜、訪ねても?」とぼそりと言ってきた。

「門限の後なら大丈夫よ。構わない?」

私の首肯に顎を引いたように頷き、セブルスは黒衣を翻して去って行った。

その背を見送りながら、赤面しなかった自分を心の中で少しだけ褒めた。

 

夜、ミネルバから連絡を受けた私は、正面玄関までフレッドとジョージを迎えに行った。

「ミネルバ、2人共、お待たせしてごめんなさいね」

「構いませんよ。さ、2人共ヴァレー先生に付いていきなさい。くれぐれも減点されるような行動をしないように」

「「はーい、先生」」

双子が疲れた顔で揃って返事をしたのへ頷き、ミネルバは私に「頼みましたよ」と言って歩き去った。

「さあ、2人共、私に付いてきて。門限までには帰すわ」

そう言うとさっさと歩き出した私の後ろを、双子は少し戸惑った様子で付いてきた。

門限前でまだチラホラ生徒たちの姿が残る廊下を進んで行き、人気の無い廊下にあるドアの前で立ち止まる。私の後ろにいた彼らも慌てて歩みを止めた。

「ヴァレー先生、ここは?」

「私が使わせてもらっている部屋よ。さあ、入って」

ドアを開けて促すと、2人は恐る恐る中に入り、そして一気に目を輝かせた。

「「ワーオ!まるで宝の山だ!」」

「私の実験室みたいなものよ。そこに座って。ハーブティーを淹れるわ」

杖を振って、椅子を1脚呼び寄せ、朝クィリナスとの朝食に使ったテーブルセットに付け加える。そして2人がソワソワキョロキョロしながら着席するのを横目に、魔法でお茶を淹れながら薄くラベンダーのアロマを焚いた。落ち着きが無い双子を出来るだけ冷静にさせる為だ。

「お茶は好きに飲んでいいわ。……今日は2人と話したいことがあって呼んだのよ」

「話って?」

「貴方たちの悪戯について」

双子がキョトンとした顔で私を見る。

これから大事なことを話すのだ。気合いを入れなければならない。

私はおなかにグッと力を入れて2人を真っ直ぐ見据えた。

「2人共、前に厨房で話してくれたわよね?自分たちの悪戯は皆を楽しませるためのものだって」

「「その通りです」」

「でもそこには、今の貴方たちが見逃している大きな問題があるの。何か分かる?」

双子は揃って難しい顔でしばらく首を捻っていたが、全く心当たりが無いらしい。

私はため息を吐きたい気持ちを堪え、再び口を開いた。

「悪戯相手──被害者側が楽しんでいない、ということよ。朝の出来事にしても、私から見たらクィレル先生は全然楽しそうじゃなかったわ」

最初は虚を突かれたような表情だった2人は、すぐにハッとした顔になった。

賢い彼らのことだから、いつかは気付いただろう。けれど、その自覚は早ければ早いほど良い。単純に可哀想な被害者をゼロにすることにも繋がるし、彼らが自覚した時の後悔が少なくなるからだ。

双子が入学してから、彼らの悪戯を私がしっかり見たのは実は初めてだった。1年生の時は悪戯自体をあまりしてなかったらしいし、2年生になってからどんどん先生方から──主にミネルバから──双子の噂を聞くようになったのだ。私の方も温室や魔法生物たちの飼育場にいることが多かったから、2人を見かける機会も多くなかったのもある。

深刻な顔で黙り込んでしまった双子へ、最大限優しく微笑む。

「貴方たちの悪戯は面白い物もたくさんあるって聞いてるわ。ミネルバはちょっと苦い顔していたけれど。『皆を楽しませる』という理念自体は本当に素晴らしいと私は思うわ。それに、自分で悪戯グッズや悪戯魔法を研究してるんですって?その賢さがあれば、貴方たちはきっと正しい道を歩いて行ける。なんてったって1人じゃないんだもの。ね?」

コクリ、と俯きながら2人一緒に頷く。

「今日は真っ直ぐ寮に戻って、今後の自分たちの振る舞い方をゆっくり考えなさい。そしてたっぷり寝て、よく休むのよ。分かった?」

「「はい、先生」」

「フレッド、ジョージ、貴方たちなら大丈夫。……お茶、覚めてしまったわね、淹れ直すわ。それを飲んだら部屋に帰りなさい」

大きく頷いた双子は、その瞳に真摯な光を宿していた。

もう一度淹れたハーブティーを飲みながら、少しだけ双子とおしゃべりを楽しんだ。そして、お礼を言って部屋を出て行く2人の背を、私は静かに見送った。

彼らは大丈夫。1人ではないということは、それほど強いのだ。それが心底信頼している相手なら尚更。

──あの日の私の後悔を、今の私は少しでも救えただろうか。

 

