「え?修正?」
私のポカンとした顔を前に、クィリナスは苦笑しながら頷いた。
バックビークをホグワーツに連れ帰った翌日、朝食後の廊下でクィリナスに声を掛けられた。何事かと思えば、迷路の構想をミネルバに確認してもらった結果、修正が必要と告げられたとの事だった。
「何が悪かったのかしら?」
「その、どうやら配置した障害物が強過ぎた様で……」
「そ、そう……」
確かに、何をどこにどう配置するか考えるのが楽し過ぎて難易度の事を考えていなかった、気がする。
「やり過ぎ、たのね……」
「え、ええ、その様ですね、はい……。霧全体に幻覚魔法をかけるのは危険だとの事でした。霧自体は良いみたいです」
「楽しみ過ぎちゃったわね、反省しないと」
「でも、先生方と考えるのは楽しかったですね」
クィリナスがちょっぴりいたずらっ子の様に笑ってそう言った。窓から射し込む陽の光に照らされたその笑みは、2年前の彼からは想像もつかない穏やかな物だった。クィリナスのこんな顔を見られるなんて思わなかったから、何だか感慨深い。
「?メリル?どうかしましたか?」
「え?あ、な、何でもないわ。迷路を考えるのは本当に楽しかったと思って」
首を傾げるクィリナスに慌てて言葉を返すと、彼は「そうですね」と頷いた。
「内容を変えるのも残念なので、幻覚魔法を外すだけの変更でどうでしょう?」
「ええ、良いと思うわ」
「ありがとうございます。あとのお二方にも確認してマクゴナガル先生にお伝えしますね」
「お願いするわね」
「それから、朝食前にハグリッドに会ったのですが、迷路に設置する魔法生物について話があると言っていましたよ」
「分かったわ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
クィリナスはポモーナとフリットウィック先生に変更点について確認に行くため会釈して去って行った。私は、ついでにドラゴンの滞在場所についても確認しなければと考えながらハグリッドの森番小屋へと足を向けた。
「ハグリッド!」
「おお、ヴァレー先生、待っちょりました」
丁度アルバが来ていたようで、白い首筋を撫でていたハグリッドが私に向かって片手を上げた。私が近付くと、アルバは機嫌良さそうに鼻面を押し付けてきた。
「少し久しぶりね。元気そうで良かったわ」
鼻筋を搔いてやると、「もっと」と強請るようにグイグイと鼻で押してくるのが可愛い。
ユニコーンがこんなに人間に懐くのは珍しいと思っていると、ハグリッドが感心した様に「アルバは先生の事が大好きなんだなあ」と呟いた。
「ユニコーンが森から出てくる事も珍しいし、その上普通の馬の様に振る舞うなんて滅多に無い事です」
「やっぱりそうよね。単純に懐いてくれるのは嬉しいけれど、森で生きていく上では少し心配になるわ……」
「こいつらユニコーンは強かだから大丈夫です、うん。アルバはちょっと変わっちょりますが、鬣の艶も良いから問題無いでしょう」
ハグリッドの言う通り、アルバの鬣はツヤツヤと輝き、その身体は力強さが漲っている様に感じる。森での生活に不自由はしてなさそうだ。
「そうだ、迷路の事で来たんだったわ。置く魔法生物が決まったのかしら?」
「おお、そうです、見せたいもんがあるんです」
名残惜しそうなアルバに別れを告げ、曇天の空の下、サクサクと飼育場の端までハグリッドの後ろを進んだ。
「こいつなんです、可愛いでしょう?」
「え……!?」
ハグリッドが差し出した箱の中に入れられていた生き物に、私は二の句が継げなくなってしまった。
どちらの端が頭部か分からない程両端が丸い身体は、白に近い体色をしている。見た目の印象としてはエビに近いかもしれない。吸盤を持つ個体と針を持つ個体がいる様だ。エビに似ているが陸上の生物である事は辛うじて分かるが、困った事に全く正体が分からない。未知の生物が多いと聞くアフリカやアマゾン辺りの魔法生物なのだろうか。
薄らと脳裏に過ぎった嫌な予感を振り払うために、私はニコニコと笑顔のハグリッドを振り返った。
