さて、この街に来て一週間の月日が過ぎた。一週間も過ぎれば街にも馴染むもので、行きつけの八百屋なんかが出来たりして、メイド付きの一人暮らしを謳歌することができている。それは一人暮らしじゃない? そうかも。
さて、僕は先ほどある程度慣れてきたという言葉を発したと思う。実際、結構慣れてきて、現在の住処である【
「これ……どっちに行ったら学校だ……?」
街は広い。【
端的に言うと、僕、リリネ・マリオネルは十六歳にして迷子になっていた。
……いや、待って欲しい。言い訳をさせて欲しい。
普段は外を一人で歩くなんてこと滅多になくて、入学式に行くことになったのだからそれなりに舞い上がってしまっていたことは認めよう。周りは知らないものばかりで、入学式に向かう道中で気になったものがあるとよく観察してしまって行き道から外れてしまったのも僕の落ち度であると認めるさ。しかもアフィンに「私がお側にいないのですから寄り道はしないようにしてくださいね」なんて言われたのにこれだ。
どう考えても僕が悪かった。
「え〜……どうしよう。時間的にはあと一時間くらい余裕あるけど……」
時間的な余裕はあるが、そもそも学校からどのくらい離れているのかもわからない。何回か物珍しい魔法生物なんかを追いかけている間に裏路地とかも通ったし、絶対にメインストリートではないのだろう。
周りは住宅街のようで、道行く人は散歩をしてるお婆さん、犬の散歩をしているおじさん、道に落書きをしている幼女くらいで、どうも人通りもない。目標(めじるし)もないし、学校は山の上にあって見えているけれど、どのようにして動けばそこに辿り着くのか道筋がわからない。
控えめに言って詰んでいた。本当にもう、どうしようもなく詰んでしまっていたのだ。
しかし、ここで普通の人ならおそらく人に助けを乞うのだろう。この街は魔術学園都市。この街の中心とも言える学校への道筋なんて誰もが知っているものだろうから、道案内できないのは先に挙げた人物の中でも幼女くらいだ。
そしてここで僕最大の欠点なのだが。人と話すことができないのだ。
人と話せない。それは僕の欠点の中でどうしようもないもので、治る兆候の見えないものなのである。そりゃ、家では家族以外には敬語で話されてきたし、お客さんが来たり外に出て人と話す機会があったとしてもそれは友達とかって気安い関係じゃなくてもっとこう、お互いがお互いのことを探るようなやり取りしか経験がない。
つまるところ僕は対人として人と話したことが本当に極端にないのである。この街に来るまでだって人と話さないといけないタイミングが来たらアフィンが代わりに話してくれてたし……とにかく人と話すのがとことん苦手なのである。具体的な症例としてはもう固まって愛想笑いしかできなくなるし、ガチガチになった対応しかできない。鉄仮面被った冷たい奴みたいな反応をしてしまうことになる。
「まずい……なんとかメインストリートに戻るか? それともガムシャラに上に向かっていくか……? アフィンを呼ぶのはダメだ。絶対に怒られる。さて、どうしたらいい? どうすれは穏便に済む……?」
腕を組んで考える。さて、どうすれば学校に時間内に辿り着く? どうすればいい? 入学式にどうすれば間に合う?