双子が帰ってからしばらく、寮の門限を過ぎた夜更け。小さく部屋のドアをノックする音がした。

さっとドアを開けると、暗い廊下に同化するかのように真っ黒なセブルスが立っていた。髪も服も黒いのに、肌は不健康1歩手前くらい青白いのはどうにかならないものかしら。

「遅くにごめんなさいね。どうぞ入って」

「失礼する」

するりと入ってきた彼は、素早く施錠呪文と共に耳塞ぎ呪文もかけた。

そんなに重要な話をするのだろうか?

不思議に思いながらも新しくハーブティーを淹れ、とっくに匂いの消えていたラベンダーのアロマを片付けて新しい物に取り換えた。セブルスが不快に思わないように、ごく薄く柔らかい匂いの物に。

魔法で双子と使っていた椅子を元通り部屋の隅に寄せ、代わりに1人掛けソファを2脚呼び寄せてセッティングする。その様子を、いつの間にか近くにいたセブルスがじとっと見詰めていた。

「ええっと……どうかした?あ、疲れてるわよね、座って待ってて」

「いや、……何でもない」

「そう?すぐにお茶を持ってくるわね」

セブルスが軽く頷いたのを確認し、私は身を翻した。

ハーブティーに口をつけた後も、セブルスは無言のまま。彼が沈黙を貫く間、私は頭の中で朝の流れを思い返してクィリナスに関する何かかなぁと検討をつけたり、明日の段取りを組み立てたりして過ごした。

無言の時間も、セブルスと過ごすなら苦ではない。彼の用向きが分からない今は、少しだけソワソワしてしまうけれど。

しばらくの沈黙の後、ようやくセブルスは口を開いた。

「確認だが、今朝はクィリナスと朝食を取っていたのだな?」

「ええ、ここでね」

「何だと?」

セブルスの眉が吊り上がり、一際鋭くなった眼光が私を射抜く。

……何か不味かったかしら?

心当たりが全く無い。下手に空き教室を使えば誰か生徒が入ってくるかもしれないし、クィリナスのことを思えば私の部屋がベストだろう。プライベート部分には入れていないのだし、問題は無いと思うのだけど。

「何か問題が?」

「……いや、いい」

負けじとじっと見詰め返すと、セブルスは唸るようにそう返事をした。かと思うと、彼の次の言葉は私を心底驚かせた。

「クィリナスと個人的な付き合いをしているのか?」

「はい?」

え、どういう意味?恋人として付き合っているのか、ってこと、よね……?

一瞬セブルスが何を言っているか分からず混乱したが、意味は分かっても何故そんなことを聞いてくるのか理解できない。

というか、恋人同士に見えているってこと?それはそれで衝撃なんだけれど……。

ポカンとしたままの私に、セブルスは苛立たしげに短く息を吐いた。

私の方がため息を吐きたい気分よ……?

「聞こえていなかったのか?クィリナスと恋人同士なのかと聞いている」

セブルスの口から「恋人」ってワードを聞くことになるなんて……似合わないわね……。

なんて、現実逃避してる場合ではない。

「どうしてそう思えたのか全くもって分からないけれど、私とクィリナスはただの同僚よ。恋人同士では、絶対に、全然、無いわ」

怒った口調にならないように気を付けつつ、最大限強く否定する。セブルスにだけは、絶対に勘違いされたくないのだ。

「そ、そうか」

私の勢いに気圧されたようにセブルスは頷いた。さすがに気まずかったのか、カップの残りを一気に飲み干したため少し噎せていた。

「大丈夫?」

「ゴホッ……問題無い」

あまり心配し過ぎても失礼かと思い、とりあえずハーブティーのお代わりをセブルスのカップに注いでおく。

「どうして私とクィリナスが付き合ってるなんて思ったのか聞いてもいいかしら?」

「…………話す必要は、「あんなこと聞かれたら気になるに決まってるでしょう?」……それはそうかもしれないが……」

私から目を逸らした彼は、うろうろとカップの中で視線をさ迷わせている。珍しく少し狼狽えているようだ。

「セブルス?」

最後のひと押しとばかりに名前を呼べば、セブルスは観念したかのように長めにため息を吐いた。

「……大した理由がある訳ではない。君とクィリナスは同じレイブンクロー出身で、在籍期間も被っている。それに、余り友人の多くない君が珍しく人と食事を共にしていたというから、特別な仲なのかと推察したまでだ」

