百合の影から覗いて   作:細雨

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梢を撫ぜる風〜賢者の石篇〜

ウィーズリーの双子による雪玉事件の次の日。夜更かししたせいで重い瞼を擦りながら、ふくろう小屋の掃除を終えて厨房に向かう。すると、その出入口となる梨の絵画の前で双子の姿を見つけ、頭に纏わりついていた眠気が吹っ飛んだ。

早足で駆け寄ると、2人はすぐに私に気付いて「「おはようございます、先生」」と笑った。

「おはよう、2人共。こんなところでどうしたの?冷えてしまうわ、早く入りましょう」

2人を促して私は素早く厨房に滑り込み、相変わらず大歓迎の屋敷しもべ妖精たちにココアを3つ頼んだ上で椅子に腰掛けた。双子も私に続いて椅子に座る。ちなみに、ココアはすぐさま用意され、各々の前に配られた。

「わざわざあんな寒い所で待つなんて、何かあったの?」

昨日話したことについてだろうか、と当たりをつけながら双子に水を向けると、熱いココアをちょびちょび飲んでいた彼らは揃ってカップを置いた。

「僕たち、昨日ヴァレー先生に言われたことを考えたんです」

「もちろんちゃんと寝ましたよ」

「それで、どうしても直接伝えたくて」

「何を?」

私の問いに、双子はキュッと口の端に一瞬力を入れてから揃って「「すみませんでした!」」と謝った。

謝られた方の私はといえば、驚いて固まってしまった。

何故彼らは私に謝っているのだろう?

びっくりしている間にも、双子は私に向けて言い募る。

「昨日ヴァレー先生が話してくれたから、僕たちは自分自身の間違いに気付けました」

「先生が教えてくれなかったら、僕たちはずっと間違ったままでした」

「でも、フレッドと話してて思い出したんです。先生も悲しそうだったって」

「僕たちは先生も傷付けてしまったんだって気付きました」

「『悪戯は皆を楽しませるため』、そう言った時に『素晴らしい考え方だ』と笑ってくれた先生を、僕たちは失望させてしまったんです」

「「だから、ごめんなさい、先生」」

双子は半分泣きそうになりながら言い終えて、同じタイミングで口の端をキュッと引き結んだ。

ああ、と思った。ああ、彼らはきちんと真正面から私の言葉を受け取って、しっかりと自分たちの中で消化し、考え抜いたのだ、と。

伝えた側にとって、これ程嬉しいことはあろうか。教師として、これ程手応えを感じることはあろうか。

一生懸命投げたものが真摯に返ってくる喜びを、いつか彼らが知ると良いなと心底思う。

じわじわと胸に迫ってくる感慨にニヤケないように気を付けながら、私は「いいのよ」と微笑んだ。

「貴方たちがたくさん考えてくれたのが分かったから。でも、1つ確認よ。クィレル先生の所には行ったの?」

私に謝るというのなら、私よりも先にそれわ、しないといけない人間がいるはずだ。そうせず私の元へまず来たのなら、また彼らと話をしなければならないが……。

「「もちろんです、先生!」」

「先生に会うより先に行ってきました」

「クィレル先生には悪いと思ったけど、どうしてもすぐに話したくて」

「でもちゃんと朝になってから行きました!」

私の問い掛けに、双子は真面目な顔で勢い良く答えてくれた。

……とっても早朝に双子に突撃されたのね……可哀想に……。

私は少しだけクィリナスに同情した。

冬の朝はただでさえ寒くてベッドから出たくなくて仕方が無いのに、早朝、しかも夜が明けてすぐとなると……。

「クィレル先生は何か言っていた?」

「……『嫌われていた訳じゃなくて良かった』って」

「まさかそんな風に思われてたなんて……」

「他人がどう思っているかは、その本人にしか分からないわ。好かれていると思っていたら嫌われていたり、その逆もある。今回の件で分かったでしょう?だからこそ、会話していかなければならないの。開心術でも使わない限り、人の心の中なんて分からないのだから」

「「はい、先生」」

双子はしっかりと頷いてくれた。

クィリナスの方も、双子への屈託がこれを機に減っていくといいのだけれど。

双子はこの後寮に戻るというので、申し訳ないけれど屋敷しもべ妖精に急いでスコーンを用意してもらい、2人に持たせた。早起きしてまで伝えに来てくれたお礼代わりだ。作ったのは屋敷しもべ妖精だが。