「アー、ハグリッド?どこの国から連れて来たのかしら?私にはちょっと分からなくて……」
「いんや、こいつは新種です。尻尾爆発スクリュートっていって、マンティコアと火蟹を掛け合わせて俺が作ったんです」
「何て事……」
嫌な予感が的中してしまった。
イギリス魔法界において別の種同士を掛け合わせて新種を作り出す事は違法である。そしてその事をハグリッドは知らないのだろう。そうでなければ、こんなに朗らかに自慢げに見せてはこない筈だから。
悪意が無い事は分かっているが、魔法生物に携わる者として言うべき事は言わなければならない。
「ハグリッド……新種を作る事は違法なのよ……」
「え!?」
目を見開いたハグリッドはサッと顔を青くした。手の中の木箱が動揺でグラグラと揺れた。
「ど、どうすれば……俺、俺、知らなくて……」
可哀想な程震えるハグリッドを前にして、私は必死に頭を回転させた。
ハグリッドを魔法省に突き出すのは簡単だ。しかしそうした場合、既に生物として生まれてしまった尻尾爆発スクリュート──まさか本当に尻尾が爆発するの?何故爆発を?──がどんな末路を辿るのかなんて火を見るより明らかだ。それに私自身、この事について魔法省に通報するのは気が進まない。ハグリッドにしてみたら、やってみたらできたという事かもしれないし、迷路の魔法生物についての相談からの尻尾爆発スクリュートの紹介だったのだからハグリッドなりに迷路のために考えてくれたのかも──
「──そうだわ!」
閃きが降ってきた私がバッとハグリッドを仰ぎ見ると、彼は大きな肩をビクリと揺らした。
「ハグリッド、少し待っていて。ミネルバを呼んでくるわ」
「え?え?」
オロオロと混乱するばかりのハグリッドをその場に残し、私は急いで城へと向けて走り出した。
ミネルバの部屋の扉をノックすると、幸い彼女はそこにいて「一体どうしたのです?」と訝しげに開けた扉から顔を覗かせた。
「迷路の事でご相談があって……」
「貴女方が作成した迷路の図案の事でしたら、先程クィリナスに了承しましたよ」
「ありがとうございます。でも別件で……あの、ハグリッドが……」
私の言い方に嫌な予感がしたのだろう、ミネルバはサッと眉を釣り上げて「すぐに行きましょう」と部屋から出てカツカツと早足で歩き出した。私も急いでその後を追う。
「ハグリッドはどこに?」
「飼育場の端で待ってもらっています」
「分かりました。私は先に向かいますから、フィリウスとポモーナ、クィリナスを呼んできてください」
「分かりました」
廊下の角でミネルバと別れ、私はふくろうに変身して飛び上がった。生徒が1人もいない今、こちらの方が移動は速いのだ。
幸いにもクィリナスはフリットウィック先生の部屋にいたため、温室にいたポモーナに急ぎ声を掛けるだけですぐに飼育場へと全員を連れて行く事ができた。
「ミネルバ、ハグリッド、お待たせしてごめんなさいね」
「大丈夫です」
ミネルバは尻尾爆発スクリュートの入った箱の前に立っており、箱を挟んだ向かい側に羊皮紙の様な顔色になっているハグリッドがいた。
「この生き物について詳しく説明なさい、ハグリッド」
「は、はいっ」
眼光鋭いミネルバに、ハグリッドがゴクリと唾を呑んだ。フリットウィック先生達も何事かと箱の中を覗き込み、私と同じく驚愕に目を見開いていた。
狼狽したままのハグリッドの懸命な説明曰く。元より火蟹はホグワーツで飼育していたのだが、ひょんな事から小型のマンティコアを手に入れ、授業に使えないかと世話していたらしい。そして更に偶然な事にマンティコアの飼育場の隣が火蟹の飼育場であり、それ程諍いが起きておらず共通点のある種同士だから掛け合わす事ができるのではと思い付いたのだと言う。
「──それでやってみて、実際できてしまった、と?」
地を這う様なミネルバの声に、ハグリッドは必死に頭を上下に振った。端で見ている私達はお手上げとばかりに天を仰ぐばかりだ。事故に繋がらなくて本当に良かった。
