何かしらの術中に嵌まっていた鍵山雛。彼女の術が突如現れた黒い狐によって解除されたことで雛もようやく今の幻想郷を襲っている異変について気付いたようだ。
「そんなこと、誰も言っていなかったわ。あちこち飛び回る烏天狗の新聞記者も、守矢神社の巫女も、勿論博麗の巫女も」
「霊夢も…。まぁ確かに。何かあればなんだかんだ言いながら動くだろうし。それよりアグレッシブに動き回るはずの魔理沙も異変解決するぞ!って感じでは無いかな」
どちらかと言うと異変だと騒ぎ立てがちなのは霧雨魔理沙。二人が揃って動かないのは珍しい。雛のように異変という認識が無いのかもしれない。
「それにしても、この狐。何なの?」
樹里の腕の中に納まっていた黒い狐も顔を上げた。
「悪いな。特定の場所ではこの姿がデフォルトなんだ。そうだな…この姿では北斗と言う名前で呼んでくれ」
「狐は仮初の姿と?」
「変化する妖怪は珍しく無いわ。人里で見かける狸がいるじゃない。ほら、そこに」
丸眼鏡に葉の髪留めをした人物はこちらの視線に気づいて、近付いて来る。彼女は人間では無い。妖怪、二ツ岩マミゾウ。大妖怪として数えられる存在らしい。
「ほほう、お前さんは幻想郷の外から来た人間か。儂は二ツ岩マミゾウという、よろしく頼むぞ」
「狸なの?」
「うむ。儂は化け狸と言う妖怪じゃ…ん?」
マミゾウは樹里の腕の中にいる黒狐、北斗に視線を落とす。品定めでもするかのような眼光。彼女から見て北斗はどのような妖怪なのか。
「非常に強力な術が掛けられておる。お主、相当に悪事を働き懲らしめられたようじゃな。一体何をしたんだ?」
「悪事?罰として…って事?」
「普通の変化や封印とは違う。この者はあらゆるものを制限されておる。そして非常に膨大な瘴気を身に宿している」
人畜無害そうな狐なのだが、実際はかなりの悪党なのかもしれない。即座に否定しない辺り、間違いでは無いらしい。そんな悪事を働いたのは過去の話で今は厄介な術を掛けられたこともあって誰かを襲ったり、人妖に害を為したりする気は全くない。過去は過去として放置することは出来ない。やってしまったという過去は取り消すことが出来ない事を北斗はよく理解している。
「一度吐き出した言葉をなかったことに出来ないように、しでかした事は決して無かったことには出来ない。生きている限り、一生付きまとうのさ」
「一説によると、黒狐とは善なる狐。正直で謙虚な人間のもとに現れると言われておるぞ」
マミゾウは樹里の耳元でそう囁いた。それは遠回しに彼女が正直で謙虚な人間であると言っているようなもの。少しだけ気恥ずかしい評価だ。
「本題に戻るけど、博麗の巫女たる霊夢すらも異変の事を感知していないのに私は違和感がちゃんとあった。霊夢の前に紫さんは?紫さんこそ、すぐに異変の事を察知して動くんじゃないのかな」
「―狼」
雛がポツリと呟いた。彼女が思い出した事を口にした。妖怪の山には白狼天狗という妖怪もいる。どんな妖怪がいても不思議では無いため、特別気にしていなかったが二匹の狼を彼女は見かけており、声を掛けられていた。
『矛を探してるんです。見かけていませんか』
どうやら探し物をしていたようで、雛は知らないと正直に答えた。矛と狼、何か関係がありそうだ。
「一つ。彼女の厄を溜め込む程度の能力や、君の視る程度の能力のような能力は物に宿っていても不思議では無い。そうなると、異変の発生源は狼が探す矛の可能性がある」
「矛を封印するか破壊するか、どうにかしないといけない?」
北斗は樹里の肩に乗っかった。どうやら彼の定位置にする気らしい。
「破壊や封印をせずとも俺はそれと似通った能力を持っている。これを使って、雛の術も解いたんだ」
「手、貸してくれるの?」
「俺は本来殺されて当然の大罪人。生かす条件として外から来た人間を守るように言われていてね。あ、言われてなくても俺は見捨てないよ。ただ特定の場所ではこの姿になってしまう事だけは理解してくれ」
北斗は本来、犯した罪が大きいため処刑されるはず。そこに幾つもの条件を出して、その処刑を免れている。誰がそんなことをしたのかは知らない。一つは人里など幻想郷の特定の場所では力が極限まで封印され今の狐の姿として過ごす、もう一つは外から来た人間つまり百合園樹里の護衛である。前者があるのに護衛と言う仕事が務まるのだろうか。そんな状態で何かあった場合は肉盾になれ、と言う意味だろうか。それほどに重い罪を犯したのか、課した人物が鬼畜なのか。
「そんな目撃情報があるなら、行くべき場所は分かってるだろ」
「うん。妖怪の山、だね」
雛の表情が曇った。
「今の妖怪の山、大丈夫かしら?私は元々そこに住んでいるけれど、最近は天狗たちがピリピリしているの。天狗ってね、縦社会なの。それぞれ階級が決まっていて、上の命令には逆らえない。ほら、新聞記者の子がいるでしょう?彼女も天狗の中ではそれなりの地位だけど、彼女より上の天狗から命じられたら逆らえないかも」