「ふぅん、なるほどね……、って、『友人が多くない』は余計よ。量より質だもの」

それに、そんなことセブルスが言えた義理ではない。彼も同じなのだし。

それにしても、クィリナスがずっと私を避けていたことは知らなかったのね。まあ、知ってたら「恋人同士」なんて考えにはならないか……。業務連絡以外は徹底的に避けられていたからこそ、話してみたくなったのだけれど、経緯を話すと彼が気まずいだろうし黙っておこうかしら。いじめられっ子だった、なんて、積極的に知られたい話でもないでしょうし。

「朝食を一緒に食べたのは偶然よ。ここを選んだのは、変に生徒に見られるのも嫌だと思ったから。在籍期間は被ってても、私とクィリナスに接点は無かったわ。お互いなことは知ってはいたみたいだけれど」

「そうか」

自分で説明してて何だけれど、浮気が見つかった人の言い訳みたいじゃない?大丈夫かしら…?いや、そもそもセブルスとは恋人ではないのだし──そんな関係になれたら夢のようだが絶望的なのも良く分かっている──、単に説明してるだけって分かってくれてるはずよね、うん。

頭の中がこんがらがってきたのを自覚しつつも、お茶を飲みながらセブルスの様子を伺う。元の無愛想な顔に戻っているところを見ると、どうやら納得してくれたようだ。

私はホッと胸を撫で下ろした。

「今日訪ねてきたのはそれが聞きたかったの?」

「それもあるが、奴は何か不審な様子では無かったか?何を話していた?」

「言ったでしょう?学生時代のことを話していたのよ。私が寮内で知らない間に『孤高の金鈴』って呼ばれていたって話。普通に朝食をとって、普通におしゃべりしただけよ。昔のただの強がりが何故か美化されていたようで恥ずかしかったわ」

クスクスと笑いながら言うと、セブルスは何かを思い出すような顔をして「その名前に聞き覚えがある」と言った。

「あれは君のことだったのか」

「嫌だ、スリザリンにまで届いてたの?ますます恥ずかしいわ。私は意地を張って強がっていただけよ。ただの負けず嫌い」

「だが、その意地を張り続けられる人間は多くはない。君の強さは本物だとも」

突然の褒め言葉に、心臓が飛び跳ねた。動揺を何とか表に出さないようにしつつお礼を伝えると、セブルスは「事実を述べたまでだ」とお茶を啜った。

「……そういえば、客人があったのか」

「え?ああ、フレッドとジョージと少し話をね」

「ウィーズリーとだと?」

セブルスがカップをガチャッと強めに置いた。その眉間には、いつの間にか深めの皺が寄っている状態だ。

「あの2人と話すことなどないだろう」

「そんなことないわよ。彼らの悪戯について少し、ね」

「何を話そうが変わらん。あいつらと同じだ」

「違うわ。あの子たちは『人を楽しませるために』悪戯をしているのよ。……あの4人とは違う」

セブルスはグッと唇を引き結んで黙り込んでしまった。

彼には受け入れ難いことだと、私でも分かる。悪戯というだけで、どうしてもあの4人のことが思い出されてしまうし、そうするとリリーのことも思わずにはいられないだろう。あの子たちが入学してから、どれだけセブルスの心の傷が疼いたか想像に難くない。

それでも、彼らはあの4人とは違うのだ。そもそも、あの4人はセブルスを傷付けるばかりで、『楽しませる』という発想さえ無かった。周りが勝手に笑っていただけだ。

双子が彼らとは違うと受け入れられるようになれば、セブルスも少しは過去の齎す痛みが和らぐのではないかと期待してしまう。強制することではないから、これ以上私からは何も言えないけれど。

少し固くなってしまった空気を何とかしようと、私は朝から気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば少し気になったのだけれど、クィリナスはどうしてあんなに怯えているの?」

「……さあな。大方、あの双子や他の生徒に絡まれないか気にしているのではないかね?」

答えるまでの一瞬の間と言い回しに、セブルスが何かしら知っていると察せられる。でも秘密主義の彼のことだ、何も教えてはくれないだろう。

「まあ、いいわ。もう1つ気になっていることがあるのよ」

「何だ」

「クィリナスって、吸血鬼か何かに呪われている?」

首を傾げながら言うと、セブルスの片眉が上がった。

「……何故そう思った」

「まずはあの強いにんにくの臭いよね。にんにくと言えば、やっぱり吸血鬼をイメージするわね。他の魔法生物の可能性もあるけれど、とりあえずはそれらを退けるためにあの臭いをつけているのではないかしら。それに、クィリナスから何となく魔の気配がしたの。私のネックレスもほんのり反応していたし」