1人になった厨房で、私はほぅっと息を吐いた。

双子が素直に私の言葉を聞いてくれて良かった。彼らが考えてすぐに実行してくれたから、クィリナスの心の傷もまだ浅くて済むだろう。

私の個人的な思い入れというか、半分トラウマになっている出来事を消化するために、双子と話してしまった気もして、そこは教師としては申し訳なく思う。双子はあの4人組ではないのに。

セブルスには偉そうに言っておきながらこの体たらく。私も本当にまだまだの人間だと痛感する。

はあ、ともう一度大きなため息を吐いて、私も席を立った。

 

その日の放課後、私は授業終わりのクィリナスに呼び止められた。

「こんにちは、クィリナス。何か用かしら?」

「え、ええ、少し。お時間頂けますか?」

「今からセブルスの所へ行く予定だから、歩きながらでもいいのなら大丈夫よ」

「じ、充分です。あ、ありがとうございます」

クィリナスと私は連れ立って歩き出した。終業のベルが鳴ってからしばらく経つから、廊下に生徒の姿は疎らだ。コツコツと歩く私たちの靴音が良く聞こえる。

「あ、あの、メリル、ありがとうございました」

「えっと、何のことかしら?」

礼の意味が分からず首を傾げると、クィリナスからは「Mr.ウィーズリーの、ふ、双子の2人のことです」と返ってきた。

フレッドとジョージ?私がした事と言えば個人的に2人と話しただけだし、余計に訳が分からないわ……。

「わ、訳が分からない、という顔をされていますね」

内心をズバリ当てられ少しギクリとしたが、それは表に出さずに「ええ、まあ」と曖昧に頷いた。

「昨日、あ、あの2人と貴女が話したと本人たちから聞きました。……あ、貴女のお陰で、彼らの真意が分かりました。き、嫌われていたわけではないと分かって、ほ、本当に嬉しかったんです。貴女のお陰です、メリル。ありがとうございました」

そう話すクィリナスの目元が、心做しか赤い気がする。凍てつく寒さのせいか、それとも──。

私はふわりと白い息を吐き出した。

「私は貴方にお礼を言って貰えるようなことは何もしていないわ。ただあの2人と話しただけ。……でも、それで貴方が少しでも救われたのなら、それは本当に喜ばしいことだと思う」

クィリナスは無言でコクリと頷いた。その口元には小さく笑みが浮かんでいた。

「でも、夜明けに突然来訪されるとは大変だったわね」

「さ、さすがに、もうやらないで欲しいと伝えました」

 

地下牢教室へ向かう階段前で、 クィリナスとは別れた。実は、これから双子と地下港で待ち合わせをしているらしい。試行錯誤している悪戯魔法があるからアドバイスが欲しいとのことで、「校則に触れない程度に見てきます」と控え目に苦笑しながら歩いて行った。

その背中を見送ってから、階段を一段一段降りて行く。コツリコツリと響く足音が、私の緊張を増幅させる。

そう、緊張しているのだ。まるで課題を提出する学生の様に。こんな心地は何年振りだろう。

そっと地下牢教室のドアをノックすると、中からセブルスが出迎えてくれた。

「入れ」

「ありがとう、お邪魔するわ」

私が教室に入ると、セブルスは施錠呪文と耳塞ぎ呪文を唱えてさっさと歩いて行ってしまった。私も早足でその後ろ姿を追う。

セブルスは教壇に1番近い調合台で立ち止まり、私に椅子を勧めて自分も着席した。

「さて、見せてもらっても?」

私が椅子に座るや否やセブルスが片手を差し出した。非常に分かりにくいが、その目は好奇心に爛々と輝いている。

私は小さく苦笑しながら、ウェストポーチの中から数巻の羊皮紙とサンプルを取り出して彼に渡した。

「やはりただのポーチではなかったか」

「ええ、検知不可能拡大呪文をかけてあるの。便利よね」

「ああ。……これか、ふむ、書き込みをしてもいいかね?」

「あ、待ってね、すぐ複製するわ」

私はすぐに双子呪文を使って羊皮紙たちを複製した。原本はとりあえずポーチに仕舞っていると、セブルスはすぐに添削を始めた。

さりさりと羽根ペンの先が羊皮紙の上を滑る音が、室内にそっと広がる。猫背気味なせいで落ちてくる髪をそのままに、セブルスはひたすら羊皮紙を見つめている。真剣なその横顔を、彼の黒髪のカーテンの隙間から覗き見る。