「別種同士を掛け合わすのは違法です。知らなかったのですか?」
「は、はい……その、さっきヴァレー先生に聞くまで、全く……」
今にも泣きそうなハグリッドの様子に、ミネルバは深い深い溜息を吐いた。
校内で違法生物の繁殖など前代未聞であるし、こんな事が魔法省に知られたら大目玉どころの騒ぎではない。最低でも監督不十分でダンブルドア先生が責任を取るように迫られるだろう。
「全く……生徒達がいなかったのが不幸中の幸いですね……。マンティコアの入手元は分からないのですか?」
「いや、それが……ホッグズヘッドで酔っ払ってる時に……」
「……分かりました、それ以上は言わなくてよろしい」
しおしおと萎びてしまったハグリッドの前で、ミネルバは再度深い溜息を吐いた。
ホッグズヘッドはある意味大変有名な店主がやっている酒場で、身元不明の人間が入り浸っているともっぱらの噂──ほとんど真実──なのだ。そんな所で貰い受けたなんて、譲った人間の身元が分かる訳も無く、また譲った理由も分からないままだろう。ハグリッドの証言に、何故か側にいたクィリナスが気まずげに視線を逸らしていた。
「あとはこの、尻尾爆発スクリュートでしたか、これをどうするかですが……」
「あの、ミネルバ?それについては私から提案が」
小さく手を挙げてミネルバとハグリッドの間に入ると、彼女は片眉を器用に上げて「何でしょう?」とこちらを向いた。
「尻尾爆発スクリュートを迷路の設置物として使いませんか?魔法省にはその競技のために用意したと言えばそれ程問題は無いかと思います」
「既存の生物で十分ではと言われるかもしれませんよ」
「未知の脅威への対処方法を評価すると言えばどうでしょう?」
「ふむ……」
ミネルバは顎に手を当てて少しばかり沈黙した。上手くいくか分からない緊張で心臓がバクバクと鳴っている。
「そうですね……それで魔法省には通しましょう」
ミネルバがそう言ってくれた時には、安堵でドッと全身の力が抜けた。それはハグリッドも同じだった様で、ヘナヘナとその場にへたりこんでしまった。
「ハグリッド」
「はいっ!」
ミネルバから再び見詰められ、ハグリッドはワタワタと急いで立ち上がった。
「これ以降はもう二度としない様に。次は無いのですよ。分かりましたね?」
「も、もちろんです……!」
「よろしい。この生物についてフリットウィック先生達にお伝えする様に。ダンブルドア先生と魔法省には私から話します」
「ありがとうございます……!」
ようやくハグリッドの顔色がほんの少しだけ元に戻った。
ミネルバが去った後、私達はハグリッドから彼が今知る限りの情報──といっても、新種ゆえほとんど有力な情報は無かった、何せ好物すら分からない!──を教えてもらい、4年生の授業で育てる予定だという新事実を伝えられる事になるのだった。
次の日、ルシウスから手紙が届いた。魔法生物の飼育場の完成と人材の確保が夏期休暇の終盤になりそうだという内容だった。都合の良い日程を教えて欲しいとの事だから、スケジュールの確認をしておかなければならない。
そういえば、と今朝のふくろう小屋での光景が頭を過ぎる。最高齢のふくろうが止まり木から床に降りて休んでいたのだ。そういう気分なのか、もう歳だから木の上にずっといるのが辛くなってきたのか分からない。少し様子見して状態が良くならなさそうなら獣医に見てもらわなければならないだろう。
そんな事を考えていると、隣から低い声で名前を呼ばれた。
「メリル、今日は時間はあるかね」
「ええ、どうかしたかしら?」
食後の紅茶を飲んでいたセブルスが、チラリと横目で私を見ていた。
「少し薬草を買い付けに行くが、君も行くか?」
「!もちろん、行くわ」
「そうか」
セブルスから誘われる事は多くはない。最近は頻度は少し上がったものの、どんな些細な用事でも誘ってくれた事自体が嬉しい。
「では後程玄関で」
「分かったわ」
