幻想郷に住まう種族は多種多様、現代とは程遠い文明の世界だが人々は誰もかれもが平穏な暮らしをしていた。幻想郷を覆う結界の外から来た人間を外来人と呼ぶ。
そして彼女も外来人と呼ばれる人間である。特殊な能力を持つ彼女は幻想郷の創始者の一人である八雲紫自らが招いた客人。幻想郷では奇妙な異変が起こっていた。
「はぁ…なんで私の刀が包丁の代わりをする羽目に…」
と、博麗神社にて嘆いているのは半人半霊の庭師、魂魄妖夢。彼女が自慢する二振りの刀はニンジン、ジャガイモ、長ネギ、玉ねぎ、カボチャ、その他諸々の食材をひたすら切り続けていた。
「でも手が止まって無いじゃない。アンタの能力はまだまだ物を切りたくてたまらないって事でしょ。我慢しなさい」
冥界たる場所、白玉楼の半人半霊の庭師、魂魄妖夢。能力は剣術を扱う程度の能力。彼女の手は暫し止まらない。不本意ながら妖夢本人も解決策を思考することを放棄。そんな状態を異変解決を生業とするはずの博麗霊夢も、異変解決に普段から乗り気な霧雨魔理沙も眺め続けているだけだった。外来人、百合園樹里。彼女の来訪は幻想郷の賢者たる妖怪、八雲紫により仕組まれたもの。幻想郷各地で起こっている異変と何か関連があるのか否か、定かでは無い。剣術を扱う程度の能力の暴走として兎に角何でも良いから刀で斬りたいと言う感情を露わにしていた。能力がまるで生物のように所持者の制御から離れて好き放題し始める始末。所持者をどうにかしたところで収まるところを知らないようで、樹里は妖夢から悩みを聞いて提案したのだ。かれこれ三時間、妖夢の野太い声と共に彼女の腕、否、刀が動きを止めた。
「お、収まった…ようやく包丁係から解放されました!」
「おめっとさん」
「ごくろうさん」
魔理沙、霊夢がそれぞれそっけなく労った。彼女たちの心がこもっていない労いの言葉に
カチンと気ながらも堪えて、妖夢はふと誰もが抱える疑問を口にした。
「原因は何なのでしょうか。突然、起こった事ですよね」
「アンタの幻想入りと同時にね」
異変解決の専門家たる霊夢がジト目で樹里を睨む。彼女としては樹里が異変の首謀者と考えるのが妥当と思っているらしい。何でも良いが異変解決も面倒事が多いようで解決してくれれば案外、彼女は何でも良いらしい。
「こういう時こそ、見る程度の能力の出番だろ。異変の首謀者を予見したり、過去視をしたりして解決できないのか?」
「それが私に強く絡むのであれば、ね…。しょんないわねぇ、巫女さんがガンギマリな顔してるから、やるだけやるよ。成果が出なくても文句言わないでよ?」
一度瞼を閉じ、そして強く見たい未来を望んで開く。開かれた瞳孔が映すのは現時刻の
その場の景色では無い。色褪せた過去または未来のこの場所、もしくは別の場所。
無数のこれからの未来が凄まじい速度で切り替わり続ける。辿り着いた確定の未来を引き当てる。それは幻想郷に住まう人妖たちのあらゆる力が過剰に強まり、制御を失い、幻想郷を混乱させる異変。今、まさに起こっている異変。どういった能力でこの異変は起こるのだろうか。ここで考えても分からない。
同時にここは隔絶された亜空間。幻想郷の賢者たる八雲紫は幻想郷の為に必要とあらば流れる血の事など構うことなく冷酷な命令を下す。幻想郷の禁忌を犯した、かつては幻想郷の為に働く人間すらも奴隷の如く扱う。
「目覚めなさい」
心は失っていない。彼は八雲紫の眼を見る。
「怖いぜ?賢者様。愛国者の表情じゃねえだろ。愛しているのは国じゃねえけどさ」
「黙りなさい。何も探るな、詮索するな、考えるな。私が誰よりもここを愛し、ここの
為に命を賭している。生かして貰えるだけ感謝しなさい」
かつての冷静さは無く、不気味に歪む愛だけが彼女には残っている。幻想郷を愛する割に
彼女はほとんど幻想郷を出歩かず何をしているのだろうか。
既に彼女すらも何者かの術中に嵌まり、後手に回っている事を彼女自身は何も理解していない。その代わりに彼女に生殺与奪の権を握られた男は彼女よりは正常な思考回路をしていた。彼女の冷酷な振舞いは彼女なりの最後のSOSであることにもすぐに気付いた。
「―この幻想郷の異物を守りなさい。守れないなら、壊しなさい。人柱となりなさい」
始まる異変は外からの介入者だけが認知できる異変。外部からやって来た人間による影響は必ずや住人達にも影響を及ぼす。