「ネックレス?」

不思議そうに少し眉を開いたセブルスへ、首元からネックレスの紐を引き出して見せる。私の手元で揺れる深い藍色のそれを、彼は興味深そうに見遣る。

「この石にはハガルのルーンを刻んでいるの。魔除けの力があるわ。クィリナスといる間、ずっとこれが仄かに温かかった。ということは、彼は魔や何か悪いものを身に宿しているか、それら関連の何かを身に付けているかのどちらかと推察できるわ。その上あのにんにくの臭いだから、何かしらの魔法生物から呪われたのかと思って」

種類は大変少ないが、簡単な魔法を操る魔法生物もいるのだ。小鬼のような存在もいる。

「なるほど、興味深い推察だ」

「ということは、当たっていないということね」

「実際のところどうなのかはまだ明らかではない、ということだ」

「なるほどね」

当たらずとも遠からず、というところだろうか。セブルスの考える正解から見たら、という基準になるが。

他の可能性に頭を巡らせていると、「それよりも、それだ」とセブルスが私のネックレスを指差した。

「その石はどうした。自分で作ったのか?」

「ええ。元々ルーンは木や石に刻んでいた物だし、石の中でも宝石は魔力との相性が良いのは知られていることでしょう?自衛のために旅に出る前に作ったの」

「触っても?」

「もちろん」

ネックレスを首から外してセブルスに手渡すと、彼はじっくりとそれを観察し始めた。

表裏両面を撫で、凹凸がほぼ無いことを確認する。その後、ハガルのルーンの視認と含まれる魔力量の確認。明かりに透かし、宝石の純度までしっかりと見ていた。

実は宝石を選ぶ時、私の目の色にできるだけ近い物を吟味したのだ。だからだろうか、あんなに丹念にセブルスに見られると、私自身も同じ様に見られているような心地がして何だか気恥しい。

ムズムズとした気持ちをしばらく味わった後、セブルスはようやく満足したようでネックレスを私の方へ差し出した。それを受け取ろうと手を伸ばすと、何故かネックレスを離されてしまった。思わず身体を乗り出すと、ネックレスの宝石越しにセブルスの黒の瞳とと目が合った。

「──あ」

「ああ、やはりそうか」

「な、何が?」

「石の色だ。……君の、その深い藍の色なのだな」

どくり、と心臓が音を立てた。そのままドクドク、ドクドクと心拍を上げていく。身体が熱い。息が、できない。

──どんな気持ちで、そんなことを言ったの。

すぐ近くにある黒い瞳が浮かべる色が、私の胸を掻き回す。藍色越しに見えるそのかすかに優しい口元が、私に無駄な期待を抱かせる。そうして、眼前の彼の仄かに柔らいだ雰囲気が、私の瞳を潤ませる。

──貴方の唯一は、彼女のはずなのに。どうして……。

もしかして、と考えずにはいられない。もしかすると、と思わずにはいられない。

どうしても諦めきれないこの気持ちに、どれほど振り回されてきたことか。頭では理解しているはずなのに、心がそれを頑なに拒む。

パンドラの底には一抹の光が残っていたという。ならば、この気持ちはいつか報われる時が来るのだろうか?

「……メリル?どうした、何か……」

「いいえ、いいえ、何でもないわ。その石は、私の目の色に近い物を苦労して探し出したから、褒めて貰えて嬉しかっただけ」

「そうか……」

目から雫が零れ落ちないように精一杯微笑むと、セブルスはそれ以上何も言わずに中空に留まっていた私の手の平にネックレスをそっと置いたのだった。まるで宝物を扱うような優しい手付きにまた胸が熱くなったのを、私は必死で見ないふりをした。