意外とまつ毛が長いのね、なんて思っていると、ふと顔を上げたセブルスとばっちり目が合った。

「……何だ」

「い、いえ、変なことを書いてないかと思ってっ」

「文章におかしな点は見られないが、聞きたいことは山程ある」

「え?どこ?」

「ここだ」

セブルスが指差す箇所を近寄って確認する。餌の配合の部分だ。

「ああ、これは──」

1箇所説明すると次の質問が飛ぶ。答えるとそれをセブルスが羊皮紙に書き付ける。その繰り返しにいつ間にか集中して、他の悩みは吹き飛んで行った。

 

くぅ、と鳴ったおなかの音で、私は現実に引き戻された。

「……いつの間にこんな時間に」

元々窓の無い教室のため明かりは付けていたのだが、そのせいで時間の経過が分からなかった様だ。確認すると、時計の針はすでに頂点を回っている。

「疲れているだろうに、遅くまでごめんなさい」

「いや、構わない。我輩の方こそ、君が朝早いと知りながら注意を怠った」

「あら、私の朝が早いって良く知ってるわね」

これまでふくろう小屋の行き来をする中で、廊下でセブルスと出会ったことは無い。むしろ会う人がいる方が稀なのだが。

「遠目に見かけたことがある」

「そうだったのね。声をかけてくれたら良かったのに」

「すぐに廊下を曲がって行ったのでな」

2人して広げた羊皮紙や資料をガサガサと片付ける。中々に白熱した議論を象徴するように、羊皮紙は書き込みでいっぱいになっている。

「また検証したら結果を見てもらってもいいかしら?」

「もちろんだ。焦る必要は無いが、より細かく記録を取ることをおすすめする」

「分かったわ」

持って来た物を全てポーチに収納して席を立つ。ちょっとした空腹が私にそれを主張してくるが、夜食を摂るには遅過ぎる。堪えて寝るのが最善だろう。

「メリル」

「え、あ、な、何かしら?」

やっぱり何か摘んでから寝ようかしらと思った矢先に名前を呼ばれたものだから、焦って声が少し上ずってしまった。幸いにも、セブルスは気に止めなかったようで、

「……良ければ、ハーブティーでも飲んでいくか」

とお茶の誘いをくれた。しかし、流石の時間に私はかぶりを振る。

「もう夜も遅いし、貴方に申し訳無いから帰るわ」

「……そうか」

もちろんそのお誘いは二つ返事で了承したかったが、教師としての忙しさや寮監の仕事の多さを知っている身としてはできるだけセブルスを休ませてあげたいのも本音だ。

私は「ごめんなさいね」と言いながら教室のドアをくぐった。

「お誘いありがとう。嬉しかったわ。明日も寒いから、温かくして休んでね」

「ああ、君も」

「ありがとう。おやすみなさい、セブルス」

いつも通りにドアの所まで見送りに来てくれた彼に微笑み、私は階段を登って自分の部屋へと帰ったのだった。

 

クリスマス休暇が始まる1日前、私はお昼前に大広間に呼び出されていた。理由は簡単、クリスマスツリーの飾り付けだ。

毎年の恒例行事で、ハグリッドが持って来てくれるもみの木をミネルバとフリットウィック先生と3人で装飾するのだ。

「ミネルバ!」

「メリル、今年も手伝いをありがとうございます」

「お安い御用ですよ。今年はこんなイメージでどうでしょうか?」

私はミネルバに挨拶してから羊皮紙を1枚見せた。それをふむふむと眺めた後、彼女は「今年も面白いアイデアですね」と微笑んで褒めてくれた。

実はホグワーツに戻ってきてからすぐの頃、ダンブルドア校長から「クリスマスの飾り付けをやってみんかのぅ?」と提案されたのだ。伝統的なホグワーツの飾り付けなんて恐れ多いと1度は断ったのだが、その次の年も同じ提案をされたためさすがに申し訳なくて受けたのだ。その年からクリスマスの飾り付けのアイデアは私の役割となった。