「ねぇ、ちょっと」
頭をフル回転させる。考えろ。考えろ。家を出るってことはこういう時に助けてくれる人がすぐそばに居ないってことなんだ。考えろ。僕にできることはなんだ。
「ねぇってば。聞いてる? おーい!」
仕方ない……これで入学式に行けなかったら洒落にならない。ここは一度アフィンを呼び出して……。
「ボクの話を聞けぇ!」
「!?」
唐突に目の前でガーッ! 大声が聞こえてきて衝動的に身構えた。
立っていたのは、褐色の少女だった。白い短髪に褐色の肌。青い制服に身を包み、腰に手を当てているその少女は本来ならばネクタイかリボンをつけているはずの場所に何もつけずに、第一ボタンまで開けっぱなしにしたまま、ムスッとした顔を僕に向けていた。スカートは膝上五……七センチほどだろうか。晒された生足がやけに艶かしい。
可愛らしい少女だ。この手の少女は初めて出会う。
「ボク何回も呼んだよね? なんで無視するのかな?」
「あ、いや……」
「というか、君見たことない顔だね? 外から来たの? こんなところで何してるわけ?」
「あー、その……」
「制服ってことは学生だよね? 何年生? 高等部? 中等部? いや、待ってね。当てるから……中等部一年と見た! どう? 当たってる?」
少女はこちらの言葉に耳を貸すこともなくただひたすらに自分の思いつくことを羅列すると、最後に八重歯を見せた気持ちのいい笑顔で僕の方を向いた。元気な少女だ。今まで出会ったことのないタイプである。裏のない顔と言えばいいのか、何も隠し事をしていない顔だ。
「……あぁ、そうだ。高等部一年生という扱いになる」
「やっぱし! うんうん。ボクの見立ては正しかったわけだ。今日入学式だもんね? しかも外から来るような子だもん。新入生かなってさ! って高等部!?」
「あぁ、高等部だ」
「高等部一年ってことは……じゃあ同級生だね!」
何やら僕が高等部の学生であることに驚いてるんだけどこれはあれか? やっぱり身長か? 身長が足りないってことなのか? 今朝もアフィンに「東洋には馬子にも衣装という言葉があるそうですよ」って言われたばかりなんだ。子どもっぽいのは気にしてるからやめてくれ。
といっても彼女と身長にそこまでの差があるようには思えない……いや、僕は当然のように負けてるんだけども。彼女の方が多分背が高いんだけどさ。それでもアフィンほど高いわけじゃないし……。
「あ、自己紹介がまだだったよね? ボクはエレン! 君の名前は?」
「リリネだ」
「リリネかぁ〜! 可愛い名前してるね?」
「そうか」
「あ! 別に変な意味じゃないんだ! 嫌な気持ちになったならごめんね?」
「いや、気にしていない」
「そう?」
「あぁ」
「…………」
「…………」
はい。わかったかな? 僕が会話を苦手とする理由が。
そもそも身内が他人と話しているのすらお呼ばれしたパーティーでくらいしか見たことがないような人間なんだから、人と話す経験値が足りないのだ。家族と話すのと、見ず知らずの他人と話すのではそもそも会話の質が違う。
したがって僕が誰かと話そうとすると父上の真似になってしまうのだ。父上が人と話す時はこんな感じで話してたから、その真似事をしなければ人ととても話せない。
一応、普通の話し方も本なんかで読んだことがある分は知ってるんだけど、それを適切に使える気がしない。よって、上手く話せない。
だから固い話し方で、威圧的な話し方しかすることができないのである。とても哀れだと思いませんか? 僕は思う。こうなるんだったら初めからアフィンを連れてくるんだった。この子のこと怖がらせてるじゃんか。
「本当に気にしてないんだ。その、人と上手く話せなくてな。このような話し方しかできずすまない」
「え? あぁ! いやいや! 別に気にしてないよ! ボクがちょっと地雷踏んじゃったのかな? って思っただけだから! リリネは悪くないよ! うん! 全然! これっぽっちも!」
ほら、気を使わせてしまってる。同い年の女の子と話すような経験僕にはほとんどないんだぞ。どうするんだ。ここから気の利いたことでも言うのか? 無理無理無理。兄上なら上手く話せるのかもしれないが
どうにかならないか……は! そうか。気まずい空気を一新してしまえばいいのだ。つまり、話題を変えるのである。天才か? 天才だった。やっぱりなー、賢くて応用の効く天才だからこそ思いつく打開策があるもんなんだよなー。これはアフィンに褒めてもらわないとなぁー!
「そうだ。ここから入学式の会場に行く方法を教えてもらってもいいか? この街にまだ不慣れで迷ってしまってな」
「あぁ! それでこんな学校とは真逆の住宅街でウロウロしてたんだ?」
「真逆?」
僕はどんなルートを通ったんだ。
「そうなら話は早いよ! ついてきて!」
少女は僕の右腕を掴んで走り出す。踏み出すのは海の見える街の南側だ。学校とは逆方向のように思える。
「逆方向じゃないか?」
「とっておきの抜け道があるんだよ。リリネはボクについてくるだけでいいよ!」
八重歯を光らせながら、少女は僕の方へ振り返ってそう言った。
× × ×
「とうちゃ〜く!」
「……間に合ったな」
エレンの言う通り、抜け道というか獣道というかここ通っちゃダメだろみたいな道をたくさん抜けること二十分。僕たちは入学式の会場と思われる場所にまでたどり着くことができた。周りにもチラホラとおそらく僕たちと同じ同級生に当たる人たちがいて、それぞれが人と話したり、分厚い魔導書を開いて読んだり、杖をクルクルと弄んだり、使い魔に命令を下している。
ここにいる全ての人間が魔術師なのだ。当たり前のことを再度確認させられる。
「……エレンさんのおかげで無事辿り着くことができた。感謝する」
「へ? いいっていいって! ボク楽しかったし! というか“さん”付けなんて他人ぎょーぎだよ! 呼び捨てでいいってば!」
「そうか。ではエレンと呼ばせてもらう」
「えへへ、ボクもそっちの方が今後やりやすいよ。友達が他人ぎょーぎだと寂しいしね」
……え? これはあれか? 友達か? 友達になる感じなのか?
