気付いた時には昼を過ぎていた。なんならソファにもいなかった。きちんとベッドで寝ていた。
いつの間に……?あれ、私、ソファで寝てしまったはず、よね……?え、待って待って、ねぇ、じゃあ、あの薬草の匂いって、もしかして……
「いやいやいやいや!気のせい!夢よ、うん、夢よね!」
一気に目が覚めた勢いそのまま、ベッドから飛び起きた。顔から血の気が引いているのが自分でも分かる。
どうしようどうしようどうしよう!こんなお酒の失敗なんて初めて!セブルスに迷惑をかけてしまったなんて!
パニックになったまま、部屋の中をウロウロと歩き回ってしまう。
謝った方がいいわよね……!?でも、どんな顔して会えばいいの……!
セブルスは親切にも髪まで解いてくれていたため、杖を降っていつもの三つ編みにしながら簡単に身支度を整え、とりあえず私は部屋を出た。
寒々しい廊下を突っ切りながら足を向ける先はセブルスの部屋──ではなく、魔法生物たちの飼育場だ。さすがにすぐに顔を合わせるのは気まず過ぎる。それに元々様子を見に行く予定ではあったしね、うん。
中庭を通りすがると、ちょうどハリーとウィーズリー4兄弟が盛大に雪合戦をしていた。いつもは帰省しているウィーズリー兄弟だが、今年はご両親が次男のチャーリーに会いにルーマニアに行くため、ホグワーツに残ったらしい。以前またも厨房で遭遇した双子が苦笑いしながら話してくれた。自分たちも会いたいのに、と言いながら。
「あら?クィリナス?」
なんと雪合戦の審判をクィリナスが務めている。プロテゴを上手く活用して、両陣営からの雪玉に当たらないように立ち回っている。さすが闇の魔術に対する防衛術の先生をしているだけある。
とても楽しそうに輝く子供たちの表情を微笑ましく思いながら、私は城を後にした。
サクサクと雪を踏む音と吐く息の白さに、冬を改めて実感する。その寒さは、パニック状態の頭を冷静にするのには充分だった。
やっぱり、このままじゃだめよね。迷惑かけたのは事実なのだし。
ムーンカーフやセストラル、パフスケインたちの飼育場を見て回り、全てに異常が無いことを確認する。もちろんハグリッドを信頼していないわけではないが、ケトルバーン先生から実験の許可を得ている身としてはできるだけ自分の目で確認したいのだ。
最後にニーズルの飼育場を点検する。いつも通り、気ままに過ごしているようで安心した。柵のすぐ側に座り込んだ私を不思議に思ったのか、とてとてと1匹のニーズルが近付いて来た。
「……ねぇ、謝りに行った方がいい、よね?」
見事なオレンジの毛並みを持つ彼女は「ナァン」と一声鳴いた。
城に戻ると、ちょうどポモーナと行き会った。彼女もちょうど温室から戻ってきたばかりらしく、次の春に植える薬草の相談に乗って欲しいとのことで自室に招かれた。
「やっぱり、春と言えばハナハッカやニガヨモギが定番よね」
「低学年の子たちでも扱い易いし、薬草学と魔法薬学が関係し合っているって分かりやすいものね」
「そうなのよねぇ」
薬草の大量注文のためのカタログを挟んで、2人紅茶を飲みながら話し合う。ポモーナとしては、毎年同じような薬草を扱ってばかりなので、たまには毛色の違う物をしたいらしい。気持ちは非常に良く分かるが、選定は意外と難しい。
まず、扱い易い物であること。素人の、しかも学生が世話するのだから、学年に合う薬草で無ければならない。かつ、大量に生育させないといけないため、繊細な植物だと枯らしてしまうから、ある程度の生命力を必要とする。あとは、できれば魔法薬の材料であればなお良し、といったところか。
毎年学年の初めに薬草学と魔法薬学の関係性については話があるが、実感するには実際に扱った方が良い。自分たちが栽培した薬草を用いて、目的の魔法薬を調合するのだ。それを繰り返すことで、教師の話が本当のことだと体感できるのだ。
