幻想郷奇譚   作:瑠璃。

2 / 3
第二話「厄神と黒い狐」

後日、人里では妙な噂が流れていた。歩く流し雛を見ると呪われる、そんな噂だ。該当する人物について樹里は心当たりがある。無自覚な幸運の持ち主なのか、それとも不運を不運として捉えていないのかは定かでは無いが樹里は彼女に対してあまり嫌悪感を抱いていない。少なくとも話を聞かずに襲撃してくる頭のイカレた妖怪よりもずっと理性的で人間に寄り添おうとする良い妖怪であると分かっている。その思想に相手もかなり救われたらしく、彼女は「貴方の厄なら全部何時でも引き受けてあげる」と明言した。

 

「厄神が出たぞ!」

 

その一声で人々は我先にと建物の中に避難し、戸を閉じていく。がらんどうとなった人里にポツリと残された樹里に対して避難を促そうとする人間は誰一人存在しない。樹里の能力は見る程度の能力。彼女には通常人には見えない物すらも見える。彼女の眼に映った厄神は漏れ出た厄を制御する気が無いかのように見える。厄神、鍵山雛。人間に害を為そうと人里へ足を運んでいるわけでは無いようだ。こんな状況でも彼女は人間に友好的である。

 

「あら、久しぶりね。また厄が溜まってる。私が引き受けてあげる」

「嬉しいけど、引き受けた厄で貴方自身が苦しんでいるんじゃないの?」

 

元々厄神という事で忌避されていた彼女だがこれは異常である。外を出歩いていた人間たちがどんな用事すらも投げ打って屋内に避難する。雛自身は自分の能力の事を理解しており、忌避されるのも仕方なしと思っていた。そんな彼女でも人っ子一人いなくなった静かな人里の姿に思うところはあるようだが、首を横に振った。

 

「良いの。独りぼっちじゃないもの。貴方は不思議、厄はあるのに私の能力の影響を受けない。きっと幻想郷の外から来た人間だからかもね」

 

浮かべる微笑は寂しそうだ。無理やり張り付けたような笑顔に見える。だって見えてしまう。心を読むのはさとり妖怪の領分ではあるが、見る程度の能力はあらゆるものを見る力。それは他者の心も例外では無い。強い心はこちらが読もうとしなくても、自然とこちらに訴えかける。今の状況はおかしい、一人でも良い。でも一人になりたくない。周囲に誰もいない独りぼっちと、多数の人がいる中での独りぼっちは全く異なるのだ。音がある中で一人、人々の会話を耳にして人間の生活がどんなものかどんな事が流行しているのか楽しんでいた。今までの生活が無くなった。無くなって、ようやく色んな物が見えるようになる。誰もかれもが避け続け、触れる事どころか目を合わせる事すら嫌がる中で彼女だけが厄神の眼を見て、手を掴んだ。

 

「きっとこれは異変だよ。異変なら、解決することが出来るはず。私はこれでも探偵って呼ばれてる。どーんと任せてよ」

 

人がいなくなった人里に残っている二人。外来人と厄神。外来人が厄神にあれこれ質問をする。決して彼女を責め立てるつもりでは無い。彼女の語る言葉から異変に関する手がかりを引き出す為に必要なのだ。全てが視えるからと言って万能では無い。当事者の話から立てる推測も非常に重要だ。

 

「一体何時からこんな事が起こってるの?今日からって訳では無さそうだよね」

「そうね…ごめんなさい。あんまり具体的に覚えていないわ。少なくとも昨日から、かしら。私よりも人間の方が知ってるんじゃないかしら」

 

言われてみれば確かに。

 

「雛さん、この人初めて見たな~って人と会った?私みたいな外来人って感じの人~とか

あ、人里だけじゃなくて妖怪の山でも良いよ」

 

誰かによって仕掛けられたものかもしれない。幻術か洗脳か、それは分からないが。雛はここ最近、いつどこで誰と言葉を交わしたか記憶を呼び起こしているようだ。早くしろと急かすことなく、樹里は気を長くして待ち続けていた。その最中、不意に強い風が吹いた。

 

「ふぎゃ!?なんか目に入ったった!」

「大変!擦っちゃ駄目、取れなくなっちゃう!」

 

彼女の事を心配して伸ばした手が寸前で止まってしまう。雛は自分で分かっている。今、樹里に触れたら特大の厄が彼女に降り注いでしまう。寸前で止まり、降ろされようとした手に柔らかい感触が伝わり、眼を見開く。

 

「え?…黒い、狐?」

「ん?狐?」

 

眼をギュッと瞑っている樹里はそれに気付いていない。突然雛の肩に乗って来た黒い狐。小さい手が雛の手の甲に伸ばされる。雛は大きく深呼吸する。

 

「大丈夫。この子は、私を嫌わない」

 

雛の手が樹里の肌に触れた。目元に張り付いてしまった塵を取り除くと彼女は目を開いてようやく雛の言う黒い狐を視認した。狐は雛の肩から樹里へと飛び込む。当然落とすわけには行かず、樹里は狐を抱き留めた。訳が分からず雛の方を見ると彼女は自分の手を見て眼を丸くしていた。

 

「嘘…制御できる。元に、戻ってる!」

「―解呪したからな」

「シャベッタァァァァァァ!!」

 

黒い狐は困り顔で苦笑しているような表情。雛はこの程度、幻想郷では普通では?と言いたげな顔をしていた。すぐに平静を取り戻した樹里は一度沈黙し、考え直す。確かに、ここは幻想郷。人語を喋る狐も特別変では無い、だろう。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。