外の世界はすごい。僕があんなにも望んだ友達がこんなにも早く手に入るだなんて。いや、待て落ち着け。詰めが甘いのが僕の悪いところだって何度もアフィンと先生に言われ続けてきたんだ。ここで簡単に舞い上がってはいけない。
「ね。これも何かの縁だし良かったら入学式一緒に出席しない? 折角友達になれたからリリネの話聞きたいな!」
「…………」
「? リリネ?」
「ん? あぁ、今まで友がいなかったからな。嬉しくて感動していただけだ」
「大袈裟だなぁ、ふふ、ボクと友達になれて嬉しい?」
「あぁ、嬉しいよ」
これ、大袈裟じゃないんです。エレンさん。
生まれて十六年。友達と呼べる存在はおらず、歳の近い人間と関わりを持つのは社交場くらいのものでそこでは父が関わらせてくれなかったり関わらせてくれるような子はそもそも他人行儀レベル100みたいなカチコチの子ばっかりで、友達と呼べるような相手ができたことがないのだ。
そんな僕が家の外に出て学校に通うとなった時にまず最初に欲しいと願ったのが友人である。
友達、物語の中に出てくるような仲間たち。何度も欲しいと願った友達の一人と出会えたのだ。この上ない喜びを今噛み締めているのである。
「あ、クラス分け出てる。え〜っとね〜」
喜びを噛み締めていると、エレンが5メートルくらい先に置いてある掲示板を見つけてそう言った。人がたくさん集まっているのもあいまってここからクラスは判別できない。近づかなくちゃ見えないな。
空いた頃に近づけばいいかな……と考えているとエレンが片目だけを開いて両手の指で窓を作り、目を覆った。
「
「!」
遠視。視力を強化して遠くにあるものを見る、肉体強化系の魔術の一つだ。眼球そのものに負荷をかけることになるから長時間の使用がおすすめされない魔術の一つで、使用者の力量によっては数キロ離れた場所も遠視することができる。まぁ、そのレベルで使い熟すことができる人材は稀だけど。
当たり前だけど、この学園に通う資格を手に入れているということはエレンも魔術師なのだ。さりげなく六級魔術を使っている辺り基礎は身につけているのだろう。勉強もしっかりしているらしい。
「リリネは……同じクラスだ! 1組だね!」
「そうか。友と同じクラスなのは嬉しいな」
「へへ! まるで運命みたいだね!」
可愛らしく微笑むエレンが頬を染める。魔術の解除まで随分と手慣れていた。どうやら肉体強化の魔術が得意らしい。
それにしても……まさか偶然道で出会った少女に迷子を助けてもらって、その上で念願の友達ができた上にクラスまで一緒なのか。大体クラスは一学年につき10に分かれていると聞いているので、確率としてはそこまで高くない筈だ。むしろ低いくらいだろう。そう考えれば彼女の言っていることも頷ける。
「確かに……運命的な出会いではあったな」
噛み締めるようにそう呟くとエレンが僕の背中を叩いた。驚いてよろけると先ほどまでと比較にならないほど顔を赤くした彼女が僕を睨んでいる。
「君、すごく人を誑かすセンスがあるよ」
「なんのことだ?」
「別に! なんでもなーい。ほら、行こ!」
エレンが僕の手を掴んで駆け出す。
ドーム型の会場は新入生が談笑して、今か今かと開会の瞬間を待ち望んでいた。
僕たちは新入生の人混みの中に駆け込むように会場へと足を踏み入れた。
褐色ボクっ子好き好き大好き。