毎年飾りにひと工夫入れているのだが、今年は頂点の星に拘ってみた。

「今年は、星の色を光の加減によって見える色が違うようにしてみようかと思いまして」

「どれどれ、私にも見せてください」

ちょうどフリットウィック先生も近寄ってきてくれたので、近くのテーブルに羊皮紙を置いて3人で確認する。先生も私のアイデアを気に入ってくれたようで、「こちらはこうしてみましょう」「この飾りはこう組み合わせましょうか」と更に提案してくれた。

「おーい、先生方。もみの木を持って来ました!」

「今年も頼むわね、ハグリッド。そこの角に置いてちょうだい」

飾り付けの打ち合わせが終わった頃合でタイミング良くハグリッドがやって来た。今年もハグリッドが大きいもみの木を運んでくれるので、私たち3人はそれらを移動させて順々に魔法で飾り付けていく。壁の装飾は例年ほとんど変わらないため、事前に作ってある物を使用した。

そんな風に何本ももみの木を装飾していっていると、最後のもみの木にはおまけが付いて来ていた。

「あら、ハリー、ロン、それにハーマイオニーも。こんにちは、どうしたの?大広間に何か用?」

ミネルバがハグリッドに最後のもみの木を置く場所を指定しているのを背中に、3人組に近付く。彼らは私の姿を見て「こんにちは」と口々に挨拶してくれた。

「ハグリッドに『大広間がすごい』って聞いて来たんです」

「確かにすごく綺麗」

「うん、本当に……」

ロンがフリットウィック先生の杖から出るふわふわした金色の泡に見蕩れていた。ハリーもハーマイオニーも、魔法界のクリスマスツリーは初めてだからだろう、キラキラした目で大広間を見渡している。こんな風に楽しんでもらえるのは、飾り付けをした身としては嬉しい限りだ。

「お前さんたち、お休みまであと何日だ?」

いつの間にかもみの木を置いて私たちの近くまで来ていたハグリッドが、3人にそう聞いた。その声にハーマイオニーがハッと我に返って「あと1日よ」と答えた。

「そういえば──ハリー、ロン、昼食まで30分あるから、図書館に行かなくちゃ」

「ああそうだった」

ハーマイオニーの言葉に、男の子たちもやっと我に返ったようだ。

「ヴァレー先生、私たち図書館に行くので失礼します」

「勉強かしら?熱心なのは良いけど、ちゃんと休憩も取るのよ」

「はい、先生」

「じゃあ、俺も行きます、先生」

「ええ、ありがとう、ハグリッド」

ハグリッドが大柄な身体でのっしのっしと歩く周りを、まだ小柄な3人組がちょこちょこと付いて行く。とても微笑ましい姿に、忙しい飾り付けの疲れが癒されたのだった。

12本のツリーの飾り付けもほぼ終わり、残すは頂点の星を付けるだけになった。私は杖を抜いて1つ息を吐き集中する。そして、目の前にある星の飾りたちに向けて呪文を唱えた。

