禁じられた森での罰則から一夜明け、私は朝の仕事を終えて大広間へ向かっていた。
一晩寝たら何とか動揺は収まり……嘘だわ、全然収まってなんかいない。
昨日の影の正体はまず間違いなくクィリナスだが、何故彼がユニコーンの血を求めるのか全く分からない。呪われた命になりたいようには見受けられないし、何より相対した時に感じた怖気が彼がただの人間ではないことを証明している。
そもそも、この事をダンブルドア校長はご存知なのかしら?クィリナスがユニコーンの血を求めていることを?
1度相談した方が良いのかもしれない。私1人てはさすがに抱えきれないもの。
あれこれと考えている間に大広間に到着し、私は席に着いた。その時ちょうど近く席に座るクィリナスと目が合ったが、そっと視線を逸らされる。私も気付かなかったフリをして、何事も無かったかのように朝食を摂り始めた。
「…………信じ難いことだが、奴と諍いでもしたのかね?」
「え?」
横合いから急に聞こえてきた声に、私は驚いて顔を上げた。声の主を見ると、普段通りの無愛想な顔をしながらも、その瞳には僅かに心配の色が滲んでいる。
「奴って?」
「クィリナスだ。……それに顔色も優れない。自分で気付いていないのか?」
「クィリナスと喧嘩なんてしてないわ。それに体調も問題無いわよ。心配してくれてありがとう」
にこりといつも通りに微笑むと、セブルスはフンと鼻を鳴らして食事を再開した。
「……倒れる前に我輩の所へ来たまえ。元気爆発薬くらいは調合してやる」
「セブルスのお手製なら、一瞬で元気になりそうね」
クスクス笑うと、セブルスはもう一度鼻を鳴らした。
結論から言うと、ダンブルドア校長からは「わしはクィリナスを信じておる」というお言葉を頂いて終わった。彼が禁忌に触れようとしていたことは事実だが、それでもダンブルドア校長がクィリナスを信じるというのなら従うしかない。あのキラキラした水色の瞳を柔らかく細められてしまうと、私が異を唱えることは難しかった。
しかし、ただ何もせずにいるのは胸の内に燻る予感が許さなかった。
この時期になると、試験が近付いていくにつれ生徒に出す課題の量が増えるため、教師側もいつも以上に忙しくなる。特に寮監を務めている4人は目が回る様な仕事量で、課題を考え、採点し、試験問題を作り、その上で生徒たちの対応もしなければならない。毎回倒れないか心配になる──特に寮監の中でも最高齢のミネルバは──ほどで、私も手伝いはしているがどうしても彼らでなければ処理できない事もある。しかも、試験が終わっても教師は採点をしなければならない。ホグワーツの全生徒分を。気が遠くなるほどの業務量である。
つまり、教員側は試験の採点が終わるまでどんどん仕事が増えていく一方なのだ。もちろん私も例外ではない。だから、そうなる前に動いた。
朝の掃除の際に急ぎのふくろう便を送り、仕事の合間に禁じられた森に向かった。
あの罰則の日以降、ユニコーンが傷付けられたという報告は無い。ハグリッドも何度か森をパトロールしてくれたらしいが、例の影もいる気配は無いらしい。ちなみに、この前保護したユニコーンは無事に治療でき、しばらくはハグリッドの小屋の側で静養するらしい。彼の近くにいれば森に住む動物たちは襲って来ないし、小屋は開けた場所にあるから誰か来てもすぐに分かって安全だ。近々様子を見に行こう。
ユニコーンの事を考えながら歩く昼間の禁じられた森は、夜とは雰囲気が全く違う。鳥たちの囀りや木々の騒めきを心地良く受けながら、私は白樺の木の元に辿り着いた。
私は前回と同じようにお願いを言ってから、今度は枝ではなく樹液を少量採取した。その後、白樺に丁寧にお礼を伝えて急いで城へ戻る。もうすぐ薬草学の準備をする時間だ。遅れる訳にはいかない。
その日の放課後、私は厨房にいた。隅のスペースと調理器具を借りて、昼間に採ってきた白樺の樹液と、ついさっきふくろう便で届いたナナカマドの実をポーチから取り出す。
良く利用する薬草の問屋さんが、特別に特急で送ってくれたのだ。本当に有難い。今度お礼をしなければ。