だからこそ、取り扱う薬草の選定は難しい。
「……あ」
カタログの隅から隅まで再度熟読してみると、これならもしかして、という薬草を発見した。
「ポモーナ、あの、これならどうかしら?」
「あら、ヒバナソウね、いいじゃない。良く見つけてくれたわね、メリル」
ポモーナは諸手を挙げて褒めてくれた。聞くところによると、今月に入ってからずっとどうしようか考えていたらしい。「クリスマスにごめんなさいね」と酷く申し訳無さそうに謝られたが、私は笑って首を横に振っておいた。
私にとっても、ある意味渡りに船だったのだ。セブルスに会いに行かねばならないが、気まずくて足が重く感じていたところへこのお誘いだ。現実逃避とは分かってはいても乗らずにはおれなかった。
何なら、Mr.マルフォイにお礼の手紙も早急に出してしまわなければならない。プレゼントを貰っておきながら返礼もしないとは、さすがに失礼にあたるからだ。お返しの贈り物は通信販売で後日届けるにしても、手紙だけは今日中に出してしまわねば。
私が考え事をしている間に、ポモーナがささっとカタログを片付けてくれていた。注文はクリスマス休暇明けに出すそうだ。
助けになれて良かったと胸を撫で下ろしながら紅茶に口をつける。
「ところで、ヤドリギの実は落ちたの?」
「ぶふっ」
思わず紅茶を吹き零しちゃったけれど、私は悪くない。悪くない、と思う。
ここイギリスには、クリスマスにヤドリギの木の下で恋人同士がキスをすると幸せになれるという古くからの言い伝えがある。そこから派生して、木の下で女の子がキスされると祝福としてヤドリギの実が落ちるとも言われているのだ。つまり、ポモーナはこう言いたいわけだ。
"貴方達、キスしたの?"
「ごほごほっ、けほっ」
「あらあらあら」
噎せて咳き込む私を微笑ましそうに見ながら、ポモーナはさっと杖を吹いて零してしまったお茶を拭き取ってくれた。
「げほっ、ごほっごほっ……ご、ごめんなさい、ポモーナ……、ちょっと、突拍子の無さ過ぎる言葉が聞こえたものだから」
「メリルったら大丈夫?」
「ええ、大丈夫、問題無いわ」
「良かったわ。それで、実は落ちた?」
改めて問われた質問に、私は咄嗟に視線を逸らすが時既に遅し。ポモーナは「あら、残念ねぇ」と苦笑した。
「そ、そもそも、セブルスと私はそういう関係じゃないわ」
「それは知っているけど、クリスマスよ?何が起こるか分からないじゃない。それに朝のメリルは酔っ払ってとても機嫌良さそうだったし、セブルスも荷物を持ってくれていたじゃない?これはもしかして、って思ったのだけど」
何てこと……朝の出来事をしっかり見られている……。これは他の先生方も目撃していると思って間違い無い。
私は心の中で頭を抱えた。
「……セブルスとは、クラッカーのおまけを運んでもらったお礼にお茶を振る舞っただけなのよ。ポモーナが言うような事は何も無いわ」
「まあ、そうなのね」
少し残念そうな相槌に、私も釣られて残念な気分を味わった。
もちろんそういう事を望んでいないわけじゃない。可能性が無いだけだ。自分で言ってて悲しいけれど。
その後は少し雑談をして、「また夕食の席で」と言ってポモーナの部屋を後にした。
自室に戻ってMr.マルフォイへの手紙と通信販売への注文書を用意していると、いつの間にか夕食の時間が迫って来ていた。急いでふくろうに手紙を託して大広間へ向かっていると、途中で見覚えのある黒衣の後ろ姿を視界の中に捉えた。
ここで躊躇っても仕方がない。どうせ大広間では顔を合わせるのだ。それが少し早くなっただけ。
「セブルス」
「……メリル」
呼びかけると、わざわざ足を止めて振り向いてくれた。横に並ぶと歩くのを再開したところを見るに、私が追い付くのを待っていてくれたらしい。相変わらず紳士的だ。
「何か用か」
「アー、あの、言いそびれていたのだけれど、クリスマスプレゼントありがとう。それで、その、夕食後にお茶でもどうかしら?もし暇なら、だけど」