大広間を出た所で一旦別れ、私はスキップしそうになる足を抑えながら私室へと向かった。
玄関で合流したセブルスが私を伴って向かったのはホグズミードの外れだった。薄曇りの今日は雲の流れが少し早い。天気は気にかけておかなければと思いながら歩いていると、唐突にセブルスが古い小屋の前で立ち止まった。
「ここなの?」
ホグワーツに戻ってきて数年経つが、この場所に小屋がある事もここで薬草を扱っている事も知らなかった。
軽くセブルスが躊躇無く今にも枠から外れそうな扉を開けて室内に入るのに続き、私も薄暗い小屋の中へと足を踏み入れた。
「……おや、また来たのか」
読んでいた新聞がバサリと閉じられ、現れたのはおおきな丸眼鏡を額に引っ掛けた老人だった。真っ白な髪と髭から、かなり高齢だと分かる。
セブルスは店主らしきその老人の元へとズカズカと近付き、ローブの内側から出した羊皮紙の切れ端を見せた。
「注文リストだ、用意してくれ」
「あー待て待て。……また希少なもんを……ちょっとそこにいろ」
眼鏡を掛け直した店主は先程まで自分がいたカウンターに新聞を置き、セブルスから受け取った羊皮紙と睨めっこしながらのそのそと店の奥へと歩いて行った。
そこで私はようやく気付いたのだが、外観に比べて明らかに中が広く、奥まで棚がぎっしりと詰め込まれている。その棚の中も薬草やその苗、種等が所狭しと置かれている様だ。間近で見て回りたい気持ちを抑え、私が大人しく待っていると、程なく店主がいくつかの麻袋を手に戻って来た。
「おや?」
店主はようやく私の存在に気付いたらしく、片眉を上げてジッと私を見たかと思うと、セブルスと私を交互に見比べて「こりゃ大事件だな」とニヤリと笑った。
「お前さんが他人を、しかも親しげなお嬢さんを連れて来るなんざ、明日は槍でも降りそうだな」
「……喧しい」
「そんな事言っていいのか?売らんぞ」
ニヤニヤと意地悪く笑う店主に、セブルスの眉がグッと寄った。
──珍しい。セブルスがからかわれているなんて。しかもそれを邪険にせず甘んじて受け入れているなんて。
雰囲気から鑑みて、セブルスは店主と長い付き合いなのかもしれない。
「……何が望みだ」
「簡単な事だ。このお嬢さんを紹介してくれりゃあ良い。ここに連れて来るって事は、魔法薬学か薬草学に通じてんだろ」
セブルスは深い溜息を吐いた。その反応に店主が更にニヤニヤと愉快そうに笑う。どうやら店主自身かなり癖のある人物の様だ。
セブルスは半身を引いて、私を店主の前にそっと押し出した。
「……彼女はメリル・ヴァレー。ホグワーツで魔法生物飼育学と薬草学の教授補佐をしている。メリル、こっちはロブ・ランドルド。見ての通り魔法薬の材料を主に取り扱っている」
「ほとんど引退してる様なもんだけどな。この店だって、ここにあるのを知ってる奴にしか見えなくなってる。だから客は変わった奴ばっかりだ。この男含めてな」
「……ここは希少な材料も置いてある。少量で構わないのなら便利だ」
「そりゃどうも」
セブルスと軽口を交わす店主の名前に、私は聞き覚えがあった。正確には見覚えが。
「どうぞよろしく。もしかしてご親戚が薬草の問屋をされていませんか?」
「よく知ってるな。息子がやってるよ」
2年前に急遽ナナカマドの実を送ってもらった包みに入っていた書付に、ランドルドの署名があったのだ。
やはり親戚──しかも息子──だった様で、店主は驚いた様に目を見開いた。
「良く利用させていただいているんです。本当にお世話になっていて」
「そうかい。ちゃんと客が付いてて良かったよ。俺の事はロブと読んでくれ。息子と紛らわしいだろ」
「ありがとうございます。私もメリルと呼んでくださいね」
「気軽に話してくれて良い。そんな偉い身分でもないんでね」
今度はいたずらっ子の様に笑ってウィンクした店主──ロブに、私も釣られて笑った。
「もう良いだろう。我輩にそれを渡したまえ」
「狭量な男は嫌がられるぞ。あー睨むな睨むな、これだよ、種類と数は揃ってる」