何を贈ろうか考えながら、ナナカマドの実をコトコト煮る。砂糖に加えて白樺の樹液も混ぜた小鍋の中身は順調に煮崩れて、ジャムが完成した。大きめの瓶1つと小さい瓶2つに小分けして冷まし、それぞれ保存魔法をかけて小さい瓶たちはポーチに収納。そして屋敷しもべ妖精たちにクラッカーとスプーンと木皿を3つずつ用意してもらい、小鍋にあえて残したジャムをお礼代わりにお裾分けした。
少し細工をしたスプーンと木皿、クラッカーとジャムの瓶を入れた小さいバスケットを持って、生徒たちで賑やかな廊下を歩いて職員室へ向かう。
この時期は毎年酷い顔色になっていく先生方のために、忙しさが本格化する前に差し入れをしているのだが、さて、目論見通り事が進むかどうか。そんな大それた事でもないから、何事も無く成功して欲しい。
職員室の扉をノックしてから入ると、ほとんどの教員が揃っていた。一斉にこちらを向いた彼らは、私の姿を確認するとそのままわたが携えているバスケットに注目した。
「あら、メリル、それはもしかして……」
「ええ、毎年恒例の差し入れです。今年はジャムに挑戦してみました」
バスケットを顔の高さまで持ち上げて言うと、室内で歓声が上がった。いそいそと寄ってきたポモーナにバスケットを託し、私はするりと職員室を出た。
向かうは闇の魔術に対する防衛術の教室。幸運なことに職員室にクィリナスはいなかったため、面と向かって確実に食べるよう念押しできる。それに、さっきルーンを刻んだスプーンも使ってもらわないと。
クィリナスは予想通り教室にいたため、私はジャムとクラッカー、スプーンのセットを彼に手渡した。できるだけ早く食べて欲しいと言葉を添えて。
他の先生方と同じくすでに若干顔色が悪いクィリナスは、「もちろんです」ととても喜んでくれた。騙し討ちするような形になることへほんのちょっぴり罪悪感を覚えながら、私はその場を後にした。
スプーンのつぼ部分の裏面に刻んだルーンはハガルとニイド。それぞれ魔除けと守護を意味する。その上、今回の差し入れであるナナカマドはケルト魔術において守護の意を持ち、白樺も守護や浄化の役目を負っている。つまり、クィリナス自身を守り彼を害する何かを排するように、同じ力を持つもの同士を掛け合わせたのだ。ルーン魔術は元々ルーン同士を掛け合わせることも可能なために実現している方法だ。以前セブルスに渡したサシェも同じ手法で作っている。かなり魔力を消費するから、量産できないのがネックだが。
今日の本当の目的を達成したところで、私は地下牢教室へ足を向けた。クィリナスと同じく、職員室にいなかった魔法薬学教授さんにお届け物だ。
地下へ向かう階段の側に来たその時。
「「ヴァレー先生」」
二方向から声を掛けられ、私は思わずその場でキョロキョロと辺りを見回してしまった。すると、階段からはドラコが、反対の廊下からはハーマイオニーがそれぞれ足早に近付いてきた。
「こんにちは、2人とも。どうしたの?」
「こんにちは、先生。私、先生に聞きたい事があって」
「それは僕も同じだ。僕の方が先に声を掛けたのだがら、答えてもらうのも僕が先だ」
「私の方が先に先生を呼んだわ」
ムッとした顔のハーマイオニーのドラコが睨み合う。心做しか両者の間に火花が見える気がする。
「ええっと、とりあえず移動しましょうか」
私は2人と共に少し開けたスペースに移動した。あそこでは通行の妨げになってしまう。
近くの石段に腰掛け、両隣に2人を座らせる。それぞれに質問箇所を示してもらうと、何と偶然にも同じ所だったため、少しホッとした。別だったらどちらから説明するかで、また喧嘩になっていただろうから。
何回か質問と説明を繰り返していると、段々子供たち2人で議論するタイミングも増えていった。その光景を見ながら、私は懐かしい気分を味わっていた。
学生時代、セブルスとこんな風に本や教科書を挟みながら議論を交わしたものだった。時には教科書に文句を言いながら、時に論文を探し出すのに苦労しながら。
そんな風にしみじみと感慨に浸っていると、くいくいと袖を引かれて私は現実に引き戻された。