「おお、成功です!」

「素晴らしい!とても美しい……貴女の変身術の成績を今からでもO(優)以上に変更したいくらいですよ」

ミネルバとフリットウィック先生が目をキラキラさせて拍手してくれた。

「ありがとうございます、先生方」

「さっそく飾りましょう」

3人で手分けして星の飾りをツリーの1番上へそっと乗せる。私の作った星々は、明かりを受けてキラキラと輝いてくれた。

「──相変わらず器用だな」

「ひゃっ」

星に見蕩れていたら、唐突にバリトンボイスが私の耳朶を打った。驚いて、多分りんご1個分くらいは飛び上がった私を、声の主は鼻で笑った。

「ヴァレー教授補佐は中々に気が抜けておられたようで。休暇前だからですかな?」

「もう、びっくりさせないでよ、セブルス」

「君が勝手に驚いたのだ。我輩に責は無い」

にやりとセブルスが意地の悪い笑みを浮かべる。完全にしてやったりの顔だ。

本当に、勘弁して欲しい。心臓のバクバクが全然治まらない。絶対に少し顔が赤くなっている。耐えて、私。耐えられるわよ、私。

「あ、アー、えっと、星、星をね、今年は工夫してみたのよ。どうかしら?」

セブルスの視線を私から逸らすため、急いで今年の力作である星の飾りを指差した。セブルスは私の動揺に気付かなかったようで、飾りをしげしげと観察する。

「……ふむ、金属の反射光を模倣したのかね?」

「良く分かったわね。綺麗でしょう?自信作なの」

「ああ、毎年そう思っている」

「っ」

もう、だからそんなことを真顔で言わないでよ……!絶対、さっきより顔が赤くなっているわ……。

セブルスの視線が星に向いているのが幸いだった。思わず手で頬を包んで冷やそうとする。そんなこと、無駄だとは分かっているけれど。

「じゃ、じゃあ、私は部屋に戻るから、行くわね」

それだけ言い残し、私は逃げるように大広間を出た。視界の隅に、いつの間にか離れた位置にいたミネルバとフリットウィック先生がとても微笑ましげな表情をしていたのが映ったが、私の気のせいだと思い込むことにした。

 

クリスマス休暇の初日。いつも通り駅から帰省する生徒たちを見送ってホグワーツに戻ると、城内は閑散としていて少し寂しい気持ちになった。年が明ければ皆帰ってきて、また騒々しくなるのは分かっているのに。

少し寂しい気分になりながら、私は闇の魔術に対する防衛術の教室に向かった。今日は先生方が授業で使っていた教材を整理していることが多い。だから彼もそうであると良いんだけれど。

教室のドアをノックすると、中から答える声がして私はホッと息を吐いた。休暇中、食事時以外は先生方がどこにいるのか分からないからだ。生徒たちが去ってすぐ帰省する人もいる。

「え、め、メリル?ど、どうしたんです?」

「こんにちは、クィリナス。少し時間はある?」

「え、ええ、もちろんです。どうぞ、お、お茶でも淹れましょう」

「ありがとう」

クィリナスは相変わらずオドオドとした様子で、しかし快く室内に招いてくれた。

手近な椅子に座ると、クィリナスは急いで紅茶を淹れてもてなしてくれた。片付けの最中だというのに、何だか申し訳ない。

「そ、それで突然どうしたんです?」

自分も椅子に腰掛け、クィリナスはそう聞いてきた。その目の前に、私はウエストポーチから出したある物を置いた。

「これは?」

「ちょっとした置物よ。クィリナス、貴方気付いてる?最近顔色が悪いわ。だからこれがあれば少しはマシになるかと思って」

「て、手に取っても良いですか?」

「ええ、もちろんよ」

クィリナスはそっと置物──木の枝で組んだ手の平サイズのテントを手に取った。物珍しそうにくるくると回して見ているが、それはただの置物ではない。

私はもう1つの部品を机の上に置いた。

「このロウソクに火をつけて、その置物の中に入れて寝たら良く眠れるはずよ。試してみてくれないかしら?もし香りが合わなかったら私に言ってくれたら交換するわ」

「え?い、いやでも……」

「分かってる、これは大きなお世話かもしれないわ。でも、私が貴方を心配する気持ちは分かってくれるでしょう?」

「は、はい、も、もちろんです」

クィリナスは動揺しながらも首を縦に振ってくれた。彼は優しいから、優しさに否やとは言えないのだろう。

「1度試してみてくれるだけでいいのよ。気に入らなかったら捨ててもいいし、何度か使えるけれど、予備も渡しておくわ」

「す、捨てるなんてそんな……貴女から貰った物を、そ、そんなことはしません」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」

そう言いながら、彼にロウソクを数個手渡す。クィリナスはそれらをテントの様な置物と共にいそいそと私室へ置きに行った。

数分後、紅茶を飲み干した私は、クィリナスに挨拶して教室を出た。廊下を歩きながらも、考え事は止まらない。

──本当は経口摂取がベストだけれど、おそらく厳しいでしょう。あれで、効果が出たら良いのだけれど……。

実はクィリナスに渡した木のテントには、ケルト魔術において「魔除け」の意味を持つナナカマドの枝を使っている。ナナカマドには「魔法からの守護」の力もあるし、火との相性も良いため、ロウソクとの相乗効果を狙っているのだ。一方ロウソクの方には東洋で「破邪」の役割がある桃の香りと実の一部を入れ込んであり、ナナカマドとも反発しないと確認の上作ってある。