「見回りの前なら空いている」
「良かった、そちらにお邪魔しても?」
「ああ」
セブルスから断られなかったことにホッとしていると、ちょうど大広間に到着した。今ホグワーツにいる半分ほどの人数が既に集まっており、間もなく全員が揃った。お待ちかねの夕食の時間である。
七面鳥のサンドウィッチにマフィン、トライフルにクリスマスケーキと、夕食も大量だった。食べ盛りの生徒たちはこちらがびっくりする程の量を平らげ、とても満足そうだった。
もちろん私もしっかりクリスマスのご馳走をいただき、足早に自室に戻る。そしてお菓子とある物をウエストポーチに仕舞い込み、魔法薬学教室へと向かった。
地下牢教室の扉をノックすると、中からセブルスが開けてくれたため、お礼を言いつつ中に入った。休暇前より片付いた室内の適当な椅子に腰掛けようとすると、セブルスが「待て」と口を挟んだ。
「どうしたの?あ、別のテーブルを使う?」
「そうではない。……こっちへ来い」
私を後ろから抜き去って、セブルスはツカツカと歩いて行った。彼の私室に。
えっと、いいのかしら?本当に?
もちろん何度かセブルスの私室には招いてもらっているが、毎回戸惑いと照れが瞬間的に湧き上がる。何なら漏れなく体温も上昇する。
立ち尽くして頬が赤くならないように必死に我慢する私に、私室の前で立ち止まったセブルスは不審げに片眉を上げた。
「何をしている。ああ、我輩の私室は避けたいのかね。それ程嫌がっていたとは存じ上げず失礼した、もちろんこの教室でも構わないとも」
「違うわよ、勝手に話を進めないで。貴方の部屋に招いてもらえると思ってなくてびっくりしただけ」
「……ふむ、何度か君は我輩の部屋に来たことがあったと思っていたが、記憶違いかね?」
「何度来ても慣れることはないでしょうね。あぁもちろん、貴方を嫌っているということではないわ」
心中の動揺を悟られないように、何でも無い風を装って肩をすくめると、セブルスはフンと鼻で笑って私室のドアを潜る。私もいそいそとその後ろに続いた。
私がソワソワしながらソファに座る間に、セブルスは手早くも丁寧に紅茶を淹れてくれた。予め暖炉に火を入れてくれていたのか、室内はぽかぽかと暖かい。
そして、セブルスが紅茶の入ったカップを私の前に置いて自身も腰掛けた瞬間、私はポーチの中に入れてきた物を差し出した。
「お納めください」
「……これは何だ」
「見ての通り、ウルフスベーンよ。質は保証するわ。……って、どうして杖を構えているの?」
ウルフスベーンの入った瓶をテーブルに置くと、いつの間にかセブルスが杖を構えていた。それへ私が問い質すと、大きなため息を吐いて「何でもない」と杖を仕舞った。
確かに毒草だけれど、噛み噛み白菜みたいに攻撃してくるわけじゃないのだし、そんなに警戒しなくても良いんじゃないかしら?というか、その前にセブルスに伝えないといけないことがある。
「アー、その、今朝のお詫びというか……。迷惑かけてごめんなさい、セブルス。ベッドまで運んでもらって、申し訳なかったわ」
「…………いや、気にするな」
意を決してセブルスの顔を見据えながら謝ると、彼は沈黙の後ゆっくり視線をずらしながら首を横に振った。何故か彼の方が気まずそうだけれど、私の方が断然気まずいわよ……。
「まさか眠ってしまうなんて思ってもいなかったの。そんなにお酒は弱くないはずなのに……。とにかく、セブルスの手を煩わせてしまったから、これ、受け取ってくれる?」
「そんなに大層なことはしていない。せっかくのウルフスベーンだ、君が使いたまえ」
「それじゃあ私の気が収まらないのよ。貴方とこうしてお茶するのも気が引けちゃうから、どうか受け取って欲しいの」