「先生、大丈夫ですか?何度か呼んだのですが反応が無くて……」
ドラコが心配そうに眉を顰めてこちらを見ていた。反対隣に顔を向けるとハーマイオニーも同じ様な表情をしている。どうやら2人に心配をかけてしまったようだ。
「ごめんなさいね。私は大丈夫よ。学生時代を思い出して懐かしかっただけ」
にこりと微笑むと、2人はホッとしたような顔をした。知らない間に息ぴったりになっていたようだ。ハーマイオニーもドラコも優秀だから話が合うのかもしれない。
ちなみに、いつの間に参加していたのか、ハッフルパフの生徒が1人、レイブンクローの生徒が1人、スリザリンの生徒が1人、私の背中から教科書を覗いて、時々議論に加わっていた。全寮揃い踏みである。長年ホグワーツにいる私でも、全ての寮の生徒が揃ったグループは初めて見た。特にグリフィンドールとスリザリンが険悪な事が多いから。
貴重な瞬間に不思議な感慨を覚えつつ、できる限り生徒たちの疑問に答えてその場は解散とした。最後まで残ったハーマイオニーが、満足そうな笑みを浮かべてお礼を言ってくれた。
「先生、ありがとうございました」
「どういたしまして。ハーマイオニーとドラコは話が合いそうね」
「そ、そうでしょうか……」
「ええ。これを機に友達になればいいんじゃないかしら。一緒にレポートを作ったり研究したらより良い物ができるかもしれないわ」
「ふん、僕は1人でも優秀だが、グレンジャーに手助けさせてやってもいい」
ドラコの言い方にムッとした表情になったハーマイオニーが口を開く前に、「ドラコ、言い方も内容も悪いわよ」と諌めた。
「対等な間柄だから友人と言うのよ。貴方の家のような貴族では当たり前のことではないかもしれないけれど、対等で気兼ね無く付き合える友人というものは得難く、大切なものよ。また、それを得る機会も決して多くはない。そして、今がその時なのよ。貴方はどうする?」
グッと押し黙ったドラコと視線を合わせて、そのまま見つめる。薄いグレーの瞳の奥が揺れていることがよく分かる。
教員間で共有される情報や私が実際見た今までの言動から、マルフォイ家が純血主義であり、マグル出身者を下に見がちであることは分かっている。ドラコは生まれた時からその環境にいるからその価値観が当然と思って生きてきたわけで、ここで急にマグル出身者、しかもスリザリンと敵対しがちなグリフィンドールの者と友人となるのはハードルが高いに違いない。しかし、それはハーマイオニーも同じだ。今まで諍いの多いスリザリン出身者で、明らかに見下してきていた相手だ。彼女が積極的にスリザリンと敵対しているとは聞いたことは無いが、気分が良いものではないだろう。
「ハーマイオニーはどう思う?寮とか家とか関係無く、ドラコ個人について」
くるりと振り返って今度はハーマイオニーと目線を合わすと、彼女は考えるように下を向いた。しかし、すぐに顔を上げて私を意思の強い目で見返してきた。
「……ドラコ・マルフォイ個人は、頭が良いです。それに、横柄だし嫌味っぽいしすぐに絡んでくるけど、いつも一緒にいるクラッブとゴイルが嫌々そうじゃないから、仲間思いなのだと思います」
「主観は入っているけれど、中々的確ね」
「あ、ありがとうございます……」
すごく複雑な表情でお礼を言われてしまった。うーん、さすがにすぐに友達にはなれないわよね。それに、人に言われてなる物でもないし。
「ドラコ、貴方はハーマイオニー・グレンジャーをどう思う?もちろん出身や寮関係無く、彼女個人について」
ドラコに再度向き直ると、彼は何かを言いかけて1度口を閉ざし、下を向いて考え込んでしまった。
わだかまりのある相手を、しがらみ無しに評価するのは非常に難しいことだ。大人でさえも。
それでも、考える練習はしておくに越したことはない。ホグワーツを卒業すれば寮なんて関係無く、否応無しに様々な人間と関わっていかなければならないからだ。特にマルフォイ家は手広く事業をしているから、マグル出身者だから関わらない、なんてことはできないだろう。
