代わりがいるからと婚約破棄されてしまいましたが、見る目がなかったのは貴方だったようです。~わたくしは本物の幸せを見つけさせていただきます~   作:true177

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第16話:逆恨み

 わたくしをとりこにした瞳は輝きを失い、亡霊を追い求める目になっていました。人が死ぬとは、セドリックにぴったりの表現です。

 

 馬がぶつかりそうになったのを、寸前でかわしました。

 

 ……あの男、わたくしが見えていなかったのでしょうか? ムチを打っていましたよ? 脚で蹴飛ばしても問題ない、そう彼が解釈したとしか思えません。思いやる心どころか、人間としての倫理をも失ってしまったようです。

 

 目標を失ったらしいセドリックは、野次馬に突っ込みました。追突されて前に飛ばされる者、よろけた拍子に倒れる者、みな散り散りになっていました。木版には、まだ鮮やかな赤いものがぶちまけられています。

 

 ぶつかった衝撃で、セドリックも地面にたたきつけられていました。当然受けるべき報いです。願わくば、自ら乗ってきた馬に踏みつぶされてしまえば……。

 

「……見つけたぞ、ルイーズ……。お前、俺を騙したくせに悠々とお散歩してるんだなぁ?」

 

 わたくしの身体は凍り付きました。立ち上がったセドリックに、持っているべき知性がみじんも感じられなかったからです。

 

 逃げなさい。天から降ってきた神の助言にも応えられません。足が、腕が、わたくしの意思を突っぱねてしまうのです。

 

「……何を言うのですか! あなたこそ、わたくしの忠実な愛を捨て去り、他の女へ逃げたのです! わたくしに非など一切ございません!」

 

 できるのは、力いっぱいの反論だけでした。気持ちで負けては、セドリックに言いくるめられてしまいます。

 

 彼が腰から垂らす鎖が、ジャラジャラと音を立てています。確実に、落ちぶれた男とわたくしの距離は縮まっています。

 

「そうだったな、おまえはよくわめく虫だった、忘れていたよ……。おまえの言う通りだ。貴族最下位などと言われているおまえの家から、婚約者なんぞ取るわけがないだろう!」

「それを知っていて、わたくしに話しかけたのでしょう! そう思っていたのなら、最初から話しかけなければいいのではないですか!」

「だまれ、だまれ! 盗人の分際で、この俺に意見をするな!」

 

 盗人なのは、わたくしの心をもてあそんだあなたです!

 

 頭に血がのぼってきてしまいました。不届き者には、絶対に負けません! 都合のいいサルなんかに負けてたまるもんですか!

 

 人間の形をした何かは、素手でバツを描きました。この期に及んで、まだ自らが優位に立っていると思っているようです。貴族の上位生まれにあぐらをかいて生きてきた男の生きざまにはちょうどいいですね。

 

「……すべて、すべて! おまえがかかわったからだ! お前のせいで、俺の優秀なキャリアは台無しだ!」

 

 悪魔に乗っ取られたかのようなセドリックが、勢いにまかせて突進してきました。男に女が敵うはずがない、反吐の出る考えです。

 

 逃げる暇は残されていません。背中を向ければ、まずわたくしは倒されてしまうでしょう。

 

 わたくしは意を決し、正面からぶつかり合いました。

 

 セドリックの目がにやけます。もう勝った気分なのでしょう。

 

 並みの貴族の女性であれば、なすすべなく吹き飛ばされます。……が、このわたくしを誰だと心得ているのでしょうか。ルイーズ・マルシャン、来る日も来る日も農民の生活をしていた貧乏貴族です。腕力だけなら、運動していない男性に勝る自信があります。

 

 腕をめいっぱい使い、セドリックを捉えました。一回転させ、遠心力で投げ飛ばします。

 

 野次馬はみな目を見開いていました。国を支える公爵家の跡継ぎだった男が、ぽっと出のわたくしに投げられたのですから。

 

 舐めてもらってはいけません。わたくし、男性にも容赦しないので。

 

 腕力で負けたセドリックは、拳を震わせていました。

 

「……おまえ、死んだな……。せいぜいイヴァンを天から待っていることだな!」

 

 やつの腰に刺さっていた剣が抜かれました。

 

 わたくしは少々暴れ過ぎてしまったのかもしれません。武器も持たず、相手を挑発しすぎました。ああ神様、わたくしはこれっぽっちのお返しも許されないのですか?

 

 できることは、もう何もありません。天罰が下ることを祈って、目を閉じるだけです。

 

 ……こんなところで刺されるなんて……。すみません、イヴァン、お母さま……。

 

 剣が肌に届くまでの時間は、永久の時でした。視覚を閉じたわたくしが痛みを覚えたときが、その時です。

 

 あれ、痛みがきません……。待てど暮らせど、終わりの幕は目の前に現れません。

 

「……ルイーズ!」

 

 優しく勇敢なお声がかかりました。

 

 彼は、まさに白馬の王子様でした。

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