切々と訴えると、渋々ながらセブルスはウルフスベーンの入った瓶を受け取ってくれた。彼なら私よりも有効活用できるだろうし、私も引け目が無くなるから公平な取引だろう。……セブルスもそう思ってくれていると良いのだけれど。少なくとも、魔法薬の材料としては使って欲しい。
セブルスが瓶を棚へ仕舞っている間に、同じくポーチに入れていたお菓子も取り出してテーブルに広げる。こちらは元々通販で取り寄せていた、私イチオシの物だ。彼も食べられるように、甘さ控え目なスコーンにしておいた。
スコーンはセブルスの口にあったようで、普段はあまりお菓子を摘まない彼が珍しく何個か食べてくれた。それにホッとしつつ、見回りの時間まで私はセブルスとのお茶会を楽しんだ。
消灯時間の少し前、私たちはセブルスの私室を出た。これから見回りをするセブルスと地下牢教室に繋がる階段を上がったところで別れ、私はクリスマスの夜に彼と過ごせた嬉しさに浮き足立ったまま自室へ戻ったのだった。その夜は案の定あまり眠れなかった。
年明けに少しだけ自宅に帰った他は、私はクリスマスの休暇中ずっとホグワーツにいた。実験したり、その結果を纏めたり、セブルスに魔法生物たちや餌を実際に見せて説明したりして過ごしていた。実に有意義な時間だった。
休暇中ですらろくに帰らないなら自宅を売り払った方がいいのかもしれないが、それだけはどうしてもできなかった。もう誰もいないけれど、両親との思い出がたくさんあるから。それは同時に、私が自宅にあまり長く滞在できない理由でもある。どれだけ経っても、押し寄せる思い出の波に私はまだ勝てないでいる。
休暇も終わり、一斉に戻ってきた生徒たちで城内は一気に騒がしくなった。それにホッとしつつも、静かなホグワーツも嫌いでは無いため、どこか寂しい気持ちを感じつつ、私は教授補佐という職務に励むのだった。
日常をこなしていると、月日などあっという間に過ぎて行く。セブルスに論文を見てもらい、修正していく過程を何回繰り返したことかしれない。ついでに、学会はさすがに敷居が高いと泣きついた結果、学会誌の方へ寄稿することになった。懇願してみるものである。しかし、慣れない論文の完成にはまだまだ時間が必要になりそうだ。
そうして、雲から降る物が雪から雨に変わる頃、驚きのニュースが私の耳に飛び込んできた。
「え?セブルス、いえ、スネイプ先生がクディッチの審判に?」
「ええ、そうです。素晴らしいでしょう?」
私が聞き返すと、何故か自分が得意気な顔のドラコが大きく頷いた。たまたま行き合った時にとても嬉しそうな表情で歩いていたため、理由を聞いてみるとこれだ。
セブルスはこれまでほとんど審判を引き受けて来なかった。それも、よっぽどの、どうしもの事情が無い限り。それがどうした事だろう。いつも審判をやっているマダム・フーチが用事で休まなければならないといっても、今までであれば別の先生が審判を引き受けていたはずだ。何か心境の変化でもあったのだろうか?
「試合は確か、グリフィンドールとハッフルパフの対戦だったわね。ドラコは見に行くの?」
「もちろんです!スネイプ先生が審判を務められるのですから。ヴァレー先生も見に行かれますか?」
クリスマス休暇前に話してから良く声をかけてくるようになった──要は懐いてくれた──ドラコは、「もちろん見に行くでしょう?」という顔で私を見上げてくる。
私ってそんなにクディッチ好きに見えるのかしら?むしろあんまり見に行っていないはずなのだけれど……。
「申し訳ないんだけれど、私はその日薬草たちの世話をしないといけないから、クディッチの試合は見に行けないわ。ごめんなさいね」
「そうですか……。ヴァレー先生にもスネイプ先生の審判姿を見てもらいたかったのですが、残念です」
ドラコは少ししょんぼりしながら「次の授業がありますので、僕はこれで」と去って行った。
審判姿を見ても特に何も無いと思うのだけれど、ドラコは一体どういう意味で言ったのかしら?