ホグワーツで集団生活するメリットは、色々な人間を見られることだ。この学び舎で過ごす中で、人を見る目を養うことも重要なのである。もちろんそれはハーマイオニーにも言えることだけれど。
しばしの後、ドラコは下を向いたまま口を開いた。
「……ハーマイオニー・グレンジャーは優秀です。賢く、知識の応用もできます。ホグワーツ急行で初対面の人間のペットを探してやるような、お人好しです」
「ドラコ?」
「……優しさを持っています」
若干言わせた感もあるが、まあ良しとしよう。
「さて、お互いの評価を言ってもらったところで提案があるわ。2人共すぐに友達になるのは難しいでしょう?だから、お試し期間を設けるのはどう?」
「「お試し期間?」」
子供たちは揃ってぽかんとした顔になった。
あら、こんな所も息ぴったり。
「そうよ。お互いに友人だと思って接してみるの。もちろんその期間の中で、相手本人と絶対に合わないと思えば友人にならないのも貴方たちの自由よ。人に言われてなる物でもないし。だから、これは私のお節介だけれど、試してみて欲しい。どう?」
子供たちはびっくりした表情のまま、お互いに顔を見合わせた。そして、そのまま一緒に再度私の方を見た。
「ドラコ、貴方はどう?」
私が声を掛けると、ドラコは一瞬ビクっと肩を震わせて、「……ち、父が何て言うか」と小さく零した。ドラコにとっては、尊敬する父親であり、絶対の対象なのだ。どう言われるか不安になるのも無理は無い。
「何か言われたら、私に言われたからってお伝えなさい。Mr.マルフォイは私がどんな人間か、ある程度把握してらっしゃる筈だから」
「……分かりました」
「それで、どうする?試してみる?やめておく?」
「…………いえ、僕は構いません。グレンジャーさえ良ければ」
その答えに微笑んで頷き、今度はハーマイオニーに「貴女はどうする?」と問い掛けた。
ハーマイオニーの答えは明快だった。
「私、やってみます」
「そう、良かったわ」
ハーマイオニーにも微笑むと、彼女も笑みを返してくれたが「でも」と言葉を続けた。
「友達のお試しって何をすれば良いんでしょうか?」
聞き返され、私も一瞬言葉に詰まってしまった。思い付きを提案したのもあるし、私自身友達は多くない──むしろ片手で足りるくらい少ない──からだ。それがどうして「お試し期間」という発想が出てきたかというと、簡単に言うと小説で出てくるからだ。「恋人のお試し」という形で。恋人でできるなら友人でもできるだろうという、我ながらとても安易な考えだが、子供たちが素直に飲み込んでくれたからには全面的に協力しなければならない。
アー、本には何て書いてあっただろうか……お試しの第一段階は、確か……。
「そうね、お互いに名前で呼び合うとかどう?」
「私は構いません。向こうさえ良ければ」
「僕も構いません」
「良かったわ。後は、そうね、無理しなくていいけれど、少しだけ意識的に話す頻度を上げる、とかかしら?貴方たちがお互いに友達の扱いをすれば良いと思うわ」
「「分かりました」」
子供たちが素直にこっくりと頷いた時、急に背後から「……ここで何をしている」と地を這うような声音が聞こえた。
3人揃って飛び上がって驚いた。慌てて振り向くと、不審そうな表情のセブルスがこちらを見ていた。
ドラコはパッと顔を輝かせ、反対にハーマイオニーは眉を顰めた。まるで対極である。
「もう夕食の時間だ」
「え、もう?2人共引き止めてごめんなさいね。一緒に大広間まで行きましょう。セブルスも」
「我輩は結構だ」
黒衣を翻して歩き始めたセブルスに、子供たちを促して追い付く。
「向かう場所は同じなのだから、一緒に行かずとも合流することになるわ、こんな風にね」
「それは君が追い付いてきたからだろう」
「私たち、隣同士の席なのよ?追い付こうとしなくても追い付けるわ」
「ふん、そうかね」
私たちが喋りながら歩く後ろで、ちらちらとこちらを見ながらドラコとハーマイオニーがひそひそと話していた。
「……ヴァレー先生の方がスネイプ先生より強いのかしら?どう思う?ドラコ」
「強いかどうかは分からないが、仲は良さそうに見える。君はどう思う、ハーマイオニー」