あとはクィリナス自身との相性の問題となる。彼の救いの一助になれることを祈るばかりだ。

 

クリスマス当日。いつもより少し早い時間に目覚めると、ベッドの足元には例年通りプレゼントが山を作っていた。毎年のことなのに、いつも嬉しさで胸がいっぱいになる。

急いでガウンを着て、お湯を沸かしながらプレゼントを開封していく。

ダンブルドア校長からはハニーデュークスのお菓子の詰め合わせ、ミネルバからは落ち着いた色合いのストール、フリットウィック先生からは紺色の手袋──

次々にプレゼントを開けていっていると、見慣れない包みが目に飛び込んできた。それを手に取ってリボンを解くと、高い紅茶の茶葉のセットと共に1枚の手紙が。

「誰からかしら?」

気になって読んでみると、何とMr.マルフォイからだった。

"Miss.ヴァレー、貴女がホグワーツにて教授補佐に就いていると聞き及んだ。愚息が世話になっている。まだセブルスとの親交は続いているだろうか?またいずれ。ルシウス・マルフォイ"

意外にも、Mr.マルフォイは私のことを覚えていたようだ。しかしセブルスのついでの可能性が高い。何と言っても、直接話したのは1度きりなのだから。紅茶は美味しくいただいておくことにする。

そして最後に、セブルスからのクリスマスプレゼント。これを開封する時が一番ワクワクドキドキする。ちなみに、私は基本的に紅茶やハーブティーのセットを贈っているのだが、セブルスは毎年お菓子のセットをくれる。お菓子のお店がいつも違うため、本当に楽しみなのだ。

「どれどれ、今年は……やった、エリー&スルテッチの洋菓子店の物ね!」

とてもマイナーな、でも美味しさはピカイチなお店のクッキー詰め合わせだった。日持ちするから、少しずつ食べても全く問題無い。セブルスとのお茶会にも持参しよう。

プレゼント開封に浸っていると、もうふくろう小屋に行く時間が近くなっていた。淹れていた紅茶だけ流し込み、私は身支度をして早足でおなかを空かせているであろうふくろうたちの元へ向かったのだった。

 

クリスマスの日のご馳走は何も夜だけではない。この日ばかりは朝から晩まで皆──ホグワーツに残っている生徒や先生の大半──が浮かれ、朝から大量に出てくるクリスマスのご馳走に舌鼓を打つのだ。もちろん今年も。

「メリークリスマス、セブルス」

「……メリークリスマス、メリル」

朝食の席に滑り込んで横のセブルスに挨拶すると、すごく小声で挨拶が返ってきた。その顔は陰鬱な色に染まっており、相変わらずクリスマスの雰囲気が苦手なのだなぁと苦笑した。それでも「メリークリスマス」と言ってくれるところが律儀な彼らしい。

休暇中は生徒の数が少ないからと、いつも教師も同じテーブルについて皆で食事を摂るのだが、いつの間にかそのテーブルの上には今にも零れ落ちそうな程の料理でいっぱいになっている。七面鳥のロースト、山盛りのローストポテトに茹でポテト、盛りに盛っているチポラータ・ソーセージ、ひよこ豆のバター煮等々……。所狭しと並んだそれらは、屋敷しもべ妖精たちが腕によりをかけた逸品ばかりだ。

もちろん例年通りクラッカーもたくさん置いてある。ダンブルドア校長が鳴らしたクラッカーの中からは花飾りのついた可愛らしい女性向け帽子が出てきた。それをニコニコしながら自分の三角帽子と交換して被るものだから、思わず吹き出してしまった。

「ふぉっふぉっふぉ、どうじゃ?似合うじゃろう?」

「ええ、お似合いです、校長先生」

パチリとウインクまでしてくるお茶目さに、更に笑ってしまったのは仕方ないことだろう。

私も1つクラッカーの紐を引いてみた。爆音を轟かせて弾けたそれの中からはサングラスが出てきた。しかもただのサングラスではない。ドラゴンの目の模様がついていて、瞬きしたりギョロギョロと目玉を動いたりするのだ。