不思議に思いながらも、私も授業の準備のために魔法生物たちの飼育小屋へ向かった。
後日、セブルスが審判を務めた試合後、たまたま見かけた彼の眉間には深い深い皺が刻まれていた。そのため頼まれていた薬草を多めに届けたところ、少しは機嫌良くなったみたいでホッとした。
イースター休暇前になると、論文はほぼ完成し、最後の微修正を繰り返すくらいになっていた。それは良いのだが、心配事というか、気掛かりな事が1つ。
クィリナスの事だ。最近とみにやつれてきているように見える。それとなく原因を聞き出そうとするも、上手く躱されてしまう。逆に、最近はハリーが親しげに微笑んでくれたり、ロンがクィリナスを揶揄う生徒に注意してくれるようになったと嬉しそうに報告してくれる始末だ。私も頑張ってはみたものの、本人に言う気が更々無いことを痛感しただけだった。しかし、どうやら以前渡したロウソクは使ってくれているようで、凄く遠慮されながら追加もお願いされた。そこは安堵した点だったし、唯一の収穫と言っても良いくらいだった。もちろんロウソクは急いで作ってクィリナスに渡した。
他に彼にできる事があれば良いのだが、何も思いつかないまま手をこまねいている間に時間が経ち、イースター休暇も終わってしまった。
そんなある日、珍しい所で珍しい人物に出会った。
「あら、ハグリッド?」
「うわっ、あ、ヴァレー先生」
「こんな所で珍しいわね。調べ物?」
図書館前で偶然出会したのは森番のハグリッドだ。図書館を利用しているのは初めて見たため、思わず声を掛けると非常に驚かれてしまった。不思議に思って首を傾げると、声を上ずらせながら「何でもねえです」と答えてそのままドタドタと歩いて行ってしまった。
絶対何でもなくないとは思ったが、私は私で休暇中に生徒たちに出されていた課題の採点の手伝いがあったため、追及を諦めて歩みを再開した。
薬草学の採点の手伝いをしていたその日、温室に珍しい組み合わせの客人がやって来た。
「ヴァレー先生、こんにちは」
「こ、こんにちは」
「こんにちは。ネビルとハーマイオニーの2人で来たの?珍しいわね」
にこっと安心させるように微笑むと、優等生なハーマイオニーはもちろん、俯きがちだったネビルも微笑み返してくれた。
私は採点の手を止めて2人に向き直った。
「今日はどうしたの?スプラウト先生なら今少し外してるわ。私で良ければ聞くけれど」
「ありがとうございます。復習してたらここの部分がちょっと疑問で」
「見せてみて」
ハーマイオニーは持参した羊皮紙を広げ、疑問点の場所を指差してくれた。ちょうどクリスマス休暇前の授業で取り扱った薬草だ。もう復習を始めているのかと感心しながら彼女の疑問を解消していく。何点かの質問に解説すると、彼女はすっかり満足したようだった。
次は、ハーマイオニーの質問を大人しく待っていたネビルの番だ。彼に「ネビルはどうしたの?」とできるだけ優しく聞くと、彼はしばしモジモジした後に口を開いた。
「……あの」
「うん」
ネビルが指をモジモジさせながら口を開いては閉じるを繰り返す。彼の後ろでは、ハーマイオニーが「頑張って、ネビル」と拳を握っている。彼らの友情にほっこりしていると、覚悟を決めた様な顔になったネビルが「お願いがあるんです」と私と目を合わせて言った。
「お願い?」
「その、僕、薬草に興味があって、先生さえ良かったら、あの、薬草の世話のお手伝いがしたいんです」
緊張のせいだろうか、少し泣きそうな少年は、それでも涙は零さず話してくれた。普段の様子を知っているからこそ、これを言い出すのにどれ程勇気を振り絞ったのかよく分かる。