「そうね……仲は良さそうよね」
すぐ前にいるのだから小声で話していても丸聞こえなのだが、そういうところは2人もまだまだ子供なのだなと実感させる。さっそく名前で呼び合っているようだし、素直な子たちでこちらとしては嬉しい限りだ。
何故かセブルスからの視線をちらちら受けながらも、私たちは大広間に到着した。子供たちがそれぞれの寮のテーブルへ小走りに向かうのを横目に、私とセブルスも教員席に座る。
すぐに始まった夕食に舌鼓を打っていると、セブルスが「どういうことだ」と話し掛けてきた。
「何の話?」
「ドラコとMiss.グレンジャーだ。あの2人は名前で呼び合う程仲良くはなかっただろう」
「ああ、お試し期間中なのよ」
「……何だと?」
セブルスの顔にありありと「心底意味が分からない」と書いてある。私は経緯を軽く説明したが、セブルスの表情は晴れなかった。
「何か問題でも?」
「いや、……ルシウスが何と言うか」
「Mr.マルフォイ?貴方もドラコと同じ事を言うのね」
軽くため息を吐く。
「Mr.マルフォイってそんなに厳しい人だったかしら?学生時代話した時もクリスマスに貰った手紙も、とても紳士的だったイメージがあるのだけれど」
「厳しいという訳ではな……何だと?」
言いかけて、セブルスは眉を上げながらこちらを見た。その訝しげな表情にこちらが首を傾げた。
「何か変なこと言った?」
「昔話したことがあるのは聞いていたが、クリスマスに手紙?最近の話か」
「ええ、昨年のクリスマスに頂いたのよ。ドラコから私がホグワーツで働いてるって聞いて送ってくれたみたい」
「何と書いてあった」
「え?ええっと……『セブルスとの親交は続いているだろうか?』『またいずれ』とあったわ」
「『またいずれ』だと……?」
セブルスの眉間の皺がググッと寄る。何なら一瞬黒の瞳がギラッと光った気もする。
どうしてそこで引っ掛かるのか全く分からない。
「アー、何か問題が?」
「…………何でも無い」
いや、絶対何かあるでしょう、その言い方。
聞き出したかったが、セブルスがふいっと視線を逸らして夕食を再開してしまったため追及できなくなってしまった。気にはなったが、こうなってしまったら彼は話してくれないことは良く分かっているため、少し残念に思いながらも聞き出すのは諦めた。
そういえば、ジャムとスコーンをセブルスに渡しそびれてしまった。この後も仕事があるからお茶はできないが、保存魔法はかけてあるから急ぐことではない。けれど、出来たてを渡せなかったのは残念だった。
試験が近付くにつれ、図書館だけではなく、中庭や大広間で勉強する生徒が増えてきた。教科担当の教師だけでなく、私に質問する子も増えてきて、中々に慌ただしく日々を過ごしている。
ある時大広間を通りかかると、丁度見覚えのあるプラチナブロンドと茶色の癖毛が目に入った。どうやら同じ本を共有しながら試験勉強をしているようだ。しかもスリザリンのテーブルで。ハーマイオニーにとってはかなり勇気のいることだっただろう。その証拠に、寮問わず大広間に入ってきた色んな生徒から一瞬ギョッとした目で見られている。何ならスリザリンとグリフィンドールの子たちからはチラチラと見続けられているのだから、彼女の精神力は中々の物だ。
将来大物になりそうだなと思って通り過ぎようとした時、ひらりと赤色が翻ったのを視界の隅に捉えた。思わず振り返ると、これまた見覚えのある赤毛と黒色の癖毛が。
そのまま見続けていると、ロンとハリーはドラコと話しているハーマイオニーへと走り寄った。少年たちの顔は顰めっ面で、不満が全面的に現れている。
「ハーマイオニー、何でこんな奴と勉強してるんだよ」
ロンが早速喧嘩腰で突っかかっていく。ハリーもうんうんと頷いている。ハーマイオニーは少し眉を顰めて、ロンとハリーを振り返った。
「私が誰と勉強してても構わないでしょう?それにドラコは本を探すのが上手いのよ」
「『ドラコ』だって?マルフォイのことを言っているのか?」
ロンが苛ついたように大袈裟に肩を竦めた。ハーマイオニーだけでなくドラコもムッとした表情になっている。剣呑な気配を感じ、私はそうっと子供たちに近付いた。