ネックレスを再び首にかけて、温くなってしまったハーブティーを淹れ直し、気分を変えようと私は部屋の端にある棚から瓶を1つ呼び寄せた。

「セブルス、これを見てくれる?」

「ああ。……ふむ、ヤマアラシの針だな」

「ええ、そうよ。でもただのヤマアラシの針じゃない」

「何?」

私の言葉に、セブルスは私から許可を得た上で瓶の中にあったヤマアラシの針を1本取り出した。そして慎重にそれを摘んでじっくりと観察する。

「……普段授業で取り扱っている物より、状態がいい。この1本に含まれる魔力量が多いと見受けられるが」

「その通りよ。さすがね。それはホグワーツで飼っている子たちの物なんだけれど、少し実験してみたの。もちろんスラグホーン先生の許可は得ているわ」

「別にそこは疑っていない。君なら計画書まで書いた上で報告もしているだろうしな。何をした?」

「簡潔に言うと、餌を変えてみたの。マグル界では、食べ物を変えるとお肉の味が変わるというのは常識らしくてね。だから、それを魔法生物にも適用できないかと思ったの。つまり、餌に魔力を含んだ物を与えると、毛だったり針だったりといった魔法生物から得られる材料の魔力量にも変化があるのではないかってね。やってみたら大当たり。今回はとりあえず管理のしやすいヤマアラシとパフスケインで試してみたんだけれど、どちらの種も7割の個体で魔力量に変化があったわ。まだ継続的な実験はできていない状態だけれど、これから色々と実証していけると思う」

一気に説明すると、セブルスは押し黙ってしまった。

魔法薬の材料の魔力量を増やしたところで、効果にあまり違いは無い可能性もあるから、無駄な実験だと呆れられてしまったのだろうか……?

久しぶりに試験の採点を待つような心持ちでいると、セブルスは重い口を開いた。

「このことは誰かに話したか?」

「え?スラグホーン先生と、あとはセブルスだけよ」

「よし、では学会に発表しろ」

「何ですって?」

私は耳を疑った。

何て言ったかしら、学会?私とはとんと縁の無い単語過ぎて聞き間違ったのかしら?

恐る恐るセブルスを見ると、険しい顔をしているが目が本気だ。

というか、学会に発表するような物なのだろうか?学生時代の延長線上のような実験だと思うのだけれど……。

そんな私の考えを見抜いたのか、セブルスは腕を組んで睨み付けるように眼光を鋭くした。

「いいか、君のことだから、『学会に発表するようなレベルではない』とか『お遊びのような実験なのに』とか考えているのだろうが、全くそんなことは無い」

「え、そ、そうなの?」

「今まで魔法薬の材料の量や、切り方等の扱い方についての論説は数多くあったが、そもそもの質に視点を当てた物は、私の知る限りは無い。今実証できている2種だけでも、発表すればかなりの注目が集まるはずだ」

「そんなに……?」

「無論、論文のまとめ方や論拠も重要だが、興味深い視点として取り上げられても、机上の空論と叩かれることは無い筈だ。実際に結果も出ていることだしな」

「実証しなければならないことは多そうだが」と言いながら、セブルスは慎重に針を元の瓶に戻した。ちょっとした実験の産物の筈が、今や貴重なサンプルに化けてしまった。

「ええっと、まずはどうしたらいいのかしら?学会なんて、関わったことも無くて……」

「明日以降で構わないから、パフスケインの毛と報告書も見たい。良ければ実物の個体と実際に使った餌も。論文の助言くらいはできるはずだ」

「ありがとう、セブルス!」

心からの感謝を込めてお礼を伝えると、セブルスは強く頷いてくれた。その目は私にも分かる程好奇心で輝いている。

明日授業の合間に実験結果を纏めておいて、セブルスに見せに行こう。あの子たちの所へも案内しなければ。

セブルスは何度も論文が学会誌に載っている程の腕前だし、学会にも何回も出席している。助言を貰えるならこんなに心強いことは無い。

私はホッと胸を撫で下ろした。

その後は少々の雑談をしてその場は解散となった。

過去に1度、急ぎの書類を届けに来てくれた時にここに入ったことのあるセブルスは、部屋を埋め尽くす程に多くなったプランターや様々な材料に、「これ以上増やさないように」と釘を刺して帰って行った。

私はソファや食器の後片付けをして、手早くシャワーを浴びた。

今日1日で、色んなことがあり過ぎた。双子の事件に、クィリナスとの朝食、セブルスとのお茶会──。

長い1日を振り返っていると、思い出さずにはいられない。

──あの時、貴方の瞳には私が映っていたのかしら……?本当に?でも……

唯一のあの子、キラキラ輝く緑色を持つ彼女の顔が頭をちらつく。

──私の瞳にはずっと、貴方しか映っていないのに──セブルス……

思考を掻き乱す心を抱えて、冬の夜は更けて行く。




4話目です。
賢者の石篇となりますが、書きたい所を書いていってるので、読む人によっては「私の好きなシーンが飛ばされてる!」となる方もいらっしゃるとは思いますがご了承ください。
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