私に決定権が無いのが大変惜しまれるが、時折質問に来るネビルのことはポモーナももちろん知っているから断ることはないだろう。それに畑仕事もあるから、人手はあればある程良い。
「ネビル、申し出てくれてありがとう。良く頑張ったわね」
「え、あ、ありがとうございます。あ、じゃあ……」
「ただ、私には決められないの。スプラウト先生がもうすぐ戻ってくるはずだから、その時もう一度言えるかしら?もちろん私もフォローするわ。ネビルがお手伝いしてくれたら助かるもの」
「はいっ」
ネビルが顔を輝かせて大きく頷いた。ハーマイオニーの目も期待にきらきら輝いている。
じきにポモーナが戻ってきた折、ネビルは再度手伝いの申し出を、今度ははっきりと伝え、ポモーナもすぐに了承した。もちろん宿題や試験が優先で成績が下がらない事が条件だが、ネビルはとても喜んでハーマイオニーと2人キャッキャと嬉しそうにはしゃいでいた。その姿に、ポモーナも私も癒されたのは言うまでもない。
試験が近付くにつれ、教師陣の忙しさは加速度的に増えていく。生徒たちも次々出される課題にてんてこ舞いだろうが、その課題を採点した上試験を作らなければならない側も目が回るような忙しさだ。私も毎回教科の垣根を越えてできる限り手伝ってはいるが、それでも手が回らない。ついでに引っ掛かる出来事もあったものだから、ついつい絶賛試験作成中のセブルスにポロッと零してしまった。
「……ねえ、4階って今年は立ち入り禁止だったわよね?」
「採点中にお喋りかね?ヴァレー教授補佐は中々に余裕のようだ」
「もう、真面目な話なのよ。それに私でも採点できる分はちゃんとやってるわ」
お互い目線は机上の羊皮紙に固定したままの応酬である。魔法薬学も中々ハードな課題を出しているようで、とりあえず専門でない私でも評価が明らかな物だけ採点していく。その他は後で学年ごとに纏めてセブルスにチェックしてもらう仕組みだ。
「……先程の質問だが」
「ええ」
「今年度の初めにきちんと生徒は立ち入り禁止と周知されている。何かあったのか?」
「何かあった訳では無いんだけれど……。実は、ハリーらしき子たちがあそこにいたのを見たのよ」
「……何?」
セブルスが羊皮紙から顔を上げた。こちらを見遣るその眉間には、既に深い皺が何本も寄っている。
「どういうことだ」
「どういうことも何も、人影を見たというだけなの。ハリーたちだという確証も無いわ。でも、セブルスには言っておいた方が良い気がして……」
「勘かね?」
「ええ。余計なお世話だったかしら?」
「……いや、君の勘は良く当たる」
セブルスはため息を吐いて目を閉じ、自身の眉間をグイグイと押した。
セブルスがあの子──ハリーを気に掛けているのは見ていれば分かる。非常に捻くれているし、日頃から突っかかっていくため分かりにくいが。だからこそ自分が見た事を伝えたのだが、彼の負担を増やしただけだったかもしれない。
心の中で反省しながら、採点の終わった羊皮紙の束を纏めて立ち上がった。セブルスが机に向かったまま「どうした」と声を掛けてきた。
「紅茶でも淹れようかと思って。少し休憩にしましょう。カップを借りても?」
ここは魔法薬学の教室だ。大鍋を火に掛けられるのだから湯くらいは沸かせるなと思いながら聞くと、セブルスはこちらを見ずに杖を振って私室の鍵を開けた。
「キッチンくらい使っても構わん。君なら汚さんだろうしな」
「ありがとう」
平静を装ってセブルスの私室にあるキッチンに立ち、紅茶を淹れる準備を進めていく。しかし、私の心中は動揺で揺れに揺れていた。
セブルスの部屋に入るだけでも緊張するのに、キッチンを使うなんて、そこまで許して貰えていることが嬉しい。まるでそう、恋人同士の様な────