「だったら何?私がどう呼ぼうと貴方たちには関係無いでしょ」
「大ありだよ。ハーマイオニー、君はグリフィンドールだぜ?」
「僕たちとグリフィンドールのテーブルで勉強したらいいじゃないか」
刺々しい口調でロンとハリーが言い募るが、ハーマイオニーは呆れたようにため息を吐いた。
「もうっ!今はドラコと勉強してるのよ。後でグリフィンドールのテーブルに行くわ」
「今来たらいいだろ」
痺れを切らしたロンが、ハーマイオニーの二の腕を掴んで引っ張った。驚いたハーマイオニーがバランスを崩す。
私は慌てて駆け寄るが、間に合わない。と思った瞬間。
「さっきから黙って聞いていれば、お前たちは勝手過ぎる。そんなのは紳士的じゃない」
椅子から転がり落ちそうになったハーマイオニーの肩を支えたのは、彼女の向こう側に座っていたドラコだ。さすがに我慢ならなかったらしい。
ハーマイオニーを改めて椅子に座らせて彼女を庇うように前に出たドラコは、キッとロンとハリーを睨み付けた。
「彼女は僕と勉強しているんだ。今は遠慮してもらおうか」
「何だって!?」
カッとなったロンがドラコの胸元に掴みかかると同時。私が制止の声を上げるのと赤毛の2人組が滑り込んで来たのは同じタイミングだった。
「おっと兄弟、それ以上は本当にダメだぜ?」
「今回はマルフォイの坊ちゃんが正しい」
「それに喧嘩はマズイ、減点されちまう」
「でもこれは僕たちが止めたからセーフですよね、ヴァレー先生?」
ドラコを背に庇ったフレッドとロンを後ろから止めたジョージが、走り寄った私にニカッと笑いかけた。その言葉に、他の子供たちもバッとこちらを振り返る。どうやら今まで私の存在に気付いていなかったらしい。
喧嘩はギリギリのところで止まったけれど、私は溜息を吐いた。
「アウトかセーフかの問題ではないわ。ロン、ホグワーツでは喧嘩は減点対象よ、グリフィンドールから5点減点」
ロンがそっぽを向き、双子が「「えー!」」と抗議の声を上げるのに「ただし」と続ける。
「フレッド、ジョージ。上級生として下級生を止めたことに対して5点加点よ」
「「1人5点?」」
「2人で5点よ」
「「それは残念」」
ケラケラと笑った双子は、展開の早さに目を白黒させているハリーとまだへそを曲げているロンの肩を抱いてグリフィンドールのテーブルへと歩いて行った。あちらはあの2人に任せておいて大丈夫だろう。
私は残る2人へ向き直った。
「ドラコ、ハーマイオニー、怪我は無いわね?」
「はい、大丈夫です」
「問題ありません」
「よろしい。勉強は順調かしら?」
「とっても!もちろんハリーやロンと勉強するのも良いけど、ドラコとの勉強はまた違う楽しさがあります」
にこにこ笑うハーマイオニーは目を煌めかせて話してくれた。ドラコも、照れたのかほんのり白い頬を上気させつつ満更でもない様子だ。
切磋琢磨していける間柄になりそうだな、と安心できるような光景だった。欲を言えば、ハーマイオニー繋がりでハリーやロンとも仲良くなればいいなと思うけれど、さっきのロンの態度を鑑みるにそれはちょっと高望みかもしれない。
2人に「勉強頑張ってね」と声を掛けて、私は大広間を立ち去った。
試験準備期間はもちろん、試験期間中も私は大忙しだ。試験場での準備や試験監督、後片付けで目が回りそう。その上、採点できない分、書類仕事等の雑務を引き受けている。
そう、端的に言って、私は疲れていたのだ。
その日は、ミネルバとポモーナの書類を処理──私が手を出して良い物に限ってだが──してからセブルスの所に手伝いに来ていた。外はもうとっくに真っ暗で、書類をひたすら捌いていたらいつの間にか時計の針が頂点を回っていた。
数日前から不機嫌なセブルスは今日も不穏な空気を纏っており、室内の空気は非常に重い。
あらかた書類を仕上げた私は、お茶を淹れようかと腰を上げた。
「セブルス」
「……何だ」
「休憩にしましょう。お茶を淹れるわ、キッチンを借りても?」