ロブが手渡した麻袋の中をサッと確認したセブルスは、彼から提示された金額を支払った。
「これはおまけだよ。未来の顧客に向けてな」
そう言いつつロブが私に渡してくれたのは、麻袋に入った数束の満月草だった。この薬草は使用範囲が広く、私も実際に時折調合に使っている。
「良いんですか?とても状態が良さそうなのに」
「構わないよ。その代わり、時々ここを利用してくれたらそれで良い」
「後は息子の店を贔屓にしてやってくれ」と付け加えたロブの顔は、さり気なく父親の顔になっていた。
ロブに別れを告げて小屋を出ると、空に浮かぶ雲は重く黒くなっており、今にも雨が降り出しそうな様相を呈していた。空気も湿気を含んだ雨の匂いが充満している。どちらからともなく早足になったが、ついにはポツポツと雨粒が地面の色を変え始めた。
「急ぎましょう」
セブルスが頷いたのを目の端で見ながら、私は走り出した。2人でホグズミードの家々が集まる中心部を目指したが、雨はすぐに勢いを増し全身がずぶ濡れになってしまった。
「雨宿りしよう」
「そうね……」
物置であろう人の気配の無い小さなが建物が見えてきたところでセブルスが言った。私は一も二もなく同意して建物の軒先へと滑り込んだ。
「とりあえずは雨を凌げそうね……」
「中に入れそうだぞ」
ガタガタと立て付けの悪い扉を開けたセブルスは、そのまま遠慮する事なく中に入っていった。
「……良いのかしら?」
「いっとき借りるだけだ。雨が止むまでな」
「君も早く入れ。更に濡れるぞ」と続けたセブルスは、麻袋を転がっていた木箱の上に置いてバサリと濡れて重くなったローブを脱いだ。私も彼に習ってローブを脱ぐと、少し肩が軽くなった様な気がした。思っていたより随分と水を吸っていた様で、隙間風にフルリと身体が震えた。どうやら冷えてもいたらしい。
私の震えに気付いたらしいセブルスが無言で杖を振り、あっという間に服を乾かしてしまった。
「髪は自分でやりたまえ」
「もちろんよ、ありがとう」
髪は乾かし方や乾かす具合に好みがあるし、加減を間違えるとパサパサになってしまうから、セブルスは気を回してくれたのだろう。
フン、と鼻息を吐いた彼は手早く自身の服と靴を乾かした。私も温風を出して髪の毛の水分をしっかりと飛ばした。
その間にも、セブルスは小屋の中を見渡していたが、手頃に座れる椅子の様な物が無く、牧草の塊をいくつか寄せ集めて座れる様に整えてくれていた。
「何から何までありがとう、セブルス」
「構わん」
隣同士で腰掛けると、雨の匂いで充満していた小屋の中にフワリと干し草の爽やかな香りが広がった。
「時々、持ち主が使っている様ね」
「ああ。ある程度整理されている」
会話の後ろで、ざあざあと雨の音が開いている小窓と半分程開けたままの出入口から響く。未だその音は止みそうにない。
ふとセブルスを見ると、髪がほとんど乾いていない。雫こそ落ちていないものの、その髪先は水を含んで重く垂れ下がっている。
「セブルス、少し失礼するわね」
一声掛けてからセブルスの後ろに回って膝立ちで黒髪に触ると、彼はギョッとして顔だけで振り向いた。
「何を……」
「髪を乾かすのよ。濡れたままだと風邪を引いてしまうわ」
「そんな物放っておけば──いや、何でもない」
自分を大事にする努力をするという私との約束を思い出したのだろう、セブルスは言い終わる前に言葉を飲み込んだ。
1歩前進というところかしら。
私はちょっぴり嬉しく思いながら、丁寧にセブルスの髪を乾かし始めた。
「……もう良いだろう」
しばらくするとセブルスがそう低く呟いた。確かにほとんど髪は乾かしきっていて──元々の髪質かパサつきがちなのが気にはなる──、私は素直に温風を止めて杖を仕舞った。そしてセブルスの隣に戻ろうと腰を上げかけた、その時。
「きゃぁっ!」
セブルスが振り向きざまに私の腕を取ったかと思うとグイッと引っ張られ、視界は回転。気付いた時には片膝を上に曲げた彼の腕の中に横向き収まっていた。上を向くと「してやったり」という風に片方の口の端を上げるセブルスがいて、カッと顔が熱くなる。