「セブルス!ねぇ、見て見て」

「ぶっ」

ドラゴンサングラスを掛けてテーブルを睨みつけながら紅茶を飲んでいたセブルスに声を掛けると、私の方を見た瞬間吹き出した。彼はすぐに顔を背けたが、その肩は確実に震えている。

生徒たちもセブルスが吹き出したことに驚いてこちらを一斉に振り向いたが、私のサングラス姿に皆セブルスと同じ道を辿った。

「メリルに良い所を攫われてしまったのぅ」

ダンブルドア校長が残念そうにそう言ったが、その顔は愉快そうに笑っている。

「これ、再現度すごく高いわよね。セブルスも掛けてみる?」

「遠慮しておこう」

まだ口の端がひくつかせながらもセブルスには断られてしまった。残念に思っていると、ちょうど空になった皿が消えてプディングが現れた。いそいそと自分の分を取り分け──甘い物は大好きだから大きめに貰っておいた──、ついでにセブルスのお皿にも取っておく。放っておくと全然食べてくれないから、こうして時折お皿に置いておくのだ。ちなみにセブルスからは、ワインの入ったグラスが返ってきた。

このワインがいつも絶品で、教師陣の中でも大好評なのだ。今年の味も上々らしく、ハグリッドが何杯もおかわりして顔を真っ赤にさせている。しまいにはミネルバの頬にキスをしていた。彼女は擽ったそうに頬を赤らめて笑っていた。ミネルバからしたら我が子にじゃれつかれているような感覚なのかもしれない。子供と言うにはあまりにも大き過ぎるが。

「もう2杯目か?あまり呑み過ぎないように注意したまえ」

「あら、大丈夫よ。ご飯もしっかり食べたし、加減くらいできるわ」

「……まったく……」

私もワインをおかわりしていると、セブルスからすかさず小言が飛んできた。そう言うセブルスも呑んでいるのだから、あまり人のことは言えないと思う。

楽しいクリスマスの朝だった。ご飯は美味しいし、クラッカーは面白く、生徒たちも先生たちも皆笑っている。私もどんどん楽しくなって、何杯もワインを呑んだ。

「ふふ、本当に面白いわね、セブルス」

「……そうかね」

「ええ、そうよ。皆も楽しそうだわ」

セブルスに微笑むと、彼はきゅっと眉を寄せてワイングラスに口をつけた。彼なりに楽しんでくれているといいんだけれど。

そんなことを考えながら席を立つ。周囲も閑散としてきていて、ぞろぞろとそれぞれの寮や部屋に戻るようだ。私もクラッカーのおまけを抱えて大広間の扉をくぐろうとした時だった。