セブルスは無言で杖を振り、私室の扉の鍵を開けた。私はお礼を言ってからキッチンへと向かった。
ハーブティーを淹れて戻ってくる頃には、セブルス側の仕事も一段落ついたらしく、眉間にそれはもう深い皺を作りながらもティーセットを置いたテーブルの側に歩み寄って来た。
そのタイミングで、私はセブルスにまだナナカマドのジャムを渡していないことを思い出した。試験が始まる前に渡そうと思っていたのだが、隙間時間さえ無い程補助に奔走していたため渡せなかったのだ。こうやってセブルスとお茶をするのも久しぶりなぐらいなのだ。
私はウエストポーチからジャムの詰まった瓶とクラッカーを取り出し、ことりとテーブルの上に置いた。すると、何故かセブルスの顔が強張った。
「セブルス、これ──って、何故そんな顔を?」
「──我輩への施しかね」
「何ですって?」
予想外の言葉に、思わず語気を強めて聞き返してしまった。自分の眉間に皺が寄るのが分かる。
「君は毎年職員室に差し入れを持って来ていることは把握していた。我輩もおこぼれに預かったからな。しかし、今年はわざわざ奴の部屋まで届けに行ったらしいではないか。例年ならばそのような特別措置はしていなかったはずだ」
「ま、待って、セブルス、奴ってクィリナスのこと?」
何が琴線に触れたのか分からないが、立て板に水の如く捲し立てるセブルス。困惑した私は、何とか話の流れから推測した人物名を挙げるが、彼はフンと鼻息を吐いて唇を歪めた。
「白を切る気かね?いやはや君ともあろう者が。奴から直接聞いたとも、そのジャムの味の感想と共にな。とても食べやすく美味しかったと好評だったぞ。そのすぐ後に我輩がそれを食べていないと知って酷く申し訳なさそうにしていたが」
セブルスが苛立たし気に自身の髪をかき混ぜる。何をそんなに怒っているのか、皆目検討が付かなくて、私はただただ混乱の只中にいた。
「どうせ奴から聞いたのだろう?我輩がそれを食べていないことを。それでお優しい君は、わざわざ我輩の所までそれを持って来てくれたという訳だ。美しい同情だな!」
ハッと嘲笑を浮かべたセブルスが私を睨み付ける。何故そんなとんでもない誤解をしているかは分からないが、今理解できるのは謂れの無いことで責められているという事実だ。濡れ衣にも程がある。
グツグツと私の中で怒りが燃えてくる。
「……同情なんかじゃないわ。まして、施しでもない」
「だったら何だと言うのかね?十二分に忙しい君が、わざわざそれを持って来る理由が他にあるとでも?」
有り得ない、と表情で主張するセブルスに、私は頭の中がカッと熱くなった。
「何よ!一緒に食べたいと思って何が悪いの!?これだって、最初から貴方用に取り分けていた分よ!」
「嘘だ!今までそんなことはしていなかっただろう!」
「今までは必要無かったもの!それにこれには事情があるのよ!」
「うるさい!その事情とやらも大したことないのだろう!」
「違うわ!セブルス、聞いて!」
「黙れ!私を憐れむな!出ていけ!」
「っ!」
息が止まった。
氷水を浴びたかのように、沸騰していた頭が急速に冷めていく。
フーッフーッと荒い息を吐きながらも、セブルスは私を睨み付けたままだ。何も耳に入れてくれなさそうなその様子に、悲しくて涙が滲む。でも、それを零すのは私のプライドが許さなかった。震える拳を握り締め、目に力を入れて涙を抑え込み、私はセブルスと視線を合わせた。
「……本当に、貴方用に取って置いたのよ。試験前に渡したかったけれど、時間が無かったの。……食べたくなかったら、捨ててちょうだい」
声が震えないように必死で平静を保ち、何とかそれだけを言い切った私は、黒の瞳が僅かに揺れたのを気付かないフリをしてその場を後にした。
部屋に戻っても誰も追いかけて来なくて、知らず期待していた自分にまた傷ついた。
試験が終わる、前日の夜のことだった。
9話目です。あと1、2話で終わると言ったな、あれは嘘だ(まがお) いや、真実にしたかったんですが!無理な予感しかしません! 無自覚嫉妬なセブルスを書きたかった、後悔は無いです。喧嘩って書くの難しくないですか?私だけでしょうか……。