「あ、あのっ、セブルス……っ?」
「指が冷えている。風邪でも引かれたら事だ、ここにいたまえ」
彼のその行為でもう充分温まって顔や首は熱いくらいだったけれど、私を抱き締める腕はどうにも離してくれそうにもない。
「メリル」
「な、何かしら?」
「メイ」
「う、うん……」
何度も私の名前を呼びながら、セブルスが私の頬をそうっと指の腹で撫でる。それがちょっぴり擽ったくて思わず目を閉じると、大きな手の平が私の頬を覆った。
開いた両目の向こうで、奥行きのある黒曜石が私を捉える。その深淵を覗ける程の距離にある彼の瞳は、どこか葛藤する様に揺らめいていた。
「君に、触れても良いか」
ビロードの様に低く滑らかな声が耳にスルリと入り込む。こくりと頷くと、セブルスは柔らかく目元を和ませた。そのまま彼は私に顔を寄せ、私はもう1度目を閉じた。
触れるだけのバードキスが幾度も幾度も顔中に降ってくる。まるで幸せのシャワーみたい。擽ったくもあるけれど、それはセブルスの想いの様に感じて、遮る選択肢なんて頭にも無かった。
セブルスの体温がじわじわと私に移って、優しさに包まれている様で酷く心地良い。段々と頭がふわふわとしてきて、彼の服の袖を掴んだ。すると、ピクッとセブルスの身体が僅かに揺れた。
「……メイ」
「……っ」
名前を呼ばれて思わず瞼を上げた先、激情を燃やす瞳に射抜かれた。息を呑む暇も無くそのまま唇を塞がれて、私の心臓は痛いくらい跳ねた。
「ん、んっ……ふ、ん……っ」
彼の思う様に口内を味わい尽くされて息が苦しい。少しでも呼吸をしたくてセブルスの胸を押すが、彼は中々離れてくれなかった。
何度か強くセブルスの胸を押してようやく、彼は私から顔を離してくれた。酸素不足で頭が少しぼうっとするし、息苦しさでちょっぴり生理的な涙が目の端に滲んだ。
「せ、セブルス……」
セブルスの顔を見上げると、彼はグッと眉を寄せて1度大きく深呼吸をした。それから私をギュッと抱き締めた。
「……しばらく、このままで」
「うん……」
それからどれ程の時間、2人でくっついていただろう。それは互いの体温が溶け合う程の長さであったかもしれないし、ほんの瞬きの間だったかもしれない。確かな事は、私の胸はドキドキと高鳴ったままでありつつも、薬草や魔法薬の見知った香りに包まれて安心してセブルスに身を委ねていたという事だ。
いつの間にか雨音は止んでおり、半分程開いた扉の隙間からは陽の光が薄く射し込んでいる。
「……セブルス、あの、ホグワーツに戻らない?」
「……ああ」
離れたくないのは山々だが、ずっとここにいる訳にもいかない。持ち主がいつ来るかも分からないし。
セブルスと私はローブを羽織って干し草を元の位置に戻し、それぞれの麻袋を持って小屋を出たのだった。
そして数日後。私はクィリナスとギルデロイと共に聖マンゴ魔法疾患傷害病院を訪ねた。
チェリー・ブロッサム「印象的な出会い」
50話目です。
甘さ足りてないなと思いながら書いてみました。セブルスはまだまだ色々と耐えていますw 時間が進まない?今更ですな…←
尻尾爆発スクリュートってかなり衝撃的な見た目ですよね。不意に見たら絶対悲鳴あげる
いやほんと、よく作ろうと思ったなとなりますけど、どんな見た目になるかはハグリッドも分からなかったかもですね……。
ところで某関西にある某テーマパークでスリザリンのヘアバンド買いました。フワフワで愛用してます。久々に行ったんですが、可愛いグッズ増えてますよね?すっごい誘惑されましたw
マシュマロ、登録しています。よろしければ感想聞かせてください。作者が踊り狂って喜びます。 また、「もしかしてこれ伏線じゃない?忘れてる?」や「これは誤字では?」等がありましたら、こっそり教えてもらえると嬉しいです。
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