「あ、め、メリル、メリークリスマス」

「あら、クィリナス。メリークリスマス。ホグワーツの今年のクリスマスはどうかしら?」

呼び止められ、振り返った先には紫のターバンの彼。相変わらずにんにくの匂いはさせているが、微かに甘い匂いもある。先日渡したロウソクを使ってくれているようだ。

「は、はい、大変、素晴らしいと思います。い、以前いただいたロウソク、ありがとうございます。良く、ね、眠れます」

「なら良かったわ」

クィリナスは控えめに笑って頷いた。その拍子に私の腕から零れ落ちそうな程あるおまけに気付いたようで、

「よ、よろしければ、お部屋まで運ぶのを、て、手伝いましょうか?」

と申し出てくれた。部屋まで抱え続けられるか正直不安だったから、お願いしようと口を開いたその時。

「何を突っ立っている。行くぞ」

「あ、え、セブルスっ?」

突然私の腕の中の物が全て無くなり、黒衣が横をすり抜けて行った。言わずもがな、セブルスである。彼は戸惑う私とクィリナスを置いて、ツカツカと歩いて行ってしまう。

「ご、ごめんなさいね、クィリナス。ありがとう、私、行くわね」

「いえ、お、お気になさらず」

苦笑するクィリナスに謝罪し、私はふわふわする足を叱咤して急いで黒のローブを追った。

セブルスにはすぐに追いついた。大広間から出てすぐの廊下を曲がった所で待っていてくれたのだ。酔っ払いを走らせてはいけないとでも思ったのだろうか。

「ありがとう、セブルス。でも、あの、自分で持てるわ」

「気にするな。行くぞ」

「ちょ、ちょっとっ」

合流したと思ったら、すぐにずんずんと歩き出してしまった。その歩き方と頑なにこちらを見ない態度に、訳が分からないなりに何を言っても聞かないことだけは理解した。

そのまま無言で私の部屋の前に着くと、セブルスはしばし躊躇った後「……良ければ、部屋の中まで運ぶが」とぼそぼそと言った。

「うん、お願いしてもいい?」

「構わん」

セブルスの優しさに、思わず頬が緩んでしまう。扉を開けながらも、私はにやつく口元を抑えられずにいた。

部屋を横切って私室に一番近いテーブルの上におまけの数々を置くセブルスの姿が、どれ程私の胸を高揚させるのか、彼は知らない。知らなくていいのだ。

「ありがとう、セブルス。今お茶を淹れるわ」

「……いや、我輩は、」

「遠慮しないで。良い茶葉を貰ったから、ぜひセブルスにも飲んで欲しいの」

「…………分かった」

渋々頷いた彼に呼び寄せたソファに座るように促し、私はお湯を沸かしながら早足で茶葉を取りに行った。

確か、今朝Mr.マルフォイから届いた茶葉は棚にしまった筈だ。

お目当ての物を棚から取り出し、添付してあるオススメの飲み方も確認する。それから、ちょうど沸いたお湯で紅茶を淹れて、私はセブルスが待つテーブルへと向かった。

「お待たせ」

「ああ。……何だそれは」

セブルスが眉を顰めながら私が持ってきた瓶を指差す。

「え?ブランデーよ。このお茶にはブランデーを垂らして飲むのがおすすめなんですって」

「……まだ呑むのか……」

はぁ、と大きくため息を吐かれてしまった。でも、これがお店のおすすめなのだから、その方法で飲まないと逆に失礼だと思うのよ。

あまりご機嫌麗しくない様子のセブルスを置いて、私はそっとブランデーを2人分の紅茶に垂らす。入れたのは数滴だけだが、充分に芳醇な香りがふわりと広がった。

「あぁ、良い香り……」

「そうだな」

一口紅茶を含むと、その上品な香りが鼻からふぅっと抜けて行った。

「……随分と呑んでいるが、今日はもう業務は無いのか」

「うん、後で動物たちの様子を見に行こうとは思ってるけれど。毎年、ハグリッドとポモーナが『クリスマスを楽しんで』ってお休みをくれるのよ」

「優しいわよね」とくふくふ笑うと、セブルスも頷いてくれた。

それにしても、本当にお茶が美味しい。普段ブランデーを紅茶に入れる飲み方をしないから、余計にクリスマスの特別感がある。

一口ずつ味わいながら飲んでいると、段々と頭がふわふわしてきた。何だか身体もぽかぽかと温かい。

「……もうそろそろ、飲むのはやめておいたらどうだ」

「んー、でも、もうちょっと」

あと1杯だけ、とおかわりを自分のカップに注ぐ。セブルスからは漏れなく呆れたようなため息を頂戴した。

それでも、この酔っ払いのお茶会に付き合ってくれるのだ。いつも、そう。私を見放さない。昔から本当に……

「……セブルスは優しいね」

「なっ、……何を」

ガチャッと少し乱暴にソーサーにカップを置かれる音がした。それを、私はいつの間にか下がってきていた瞼の裏側で聞いた。

「いつもそう。貴方は覚えていないかもしれないけれど、議論がどんな方向に飛んでも、ずっと私に付き合って話してくれた。……それがどれだけ嬉しかったか……貴方は、知らないんだわ……」

ああ……、もう目を開けていられない。まだカップを……持っている、の、に……。

「…………それは、私のセリフだ。馬鹿者」

そっと手からカップを取り上げられた感覚を最後に、私は意識を手放した。

くたりと脱力した身体を、私の好きな薬草の匂いに抱き上げられ包まれたなんて、そこはそれ、あまりにも幸せ過ぎるから。

ひた隠しにし続けている心が見せた幻だと思うことにした。




6話目です。やっとクリスマス休暇に入りました。書きたい部分を詰め込み過ぎて時間が進みません。今後はある程度サクサクいける、はず、です。多分。

どうすれば糖度の高い文章が書けるんですかね?甘々は夢のまた夢……。書きたいんですけどね……。
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