そこまで考えて、私は思考を止めた。調子に乗ってはいけない。私は彼の唯一にはなれないのだから。
舞い上がる心を推し留めて、私は粛々と紅茶を淹れた。
私が教室に戻ると、ちょうどセブルスもキリが良い所だったようで、顔を上げて大きく深呼吸していた。
「お疲れ様、セブルス」
「ああ、君も。採点はどうだ、進んだかね」
「貴方に確認してもらわないといけない分を除くと、あとは学年ごとに纏めたら終わりよ」
「そうか、助かる」
どうやらだいぶ疲労が溜まっているようで、セブルスの目の下には隈がくっきりと居座っている。本当は今すぐ休んで欲しいくらいだが、彼の仕事量も知っているため迂闊には勧められない。完全にジレンマである。
「無理し過ぎて倒れないでね」
「誰に向かって言っている。栄養剤などの調合もお手の物だとも」
そういう問題では無いんだけれど……。
私は最大限セブルスの手助けをしようと心に決めた。
試験が近付くに連れてどんどんと忙しくなっていき、目まぐるしく日々をこなしていたある日、ミネルバに声を掛けられた。
「メリル、少し宜しいですか」
「はい、ミネルバ。どうしたんです?」
ミネルバは少し迷った後「ここでは何なので」と、変身術の教室まで私を連れて来た。
「メリル、貴女にお願いしたいことがあります」
「何でしょう?」
「明日、罰則で生徒を禁じられた森へ向かわせます。対象の生徒はハーマイオニー・グレンジャー、ハリー・ポッター、ネビル・ロングボトム、そしてドラコ・マルフォイです。もちろんハグリッドもいますが、今回の罰則は4人のため、安全のために貴女も同行してもらえませんか?」
「ええ、構いませんが……。先日のグリフィンドールとスリザリンの減点の分ですか?」
私の問いに、ミネルバはため息を吐きながら「そうです」と肯定した。
「一晩に4人もベッドを抜け出すなんて、全く嘆かわしい。ともかく、頼みましたよ、メリル」
「分かりました」
ミネルバはもう一度大きくため息を零した。
その日の午後、廊下を曲がった先で誰かと肩がぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ「すみませんっ!」……クィリナス?」
「ああ、ああ……メリル……」
私の謝罪を遮って謝ってきたのはクィリナスだった。その顔は青白く、可哀想なくらいブルブルと震えている。そんな彼を安心させるために肩に触れようとした時、ハッと気付いた。
ネックレスが熱を持っている。以前朝食を一緒に食べた時よりもはっきりと。
思わず辺りに耳を澄ますが、不審な物音はしない。
私が周囲を警戒している間に、その横をクィリナスが謝りながら通り過ぎた、その瞬間。
ぞわりとした悪寒が全身を駆け抜けた。
「っ、クィリナス」
咄嗟に呼び止めると、クィリナスは肩をビクッと震わせて私の方を振り返った。その瞳は何かの色を映して揺らめいている。
「な、何でしょう?」
「……貴方、大丈夫?」
「っ」
パッと思い付いた言葉を投げ掛けると、クィリナスが息を呑んで目を見開いた。そのままはくはくと口を動かしていたが、諦めたように項垂れて「大丈夫です」と首を横に振った。
「……そ、それではこれで……」
肩を落としたまま去って行くクィリナスを、私は見送ることしかできなかった。
7話目です。相変わらず書きたい部分を詰め込み過ぎて時間が進みません。やっと作中の季節は春になりました。 何も考えずに書いていると、ひたすらセブルスと話すだけになって、どれだけ他人と喋らない主人公なのかという展開になりそうなので、できるだけキャラを出そうとは頑張ってます……。